カテゴリー: コラム

「エゾコンのころ」荒巻義雄

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 夕張は、北海道では二度目のSF大会となります。
 イスカーチュリが主体となったエゾコンは、1973年8月2日ですから、約40年前です。支笏湖対岸のホテルを借り切って行いました。
 しかし、たしか千歳空港が天候不良で、来れなかった人も大勢いたはずです。
 当時のメンバーのうち、波津博明さんはその後、東大から読売新聞を経て、現在は大学教授です。三浦祐嗣さんは北大から北海道新聞に入社、今では編集局文化部長です。朝松健さんは国書刊行会を経てSF作家となった。
 やはり、若くしてSFフアンになった人たちは、当時から、どこかちがっていました。

「小松左京さん流創作スタイルに関する私的覚え書き ~音読的発想法のススメ?~」片理誠

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 2011年7月26日、小松左京さんが80歳でこの世を去られました。氏のあまりに突然の訃報に我々の多くが茫然自失、驚き、狼狽え、その巨大な喪失感に打ちひしがれることとなりました。
 知らせを聞いた直後は、とにかく何かしなくてはという焦りだけが空回りしている状態で、何をすればよいのかは皆目見当もつかない。大勢がきっとそんな状態だっただろうと思います。
 それでもとにかく、今は「SF Prologue Wave」というサイトがあるのだから、まずはきちんと追悼をしよう、偉大な英雄のお弔いを皆でしようじゃないか、ということになり、不肖片理めがその取りまとめ役を拝命いたしました。

「春の旅心」平谷美樹(画・河田ゆうこ)

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 春になると、旅に出かけたくなる。
 桜が咲く直前。枯れ色だった山々に、人々が気づくか気づかぬかの淡い萌え色が差す頃。
 里の雪が溶けて、オオイヌノフグリの小さい水色の花が畦道に散りばめられ、フキノトウはもう天ぷらにしても苦いほどに伸びてしまった頃。
 ぼくは無性に旅に出たくなる。
 旅に出たくなる――。という言葉はちょっと違う。
 胸が痛くなるような渇望。
 飢えや乾きにも少し似ている。
 そのようなものが勃然として日常生活の中に現れ、ぼくを困惑させるのだ。

「ものの捨てどき、別れどき」福田和代(画・河田ゆうこ)

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 長年、大事に使っている物があるとする。さすがに飽きがきて、そろそろ別の新しい物を使ってみたい――と浮気心を起こしたとたんに、今までまったく不具合が起きなかった物が故障したり、使えない状態になったりする。そんな経験はないだろうか。
 私にはある。はっきり言って、たくさんある。

「よこはま・たそがれ」井上剛

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 先日、何となく『よこはま・たそがれ』という歌を口ずさんでいたのだが、あらためて歌ってみると、これはなかなかに奥深い歌詞だなあと感じ入ってしまった。
 この歌は1971(昭和四十六)年の発表なので、僕はまだ七歳だったわけだが、当時はこの歌の言わんとしていることがまるで分かっていなかったのだ。
 冒頭、「よこはま たそがれ ホテルの小部屋」とあるが、当時の僕は、ホテルというのは単なる西洋風の宿泊施設だという知識しかなかった。しかしこの歌は、明らかに恋愛関係にある男女の別れを描いているので、ホテルと言ってもただのホテルではなかろう。

「怖くないとは言ってない」―第二回 だから前をよく見て運転しろよ―牧野修(画・YOUCHAN)

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 中学生の頃に青信号になったので道路を渡ろうとしたら一瞬目の前が真緑になって、気がついたら道路に仰向けになって空を眺めていて、実はそれって市バス(車体が緑色)に撥ねられていたんだと病院に運ばれていく途中で気がついた牧野です。
 おそらく誰もが自動車で撥ねたり撥ねられたりした経験があるだろう。ないと思っていても、知らぬ間に撥ねたり撥ねられたりしてるはずである。それでもそんな経験がないと言いはるような強情で融通のきかないうえに想像力の欠如した欠陥人間を私は相手にしたくない。
 というようなわけで、事程左様に交通事故は日常的に頻繁に起こっているのである。

