カテゴリー: Eclipse Phase 作品

「黒星僧院にて」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:annkokusouinnniteshoukai_okawadaakira
 朱鷺田祐介の新作「黒星僧院にて」をお届けする。この作品は、二つの『エクリプス・フェイズ』ゲーム・シナリオとリンクするものとして書かれている。
 まずは「Role&Roll」Vol.151に掲載されている「タイタンのゲーム・プレイヤーたち」(著:岡和田晃、監修:朱鷺田祐介、待兼音二郎)。その名の通り、タイタン連邦が舞台であるこのシナリオは、チェスボクシングが重要なモチーフとなっている。同時に、ドイツのボードゲームをモチーフにした新しいスポーツが開発されていると、公式設定(未訳サプリメント『Rimward』)に記述されているのだ。その流れで、オリジナルのユニークのスポーツが、この小説には色々と出て来る。
 続いて、「Role&Roll」Vol.152に掲載されている入門シナリオ「滅びの星に声の網」(著:朱鷺田祐介、監修:岡和田晃、待兼音二郎)、今号の「SF Prologue Wave」が公開される頃には、全国の書店・ゲームショップに並んでいると思うが、こちらは太陽系外惑星のニルヴァーナ、モラヴェクが舞台。黒星僧院も登場する。そもそも黒星僧院も、公式設定(未訳サプリメント『Gatecrashing』)に掲載なのだが、あわせて読めば、背景への理解が増すだろう。

 朱鷺田祐介は、待兼音二郎・岡和田晃とともに、二〇一七年四月二二日、二三日の「はるこん2017」で「新世紀のポストヒューマンRPG『エクリプス・フェイズ』を遊ぼう!」を開催した。企画内ではゲスト・オブ・オナーであるケン・リュウとのトーク・セッションも実現した。岡和田晃によるレポートが、今月後半に発売予定の「ナイトランド・クォータリー」Vol.09に掲載される。(岡和田晃)




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 曼荼羅の中心でパルサーが脈動していた。
 電波星とも言う。自重で崩壊し、爆縮する中性子星へと向かう過程で、もはや脈動する電磁パルスを発するだけの暗黒の恒星だ。
「PSR B1976 +10 A」
 脳内でミューズが補足する。
「このパルサーにはPSR B1976 +10Aという番号がついています」と、黒い袈裟をまとった合成義体(シンセモーフ)の僧侶が無重力で浮かんだまま、座禅の姿勢で微笑む。背後の透過スクリーンにはパルサーが映っている。「ワームホール・ゲートを抜け、辿り着いた無数の太陽系外惑星の中で唯一、地球からの距離と方角が解明されている。宇宙の灯台と言ってもいい。だから、我々はこのニルヴァーナに僧院を築き、死せる暗黒星の影に一体化する思想の中で瞑想することを選んだのだ」
 ニルヴァーナはこのパルサーを巡る惑星軌道に置かれたクラスター型のハビタットだ/クラスター:相互接続モジュールで構成される微重力ハビタット/簡単に言えば、無重力だから出来る雑多に接続されたモジュールの集合体に過ぎない。

「前夜」蔵原大(協力:齋藤路恵)

(紹介文PDFバージョン:zennyashoukai_okawadaakira
 「SF Prologue Wave」に久々の登場となる蔵原大。その新作「前夜」は、全五部構成、四〇〇字詰め原稿用紙換算で三〇〇枚になる大作である。
 二〇一一年にはプロトタイプが脱稿していたが、およそ五年の歳月をかけて細部を改稿し、今回の発表と相成った。この贅沢な作品を、このたび一挙公開させていただく。

 「前夜」は小説ではなく戯曲の形式をとっているが、もともとはゲームブックとして構想されたものらしい。トランスヒューマン時代の歴史を考えるにあたって、一本、筋道を立てた話を作り出そうとしたら、いつのまにか戯曲の構成をとることになったそうだ。
 蔵原大曰く、「前夜」はイギリス百年の歴史を描いたウィリアム・シェイクスピアの史劇『リチャード二世』、『ヘンリー四世』、『ヘンリー五世』、『ヘンリー六世』といった史劇を意識している、とのことである。
 実際、「前夜」では、歴史をフィクションとして表現するにあたって、事実の見え方は複数ある、ということを強調することが目論まれている。冒頭の部分に「子供向け」のプロパガンダ本が引用されていることは、その象徴であるだろう。
 ゆえに本作は、「ポスト・トゥルース」と呼ばれる、事実と嘘が混交された現代にこそ、響く作品なのかもしれない。事実、設定の解釈にあたっては、蔵原大が解釈を膨らませた部分がある。
 そして当然ながら、“大破壊(ザ・フォール)”前の各国の語られ方についても、「事実の見え方は複数あること」を表現することが前提となっている。
 また、艦隊戦の描写も本作の見どころだが、この点については、蔵原大の研究分野の一つである戦略学の知見と創意が活かされている。

 蔵原大は、デジタルゲームとアナログゲーム、研究者と実作者の垣根を超えて議論を交わす「ゲームデザイン討論会 公開ディスカッション」の運営に長らく携わるとともに、書評SNSの「シミルボン」にゲーム作家・研究者として著名な遠藤雅伸のインタビューを寄稿。このインタビューはニュースサイト「ねとらぼ」に転載され、好評を集めた。(岡和田晃)





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(注意:この作品はPDFバージョンのみになります)

「ドロップレット・マーダーズ」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:doroppurettomurdersshoukai_okawadaakira
 『エクリプス・フェイズ』日本語版翻訳監修者の朱鷺田祐介による新作『エクリプス・フェイズ』小説、「ドロップレット・マーダーズ」をお届けしたい。

 朱鷺田佑介のユーモアSF、〈ランディ・シーゲル〉シリーズは、これまで5作発表されている。「ミートハブ・マーダーズ あるいは、肉でいっぱいの宇宙(そら)」、「ウィップラッシュ・マーダーズ 殺人鬼はどこにいる?」、「リメンブランス・マーダーズ ~最後の酒杯~」、「品川蕎麦殺人事件(シナガワ・ソバ・マーダーズ)」、「スカイ・アーク・マーダーズ」。

 これらの作品がお気に召した方は、宮内悠介『スペース金融道』やダグラス・アダムズ『銀河ヒッチハイクガイド』といったユーモアSFに進んでみるのも一興だ。

 今作の舞台は海洋惑星ドロップレット。太陽系外に位置する惑星なのだけど、環境的には居住可能で、現住生物や古代の遺跡、失われた文明も存在しており、冒険の舞台にピッタリ。
 実際、本作が公開されるのとちょうど同時期に、「Role&Roll」Vol.150には、朱鷺田祐介が執筆した「海洋惑星ドロップレットの危機」という『エクリプス・フェイズ』の入門用ゲーム・シナリオが掲載される。
 それにあわせ、「Role&Roll」公式サイトのサポート・ページには、サポート・マテリアルとして海洋惑星ドロップレットの設定の抄訳も公開される予定なので、あわせてアクセスしてほしい。

 朱鷺田祐介は、日本SF大賞のスポンサーもつとめる書評SNS「シミルボン」に参加、「トランスヒューマンSF-TRPG『エクリプス・フェイズ』を楽しむためのブックガイド」を寄稿している。(岡和田晃)




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 濃厚な潮の香り。海から響く波の音がもはや大太鼓の鼓動をすぐそばで聞いているように体に直接、響いてくる。
 ああ、海だ。
 もはや、地球で聞くことも出来ない波の音。
 太陽系外惑星ドロップレットならでは風情である。
 タイタン連邦出身の宇宙探検家ランディ・シーゲルが、異星の浜辺に近い建物の屋上で波音の衝撃に体を揺らされながら座っていると、この家の主人がやってきた。シンプルな黒のスーツと真っ白なボソム・シャツを来たジョン・ダンビルは、伊万里の大皿に盛った白身の刺し身をテーブルに置く。宇宙をかける美食家らしい登場だ。彼はさらに、背後についてきた従僕ドローンから、漆塗りの箸、小皿、陶器の醤油さしに続いて、日本酒(サケ)の入った銚子と盃を取る。
「刺し身?」
 と、ランディが問いかけると、ダンビルは微笑み返す。
「今は亡き、日本列島で愛された食の極みだ」

「スカイ・アーク・マーダーズ」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:skyarcmurdersshoukai_okawadaakira
 『エクリプス・フェイズ』日本語版翻訳監修者の朱鷺田祐介による新作「スカイ・アーク・マーダーズ」をお届けしよう。

 今回の「SF Prologue Wave」が更新される頃には、アナログゲーム総合情報書籍「Role&Roll」Vol.144が発売されていることだろう。そこには本作と舞台を共有するゲーム・シナリオ「スカイ・アーク・クライシス」が掲載されている。もちろん、朱鷺田祐介の筆になる作品だ。
 映画『ジュラシック・パーク』や、デジタルゲームの『ディノクライシス』を彷彿させるシナリオとなっているので、ぜひ遊んでみてほしい。

 宇宙もののSF-RPGは大きく分けて、太陽系を舞台にする作品と銀河系を舞台にする作品がある。『エクリプス・フェイズ』は前者に相当するが、ワームホールである「パンドラ・ゲート」を利用すれば、太陽系を何百光年も離れた銀河の彼方にまで旅をすることが可能になる。

 このパンドラ・ゲートについては、未訳サプリメント『Gatecrashing』に詳述されているが、「Role&Roll」Vol.144では、同書からスカイ・アークの設定に該当する箇所を抄訳しているので、わざわざ英語の本を読まずとも太陽系外惑星での冒険を堪能することができるようになっている。活用していただきたい。

 朱鷺田祐介は、書評サイト「シミルボン」で『エクリプス・フェイズ』に関連したブックガイドを書いている。こちらも参考になるかもしれない。(岡和田晃)




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「美味とは環境だよ」
 美食家のジョン・ダンビルは浜辺のコテージのテラスで言った。彼の前には、あまり見慣れない野菜を刻んだ小皿と背の低いグラスに入った透明な酒があった。
「夏のスカイ・アーク、赤道直下のジュラシックの浜辺は、気温や湿度、風の向きから言って、かつての那覇に近い」
 ランディ・シーゲルの頭の中で、支援AI(ミューズ)が、那覇は日本列島の南端、沖縄諸島の地名だと捕捉し、脳内にマップと経験記録(XP)を展開する。
「そんな日は、塩もみしたゴーヤに鰹節と醤油を振って、泡盛をオンザロックで飲むのがいい」
 ランディの前にも同じものが置かれる。少し苦味のあるゴーヤは歯ごたえがある。それをシャキシャキと噛みながら、沖縄の蒸留酒である泡盛をすする。冷たくスッキリした強い酒。海辺にも関わらず、からりとしたジュラシックの風が心地よい。
「琉球の人なら、三線(サンシン)を奏でて手踊りでもするところだ」

