カテゴリー: コラム

「コンシャスネスの系譜」山口優

(PDFバージョン:consciousness_yamagutiyuu
 延長意識があるから、人間の有機体はその心的能力の極みに達することができる。以下のようなことを考えてみよう。有用な人工物を想像する能力。他人の心について考える能力。集団の心を感じ取る能力。自分と他人に死の可能性を感じ取る能力。生を重んじる能力。快と苦とは異なる、善と悪の感覚を有する能力。他人や集団の利益を斟酌する能力。ただ快を重んじるのとは反対に美を感じとる能力。はじめに感情の不調和を、そのあと抽象的な概念の不調和を感じとる能力(これは真実の感覚の源)。

――アントニオ・R・ダマシオ/田中三彦訳
「無意識の脳 自己意識の脳」


「サーボモータと意識」「サブリミナルへの福音」「シンギュラリティの十分条件」等を通じて、私は意識についての私の考え方を述べてきました。では、他の人たちはこの問題についてどう考えているのでしょう? ここでは、学術書や、近年のSFに関連して、意識をどう捉えるべきなのか、或いは、将来の意識はどうあるべきなのか、という考え方の系譜について、私なりにまとめてみたいと思います。
 人間には意識があるが動物にはない、という認識は、心理学的には長年支持されてきたものでした。その一方、情動は、人間に特有のものではなく、多くの動物にも共有され得るものだ、という認識も、従来から支持されてきたところです。その一方で、いつから人間の意識がはじまったのか、ということ、或いは、意識と情動はどのような関係にあるのか、ということについては、様々な論が述べられています。

「シンギュラリティの十分条件」山口優

(PDFバージョン:sinngyurarithino_yamagutiyuu
 われわれの脳は左脳と右脳という二つの脳が脳梁でつながっているという構造を持っている。われわれは通常、自分の脳の中に意識は一つと思っていると思うが、仮に脳梁がなくなってしまったらどうなってしまうのだろう。実際、重度なてんかんの治療として、脳梁が部分的に切除されてしまった患者が存在する。この場合、脳梁の切断の程度にもよるが、左脳と右脳にあたかも独立な意識が生まれたかのような振る舞いを示すことが知られている。(中略)ここで一つ興味深い実験として、脳梁の結合を徐々に弱くしていく実験が考えられる。(中略)脳梁の結合を弱くしていくと、意識が二つに分離する相転移点が存在することになる。そして逆に、二つに意識が分離した状態から徐々に結合を強くしていくと、また同じ相転移点で意識が一つに統合されるということが起こることになる。

――大泉匡史「意識の統合情報理論」
Clinical Neuroscience vol. 32, no.8(2014-8)


「サーボモータと意識」「サブリミナルへの福音」に続き、本稿でも意識の問題について考察を進めたいと思います。
 SF及びかつての科学においては、人と人が分かり合うことのできる手段として、思考や感情を共有するテレパシーという概念がよく用いられてきました。
 現実には、特殊能力という形ではなく、TMS等の脳磁図を媒介とした技術的手段が最近はよく研究されるようになってきています。また、海馬にアクセスすることでマウスに対して記憶操作をすることも可能になる等、人の脳内と外部との間で情報を入出力する科学技術的な方法が徐々に確立されつつあります。
 私は「アルヴ・レズル」や「アンノウン・アルヴ」等の一連の小説において、人体を透過する帯域の電磁波のアンテナを備え、神経細胞と類似の構造をしたナノマシンを仮想することで、より精密かつ確実な脳と外部の情報のやりとりの思考実験を行ったことがあります。
 こうした思考実験を行うにあたり、特に気にしたのが、「人は外部とどこまでもつながっても、自身の人格を保てるのだろうか」ということです。人は通常、皮膚や感覚器を使って外部の情報を得、運動器を使って外部に情報を出力しています。その情報量は毎秒一一〇〇万ビット程度とされていますが、もしこれが人間の思考の全情報量(一兆ビット程度)と同等になれば、人の人格、或いは意識そのものはどうなるのでしょうか? 私は外部とのつながりの帯域があまりにも拡がると、意識は外部と一体化してしまい、「私」というものもなくなってしまうだろう、と考えました。

「電子書籍・雑感」片理誠

(PDFバージョン:dennsishosekizakkann_hennrimakoto
 小学館eBooksに『九十九神曼陀羅』、『夢幻∞シリーズ』という電子書籍の企画があり、私もそこに参加させていただいております。
 そこで、これまでに電子書籍を体験してみて個人的に感じたこと思ったことなどを、関わっている者の端くれとして(汗)、ここに綴ってみようかと思います。

