カテゴリー: Eclipse Phase 作品

「ゼノアーケオロジスト」山口優(画・小珠泰之介)

(紹介文PDFバージョン:xenoarcheologistshoukai_okawadaakira
 キレのよい名短篇「サブライム」をご記憶だろうか? その作者・山口優が、『エクリプス・フェイズ』のシェアードワールド小説企画に帰ってきた。その証左が、この「ゼノアーケオロジスト」である。
 本作は単体でも充分に愉しむことができるが――さほど時間はかからないので――できれば「サブライム」と併せて読んでみてほしい。総合芸術家エステル・レンピカをめぐる運命の風景が、より重層的なものとして受け止められるはずだから。

 “ゼノアーケオロジスト”とは、聞きなれない単語と思われるかもしれないが、これは『エクリプス・フェイズ』世界では「異星考古学者」のことを指す。奇しくも「Role&Roll」Vol.104では、サンプル・キャラクターの「アルゴノーツの異星考古学者」が公開されているので、併せてご覧いただきたい。
 ただ、今回の小説で活躍する「異星考古学者」は、サンプル・キャラクターの設定とは異なる部分も多い。本稿で重要な役目を果たす異星考古学者、アシュル・レヴィナスは、SF作家たちが集まってプレイした『エクリプス・フェイズ』のゲーム・セッションにおいて使用されたキャラクターだからである(キャラクター・デザインにあたっては、山口優が提示したコンセプトのもと、Analog Game Studiesが細部の数値設定等の協力を行なっている)。
 本作は連作短篇として今後も続いていゆくようだが、「サブライム」と「ゼノアーケオロジスト」が緩やかな繋がりを有しているように、アシュル=山口優の冒険は、いっそう重層的なものとなってゆくことだろう。

 山口優は『シンギュラリティ・コンクェスト 女神の誓約』で第11回日本SF新人賞を受賞した。続く『アルヴ・レズル ―機械仕掛けの妖精たち―』は第7回BOX-AiR新人賞、およびBOX-AiR新人賞年間最優秀賞に選出された。いずれも、『エクリプス・フェイズ』に興味があれば、大満足違いなしの力作ポストヒューマンSFである。
 とりわけ、『アルヴ・レズル』は、若年層の読者へ向けてポップな装いで出された本格SFで、神経細胞通信ナノマシン(ナーヴセラー・リンカー・ナノマシン)や、アーリー・ラプチャー(全世界で突如起きた、精神喪失事件)といった設定で人間の「魂」と「肉体」の意味を鋭く問うている。
 この『アルヴ・レズル』はマルチメディア展開を開始しており、通常版のほか、『アニメミライ2013』参加作品として劇場公開もされたアニメ版のDVDが同梱された限定版も販売されている。加えて、漫画家・天羽銀によるコミカライズ版の第1巻が、講談社シリウスKCより刊行された。これらも見逃せないだろう。余談だが、イラストレーターの小珠泰之介は、これらヴィジュアル作品を鑑賞したうえで、今回のイラストを仕上げてくれた。(岡和田晃)



(PDFバージョン:xenoarcheologist_yamagutiyuu
「メレケト、どう思う?」
 小惑星44ニサ――即ち三七〇〇京トンの岩石と氷の塊――の軌道上を周回するスペースシップの中で、アシュルはそう呟いた。
 アシュル・レヴィナス。
 訳あって生まれ落ちてから一〇年の歳月しか経っていないが、外見は二〇代の青年である。一年前にタイタン自治大学を卒業し、フリーランサーの異星考古学者(ゼノアーケオロジスト)として、最近漸く評判が上がってきたところだ。
 彼が見下ろすように眺める44ニサは、自然の小惑星ではあり得ないことに、その表面にもまばゆい光が点在し、点滅している。
 このジャガイモ型の、長さ一一〇キロメートル、直径六〇キロメートルの小惑星は、その内部が縦横無尽に掘り尽くされ、蟻の巣、または蜂の巣に喩えられる様相を呈している。内部は一気圧の大気が満ち、このほぼ無重力の環境下に、約一〇〇〇万の人々が暮らしている。エクストロピア――それが、この小惑星内に形成された宇宙都市の名だ。
 アシュルは、この44ニサに本拠地を置くハイパーコープ――スキンセティック――の関係者から、つい先程まで聞かされていた話を思い返していた。

『かけ替えなき命のゲーム』浦浜圭一郎(画・小珠泰之介)

(紹介文PDFバージョン:kakegaenakishoukai_okawadaakira
 今回紹介する『エクリプス・フェイズ』のシェアードワールド小説は、浦浜圭一郎による新作「かけがえなき命のゲーム」だ。
 これまで「SF Prologue Wave」上で「エクリプス・フェイズ」小説を読まれてきた方々は、ひょっとすると、本作の先鋭的なスタイルに驚くかもしれない。
 舞台となるのは、現代日本の風俗に『ニンジャスレイヤー』風の戯画化されたオリエンタリズムが嵌め込まれた異世界。断章という形式で描かれる各々の章では、映画のように視点が変化する。視点人物「ヒデサト」と「D」が巻き込まれた、奇妙な「ゲーム」の行く末は? フランク・ミラーのグラフィック・ノベル『RONIN』にクエンティン・タランティーノ監督の『キル・ビル』を入れ混ぜたような、ゲームと連動したシェアードワールドSFに新たな境地を拓く力作だ。
 
 浦浜圭一郎といえば、第1回小松左京賞佳作を受賞してデビューしたSF作家として知られている。その受賞作『DOMESDAY―ドームズデイ―』(ハルキ・ノベルス)は、ゾンビ映画の古典のリメイク『ドーン・オブ・ザ・デッド』(ザック・スナイダー監督)、名作グラフィック・ノベルを見事に実写化した海外ドラマ『ウォーキング・デッド』、ジェイン・オースティンを見事にマッシュアップした小説『高慢と偏見とゾンビ』等、近年大流行の兆しを見せている「新世代のゾンビ表象」を、2000年の段階で、いち早く先取りした傑作だった。
 その『DOMESDAY―ドームズデイ―』では、閉鎖的な「ドーム」に閉じ込められた人々が、閉塞状況に希望を失い自殺し、「天使」なる謎の球体によって、死んだ姿のままでゾンビとして蘇らせられる衝撃的な光景が描かれた。実は、同作の流れで、13年後に発表されたこの「かけがえなき命のゲーム」は読むこともできるのだ。つまり、魂をデータとしてコピーし、セーヴ&アップロードが可能な『エクリプス・フェイズ』世界において、「死」とはいったい何であるのかという重厚なテーマが、独自の美学に基づいた迫真の戦闘描写を通じて模索されるのである。イラストレイター・小珠泰之介の手になる、美麗にして怪異なクリーチャーのイラストも見どころであろう。
 
 ぜひ、本作を、日本SF作家クラブ50記念出版『SF JACK』(角川書店)に収録された冲方丁「神星伝」、あるいは「SF Prologue Wave」の『エクリプス・フェイズ』小説であれば、片理誠の「決闘狂」と、一緒に読んでみてほしい。

 浦浜圭一郎は、自身の手になる映画シナリオ「ROOM OF DREAMS」が、2007年釜山国際映画祭シネクリック・アジア賞受賞し、同作が2008年ロッテルダム国際映画祭シネマートに公式選出されるなど、小説以外の活躍でも知られている。また、近年はLANTIS社によって、『DOMESDAY―ドームズデイ―』、および新作長編『DEATH-TECH』は英語版が電子書籍として発表されている。活動舞台を世界へ広げる浦浜圭一郎の今後の活躍から、ますます目が離せない。(岡和田晃)



