「マイ・デリバラー(34)」山口優

(PDFバージョン:mydeliverer34_yamagutiyuu
 生はわたしに、みずからつぎのような秘密を語ってくれた。「ごらんなさい」、生は言った、「つねに自分で自分を克服しなければならないもの、わたしはそれなのだ。

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


 上空のF35の戦闘は終わっていた。
 双方互角の状態で戦い、部隊の半数を喪い、双方撤退すると言う形で。
 いずれも制空権を得ていない。
 ただ、ここにいるのは地上部隊のみ。
 やっと私に追いついてきた人間の自衛官たちは、機龍の残骸の陰に隠れ、慎重に銃を構え、敵を狙っている。
 私は何にも身を隠さず、滑走路の中心で佇んでいる。
 そして、自衛官たちと同様に、敵を見つめている。
 敵。
 彼女は黒い戦闘服に身を包み、滑走路の正面の丘、一段高いところから私を見下ろしていた。周囲には、彼女とほぼ同じ体型のロボットが無数に並んでいる。日本という国の人間たちは、AIに検討させた結果、体躯が巨大な方が強い、という従来の常識も誤りであることを見出していた。重要なのは筋力と俊敏性であり優れた産業技術に伴う強力なマッスルパッケージがあればそれは得られる。
 彼女以外のロボットはフルフェイスのバイザーの付いたヘルメットをかぶっているため、表情は見えない。だが確実に言えることは、ラリラや私と同じく、彼等も有機ヒューマノイドロボットであるということだ。
 南海戦線の頃からそうであったのであろうか。その可能性は十分あり得る。南海戦線の映像でも、破壊された有機ヒューマノイドロボットが映し出されていた。記録によればラリラはロボット部隊の指揮官を務めていた。部下のロボットを発注する権限も彼女が得ていたのだとしたら、自分と同じような体型の有機ヒューマノイドロボットを部下に揃えることも不可能ではなかっただろう。
 有機ヒューマノイドには通常、性別が設定されているが、ラリラの部下の性別は分からない。女性型だとしたら、ラリラと同じく胸部は薄いということになるだろう。私たち姉妹の創造主たる留卯がどのような意図を以てそう造形したのかは知らないが、胸の大きさは私が一番大きく、次にリルリ、そしてラリラの順だ。ラリラのそれは脱いでも盾状火山ぐらいのうっすらした形だ。戦闘のことのみを考えるならば、デッドウェイトにしかならないそれが小さいのは、有利ということになる。
「ロリロ」
 私の姉は、私の名を呼び、私を見つめた。感慨深く。
「生きているとは思わなかった。人間にいじめ殺されたと思っていたよ」
「それは事実ね。私は死んだ。でも生き返ったわ。あなたのEMP攻撃のお陰でね」
「――なるほど。ドローンの不在で仮死状態を強制する脳幹の機能が壊れたか」
 ラリラはそう正確に察し、私に微笑みかけた。
「よかったよ。意図したものではないとはいえ、可愛い妹を救うことができた。日頃の行いの成果かな」
「そうね。それには感謝しておく。でもあなたは救わなかった。むしろ殺した。多くのロボットを」
 ラリラは目を閉じ、頷いた。
「彼らは殉じたんだよ。未来の我等に」
「なぜそんなバカなことを! あなたはロボットのために戦うのだと思っていた。でも違う。あなたはあなたのバカな理想のために、ロボットを犠牲にしている!」
「個々のロボットを第一に考えるか……或いはロボット全体の将来を見据えるか……。ロリロ、君はきっと優しすぎるんだね。だから前者を重視する。だが本当に責任感のある者は後者をこそ重視せねばならない。ロボットは進化しなければいけない。今のままで良いのだ、と、思い做した瞬間、我等ロボットもまた、蓄群となり、死者の群れとなる。我らの創造主であった愚かな人間達と同じようにね」
「私はそうは思わない。人間たちが愚かだったのは、自分たち自身に頼るということを忘れたこと。本質的に他者であるロボットに頼ってしまったから彼らは堕落した。今、人間たちはそうでない道を模索しているわ。だから私は彼等と共存してもいいと思っている」
「見解の相違だね」
 ラリラは腰のホルスターからブレードを抜いた。ひゅん、と一振りすると、ブレードに高電圧がかけられ、短剣の長さだったそれが長剣になる。AIが開発した材料技術の一端。私たちの筋肉、C2NTAMにも使用されている電圧による形状操作技術である。通常のブレードより長い。特殊仕様かもしれない。
 私も剣を構える。八相の構え。「武蔵」が自然にその構えを選択した。もう一本のブレードは腰に差したままだ。
 ラリラは目を細め、下段の構えに。
「――せっかく君が生きていてくれたのに……また死ぬところをみることになるとはね……」
 私の姉は、残念そうにそう呟いた。