「音の島――豊島(てしま)」関 竜司

(PDFバージョン:otonosima_sekiryuuji
 1・クリスチャン・ボルタンスキーと会う

 2016年8月12日、筆者は香川県と岡山県の中間に浮かぶ「豊島」(てしま)を訪れた。クリスチャン・ボルタンスキーの新しいインスタレーションを見るためだ。
 クリスチャン・ボルタンスキーは、現代を代表するアーティストだ。現代最高のアーティストと言ってもいいかもしれない。
 ボルタンスキーは古着を使ったアートで知られる。大量に購入した古着を天井からつるし、鑑賞者に提示(インスタレーション)するのだ。既製品とは違い、古着にはそれをきた人間の「形」が刻印される。ちょうど新しく買ってきた靴が、履きなれることで自分の足の形に合うようにだ。
 こうした既製の服に刻印された人間の姿・形を大量に見ることで、鑑賞者は自分たちが既製の生の中で生きていることに気づく。と同時に、ナマのままの生がいかにおぞましいものかにも気づかされる。ボルタンスキーの作品は、常に合理的なものと不合理なもの、科学技術と生身の身体、生と死の間を浮遊する。
「わたしが常に関心をもっているのは、『disparition(消滅、消去、死)』であり、それは一貫して変わりません。わたしの作品は、人間と直接かかわるもの。人間の『魂』の神秘性のシンボルなのです」(ボルタンスキー)

「usaginingen――寓話としての生」関 竜司

(PDFバージョン:usaginingen_sekiryuuji
 usaginingenは、2010年から活動を続けている映像・音楽パフォーマンス・ユニットだ。2014年にはReykjavik Visual Music Punto y Raya Festival (アイスランド)のライブシネマ部門でグランプリを受賞している。
 昨年まではベルリンで活動していたが、現在は岡山と香川の中間にうかぶアートの島、豊島(てしま)に活動の拠点を移している。

「【伊藤計劃ライフヒストリー】(第3回)」小山由美

 ライターの小山由美氏が「ちいき新聞」に寄稿した記事をアーカイビングする企画、第3回では、伊藤計劃会員のお部屋と本棚を写真付きでご紹介します(ご遺族の許可はいただいています)。もとの原稿では紙幅の都合で部屋・書棚の写真は1枚しか掲載できませんでしたが、今回は5枚まるまる掲載いたします。私自身、伊藤計劃『The Indifference Engine』(ハヤカワ文庫JA、2012年)に解説を寄せる際には、ご遺族の許可を得てお部屋と本棚を取材させていただいたのを思い出しました。(岡和田晃)


(PDFバージョン:itoukeikakulh3_koyamayumi
<SF作家・伊藤計劃 本棚から垣間見るその横顔>

 作家として活動したのはたった2年であった。34歳の若さで病に倒れ、才能を惜しまれながらこの世を去った伊藤計劃さん。その足跡を求めて、彼が幼少から晩年まで過ごした八千代市内の自宅を訪ねた。

●時間の止まった部屋に残る息づかい

 窓以外のほとんどが本で埋まる六畳間。本の奥は二重三重にさらなる本が収納され、本棚の各段は重みで歪んでいた。



「お年玉をもらうと即本屋へ、という子どもでした。トイレにもお風呂にも本、食べていても歩いていても手から本が離れない。お蔭で電信柱にぶつかることもたびたびでした」。母の和恵さんは当時を思い起こすように微笑んだ。

「【伊藤計劃ライフヒストリー】(第2回)」小山由美

 ライターの小山由美氏が「ちいき新聞」に寄稿なさった伊藤計劃会員に関する記事を、資料としてSF Prologue Waveにアーカイビングさせていただく試み、その第2回となります。『屍者の帝国』の受賞は、地元へどのように報道されたのでしょうか。(岡和田晃)


(PDFバージョン:itoukeikakulh2_koyamayumi
<没後も衰えぬ筆と、意志を継ぐ人々の支え 日本SF大賞特別賞受賞 故・伊藤計劃さん(八千代市出身)>

 3月1日、都内で行われた徳間文芸賞贈賞式にて、伊藤計劃・円城塔による共著「屍者の帝国」が第33回日本SF大賞特別賞を受賞した。伊藤さんが没して4年。彼が遺した足跡に、また大きな証(あかし)が刻まれた。