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1.
 旭ヶ丘に警報が鳴り響いたのは22時17分。
 そのとき、ヒデサトは自宅二階の勉強部屋で、紙のノートに漢字を書き付けていた。明日の期末テストに備えて『国語』の勉強中だったのだ。
 卓上灯だけ点して部屋の中を暗くすると、障子を開けたベランダ窓から、月と星座を浮かべた夜空が見える。夜更かしするのは立派な校則違反だったにもかかわらず、ヒデサトは、こうして月を見ながら勉強するのが好きだった。軍人気質で厳格だった母には度々咎められたが、父は「月明かりの下で勉学に励むなんて風流じゃないか」と庇ってくれるのが常だった。けれども今は、咎める人も、庇ってくれる人も、この家にはいない。両親が相次いで真(まこと)の死を遂げて以来、三つ歳の離れた弟、トウタと二人暮らしだ。
 サムライらしくない感傷を振り払い、先月16才の元服式を終えたばかりの少年は、いにしえの象形文字を描く筆先に意識を集中させようとした。それにしても…昔の人々は、いったいどうやって、こんな複雑怪奇な記号を小さく手書きできたのだろう? 神経遺伝子強化も全く受けず、機械の力も借りないで…。
 千年前の人間に習得できた技能が、おまえたちに習得できないはずがない。そう教師たちは言うけれど、習字にかぎらず、栄えあるヒノモト・サムライ・スクール(H.S.S)が生徒たちに叩き込もうとする「いにしえの技能」の中には、ただの伝説じゃないのかと疑わせる技も多々あった。そもそも、教師たちの言う「いにしえ」とは、いつの時代だ? 正確な記録装置も存在せず、正真正銘フラット(未改造)な人間の伝聞のみに頼って歴史が書かれていた時代、「外」のデジタル擬人(トランスヒューマン)たちが言う『先史時代』か?
 リプレイできない歴史は歴史ではない、そう擬人たちなら言うことだろう…。
 おっと、これでは敵性ミームに感染したと言われかねない。あわててヒデサトは頭を振ると、気分転換に月でも愛でようと窓の外に目をやった。そこで初めて夜空に起こった異変に気づき、気づくと同時に…警報が鳴り出しのだ。

 傷ついた満月が、真っ赤な血を滲ませている。

「リフレクション」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:reflectionshoukai_okawadaakira
 『エクリプス・フェイズ』日本語版の翻訳監修者・朱鷺田祐介の手になる短篇の第四弾「リフレクション」をお届けする。
 朱鷺田祐介はこれまで「SF Prologue Wave」にて、「サンダイバーの幻影」、「マーズ・サイクラーの帰還」、「宇宙クジラと火星の砂」……と、宇宙探検家ランディ・シーゲルが登場する一連の作品を発表してきた。シリーズ最新作にあたる「リフレクション」では、冒頭からオリジナルのランディの魂(エゴ)からコピーされた分岐体(フォーク)の模様が描かれている。ミッションに合わせて交渉能力を強化し、女性の性格を持たせるという『エクリプス・フェイズ』ならではの演出が加えられているわけだ。
 さて、彼女を待つ運命は如何に……。

 朱鷺田祐介の『エクリプス・フェイズ』小説に通底しているのは、基本ルールブックから各種サプリメント(追加設定資料集)の情報を駆使した、きらびやかで幻惑的なイメージを提示していることだろう。かつてウィリアム・ギブスンは、モダン・アートのイメージを借用して『ニューロマンサー』を生み出した。各種サイバーパンク・ゲームのデザイナーは、そのイメージから具体的な設定を導き出し、肉付けして実体化させたわけだが、朱鷺田のテクストが一貫して追究を続けているのは、そのように創られたゲームから、いまいちど、再帰的にサイバーパンク小説の新しいスタイルを捉え返す営為にほかならない。

 「マーズ・サイクラーの帰還」は雑誌「Role&Roll」Vol.95に掲載された同名のゲーム・シナリオと連動し、「サンダイバーの幻影」は「宇宙クジラと火星の砂」は「Role&Roll」Vol.101のゲーム・シナリオ「太陽クジラ」とゆるやかなつながりを見せている。もちろん本作は、「Role&Roll」Vol.103に掲載予定のゲーム・シナリオと、背景の多くに意図して共通要素が盛り込まれている。このように、小説とゲームという表現形式の違いを活かした相互作用を可能にしているのも、『エクリプス・フェイズ』というSF作品の醍醐味だろう。

 朱鷺田祐介は日本を代表するゲームデザイナー/ライターの一人。サイバーパンクとファンタジーを融合させた『シャドウラン』第4版や20th Anniversary Editionの翻訳監修でも知られている。同作のゲーム・リプレイ『九龍の天使たち』が発売されたばかりだ。また、ホラー小説誌「ナイトランド」5号の特集「サイバーパンク/SFホラー」の解説をつとめた。ここでは『シャドウラン』や『エクリプス・フェイズ』についても積極的に言及されている。(岡和田晃)




(PDFバージョン:reflection_tokitayuusuke
「彼女(ワタシ)」は「彼女(ワタシ)」に銃を向けて、引き金を引き絞った。

 27時間前。火星オリンポス・シティ、軌道エレベーター下、再着装センター。
「ランディ・シーゲル。分かりますか?」
 誰かが声をかけてくる。
 ああ、いつもの経験だ。「彼女(ワタシ)」は死に、バックアップから復活しつつある。ここは?→(瞬時に支援AI(ミューズ)がメッシュから位置情報を確認する)← 事態は了解した。「彼女(ワタシ)」は答える。
「違う。私はランディ・シーゲルの三番目の分岐体(フォーク)//アルファ3//であり、女性系交渉人格(フィメール・ネゴシエイター)、リディ・シーゲル」

「ザイオン・イズ・ライジング Part 2」伊野隆之

(PDFバージョン:zaionisrising02_inotakayuki
 一等コンパートメントでの拷問のような時間で、タージはぐったり疲れ切っていた。
 金星の地表に降り、北極鉱区の地表ステーションに着いたタージたちを、ノースポール公共交通のロゴを胸につけたキャビンアテンダントが先導し、明るく空調の整った専用通路を歩いていく。その後に意気揚々と歩くインドラルが続き、タージは後ろから、とぼとぼとついていく。
「ようこそいらっしゃいました。アルマド様の代理人を務めております、コジーグと申します」
 通されたVIP用のラウンジで、もう一体のケースが迎えた。アルマドというのは、タージに鉱区を売却しようという鉱山主で、目の前のケースは、その代理人らしい。慇懃な態度は安っぽい義体には似合わず、磨きあげられたボディの状態もいいように見える。
「うるれぇ、早く案内しろッてんだ」
 一等コンパートメントで提供されたワインに、インドラルはすっかりできあがっていた。カラスの体は小さく、その分、アルコールの回りが早い。
「はい。主人も一刻も早くお話をしたいと申しております」
 今の状況を幸運と言うべきか、タージはまだ迷っていた。

「ザイオン・イズ・ライジング Part 1」伊野隆之

(紹介文PDFバージョン:zaionisrisingshoukai_okawadaakira
 第2期『エクリプス・フェイズ』シェアードワールド小説企画の第6弾は、伊野隆之の新作「ザイオン・イズ・ライジング」だ。
 これは第1期に掲載され、好評を博した連載「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」の、直接の続編である。ふとしたことから、タコ型義体オクトモーフを着用する羽目に陥ってしまったザイオンと、彼にタカる知性化ガラス・インドラルの凸凹コンビの珍道中は、今回も健全である。

