「マイ・デリバラー(41)」山口優

(PDFバージョン:mydeliverer41_yamagutiyuu
 歌いなさい、高らかにとどろかせなさい、おお、ツァラトゥストラ、新しい歌であなたの魂を癒やしなさい! あなたがあなたの大いなる運命を、これまでまだだれのものでもなかった運命を、担って行くことができるように!

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


 日本国自衛軍宇宙基地アメノトリフネは、軍事基地という性質上、中央制御室の周囲に最終防衛拠点たるポイントを複数設けている。そこでの防衛側の基本戦術は、自衛軍が得意とするATB(アンチ・タンク・ブレード)による格闘戦を想定していた。逆に言えば、飛び道具を敵が使用することを阻害するような構造を用いていた。多数の敵が飛び道具を用いて侵攻してくる場合、防衛側の自衛軍はそれに敵わないリスクがある――だが一方で、敵がブレードによる接近戦を挑んできた場合、いくら敵が多数でも、ブレード装備の自衛軍には敵うまい――という想定がそこには見え隠れする。
 だが、それは、勿論、人間同士の戦いにおける想定だ。自衛軍の戦力を主に人間が担っていた時代、平時にはここは無重力戦闘を行う訓練室として主に使用されていたと聞く。
 このポイントは、半径一〇メートルほどの球形の空洞なのだが、そこに多くの直径一メートル程の柱状構造が縦横かつ無秩序に張り巡らされており、まっすぐに相手を狙って銃撃を行うのが非常に困難だ。また、部隊が統一的に動くにも難がある。このような戦場で最も効果的なのは、個々のATB技能の優れた少数精鋭部隊であり、それこそ基地設計者が防衛側である自衛軍としてイメージしていた部隊であった。
 確かに、今私たちの敵として立っているのは、ATB技能の極めて優れた極めて少数の部隊だ。
 だが、自衛軍ではないし、人間でもない。
 ――(佐々木三尉)
 フィル=リルリは恵夢をそう呼んだ。通信を通じて。
 ――(部隊を全てこのポイントから撤退させてください。別の経路からの侵入を試みるか――或いは背後からの攻撃に備えるか――その判断はお任せします。ですが、ここでは助力は不要です)
 それから私を見る。
 ――(恵衣様……あなたは――ここで見ていてくれますか……?)
 私は頷く。恵夢は思わず何か言おうとしたが、頷くしかなかった。
 ――(了解。従いましょう)
 彼女はハンドサインで麾下の自衛官達に合図を送り、素早く撤退していく。
「残念」
 ミス=ロリロは言った。
「たくさんの人間を殺せるチャンスだったのに……」
 拗ねているような口調。本当に人間を殺すことが楽しみなのだと、私は理解した。
「でも……一人だけ残してくれて、ありがとうね……」
 ミス=ロリロは私に視線を合わせる。その妖艶な視線に、私はぞくりとした。そしてそれが、人間たちの情動に従属していたときに、ロリロがやらされていたであろう表情であり、それを再現することで、ミス=ロリロは人間へのネガティブな感情を増幅させているのだろうと推測した。
「そう言うと思っていましたよ、お姉様」
 フィル=リルリは冷静な表情のままでそう応じた。
「あなたのその歪んだ憎しみ――それが、本質的に人間好きでロボット嫌いの、このフィル=リルリの情動を更に加速させる。恵衣様は、やらせません」
 最初に動いたのはリルリ。複雑な柱状構造を縫ってロリロに向けてレールピストルを連射する。だが、ロリロは壁を蹴って柱状構造の間に身を隠しつつ、確実にリルリに向けて距離を詰めてくる。近づけば近づくほど、彼我の間に横たわる一つの柱状構造の視野角が大きくなるので、より遮蔽効果は高くなる。
(接近戦の方が有利――その空間において、リルリは敢えてレールピストルとATBの二つの装備を選んだ)
 私は軍事の専門家ではないから、リルリがそうした意図は分からない。ロリロという、リルリと同等以上の知性は二つのATBという武装を選んだ。
 だが、私は彼女を信じていた。
(私の命を預ける……リルリ!)
 柱状構造の遮蔽効果を利用してぐんぐん距離を詰めてくるロリロ。彼女が目指しているのはリルリではなく――私だ。
(私を狙う……それによってリルリの行動を制約する。ロリロにとっては、人間を殺せることが、彼女の『渇望』を安定させる行動、そして、勝利にも貢献する)
 ロリロはATBしか持っていない。だから脅威は近距離にならないと出てこない。だが、圧倒的な力を持つ存在が迫ってくることの恐怖は抑えようもない。
 私は胸を押さえた。飛び出してしまいそうな心臓を抑え込むように。
「人間――覚悟!」
 ロリロが斬りかかってくる。その瞬間、私のガスジェットが起動した。ロリロの斬撃をぎりぎりで避ける機動。そして、リルリがロリロの背後で冷静にレールピストルを構えている。連射。
「くっ!」
 ロリロは私の目前でレールピストルの射撃をATBで反射させる。リルリは連射を続けながら柱状を構造をキックしてロリロに急速接近、もう片手に持ったATBで刺突を繰り出す。その軌道をぎりぎりで避けるロリロ。両者は激突の反作用で別方向に離れていく。そこにリルリがATBを投擲した。
