「無職の俺が幼女に転生したがとんでもないディストピア世界で俺はもう終わりかも知れない:第2話」山口優(画・Julia)

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<登場人物紹介>
● 栗落花晶(つゆり・あきら)
 この物語の主人公。西暦二〇一七年生まれの男性。西暦二〇四五年に大学院を卒業したが一〇年間無職。西暦二〇五六年、トラックに轢かれ死亡。再生歴二〇五六年、八歳の少女として復活した。

● 瑠羽世奈(るう・せな)
 栗落花晶を復活させた医師の女性。年齢は二〇代。奇矯な態度が目立つ。

<これまでのあらすじ>
 西暦二〇五六年、コネクトーム(全脳神経接続情報)のバックアップ手続きを終えた直後にトラックに轢かれて死亡した栗落花晶は、再生歴二〇五六年に八歳の少女として復活を遂げる。晶は、再生を担当した医師・瑠羽に再生歴世界の真実を告げられる。西暦二〇五六年、晶がトラックに轢かれた直後、西暦文明は一度核戦争により滅んでしまい、その後、『システム』と呼ばれる世界規模の人工知能ネットワークだけが生き残り、文明を再興させたという。


(1)
 瑠羽は俺の反応を興味深げに観察しているようで、腕を組んだまま、横目で俺の表情を盗み見ている。
「そんなことが信じられるか! この世界はどう見ても……俺の知っている東京だ! 夢島区だ!」
 そのとおりだ。アスファルトの道路、行き交う自動運転車、道を行く人々――。その光景は、どう見ても二一世紀の東京にしか見えない。
「ああ……そうかい……じゃあ、あれを見てみるんだな」
 ちょうどそのとき、タクシーは埋め立て地の間の橋の上を通過しており、高層ビルは両側になく、景色が開けていた。瑠羽が指さした先――そこには、はるか遠く、しかしくっきりと台形の山がそびえていた。
「富士山……いや……しかし……」
 そう、その台形は歪だったのだ。右側――富士山の北側が、まるくえぐれていた。
「なんだ……あれは……」
「核攻撃の跡だよ。GPS衛星がやられたもんで、慣性誘導をするしかなかったからね。静岡を狙ったミサイルがPACの迎撃で静岡に届かず、富士山の北麓に命中したのさ――と、『システム』は言っている」
 俺が言葉を無くしている間に、瑠羽は説明を続けた。
「この街並が一見西暦の世界に似ているのも当然さ。再生歴を通じて、『システム』は自らの記録に残った人類文明の再生に努めてきた。生き残った無人工事車両や石油化学プラント、無人船舶、無人工場――それらを動員し、人手が足りない場合には石英メモリからコネクトームと遺伝子情報を抽出して人間を再生させ、記録に残る文明の再生を全世界で続けてきた……そして二〇〇〇年後、やっと再生を完了させた……というわけさ」
 瑠羽は言ってから、お決まりのように付け加えた。
「と、システムは主張している。検証する術はないがね」
「あの、空色の照明とフレーバーはなんなんだ?」
 病院だけかと思っていたら、タクシーの天井にまでついている。俺の記憶にない、違和感は主にこれが原因なのだろう。そして、生気の無い人々の目。
 瑠羽はごくり、と唾を飲み込んだ。彼女は余裕の笑みをいつも湛え、それはどんよりとした瞳の色と共に彼女のトレードマークになっていた。その笑みが、俺がその問いを発した瞬間に、消えた。
「……それは、また後日話そう。私のこのペンも、万能ではない」
 彼女は呟いた。そして、胸ポケットに挿した青いペンの頭を軽くタップする。途端に、天井の空色の照明と、フレーバーが戻った。
「夢島区ギルドに到着しました」
 自動運転タクシーが告げた。

