「砲兵と子供たち」八杉将司

(PDFバージョン:houheitokodomotati_yasugimasayosi
 ドイツ帝国陸軍の砲兵アレックスは、拉縄(りゅうじょう)を引いた。
 縄と繋がっていた撃鉄が雷管を叩き、火管に引火、砲弾の装薬が爆発する。
 耳をつんざく轟音が鳴り、二十一センチ重臼砲が火を噴いた。
 アレックスは撃った先に目をやった。
 シャンパーニュの小高い丘の斜面が見えた。
 放った百㎏以上もある砲弾が飛んでいったのは、あの丘を越えた向こうだった。
 そこにはオーストリア・ハンガリー帝国の皇太子殺害事件をきっかけに戦争をしているフランス軍の塹壕があるはずだった。
 しかし、アレックスは、自分たちが撃った砲弾が敵兵や陣地を粉砕する様子を見たことがない。
 少し前からドイツ軍は、フランス軍の猛烈な準備砲撃から少しでも逃れるために陣地を縦に深く設け、そのうえ複数に分けていた。真っ先に標的にされやすい砲兵部隊はもっとも後方で、丘を盾にして野砲や重砲が配備されていた。撃つときは丘を越える山なりの弾道で着弾させるのである。
 そのため撃った目標がどうなったか、アレックスからは丘があって目視することはできなかった。中隊長の命令で、観測隊による目標地点の情報から計算で導き出された角度に砲身を傾けて撃っているだけだった。
 次弾装填に、スパイク付き兜(ピッケルハウベ)をかぶった兵士たちがせっせと動いた。重い砲弾を数人がかりで大砲に入れる。
 そんな忙しくするアレックスの砲兵仲間の周りには、子供たちがまとわりついていた。
 青い目をした少年、金髪の太った少年、茶色の髪を寝癖だらけにした少年。痩せた黒人の少年もいた。
 重臼砲で作業をする兵士たちの足元で無邪気にわめき、駆け回り、じゃれ合っていた。
 アレックスは怒鳴った。
「邪魔だ、どこかに行け!」
「やーだ」
「ここにいるもーん」
 べーと舌を出して笑った。
「いい加減にしろ、危な……」
 兵士の大声が遮った。
「装填完了! 準備よーし!」
「撃て!」
 アレックスは慌てて拉縄を引いた。
 爆音が轟き、硝煙が舞った。
 子供たちが騒ぐ。
「音おっきい」
「うるさーい」
「耳がちーんってなってる、ちーん」
 どの子供も楽しそうにはしゃいでいたが、一人だけ泣いている子供がいた。
 長い赤毛の娘で、ずっとしくしく涙を流していた。
 アレックスが声をかけようとしたら、隣にいた黒人の少年に睨まれた。
 気まずくなって目を逸らした。
「準備よーし!」
「撃て!」
 拉縄を引く。
 砲声が響き渡ると、次の命令がきた。
「撃ち方やめ!」
 ここまで二時間あまりも砲撃していたが、ようやく終了した。陣地に並ぶ臼砲や榴弾砲が一斉に沈黙し、この場所の本来の静けさを取り戻した。
 そこに子供たちの甲高い声だけが響く。
 アレックスは片付けをする仲間の邪魔になりそうな子供たちを注意した。だが、勝手気ままに遊ぶ子供たちは、当然のように誰も言うことを聞かない。いくら叱ってもどこ吹く風だった。
 そこに砲兵連隊の連隊長が見回りにきた。
 怒鳴り散らすアレックスを目に留めると、中隊長に話しかけた。
「大尉、あれは相変わらずみたいだな」
「ええ、相変わらずです。喚いているだけなので作業にたいした支障はないのですが」
「予備兵がくることになっている。交代させて野戦病院で診せよう。最近はああいうのが増えているらしい。わかる医者も派遣されているそうだ」
 アレックスにその会話は聞こえていた。
 自分のことを話しているのもわかった。
 周りの人間にはこの子供たちが見えてない。見えない何かにしゃべったり、怒鳴ったりしているのだから頭がおかしくなったと思われても仕方なかった。
 子供たちが見えるようになったのは、大砲を丘や山の敵側の反対斜面に据えるようになってからだった。砲弾の飛んだ先、着弾地点が見えなくなってからといってもいい。
 命令に従って機械のように繰り返し何時間も撃っていると、その発射した砲弾が相手をどうしたのかわからなくなる。別にわからなくていいと仲間は言うが、アレックスはつい想像するようになっていた。
 それからである。
 子供たちが現れたのは。
 最初は一人だけだった。
 重臼砲を置いた陣地の端で、気弱そうな少年がさびしそうにうずくまっていた。
 しかし、それはつかの間だけで、次第に子供が増えていった。
 それも重臼砲を撃つたびに増えた。
 一人づつのときもあれば、二、三人まとめての場合もあった。
 子供が増えると、さびしそうだった少年の表情は明るくなり、元気にはしゃぎ回るようになった。
 そうやってアレックスが担当する重臼砲の周りは子供だらけになった。
 少し遠くで雷がいくつも落ちたような音が聞こえた。
 連隊長がいぶかしむように音がした方向を見た。
 すると若い兵士が駆け込んできた。早口で報告する。
「丘に敵の斥候が潜入したそうです」
「したそうですとは何だ。始末できなかったのか」
「遠くから発見したのですが、すぐに見失ったとのことです」
 連隊長は顔をしかめた。
「じゃあ、今のは敵の試射か。斥候が弾着観測を……」
 今度は近くで大きな音が鳴った。明らかに重砲の砲弾が着弾した音だった。木々の間から土煙が上がったのが見えた。
 連隊長は青ざめた。
「修正射だ。まずい、退避! 急げ、退避だ! 効力射がくる!」
 子供たちは、自分が撃った砲弾で死んだ敵軍の兵士たちだ。
 アレックスはそう確信していた。
 泣いている娘は砲撃した集落から逃げ遅れた住民か、傷病兵の看護をする修道女だろう。娘を見るたびに自分の罪深さを思い知らされた。
 アレックスは頭上を仰いだ。
 よく晴れたシャンパーニュの青空が広がっていた。
 煙をたなびかせた黒い砲弾が見えた。
 まっすぐアレックスに向かって落ちてくる。
 あれを撃ったフランス軍の砲兵はどんな人だろう。
 ぼく とも あそんでくれる と いいな

(了)



八杉将司プロフィール


八杉将司既刊
『アンダー・ヘイヴン20(最終回)
 ヘイヴンの終焉』