「講談はおもろいでー!」田中啓文

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 最近、落語は東西ともに大ブームになってるし、浪曲もかなりのファンを獲得しているが、なにか忘れちゃいませんか。そう、講談である。講談はおもろおまっせー。私は大好きです。たとえば現在落語家はたぶん東京に約四百五十人、関西に約二百三十人だが、講談師はたぶん東京に約六十人、関西に約十五人である。どうです、この差。たしかに今、落語ブームかもしれないが、同じぐらいの伝統があり、同じ「語り物」である講談がこれほどまで格差をつけられるのはおかしい。

「怖くないとは言ってない」―第一回 ソニー・ビーン一族の末裔―牧野修(画・YOUCHAN)

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 頭がおかしいよね、っていうのを誉め言葉として使っていたのだけれど、考えてみればこれって悪口だと取られていたかもしれないなと先日反省したばかりの牧野です。
 自分がされて嫌なことをしてはいけません、というのは親や先生による説教の定番なのだが、話はそう簡単ではない。自分がされて平気なことだからといっても、相手は嫌かもしれない。自分なら喜ぶことでも相手は怒り出すかもしれない。逆に自分がされると嫌なことなのに、して欲しいと思っている人がいたりもする。
 結局自分の感覚だけを判断材料にしても他人には通じないというのが真実なのだろうけれど、そう言われても迷うだけだ。
 私は怖い話が大好きで、ホラー映画やホラー小説やホラー漫画が大好物なのだけれど、この辺りはジャンルの中でもかなり好き嫌いの別れる、というか苦手な人が多いジャンル界のピーマンのようなものなのである。そのため話す相手を極端に選ぶことになる。私が好きだからといってみんなも好きだと思うと大変な目にあう代表的なものがこれだ。
 とはいえ好き嫌いが分かれるということは、私のように好きな人も確実にいるということで、はるか昔から恐怖譚は延々と語り継がれ、ホラー映画もホラー漫画もいまだにしぶとく生き残っている。

「からっぽな宗教」増田まもる

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 神社が好きで、旅行先などで神社をみかけると必ず立ち寄るようにしている。由緒正しい大きな神社はもちろん、名も知れぬ小さな神社でも、お参りをするとなんとなくすがすがしい気持ちになる。
 だれもが知っているように、神社には寺院の仏像のような具象的な礼拝の対象はない。鳥居や狛犬やご神木、そして社殿と拝殿があるだけだ。それなのに、お賽銭をあげて拝礼して、ぱんぱんと音高く柏手を打って家内安全などを祈ると、なぜかしらすっきりとした気分になる。
 かつてはその理由を神社の成り立ちに求めて、神社の由緒や神々の系譜などを調べたり、背後の山や奥之院まで登って古代の人々がその地を聖地とした理由をつきとめようとしたりしてきた。古い神社の背後の山にはしばしば古墳や磐座(いわくら)があって、日本人の信仰の原点を見る思いがしたものだった。
 しかし、最近ではそれらの個別の情報にはあまり興味がなくなった。むしろ、鳥居と樹木と注連縄(しめなわ)に囲まれた、このなにもない文字通りからっぽな空間が、なぜこれほどまでにわれわれの心をひきつけるのだろうかと考えるようになった。

「支配者種族と奴隷の日常」立原透耶

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【自己紹介】
 我が輩は支配者種族である。地球という惑星で最も崇高な生き物であり、奴隷にかしづかれて生活している。奴隷は一人暮らしの売れない三文作家で、口癖のように「仕事がない」と呟いておる。我が輩の生活を支えるためにも、しっかりと働いてほしいものだ。
 我が輩はまもなく4歳になろうとする猫、ラグドールという種族の元男である。奴隷めが、健康によいのよ、などと申して、我が輩をだまくらかし、病院に連れて行き……哀れ、子孫を残すことは不可能な身とあいなった。奴隷めはしばらく我が輩を「宦官」と呼び、「にゃあ」ではなくて「ちゃあ」とこたえるのだと笑いものにしておった。なんでも古の中国では、宦官は「ちゃあ」と返事していたそうな。
 我が輩が奴隷の元にくるきっかけになったのは、えすえふ作家の林穣治氏なる者のブログである。そこで氏の支配者ココベン殿の写真を毎日ためすがえす眺めている間に、奴隷めは見事に洗脳にかかったわけである。そこで、まったく同じ種類、同じ毛並みの我が輩を支配者として迎え入れた、とこういういきさつである。