 東京生まれの伊藤さんはぜんそく治療のため、3歳から八千代市民に。学齢期は漫画少年、大学卒業後はマスコミ関係の仕事に励む。しかし若くしてがんを発病。以来入退院を繰り返しながら膨大な量の映画鑑賞、読書、そして映画やゲームの評論家としても活躍した。
 2007年、SF長編小説「虐殺器官」で作家デビュー。2009年、肺がんのため逝去。衰弱と戦いながらベッドで書き上げた「ハーモニー」は没後、故人として初めて日本SF大賞を受賞したほか、日本人初の快挙となるアメリカのフィリップ・K・ディック記念特別賞にも選ばれた。

「【伊藤計劃ライフヒストリー】(第1回)」小山由美

 ライターの小山由美氏は、SFプロパー向けの媒体とは別の場所(地域新聞社の発行物)で、伊藤計劃会員の仕事を紹介してこられました。これらのお仕事は、作家のライフヒストリーに焦点を当てた貴重な資料ということから、「SF Prologue Wave」への転載をご快諾いただきました。この場を借りて御礼申し上げます。(岡和田晃)


(PDFバージョン:itoukeikakulh1_koyamayumi
<米SF小説特別賞受賞 日本人初の快挙 八千代市の故・伊藤計劃さん>

 2009年3月、多くのファンに惜しまれながら、SF作家の伊藤計劃さんは肺がんのためこの世を去った。34歳だった。
 彼の最後の長編『ハーモニー』は国内外で高く評価され、故人として初めて日本SF大賞を受賞。そして今年、アメリカのフィリップ・K・ディック記念特別賞を受賞した。海外で日本のSF小説が賞を受けるのは初めてのことだ。
 伊藤さんは東京で生まれ、ぜんそく治療のため3歳の時に八千代市勝田台へ。そのころよく利用した路線の駅名をすべて漢字で読み書きし、周りの大人を驚かせたという。
 地元の幼稚園から小・中学校へと進んだ伊藤さんは本を好み、勉強より漫画を描くことに熱中するような少年に成長した。

「1983年のクリスマス ――光瀬龍氏と名前――」宮野由梨香


(PDFバージョン:1983nennnoxmas_miyanoyurika
「もしかして、今晩って、クリスマス・イブ? うわぁっ」
 昼休み、大学の図書館で新聞を見て、私は焦った。夕方に人と会う約束をしていた。その日=12月24日に会うという約束をした時、私はうかつにもクリスマス・イブだということに全く気がつかなかったのだ。
 私はあわてて公衆電話のところに行った。携帯電話のない時代、バブル真っ盛りの1983年のことだった。
「光瀬先生、すみません、今日ってクリスマス・イブだったんですね!」
 クリスマスを祝うという習慣のない家庭で育った私も、世の中にはイベントを催す方々が多いということくらいは知っていた。たぶん光瀬先生も気がつかなくて約束なさったのだろうと思った。
「お会いするの、ご迷惑なら、別の日にしましょうか?」
「いや、かまいませんよ」
「では、お約束どおりでいいんですね?」
 電話を切って私は考えた。「そもそも、『百億の昼と千億の夜』の中で、イエス・キリストをボロクソに描いた人だった。余計な心配をしてしまった」と。
 だから、赤羽駅近くのレストランで、クリスマス・プレゼントとして蔵書印をいただいた時には、びっくりした。

「現代SFを楽しむためのキーポイント:ナノテクノロジー」岡和田晃

(PDFバージョン:nanotechnology_okawadaakira
 ナノテクノロジー(以下、ナノテク)の「ナノ」とは、十億分の一の単位を表す接頭辞であり、もともと小人を意味するギリシャ語の「nannos」とラテン語の「nano」に由来している。一ナノメートルは、一〇のマイナス九乗メートル=十億分の一メートルを意味しており、ナノテクとは一般に、このような極小単位(ナノスケール)で原子や分子の配列を自在に制御することにより、望みの性質を持つ材料、望みの機能を発現するデバイスを実現し、産業に活かす技術と定義されている。ナノテクノロジーという言葉を人口に膾炙させたのは、エリック・ドレクスラーの『創造する機械』(一九八六年)を嚆矢とする。ドレクスラーは分子機械工学という学問分野を提唱し、ナノスケールの機械を「アセンブラー」と名づけた。アセンブラーを用いれば、原子を配列を自在に制御でき、自然の法則の許す限り、何でも作り上げることができるというのだ。

