「The war to end war」八杉将司

(PDFバージョン:The_war_to_end_war_yasugimasayosi
「君の国ではこの欧州大戦を『戦争を終わらせるための戦争だ』と言っているそうじゃないか。その前にこの戦争自体が終わると思うかね」
「最初の計画通りさっさとパリを陥落させれば終わりますよ、あなた方、軍人が」
 スパイ容疑で捕まったフリッツは、ドイツ軍の取調官に皮肉めいた口調で答えた。
 フリッツはドイツ帝国の小さな新聞社の記者だった。取材のためにドイツ占領下のベルギーの街を訪れたところで軍の憲兵に逮捕された。内通者による密告があったという。
 取調官はため息をつくと言った。
「イギリス政府が戦争前に秘密情報事務局なる諜報部門をひそかに設立したことはつかんでいる。隠しても無駄だ。君はそこに所属していて、潜入調査やスパイのスカウトをする現場の元締めだそうだな。本国からどんな命令を受けた?」
「だから何度も説明しましたが、私はただのしがない新聞記者ですよ。どうしてイギリスのスパイなんて疑いを持たれるのかわかりませんね。密告したやつはきっとうちの商売敵でしょう。嘘ですよ」
「なんとしてもとぼける気かね」
 取調官が蒼い目で睨むと、フリッツはのけぞった。
「嘘でもスパイだと自白しないと、拷問でもされるんですか」
「いいや。そんな遺恨を残すような尋問はしたくない。君とは良好な関係を保っておきたい。今後、我々は協力することになるのかもしれないのだからね」
「スパイと協力ですって? 何を考えているんですか」
「我々は、この欧州大戦を終わらせなければならない」
「つまりドイツが勝利することですよね。敵のスパイが協力するとは思えませんが」
「いや、連合軍を屈服させようという話ではない。状況如何では、軍をベルギーやフランスから撤退させることも考えている」
 フリッツは驚きのあまり目を見開いた。
「ちょっと待ってください。それではドイツの敗北になるじゃないですか。聞き捨てなりません。もし仮に、仮にですよ、私がスパイだったとして、そんなとんでもない話は私なんかではなく、大臣や大使館のルートで打診することでしょう。そんな条件ならイギリスはすぐにでも講和条約を結びますよ」
「あくまで状況如何だ。ほかに方法がなければの話だよ。本当にそうするしかなければ高いレベルで交渉する。だが、まだその段階かどうかの判断が我々にはできていない。そのため現在のイギリスの状況を正確に知りたいんだ。君が政府の諜報組織に属するスパイなら外交官よりも深い情報を持っているのではないかと思って尋問している。場合によっては君を通じて秘密裏にイギリス政府と話し合いを持ちたい。政治家や官僚任せでは何かと漏れるのでね。事態がわかってないフランスやロシアが、それに乗じて何かしでかすと困るのだよ」
「わかりませんね。軍を撤退させる可能性をちらつかせるほどのイギリスの状況って何ですか。いや、そんな状況があったとしても私はスパイではないのでどうしようもないですがね」
「君も頑固だな。スパイでなくともキッチナーが殺害されたことぐらいは知っているな」
 フリッツはうなずいた。
 先日、イギリスの陸軍大臣ホレイショ・ハーバート・キッチナーが死亡する大事件が起きた。
 キッチナー陸相はロシアへ向かうため、軍港があるスコットランド北部スカパ・フローから装甲巡洋艦で出航したところ、待ち伏せされていたUボートの雷撃によって撃沈されたという。遺体は見つかっておらず消息不明となっていたが、事実上死んでいるとされていた。
「艦に潜入した我が国のスパイが攻撃の合図を送ったという噂も耳にしてますよ」
「その噂を流したのは君じゃないかね、フリッツくん」
「まさか」
「まあ、いい。ともかくキッチナーの死が我が軍の工作ではなく、別の勢力による攻撃だったという情報を我々は持っている」
「本当ですか? でも、別の勢力って……アイルランド共和主義者ですか? でも、あそこの反乱はすでに鎮圧されてますし」
「火星人だよ」
 フリッツは驚いて取調官を見つめた。