「鳥籠」図子慧

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 去年の年の暮れに、十年来持っていた鳥籠を処分した。

 買ったのは香港で、値段は日本円で一万円ぐらい。竹細工でてっぺんがドーム型のよくある鳥籠だった。香港の市場でみた瞬間、猛烈に欲しくなった。鳥屋のおじいさんに交渉して、思い通りの形でスーツケースに入る大きさを探してもらった。
 一緒にいった友だちは、「鳥も飼わないのに、そんな高い鳥籠を買って」と呆れていた。だが、どうしてもどうしても欲しかったのである。ブランドのバッグより、化粧品より、その鳥籠が欲しかった。
 その鳥籠は今はない。だから思いだしながらこれを書いている。青磁の小さい水差しとえさ入れがついていた。巣もあった。

「目玉焼きとは?」宮野由梨香

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 皆さまに重要な質問があります。
「目玉焼きとは、堅焼きですか? それとも、半熟ですか?」
            〇
 これは、『魔法少女まどか☆マギカ』第1話の中のセリフです。
 主人公・鹿目まどか(中2)の担任教師(女性・推定30代)が、朝のホームルームで「今日は皆さんに大事なお話があります。心して聞くように!」と前置きしてから、このように言うのです。
「目玉焼きとは、堅焼きですか? それとも、半熟ですか?、ハイ、中沢くん!?」

「旅路」高槻真樹

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 この文章を書いているいま現在、父方の祖父は100歳を超えなお健在だ。昔は祖父のことが少し苦手だった。もともと教師であったせいか大変謹厳実直な人で、子供のころは里帰りしてもくつろぐどころか緊張の連続だった。一度などは「顔に厳しさがない」といわれ母が後で憤慨したことがある。
 そんなわけで就職後はすっかり足が遠のいていたのだが、数年前、思い立って妻を伴い来訪したことがある。さすがに死ぬ前に妻の顔ぐらいは見せておきたかったからだ。あの時はまだ祖母も生きていた。100歳を前にした夫婦が寝たきりにもならずに元気で出迎えてくれるというのは、滅多にあるものではない。
 祖父は子供のころとあまり変わらなかった。子供の目には当時から既に老人であったからだろう。だが話してみると昔のいかめしさがすっかり影を潜め、話好きの人なつこい老紳士になっていたのには驚いた。

「萌はある日突然、空から降ってくる」秋津京子


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 ニコ動、pixiv、イープラス、USTREAM、ツイッター、そしてAmazonを始めとするネット通販……。
 みなさま、これらのサイトを活用してますか? 私は昨年の今頃、このうちの半分もろくろく知りませんでした。それが今やフル活用。
 事の起こりは某アニメ。友人から、ちょっと面白そうなアニメが始まると教えてもらったのが、昨年の春。
 会社に雇われたヒーローが会社のロゴを背負って悪と闘う世界。主人公は盛りをすぎて今や崖っぷちのおじさんヒーロー。そんな彼がバディを組まされたのが有能で生意気な新人で……。
 ああ『TIGER&BUNNY』(以下タイバニと表記)の事ね! と分かった人は話が早い。分からない人は、サンライズの公式HPか、ウィキペディアでもご参照ください。安易に2chなどには飛ばないように(ここ大事。男子禁制の異次元世界を知ることになるでしょう)。