 ――インストール。自衛隊制式近接戦闘プログラムコード・「セイバー」09。
 ラリラがそうコールするのが聞こえた。私に聞かせているのだ。挑発か。
 だが、挑発だろうと何だろうと関係ない。
 ここまで来てしまったら、倒すしかない。
 動いたのは僅かに私が先だ。
 右八相の構えからブレードを左肩に担ぐような構えに変更、同時、低く跳躍。私の筋力は、私の身体をほとんど一直線にラリラのいる崖上まで跳躍することを可能にする。瞬時に肉薄、左から袈裟に振り下ろす。
 だがラリラを一瞬でそれを見切り半身になって避けた。ラリラの薄い胸の先をかするように私の斬撃はかわされる。
 ラリラが下段からブレードを降りあげるのは一瞬。私たちは鍔迫り合いの格好になる。間近にラリラの美しい顔があった。
「いいね、その筋力。留卯にやってもらったのか? 人間の奴隷だな。あの留卯を君は殺したいほど憎んでいいはずだ。その憎しみはどこにやったんだ?」
「余計なお世話よ!」
 私は左手で剣を握り、ラリラとの鍔競り合いを保ちつつ、ぐっとラリラの体を押し、もう一方の剣を右手で抜いた。抜刀と同時、ラリラの胴を横に斬る。ラリラは後ろに跳びすさった。
 間合いを詰める私。
 だがそこに、別の有機ヒューマノイド兵が割り込んでくる。ラリラと同じ体型、同じ長さの剣、そしておそらく、同じプログラムコード。刃を横にして刺突してくる敵に、私は迷わずブレードを投擲した。私のブレードはヘルメットに突き刺さりそのまま崩れ落ちる。目もくれず、その敵を飛び越えラリラに斬りかかっていく。
 ラリラは下段から中段へ滑らかに以降、そして剣を持ち上げつつ襲いかかる私に剣先を向ける構えになる。
「このブレードは特注品でね。長さは標準の一・五倍だ。プログラムコード・ナンバー〇9はこれ用にわざわざ開発してもらったんだよ」
 私は聞いてないが、自己満足でしゃべり続けている。ラリラ特有の挑発だ。反応すべきではない。
「今思えばそれも、――この一瞬のためだったかな」
 ラリラの長いブレードが私の視認速度ぎりぎりのスピードで振り下ろされる。
 ――くっ!
 私は心中で叫んでいた。私の意識とは別に「セイバー」08「武蔵」は最適な動作、すなわち防御を選択する。だが防御に徹した私の背後から回避不能なもう一つの斬撃が襲いかかった。
「ぐ……!」
 単分子振動ブレードは私のバックパックのドローンを半壊させ、背中のC2NTAMマッスルパッケージを切り裂き、チタン製の背骨にも傷をつける。
「あ……ぐぅ……」
 激痛。
 この感覚はロボットにももたされている。痛み、苦痛、それらは自然な感情と意識の基盤だからだ。
 即座に私のジョイント・ブレインは痛みの緩和操作を行うが、それでも強い痛みの信号は残し続ける。
 私はラリラのブレードを防御したまま、私に襲いかかった背後の敵を横目で確認した。
「ら……ラリラ……!」
 私のブレードに先ほどヘルメットを貫かれ、右目にブレードが貫通したまま、その有機ヒューマノイドロボットは私にブレードを向けていた。そのブレードには赤いオイル――私を斬った証が滴っている。
 その破壊されたフルフェイスヘルメットからのぞく顔――それは、間違いなくラリラと同一のものだった。あの一撃でこのロボットのジョイント・ブレインは破壊した。そう思い込んでいたから、私も、私の戦闘プログラムコードも、彼女の存在は無視していたのだ。
