「マイ・デリバラー(45)」山口優

(PDFバージョン:mydeliverer45_yamagutiyuu
 わたしは勇気ある者を愛する。だが、よく斬れる剣だというのでは十分ではない。敵がだれなのかをたしかめたのちに、これを斬るゆとりが必要だ!

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


 リルリは長い間無言であった。
 私たちはラリラがいるであろうI体投射システムに向かい、宇宙基地「アメノトリフネ」のルートを進んでいた。但し、ルートA00ではない。そこはラリラがレールガンで容易に砲撃できる位置だからだ。我々が進んでいたのはルートAE1である。ルートA00とはややズレているが、それほど離れているわけではないルート。これはラリラのレールガンによる砲撃を避けるためだ。ロリロを倒してからも合計一五発、ラリラはR3A66ポイントやその周辺に向けて撃ってきた。最初よりも威力は弱めてあったが、私たちを倒そうとする意図は明白だった。
 会合時間まであと一〇分を切っている。
 会合時間――正確に言えば、R体に対してI体を最短距離で到達させるためにI体投射システムから発射する時間だ。
 再び、轟音で基地が揺れる。ラリラの通算一九発目の砲撃。
 ――(こちらリルリ。小鳥遊准尉、無事ですか? またレールガンを発射したようですが)
 リルリが通信で小鳥遊准尉の安否を問うている。
 ――(……私は無事。牽制のつもりなのかしらね。予備弾が豊富にあるからって、撃ちすぎね)
 小鳥遊准尉の落ち着いた声。
 ――(反応炉の破壊は今、やろうとしているんだけど、こっちにもラリラの部隊が来てるようなのよね。正面からやりあって勝てる見込みはないから、今方法を探っているところ)
 ――(反応炉の破壊は、冷却剤である液体金属による基地内及び軌道汚染のリスクもあります。無理のない範囲でお願いします)
 ――(了解よ)
 轟音と振動。二〇発目。
 ――(こちらの位置は分からないはずです。牽制でしょう。気にせずに向かいましょう。時間がありません)
 私に向けて通信してくる。リルリが操る私のガスジェットが加速する。リルリ自身も、AE1ルートの壁を蹴って進む速度が速くなっている。
 大きな空洞に出た。R8AE1ポイント。宇宙基地アメノトリフネの表面まであと9分の8の距離まで到達した。そして、会合時間までは、あと8分。
 リルリはレールピストルを構え、素早く周囲を警戒したが、待ち構えている部隊はいない。
 ――(基地表面まで一気に進みます)
 彼女は告げる。宇宙基地アメノトリフネの元となった資源小惑星の表面に出るということだ。
 ――(敵に身をさらすことになるけど、大丈夫?)
 ――(こちらも相手のI体投射システムが見えます。どこを指向しているのか分かれば、回避も容易になるでしょう)
 リルリは、当然、という顔でそう告げる。
(やはり、ロボットと人間は感覚が違う)
 私は思った。人間ならば、そう考えてはいても、やはり敵に身をさらすリスクを大きく考え、内側から侵入したがるだろう。それは、自らの身に迫る危険を過大に評価する思考の傾向を、人間はどうしても持ってしまうからだ。自らの身と、そして、自らにとって大切に感じている存在に迫る危険を。
 だがリルリにそれはない。過小評価もしないが、過大評価もしない。最終的に最も確実で安全だと合理的に評価した手段を迷わず選択する。
 ――(不安ですか?)
 私に向けて問いかけてくる。
 ――(不安がないと言えば嘘になる。けれど)
 私は笑顔を作った。
 ――(あなたを信じているから、怖くはない)
 それもまた本心だった。私はリルリという存在を強く信頼することによって、人間に特有の傾向を克服しつつあるらしい。リルリは笑顔を見せた。ロリロを倒してから、初めて見せた笑顔だ。
 ――(良かった。では、行きましょう)
 リルリはAE1ルートの壁を蹴った。最後のキック。その先はもう真空だ。私のガスジェットも加速する。
 ――(おそらく我々の姿が見えた瞬間、ラリラはI体投射システムをこちらに向けてきます。すぐに回避動作に入ります)
 リルリは何でもないことのように言う。実際、彼女にとっては、当たらない限り危険はない、ということなのだろう。当たった瞬間の痛み、それを予測することによる恐怖、そうしたものは判断に悪影響を与える意味のないものとして思考の範囲から捨象している。
 ――(出ます)
 冷静なリルリの声。
 瞬間、私とリルリは小惑星の表面にいた。リルリは私の両手を両手で握り、私のガスジェットを操って小惑星表面に向けて加速させる。
 ――(I体投射システム、確認しました)
 リルリは前方を見遣る。
(これは……)