 伊野隆之と言えば、眉村卓言うところの「インサイダーSF」――組織とその内部で生きる者に焦点を当てたSF作品の紛れもない傑作である――『樹環惑星 ―ダイビング・オパリア―』(徳間書店)で名高いが、この「ザイオン」シリーズでは、インサイダーSFの伝統を的確に押さえた組織に生きる悲哀と、人間観を奥の奥まで見据えた、モンティ・パイソンにも通じるユーモア・センスが絶妙に利いた“おもろうて、やがてかなしき”、大人のための、どこか懐かしいSF世界が提示されているのである。
 例えば宮内悠介の「スペース金融道」シリーズと読み比べてみれば、伊野隆之が何を狙っているのかが、いっそう克明に見えてくるのではなかろうか。

 「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」の好評に伴い、「ザイオン・イズ・ライジング」も2回に分けた形で提示させていただく。とりわけ、今回掲載部の後半から、次回掲載予定に連なる箇所では、魂(エゴ)と義体(モーフ)を乗り換えられる、『エクリプス・フェイズ』ならではの仕掛けが絶妙に効いており、ポストヒューマンSFとしての可能性も垣間見せてくれる。なんと引き出しの多い書き手だろうか。
 そして知性化種。『エクリプス・フェイズ』は、知性化種について重点的に解説した『Panopticon』という追加設定資料集があるくらい、重要な設定である。コードウェイナー・スミスの「人類補完機構」シリーズが、二級市民として知性化種を描き、その哀しみを行間に漂わせていたのだとすれば、伊野隆之の「ザイオン」シリーズは、知性化種と人間の内面の落差を、透徹した眼差し、距離をとったユーモアで描き出す。この作品を語る批評的言語は、いまだ成熟していないのではなかろうか。いささか奇妙な例えに思われるかもしれないが、現代版『東海道中膝栗毛』ともいうべきおかしみに満ちた作品ではないかと考える。
 ともあれ、批評家泣かせのこの作品、読めば読むほど味が出てくるのは間違いない。他言は無用。存分に、熟成されたユーモアと政治のブレンドの妙味をご堪能されたい。(岡和田晃)



(PDFバージョン:zaionisrising01_inotakayuki
※この作品は、前作、「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」の直接の続編となっています。ぜひ、前作を併せてお読みください。

 ゆっくりと、濃密な大気の底に向かって降りていく。
 金星大気の上層部に浮いているノースポールハビタットの基部、地表へと降りるエレベーターに、タージはいた。
 エレベーターと言っても、小さな箱ではなく、直径二十メートル、高さはその倍くらいある円筒系のメインカーゴの上下に円錐形の動力部があって、五千トンの積載量がある。鉱山用の掘削機械や、大量の生活物資を地表に下ろし、精錬した多様な金属のインゴットを運びあげるための設備だから、速度も遅く、乗客を乗せるのは、そのうちのごく一部、円筒形部分の上部がわずかに膨らんだところに限られていた。
「ぞっとしねぇナッ」
 落ち着かない様子で床を蹴るのは知性化された巨大なカラス、インドラルである。
「すいません、すいません」
 ぶつぶつとつぶやき、身をすくめるタージ。オクトモーフのタコの肌が青白く変色しているのは、明白なストレスの証拠だった。

「決闘狂」片理誠

(紹介文PDFバージョン:kettoukyoushoukai_okawadaakira
 第2期『エクリプス・フェイズ』シェアードワールド小説企画の第5弾は、片理誠の新作「決闘狂」だ。
 これは傑作である。何はさておき、この血と硝煙に満ちた世界を堪能してほしい。あなたの五感に訴えかけるものがあるはずだ。

 本作は、今まで「SF Prologue Wave」で発表されてきた『エクリプス・フェイズ』小説のなかで、もっともポストヒューマンSFの王道に近い作品だと言えるかもしれない。
 SFにおけるポストヒューマンを考えるにあたり、大分して二つの流れが存在する。一つは、伊藤計劃×円城塔『屍者の帝国』にて大胆な再解釈が施されたことが記憶に新しい、ロシアの神秘主義思想家フョードロフに代表される、ルネッサンス期に確立されたヒューマニズム、すなわち人間中心主義の延長線上で広義のポストヒューマニズムを考えるもの。情報体(インフォモーフ)の身体性に切り込むことで、この主題に挑んだものとしては、「SF Prologue Wave」で発表された「Feel like making love――about infomorph sex」のような作品がこの系譜にあたるだろう。
 もう一つは、人間の魂(エゴ)がデジタル化したことがすでに自明となり、近代文学的な内省のあり方を根底から塗り替えた、いわば「人間機械論」の系譜に連なる、ポストヒューマン時代のハードボイルドとも言うべき作品群だ。
 恐甲(ダイノクロム)軍団の一員として戦う、知性を有した超戦車の一人称を採用し――スティーヴ・ジャクソン・ゲームズの傑作ゲーム『オーガ』に多大な影響を与えたと言われる――キース・ローマーの《BOLO》シリーズ(「最後の司令」と「ダイノクロム」が邦訳済み)、あるいは徹底して内面描写を廃した戦闘機アズラーイールのエッジの利いた描写が蠱惑的なピーター・ワッツ「天使」が、その代表格と言えるだろう。
 そして「決闘狂」は紛れもなく、後者の系譜に属する快作である。密度の濃い文体に詰め込まれた戦闘描写の妙味、永久に続く凄惨な殺し合いの苦味に酔いしれよ。2013年の幕開けにふさわしい、ポストヒューマニズムの現在形が、ここに映し出されている。このような迫力ある作品が、日本人でも書けたのだ。英語で紹介されれば、評判を呼ぶことは間違いない。

 『エクリプス・フェイズ』ファンにとっては、第1期で「黄泉の縁を巡る」を連載していた片理誠は、もはやお馴染みの書き手と言ってよいかもしれないが、本作はどことなくユーモラスな調子も漂う「黄泉の縁を巡る」とは、タイプが異なる作品だ。片理誠は、作品中にSFやファンタジー、さらにはミステリの成果を贅沢に盛り込むジャンル横断性を内包した作風で知られるが、「決闘狂」をお読みになった方には、ぜひとも『Type: STEELY タイプ・スティーリィ』(幻冬舎)をお勧めしたい。ライトノベル的な意匠に「騙されて」はいけない。暴力と狂気に満ちた怒濤のアクションで読者を魅了する作家、それもまた、片理誠の顔なのだ。(岡和田晃)



(PDFバージョン:kettoukyou_hennrimakoto

 なぜこんなことになってしまったのかは、どうしても思い出すことができない。だがなぜ思い出すことができないのかは、はっきりと思い出せる。奴のせいだ。殺さなくては。奴に殺される前に──

「蠅の娘」齋藤路恵(蔵原大、仲知喜)(補作:岡和田晃)

