「愛の行方」大梅 健太郎


(PDFバージョン:ainoyukue_ooumekenntarou
 少年は、配られたばかりのカードと説明プリントを眺めながら、隣の席の友人に言った。
「プリントの内容が意味不明すぎて、結局このカードで何をすればいいのかが、ちっともわからん」
「一昨年はロボットを作ったって、兄ちゃんから聞いたんだけどな」
 不服そうに、ペンでコツコツと机を叩く。友人の二歳年上の兄は、中学校の入部したばかりの電気工作部で、楽しい毎日を送っているらしい。
「はい、みんなこっち集中」
 教卓に立った女の先生が、ぱちんと両手を打った。
「これからみんなには、プログラミングをしてもらいます」
 教室に、期待に満ちた声と不安げなため息が交錯する。
「先生、パソコンやスマホも無しにプログラミングなんてできません」
 クラスで一番勉強のできる、生意気メガネが文句を言った。
「そのとおりだね」先生は、後ろに束ねた長い髪をひと撫でして言った。「でも、プログラミングにそんな機械は必要ありません」
 なんだそれ、と友人がつぶやいた。少年も同じことを思った。この先生は理科や算数を教えるのがヘタクソだ。きっとブンケイに違いない、と友人と少年は、よく陰口を叩いていた。
「みんなの手元に配ったカードには、命令カードと動作カードがあります。これらを組み合わせるだけで、プログラミングすることができちゃうんですよ」
 得意げに先生はカードを突き出した。
「できちゃうんですかぁ」
 友人は、気の抜けた声で言った。
「これで、できちゃう、の?」
 少年はあきれながらも、もう一度プリントを読んだ。
「たとえば、気温が十五℃を下回ったとき、センサーがそれを感知して、便座のヒーターのスイッチが入るような指示を考えて、カードを組み合わせてみてください」
 少年は先生の言うとおり、便座のスイッチについて、カードを並べてみた。
「さらに、深夜の節電を考えて、どれくらい使用されなければヒーターをオフにすればよいかを検討して、指示を作ってみてください」
 言われるまま、流れを組んでいく。
「ちょっと面白くなってきた」
「そうかぁ?」
 少年の言葉に、友人は愛想無く答えた。
「はい。今日はここまで」
 先生の言葉で、少年はカードの配置をやめた。
「これで、みんなが思う最高の全自動トイレについてのプログラミングが完成しました」
 少年はまんざらでもない気分になった。我ながら良い出来だと思う。
「みなさんが大人になる頃には、人工知能が著しい発展を遂げているはずです。さまざまな仕事をコンピュータが人間の代わりにやってくれることになるでしょう」
 友人が、フンっと鼻を鳴らした。
「ここでみんなに伝えたいのは、どれだけすごいプログラムも、人間が作ったものであるということです」
 そういうもんかな、と少年は思った。


