「マイ・デリバラー(50)」山口優

(PDFバージョン:mydeliverer50_yamagutiyuu
 一人の変容した者、光につつまれた者であった。そして哄笑した。これまでこの地上で、かれが哄笑したように、これほど哄笑した人間はなかった!

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


「崩壊するアメノトリフネを見て気づいたのです。C2NTAMは最大まで伸びると強度が最低になる。そして、それはI体とR体のドッキングにおいて用いられるC2NTAMについても同じだと。ざっと強度計算すると、互いに反対方向に軌道を巡るI体とR体がC2NTAMで結びつき、そのナノチューブケーブルが伸びきった瞬間のみ、その強度はATBで切断できるまでに弱まると」
 私たちは脱出ポッドの内部にいた。リルリはポッドのガスジェットを巧みに操り、タケミカヅチのI体とR体の会合地点にランデブーするように調整した。
「……私が22個全てを切断するつもりでしたが、この損傷した身体では、最適なタイミングで全てを切断するだけの素早い動きに耐えられない。そこで、残りをあなた様に斬ってもらおうと思います」
 一人だけのポッドに二人詰め込まれていた。男性一人が充分に入れるポッドなので、小柄なリルリと、女性としても中ぐらいの体躯の私なら、窮屈ではあるが二人入れている。
「良かった」
 私はしみじみと言った。
「あなただけが危険なことをやって、私がそれを傍観しているというのはつらいものよ。それが回避できて本当に良かった」
 リルリは複雑な顔をした。私の言葉に喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか、決めかねているような顔だ。
「勿論、私一人で全てやれるならあなた様を脱出させる判断を変えるつもりはありませんでした。ですが、恵衣様がそう言ってくださるのは、なぜか嬉しい。不思議ですね」
 しかし、とリルリは続けた。
「恵衣様は人間で、私はロボットです。恵衣様の生存条件は私よりも厳しい。先に脱出してもらいますからね」
「分かってる」
 私は言った。
 軌道上を巡ってくるI体が、既にポッドのキャノピーから見えている。徐々に近づいてくるそれを、私は凝視した。
「安心してください。いつも通り、私がきちんと制御しますから。恵衣様は、ご自分のタイミングでATBをふるってくだされば、それでいい」
 私は頷いた。
「さて、そろそろです」
 リルリはじっとタイミングを見計らいながら、言う。
 そのとき。
 リルリはいきなり私にヘルメットをかぶせ、ハッチを開き、ポッドから引っ張り出した。
「えっ……!」
 直後、脱出ポッドが爆発した。
 ――(ラリラです……! 馬祖基地の……! 軌道上までミサイルを撃ってきた……!)
 直後、リルリは私を突き放した。私たち二人の間を、ミサイルが通り過ぎる。直後、私のガスジェットが噴射され、再びリルリと会合する。リルリは私のヘルメットに額を当てた。
「このまま妨害され続ければ……会合阻止はできません……あなた様の脱出も……」
 ――(リルリ! 美見里さん!)
 そのとき聞こえた懐かしい声に、私ははっとして周囲を見渡した。シャトルだ。ラリラが乗ってきたものだろう。そして、そのシャトルからとおぼしき通信の声は、小鳥遊准尉のものではない。
「恵夢!」
 私はヘルメットの中で叫んだ。
 ――(このシャトルは軍事用です。ミサイル迎撃用のレーザーを積んでいる。リルリの意図は理解しています。このシャトルでミサイルを迎撃しつつ、我が隊も会合阻止行動を支援します)
 冷静な声だ。傷ついた様子もない
 ――(あのとき……どうやって助かったの……!)
 私は思わず問う。
 ――(なあに、大したことはやっていません。ATBで通路の壁を破壊してその向こうのケーブル格納室に待避しただけです。一瞬、リルリの警告がありましたからね)
 恵夢は何でもないことのように言ったが、反射的にそれだけのことができるのは、彼らの鍛錬のたまものだろう。ロボットに全てを任せてしまうこの世界で、そこまでの努力を続けている人間がいることは単純に頼もしかった。
 ――(こちら逸見三尉。R・リルリ、ミサイルの迎撃は全てこちらで管制します。あなたは会合阻止の指揮を。恵夢……佐々木三尉の部隊もあなたの指揮下に入ります)
 逸見三尉は自らの言葉を証明するように、飛来した次のミサイルを早速レーザーで打ち落として見せた。レーザーは一瞬でミサイルを破壊するのではなく、1~2秒照射を続けることで破壊する。そのコントロールには、これも相当な技量が必要と思われた。
 ――(こちらR・リルリ……ご無事で何よりです……皆さん)
 リルリの声は弾んでいた。一〇〇億人が好きという彼女だ。皆が生き残っていたことが単純に嬉しいのだろう。
 それから、彼女は私に向けてウィンクした。
 ――勿論、一番はいつでもあなたですよ。
 と、その笑顔は告げているようだった。
 ――(会合するI体およびR体を目標群アルファ、ベータと定義し、会合後の結合体を
 目標群ガンマとします。目標群ガンマの予測軌道を共有します。それぞれのタイミングは一瞬ですが、これだけの部隊がいれば必ず阻止できるでしょう)
 リルリは自信に満ちた声で言う。その表情には微笑みすらも含まれている。
 ――(創りましょう、新しい世界を!)



山口優プロフィール


山口優既刊
『サーヴァント・ガール』