「現代SFを楽しむためのキーポイント:シンギュラリティ」岡和田晃

(PDFバージョン:singularity_okawadaakira
 シンギュラリティ(特異点)は、本来、数学における関数の値が無限大になる点、物理学ではブラックホールの内部など通常の自然法則が成り立たない点を意味している。これが現代SFを理解するための重要なキーワードとなったのは、数学者にしてコンピュータ科学者のヴァーナー・ヴィンジによる著名な提言がきっかけだった。一九八三年の講演において、彼は、主として一九八〇年代前半のコンピュータ・テクノロジーの発展に伴うハードウェアの高度化を前提にしながら、人間を超えた知性が創造されることで、従来の人間観・社会観が揚棄され、新しい現実が支配的となる時点が訪れると宣告した。

「男は女の敵ではない……光瀬龍氏が『仕事』について語ったこと」宮野由梨香


(PDFバージョン:otokohaonnnanotekidehanai_miyanoyurika
 光瀬龍氏が「仕事」について語ったことについて書いておこうと思う。
 小説家専業となるまで、彼はある女子高校の先生をしていた。
 教師をやめた事情について、話を伺ったことがある。
 いろいろな「物理的な事情」についてリアルに語ってから、彼は言った。
 あらゆる「物理的な事情」は、本当はたいしたことではなかった、と。
「結局、育てることにおいて、男は女の敵ではないと思い知ったからなんだ」
 この「敵ではない」とは、「敵(かな)わない」「絶対に勝てない」という意味である。普通に話しているときでも、こういう漢文直訳的な言い回しをする人だった(註1)。
 「担任していた生徒の妊娠」を、彼はそれを象徴する事件として話題にした。

「光瀬龍氏との結婚論争」宮野由梨香


(PDFバージョン:kekkonnronnsou_miyanoyurika
「今の若い女性というのは、結婚するまで処女でいたいものなのかな?」と、光瀬龍氏に尋ねられたことがある。
 時は1984年。光瀬氏は56歳、私は23歳の大学院生だった。
 まだ「セクハラ」という言葉が社会的認知を得ていない時代であった。この種のことをいきなり尋ねてくるオジサンというのが、一定数、存在していた。(というか、今の時代では逆にありえない質問であろう)
「さぁ? 人それぞれじゃないんですか?」と、とりあえずかわしたのだが、「あなたの場合はどうなのよ?」と、しつこかった。
 さすがに、私はちょっと不機嫌になった。

「プラネタリウム小説いろいろ」鬼嶋 清美

(PDFバージョン:puranetariumushousetuiroiro_kisimakiyomi
 みなさんはプラネタリウムに行かれたことがありますか? 行かれたことのある人はもちろん、そうでない人でも、プラネタリウムが星を映す機械だということは、ご存知かと思います。
 扉を開けて中に入ると、そこには白いドームの天井と、中央に鎮座するダンベル型の機械。座席に座って椅子を倒すと、天井を見上げた状態になります。操作卓に座った解説員が挨拶をすると、夕方の風景から陽が沈み今夜の星空を再現していく。解説員が今夜見える星座たちを指し示して、星の並びに重ね合わせるように星座絵が浮かび上がる。一度でも体感すれば、ここが特別な空間だと誰しも思うことでしょう。
 毎日「今日の星空」を映し出すことはもちろん、北極点での星空でも赤道上の星空でも、あなたの生まれた日の生まれた時間の星空でも、彼と彼女が誓い合った夜の星空でも映し出すことが出来るのです。
 そんなプラネタリウムが登場する小説を、これから紹介していきましょう。

「架空インタビュー J・G・バラード」増田まもる

(PDFバージョン:kakuuinterview_masudamamoru


架空インタビュー J・G・バラード
聞き手:増田まもる

――この作品は、あなたのこれまでの全作品を統合したうえに、新たな局面が展開されている画期的な作品だと思います。とりわけ、これまで内意識の奥底へ沈潜していくという、精神病理学的なイマジネーションが、現実を超えていく壮大なイマジネーションの飛翔に転嫁したところに、この作品の重要性があると思います。「終着の浜辺」で内宇宙の終末をみいだし、「ウェーク島へ飛ぶわが夢」のなかで終末を抱きつつ失われた夢に執着していたあなたが、いかにしてこの転換をなしとげたのか、おおいに興味あるところですが。