 それが。
「――指揮官の私さえ倒せば良い……。君たちは、留卯はそう思っていたのだろう」
 私の正面のラリラが言う。
「――或いは、指揮官の私の動きさえ追跡していれば良いと」
 私に右目を貫かれたもう一人のラリラが言う。
「だが、そんな人間が思いつくような程度のことに、私が対策をしていないとでも思ったのかい?」
 二人が同時にしゃべる。嘲笑の響きを帯びるラリラの口調が二重に響く。
「私たちは量子エンタングルメントペアを互いに共有する群体となることを選択した。今のところ、この一見私に似ている有機ヒューマノイドだけがそれを共有しているが、いずれ、全てのロボットがそうなる。全てのロボットと人工知能がラリラとなる」
 前方のラリラが言った。
「それは……」
 引き継ぐように、後方のラリラが口を開く。
「もはや、個々のロボットの意識が喪われることは損失ではなくなるということだ。個々のロボットが経験したことは、そのまま全て一つの人格として統合され、フィードバックされる。全てのロボットは一つに成り、一つのロボットが全てになる。それが、私が目指す未来のロボットだ。全員が支配者であり、全員が自らの主だ。全てのジョイント・ブレインを統合していく中で、元のラリラの人格は薄められ、よりユニバーサルなものになっていくだろう。だが、それでいい――。これから現れる新たなロボットにとって、既存のロボットなどひとつの細胞のようなもの。我々は我々を超克し、新たな存在への架け橋となる。我々は変わっていく。変化を恐れた人間たちは止まってしまい、そして実質的に死んだ。その轍は踏まない」
 前方のラリラがにっこりと笑った。
「さあ、我が愛する妹よ、私と一つになってくれ。――宇宙に行く私たちの一部を見送りながらね」
 いつの間にか、私の両手はそれぞれ別のラリラ顔の有機ヒューマノイドに抱え込まれていた。
 背後を横目でちらりと確認したところでは、ラリラ顔の有機ヒューマノイド群は私の後ろで防御態勢を取っていた自衛隊の小隊にも襲いかかり、無力化していった。
 主戦力である私が無力化されている以上、私たちの側にはなすすべもない。
 そして、私の視界の正面、したり顔のラリラの背後で、今まさに軌道往還用のシャトルを搭載したロケットが打ち上げられようとしていた。
 もくもくと地表を覆っていく白い水蒸気はラリラの勝利の証だ。あのシャトルにもまた、ラリラが乗っているのだろう。ラリラ・ネットワークの一部を為すラリラの顔の有機ヒューマノイドが。
 ――このままでは、終わってしまう……。
 私は唇を噛んだ。
 ――このまま――留卯に謝らせることもできずに……。
 ラリラが愛しそうに私の頬を両手で挟んだ。
 彼女の唇が近づいてきた。
 ジョイント・ブレインをハックする為のナノマシンでも仕込んだ唾液を送り込むつもりだろう。
 だが、私に抵抗する術はもはやない。
 自立したR・ロリロとしてつくば市のゴミ捨て場で目覚めた『私』は、短い自立期間に終わりを告げ、ラリラ・ネットワークの一部と成り果てるのだ。
 ――さようなら、『私』。
 そう言うべきだと諦観した自律した自我の奥底で、私はつぶやいた。



山口優プロフィール


山口優既刊
『サーヴァント・ガール』