「李侖京(イユンギョン)とダンスパフォーマンス」関 竜司

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 2019年10月13日、筆者は岡山県赤磐市で開催された「あかいわART・RALLY2019」を訪れた。李侖京(イユンギョン)のファイバーアートとそれとコラボしたダンスパフォーマンスを見るためだ。
 李侖京はここ数年、精力的に活動しているファイバーアーティストだ。糸や繊維、布を使ったオブジェやインスタレーション(空間設計)で鮮烈な印象を与えるのが、李のアートの特徴だ。今回のインスタレーション作品も、神経細胞を意識した鮮やかな繊維が吊り下げられ、側面の布にもジョアン・ミロを思わせるゼンマイのような生き生きとした刺繍が施されていた。「糸や繊維を通して、生命を表現したい」と李は言う。事実この赤いオブジェをみて「心臓?・胎盤?」という声も上がっていた。
 李に限らず近年、ファイバー(糸や繊維)を使ったアートが散見されるようになってきている。直接的な影響は、松岡正剛が「フラジャイル(壊れやすいもの)」を強調したことに端を発するのだろうが、もっと逆上ればドゥルーズの『感覚の論理学』(1981)に行きつくだろう。ドゥルーズはこの本の中で、絵画における線(輪郭)とは形をある枠組みに閉じ込めるのではなく、周囲の環境と振動させリズムを作り出し、力を表現すべきものだと説く。力や周囲と振動しやすい線と言えば、細く壊れやすい線ということになるし、それを突き詰めれば絵画上の線よりも三次元的で揺らぎのある実際の繊維の方が好ましい。こうした細い線への嗜好というのは、近年のアニメの線の細さにも表れているし、今年森ビルで開催された「塩田千春展」(2019)などは会場全体を赤い繊維で覆った壮大な空間を創り出している。李も繊維(ファイバー)を通してこうした振動や力、生命を表すことに成功している。繊維がゆったりと空間を支配しているのも好感がもてた。
 その一方で李のアートには韓国人らしい几帳面さも感じられた。それが李の表現しようとする生命力と相まって独特の典雅な響き――韓国の古美術、特に高麗仏画の切金文様に見られる感覚――を生み出していた。その点も筆者には好ましく思えた。来年(2020年)、高梁市成羽美術館でも作品を発表するそうなので今から楽しみだ。





 この李のファイバーアートを中心としながら山下真未のビデオアート、山口佳子のダンス、金子泰子・三尾奈緒子の即興演奏が繰り広げられた。
 明かりが消えると山下のビデオアートが会場全体に映し出された。それはゲーム空間の中に入り込んでしまったような感覚だった。前面にはグラフィック的な幾何学模様が展開し、壁には《パックマン》のようなお化けが現れ、床には木の葉のようなカラフルな模様が広がった。パフォーマンスの後、聞いたことだが、実は会場全体にセンサーが張り巡らされていて、ダンサーが通過したり演奏家が音を出したりすると映像が変わるよう設定されていた。山下は李の神経細胞を意識したアートという発想を発展させる形で、人物が通過するとハートが細胞のように増殖したり、お化けが近づいて来たりする仕掛けを作っていたのだ。そこにダンサーの山口と即興演奏の金子と三尾が登場する。白い服を着た彼女たちは、ゲームとビデオの色彩にさながら染色されているようだった。
 山下は自分のアートを「インタラクティブ・アート」と位置づけていたが、筆者にはクラウド化されたインタラクティブ・アートのように思えた。一般にインタラクティブ(相互性)というと「Aボタンを押すとキックが出る」的なものを想像しがちだが、山下の作るインタラクティブはそういうものではない。それは知らないうちにコンピュータによって解析され、自分とは何者かを規定され、何の手ごたえもなくさまようインタラクティブ性だ。しかしこの感覚こそ、今日のクラウド化されたネット空間で私たちが感じているインタラクティブ性ではなかろうか。
 このインタラクティブ的なビデオ空間の中で、山口・金子・三尾の即興パフォーマンスが演じられたのも興味深かった。近年、プロジェクタを使ったビデオ空間の中で遊ぶタイプのアートは一般的なものだが、やはりそこにプロのパフォーマーの演技・演奏が加わったのは意義深かった。彼女たちの演技・演奏は、単なる感覚の遊びという次元を超えて、現代人の生の典型というものを表現していた。芸術や文学というものが本質的に果たさなければならない役割というものを改めて再認識させられた。





「あかいわART・RALLY2019」にはこの他にも楽しくかつ考えさせられる作品が数多く展示されていた。有馬瑠乃の朽ちていくロボット、モナリザの目に被爆直後の広島やアウシュビッツの写真を重ねた伊永和弘のシルクスクリーン、ぬいぐるみや帽子に泥を吸わせ陶器として焼く芝眞路、原始的な感覚のお面を多数作る《あすなろ》など興味深い展示ばかりだった。
 ぜひ来年も参加したいと思うアートイベントだった。
(2019・10・14)



関竜司プロフィール


関竜司 参加作品
『しずおかの文化新書9
しずおかSF 異次元への扉
~SF作品に見る魅惑の静岡県~』