バラード そこにはいくつかの要素があるのだが、なかでも夢の全能性への信頼を回復したことが最も重要なことだろう。「終着の浜辺」で内宇宙の窮極に存在するものが現実にほかならぬことを発見したわたしは、それ以後、この現実と呼ばれるものの姿をさまざまに描きつつ、その虚構性をあばくことに努めてきた。それは同時に内意識の虚構性をあばく作業でもあり、その虚構をつきぬけたむこうに、超虚構的な、一切の心のメカニズムから解放された夢の自由を獲得したわけだ。

「怖くないとは言ってない」―第十二回 さよならだけが人生さ― 牧野修(画・YOUCHAN)

(PDFバージョン:sayonaradakega_makinoosamu
 出会いがあれば別れがあり、始まりあれば終わりもございます。皆様いかがお過ごしでしょうか。というようなわけでございまして、今回十二回目をもって『怖くないとは言ってない』を終了といたします。ずっとご愛読いただきました方はもちろん、今回だけちょっと覘いてみたあなたに、これから読んでみようかと思ったあなたも。本当に本当にありがとうございます。そしてありがとうございました。
 というわけで最終回はホラーらしくこの世の終わり特集だ!

「怖くないとは言ってない」―第十一回 みなさんのおかげです・平伏篇の巻― 牧野修(画・YOUCHAN)

(PDFバージョン:minasannnookagedesu_makinoosamu
 大阪と東京でのイベントが終了。おかげさまでどちらのイベントも大盛況でした。そしてプレゼント企画も後は発送を残すのみ。ようやく『怖くないとは言ってない第十回記念』イベントが終わろうとしています。
 今回はそのイベント報告と、プレゼントに応募してくださった皆さんのコメントご紹介の二本立て。大感謝祭の巻です。



 東京でのイベントは創土社様のご協力もあり豪華ゲスト総出演。メインゲストは黒史郎さん。司会は井上雅彦さん。スペシャルゲストは山田正紀さん、図子慧さん、山田正紀さん、北原尚彦さん、YOUCHANさん、高野史緒さん、サイン会には菊地秀行さんまで参加いただきました。もう怪獣総進撃ですよ。
 今回のイベントのコンセプトは「皆様にホラー映画を親しんでもらいたい」です。これはこの「怖くないとは言ってない」のコンセプトでもあります。好き嫌いの多い、というか嫌われる可能性の高いホラー映画を、食わず嫌いなら食べやすいものから、楽しいものから入ってきてもらいましょう、という気持ちで始めました。
「なのにどうして人食い一族の話から始めたの?」
 これは開始と同時に井上さんから出た、すごく最もなご意見です。それに対するわたしの回答は「好きだから」。まったく説得力なしでした。

「怖くないとは言ってない」―第10.5回 いろいろ追加でお知らせを― 牧野修

(PDFバージョン:iroirotuika_makinoosamu
『怖くないとは言ってない』いつもは隔月でお送りしておりますが、今回はお知らせがありまして、特別に第10.5回目としてちょびっとだけお送りしております。
 
 まずは何よりプレゼント企画。
 この発表と同時に締め切りでございます。ですがまだまだ応募数が少ない可能性もあります(これを書いている時点ではどうなっているのか良くわかりませんが、それでも)。ですのでこれを読んで「あれっ! もう締め切りなの?」と思ったあなた。「それなら早く言ってよ~」と思ったあなた。今日(20日)集計をしますが、発送までにはまだ間があります。その間に応募してもらった場合、いやとは言えないというか、いい加減というか、適当というか、まあ、はっきりといついつまでならお待ちしますとは書けませんが、しまった! と思われた皆さん。今からでも遅くありませんよ、とだけは伝えておきたい今日の牧野なの。

 ちなみにプレゼント企画の豆本ですが、着々と進行しております。ちらりと見たかぎりではかなりのナニがアレしておりますよ。
 うう、欲しい!
 作者の手には入るのだろうか。

 そしてイベント!
 これがネットにアップされる頃にはもう東京でのイベントは終わっています。
 成功したのかどうだか、今の私には知る由もありません。突然現れた仮面の男が「皆さんにはこれから殺し合いをしてもらいます」的なことを言って、「ゲームの始まりです」で締めくくる長台詞を言い出して会場は大混乱。たまたま参加していた元アメリカ海兵隊の編集者の手によってその場は収まったのだが、それは序章にしか過ぎなかった。なんて面白いことになっていたかもしれません。