「10年目の贈り物」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:jyuunennmenoshoukai_okawadaakira
 『エクリプス・フェイズ』日本語版翻訳監修者の朱鷺田祐介による新作「10年目の贈り物」をお届けしよう。

 アナログゲーム総合情報書籍「Role&Roll」Vol.140で『エクリプス・フェイズ』特集が組まれる。あたかも、それと連動したかのように公開となった本作は、さながら朱鷺田祐介がこれまで書いてきた『エクリプス・フェイズ』小説の、ひとまずの集大成のような作品である。

 ランディ・シーゲル、メアリー・I、そしてジョン・ダンビル。お馴染みの彼らが登場するのだが、彼らの冒険が言及される仕掛けには、ニヤリとさせられること必至だろう。
 そして、10年前に起こった惨劇……そう“大破壊(ザ・フォール)”。そこで何があったのか。それが10年後の“現在”に、どのような影響を与えたのか。
 ぜひ基本ルールブックの「運に見放された宇宙における、人々の歴史」とあわせて読み、設定を活かす参考にしてみてほしい。

 また、木星共和国の艦隊の設定等は、サプリメント『Rimward』(未訳)の情報が参照されている。

 朱鷺田祐介は、「Role&Roll」Vol.137からは『シャドウラン』のワールドガイド「ストーム・フロント」の連載を開始。今年も精力的な活動を続けている。(岡和田晃)




(PDFバージョン:jyuunennmeno_tokitayuusuke
 ……やがて、大洪水がやってきて、地上の罪深き者たちが滅びた後、生き残ったノアは、地に落ちた葡萄の蔦を見つけ、これを地に植えた。その蔦は、エデンの園に生えていたものを、サマエルが地上に投じたものである。ノアは、これを発見し、「これはいかなる植物であり、植えてもよいものなのか?」と神に問いかけた。
 天使ファマエルが現れ、それはアダムを揺るがせた葡萄の蔦であると教えた。
 ノアはさらに悩み、神に問いかけるため、四十日間の祈りをささげた。
 やがて、神は天使サラサエルを遣わしてその言葉を伝えた。
「ノアよ、立ってそのつるを植えよ。神がこう言われるのだから、この木の苦さは甘さに変えられ、そこから生ずるもの(ワイン)は神の血になるでしょう。その木のおかげで人類は罰を受けたのだが、今後はインマヌエルなるイエス・キリストを通して、その木において上へのお召しを受け、楽園に入ることを許されるであろう」

――キリスト教偽典『ギリシア語バルク黙示録』より


1:キリマンジャロ・ビーンストーク

 それはぎりぎりのタイミングで、キリマンジャロ山頂の宇宙エレベーターを登っていった。戦略支援AI群、通称ティターンズ(TITANs)が引き起こした世界群発戦争からの避難民で混み合い始めた宇宙エレベーターの特別シートをひとつ、大枚はたいて買った。ずいぶん、コネも使ったが、得られたのは特別シートひとつと、40キロの荷物スペースだけだった。分岐体(フォーク)をひとつ作り、1ケースのワインとともに軌道上へ送った。
「私(かれ)に伝えてくれ。これが最後だ」

「ヘルハウス」浦浜圭一郎

(紹介文PDFバージョン:hellhouseshoukai_okawadaakira
 今回紹介する『エクリプス・フェイズ』のシェアードワールド小説は、浦浜圭一郎による新作「ヘルハウス」だ。

 『エクリプス・フェイズ』の未来は、レトロ・フューチャーなスペース・オペラではない。サイバーパンクの系譜を受け継ぎながらも、ふだん私たちが触れているパソコンやスマホといったデバイスやインターネットのような情報環境の延長線上でその実態を想像できる。その意味で身近なものだ。
 その関係を『エクリプス・フェイズ』の設定を応用する形で掘り下げようとした試みとして、この「ヘルハウス」は読むことができる。『エクリプス・フェイズ』には日常の行動すべてを記録するライフロガーという人たちがいるのだから、「ヘルハウス」の設定も突飛なものとはいえないだろう。

 あるいは“スタンダードな冒険の導入”としても。ファイアウォールから依頼されるミッション。「物理的な危険は一切ない」はずのお使いミッションが、意外な展開を見せ……。章ごとに切り替わり、メタレベルで多層化していく世界の切れ目……。それらが結び合うのは、どのタイミングだろうか。
 ソリッド・シチュエーション・スリラーの名手ならではの緊張感あふれる展開に、まさしく目が離せなくなること請け合いだ。

 浦浜圭一郎は、傑作長編『DOMESDAY』が改訂のうえで電子書籍として販売され、好評を得ている。最近の短編としては、「月刊アレ!(allez!)」vol.18に「見ルナのタープ」も発表している。「ヘルハウス」に惹かれた読者にオススメしたいのは、浦浜圭一郎が発表したもう一つの『エクリプス・フェイズ』小説である「かけ替えなき命のゲーム」。同作を読めば浦浜が「ヘルハウス」で描くトランスヒューマン宇宙を、より深く理解できること請け合いだ。(岡和田晃)



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1.【A.F.10】
※未来人のブログ : 2016/03/02(水)※

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私、サミュエル・カミランドは本物の未来人。
この時代に生まれた地球人の脳内に、時をさかのぼって転送されたトランスヒューマンのエゴである。

>いつから来たのか?
この地球がまるごと廃墟と化すまで破壊され、君たち旧人類の大半が消え失せた太陽系の大災厄【ザ・フォール】から10年後の未来から。

>来たのはいつか?
私のエゴのダウンロードが開始されたのは、地球の共通紀元2011年3月18日金曜日。
私が現在着用しているこの身体の元の持ち主は、この日突然、意識不明の植物状態に陥った。この時代の医師たちは「謎のウイルスによる急性脳症」と診断したが、もちろん誤診だ。
謎のウイルスの正体は、私のエゴを再構築するには不可欠のナノサイズのロボットたちだった。
従って、本当のタイム・トラベラーは彼らだが、彼らがこの時代にいつ到着したのか、正確な日時はわからない。

ナノボットたちは「元の持ち主」の神経ネットワークを改変し、この「私」を上書きダウンロードした。残念ながら、この過程で元の持ち主のエゴはバックアップされずに消去され、今は手続き記憶など私に再利用された部分しか残っていない。

神経ネットワークの改築作業がほぼ完了し、私のエゴが思考可能なレベルにまで覚醒したのは、約半年後。そう推測できるのは、目覚めてから最初に聞いた言葉の中に、「9月」という、私の時代では長らく使われなくなっていた地球の古語があったからだ。
だが、その懐かしい言葉を使った医師は、私の意識回復に気づかぬばかりか、あろうことか治療と称して私に電気ショックを施した。
こうして、私の脳を修復中だったナノボットたち、小さな本物の医師たちは殺された。前ナノテク時代の地球の呪術医たちの手によって。
以後、4年間もの長きに渡って、私は植物状態とみなされたまま、この時代の野蛮な医療施設をたらい回しされることになる。

おそらく自然治癒により、どうにか身体を制御できるようになるまで回復したのは、ごく最近のこと。
リハビリを終え、ようやく病室という名の牢獄から解放されたのは、今から三日前の出来事だ。
この身体を自然分娩した「母親」が住む集合住宅に引き取られて、今ここにいる。

>この時代に来た目的は?
私にはわからない。
望んでこんな時代に来たわけじゃないからだ。
望んでこんな身体に宿ったわけでもない。
おそらく敵の手によって、強制的に時間旅行の実験体にされたのだ。

>なぜ、そんな目に遭ったのか?
今のこの状況から見れば皮肉なことに、私が新たな「モーフ」、つまり新たな換わり身を欲したせいだ。

当時、私のエゴが着用していたのはスプライサーと呼ばれる標準モーフ。メインベルトの無政府主義者とコネがあった私は、地球が滅亡する二年も前にトランスヒューマン化して、同時にそのモーフを手に入れた。おかげで【ザ・フォール】とその後の混乱を生き延びたのだ。
その後の12年間、そのモーフは私にとって幸運のモーフであり続けたが、幸運の自覚もモーフも経年劣化は免れない。
低重力向きのモーフを手に入れようと、ナイン・ライヴスがらみのヤバい事件にかかわったのが運の尽き。ファイアウォールという、さらにヤバい秘密組織に目をつけられてスカウトされた。
見かけ上は、悪名高い犯罪組織の手先から正義の味方、超人類の守り手への華麗なる転身だ。
だが、トランスヒューマンの世界では、見かけほど当てにならないものはない。

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2.【A.F.10】
「こいつは、ただのお使いミッションだ。物理的な危険は一切ないと保証する」
 ファイアウォールの連絡員は、数時間前にそう請け負った。
 ところが、メインベルトからのエゴキャストを終えた後、見知らぬ覚醒室で目覚めてみると……

「品川蕎麦殺人事件(シナガワ・ソバ・マーダーズ)」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:sinagawasobamurdersshoukai_okawadaakira
 『エクリプス・フェイズ』日本語版翻訳監修者の朱鷺田祐介による新作「品川蕎麦マーダーズ」をお届けしたい。

 これは朱鷺田佑介のユーモアSF「ミートハブ・マーダーズ あるいは、肉でいっぱいの宇宙(そら)」、「ウィップラッシュ・マーダーズ 殺人鬼はどこにいる?」、「リメンブランス・マーダーズ ~最後の酒杯~」の系譜に連なる第4作だが、シリーズのなかではもっとも大胆な切り口の作品だ。というのも、本作は「2015年12月の日本の風景」を扱っているのである!