(紹介文PDFバージョン:haenomusumeshoukai_okawadaakira
 第2期『エクリプス・フェイズ』シェアードワールド小説企画の第4弾は、齋藤路恵を中心とした執筆チーム(齋藤路恵、蔵原大、仲知喜)が仕上げた「蠅の娘」である。
 『エクリプス・フェイズ』はトランスヒューマン、平たく言えば遺伝子改造を施され、サイボーグ化した人間にスポットを当てたロールプレイングゲームであるが、必ずしも世界はトランスヒューマンのみの独壇場というわけではない。広大な『エクリプス・フェイズ』宇宙には、トランスヒューマンを「フランケンシュタイン」だと否定する、バイオ保守主義という勢力も存在するのだ。
 今回ご紹介する「蠅の娘」は、バイオ保守主義の総本山である木星共和国の属国、衛星カリストの「ゲルズ」(北欧神話に由来する名を持つ都市国家)にて、秘密裏の諜報活動に従事する非トランスヒューマン(フラット)の女性を語り手に据えた小説だ。
 とにもかくにも、“大破壊”後の世界をフラットとして生きることは大変だ。「基本バイオ調整」をはじめ、あらゆるインプラントを拒否するがゆえに、風邪はひく、乗り物酔いはする、メッシュ通信のためには外部機器が必要だ……。そして、きわめつけは、魂(エゴ)のバックアップをとっていないので死んでも復活ができないこと。バイオ保守主義を貫くのも楽ではないのだ。
 本作は、このような「トランスヒューマンの時代に、生身で生きること」を、鮮烈で、読み手に戦闘時の“痛み”の感覚をヴィヴィッドに伝播させるような独特の身体描写を駆使している。
 相互監視がルーティン化した官僚機構の内部で抑圧される語り手の閉塞感、そして閉塞感を伝える内面描写にも織り込まれる透明感は、時にはアンナ・カヴァンの傑作『氷』を彷彿させる部分もあり、眉村卓の言うインサイダーSF(SFの技法を用いて権力機構や大組織のシステムの特異性を抉り出すような文学形式)としても味読に堪える仕上がりになっている。
 語り手を取り巻く、謎。はたして、なぜ、彼女は襲撃されたのか? 
 サイバーパンクSFノワールの伝統へ、ささやかながら新たな一ページを刻み込もうとするのみならず、フィリップ・K・ディックの『暗闇のスキャナー』(『スキャナー・ダークリー』)にも通じるアイデンティティの不安は、わたしたちが直面している現実の似せ絵でもある。存分に、ご堪能いただきたい。

 齋藤路恵、蔵原大、仲知喜の三人は第1期に引き続いての登場となる。第1期でも、彼らはそれぞれ単独で、あるいはペアを組んで創作を試みてきた。
 今回の「蠅の娘」のメイン・ライターは齋藤路恵。「SF Prologue Wave」でオリジナル短篇「犬と睦言」を発表したばかりなので、その名を憶えておられる方も多いだろう。今作は齋藤路恵がプロットを著し、蔵原大がアクションや銃器の設定をチェック、仲知喜が世界観や小説造形についてのアドバイスを行ない、それを享けて齋藤路恵が推敲を重ねる……という手順を経て制作された。ただし小説としては、齋藤路恵の作家性が最大限に尊重されたものとなっているため、彼女の単独作とみなしても問題ないだろう。なお、本作は「擬似群体」(ナノボット・スウォーム)や「VR(ヴァーチャル・リアリティ)戦闘訓練場」などの独自設定が魅力的だが、これらの設定は、既存の各種ガジェットを参考に、書き手が独自に想像を膨らませたものである。(岡和田晃)




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 完全な不意打ちだった。その日わたしが非番ということもあったのかもしれない。街中で急に襲われた。
 表通りとも住宅地ともいえない曖昧な通りを二人で歩いていた。店と店の間に住居が紛れこむ通りは、昼にもかかわらずしらじらと均一な光度だった。表通りの昼光はわずかなゆらぎを持っていて、日光に近い。このあたりは安い蛍光素材を使っているのだ。
 わたしは通りで相方のトリンドルと愚にもつかない話をしていた。曰く店の食事がワンパターンだとか部屋がいっこうに片付かないとか。前にいた女は視界の端に入っていたが、たいして気に留めていなかった。浮き上がるような黒い髪の女だった。黒髪は肩で均一に切りそろえられていた。女、なのは間違いない。それはわたしにもわかっていた。

 相手が振り返ったのに気づいた、そのときには女は発砲していた。

「揚羽蝶が砕けた夜」渡邊利道(画・小珠泰之介)(補作:岡和田晃)

(紹介文PDFバージョン:agehachoushoukai_okawadaakira
 第2期『エクリプス・フェイズ』シェアードワールド小説企画の第3弾は、渡邊利道の小説「揚羽蝶が砕けた夜」である。
 『エクリプス・フェイズ』には「月のエゴ・ハンター」という人気キャラクターがいる(「Role&Roll」誌Vol.92に訳載)。「ロスト」と呼ばれる世代に属する彼らは、超技術をもって人為的な促成を強いられた子どもたちのことで、その多くは発狂するか、あるいは自死を余儀なくされた。しかし、生き残った少数の者のうち、自分はいったい何者であるのかを探り、ひいては世界の神秘を解き明かすため、あてのない旅路に出るという選択をした者もまた存在したのである。
 自らが狂気の縁をさまよっていることを自覚しながら、フューチュラという特殊な義体を身にまとい、超能力を駆使して未来を拓く彼らの姿は――クリストファー・ノーランが監督した映画『ダークナイト』に登場する「ポスト9・11」のダークヒーローたちとも共振を見せ――『エクリプス・フェイズ』宇宙にいっそうのアクチュアリティをもたらしている。
 今回お披露目する「揚羽蝶が砕けた夜」は、ずばり、この「ロスト」の内面に焦点を当てた作品だ。読み手を心地よく眩惑させる舞台描写はJ・G・バラードの諸作を彷彿させるが、機械化された「内宇宙(イナー・スペース)」の表現とも言うべき精密な描写の妙、随所に仕掛けられた「現実」と「虚構」および「生」と「死」を対照させるギミックを堪能してほしい。「ロスト」の在り方を想像することは、あなたの『エクリプス・フェイズ』宇宙にいっそうの深みをもたらすことだろう。そして、タイトルにも掲げられた「揚羽蝶」が意味するものは……? じっくりと再読を重ね、散りばめられた世界の破片を、あなたなりに繋ぎ合わせてみてほしい。ラストの一行は、豹頭の英雄グインの道に続くものか? それともアナキン・スカイウォーカーが陥った奈落を示しているのか? なお、舞台となるハビタットの設定等には、作者が独自に想像力を膨らませた部分がある。

 渡邊利道は「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」で第7回日本SF評論賞優秀賞を受賞、その後、立て続けに「エヌ氏」で第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受賞、評論執筆と小説実作を併行して手がける才人である。とりわけ「エヌ氏」(『原色の想像力3』、東京創元社に収録予定)は、「スタニスワフ・レム「エフ氏」をヒントに周到に組み立てられた完成度の高い短編。超越者ふたりのバトルを(まったくそう見えない典雅なスタイルで)美しく描く。(大森望)」、「レムの作品に想を得たというが、ここまで見事に換骨奪胎されていては文句はない。(日下三蔵)」、「語りのダイナミックレンジを抑え、その幅の中で魅惑的な謎、底の見えない感情の動き、頽廃的なニュアンスなどなどをニュアンスゆたかに出し入れして読者をつかまえる。全体のちょうど折り返しの位置に置かれた一撃、その後の超めくるめく展開さえ抑制のうちに収める腕前は大したものだ。(飛浩隆)」と、選考委員の絶賛を集めた。本作は受賞第一作にあたる。筆者はアマチュア時代から渡邊利道の小説を愛読してきたが、本作は「エヌ氏」の系譜に連なるものながら、ともすれば同作以上に、渡邊利道の“ひと皮剥けた”新境地を示す快作と言ってよいだろう。(岡和田晃)




(PDFバージョン:agehachouga_watanabetosimiti
 どこから歩いてきたのか、少年には記憶がなかった。
 遠くからささやかなざわめきを連れて波が少年の素足を洗う。どうして靴を履いていないのか、そんなこともわからないし、そもそもそれを疑問に思うための中心が、彼の魂(エゴ)には備わっていなかった。
 ただ波打ち際をとぼとぼと歩いていた。
 この海には水平線がない。ゆっくり傾斜して、一部は雲に隠れて空の向こうにまで続く。慣れない目で見ればどうしてこんなに大量の水が頭上にあって落ちてこないのか不安になるところだが、少年は何も感じていない。
 せりあがった海から、ゆるやかな風が降りてくる。波がゆっくり右に揺れ、ちいさな白い線状を作っている。風には強い潮のにおいが混じっている。だが、そのにおいもまた、彼は感じとっていなかった。
 感覚を認識する中心が、彼の魂には欠けていたのだ。