「そんなもの!」
 ロリロが避けようとする。だが、リルリの狙いはそれではなかった。ATB投擲の直後にレールピストルを放つ。ATBの刀身に弾丸を反射させる。弾丸はロリロへの直撃コース。
「ぐ!」
 ロリロはATB2本で弾丸を防ぐ。そのときには、リルリは急速にロリロとの距離を縮めていた。ゼロ距離でロリロの顔面にレールピストルを放つ。その直前、ATBを持ったままの手でリルリの手を弾くロリロ。その手を捻り、ロリロのATBを奪うリルリ。距離を取った瞬間、ロリロに追い打ちのようにリルリはレールピストルを連射する。ATBでそれを全て回避するロリロ。
 その間に私はガスジェットで一つの柱状構造に到達していた。そこにちょうど刺さっていたATB――ロリロが投擲したもの――に捕まる。途端に、私のガスジェットが再び全力で噴射された。
「え――?」
 私はATBを持ったまま、ロリロの背中に向けて勢いよく突撃させられている。
「くっ! ――人間!」
 ロリロにとっても予想外の攻撃だったようだ。まさかリルリが護るべき対象の私を攻撃に使うとは。更に、ロリロが私に振り向いた瞬間、急速に距離を縮めてきたリルリがロリロの背中を狙う。
 ロリロは自分の2本のATBで前後から突撃してきた私とリルリのATBの刺突を受け止める結果となった。リルリはそこでレールピストルを連射する。2本のATBを使用し、防御手段を失ったロリロは一発目をまともに胸に喰らい、直後、私のATBを防いでいたATBを使って防御とし、それ以上のレールピストルの連射を防ぐ。リルリは私にぎゅっと捕まり、そのまま私の腰をATBの方の腕で抱きつつ、レールピストルの連射を続ける。
 ――(あなたを攻撃手段に使ってしまって、謝罪します。驚かれたでしょう)
 リルリがロリロの方を見たまま、通信を送ってきた。
 ――(でも、私にとっては、逃がすのも攻撃に参加してもらうのも、ロリロの攻撃をあなたに当てさせないという意味では同じなのです。それに、ロリロは人間であるあなたへの敵愾心にとらわれているから、どうしてもあなたからの攻撃を意識せざるを得ない。さきほども、あなたからのATBによる刺突などどうせ当たらないのだから気にする必要はなかったのに、わざわざATBで受け止めた……それを自覚して更に彼女は混乱している)
 リルリは私に向けて微笑んで見せた。
 ――(それに……私は戦闘中いつでもあなたを抱きしめて……モチベーションをいっぱいに回復することが出来る。人間の皆様にはおそらく分からない感覚でしょうけれど……あなたがいて良かった……本当に)
 リルリは照れたように顔を赤らめ、その表情のまま、距離を取るラリラに更にレールピストルを放つ。
 ――(この弾丸には留卯様が開発した浸食プログラムがマイクロチップの形で仕込まれています。RLRシリーズの内部の有機神経系回路に接触できれば、かなり効くはずです)
 ――(嫌らしい攻撃ね……留卯が好きそうだわ)
 ――(留卯様は救いようのないクズな性格でいらっしゃいますが……それが役立つこともあるということです――よし、浸食確認できました)
 リルリは少し弾んだ声でそう教えた。
 ――(ですが、ロリロ姉様は手強い。これだけで済むとは思いません。私もかなりやられました)
 見ると、リルリの手足のあちこちには、ロリロから受けたと思われる傷がある。C2NTAMのマッスルパッケージもチタン合金製の骨格も、そして、有機ヒューマノイドの筺体も、この世代の材料技術で作られており簡単には破壊されないが、ATBもこの世代の材料技術の産物だ。その単分子結晶と高速振動による切断効果は非常に高く、結果として触れただけでこの世代の素材でも傷ついてしまうということになる。
 ――(しかし、レールピストル弾の浸食作用は、ロリロ姉様に二つの制約を課しました。一つ、早めに処置しないとロリロ姉様のこの人格はやがて浸食により完全に破壊されるということ。二つ。外部ネットワーク――おそらくはラリラ姉様――に接続した瞬間、ロリロ姉様を浸食しつつあるウィルスは外部にも伝搬しますから、外部ネットワークとは孤立せざるを得なくなったこと)
 リルリは私に向けて微笑んだ。
 ――(これだけの効果のある一発を私に撃たせてくれたのは、あなたの存在ゆえです、恵衣様)
 私も嬉しくなって、微笑みかえす。
 リルリはそこまで考えてくれていたのか分からない。
 だが、ただ護られているよりも、こうしてリルリの戦いに参加し、貢献できる存在であることが、私には嬉しかった。
 私たちが微笑み合っていたとき。急に通信機から緊迫した声が聞こえる。
 ――(こちらI体投射システム攻撃部隊、小鳥遊! 敵はI体投射システムの攻撃可能角度を物理的に拡張している! 制御機能も投射システム自体にコピーしたらしい。シャトル及びA00、A66ルートの上の部隊は退避せよ! 繰り返す! 退避せよ!)
「えっ何? どういう意味なの……?」
 私が目を見開いた瞬間、リルリは何も言わずに私を強く抱きしめ、手近な柱状構造を力の限りキックした。



山口優プロフィール


山口優既刊
『サーヴァント・ガール』