 これまで「SF Prologue Wave」では40本以上の『エクリプス・フェイズ』シェアードワールド作品が掲載されてきたが、なかでも本作は、異色作品の一つといえる。現代の品川近辺の模様が詳細に活写されるだけではなく、村上春樹や西村賢太の小説が示唆され、著者が偏愛を隠さない『孤独のグルメ』ばりに力が入った食事描写が続くからだ。しかしながら、これらの光景はXP(体験再生)がどのようなリアリティを提供するのかをシミュレーションしたものであることを忘れてはならない。そのうえで、ジョン・ダンビルものの連作の文脈で捉えれば、いっそう「味わい深く」本作を堪能できるだろう。

 朱鷺田祐介は、「Role&Roll」Vol.137からは『シャドウラン』のワールドガイド「ストーム・フロント」の連載を開始。今年も精力的な活動を続けている。
(岡和田晃)




(PDFバージョン:sinagawasobamurders_tokitayuusuke
 小惑星帯を航行する宇宙船が宇宙空間を漂流する遺体をひとつ発見した。
 宇宙服に包まれたそれは、宇宙空間の事故で死んだ宇宙作業員の死体か何かかと思われたが、宇宙船の船員が宇宙服のヘルメットを開放してみるとその中には灰色がかった紐状の何かが詰まっていた。このXPはその宇宙服の奥から発見された大脳皮質記録装置(スタック)から回収されたものである。

>>>アクセス XP<<<

 XP(体験再生)プログラムへようこそ。
 ここからあなたは、誰かの人生を体験します。あなたは、映像だけでなく、音声・匂い・味・触覚を含むすべての五感情報、体内情報、感情情報さえも受け取り、まったく別の誰かの人生を味わうことが出来るのです。

【警告】
 本作は娯楽体験用に編集・加工をされています。安全装置を解除した場合、強度の感情や体験情報によって、精神や肉体に異常をきたす場合があります。必ず、リミッターを設定してください。

 黒くふくらんだ雨雲がいつ弾けてもおかしくないくらい垂れ下がりながら、JR品川駅港南口に立つガラスの摩天楼の上を通り過ぎていく。駅前はカラフルな看板や鮮やかに動く映像スクリーンで飾られ、きらきら輝いているように見えるが、どことなくくすんだセピア色に染まっている。いや、ここには本当に色はあるのだろうか?
 JR品川駅は高架になっていて、港南口は二階のテラスにつながっている。
 平日の朝8時前、通勤客がどっと吐き出されていく。駅前には高層の企業ビルが数本並んでおり、テラスから伸びるガラス張りの空中回廊で直結されている。

「クリシュナ・ガウディの部屋」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:kurishunagaudhishoukai_okawadaakira
 まもなく日本語版の発売が予定されている『エクリプス・フェイズ』基本ルールブック。その監修者の朱鷺田祐介が新作小説「クリシュナ・ガウディの部屋」を書き下ろした。

 “死は病にすぎない、治療せよ……。”『エクリプス・フェイズ』基本ルールブックの裏表紙に記された著名な惹句だが、とすると、そのようなポストヒューマン社会で、自殺することとは、いったいどのような行いなのだろうか?
 自殺から蘇生した火星の医師の独白で綴られるこの物語は、期せずして宮内悠介『エクソダス症候群』にも通じる主題を扱っている。『エクソダス症候群』で描かれた地球への帰還願望や突発性希死念慮といったモチーフは、ちょうど本作の関心を裏側から掘り下げているようである。読み比べてみるのも一興だろう。

 なお、語り手のイメージ・イラストはサプリメント『モーフ・レコグニション・ガイド』から、ファウスト義体のものを用いてみた。メントン義体をベースにしているのと、外見のイメージが小説の設定に見合うように思われたからだ。
 
 朱鷺田祐介は、2015年にはPS VISTA用デジタルゲームのノベライズ『魔都紅色幽撃隊」(西上柾との共著、ベストセラーズ)、トールキンの世界を解説した『中つ国サーガ読本』(洋泉社)、『深淵』の第二版テンプレート集『辺境騎士団領』(新紀元社)といった著作を刊行してきた。(岡和田晃)




(PDFバージョン:kurishunagaudhi_tokitayuusuke
 はあ、はあ、はあ。
 荒い息をまるで自分のものではないように感じる。
 血圧が上がっていることは分かっている。それを伝えてくれそうなすべての機能はカットしている。
 目の前には、きらきらと輝くコインのような円盤。指先で持ち上げられるようなそれは自分の魂そのものだ。
 今から、これを砕く。
 手に持ったハンマーの重みを感じる。
 物理的な重さがやっと実感につながる。
 ああ、私はこれを砕く。
 これで私は自由になれる。
 この永遠の生命という檻から。
 額に汗が流れる。
 思い切ってハンマーを振り上げ、振り下ろす。

 目覚めると、窓の外に青みがかった火星の空と天に向かって伸びる巨大な柱が見えた。ああ、あの柱から私は降りてきて、火星への一歩を踏み出したのだ。オリンポス・シティの軌道エレベーターだ。
「火星オリンポス・シティ クリシュナ・ガウディ記念病院701」
 脳内で、ミューズ‐個人用の支援AI‐が位置情報を伝える。精神の不安定を抑えるドラッグが投与されているのか、私の精神は実に落ち着いていた。

「彼の義体(カラダ)」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:karenokaradashoukai_okawadaakira
 『エクリプス・フェイズ』日本語版翻訳監修者の朱鷺田祐介の新作「彼の義体(カラダ)」をお届けしよう。

 「彼の義体(カラダ)」は『エクリプス・フェイズ』での日常を切り取ったショートショートで、これまで「SF Prologue Wave」での朱鷺田祐介の『エクリプス・フェイズ』小説に触れたことのない読者にとっては、またとない入門となるかもしれない。

 これまで解説で何度も書いてきたが、必要とあれば義体(モーフ)を取り替えることができる、というのが『エクリプス・フェイズ』の大きな特徴である。もちろん、相応の費用が必要だし、義体適合テストをはじめ、まったくリスクを負うことなく、義体を再着装することはできないが、それでも、義体は『エクリプス・フェイズ』のポストヒューマンSFらしさを規定するうえで、きわめて重要なファクターとなっているのは間違いないだろう。
 面白いのは、この作品では「彼の義体(カラダ)」が彼のオリジナルではない、ということだろう。リリカルな語りのわびしさが、この事実によってさらに強調された形になる。

 舞台の火星は『エクリプス・フェイズ』ファンにとってはお馴染みだろう。この星で、もっともひと目を引くランドマークが、楯状火山であるオリンポス山だ。その山頂には、宇宙エレベーターがある。
 このオリンポス山は地球のハワイ島に似ているが、現在は死火山。標高はなんと、約27,000メートルに及び、太陽系でもっとも高い山とされる。

 朱鷺田祐介は、『エクリプス・フェイズ』と並ぶサイバーパンクRPGの雄、『シャドウラン』の日本語版翻訳監修者としても著名である。
 『シャドウラン』は上級ルールブック『アンワイアード』、そして『ランナーズ・コンパニオン』の日本語版が発売され、ますます盛り上がっている。
(岡和田晃)




(PDFバージョン:karenokarada_tokitayuusuke
 寂しい時は、彼の義体(カラダ)に入るの。
 火星の高山地帯を踏破するために作られたマーシャン・アルピナー。力強い手足を持ち、強化された肺は火星の薄くて冷たい空気の中でも息切れしたりはしない。高山の過酷な環境で身体活動を維持するために、新陳代謝を高めているので、多少燃費は悪いけれど、生の体(カラダ)/生体義体(バイオモーフ)で、太陽系最高峰のオリンポス山を歩き回れるのは素晴らしいことだ。
 私は、彼の義体(カラダ)を着装して/着て、山を歩く。

「おかえりヴェンデッタ」吉川良太郎

(紹介文PDFバージョン:okaerivenndettashoukai_okawadaakira
 吉川良太郎の『エクリプス・フェイズ』小説「おかえりヴェンデッタ」をお届けしたい。

 吉川良太郎といえば、21世紀日本におけるポスト・サイバーパンクのメイン・プレイヤーの一人として知られている。映画『マトリックス』の熱気がやまず、批評誌「ユリイカ」でニール・スティーヴンスン特集が組まれた頃……吉川は『ペロー・ザ・キャット全仕事』で華々しくデビューした。
 大学院で悪の思想家ジョルジュ・バタイユの哲学を研究していた吉川は、美意識に裏打ちされたゴシック・ノワールの素養をふんだんに活かし、『ボーイソプラノ』や『シガレット・ヴァルキリー』など、近未来フランスの架空の暗黒街での蠱惑的なアクションに満ちたサイバーパンクを次々に世に問うていく。その背景には、ジョージ・アレック・エフィンジャー『重力が衰えるとき』の多大な影響がうかがえる。
 その吉川が満を持して『エクリプス・フェイズ』とコラボレートしたのが、この「おかえりヴェンデッタ」だ。火星の酒場で古いシャンソンが流れる冒頭から、両者の相性がぴったりだということが伝わってくる。〈大破壊〉前の芸能人を模した義体など、いかにもありそうな話だし、語り手と「少年」との時間を超えた対話は……。例えば、世代を超えた壮大なストーリーで知られる『ドラゴンクエストV』を連想させる深みがある。また、少年の背景については『シガレット・ヴァルキリー』のシモーヌにも通じるかもしれない。
 そ し て 、 バ タ イ ユ に 学 ん だ 「 低 い 唯 物 論 」 の美学が存分に発揮されている。リーダビリティの高い作品なので、これまで『エクリプス・フェイズ』を知らなかった読者の方も、ぜひとも手にとっていただきたい。

 吉川は、映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』に脚本協力として関わり、またコミック『解剖医ハンター』の原作をつとめるなど、映像方面でも活動の幅を広げている。最近では『SF JACK』に収められた「黒猫ラ・モールの歴史観と意見」が好評を集めた。(岡和田晃)



(PDFバージョン:okaerivenndetta_yosikawaryoutarou
《海で死んだ人たちは、みんなカモメになるのです――》

 ラジオがシャリシャリとノイズの入る古いシャンソンを歌う。
 歌いながら、針みたいなピンヒールで滑らかにフロアを移動して、おれたちのテーブルへコーヒーのお代わりを運んでくるのを、向かいに座った少年はポカンと半口を開けて見つめていた。
 蜂蜜色の巻き毛と、蜂蜜のようにとろんとした目。誘うような半開きの唇と、特徴的な口元のほくろ。この店の制服はさして下品な趣味ではないが、ラジオそのものは万引きしたメロンを黒いベルベットのベストの下に突っ込んだようなスタイルをしている。マスターの趣味とは思えないから、中古か売れ残り処分品だろう。
「ミルクは御要り用ですか?」
 腰を曲げて給仕をすると、さらにデコルテ近辺が強調された。
「この子に。それより、もっと景気のいい音楽はないか?」
「相済みません。わたくしはジャズとシャンソンの専門チャンネルしか持っておりませんもので」
「……知ってるよ。聞いてみただけだ」
 ラジオは済まなそうに微笑んで、タイトミニから伸びた長い脚で優雅に歩み去った。

「リメンブランス・マーダーズ ~最後の酒杯~」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:remennburannsumurdersshoukai_okawadaakira
 今回「SF Prologue Wave」で発表されたのは、『エクリプス・フェイズ』日本語版翻訳監修者の朱鷺田祐介による「リメンブランス・マーダーズ 最後の酒杯」である。
 この作品は、「ミートハブ・マーダーズ あるいは肉でいっぱいの宙(そら)」、そして「ウィップラッシュ・マーダーズ 殺人鬼はどこにいる?」に続く第三作にあたるが、この連作に限らず朱鷺田祐介の『エクリプス・フェイズ』小説に登場していた主要人物ランディ・シーゲルが、本作には登場していない。だからといって読めないということはなく、むしろ一連の作品を未読の方でも、本稿には入りやすくなっている。