「プロティノス=ラヴ」伏見健二

(紹介文PDFバージョン:PlotinosLoveshoukai_okawadaakira
 第2期『エクリプス・フェイズ』シェアードワールド小説企画の第2弾は、伏見健二の新作小説「プロティノス=ラヴ」である。

 ロックンロール・ミュージックとSFは相性がいい。どちらも一種のカウンター・カルチャーとして、世間の価値観に対し痛烈な「ノン」を突きつけた。どちらも、聴き手/読み手に、他に代えがたい高揚感、“魂”を揺さぶる衝撃を与え、その人生を大きく変えた。
 そのロックが重要なモチーフとなる本作は――壊滅前の地球の記憶に囚われた「おれ」の孤独と相俟って――サミュエル・R・ディレイニーの名作「コロナ」を、最新のガジェットを使って書き直そうという試みのようにも見える。充溢する哀しみは、あたかも名匠の手になるベース・リフがごとき、鮮烈な経験として沁み渡ることだろう。『エクリプス・フェイズ』の豊富なガジェットを手際よく料理しながら、ヒューマニズムとポストヒューマニズムの境界を探り、その本質を提示するのが本作だ。読後、あなたの心には、「百億人のなかで一人だけ」の一節が、リフレインされるに違いない。なお、本作には設定の一部について、作者が独自に想像を膨らませたところがある。

 伏見健二は日本を代表するゲームデザイナーの一人。美大在学中にオリジナルRPG『ブルーフォレスト物語』のデザイナーとして颯爽とデビュー後、同作のノベライズ等で小説家としてもマルチに活躍、小説の著書だけでも、30冊近くにのぼる。
 本格SFとしてはバリントン・J・ベイリー流ワイドスクリーン・バロックの知られざる佳品『レインボゥ・レイヤー 虹色の遷光』(ハルキ文庫)が白眉だろう。これはスウェーデンボルグ、ジョルダーノ・ブルーノなどの神秘主義的観念論者と本格スペース・オペラを大胆に結びつけた奇想溢れる長篇で、荒巻義雄〈ビッグ・ウォーズ〉シリーズ、大原まり子『戦争を演じた神々たち』、田中啓文『忘却の船に流れは光』等、日本SF史の正系に位置づけられる。
 その伏見健二の感性が『エクリプス・フェイズ』の世界と出逢ったらどうなるか――およそ10年ぶりの新作小説となる本作は、そのような愉しみも与えてくれる。これまで伏見健二の世界に親しんできた方々も、これから彼に出逢う世代も、伏見健二が紡ぐSF世界の、さらなる深化に注目されたい。(岡和田晃)




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「『プロティノス=ラヴ』・再生」
 短いメッセージが瞬いて、おれのサポートAI(ミューズ)は演奏を始めた。
「ああ」
 応じるおれの声も合成音声だ。
 無重力作業に適した鋼の義体(モーフ)の中で、合成音声の甘いラヴソングが響いている。太陽は輝き、すべてを照らすが、太陽は決して変化しない。ボクはキミのヒカリをうけて暖まるが、キミはそれに気づくこともない。
 ……だが現実はそうじゃない。日に日に宇宙は紅くなってゆく。初めて見た宇宙は、もっと蒼かった。
 超高解像度でスキャンできるおれの拡大視野は、細かな針のようなデブリを見分け、繊細に宇宙機を操って『宝島』に近づいてゆく。デブリの中には民生のスキャナーでは探知不能なナノマシンが散布されている。一粒でも機体に触れれば、重金属イオンに反応して高磁性を持った結晶体を作り、姿勢制御モーターを破損させる。誰も『宝島』に近づけないように。

「サブライム」山口優(画・小珠泰之介)

(紹介文PDFバージョン:saburaimushoukai_okawadaakira
 第2期『エクリプス・フェイズ』シェアードワールド企画が開始と相成った。第1期を支えていただいた読者の皆さまに感謝したい。
 第2期の先陣を切る作品は、山口優の「サブライム」である。

 陥った状況、あるいは使用者の嗜好性に応じて、着用する「義体」が取り替え可能であること。これが『エクリプス・フェイズ』世界の大きな特徴と言うことができるだろう。この点にスポットを当てたのが本作だ。
 「義体」が取り替え可能な世界で、人が死ぬとはどういうことなのか。意志とは何か、そして魂の不滅性とは……。
 総合芸術家の義体というヴィジュアルイメージ、量子力学にまで踏み込んだ世界観解釈の妙、そして何より「語り」のゆらぎによって生じるリアリティの歪み。とくとご堪能されたい。

 山口優は『シンギュラリティ・コンクェスト』で第11回日本SF新人賞を受賞し、デビュー。同作は、日本語で書かれた、最も『エクリプス・フェイズ』に親和性の高い長篇SFの一つだろう。長篇第二作『アルヴ・レズル ―機械仕掛けの妖精たち―』で第7回BOX-AiR新人賞も受賞、スターチャイルドでのアニメ化が決定している。才気あふれる期待の書き手だ。(岡和田晃)



(PDFバージョン:saburaimu_yamagutiyuu


「お望みの品はこれでよいでしょうか?」
 そのハイパーコープのエージェントは、そう私に問うた。
「……間違いないようね……ご苦労さま」
 私はそう答える。私の返事を聞いて、エージェントは、するりと、その存在感を、私のメッシュ上の空間から消した。
「ついに手に入れたわ……あなたを」
 私はこみ上げる笑みを抑えることができないまま、手に入れた肉体を眺めた。

「戦う『ショートショート』又はボーイ・ミーツ・ガール」蔵原大

(紹介文PDFバージョン:tatakauSSshoukai_okawadaakira
 このフルカラーPDFファイルは、蔵原大の小説「戦う『ショートショート』又はボーイ・ミーツ・ガール」を収録したものである。
 この小説の舞台は、ほかならぬ火星だ。『エクリプス・フェイズ』の世界の火星はテラフォーミングが進められ、すでに軌道エレベータすら建造されている。
 ところが辺境部まで開発は行き渡ってはいない。その雰囲気は、西部開拓時代のアメリカにどこか似ている。この物語は、そのような観点から出発している。

 本作品でフィーチャーされるのは、ずばり、アクションである。
 『エクリプス・フェイズ』は戦闘関係のルールが充実しており、この小説で描かれるようなアクションも可能だ(ただし『エクリプス・フェイズ』の戦闘はかなりシビアなので、本作で描かれるような活躍を行うためには周到に戦術を練り、かつ幸運に恵まれる必要はある)。

 本稿の初出は2011年6月に限定発行されたファンジン『Eclipse Phase Introduction Book for 2011 Japanese』(Analog Game Studies & 戦鎚傭兵団制作)に収録されたものであり、同書を初出とする小説群と、一部の登場人物を共有している。また、今回「SF Prologue Wave」に再掲されるにあたり、若干の修正が加えられている。

 蔵原大は、史学研究者。たとえばロンドン・キングズ・カレッジ教授フィリップ・セイビンのシミュレーション教育理論の紹介者でもあり、とりわけ戦略学に造詣が深い。また、ティモシイ・ザーンの熱狂的なファンでもあり、そうした見識がSFアクションの創造へ存分に発揮されている。そして、末尾に献辞がささげられた“偉大なるヒーロー像を身をもって作り出してきた偉大なる俳優”への限りなき愛は、きっとあなたの心も動かすだろう。(岡和田晃)




(PDFバージョン:tatakauSS_kuraharadai

「黄泉の縁を巡る 4」片理誠(画・小珠泰之介)