 私はスキンタイト宇宙服のヘルメットの中で息を呑んだ。I体投射システム、つまりは巨大レールガンは、長大な白色の直方体である。長さは宇宙空間で感覚が分からないが、私のヘルメットの情報モニタは長さ一〇一・五メートル、断面は一辺五・三メートルの正方形と告げている。その白い直方体の基部は、ほぼ一辺二〇メートルの立方体を為しており、その部分にI体およびその装填システムが存在する。この基部と宇宙基地アメノトリフネ本体は、三本の可動式のアームによって繋がっていた。更に、エネルギーパイプと思われる直径一・二メートルの太いパイプが基地本体レールガン基部に向けて接続されている。アームおよびエネルギーパイプが小惑星と接続する部分は、小惑星自身の直径二〇メートル程度のクレーターとなっており、その周囲には無数の人工施設が小惑星表面に露出している。いや、人工施設はそれだけではない。アメノトリフネの裏側に強制接舷したときとは比べものにならないほどの、レーダーアンテナが密集している。遠方から見たとき、「カツオブシ」に似ていると私が感じた諸施設だ。
 ――(エネルギーパイプの切断を目指します)
 リルリは私に一つのATBを託し、自分はATBとレールピストルを持つ。
 ――(先ほどと同じように……お願いしますね?)
 私は頷く。
 瞬間、レールガンがこちらへの指向を完了した。
 一瞬、我々の指向するレールガンの砲口がまばゆく白く輝く。発射。音のない宇宙空間で、ただ私の視覚だけが圧倒された。
 だが、リルリは素早く自身および私のガスジェットを操作し、回避する。もともと開けた空間では、こちらも向こうに見えるが、向こうもこちらに見える。リルリの言ったとおり、予め狙っている方向が分かっているから回避は容易なのだ。
 だが ラリラは諦めようとしない。更にもう一発、私を狙って砲口がゆっくりと動く。
 ――(来るなら来なさい)
 私はまっすぐに砲口をにらみ返した。リルリが私を必ず回避させてくれるという信頼があった。
 発射。
 私のガスジェットは加速する。容易に回避。I体投射システム、その基部と基地の小惑星表面を接続する可動式アーム群とエネルギーパイプがぐんぐん近づいてくる。可動式アーム群がうなりをあげ、基地表面をなぞるように飛翔する私を狙おうとする。よく見ればアームには継ぎ足した形跡がある。三本のアームには、それぞれ5つの関節があるのだが、軌道上の細かいチリによって多くの傷がつけられ第二関節よりレールガン基部側と、ほとんど傷のない第二関節より基地側は、接近しつつある私には明白に見分けられた。
 ――(なるほど、こうやって基地そのものも撃てるようにしているのね)
 アームそのものの長さと可動部を増やし、基地に接続しつつ基地自身を指向できるようにしたのだ。おそらく元々基地にあったアームの予備部品を使用したのだろう。
 会合時間まで、あと3分。
 その瞬間、私はレールガンとは異なる方向からの光を感じた。しかも無数に。
(くっ――!)
 私は思わず身を竦める。レールライフルだ――と、意識の一部は認識した。私の身体はガスジェットの複雑な加速により、レールライフルの斉射を避けきる。
 そちらに視線を遣る。
 小惑星上に露出した施設の中でもひときわ大きなパラボラアンテナ。その上にたたずむ人影に、私は目を奪われた。
 戦闘服にガスジェットを装備しただけのリルリと同じ格好の人影。その赤い瞳は、見間違いようがない。そして、そのパラボラアンテナの基部には、一個分隊規模のラリラと同じ背格好の――ただしバイザーを被っているので顔は分からない――ロボットとみられる人影があり、一様にレールライフルを構えて私を指向している。
「ラリラ!」
 私は思わずヘルメットの中で叫ぶ。
 ――(ラリラ姉様、これ以上撃たせませんよ!)
 リルリはレールピストルを連射しつつ、ラリラに向けて突っ込んでいく。レールライフルの弾丸がリルリに集中する。だが、加勢に向かおうとした私はガスジェットが私の意とは異なり、まっすぐエネルギーパイプに向かっていることを知る。
(こっちを破壊しろということね、リルリ!)
 私はリルリの意図を悟った。私に向けて、わずかにレールライフルの弾丸が飛んでくる。だが、ガスジェットは巧妙にそれらを回避し、ひたすらエネルギーパイプを目指す。ちらりと後ろを見ると、リルリの連射するピストルに当たることを恐れ、ラリラ隊は火力で圧倒的に勝っているにもかかわらず、消極的な攻撃しかできていない。
(ゴミクズなりに役に立ってるわね、留卯)
 私はちらりと思った。
 ――(前方に集中して!)
 リルリの叫ぶような通信。
 私は唇を引き結んだ。私の筋力、反射速度、すべてリルリは把握しているという。ならば、私は全力で目の前のエネルギーパイプを切断するだけだ。
(お願い……! 私たちの世界を、護って!)
 私は祈りを込め、ATBを振りかぶり、加速しつつ、エネルギーパイプに向けて振り下ろした。
 バチィ――!
 そんな音が聞こえたような気がした。私は衝撃で吹っ飛ばされる。すさまじい放電が、私が切断したエネルギーパイプの断面から発生する。だが、やがてブレーカー機構が働いたのか、放電は収まる。
 そして、レールガン――I体投射システムは、沈黙した。
 会合時間、一分前だった。



山口優プロフィール


山口優既刊
『サーヴァント・ガール』