 さて、本作はSF版『孤独のグルメ』というか『深夜食堂』というか……どこかそういった作品にも通じる哀愁がある種のペーソスとして添えられているところが得に魅力的だと思う。あまり知られていないかもしれないが、架空世界の生活を丹念に構築するRPGでは、食の描写にこだわりを見せると、ぐっと楽しくなる。現在、RPGテイストあふれる九井諒子の『ダンジョン飯』が話題沸騰中だが、フィクションならではの独自メニューを活かすという意味では、おそらく同作にも多大な影響を与えているだろう深澤美潮の『フォーチュン・クエスト』ともども、SFの本質につながる問題を扱っていると言えるだろう。
 SFと食、というのは大きなテーマだが、それをコンパクトなエッセンスとして、重たくなりすぎない程度に扱っている「リメンブランス・マーダーズ」。『エクリプス・フェイズ』ならではのガジェット紹介は見事で、入門にもってこい。どうぞ、お愉しみいただきたい。
 フラット(未調整の義体)着装者が重要な役目を果たしているのも特徴的だ。木星共和国を扱ったSF Prologue Waveならば「蠅の娘」あたりと併せて読むのも面白いだろう。

 朱鷺田祐介はPS VISTAのRPG『魔都紅色幽撃隊 幽撃ウォーカー』のノベライズ『魔都紅色幽撃隊 FIREBALL SUMMER GIG』(西上柾との共著)を刊行したばかりだが、神話・伝承の解説者としても『超古代文明』や『海の神話』といった著作がある。本作で朱鷺田の作品に触れた読者は、丹念なフィールド・ワークをベースに描かれた『酒の伝説』にもアクセスしていただきたい。(岡和田晃)




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 大破壊後(AF)10年、人類が魂(エゴ)をデジタル化して、バックアップできるようになってすでに数十年が経過していた。身体形状(モーフ)は義体(モーフ)と呼ばれる、一時的な乗り物になった。バイオ技術の発達で病気を克服し、必要に応じて義体を乗り換えることで、事実上の不死を手に入れた。
 これはそんな未来のある物語。
 舞台は、地球を周回する静止軌道上の宇宙居住区「リメンブランス」。追憶という名前を持つハビタットは、〈大破壊〉によって荒廃した地球を見下ろす場所にあった。

「かっこいい彼女 ~12.1秒の恋物語~」朱鷺田祐介

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 『エクリプス・フェイズ』日本語版翻訳監修者の朱鷺田祐介による「かっこいい彼女」をお届けしよう。

 とりわけ生活に密着したテクノロジーの進展に主題をあてるサイバーパンク以後のSFの面白さに、日常生活をそれまでとは異なる眼差しで眺め、異化させるといったアプローチが存在する(たとえば、ウィリアム・ギブスンの『パターン・レコグニション』など)。

 本作もまた、その系列に連なる一作で、日常をフィクションに昇華させ、また『エクリプス・フェイズ』的な解釈を加える過程で、独特の面白さが生まれている。筆者は『ラッカーの奇想博覧会』に収められたサイバーパンクの代表的作家の一人、ルーディ・ラッカーの東京滞在記を、どこか連想させると感じた。

 高度に情報化が進み、大規模ネットワークであるメッシュや、支援AI・ミューズが存在する近未来社会で、恋愛の模様はどのように変化するのだろうか。
 それまでの朱鷺田祐介作品とは、またひと味もふた味も違う切り口となっているが、クリスマスのお供に、本作を通してしばし未来社会の恋愛風景について思いを馳せてみてほしい。
 
 朱鷺田祐介はこの秋に開催されたゲームマーケット2014にて開始された「ゲームマーケット大賞」の選考委員をつとめ、またドイツのエッセンで開催された世界最大のボードゲームの祭典「SPIERL’14」のレビューを「4Gamer.net」に寄稿するなど、精力的に活動のスケールを広げている。
(岡和田晃)




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 かっこいい彼女を見た。

 これは恋の物語だ。
 たぶん。

 駅のホームで、かっこいい彼女を見た。
 こげ茶色の上下をまとった20代半ばの社会人らしい女性が、ホームにある階段横の低い壁にもたれかかっていた。ショートヘアでメガネはかけていない。センスのいい控えめの化粧。もたれかかり、軽く脚を交差させている。
 その自然体の風情が妙に印象的だった。
 わたしは、列車から降りたところだった。乗っていた車両は彼女の前をすぎ、一両分ほどホームの端についた。ホームから地下駅改札へと続くにある下り階段へ向かおうとした瞬間、彼女のその姿が目に入り、「かっこいい」と感じた。
 私はその前を通りすぎて、階段を下り、改札から仕事場に向かった。

 それが表面上の事実であり、その後、数日たった現在でも揺るぎない真実である。
 しかし、同時に支援AI(ミューズ)から見れば、事実はかなり異なる。ミューズの主人である「わたし」(男性、独身、性志向:異性愛)にとっては、「かっこいい彼女を見た」という一事象に過ぎないし、それ以上の事実は存在しないが、「わたし(彼)」を支援するアシスタント人工知能プログラムであるミューズは、「わたし(彼)」の微かな情動を感じ取って、表面化されなかった多くの行動を行うとともに「わたし(彼)」の複雑な思考や行為を記録している。
 それを時系列に沿って解析していくことにどのような意味があるのかはわからないが、きっとそれはある種の感情を励起するであろう。

「空っ風と迷い人の遁走曲 2」片理誠(画・小珠泰之介)

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 脳波の遷移、血流の具合、脳内物質の分泌状況……、モニタに映し出されたのはどれもひどい内容のものばかりだったが、中でも最悪だったのが脳内のデータフローだ。
 神経細胞(ニューロン)間のメッセージは、パルス状の電気信号として伝導される。で、この信号の流れを非接触型高深度電磁センサーで大雑把に拾ってみたのだが、まるで世界中からこんがらがった綾取りの糸を掻き集めて無理矢理詰め込んだような有様だった。しかもそこら中に人為的な、直線の流れがある。滅茶苦茶だ。複雑怪奇にからまり合っている上に、強引極まりない乱暴な処置がこうもあちこちに施されてあるとは。まったく、見ていて吐き気がした。
 ひどいな、これは、と思わず声が漏れてしまう。

「空っ風と迷い人の遁走曲 1」片理誠(画・小珠泰之介)

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 片理誠の『エクリプス・フェイズ』小説「空っ風と迷い人の遁走曲」をお届けしたい。「黄泉の淵を巡る」、「Swing the Sun」に続く「ジョニィ・スパイス船長」シリーズ第三弾だが、前二作とは少し趣きを異にし、番外編的な仕様になっている。それゆえ、本作から読み進めていただいてもいっこうに問題ない。むしろ未読の読者は、本作を読んでから「黄泉の淵を巡る」に進んでいただくのがいいだろうか。

 さて、「SF Prologue Wave」の『エクリプス・フェイズ』小説では、火星を舞台にすることは、珍しくない。本作の舞台も火星だが、そのフロンティア的側面のダークサイドである、ダシール・ハメットのノワール小説を彷彿させる――『マルタの鷹』というべきか、それとも『血の収穫』か――陰鬱な雰囲気に、情報体(インフォモーフ)リラ・ホーリームーンが絡んでくる。

 本作が面白いのは、分岐体(フォーク)が重要なキーワードとなっていることだ。火星にフォークというと、齋藤路恵+蔵原大「マーズ・サイクラーの情報屋」が記憶に新しいが、片理誠の本作「空っ風と迷い人の遁走曲」は、角度を変えつつ内面描写よりもプロットの“謎”そのものへより踏み込んだ形で、この問題に向き合っている。『ブレードランナー』をはじめとしたディック原作映画がお好きな方は、ぜひ本作もひもといてみてほしい。

 2014年の片理誠は、待望の長篇『ガリレイドンナ ―月光の女神たち―』(朝日新聞出版)をリリースした。これは人気アニメのノベライズとなっているが、オリジナルのエピソードをもとに書かれており、スピードに満ちた圧倒的なドライヴ感は、原作を知らない読者でも充分に楽しめる。『ガリレイドンナ』が気に入った読者は、「ジョニィ・スパイス」シリーズもきっとお気に召すだろう。
 また、「SFマガジン」2014年6月号に発表されたジュヴナイル作品「たとえ世界が変わっても」では、、『エクリプス・フェイズ』と同様に大きな技術的進展を遂げた未来にて、祖父が遺したサポート・ロボット「ラグナ」と、それを受け継いだ少年や友人たちとの、心あたたまる成長物語が描かれる。ラグナはクラウドに接続されていないスタンドアロン型のサポート・ロボットだが、彼の描写は『エクリプス・フェイズ』に親しむうえで、大きく参考になるだろう。(岡和田晃)



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 目の玉が飛び出るようなクレジットを支払っても、購入できた商品は微々たるものだった。
 私はうんざりした気分で振り返り、自走式大型カートの中身を確認する。
 自家発電用の大型水素ボンベ二本と、クロレラのパウチが三、これは食料としてではなく、循環型空調システムの補充用のだ。私の家にあるのはバイオ方式なので、植物の力を使って酸素を生み出す。あとは食料。合成タンパク質のブロックが一つに、煉瓦のように硬いパンが二斤、様々な藻類や豆類の缶詰(中身はペーストだ)を幾つか。あとはチョコレートバーやクラッカー、粉末ドリンク、スキムミルク、ビタミン剤、等々。
 やれやれ、とずり落ちかけた眼鏡を中指で押し上げる。
 まったく情けない。これが真っ当な人間の生活だろうか。食料なんて、大昔の兵士に支給されていたと言う野戦食と大差ないくらいではないか。贅沢らしい贅沢と言えるのは、三リットルほどのミネラルウォーターだけ。水は燃料電池からも生み出されるのだが、なぜか私はそれを口にすると腹を下してしまうので、しかたなくそちらは全て空調システムの方に回して、自分用のはこうして街で購入することにしている。
 それにしても、まったく住みづらい世の中になったものだ。この界隈も今は不景気で、その一方で税金は天井知らずの勢いで高くなってゆくばかり。甘い汁は、私のような者のところにまではなかなか回ってきてはくれない。

「ウィップラッシュ・マーダーズ 殺人鬼はどこにいる?」朱鷺田祐介


(編集部註:本作は、前作「ミートハブ・マーダーズ あるいは肉でいっぱいの宇宙(そら)」と緩やかにリンクしている作品です。前作をまだお読みでない方は、本作の前にぜひそちらもお読みになってください)