(2)
「これは……」
 俺は素直にその巨大さに驚いていた。
 俺の見知っている建造物で一番近いのは、おそらくドーム球場、あるいはドーム状の屋根がついたスタジアムといったところだ。
「夢島ギルドだよ。夢島区に居住する全ての人間の職業を配分する業務を行っている。巨大になるのも、まあ当然さ」
 瑠羽には見慣れた景色なのだろう。さっさと早足でドームの入り口に向かっていく。俺は短い脚で必死に彼女に追いつく。
「おい! 俺は今幼児なんだぞ! ちょっとは気を遣え!」
 彼女の手をひっぱり、主張する。
「んん? ああ、態度が大きいから身体が小さいのを忘れていたよ。ほらほら、お姉さんの手をしっかり持つんだよ」
 妙に生暖かい声音で上から囁いてくる。
「こ、子供扱いするな!」
「なんだい君は。気を遣えと言ったり子供扱いするなと言ったり。そんなことでは女子に好かれんぞ?」
「おい」
「なんだい?」
「今俺が男だという前提で話をしたな?」
「んーんん。他人の性的指向なんて分からんじゃないか。女子が好きな幼女がいて何が悪いんだい?」
 鼻歌のような妙なメロディを唱えながら、瑠羽は誤魔化した。
「本当は分かってるんじゃないのか! 俺がもともと男だったと!」
「あきらちゃんはジョークが好きだねえ、さあ、行くよ。君に与えられるジョブを楽しみにしようじゃないか」
 瑠羽は問答無用で俺の手を引き、巨大ドームの入り口の回転ドアから、内部に入っていく。
 スタジアムそっくりなのは、外観だけではなかった。
 ドーム天井は病院と同じ空色の照明。周囲はぐるりと、観客席のように、何段にも亘って、職業紹介ブーズが連なっている。中央の、スタジアムならば競技場の部分では、何種かの陸上競技が実際に行われていた。
(いや、競技じゃないな……走るタイミングがバラバラだ。それに、走っている側は全力を尽くしていないしな……。適当に走っているみたいに見える。これは……体力テストのようなものか?)
 走るのは人間だが、タイムをチェックしているのは人間によく似ているが、アンドロイドに見える。見える、というのは、彼等の頭の上に、直径二〇センチの円筒形のドローンAGIが上部に浮いているからだ。
 このドローンAGIは「モバイルAGI」――MAGI(マギ)と略称され、俺の時代には一般的なコンピュータとして普及していた。円筒形の内側には、自重を浮游させるだけの二重反転回転翼を備えており、AGIでありながら自ら移動する手段を持っている便利な代物だった。用途に応じて有機体を自身の下に従えることもあり、その場合はMAGIと有機体を合わせて「アンドロイド」とも呼んだ。だが、多くの人はMAGIとアンドロイドを区別せず、みな「MAGI」と総称していた。
 ちなみに、MAGIが制御するのは有機体だけでなく、工事車両のこともあるし、自動車のこともある。俺と瑠羽が乗ってきたタクシーのダッシュボードにも、MAGIが鎮座していた。
『システム』は、二〇五六年に普及していたこのMAGIも、忠実に再現したのだろう。
 ――だが、こんな「GILD」のようなものは、俺の生きていた当時にはなかった。
「あの、走ってるのは何だ? 体力テストか?」
「ご名答。よく分かったね」
「適性に応じて職業を配分するという話だったからな。そういうこともあるのかと思ったのさ」
 言いながら、俺は足首をほぐすようにぶらぶらさせた。俺も走らされるかと思ったのだ。その様子を見て、瑠羽はコメントする。
「君は多分、走ることはないんじゃないかな?」
「何故だ?」
「うーん……。ああいう体力テストは、運動神経が優れていて、そういう人向けの職業が紹介できそうな時に、どれぐらい優れているのか見極めるためにやるんだ。君はそもそも幼児だし、そういう職業は多分紹介されない」
「ああ、そうかよ」
 俺はふてくされた。それから瑠羽をじろりと睨む。
「そういえば、俺は幼児なんだから職業なんて紹介されないのが普通だよな? 学校に行けって言われるんじゃないのか?」
「んーん」
 瑠羽は鼻歌で誤魔化した。
「まあ、一般的に考えれば、その確率が高いけれど。さて、どうなるかね」
「む……」
 俺は瑠羽の横顔をじっと見上げた。俺の母親、或いは姉のように手を引いて俺を職業紹介ブースに連れて行こうとしているこの女は、本当に単なるミスで俺を幼女として再生させたのか……? 或いは、別の目的があるのではないか?
 一つだけ言えること。それは、この女は他の人間のようにどんよりした目をしていないということだ。右胸に挿した青いペンで、空色の照明とフレーバーを消すことまでした。俺の見立てでは、あの照明とフレーバーは、人々のどんよりした目と何か関係がある。