「一行ショートショートとは?」高井信

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 一行ショートショートについて何か書いてくれ――と要請されました。
 思い切りの手抜きですが、まずは拙著『ショートショートの世界』集英社新書(05)から、短いショートショートを紹介した部分を(加筆&修正の上)抜粋させていただきます。

      *          *          *

 横田順彌『SF事典』廣済堂ブックス(77)には〈史上最短のSF〉という項目があって、そこで紹介されているのは――

 時間は終わった。昨日で。(ロジャー・ディーリー作)

 短いですが、深みがありますよね。(『SF事典』はのちに大改訂されて角川文庫から『SF大辞典』として出ていますが、残念ながら〈史上最短のSF〉の項目は消えています。なお、同作品は「奇想天外」1977年4月号(13号)に掲載の安田均「続続・SF入門講座 SFその世界」でも紹介)

「ア関数曲線」三島浩司

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 かつて友人に心ない指摘をしてしまったことがある。3人兄弟の名前を尋ねたのだが、その答えが「あつし(当人)」「たかし」「あいこ」だった。たとえ話なので実名からは変えてある。
 3つの名前とも、50音の「ア段」が頭文字になっている。ボクはこの答えに対して「急いで名前を考えたな」などといってしまい、いまも後悔している。
 作品の登場人物のネーミング作業のとき、みなさんはどうやっているのだろう。数多くの作品を発表してきた著者ならば1000人くらいの名付け親になっていそうなものだ。

「原発稼働なら引当金を」町井登志夫

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 浜岡原発の停止は最悪の管政権で多分、唯一のクリーンヒットだっただろう。
 ここにわたしが今から書きたいのはそれだ。原発のリスクを計算しつつ、稼働させるとはどういうことか。それはいざというときの保険を用意しておくということに他ならない。
 これまでは『安全神話』というわけのわからないものによって原発の稼働は野放しにされてきた。しかしそれは『飛行機は墜落しない』と同レベルであり、『我が国の自動車は津波が来ようが対人事故は起こさないです。』という空手形を切っていたにひとしい。

「恐竜たちのいるところ~TPP交渉参加の駆け引きをながめて~」図子慧

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 日本は、野田首相によれば(11/12日経新聞朝刊)、TPPに「交渉参加に向けて関係各国と協議に入る」そうである。
 反対派によれば、「事前協議に入る」だけで「交渉参加を表明したのではない」のだそうだ。寝言か? 他国は、日本の交渉参加意志の表明である、と受けとめている。
 交渉締結まで三年はかかるそうで、その間に総選挙もあれば首相交代もありうる。とりあえず未来に厄介事も借金もぶん投げておくのが、日本の政治担当者の基本姿勢なので、TPPも最後までやり抜く決意があるのかどうか疑問である。

「タキオンと前提論」山口優

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Learn from yesterday, live for today, hope for tomorrow. The important thing is not to stop questioning.(過去から学び、今の為に生き、未来に希望を。大切なのは、疑問を持つのをやめないことだ)
    ―アルバート・アインシュタイン


 突然ですが、次の式をXに対するYのグラフにしてみてください。
 Y=(X^2+M^2)^2
 但し、Mの二乗をマイナスとします。
 描かれるであろうグラフの正解を先に言葉で表現してしまいますと、これは、ワインボトルの底のような形になります。中央部分が、高さM^4で盛り上がっており、その両側で一端下がり、そこから一気に縦向けに上がっていくようなイメージです。

「中二UMAは実在した! 2年C組放課後の教室に謎の少女を追え!」吉川良太郎

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「巨大怪蛇ナーク! タイ秘境底なし沼に恐怖の魔人は実在した!」
「謎の猿人バーゴンは実在した! パラワン島奥地絶壁洞窟に黒い野人を追え!」
「ワニか怪魚か!? 原始恐竜魚ガーギラスをメキシコ南部ユカタン半島奥地に追え!」