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1:奇妙な遺体

 惑星エコーⅣ、ネオ・ブルゴーニュ開拓地

「これが今回の被害者の遺体です」
 ……という台詞とともにランディ・シーゲルが見せられたのは、巨大な蕾が切り取られた野草のような何かであった。2メートル弱ほどの緑色の植物めいた何かから複数の触手が出ている。どこか動物めいた部分もあるが、全体として見れば、花が咲く野草の類いが巨大化したものである。
 人間の遺体であれば、頭部というべき巨大な蕾状の何かが太い中枢茎から切り離され、横に置かれているのは何のジョークなのか?
 まるで、断頭台で首を切り落とされたようだ。
「ウィップラッシュ・ポッド義体です」
 惑星エコーⅣの開拓地ネオ・ブルゴーニュ担当の契約法務ディストリビューター、ヘレン・アフリカヌス(#知性化種:ネオ・チンパンジー)が説明するとともに、ランディの支援AI(ミューズ)がメッシュ検索を行い、情報を見つけ出す。



>>>ウィップラッシュ・ポッド義体:ウィップラッシュは、太陽系外惑星サンライズで発見された現時点で最大の肉食性動物型植物(カーニボア・プラニマル)。これを遺伝子調整の上、サイバーブレイン、大脳皮質記録装置(スタック)、サイバーアイなどの五感補助システム、発声用の音響システムなどを搭載し、義体(モーフ)としたもの。
 価格:高価。<<<

「マーズ・サイクラーの情報屋」齋藤路恵,蔵原大(補作:岡和田晃)

(紹介文PDFバージョン:marscyclerinformershoukai_okawadaakira
 齋藤路恵+蔵原大の「マーズ・サイクラーの情報屋」をお届けしたい。
『エクリプス・フェイズ』では、オリジナル(本人)が望み、しかるべき費用を支払えば、分岐体(フォーク)を製造することができる。
 そのフォークとして生まれた語り手が、ファイアウォールに与えられた任務を遂行するにあたって、謎に包まれたオリジナルの死に向き合うというのが今回の話だ。フィリップ・K・ディックの「追憶売ります」(映画『トータル・リコール』の原作)を彷彿させる作品だが、その中心には、作家のみずみずしい感性が根付いている。
 なお、火星周回船マーズ・サイクラーを舞台にした小説は、朱鷺田祐介の「マーズ・サイクラーの帰還」がすでに「SF Prologue Wave」では発表されている。同作とはまた別の角度から、マーズ・サイクラーの住人の視点を借りる形で描写がなされていることにも注目されたい。

 本作のメイン・プロットやアイデアは齋藤路恵によるもので、チェックは蔵原大が行なった。
 齋藤路恵は「SF Prologue Wave」で『エクリプス・フェイズ』小説「ゲルラッハの恋人」、オリジナル短篇「犬と睦言」を発表している。また、ロールプレイングゲーム『ラビット・ホール・ドロップスi』(グランペール)のメイン・デザイナーとしても知られている。
 蔵原大はウイリアムソン・マーレー/リチャード・ハート・シンレイチ編集『歴史と戦略の本質―歴史の英知に学ぶ軍事文化』(上下巻、原書房、2011)の共訳者としてクレジットされている軍事史研究者だ。齋藤路恵とは、「蠅の娘」や「衛星タイタンのある朝」といった作品で共同作業を行なっている。(岡和田晃)




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 最後に見たのは、奴らが着ていた空色のコートだった。おそらくは無味乾燥なコロニーの下層部に対応した都市迷彩の一種だったかもしれない。
 だが、かすかな地球の記憶が告げる。

 ――あれは、冬の空だ。

 たぶん、それがわたしの反応を遅らせたのだ。
 空色のコートを着た二人の知性化ゴリラがSMGを構える。ひるがえるコートの下には軍用アーマー。フルオートの発射音。わたしは遮蔽を取ろうとするが、間に合わない。全身に走る強い衝撃。痛覚を遮断していても、なお感じる激しい痛み。
 無数の薬莢が床を打つ音を聞きながら、わたしは倒れこむ。
 意識が途絶える直前、誰かの顔が見えた。ゴリラではない。こいつらを率いてきた他の誰か。真っ白。陰鬱な冬の空模様に変わる。そして暗転。

 ……なだれこむ記憶から意識を引き離そうと試みる。全身が小刻みに震える。おせっかいなミューズ(支援AI)が、わたしの「生まれた」理由を解説してくれたというわけだ。
 決して気持ちのいいものではないが、指示をしたのはわたしだから文句も言えず。やれやれ。
 前任者(オリジナル)が下手をうったことは間違いない。それを確認できただけだ。ファイアウォールのプロキシー(わたしの上司)、ジェミスンからのメッセージを反芻する。

 ――あなたはアルファ2だ。オリジナルの能力を引き継いだアルファ分岐体(フォーク)の第2号、それがあなたという存在だ。オリジナルの名誉を挽回するため、力を貸してほしい。

「ミートハブ・マーダーズ あるいは、肉でいっぱいの宇宙(そら)」朱鷺田祐介

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 『エクリプス・フェイズ』日本語版翻訳監修者の朱鷺田祐介による「ミートハブ・マーダーズ あるいは肉でいっぱいの宙(そら)」をお届けしよう。

 あなたは、筒井康隆の「あるいは酒でいっぱいの海」をご存知だろうか。あるいはアヴラム・デイヴィッドスンの「あるいは牡蠣でいっぱいの海」は? いずれも劣らぬユーモアSFの名編で、ネタを割らないために詳述は避けるが、未読の方は、ご一読をお薦めしておきたい。

 これらの作品にオマージュを捧げた「ミートハブ・マーダーズ あるいは肉でいっぱいの宙(そら)」は、『エクリプス・フェイズ』のゲーム・セッションの雰囲気を活かしながら、たっぷりもユーモアが盛り込まれている。
 といっても、独自解釈で世界観を破壊しているわけではなく、舞台となるハビタット「ミートハブ」は、基本ルールブックに記載されているれっきとした公式設定で、土星圏に位置する。
 高速培養されたベーコンが、そのまま居住区域になったものだ。このような奇抜な設定もまた、『エクリプス・フェイズ』の魅力である。
 「ミートハブ」や土星圏については、「Role&Roll」Vol.117でも詳しく紹介されているので、あわせてお読みいただければ幸いだ。

 ゲームデザイナーとしての朱鷺田祐介を語るうえで、ユーモアという切り口は外せない。もとは読者参加ゲームだった『パラダイス・フリートRPG』は、トランプの「大貧民」をベースにした独自の判定方法を駆使して宇宙を駆けまわるユーモア・スペースオペラRPGだが、現在は電子書籍で入手が可能になっている。
(岡和田晃)




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 我は肉の内にあり、肉は我の内にあり。
 我は肉を取り、肉は我を生かす。
 我は肉を持って、我が存在を維持する。
 肉は我が全て。
  —スカムの宇宙詩人 ドミニス・マキシムズ

1:美味の案内人


 ダンビルは肉色の壁を杖で叩いて軽く頭を傾けた。
 その後、ナイフで壁を形成する肉を削り、口に含み、ゆっくりと咀嚼する。やがて、表情はとろけたようになり、ほほ笑みに変わる。
「いい熟成具合だ」
 さらに、万能工具(フレックス・カッター)を四角い角型のノミに変えて打ち込んで、深さ20センチほどの深さまで穴をあける。穴の中を照らし出し、肉の壁の色を確認する。奥ほど色味が明るい。掘り出した肉片は表層に近いほど乾燥し、内側ほどしっとりとしている。
「どんぐりで育てたイベリコ豚のような出来ですね」
 ダンビルの説明に、宇宙冒険家のランディ・シーゲルの脳裏で、〈大破壊〉以前にスペインで育成されていた高級豚の品種の説明が重なる。
 ダンビルから受け取った肉片を口に入れると、肉片から脂が溶け出し、舌の味蕾を刺激する。脂の複雑な味わいは脳の快楽中枢を直撃する。糖分など含まれていないのに、甘いようにも思える。
「ワインが欲しいところだな」

「ゼノアーケオロジスト2」山口優(画・小珠泰之介)

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 互いに向き合った一瞬の後。
 侵入者が銃口をアシュルに突きつけるのが速かった。
 刹那、アシュル・レヴィナスは、意を決した。唯一の武器であるレーザーパルサーを侵入者に向けて投げつけ、両手を、相手の銃撃を防ぐように構える。普通に考えれば完全に狂ったような行動。全くアシュルを利さず、彼の生存の確率を崖底に蹴り落とすような。
 事実、僅かに動作が遅れたものの、投げつけられたパルサーにも全く怯まず、侵入者は光条を放つ。
 アシュルは目を見開く。
 光速でアシュルの胸と侵入者の銃口を結ぶ見えたコヒーレント光の線――。
 しかし、目的地まで到達する直前、アシュルの構えた両手の手前で停止し、小さなエネルギーの塊になって、眩い光とともに四散した。


「ザイオンズ・チケット・トゥー・マーズ3」伊野隆之

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「ご依頼の者の身柄を確保しました」
 カザロフの後任の保安主任、マスチフは、これ見よがしの武器を身につけたフューリーを義体に使っている。頭の方は見かけどおりで、あまり優秀とはいえないが、ちょっと荒っぽいくらいが、今の状況にはちょうどいい。
「独房に入れておけ。逃げられないように、両手両足を、しっかりボルトで固定してな。取り調べは俺が自分でやるから、誰も入れるなよ」
 オクトモーフにダウンロードしたザイオンを監禁した独房だった。逃亡ルートになったダクトの補強は終わっており、もう、どんなタコでも逃がさない。柔軟性のないケースであれば、なおさら逃亡の可能性はない。
「ポンコツ野郎は、がっちり固定しておきます」
「武装解除は大丈夫か?」
「スキャンは終わってます。念のため、もう一度調べますが、特別なものは何も持っていません。おとなしいもんです」
「油断するなよ」

「ザイオンズ・チケット・トゥー・マーズ2」伊野隆之

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 旧式の採掘機が、カラスの義体をくず鉱石ごと掴みあげ、クロウラーの荷台に放り込む。意識があったらギャーギャーとうるさくわめいたろうが、生命維持機構に障害を生じてぐったりしたカラスの義体は、義体と言うよりただの物体にすぎない。精製してもコストがあわない低品位の鉱石は、鉱区を流れる高温の水銀の川へと投棄され、いずれは自然の精製プロセスで鉱床を形成することもあるだろうが、有機物でできた生体義体はただ消えるのみ。くず鉱石ほどの価値もない。かつてはインドラルのものであり、マデラの魂を同居させていた義体は熱に焼かれ、痕跡を探すのも困難になるだろう。
「どれくらい時間がかかるかな」
 クロウラーを見送りながらカザロフが言った。ケースの義体に表情がない上に、声のトーンもフラットで、何を考えているかわからない。
「準備は完ぺきなんだろう?」