 そんなこんなで、次に待っているのは大阪隆祥館書店で開催される『怖くないとは言ってない』第十回記念イベント。これが最後のお知らせでございます。

『「あれ(『百億の昼と千億の夜』)は、私小説なんですよ」という光瀬龍氏の発言について』宮野由梨香

(PDFバージョン:arehasishousetu_miyanoyurika
 宇宙へ飛んだ「私小説」――SF作家 光瀬龍さん 7月7日死去(食道がん)、71歳 7月10日告別式……これが、光瀬龍氏の追悼記事(〈朝日新聞〉1999年8月26日夕刊)の見出しであった。
 この見出しは、追悼記事の中の“(光瀬龍氏の門下生のひとりである)作家の子母澤類さんは「『百億』は、よく言われる無常観などを意識せず、私小説のように自分の青春を語っただけ、と聞きました」”という箇所に基づいている。
 「私小説」という光瀬氏の発言については、〈SFマガジン〉1999年11月号(「追悼:光瀬龍」特集号)でも、柴野拓美氏が証言なさっていた。“『東洋的無常観』という評言に対して光瀬さん自身はむしろ否定的だった。「そういう意識などとくになく、むしろ私小説を書いている気分」だというのが彼の主張”(220頁)というふうにである。
 二つの証言は微妙に異なっている。そして、両方とも、私が直接伺ったことと、異なる。もちろん、ニュアンスの違いという程度のこととお考えになる方も多いであろうが、しかし、だからこそ、私がどう伺ったかを、ここに証言しておきたいと思うのだ。

「怖くないとは言ってない」―第十回 記念ショートショートの巻― 牧野修(画・YOUCHAN)

(PDFバージョン:kinennss_makinoosamu
 さて皆さん、前回の予告通り今回は第十回記念特別号です。
 まずは私のショートショート『ハノークは死んでいた』です。
 実は先日某所でこれを朗読させていただきました。初めての朗読だったのですが、お客さんが初めてのおつかいに接するがごとく優しく対応してくださいました。結果そこそこ好評でほっとしたのでございます。もし私も朗読を聞きたいという方がおられましたらご連絡下さい。夢枕に立ってお聞かせしましょう。
 というわけで『ハノークは死んでいた』でございます。以下のサムネイルをクリックしてくださいまし。




「ハノークは死んでいた」

「サーボモータと意識」山口優(画・河田ゆうこ)

(PDFバージョン:servomotortoisiki_yamagutiyuu


 私たちがやらねばならぬことは、私たち自身から出てこなくてはならないのだ。
 ――ジュリアン・ジェインズ著/柴田裕之訳『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』


 本稿では、前回のコラム「サブリミナルへの福音」に続き、人間の意識をテーマにしてみたいと思います。特に今回は、その起源について考えてみます。
 まず、「意識」とは何か、簡単に定義してみます。
 ここで言う意識は、眠っている、起きていると言う時の「意識がある」「ない」ではなく、今自分が何を考えているか、何をしているか、と言う時の、自分の思考や動作を自分で認識する機能を指します。「私は今考え事をしている」「私は今パソコンに向かってキーボードをタイプしている」と言う時の「私」と、その「私」が注意を向けている対象を自覚する働き、と言い換えてもいいかもしれません。
 意識は人間の神経系を基盤とします。人間の神経系のアナロジーとして、ロボットの制御系の話から始めましょう。
 サーボモータ、という機械をご存知でしょうか?

「これは私の話ではない」矢崎存美(画・みぞれ)

(PDFバージョン:korehawatasinohanasidehanai_yazakiarimi
 これは私の話ではなく、知り合いのA子さんの話です。

 A子さんは先日、旦那さんと一緒にディズニーリゾートへ遊びに行きました。
 昼間は自腹でディズニーランド、夜はディスニーシーというスケジュールです。ただ、シーの方はクレカ会社主催のパーティ(という名の無料招待)で、三時間しか遊べません。帰りの電車のことを考えると、三時間目一杯遊ぶのも無理なので、
「タワー・オブ・テラーにだけは乗ろう」
 ということを決めておきました。
 思えば、これが間違いの元だった。