 俺がそんなことを考えているうちに、ブースに到着する。
 ブースは三畳ほどの広さで、天井の高さは三メートル程度。天井の空色の照明が目立つ。正面には大きな画面があり、合成された女性のバストアップの映像がこちらを見ている。その画面の下にはお決まりのようにMAGIがある。
「栗落花晶。八歳だ。私は保護者の瑠羽世奈」
 俺の肩に手を置き、瑠羽は紹介した。
「ご予約のお客様ですね。では、どうぞおかけになってください」
 瑠羽は予約までしていたらしい。用意の良いことだ。と俺は思った。
「ん? 予約。ああそうか、タクシーでGILDに登録していない市民を連れてGILDまで来たからな。予約ってことになったのか」
 瑠羽がそう呟き、俺は事態を了解した。
(『システム』が全ての市民を監視して、その動きによって次の行動を推測しているわけか……)
 便利な社会、と言えるのだろうか? 俺は考え込んでしまった。
「こちらに登録してある情報と照合します。ご確認ください」
「ああ……」
 MAGIに操られた女性の映像は、俺に微笑みかけながら、言う。
「栗落花晶さん。再生歴二〇五五年二月二日、すなわち本日、夢島区市民病院にて、夢島区より発掘されたコネクトーム及びゲノム情報より再生されました。旧文明の叡特(えいとく)一七年、即ち西暦二〇四七年生まれ。誕生日は八月八日。二〇五五年二月二日没。満八歳。小学二年生。暫定保護者は再生医師の瑠羽世奈」
(違う。西暦二〇一七年生まれ。二〇四五年大学院卒。二〇五五年当時は無職だ)
 俺は心の中で訂正する。
「おい、その情報、訂正していいのか?」
「『システム』に登録された情報の訂正には裁判所への申し立てが必要です。申し立てはGILDにて代理受理されます。申し立てをなさいますか?」
「申し立てする!」
 俺は勢い込んで言った。
「申請は受理されました。裁判所の決定をお待ちください」
「おい、本当の情報は聞かないのか? 俺が本当は何者であるか……」
「栗落花さんの情報の正確性に疑義があるときのみ、訂正情報の申請を受け付ける仕組みです。氏名や年齢等の市民登録情報は、基本的に不変であることが必要であり、慎重な判断が求められています」
 画像の女性は尤もらしいことを言うが、本人がノーと言っても本人情報を訂正しないとは、なかなか頑固なシステムであるらしい。
(いや……俺の生きていた世界でも名前を変えるのは面倒だったな……だが、ここまで頑固だとは……)
 俺が呆れていると、瑠羽が言葉を発した。
「まあまあ、あとは裁判所に判断してもらうとして、あきらちゃんの職業(ジョブ)を決めてもらおうじゃないか」
 画面の女性は頷いた。
「では、栗落花さんの身体情報をチェックします。服を脱いで、左側の扉からお入りください。保護者の方も、どうぞご一緒に」
「え? 服を脱ぐ?」
 俺は聞き返した。
「服を脱いで、左側の扉からお入りください。保護者の方もどうぞご一緒に」
 画面の女性は同じ事を繰り返した。そして、ブースの壁から、着替えに使うのだろう、洗濯物籠のようなものがせり出してきた。ブースはもともと密閉されているから他人の視線は防がれているが、瑠羽は当然のようにその場に居続け、にこにこして俺を見守っている。
「おい、ロリコン」
 俺は瑠羽に声を掛けた。
「脱ぐからちょっと席を外せ」
「んーん」
 瑠羽はにやにや笑っている。
「私はあきらちゃんの保護者だからね。傍についていてあげないと。大丈夫だよ。満九歳になるまでは、保護者は子供の裸を見ても問題ないことになっている」
 彼女はにやにや笑いをやめない。
「それにほら、システム自身が、『保護者の方もご一緒に』って言ってるじゃないか。これは義務なんだよ。裸の君に同行するのがね」
 それから、じっと俺の瞳を見つめる。
「それにしても良かったよ……君は自分のことを幼女じゃないとずっとジョークを言ってきたが、実は真実なのではないかと懸念もしていた。でも、やっと幼女の自覚が出てきたんだね!」
 瑠羽は俺が裁判所に申し立てたこともジョークと主張するつもりなのか。だが、瑠羽は謎めいた笑みを浮かべたままで、本心は分からない。
「くっ……脱ぐしかないのか……」
 俺は忌々しげに瑠羽を睨んだ。
「大変なら、脱ぐの手伝うよ?」
 瑠羽は俺の神経を逆なでるのを忘れない。心底楽しげに、彼女は微笑んでいた。
「一人で裸になるのが嫌なら、私も一緒に脱いあげても良いよ?」



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『サーヴァント・ガール』