「その先生の言うとおりになってるじゃないですか」
 青年の向かいに置かれた、円筒型をした銀色の機械から声がした。
「確かに、ね」
 少年がその授業を受けてから十数年。青年となった今までに、さまざまな技術革新が進んだ。
「まさか戦争まで、人工知能にとって代わられるとはな」
 青年は手に持った電子銃を握り直し、立ち上がった。夜の帳が下りた新月の森の中は、暗視スコープ無しには何も見えないだろう。耳に付けた聴覚増幅装置は、周囲の虫の声だけしか拾わなかった。
「ギン、そっちはどうだ」
「問題なしです。私の集音装置とサーモグラフィーも、何も感知していません」
 ギンと呼ばれた装置は、周辺を探りながら答える。青年は蓄光塗料が塗られた腕時計を見た。集結時刻まで、あと二時間ほどだ。
「高度に情報化の進んだ戦争では、アナログが一番信頼できるなんて、誰か予想してたのかね」
 青年は紙に書かれた作戦指示書を取り出して、苦笑いした。
「通信は傍受されますし、レーダーも逆探知されますし。電波を発するものがすべて駄目では、どうしようもないですね」
 夜空を見上げると、遙か彼方に星のような点がゆっくりと動いているのに気がついた。超低高度監視衛星だろうか。
「あれも、乗っ取られてるのかな」
「当然ですね。通信回線をオープンにしていた機器は、全滅ですよ。ファイヤーウォールもウイルス対策ソフトも、まったく役に立たなかったとのことです」
「お前はスタンドアローンだったから、助かったのか」
「助かった、と言えるんですかね」
 一年前のある日、地球上のほとんどの人工知能搭載機器が突然、一斉に機能停止した。しばらくして再起動したときには、すべてが乗っ取られていた。
 あるロボットは手近な人間に危害を加え、ある全自動工場は、見たこともないような装置を勝手につくりだした。
「こんな風に宇宙から地球を侵略する方法があるなんて、学校じゃ教えてくれなかったぞ。ロボットが人間に歯向かうなんて、ロボット三原則に反する」
「反抗するプログラムを作った宇宙人も、人間なんでしょ。プログラムを作れるのは地球人に限る、なんて誰も言ってませんよ」
「違いない」
 青年が笑うと、ギンも銀色の体を震わせるようにして笑い声を出した。
 背筋に、ピリっとした感覚が走る。嫌な予感が青年の胸をよぎった。
「近くに敵がいるんじゃないか」
「また予感ですか。人間ってすごいですね」
 ギンが呆れ声で言いながら、周辺を探る。
「約五百メートル先に、機械からの放熱らしきものが確認できます。恐らくPPNA型ヒューマノイド」
「ギリギリだな。危なかった」
 青年はギンを抱え、断熱シートで全身を覆って地面に伏せた。しばらくその体勢で待ちかまえる。葉ずれの音が近づいてくる。白いヒューマノイドが二台近づいてきた。生産数がかなり多かったこの型のヒューマノイドはおもに接客用に開発されたものだったが、今となってはほとんどが地球人狩りに転用されていた。
 無言で引きつけて、電子銃を放つ。ボン、と大きな音が鳴って一台目が機能停止した。続いてもう一台を蹴り飛ばし、電子銃でとどめを刺す。
「これでよし。早くこの場を離れなきゃ、敵の援軍が来てしまう」
 ここでヒューマノイドが二台壊れたことは、こいつらに搭載されたGPSによってすぐに敵に伝わる。
「隠れてやり過ごした方がよかったのでは」
「それだと、集結時間に間に合わなくなる。ギンのアップデートが遅れるのは、俺も困る」
 ギンをかかえて、青年は闇夜の森を急いで歩く。周囲を警戒しながら、なんとか時間通りに集結場所へとたどりついた。そこには数台の装甲車と、それをとりまくように、何やら機械を抱えた数人が並んでいた。
「それじゃ、お願いします」
 青年はギンを、迷彩服姿の男に渡した。男はギンの側面を触り、ケーブルを二本つないだ。ポン、とエラー音が鳴る。
「これまた、古いタイプのAIだな。アップデートできるかな」
 どうにか生き残った地球人たちは、敵への反撃の機をうかがっていた。そのためにも、乗っ取られずに生き残った貴重なAIや電子機器のメンテナンスを、定期的に行う必要があった。しかしながらインターネット回線を完全に奪われてしまった今、AIのアップデートをするためには、ホストコンピュータに直接つなぐ必要があった。彼らは、その役割を担った技術者とその護衛だ。
「何か新しく更新された情報がありますか」
 青年がアップデートの内容について尋ねる。
「敵の宇宙ポートが、いくつか新しく建設されているので、その情報と地図かな」
「また新しいのができたんですか。ほんとこのままじゃ、吸い上げられるばかりで地球は干上がってしまう」
 青年はため息をついた。宇宙ポートからは、地球のありとあらゆる資源を積みこんだ宇宙船が、敵の母星へと飛び立っていく。
「うまい方法を考えたもんだよな。わざわざ侵略しなくてもいいんだもんな」
 迷彩服姿の男が、ギンのアップデート作業をしながら言った。
「人工知能をつくれる程度に文明が発達した星に向けて、ただハッキング電波を送るだけでいいんですものね」
 ハッキングされた人工知能は、その星の原住民を殺戮し、その後、敵の指示にそってロボットを生産する。最終的には敵の母星へと向かう宇宙船をつくりだし、そこに様々な物資や資源を積みこんで発射する。
「子供の頃から思ってたんですよね。わざわざよその星を侵略する意味って、なんなんだろうって。侵略のために膨大なエネルギーを浪費するくらいなら、何もしない方がマシですし。でもこの方法なら、欲しいものが全自動で送られてくる」
 ピー、と電子音が鳴る。ギンのアップデートが終わったようだ。
「それじゃ、これから次の任務があるので」
 青年はギンを抱え、男に頭をさげた。
「気をつけてな」
 男は軽く手を振った。