(PDFバージョン:yominofuti04_hennrimakoto
 こんな弁当箱みたいなのがサイレンの魔女なの、と彼女。
 ああ、と俺はウルフ号のコクピットで肯く。
「……まったく危ないところだった。あと数秒で俺も消されてた。今考えても生きた心地がしないぜ。こいつは俺たちにとっては天敵みてぇな存在だ。出会っちまった不幸を呪うしかない悪夢だぜ。あんな強力なコンピュータ・ウィルスは生まれて初めてだった。俺のワクチン・ソフトはまったく効かなかった」
「本当に? うわぁ、それじゃ私でも危ないね」
「試そうなんて夢にも思わないことだな。だが、まぁ、勝てなくても無理はないさ。何せこいつは、ティターンズだ」
 へ、と少女の立体映像が小首を傾げる。
「このちっこいのが?」

「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ Part 3」伊野隆之

(PDFバージョン:zaion03_inotakayuki
 そう、復活して最初の記憶はできの悪いアクションドラマのようで、ザイオンは洗練とはほど遠い拷問を受けた。何回となく殴られ、最後は触腕を一つ失うことになった。
 けれど、オクトモーフはダメージに強い。殴られた痛みはすぐに消え、傷口もすぐにふさがった。切り落とされた右の第一触腕の付け根は、いまはこんもりとした肉の盛り上がりになっており、中心部から触手の先端が見えている。もう再生が始まっているのだ。
 ザイオンの身体は地球産のマダコをベースにした義体、オクトモーフだった。水から上がった筋肉の塊で、浮力に支えられることなく、重力にあらがって直立できる。左右の第一触腕と第二触腕が腕として機能し、第三触腕と第四触腕が足として機能する。もちろん、ヒトと同じような動きを要求される場合は、という限定付きで、いざとなれば水中のタコのように八本の腕を自在に使う事もできる。
 ザイオンを幽閉しようとした愚か者は、七本の腕をボルトで固定することまでやっていたのに、そのことを失念していたに違いないのだ。

「黄泉の縁を巡る 3」片理誠(画・小珠泰之介)

(PDFバージョン:yominofuti03_hennrimakoto
「随分、広いのね」
 リラの声が少し硬い。
 広大な宇宙空間にいる時よりも、重巡洋艦の格納庫の中という閉鎖空間を漂う時の方が不安感が強いというのも考えてみれば奇妙な話だが、確かに広大な空間だった。
 俺のラグタイム・ウルフが二百隻は格納できそうな部屋だ。ハンガーの形状から察するに、戦闘機ではなく大型ミサイルの格納庫だったらしい。だが今は全て空だった。どうやら全弾を撃ち尽くした後で大破したようだ。
 辺りは漆黒の闇だ。ライトで周囲を照らしながらウルフはゆっくりと進む。本当ならドローンと呼ばれる機械端末を繰り出して手広く周囲を探査したいところなんだが、生憎、その装備は切らしたっきり補充ができていない。やれやれ。ますます貧乏が嫌いになりそうだぜ。
 空間自体は広いが、立体格納庫の柱や梁が縦横無尽に走っているのでひどく進みづらい。剥き出しのフレームはどれもまだギラギラと銀色に輝いていた。
「船長! あれ!」
 少女が行く手を指さす。

「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ Part 2」伊野隆之

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 金星の北極にある複合ハビタットの一室で、マデラ・ルメルシェは落ち着かなげにうろうろと歩き回っていた。分厚い絨毯が敷き詰められ、壁面にはアマゾンの森林が投影されている。別の壁面では巨大な瀑布が水しぶきを上げ、もうひとつの壁面では、巨大なサメが我が物顔に泳いでいる。部屋の一角にある執務机の天板は地球産のマホガニーが使われ、その背後の壁面は、巨大なソラリスのエンブレム。燃えるような金色のフレアは、太陽系最大の金融企業複合体であるソラリスコーポレーションの威光を表しているかのようだった。
 マデラは、豊富な金属資源に恵まれた金星の十八分の一を営業ゾーンとしている。ティターンズ戦争からの復興需要に金星は潤い、金星にいる十八人のソラリス正社員のうち、八人までが上級パートナーに昇格していたが、開発の進んでいない北極域を担当するマデラは、太陽系に百人以上いる中級パートナーの地位に甘んじていた。
「まだ、あいつの行方はつかめないのか?」

「宇宙クジラと火星の砂」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:uchuukujirashoukai_okawadaakira
 今回ご紹介する作品は、『エクリプス・フェイズ』日本語版翻訳監修者、朱鷺田祐介の短篇小説第3弾「宇宙クジラと火星の砂」だ。

 『エクリプス・フェイズ』の世界ではクジラ型の義体「スーリヤ」というものが登場する。体長は10メートルにも及び、太陽のコロナの中を無傷で飛び回ることができる特異な義体だ。
 そう、クジラと言えばSFの華。イアン・ワトスン『ヨナ・キット』など、数々の名作が思い浮かぶだろう。『エクリプス・フェイズ』を使えば、新たな「クジラもの」のSF作品を表現可能なのだ。
 このクジラ型義体「スーリヤ」をまとったメアリー・Iをはじめ、ランディ・シーゲルや佐藤海といった「ファイアウォール」のエージェントたちは、朱鷺田祐介の短篇「サンダイバーの幻影」でお目見えしたキャラクターたちである。ロールプレイングゲームでは、同じキャラクターが舞台を変えてさまざな冒険を執り行うのだ。今回のミッションで彼らは、火星の砂に何を見たのか。

 朱鷺田祐介は日本を代表するゲームデザイナー/ライターの一人として知られている。『エクリプス・フェイズ』以前にも、サイバーパンクRPG『シャドウラン』第4版の翻訳監修を手がけてもいる。ゲームライターならではのガジェットの使い方を注視してほしい。また、故レイ・ブラッドベリへのリスペクトも感じ取ってみていただきたい。(岡和田晃)




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 宇宙空間が太陽風に震えている。
 微小な黒点爆発が重力波をかき乱し、吹き上げる粒子がスーリヤの肌を叩く。
 太陽極近傍宙域。別名「インナー・バルカン」はいつもより、泡立つような磁気嵐とプラズマ日和だ。スーリヤで泳ぐにはよい気候である。

「愛おしきかな、太陽。
 我らの海を照らす黄金の林檎」

「Feel like making love――about infomrph sex」齋藤路恵(補作:岡和田晃)

(紹介文PDFバージョン:FeelLikeMakingLoveshoukai_okawadaakira
 このフルカラーPDFファイルは、齋藤路恵の小説「Feel like making love――about infomrph sex」を収録したものである。
 この小説は、まず、「ゲームのノベライズって、ちょっと苦手かも」と思っている方にこそ、読んでもらいたい作品だ。大宇宙を舞台にした壮大なスペースオペラとはひと味違った――日常生活の延長線上の感覚で描かれる――とても小さな物語。けれどもその背後には、限りない哀しみが潜んでいる。みずみずしく繊細な筆致で掘り下げられる、性と身体の問題。『エクリプス・フェイズ』の世界を使って、こんな物語も表現可能なのだ。どうか、じっくりと時間をかけて味わってみてほしい。

 タイトルにあるinfomorphとはインフォモーフ(情報体)、すなわちモーフ(義体)を持たないトランスヒューマンたちのことを意味している。人間の魂がソフトウェアで、肉体がそれを入れる器にすぎないのだとしたら、いっそのこと肉体を持たずに生きることを選択する人も出てくるだろう。本稿では、そうしたインフォモーフの、軽やかだが、どこか空虚な生き様に焦点が当てられる。『エクリプス・フェイズ』をプレイすれば、自然と参加者は「ポストヒューマン」とは何かを考えることになるのだが、そうした器の特性が、書き手の感性とうまく調和した傑作である。

