「紅包 ~赤い祝儀袋~」立原透耶

(PDFバージョン:honnpao_tatiharatouya
(台湾の民間信仰にインスパイアされた話)



『婚約者』

 夕暮れ時に散歩していると、不意に道端に赤い小さな封筒が落ちているのが目に入った。拾おうと片手を伸ばしたところ、その手をひんやりした小さな手がそっと抑えた。
 顔を上げると、幼い女の子が立っている。道端の封筒を指差して黙って首を横に振る。あまりにも泣きそうな顔をしていたので、けっきょく封筒には手をつけず、その場を後にした。

 翌日、友人から教わった。結婚せずに若くして死んだ人がいた場合、遺族が赤い封筒にあの世のお金である紙銭を入れて、道端に置いておくのだそうだ。それを拾った人は、その亡くなった人と結婚しなければならないらしい。
 冥婚というやつだ。

 なるほど、拾うのを必死になって止めたはずだ、とぼくは目の端でちらちら動いている、いつもの小さな女の子を見やった。

 ぼくが子供の頃に結婚を約束したあの子。湖に落ちて見つからなかったはずのあの子。いつの間にかずっとぼくのそばにいる。

 ぼくにはとうに婚約者がいるのだ。



『口喧嘩』

 授業に遅れそうになって慌てて走っていたら、思い切り何かを踏んづけた。
「ひどい!」
 横から不意に目の覚めるような美少女が飛び出してきた。
「あたしの紅包を踏むなんて」
「そりゃ失敬。拾ってやろうか?」
「やめて! 祟るわよ!」
 美少女は必死になって舌を突き出したり、目を大きく見開いて見せたりした。どうやら、伝統的な幽霊のモノマネをしているらしい。それ、首吊り自殺した幽霊の特徴。君は綺麗に亡くなったみたいだけど。
「なんで拾われるのが嫌なんだい?」
「だって夢があるじゃない?」
「は?」
「好きな人と結婚したいもの」
「はいはい。死んでからそんなこと言ってもなあ」
「ひどい。あんたもてないでしょ。さてはオタクのSFマニア?」
 当たっているけれど、謝れ。僕にじゃない。世界中のオタクでSFマニアの奴らに。
「君だってちょっと顔がいいのを自慢して、好きな男から告白されるのを待っていたら、そいつは地味だけど性格のいい君の親友に告白して、悔し涙を流したりしてるんじゃないのかい」
 しまった。図星だったらしい。美少女は真っ赤になって大泣きし始めた。
「そうよ、その通りよ。どうせあたしは美人だけど性格悪いわよ。だから死んでも誰もお葬式に来てくれなかった。親友だと思ってたあの子だって来てくれなかった……どうせ生きてても死んでも結婚なんてできないわよ」
 かわいそうになって来た。
 僕だって非モテ歴イコール人生歴だ。
 ここはひとつ。
「仕方ないな。妥協してやるよ」
 紅包を拾い上げた。

 で。

 今も毎日のように口喧嘩している。なんだか人生が楽しくて仕方がない。
 彼女もそのようだ。
 だから生まれ変わってからも、わざわざ僕を探し出してやって来た。
 そしてずいぶん年下の妻として、今日も僕と口喧嘩している。



『好み』

 財布を落としたので拾おうとしたら、横に何か封筒が落ちていたので、これもポケットから落としたのかと思って、ぼくは財布と一緒に拾い上げた。
 すると目の前にふっくらした……丸々とした、えくぼの可愛らしい、お姉さんが立っていた。
「僕、幾つ?」
「十三歳」
「ああ、それはダメ、犯罪だわ」
 お姉さんはがっくりとうなだれた。長い黒髪が地面に広がる。
「あのね、これは紅包といって、結婚せずに亡くなった女性を、死後に結婚させるための儀式なの。これを拾った人はその人のお婿さんになるのよ」
「お姉さんは何歳なの?」
 お姉さんはますますしょんぼりした。蚊の鳴くような声で
「……二十九歳」と返事した。
「ちょっと離れてるね」
「紅包を置きなさい。やり直し! やり直ししたらいいわ!」
「やり直しってあり?」
「……わからないけど。でも十三歳の男の子の家に乗り込むほど恥知らずじゃないわ。いくら美少年が好きでも!」
「お姉さん、腐女子だったの?」
「……なんでそんな言葉知ってるのよ」
「ぼくのお母さんもそうだよ。コスプレもするよ」
 お姉さんの目が輝いた。
「えっ、お母さん何歳なの?」
「三十三歳」
「マジ尊敬」
「確か龍・劔推し」
「あたしもぉぉ!」
「お姉さん、うちおいでよ」
「いいの?」
「お母さんも仲間ができたらすごく嬉しいと思うよ」
 そう言って、ぼくは紅包を大切に懐に入れた。
 亡くなった母の写真と一緒に。
 我が家では幽霊達のコスプレが毎日賑やかに行われている。



立原透耶プロフィール


立原透耶(監修)
『三体』