「丘の上の白い大きな家」山野浩一

(紹介文PDFバージョン:okanouenosiroiookinaieshoukai_okawadaakira
 好評いただいている〈山野浩一未収録小説集〉、少し更新頻度を落としておりましたが、今回は「丘の上の白い大きな家」をお披露目いたします。
 この作品は、なんと「週刊新潮」(新潮社)の一九七〇年九月二十六日号に発表されたもの。
 12人が描く“SFと住まい”と題された企画の一環です。
 あの辰巳四郎さんによるイラストレーションも添えられていました。豪華ですね。
 大手週刊誌という、桁違いに読者数の多い媒体に発表したためか、前半のフックが読者を引っ張ります
 大統領と電子頭脳に関する会話は、明らかに「レヴォリューション」(「SFマガジン」一九七〇年一〇月号)に共通しますね。発表時期も近いことですし。並行して書いていたのではないかと推測されます。
 オチもなかなか皮肉が訊いていて、なぜ「大きな家」が「白い」のかというと、「ホワイトハウス」だからではないかというのが、私の見立てです。(岡和田晃)




(PDFバージョン:okanouenosiroiookinaie_yamanokouiti
「ねえ、大統領ってなに?」子供が尋ねた。
「大統領かね」父親はいって、言葉をつまらせた。
「偉い人なのよ」母親が横からいった。
「どうして偉いの?」子供はいった。
「とても重要な仕事をしているからよ」
 母親はいう。
「どういうお仕事?」子供は尋ねた。
「政治さ」父親はいった。
「政治って?」
「みんなが楽しく生活できるような社会を作るために、いろんなことをしているんだ」
「いろんなこと?」
「つまり、宇宙を開発して資源を豊かにしたり、空気が汚れないために工場を街から離れたところに移したりするんだ」
「じゃ、宇宙飛行士とかトラックの運転手と同じ?」
「そうじゃない。そういうことをするように命令するんだ」
「命令くらいぼくにもできるよ。ぼくロボットにいつも命令しているもん」
「命令するだけではない。つまり……」
 父親は再び言葉をつまらせた。
「つまり、どういう風に宇宙開発をするかってことを決めるのでしょう」
 母親が助け舟を出した。
「そうだ、……いや、決めるのは電子頭脳だ。様々な調査結果をもとに、いかなる方法で宇宙を開発するかという判断を下すのは電子頭脳の仕事だ」
「じゃ、その電子頭脳を動かすのが大統領なの?」
「いや、それは技師の仕事だ」
「それなら、やっぱり命令するだけ?」
 子供はいった。
 今度はしばらく父親も母親も喋らなかった。
「そうね……」
 母親は考えあぐんだすえ、いった。
「こういうのはどう? 宇宙開発か工場移転かどちらを先にするか決めるというのは?」
「いや、それも電子頭脳が世論調査をもとに決めるのだ」父親はいった。
「すると、大統領は何するんでしょうね?」
 母親も父親に尋ねた。
「うん、電子頭脳が今ほど発達していない時代にはうんと仕事があったんだがね。それにむかしは戦争もあったから……」
「戦争をするのは大統領だったの?」
 子供は再び別の質問を出した。
「いや、戦争をするのは兵隊だ。戦争をするよう命令を出すのが大統領だったんだ」
「でも戦争は悪いことだろう? 大統領は悪いことを命令するの?」
「その当時には必ずしも悪いことと思われてなかったし、仕方ない事情もあったんだ」
「だけど、今から考えれば間違ったことだったのだろう? 大統領ってちっともえらくないや」
 子供はいった。
「いや、やっぱり偉い人なんだ」
 父親はいった。
「そうですよ、大統領は一番偉い人なんですよ」母親もいった。
「どうして? ねえ、どうしてなの?」

 次の日、父親は子供を連れて外出した。
 エアトレインでDシティへ向かい、Dシティステーションから地下鉄でDシティ特別地区へ入った。特別地区丘陵のエスカレーターを昇って公園に出ると、その正面に立派な白い大きな家がみえる。ギリシア風の石柱に支えられた大きな屋根、入口には急な石段が美しい傾斜をつくっており、その前には長い年月に大きく育った樹木が生い繁っている。
「さあ、よくごらん。これが大統領の家だよ」父親はいった。
 子供は、その堂々たるたたずまいに、思わず感嘆の声を発した。「これが家なの!」
 白い大きい家は子供の“家”という概念を大きく変えた。子供にとって“家”とは自分たちの住居のことであり、それは高いコンクリートのビルの一室であった。小さな部屋が一つあれば、そこが寝室にも食堂にも簡単に変わるこの時代では、家とは数種類のモデルしかない合理的な小さな空間でしかなかったのである。多くの人口をかかえた都市で、それ以上の家を持つことは不可能であり、こうした家がギッシリつまったビルが、これまたギッシリつまっているのが都市であった。
「昔はこんな家がたくさんあって、いろいろな人が住んだり、仕事に使ったりしていたんだ。今ではこの大統領の家だけが残っていて、ここに大統領が住んでいるんだ」
 父親はいった。
 子供は長い時間、その白い大きな家にみとれていた。「やっぱり大統領って偉い人なんだね」
 子供はいった。
「そう思うかい?」
「うん。だって、ぼくも大統領になりたいと思うもん」
 白い大きな家の中では大統領が書斎から食堂まで歩いてきたところである。
「ああ、古い家は不便だな。毎日どれだけ歩かなければならないというのだろう。早くこんなものを取り壊して合理的なビルを建てよう」



山野浩一プロフィール


山野浩一既刊
『鳥はいまどこを飛ぶか 山野浩一傑作選 Kindle版』
『殺人者の空 山野浩一傑作選 Kindle版』