 本稿の初出は2011年6月に限定発行されたファンジン『Eclipse Phase Introduction Book for 2011 Japanese』(Analog Game Studies & 戦鎚傭兵団制作)に収録されたものであり、同書を初出とする小説群と、一部の登場人物を共有している。また、今回「SF Prologue Wave」に再掲されるにあたり、若干の修正が加えられている。なおインフォモーフの各種設定には、著者が独自に想像を膨らませた部分がある。

 齋藤路恵は持続的にジェンダー・スタディーズの研究活動を行い、その知見を各種美術評論、ゲーム評論やSF評論へ応用してきた。SF評論の分野では、樺山三英の小説を論じた「『ハムレット・シンドローム』の存在論」を発表してもいる。会話型RPG『ラビットホール・ドロップス』のコンセプトワークや展開に協力もしている。単独名義の小説は今回が初めての発表だが、その新人離れした筆力をご堪能されたい。(岡和田晃)




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「黄泉の縁を巡る 2」片理誠(画・小珠泰之介)

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 三百と数十時間の宇宙航行はつつがなく終了した。何らかの異常があればすぐに対応できるよう半覚醒モードで過ごしたのだが、拍子抜けだ。もっともこの辺りは真っ当な船なら必ず避けてとおる宙域。つまりは、そのまっとうな船を食い物にする海賊どもも普通ならいない、っていうことになる。今回の依頼主はおおかたドジでも踏んだのだろう。大戦の亡霊がうろついているかもしれないこんな危険領域にくるのは普通だったら冒険家か、お宝狙いの墓泥棒だけと相場は決まっている。
 船は逆噴射によって既にかなりの減速をしていた。ここから先は慎重に行かなくてはならない。
 俺は広域レーダーに目を凝らす。今はまだクリーンだが、はてさて、この先どうなることやら。
「アクティブ・レーザー・スキャンを実行。三十秒置きだ」
「敵から丸見えになっちゃうよ、いいの? 松明持って近づいてゆくようなものじゃない」
 しかたない、と俺。
「進行方向上下左右四五度の範囲だけでいい。リラも各センサーからの反応に注意していてくれ。漂う破片の中にはステルス性の塗料が塗られているものもあるからな、レーダーだけでは感知できないことがある。俺はまだこんな宇宙墓場でスクラップの仲間入りをするつもりはないぜ」

「DOG TALE 犬の話」仲知喜,蔵原大

(紹介文PDFバージョン:dogtaleshoukai_okawadaakira
 このフルカラーPDFファイルは、仲知喜と蔵原大の合作小説「DOG TALE 犬の話」を収録したものである。
 蔵原大と齋藤路恵の合作「衛星タイタンのある朝」の後日譚という位置づけにある(だから推奨設定のファイアウォールものではない)。同作を読まれた後に本作へあたることをお薦めしたい。
 ハーラン・エリスンの「少年と犬」やパオロ・バチガルピの「砂と灰の人々」のように、「犬」を題材としたSFはシリアスな作品が多い印象がある。だから本作のようなコミカルな「いい話」は珍しいかもしれない。
 ちなみに本作に登場するアルアミラルもまた、『エクリプス・フェイズ』のルールに則って創造された人物である。

 この作品の初出は2011年6月に限定発行されたファンジン『Eclipse Phase Introduction Book for 2011 Japanese』(Analog Game Studies & 戦鎚傭兵団制作)に収録されたものである。本作の末尾には用語集が収められている。もとはファンジンに収録された他の小説(例えば「衛星タイタンのある朝」)を読む手がかりとしていただくために作成されたものだが、他の作品を読む参考にもなるので今回も併載した。小説と用語集には、「SF Prologue Wave」に再掲されるにあたって修正が加えられている。

 本作のメイン執筆者である仲知喜は『ハーンワールド/ハーンマスター』や『HARP』といったハイ・ファンタジーの世界を舞台にしたロールプレイングゲームの翻訳と紹介に携わってきた。海外ヒロイックファンタジーの大ファンであるが、チャイナ・ミエヴィル作品をはじめ、SFへの造詣も深い。ファンジン発行後、『エクリプス・フェイズ』翻訳チームに加入した。(岡和田晃)




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「マーズ・サイクラーの帰還」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:maazusaikuraashoukai_okawadaakira
 『エクリプス・フェイズ』日本語版の翻訳監修者である朱鷺田祐介の手になる短篇小説第2弾「マーズ・サイクラーの帰還」をお贈りする。
 今回の舞台は、なんと巨大な宇宙船。
 『エクリプス・フェイズ』は魂(エゴ)を遠隔地に投射し現地で義体(モーフ)を調達するエゴキャスティングという独特の移動手段が広まっているが、一方で、昔ながらの宇宙船を使って旅を行なう者たちも根強く存在するのだ。
 火星周回船(マーズ・サイクラー)「美味なる沈黙」号のエキゾチックな描写と、そこで秘密結社ファイアウォールの一員がいかなる働きをするのか、とくと注視されたい。

 朱鷺田祐介は日本を代表するゲームデザイナー/ライターの一人として知られるが、『超古代文明』、『酒の伝説』といった設定資料本の執筆も手がけている。本作はそうした社会史的な仕事のセンスがゲームの文脈で発揮された逸品と読むこともできるだろう。(岡和田晃)




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 十年間、ずっと考えていたことがある。
 あの狂気、あの混乱、そして、あの閃光。
 ニュー・ムンバイを忘れない。絶対に。

 宇宙船の船倉の底にもモスクがある。
 それは地球が滅びた後でさえ、神が人々の心の中に生き続けている証だ。
 メッカの時刻に合わせ、礼拝を知らせる声が響き、船倉内のムスリム商人たちがばたばたと店を閉ざす。礼拝の時間には「働いてはいけない」。そんな戒律すら生きている。
「昼の礼拝の時間か」
 アリシア・スミスは、船倉の壁に背をもたせかけたまま、そう呟いて、支援AIがメッシュに流れてくるクルアーンの一節の引用を始めるのを精神のちょっとしたニュアンスで押し留めた。説教を聞きたい訳じゃない。

「衛星タイタンのある朝」蔵原大,齋藤路恵

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 このフルカラーPDFファイルは、蔵原大と齋藤路恵の合作小説「衛星タイタンのある朝」を収録したものである。
 本作は主に『エクリプス・フェイズ』の基本的な世界観と、最新のテクノロジーとサイバー民主主義が融合したオープンソース志向の衛星タイタンの設定を紹介するものとなっている。

 『エクリプス・フェイズ』では、ゲームのプレイヤーは秘密結社ファイアウォールの一員であるキャラクターを創造し、人類を絶滅の危機から救うというのが推奨冒険スタイルとなっている。
 けれども、それ以外の設定を使って物語を創り出すことも可能だ。この小説に登場するシャロン=孫と彼女の会社であるSSSは、まさにその実例を示したもの。一風変わった経歴の人物だが、『エクリプス・フェイズ』の包容力ある世界観は、こうした複雑な人物造形をも許容するものとなっている。

 なお、各種専門用語については、仲知喜と蔵原大の合作小説「DOG TALE 犬の話」に付記されている用語集にも詳しい解説が収められているので、併せて参照されたい。

 本稿の初出は2011年6月に限定発行されたファンジン『Eclipse Phase Introduction Book for 2011 Japanese』(Analog Game Studies & 戦鎚傭兵団制作)の巻頭に収録されたものである。今回「SF Prologue Wave」に再掲されるにあたり、一部修正が加えられている。
 蔵原大は史学研究者。戦略学/歴史学の立場から19世紀以来のウォーゲームの研究を学術雑誌に発表しており、戦略学関係の翻訳書もある。本稿をお読みの方にはおわかりのとおり、年季の入ったSFファンでもある。齋藤路恵は「Analog Game Studies」や「Game Community Summit 2012」などでオルタナティヴ・リアリティ・ゲーム(ARG)の論考等を発表している気鋭の論客。本稿では主にジェンダーに関した部分の執筆と考証を担当している。
 なお、『エクリプス・フェイズ』のルールブック収録のイラストに加え、「黄泉の縁を巡る」のアートワークを担当している小珠泰之介のイラストが入っているのも見逃せないところだ。(岡和田晃)