「ザイオンズ・チケット・トゥー・マーズ1」伊野隆之

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 伊野隆之の最新作「ザイオンズ・チケット・トゥー・マーズ」をお届けする。
 伊野隆之はこれまで、タコ型義体に入ることを余儀なくされたザイオン・バフェットを焦点人物とした「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」および続篇にあたる「ザイオン・イズ・ライジング」を発表してきた。本作「ザイオンズ・チケット・トゥー・マーズ」は、(ひとまず)その完結編にあたる力作だ。

 これら伊野隆之の〈ザイオン・バフェット〉シリーズは、タージとインドラル、ザイオンとマデラ、二組の凸凹コンビの因縁がひとつの読みどころとなっている。ポストヒューマンSFの世界だからして、タージとザイオン、インドラルとマデラの関係はしばしば入れ替わり、それがストーリーに新たなドタバタと興趣を添えるのだ。繰り返される、独特のおかしみを孕んだやりとりは、もはや伊野節というほかなく、滋味すら感じさせる仕上がりになっている。

 伊野節に身を任せながら「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」と「ザイオン・イズ・ライジング」と読み進めてくれば、伊野隆之のSFが、何よりも組織に生きる個人と、しがらみを逆用した処世のあり方を描いたものだということがわかってくる。コンゲーム小説の巨匠ジェフリー・アーチャーから、『ナニワ金融道』に至るまで――浮世のしがらみに縛られた人々の腹の探り合い、ハイパーコープ・ソラリスを取り巻く権謀術数は、いったいどこに漂着するのだろうか。とくとご堪能されたい。

 ところでSFファンとして知られる落語家・立川三四楼の高座がSFセミナーやSF大会で人気を博し、田中啓文や牧野修、北野勇作らがSFと落語の境界を解体していき、また「SFマガジン」では山崎健太「現代日本演劇のSF的諸相」が連載開始されるなど――意外に思われるかもしれないが――SFは舞台や話芸に親和性が高い。となれば、〈ザイオン・バフェット〉シリーズも、舞台化すると、いっそう面白くなる作品なのかもしれない。もともとロールプレイングゲームは会話が主体となるゲームなので、なおさらだ。かく言う解説者自身、「オーシャン・ブリーズ」のくだりで「またか」と吹いてしまった(笑)。

 「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」と「ザイオン・イズ・ライジング」は、おかげさまで好評だった。「ザイオンズ・チケット・トゥー・マーズ」は3回連載、という形で提示させていただく。デビュー作『樹環惑星――ダイビング・オパリア――』をはじめ、伊野隆之は組織と社会を精緻に描きぬく、イマドキ稀有な膂力を有した書き手だった。細かな描写を読み込めば、読み込むほど、“人間”の裏がわかる。ヘタするとポストヒューマンは、旧来型の人間性を超えた社会性があるのかもしれない。組織の力学の裏の裏まで知り尽くした、海千山千の作家・伊野隆之の“本気”を、存分にご堪能いただきたい。就職活動の季節だが、就活生の皆さん、社会人の皆さん、とりわけ中間管理職の皆さん、〈ザイオン・バフェット〉シリーズは読んでおいたほうがいいですよ。(岡和田晃)



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※この作品は、過去のザイオンシリーズの続編となっています。ぜひ、併せてお読みください。

 頭の芯に鉛を突っ込まれたようで、まともに考えることができない。考えるという行為を忘れてしまったのか、ぜんぜん頭が働かない。意識というソフトウェアが、脳というハードウェアの使い方を忘れてしまったような感覚だった。
 ……俺は、マデラ・ルメルシェ。金融企業複合体、ソラリスコーポレーションの中級パートナーだ。俺は俺、なのに強烈な違和感があった。
「……覚醒プロセスを完了しました」
 そんな声が聞こえた。聴覚領域への直接入力なのに、マデラには、妙に遠く聞こえていた。
 ……俺はなにをやったんだ?

「龍の血脈」小春香子(補作:岡和田晃)

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 新人・小春香子の「龍の血脈」が、「SF Prologue Wave」の『エクリプス・フェイズ』小説企画に参入した。まずは冒頭部をお読みいただきたい。これまでのどの『エクリプス・フェイズ』小説とも違った、ハイ・ファンタジーの香気に驚くはずだ。そう、本作は、ファンタジーとSFの境界が如何にあるかを――あくまでも『エクリプス・フェイズ』の設定を尊重しつつ――問い直す野心的な作品なのだ。

 小春が偏愛するアーサー・C・クラークは、「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない」と述べた。このテーマは多くのSF作家の想像力を刺激した。たとえばテッド・チャンは「科学と魔法はどう違うか」というエッセイを著している。小春もまた、この主題に魅せられた者の一人なのだろう。

 「Role&Roll」Vol.113の「宇宙の歩き方」でも紹介されている、火星の芸能ハビタット、エリシウムが今回の舞台だ。そのテーマパークというある意味で閉ざされた舞台で、オリジナルとフォーク(人格コピー)の葛藤が、柔らかく、繊細ながらも安定感に満ちた筆致で描かれる。そのどこか懐かしい雰囲気は、レイ・ブラッドベリ作品や、J・P・ブレイロック『真夏の夜の魔法』(『夢の国』)にも通じるかもしれない。

 ノスタルジックだからといって、自意識に淫して終わらないのも面白いところだ。読み進むうちに、本作には茅田砂胡『スカーレット・ウィザード』や、立原透耶『竜と宙』のような女性作家の手になるストーリー性豊かなジェンダーSF/ファンタジー作品と響き合う批評性があるように思えてくる。

 「SF Prologue Wave」が初の本格的な小説発表の場となる新鋭・小春香子。そのみずみずしい感性を、ここに体感してみてほしい。

 小春香子は1984年生まれで、まだ20代の若さである。オリジナルのプレイ・バイ・ウェブのゲームを組織することで文章力を、また会話型RPGの訓練を積むことで物語の構成力を鍛えた。ゲームと教育の接点を、さまざまな角度から考察したレポートを多数発表しており、今後が期待できる逸材なのは間違いないだろう。(岡和田晃)




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「見える? あれが魔の谷。あそこを抜ければ龍の楽園が広がっている」
 龍騎士ジーゼル・キリルは背筋をピンと伸ばしたまま、まっすぐ眼下の谷を指さしました。彼女がまたがっている堂々たる黒龍は、死者の怨嗟と嘆きがごうごうと音を立てている魔の谷を光る瞳でねめつけ、ちろちろと炎を吐きながらその巨大な身をくねらせています。今まで彼女と、その手勢の竜騎士たちを悩ませてきた魔物たちの襲撃は最大の難関を前にぴたりとやみ、不気味な静けさが彼らを取りまいていました。
 ジーゼル・キリルの背後に三々五々浮かぶ龍騎士見習いの間から、誰かがごくりと唾を飲み込む音がしました。ずんぐりとしたドワーフや華奢なエルフ、不遜な顔つきをした小人たちに瞳の色も髪の色も、てんでばらばらの人間たち。彼らはみんな緑色した仔龍にまたがっていました。手綱を握る彼らの手は、みんな微かにふるえています。
 ジーゼル・キリルは愛龍ハイデロオンを器用に操って彼らに向き直るとにっこり笑っていいました。昏く淀んだ魔界の夕闇に、彼女の鮮やかな金髪がきらきらとかがやきながら静かになびいています。
「大丈夫、私たちは全員無事にあそこを抜けられる。今までだって一人も欠けずにここまで来られたでしょう。落ち着いて、すべてを龍に任せて。私から離れないでついてきて。あなたたちが龍から落とされるような真似なんてさせやしないから。龍の楽園で会いましょう。心の準備はいいわね?」

「ゲルラッハの恋人」齋藤路恵(補作:岡和田晃)

(紹介文PDFバージョン:gerurahhanoshoukai_okawadaakira
 齋藤路恵の手になる『エクリプス・フェイズ』小説の新作、「ゲルラッハの恋人」をお届けしたい。これは作家の持ち味がうまく発揮された小品で、初期の新井素子を思わせる雰囲気もある。これまで『エクリプス・フェイズ』のシェアードワールド小説や、齋藤路恵の作品に触れたことがない方でも、気軽に楽しめる逸品となっている。存分に余韻を愉しんでいただきたい。

 「ゲルラッハの恋人」が面白いのは、語り手と「恋人」の関係に、背景となっている金星のハビタット、ゲルラッハの設定がうまく融合していることだ。ゲルラッハでこそないが、伊野隆之の「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」も、金星の浮遊都市(エアロスタット)舞台ともなっているので、ご記憶の方も多いだろう。途中で登場するネオ・シナジストは、「Role&Roll」Vol.105掲載のエントリー・ミッション「進化の石板」でも、重要な役割を果たす。ぜひ「進化の石板」のシナリオも遊んでみてほしい。

 「ゲルラッハの恋人」にて、語り手は難民認定証発行の窓口担当の役人、ということになっているが、この設定を切り口に、齋藤路恵による「蝿の娘」と読み比べてみれば、いっそう興趣が増すだろう。齋藤路恵の第一作「Feel like making love――about infomorph sex」は、情報体(インフォモーフ)の内面に焦点を当てた作品だった。

 齋藤路恵はゲーム研究・実践団体「Analog Game Studies」所属。2013年には会話型RPG『ラビットホール・ドロップスi(アイ)』のメイン・デザイナーをつとめた。同作はエテルシア・ワークショップと成人発達障害当事者団体イイトコサガシとのコラボレーション作業を経て完成に至った作品であり、ナラティヴ(会話)主体のコミュニケーション・ツールに特化した作品となっている。また、SF乱学講座でジェンダーや現代美術について講演を行なうなど、旺盛な活動を続けている。(岡和田晃)




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 えらくむしゃくしゃする。あいつにもわたしにも。えらくおろかだ。あいつもわたしも。えらくかなしい。すくなくとも、わたしは。あいつがどうかは知らない。

「次の方、お入りください」
 失恋の後でも仕事は続く。難民は毎日雲霞のごとく押し寄せてわたしを翻弄する。機械の義体が入ってくる。カプセル状の中央部から蜘蛛のような長い手脚がいくつも伸びている。その何本かは折れていた。カプセル部が不安定に傾いでいる。脚の先端のいくつかは融けて歪んだ球や円錐のように固まっている。体全体から黒や赤の粉をふいている。見るからに地表採掘用の特殊モーフだ。
「お名前は?」
「アラン・アラン」
「え?」
「失礼。アラン・ドロン。言い間違いだ」