 真顔だった。冗談でもなんでもなく真剣に「火星人だよ」と答えたのだ。
「はい?」
「わかっているのだよ」取調官は大真面目に言葉を続けた。「イギリスは火星人による襲撃を受けている」
「何を言っているんですか」
「イギリス政府は戦時中ということもあってひた隠しにしているが、我々もそれなりに情報を得ている。非常事態によりキッチナーの後任の陸相はH・G・ウェルズが就任したそうだな」
「はあ? ロイド・ジョージですよ。何で小説家なんかが」
「表向きはだろ。わかっていると言ったであろう。ロイドは首相になっている。アスキスでは火星人相手に務まらないと判断されたようだ。帝国参謀総長も急遽変わって義勇連隊のアーサー・コナン・ドイル卿が抜擢された」
「いや、あの」
「現実を超えた事態が起きているのだ。火星人との戦争をウェルズがすでに想定して書いているように、ドイル卿など小説家の常識はずれな想像力が必要とされたのだろう」
 言葉を失って黙り込むフリッツに、取調官は前のめりになって話を続けた。
「火星人がイギリスだけを襲っているのであれば、ドイツとしては別に構わないのだがね。しかし、そんなことはあり得ない。必ずドーバーを渡って大陸にも侵攻してくるはずだ。フランスやロシアとも一丸となって別世界からきた侵略者と戦わなければならない。こんな戦争をやっている場合ではないのだ。まずはイギリスを助けなければならない。今後の火星人との戦いのためにもな。フリッツくん、知っていることをすべて話したまえ。イギリスでの戦況はどうなっている? ロンドンは無事か? イギリス海外派遣軍(BEF)の撤退が始まっているらしいが、どれぐらい本国に戻っている? どうすればイギリス政府と火星人との戦争について話し合いができる?」
 フリッツは首を振って手を挙げた。
「待って、待ってください。混乱してます。意味がわからない。そんな馬鹿げた話が……」
 サイレンが鳴った。けたたましく切迫した危険を知らせていた。
 取調官は慌てて窓に駆け寄った。
「嘘だろ。もうこんなところまできたのか。イギリスはどうなった。それとも別の侵攻部隊か」
 フリッツも席を立って窓から外を見た。
 取調べを受けていた建物は、ベルギーの西部戦線の近くだった。それでも塹壕がある最前線までは徒歩でも数時間かかる。ここから見える景色は遠くまで広がる小麦畑でしかなかった。
 ところが、遠くにある地平線の緩やかな丘の上に、巨大な三脚(トライポッド)が立っているのが見えた。
 そのトライポッドは生物のように脚を動かし、頭部と思われる円筒形の部分から熱光線を放って地面を焼き払っていた。ドイツ軍と連合軍が戦っている塹壕付近と思われた。
 フリッツは唖然とつぶやいた。
「あれが……火星人?」
「火星人が乗る戦闘用の機械らしい。私も報告された絵でしか見たことなかったがな。本当に知らなかったのかね。しかし、あれを見ればわかるだろう。この世界中を巻き込んでいる大戦争(グレート・ウォー)は終わりだ」
 フリッツは突拍子もない話とトライポッドを目の当たりにして圧倒されていたが、すぐに冷静さを取り戻した。
 確かにグレート・ウォーは終わりだ。国家、民族同士の戦いから、世界同士の戦い(The War of the Worlds)になったのだから。これこそが戦争を終わらせる戦争になるかもしれない。その宇宙戦争の果ては火星人による支配か、地球人類の勝利による平和かのどちらかだ。
 火星人といっても恐れるに足りない、とフリッツは思った。やつらがどれほど自分たちと違った生き物であろうとも、戦争をするのなら地球人類と思考はたいして変わらない。
 次はこんなヘマなんかしない。火星人でもうまくやってやるさ。そして地球人類を勝利に導く主導権は大英帝国がいただく。そうすれば勝ったあかつきには我が国が世界の覇者に返り咲くことも夢ではないだろう。
 イギリス秘密情報機関MI5の諜報員である「フリッツ」は、トライポッドを睨みつけながら不敵に笑みを浮かべた。

(了)



八杉将司プロフィール


八杉将司既刊
『アンダー・ヘイヴン20(最終回)
 ヘイヴンの終焉』