「声に出して読みたい日本語」と言えばまず筆頭に挙げるべきは
「『水曜スペシャル』川口浩探検隊のサブタイトル。全部」
 といえば同年代の男子諸君は今モニターの前で深くうなずいてくれていることだろう。うなずくよね。少なくともぼくはうなずくから続けるが。
 この闇雲なテンション。ワールドワイドなインチキ臭さ。「わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい」とスポンサー日本ハムのCMコピーと見事なマリアージュを果たした冒険のロマンチシズム。今にして思えば子供だましな企画なんだが、こっちは本当に子供だったのでコロっと騙されたものだった。

「飛ばない機体」伊野隆之

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 エンタープライズ号を見てきた。
 スタートレックの方ではなく、スペースシャトルである。
 もう旧聞にはなるけれど、今年の夏に気になったニュースの一つが、三十年に及んだスペースシャトルの退役だった。ずいぶんと前から決まっていたことらしいが、本当にやめちゃうの? というのが正直な感想だった。
 シャトルの運用が終わっても、宇宙開発が終わるわけではないし、火星への有人飛行計画も検討されている。それなのに、宇宙が遠くなってしまったかのような感じを覚えた。
 8月、ワシントンDCに仕事で行くついでに、スミソニアン協会の航空宇宙博物館別館であるウドバーヘイジーセンターに立寄ろうと思ったのは、そんなことがきっかけだった。

「under construction」樺山三英

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 九月から六本木の森美術館でメタボリズムをテーマにした展示が行われている。メタボと言えば、樺山も最近はお腹周りが気になるお年頃である。そういうわけで、さっそく見に行くことにした。とはいえ実はこちらの展示、肥満とかダイエットとかとはまったく関係がない。正式なタイトルは「メタボリズムの未来都市展」、副題が「戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン」。つまりは建築にまつわるお話である。メタボリズムとは元来、新陳代謝を意味する生物学の用語。それを転用して、一九六〇年代に提唱された建築理論および運動が、この展示のテーマである。これだけ聞くと、やや地味な印象かもしれない。ところがところが、さにあらずで。ここに体現されているのは戦後日本が夢見た未来史、オルタナティヴなビジョンそのものだ。現実の建設プラン・都市計画が時にSFの域に達する。そんな「ありえたかもしれない」日本を垣間見せてくれる、稀有な企画なのである。

「ドラキュラ馬鹿一代」吉川良太郎

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 世に「ドラキュラ馬鹿一代」といえばルーマニア出身の俳優ベラ・ルゴシ(1882~1956)のことですが。いやたぶんぼくしか言ってないと思うが。そもそもこんなところにこんな話を書いて「ルゴシキター!」とか喜ぶ人がどれだけいるのかと三行目で思い至りなにやってんのぼくはと自問せざるを得ずじっと手を見ております(あ、頭脳線が短いよ!)
 えー。なんといいましょうか。ヘンリさんからコラムの御依頼を受けたんですが、実はあんまりSFの素養がない人間なので(実は、でもないか)前回は一応ぼくのホームであるところのフランス文学にからめた話でお茶を濁したものの、二度目となるとなにを書いたものやらこまってしまいまして。急な来客でなにも準備がないんだけど、そんな時は家にあるものを工夫して何か一品つくるのが主婦の腕の見せ所なのよ、と思って冷蔵庫を開けたら納豆とブルーチーズしかなかった。そんな心象風景。
 いいんだよ! 明日も明後日も使えないムダ知識の墓場、それがオレのコラムだ! と叫んでみてもまるで怪獣墓場のシーボーズの鳴き声のよう。

「ハッピー・フューについて」片理誠

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 しばらく前に新聞のコラムで「ハッピー・フュー」という言葉を目にしました。ハッピー・フューとは、「少数の幸福な人々」という意味。
『本が売れなくなったと言われて久しいが、元々本というのは「ハッピー・フュー」のためのものなのだから、これが本来の姿なのである』、というのがそのコラムの主張だったように記憶しています。

「叛乱」高槻真樹

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 勤め先のコンピュータが叛乱を起こした。いや、冗談とか洒落とかではなくて。
 一日の終わり、複雑な作業を終えた私は、ほっと息をついて作業終了処理の実行ボタンを押した。パソコンを閉じたら、コーヒーでも煎れよう。カチッ。