「遥かなる偵察」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:harukanaruteisatushoukai_okawadaakira
 『エクリプス・フェイズ』日本語版の翻訳監修者・朱鷺田祐介の手になる短篇の第五弾「遙かなる偵察」をお届けする。

 朱鷺田祐介はこれまで「SF Prologue Wave」では、「サンダイバーの幻影」、「マーズ・サイクラーの帰還」、「宇宙クジラと火星の砂」、「リフレクション」と、宇宙探検家ランディ・シーゲルが登場する一連の作品を発表してきた。
 今回の「遙かなる偵察」の「1:リディア・イン・ザ・スペース」では、前作「リフレクション」と同様に、ランディ・シーゲルのアルファ・フォーク(分岐体、つまりコピー)のリディア・シーゲルの模様が描かれる。彼女はゲートクラッシャー、つまり、「ワームホールで太陽系外惑星とつながるパンドラゲートに挑む宇宙探検家」。そんな彼女は、虚空から虚空へと、探索の旅に出ているのだ。
 次いで語られる「2:ランディ・アット・ザ・ロング・アレイ」の舞台となるのは、土星の衛星ディオーネ。『エクリプス・フェイズ』のサプリメント(追加設定資料集)『Rimward』で解説される設定だが、ここには、150キロに及ぶ電波アンテナを集めたザ・ロング・アレイという電波望遠鏡がある。これにより、太陽系内のすべての通信を傍受することが可能となるのだ。「Role&Roll」Vol.104に掲載されたシナリオ「サイレント・バベル」は、このザ・ロング・アレイの謎に関係したシナリオだった。そのザ・ロング・アレイでも、ランディのフォークが何かを体験してしまう。
 
 フォークたちが多角的に語る世界像。それが、「遙かなる偵察」のスタイルだ。それが結末部での、あっと驚く展開につながる……!?

 朱鷺田祐介の『エクリプス・フェイズ』小説で一貫しているのは、ゲームとしての『エクリプス・フェイズ』が提供する無数の情報を縦横に駆使したスタイルだろう。現役ゲームデザイナーの面目躍如たるところだが、なかでも、特にこだわりを見せているのが「フォーク(分岐体)」を、有機的にストーリーに絡ませることだ。
 その志向性は、朱鷺田がシナリオ・デザイン、ゲームマスター、そしてライティングをつとめたリプレイ「月の熾天使~マーズ・サイクラーの帰還~」(「Role&Roll」Vol.107~109まで連載)にも、よく現れている。合わせてご堪能いただきたい。

 朱鷺田祐介は日本を代表するゲームデザイナー/ライターの一人。サイバーパンクとファンタジーを融合させた『シャドウラン』第4版や、20th Anniversary Editionの翻訳監修でも知られている。最近はクトゥルフ神話がらみの仕事も多く、植草昌実や笹川吉晴と、『クトゥルフ神話検定 公式ガイドブック』を執筆した。朱鷺田の堂に入ったゲームマスター・テクニックは、著名ゲームサイト4gamers.netで連載された「帰ってきたTRPG連載『クトゥルフ神話TRPGで遊ぼう』」でも垣間見ることができる。(岡和田晃)




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1:リディア・イン・ザ・スペース

 轟轟轟々。
 リディアは、土星のとどろきを聞きながら、宇宙(そら)を往く。
 重力と磁場の波に乗り、輝くプラズマの羽が彼女を導いていく。
 虚空から虚空へ。

「宇宙に音がないなんて嘘よ」
 そういったのは、宇宙クジラのメアリー・Iだった。太陽のコロナを泳ぐ宇宙クジラ。耐コロナ用の特殊義体(モーフ)を着装したAGI(汎用人工知性体)であるソラリアン(太陽人)の彼女は、その側線(魚類の耳に当たる器官)で電磁波や太陽風を感じ取り、「聞く」ことが出来る。宇宙クジラにとって、太陽の風は荒れ狂う炎のシンフォニーだという。
 黄金色のコロナの中で、スーリヤは泳ぎ、歌い、舞う。
(ああ、そうだね)
 エアロックから宇宙空間に半ば乗り出したリディア・シーゲル(アルファ7)は、土星系の強い磁場の波動を聴覚に反映して、そう思った。

「Swing the sun 4」片理誠(画・小珠泰之介)

(PDFバージョン:Swingthesun4_hennrimakoto
 金星に到着した後も彼女の機嫌は全然良くならなかった。
「船長は散々私のことを無茶だの滅茶苦茶だのとののしってくれたけど、その言葉はそっくりそのまま、ううん、倍にしてあなたに返すわ! 何なのよ! こうして生きていられること自体、奇跡としか呼びようがない! 今まで散々あちこちを旅してきたけど、こんなひどい旅は生まれて初めて!」
 実際ひどい有様だった。顔面は青ざめ、頬はこけ、髪はボサボサ。せっかくの美人が台無しだ。目の下には隈までできてる。

「Swing the sun 3」片理誠(画・小珠泰之介)

(PDFバージョン:Swingthesun3_hennrimakoto
 サン・スイング・レース用の無骨なフレームに愛船を固定し、各種のインターフェースケーブルを接続する。
 船内に戻ってロケットブースターエンジンからの電気信号を確認。今のところはきちんとリンクできているみたいだ。
 実際にはそう神経質になるほど沢山のチェック項目はない。何しろ点火した後はせいぜいロケットの取り付け角度を変更することくらいしかできない。まともな制御など受け付けてはくれないのだ、この野蛮極まりないエンジンは。
 それでも、何しろやったことがないチャレンジなので、俺の神経はささくれる。本当にこれでいいのか。何回チェックしても気が休まらない。元々俺はソフトウェア回りがあまり得意ではないのだ。
 こんな時にリラがいてくれたらなぁ、と思ってしまう。彼女ならあっという間にチェックどころかシミュレートまで何重にも完璧にし終えて、今頃は「大丈夫よ、船長。後は運を天に任すしかないわ」と言ってくれていたはずだ。

「Swing the sun 2」片理誠(画・小珠泰之介)

(PDFバージョン:Swingthesun2_hennrimakoto
 ロッカーから取り出したヘルメットとグローブを装着すると、ジェストは簡易宇宙服のままステーションの外へと出た。具体的には宇宙港の桟橋からレンタルした艀(はしけ)に乗って、だが。
 しかたなく俺もつきあう。艀と言ったって剥き出しのエンジンにフレームと申し訳程度のシートをくくりつけただけの無骨なシロモノだ。残念ながら美女とドライブって趣じゃない。
 安っぽい手すりにつかまっていると、宇宙空間に浮かんでいる蒲鉾型の構造物が見えてきた。全長は三〇〇メートルほどか。
 あれよ、と無線で彼女。
《あの中に目当てのブツがあるの》
 よく見ると薄汚れた外壁に“ダットン商会”と書いてある。いったい何屋なんだ?
 まぁ、一言でいえばガラクタ屋ね、とジェスト。
《古い機械類を色々と集めているらしいわ》
 へぇ、と俺。
《宇宙ステーションのそばにこんなところがあったなんてな。浮島型のドックを丸ごと一つ借りてるわけか》
《所有者らしいわ、この施設の。元はエンジニアだったとか》
《今は引退して悠々自適のコレクター暮らしってわけか。それとも骨董商なのかな?》
《半々てところじゃないかしら。偏屈な機械人という噂よ。このステーションの名物男の一人というわけ》
《だが……こんなところに来てどうするんだ。偽装用の装備でも手に入れるのかな? それとも囮用の船を組む気かい?》
 まぁ、任せといてよ、と彼女。

「Swing the sun 1」片理誠(画・小珠泰之介)

(紹介文PDFバージョン:Swingthesunshoukai_okawadaakira
「これからSF Prologue Waveの『エクリプス・フェイズ』小説を読もうと思うのですが、どの作品から始めたらいいでしょうか?」
 ――イベントなどで、このような質問を受けることがある。

 SF Prologue Waveは「SFマガジン」の「てれぽーと」欄に毎号、紹介文が掲載されている。なかでも、この『エクリプス・フェイズ』企画は、ゲーム雑誌「Role&Roll」でも毎号、紹介されている。
 これまでSFに興味があっても、なかなか手を出せずにきた人たちがいる。
 それが『エクリプス・フェイズ』をきっかけとして、SFの世界を覗いてみようと考えてくれているわけだ。

 あるいはその逆。
 SF作家クラブ50周年記念のブックフェアやイベントを通して、SFの魅力を再発見してくれた人たちがいる。
 今は、前代未聞のSF短篇アンソロジー・ブームが到来しているが、実のところ、昔ながらの宇宙冒険SFの割合いはそんなに高くないように思われる。
 ブルース・スターリング『スキズマトリックス』やアレステア・レナルズ『啓示空間』の系譜に連なる、ポストヒューマンな宇宙冒険SFはないものだろうか?
 そういう方々が、『エクリプス・フェイズ』に興味をもってくれている。

 むろん、これまで紹介してきた『エクリプス・フェイズ』小説は、いずれも世界の魅力を存分に引き出しつつ、個々の作家の個性が遺憾なく発揮されたものだ。
 いずれも甲乙つけ難い完成度にある。つまり、どの作品から読んでいっても大丈夫。
 そう、太鼓判を押すことができるだろう。

 だが、仮に涙を呑んで一作に絞るならば、今回から連載される片理誠(現SF Prologue Wave編集長)の新作「Swing the sun」が、入門にぴったりな逸品ではないか。
 なぜ「Swing the sun」がオススメなのか?