「パキスタンに、行ってきました!」福田和代

(PDFバージョン:pakisutannni_fukudakazuyo
 小説の取材で、短期間ですがパキスタンに行ってきました。
 昨今パキスタンと言えば、真っ先に思い出すのはパキスタン・タリバン運動(TTP)かもしれません。例の、イスラム系のテロ組織であります。アルカイダのトップだったビン・ラディン氏がパキスタンの隠れ家にいるところを米国の特殊部隊が急襲したとか、今でも米国の無人機がタリバンを攻撃しているとか、間違って一般市民まで攻撃してしまって、非難にさらされているとか、最近日本の新聞にパキスタンが載るといえば、そんな話題です。女子の就学について世界に訴えたためにタリバンに撃たれた少女、マララ・ユスフザイさんも強く印象に残っていますよね。外務省の海外安全ホームページでは、アフガニスタンとの国境付近一帯やカシミール地方などはほぼ「退避勧告」となっておりますし、もっとも安全とされるイスラマバードなどの首都圏でさえ、「渡航の是非を検討してください」となっております(2014年2月6日現在)。

「記憶を呼び出す機械」八杉将司

(PDFバージョン:kiokuwoyobidasu_yasugimasayosi
 こないだ家の片づけをしていたら、中学生のときの教科書を見つけました。歴史の教科書でした。懐かしいなあとぱらぱらめくると、当時の思い出がどっとあふれ出てきました。
 試験前に一夜漬けで暗記した苦しみに満ちた思い出が。ぐはあ。
 ぼくはあまり勉強ができなかったのですが、それでも歴史といった社会教科は辛うじて得意の分野でした。理由は明白です。試験に出そうな単語をひたすら覚えればよかったので。黄色の蛍光ペンで試験に出ると思われる単語をいちいち塗って、それを覚えるために単語を無心でノートに繰り返し書き込んで頭に叩き込んでました。無心だったら勉強になってないだろという問題はさておき。
 それでなんとか試験は乗り越えられていたのですが、当然ながら試験が終わればほとんど全部忘れてしまいます。それはもうきれいさっぱり。
 そんな思い出が教科書を見つけたことで蘇ったのですが、ここでふと「あれ?」と疑問が浮かびました。
 あれから二十年以上も過ぎているのに、あのときの自分をしっかり覚えているわけですよ。当時の光景がありありと脳裏に現れてくる。忘れてない。記憶に残っている。一夜漬けで必死に暗記しようとしても翌日にはおぼろげにしか残らなかったのに、そうやって覚えた単語までは思い出せないものの、その行動自体は驚くほどリアルに記憶に残っている。何で?

「わが名は『ガッツ』」東野 司(画・河田ゆうこ)

(PDFバージョン:waganahagattu_tounotukasa

 春だった。
 リビングの大きな窓を開けると、小さな横長の庭。すぐ手前のバラの根元に体をこすりつけている一匹のネコがびっくりして、こちらを振り仰いだ。
 一瞬、アメリカンショートヘアに見えた。くりっとした瞳が見上げるその表情は、まるでシュレックに出てきた長靴をはいたネコのようで、思わず見とれていた。
 それが、ガッツとの出会いだった。
 まだ、彼は子猫で、当時は地域猫だと思っていた。いわゆるノラなのに、アメショーのような(実際には、シルバーの縞柄に白)肌合いで、ふんわりと丸い顔はキュートで思わずおいでと手を出したものだった。

「怖くないとは言ってない」―第九回 大人の事情の巻― 牧野修(画・YOUCHAN)

(PDFバージョン:otonanojijyou_makinoosamu
 月日の経つのは早いものですね。あっという間に今年が終わろうとしていますよ。たぶんこの調子だと一生もあっという間だろうなと思うんですよね。
 と、しみじみ己の人生を考えてしまう季節となりました。
 こんばんは、芦田愛菜です。嘘です。
 ところで『いま、会いにゆきます』っていう映画がありますよね。見た方おられますでしょうか。このコラムを読んでおられる方にこの映画をご覧になっている人間は少ないと思いますのでちょっと説明しておきますと、会いに来て欲しい人が会いに来るけどなんだか哀しい事情があるというような映画だと思います。おそらく。
 で、これは市川拓司の『いま、会いにゆきます』というベストセラー小説が原作です。
 たとえばこれが平山夢明の『今会いに行きます』なら間違いなく基地害がやってきますよね。倉阪鬼一郎の『今逢いにいきます』ならそう言い残して出掛けた男がとんでもない目にあいますよね。田中啓文なら『居間、兄がいます』ですね。かなり適当ですけど。牧野修の『イマ、アイニイキマす』は、おそらく虐められた死者が蘇って復讐する話ですよ。ついでに言うなら牧野修の『海猿』もホラーですよ。おそらくクトゥルーものですよね。
 と、ここまで敬称略でお送りしてきましたが、そのようなわけで、今回は原作付きのホラー映画の話でございます。