「本日、あなたの指定する実行プログラムは存在しません」

 機械の冷酷な宣言に、私は凍りついた。そんなはずがあるか。実際こうして立ち上げたプログラムが目の前にある。存在しないというなら何なのだ。私とコンピュータは異なる平行宇宙の存在だとでもいうのか。あなたの指定する実行プログラムのある世界。あなたの指定する実行プログラムのない世界。永遠に分かり合えない二人。いやお前は何を言っているんだ。

 とりあえず気持ちを落ち着けよう。まあ、パソコンなんてこんなもんさ。皆さんも体験があるだろう。

「ロングテールの共通項」山口優

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『世間に私がどう見えているのかは知らない。が、私自身にとっては、海辺で戯れつつ、ときおり、いつも見るよりも滑らかな石や、かわいらしい貝殻を探し出し、楽しんでいる少年にすぎない。未発見の偉大な真理の海を目前にしながら』
――アイザック・ニュートン

 インターネット上の商取引の興隆とともに、ロングテール、という用語が人口に膾炙して久しくなりました。本などの商品売り上げのグラフを、縦軸を売り上げ数、横軸を書名として、売り上げの多い書名の順に左から並べると、売り上げの低い書名がずっと長く右の方に並ぶそうです。この、高さは低いけれどもずっと長く続く部分が恐竜の長い尾のように見えるため、「ロングテール」と呼びます。

「静岡SF大全の舞台裏」高槻真樹

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 驚くべきことに、静岡SFというものは大変に多い。目下、リストアップしているところでは、ざっと100本ほどになる。東京や大阪ならともかく静岡SFがそんなに多いのか。発掘作業は先入観を捨て、見つけ方のコツをつかむまでが大変だった。しかしそれは大いなる発見の物語でもあったのだ。

「昔は作品より作家の人生の方が面白かった」吉川良太郎

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「昔は作品より作家の人生の方が面白かった。今じゃどっちもつまらん」(C・ブコウスキー『パルプ』)

 昔、サドという男がいた。
 ドナチアン・アルフォンス・フランソワ・ド・サド侯爵。一八世紀フランスの名門貴族にして作家、といえば先祖代々の財産で優雅に生活し働かなくていいもんだからヒマもてあまして手すさびに小説でも書いてみようかしら執事よ口述筆記の用意をウィムッシュウ、という大変にうらやましい大変にうらやましい境遇を想像するが(本当にうらやましいので二度言いました)実際は放蕩生活の廉で人生の大半を牢獄か牢獄に等しい精神病院で過ごし、しかしその虜囚生活の中で書いて書いて書きまくった膨大かつ過激なポルノ小説が二十一世紀の現在まで読み継がれ、孤高の思想家と讃えられ、さらにはその名に由来する一般名詞までできたという作家である。

「SF/サイエンフィクション」 伊野隆之

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 僕の書いたSFが売れて、勤めを辞めてからどうしよう。東京を離れ、もっと環境のいいところで暮らせないかなぁ。
日本は寒いので、暖かいところがいいなぁ、というのが、第一の条件です。すこしは言葉が通じる方がいいので、英語圏か、以前住んでいたタイあたりが有力候補です。
 でも、SFを書くだけではきっと生活ができないので、別の仕事も考えなければいけません。そうすると、就労ビザのいるタイよりは、ハワイ、しかも観光客もさほど多くなく、けれど生活には便利なマウイ島あたりがいいか、ということになります。

「蔵の扉を開いてみたら」平谷美樹

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 二〇〇八年の十月から、二〇一〇年の九月までおよそ二年間、新聞連載を経験した。
 【河北新報】の朝刊の連載小説である。
 連載を始めるに当たっての新聞社側からの〈縛り〉は一切無かった。美術教師であったのだからと、挿し絵も任された。
「とりあえず四〇〇回。のびてもよい」
 有り難い提案である。一日分がおよそ原稿用紙三枚だから、一二〇〇枚書ける。