 ひとことで言えば、抜群の安定感。そして圧倒的なリーダビリティ。
 丁寧な筆致は『エクリプス・フェイズ』世界を理解する格好の教材にもなるだろう。

 いま、SF界で最も熱いテーマとも言われる“ポストヒューマン”を正面から扱いながらも、どこか懐かしさを感じさせるレトロフューチャーな雰囲気。
 アウトローを描きながら、どこかあたたかみを感じさせる筆致。
 野田昌宏編のアンソロジー『太陽系無宿/お祖母ちゃんと宇宙海賊』、収録作のなかでは、エドモンド・ハミルトンの『キャプテン・フューチャー』のようなスペース・オペラの名作にも通じるだろうか。
 そしてアクション、怒濤のアクション!
 “日本SFの夏”を代表する作品だとすら思うが、さすがに言葉が過ぎるだろうか。
 けれども、片理誠は、この「Swing the sun」に一つの勝負をかけている。
 その気迫を、君も体感してほしい。

 毎号、多量のSF小説を読みこなす気鋭のイラストレーター・小珠泰之介の手になる、美麗なイラストが付記されるのも見どころだ。

 なお、宇宙船にまつわる各種設定、ならびに“ダイソン・リング”の設定には、著者が想像を膨らませた部分がある。

 「Swing the sun」に興味をもっていただいた方は、続いて、ジョニィ・スパイス船長が活躍する「黄泉の縁を巡る」に進んでみてほしい。(岡和田晃)



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 居住区同士をつなぐ通路の左右。シートの上に並べられているのは、どれも使いふるされた、シケた品ばかりだった。
 半分以上の発光パネルが切れちまってる上に、残りの半分も消えかかっているもんだから辺りは大層薄暗い。剥き出しのステンレスに囲まれた、いかにも古くさい宇宙ステーションの一角といった感じの場所だ。貨物車両が二台すれ違えるかどうかの幅しかない。ここでは何もかもがすっかりどす黒く変色しちまってる。居並ぶ奴らも、通り過ぎてゆく奴らも。
 もっとも、薄暗いからまだ商売になっているのかもしれない。日の下にさらされたなら、たちまち盗品であることが露見しそうなデバイスばかりだった。

「メタフィシカの融和」伏見健二

(紹介文PDFバージョン:matfisikashoukai_okawadaakira
 伏見健二が、『エクリプス・フェイズ』シェアードワールド小説企画に帰ってきた。今回お披露目するのは、新作「メタフィシカの融和」である。前作「プロティノス=ラヴ」は、伏見健二の10年ぶりの新作小説として、少なからぬ反響を呼んだ。かてて加えて、ふだんゲームのシェアードワールド小説を読まない層や、あるいは現役の編集者からも、熱い賛辞が送られた。

 伏見健二の本格SF作品、「プロティノス=ラヴ」や、『レインボゥ・レイヤー 虹色の遷光』(ハルキ文庫)、そして本作「メタフィシカの融和」に共通してみられるのは、宇宙冒険SFの緊張感と、古代から近代に至る哲学が保持してきた無限なるものへの憧憬や超越性への志向とが、違和感なく融合していることだ。
 サイバーパンクが打ち立てた、人間を情報として捉える世界観。それを幾重にも推し進めたポストヒューマンSFは、ともすれば極度に無機質で、物質主義的な因果律に支配されているとみなされがちである。だが、そもそもポストヒューマンとは、ヴァーチャルなものにすっぽりと覆われた世界において、逆説的に人間性とは何かを問いかけるものだ。ルネッサンスに確立されたヒューマニズムから、幾重にも切断を経ているからこそ、そこから探究される精神性もあるだろう。「メタフィシカの融和」は、小品ではあるが、伊藤計劃『ハーモニー』が打ち立てた現代SFの新しい相(かたち)をふまえ、それを咀嚼し、スタニスワフ・レムがフィリップ・K・ディックを“にせものたちに取り巻かれた幻視者”と表現したような、独特の、しかし流麗なヴィジョンを見せてくれる。とりわけ、これまでの『エクリプス・フェイズ』小説であまり注目されてこなかった、AIとバイオテクノロジーへの切り込みが素晴らしい。シリアスでダークな色調を保持しながら、単なるどんでん返しに終わらない、余韻ある短篇の妙味を堪能されたい。

 本作「メタフィシカの融和」は、木星共和国の衛星、カリストの近くに位置する、工場プラント宇宙船を舞台にした作品だ。『エクリプス・フェイズ』宇宙のなかでも異様な木星共和国の設定は、SF Prologue Wave掲載の「蠅の娘」、あるいは「Role&Roll」Vol.98掲載の「カリスト・クライシス」などで、紹介されてきた。木星共和国とは、もとは大破壊(ザ・フォール)から逃れてきた軍閥によって建国され、極度に原理主義化したローマン・カトリックと「バイオ保守主義」を奉じている。つまり、『エクリプス・フェイズ』世界の前提となっている、インプラントや身体改造を前提としたトランスヒューマンの存在や、魂(エゴ)のバックアップを完全に否定しているのだ。木星共和国は、強力な艦隊を擁しているが、その艦隊も、バイオ保守主義をベースに活動している。

 なお、本作に登場するエイリアンAIの設定には、著者が独自に想像を膨らませた部分がある。

 伏見健二は日本を代表するゲームデザイナーの一人。代表作『ギア・アンティーク』は、国産スチームパンクの傑作として名高い。近年も旺盛な創作活動を継続しており、大軍で迫る豊臣秀吉の軍勢にトリッキーな防衛戦を繰り広げる斬新なウォーゲーム「八王子城攻防戦」(「ウォーゲーム日本史」15号)や、グリム童話をベースに児童文学の世界にも読者を広げた『ラビットホール・ドロップスG』など、作家性豊かなゲーム作品を多数、世に送り出している。小説家としては、『ウィザードリィⅥ ベイン・オブ・ザ・コズミック・フォージ』のノベライズ『サイレンの哀歌が聞こえる』(JICC出版局)などコンピュータ・ゲームを題材とした小説や、クトゥルー神話を題材にした『セレファイス』『ロード・トゥ・セレファイス』(ともにメディアワークス)等、著書は30冊近くにのぼる。また、朝松健が編集したクトゥルー神話アンソロジー『秘神界 現代編』(創元推理文庫)に「ルシャナビ通り」が収録された。(岡和田晃)




(PDFバージョン:metafisika_fusimikennji
 事態の深刻さを理解していないわけでないが、ワタシは一種の期待に満ちた興味とともに……その出会いを待っていたのだ。
 その出会いは、新たな世界観を記述する天球儀の完成に向けての、最初の出会い、最初の融和として、かけがえのないものだと思えたのだ。

『……かれは木星と土星とにはエウドクソスと同じく四つの天球をあてがいながら、太陽と月にはさらに二つの天球を加えるべきであると思った。そして残りの諸遊星には、それぞれに一つの天球を増し加えた……』
 アリストテレス「形而上学」より(出隆訳)

     *     *     *



 星が流れてゆく。
 巨大な引力に、星屑が渦を作る。
 木星共和国(ジョヴィアン・フンタ)の臨検部隊の存在は震え上がるような噂としては既知だったが、その実働部隊と接触するのは初めてのことだった。
 私の管理する木星周回軌道C9アセンブリーが出荷した医療用生体組織が、エクサージェントウィルスに罹患していたという。母体企業のスキンセティックにとっては重大な信用問題だ。このバイオプラントはただでさえ頑迷なバイオ保守主義で閉鎖性の高い木星経済に、かろうじて進出した橋頭堡のひとつだったからだ。

「ゼノアーケオロジスト」山口優(画・小珠泰之介)

(紹介文PDFバージョン:xenoarcheologistshoukai_okawadaakira
 キレのよい名短篇「サブライム」をご記憶だろうか? その作者・山口優が、『エクリプス・フェイズ』のシェアードワールド小説企画に帰ってきた。その証左が、この「ゼノアーケオロジスト」である。
 本作は単体でも充分に愉しむことができるが――さほど時間はかからないので――できれば「サブライム」と併せて読んでみてほしい。総合芸術家エステル・レンピカをめぐる運命の風景が、より重層的なものとして受け止められるはずだから。

 “ゼノアーケオロジスト”とは、聞きなれない単語と思われるかもしれないが、これは『エクリプス・フェイズ』世界では「異星考古学者」のことを指す。奇しくも「Role&Roll」Vol.104では、サンプル・キャラクターの「アルゴノーツの異星考古学者」が公開されているので、併せてご覧いただきたい。
 ただ、今回の小説で活躍する「異星考古学者」は、サンプル・キャラクターの設定とは異なる部分も多い。本稿で重要な役目を果たす異星考古学者、アシュル・レヴィナスは、SF作家たちが集まってプレイした『エクリプス・フェイズ』のゲーム・セッションにおいて使用されたキャラクターだからである(キャラクター・デザインにあたっては、山口優が提示したコンセプトのもと、Analog Game Studiesが細部の数値設定等の協力を行なっている)。
 本作は連作短篇として今後も続いていゆくようだが、「サブライム」と「ゼノアーケオロジスト」が緩やかな繋がりを有しているように、アシュル=山口優の冒険は、いっそう重層的なものとなってゆくことだろう。

 山口優は『シンギュラリティ・コンクェスト 女神の誓約』で第11回日本SF新人賞を受賞した。続く『アルヴ・レズル ―機械仕掛けの妖精たち―』は第7回BOX-AiR新人賞、およびBOX-AiR新人賞年間最優秀賞に選出された。いずれも、『エクリプス・フェイズ』に興味があれば、大満足違いなしの力作ポストヒューマンSFである。
 とりわけ、『アルヴ・レズル』は、若年層の読者へ向けてポップな装いで出された本格SFで、神経細胞通信ナノマシン(ナーヴセラー・リンカー・ナノマシン)や、アーリー・ラプチャー(全世界で突如起きた、精神喪失事件)といった設定で人間の「魂」と「肉体」の意味を鋭く問うている。
 この『アルヴ・レズル』はマルチメディア展開を開始しており、通常版のほか、『アニメミライ2013』参加作品として劇場公開もされたアニメ版のDVDが同梱された限定版も販売されている。加えて、漫画家・天羽銀によるコミカライズ版の第1巻が、講談社シリウスKCより刊行された。これらも見逃せないだろう。余談だが、イラストレーターの小珠泰之介は、これらヴィジュアル作品を鑑賞したうえで、今回のイラストを仕上げてくれた。(岡和田晃)



(PDFバージョン:xenoarcheologist_yamagutiyuu
「メレケト、どう思う?」
 小惑星44ニサ――即ち三七〇〇京トンの岩石と氷の塊――の軌道上を周回するスペースシップの中で、アシュルはそう呟いた。
 アシュル・レヴィナス。
 訳あって生まれ落ちてから一〇年の歳月しか経っていないが、外見は二〇代の青年である。一年前にタイタン自治大学を卒業し、フリーランサーの異星考古学者(ゼノアーケオロジスト)として、最近漸く評判が上がってきたところだ。
 彼が見下ろすように眺める44ニサは、自然の小惑星ではあり得ないことに、その表面にもまばゆい光が点在し、点滅している。
 このジャガイモ型の、長さ一一〇キロメートル、直径六〇キロメートルの小惑星は、その内部が縦横無尽に掘り尽くされ、蟻の巣、または蜂の巣に喩えられる様相を呈している。内部は一気圧の大気が満ち、このほぼ無重力の環境下に、約一〇〇〇万の人々が暮らしている。エクストロピア――それが、この小惑星内に形成された宇宙都市の名だ。
 アシュルは、この44ニサに本拠地を置くハイパーコープ――スキンセティック――の関係者から、つい先程まで聞かされていた話を思い返していた。