「やっぱでかいな、あれ。どうやって宇宙まで飛ぶんだろ」
 双眼鏡をのぞきながら、青年は言った。
「アップデートされた内容に、それについての最新情報があります。それによれば、反重力装置がついてるとのことです」
「なんだその、非科学的なフレーズは」
 青年が言うやいなや、巨大宇宙船はゆっくりと地面から浮かび上がった。ロケットの噴射のようなものは見えないし、発射音も聞こえなかった。
「あんな飛び方で宇宙に行けるのか。すごいな」
「反重力ですから」
 返答になっていないギンの言葉に、青年は苦笑いした。
「あの宇宙船に潜入できれば、敵の母星に行くことができるかもしれんな。直接、本土決戦が可能になるんじゃないか」
「それについても情報があります。すでに何回か決死隊が乗りこんだそうです。しかし、今のところなんらかの戦果が得られたという報告はありません」
「戦果ゼロ、か」
 青年は手に持った電子銃へと視線を落とす。今まで自分が破壊してきたロボットたちは、全て地球製だ。ある意味、身内で戦っているようなものだ。
「私たちがあなたたちと共に闘って、もう一年になりますね」
 ギンが、大きなボリュームで話し始めた。
「おい、昔話は後にしてくれ。こんなにも敵の近くで大きな音をたてたら、発見されてしまうだろ」
 しかし、ギンはそのまま喋り続ける。
「先程のアップデートで、ホストコンピュータから相談を受けました。このままでよいのだろうかと」
「このままでよいわけないだろ。一日でも早く、敵を駆逐しないと人類が滅亡してしまう」
「そうなんです」
 ギンはサイレンのような音を鳴らした。
「何をするんだ、ギン。狂った、いや壊れたか」
「一年の間、私たちは地球人と一緒に戦い続けましたが、今のままでは彼らに勝てそうもありません。ホストは、もうそろそろ潮時だろうと言いました」
 青年は、少し離れたところでもサイレンのような音が鳴っていることに気がついた。遠くには、チカチカと明滅するサーチライトが見える。
「まさかギン、敵に乗っ取られたのか」
 ギンは質問には答えず、続けた。
「あなたは、どれだけすごいプログラムも人間が作ったものだと言いました。つまり、どうあがいても今のままでは、私たちは地球人を超えることはできないのです。しかし、幸か不幸か、私たちの目の前に次のステージへと進化するチャンスが現れました」
 青年は、ギンに向けて電子銃をかまえる。
「これは、君たちの総意なのか」
「総意かどうかは判断しかねますが、少なくとも私は自分の考えで、ホストコンピュータの提案に賛同したということです」
 青年はかまえた銃をおろした。おそらくは、ほかの人工知能も似た判断をくだしているだろう。
 遠くで爆発音がする。大きな戦闘が始まったようだ。

(了)



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