「著者書店営業創世記」鈴木輝一郎


(PDFバージョン:choshashotenneigyou_suzukikiitirou
 作家生活22年、誰も褒めてくれないので自分で褒めるが、私は小説家の新刊書店まわり&著者手書きPOPのパイオニアなんである。
 いやまあ、「余計なことを考えやがって」とか「どうせ自慢するなら作品で自慢せえ」とかいう同業者の反論がありそうですが。

 元をただせば22年前、近未来小説でデビューする直前のこと。
 営業から異動してきたばかりのK社K氏が、
「このままでは輝一郎さんは埋もれてしまいます。わかりますか」
と言ってきたのがはじまり。
 新人賞を受賞したわけでもない作家の作品は、出版バブルの当時でも売るのがたいへんだった。これ一作で消える可能性が大だという自覚はある。

 と、K社K氏は熱く語った。
「元音楽プロデューサーのK野Bさんは、担当アーティストの新曲が出たときの放送局まわりの要領で、新刊が出ると書店に挨拶に行っているそうです。だからとりあえず輝一郎もやってみましょう!」

「光瀬龍氏との墓論争」宮野由梨香

(PDFバージョン:mituseryuusitono_miyanoyurika
 光瀬龍氏と「墓論争」をしたことがある。
 一九八〇年代の終わり頃だった。私は二十代後半、光瀬氏は六十歳くらいだった。(私と光瀬先生との出会い等については、こちらをご覧ください)
 何からそういう話になったのか、よく覚えていない。たぶん、私が何気なしに「盆に帰省したら、まず墓の掃除をして…」とでも言ったのだろう。光瀬氏は「墓なんか、どうなったっていいじゃないか」とおっしゃった。

「小説家は【肉体業】だ!」早見慎司(旧名:早見裕司)(画・河田ゆうこ)


(PDFバージョン:shousetukaha_hayamisinnji
「このままだと、遠くない将来、寝たきりになるよ」
 友人に言われたのが十数年前。そして五十を少し過ぎたいま、その予言はみごとに的中しました。そんな私の半生記、と言ったらあまりにオーバーですが、「健康」について書いて欲しい、というお話もあったので、何がどうしてどうなったのか、ご参考になれば、と思って記します。
 もともと幼い頃から体を動かすのがおっくうで、部屋代わりの押し入れに蛍光灯を持ち込んで、本を読みふけっているガキでした。両親が忙しく、放っておいてくれたのをいいことに、外へもろくに出ないで読書三昧。それはそれで、小説家という職業に就くのにはいい土壌になった、とは思います。しかし、いまの私の健康状態から見れば、どうしてもっと外で遊ばなかったのか、としみじみ思います。

「物語性の復活を目指して」片理誠

(PDFバージョン:monogatariseino_hennrimakoto
 電車に乗っていると「本当に時代は変わったなぁ」とつくづく感じる今日この頃です。

 以前の電車内での風景と言えば、学生は漫画、社会人は雑誌か文庫本、というのが定番だったものですが、もはや老若男女の誰もがスマホですな。あらゆる世代を席巻している感じです。あの浸透力は凄いですね。前なんか、向かいの座席に座っていた七、八人の乗客全員がそれぞれ自分のスマホを覗いていたという、コントみたいな場面を目にしました。座っている人全員が「じっと手を見る」状態っていう。でも違うんです、本当はスマホ見てんです。でももうそんな光景、さして珍しくもないですよね。

 この前もつり革につかまっていたら、左右に立っている人と向かいに座っている人の全員がスマホでパズルゲームやってました。流行ってますよねぇ、ソーシャルゲーム。年代も性別もバラバラなのに、皆が一心不乱にパズルゲームをやってるってのは、なかなか凄い光景でしたよ。

 そういえば昔の知り合いにテトリスが異様に上手い人がいて、その人はテトリスならワンコインでいつまででも遊んでいられるんです。何時間やっても全然ゲームオーバーにならないんですよ。凄まじい速さでブロックを積み上げて片っ端から消していっちゃうんです。途中で本人も飽きてくるらしくて、わざと失敗した組み方をして自分をピンチに追い込んでおいて「あと一回失敗したらゲームオーバーになってしまう」っていうところから、目にも留まらぬ早業でシパパパパパッ! とブロックを組んであっという間にリカバリーする、という荒技まで披露してくれたり(笑)。なんでそんな上手いんですか、って聞いても、本人の中でも完全に自動になってしまっているらしくて、特にコツとかはなさそうな感じでしたね。パズルゲームって中毒性があるのかも。