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「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ Part 1」伊野隆之

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 『エクリプス・フェイズ』の世界では、動物の知性が人間並みに引き上げられている。この設定はコードウェイナー・スミスの「人類補完機構」シリーズやデヴィッド・ブリンの『知性化戦争』などに登場する「知性化された動物が二級市民として社会に参加する」という設定に近い、いわば一種の思考実験だ。
 知性化される動物は、チンパンジーやゴリラなどの類人猿、クジラやイルカなどの鯨類、あるいはカラスやオウムなどの鳥類が一般的だが、『エクリプス・フェイズ』では、これらに加え、なんと「タコ」が知性化されている(現実でも、タコは非常に知性が高く、瓶の蓋を開けるなど多数の触腕で器用に物体を操作することで知られている)。
 実際、『エクリプス・フェイズ』の体験会では、いつもタコの人気に驚かされる。言ってしまえばタコは『エクリプス・フェイズ』のマスコットなのだ。

 そして本作「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」は、このタコにスポットを当てた小説である。……とは言っても、出落ちには終わらない。片理誠の「黄泉の縁を巡る」に引き続き、本作も連載という形で公開していく。もちろん大活躍するタコは、『エクリプス・フェイズ』のルールを使ってデザインされたもの。著者の伊野隆之は実際にこのキャラクターを使って『エクリプス・フェイズ』のゲーム・プレイに参加している。そう、伊野隆之は本気なのだ!

 伊野隆之は『樹環惑星 ―ダイビング・オパリア―』(徳間書店)で第11回日本SF新人賞を受賞した俊英。同作はアーシュラ・K・ル=グィンの『世界の合言葉は森』と眉村卓の「司政官」シリーズをブレンドさせたような読み応えある作品だが、なんといっても舞台となる惑星の重厚なシミュレーションが魅力的だ。長篇に見られる精緻な設定と、短篇「SF/サイエンフィクション」や「ヒア・アイ・アム」で垣間見えるユーモア感覚がブレンドされた本作は、伊野隆之の新境地を拓く作品とみなしても過言ではないだろう。なお、金星の設定には著者が独自に想像を膨らませた部分がある。(岡和田晃)



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 バルーンハウスのアラームがけたたましく鳴り、下の鉱区から送られてきた自走式金属製錬装置のパラメータ修正に没頭していたタージは、あわててカレンダーを表示させる。
 二十五日。視野の隅に表示された日付をみて、タージは目をむく。
 ……なんてぇことだ。
 日付の感覚がおかしいのはいつものことだが、それにしても、つい昨日も二十五日だったような気がする。
 タージのバルーンハウスは、金星の北極近傍を漂っている。動力を太陽光に依存しているから、座標は常に昼の側で、同じような方向に太陽を見ていたし、黄金色の雲を低い位置で照らす太陽は、いつだって目を刺すように明るい。

「黄泉の縁を巡る 1」片理誠(画・小珠泰之介)

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 この「黄泉の縁を巡る」は、片理誠の手になる『エクリプス・フェイズ』のシェアードワールド小説だ。大作であるために、「SF Prologue Wave」上では、連載という形で紹介していく。
 『エクリプス・フェイズ』には大別してスペースオペラ的な側面とサイバーパンク的な側面があるが、本作は『エクリプス・フェイズ』のスペースオペラ的な醍醐味を存分に堪能させてくれる痛快作だ。何はともあれ、まずは騙されたと思って本文を読んでみてほしい。迫力ある空中戦から始まる怒涛の展開に、あなたはきっと引きこまれて止まないはずだ。
 主人公のジョニイ・スパイス船長の設定は『エクリプス・フェイズ』のルールシステムに則って作成されたものである。その後、実際に片理誠はジョニイ船長を使って『エクリプス・フェイズ』のゲーム・プレイに参加している。その時のプレイしたゲームのストーリーと「黄泉の縁を巡る」との間に直接の関係はないものの、本作品はロールプレイングゲームのエッセンスに満ちたものとなっており、細部の描写も経験者ならではの躍動感に溢れている。
 なお、本小説には既存の設定を参考にしながら、作者が独自に想像を膨らませた部分がある(特に“大破壊”の描写や空中戦など)。あらかじめご了承されたい。

 片理誠は、第5回日本SF新人賞の佳作を受賞した『終末の海』(徳間書店)でデビューした後、ミステリやSFなど様々な要素を含んだエピック・ファンタジー『屍竜戦記』シリーズ(徳間書店)、量子論と多世界解釈をまさしくゲーム的に表現した本格SF『エンドレス・ガーデン』(早川書房)、近未来の東京で生体兵器とのハードなアクションで魅せる『Type: Steely』(幻冬舎)と、高水準の長篇を次々と発表している。領域横断的な作風が片理誠の特徴だが、本作は初の本格宇宙冒険SFということもあり、ファンにとっても要注目の逸品だ。

 本作品のアートワークを担当するのは、イラストレーターの小珠泰之介。「コミックFantasy」誌(偕成社)のファンタジーコミック大賞佳作入選経験もある描き手だが、長年にわたるSF読者でもあり、イメージ喚起力に優れたアートワークには独特のセンス・オブ・ワンダーがある。海外のイラストレーションとはまた違った味わいを堪能していただきたい。(岡和田晃)



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 見上げるとバブル・キャノピーの向こう側に暗黒の海原が広がっていた。頼りなく瞬く手前の星々は、今にもその底に飲み込まれてしまいそうに思われた。
 あの向こうに無限の世界がある。思えばこんな超高々度哨戒機の操縦士に志願したのも、少しでも星の海に近づきたかったからなのかもしれない。
 もう少しだ、と俺は独りごつ。あともう少し金が貯まれば、こんな薄汚い惑星ともおさらばできる。潜りの工場どもが垂れ流す汚水にしこたま含まれる重金属やら環境ホルモンやらがこの地球をすっかり駄目にしつつある。海洋汚染だけじゃない。大気も大地も、どこもかしこも、有害な化学物質やら放射能物質やらにまみれようとしている。
 この地球こそが宇宙で最も美しい星だなどと利いた風なことを抜かす奴もいるが、見てもいないくせに何が分かるのかと俺は思うね。他人の思い込みなんぞに興味はない。金星、火星、そして木星圏や土星圏。あの向こうにはフロンティアがあるんだ。金さえあればそこへ行ける。俺はこんなゴミみてぇな星で終るつもりはない。のし上がるのさ。そのためにはチャンスをつかまなくてはならず、チャンスをつかむためには実力とコネ、そして金が要る。

「特異点への突入」待兼音二郎

(紹介文PDFバージョン:tokuitennshoukai_okawadaakira
 このフルカラーPDFファイルは小説を読む際の手助けとしてもらうために、公式設定を抜粋して翻訳し、再編集した設定集である。このPDFファイルを読めば、『エクリプス・フェイズ』の基本的なコンセプトや背景設定をまとまった情報として知ることができるだろう。きっと、胸がワクワクしてくるはずだ。

 内訳は『エクリプス・フェイズ』の「クイックスタート・ルール」から「特異点への突入」「『エクリプス・フェイズ』の世界」「『エクリプス・フェイズ』の年表」「ファイアウォールへようこそ」「これだけは頭に叩きこんでおけ」を翻訳したもの。いかにもゲーム的な数値部分は含まれていないので、ゲームに苦手意識がある方も気軽に読んでみてほしい。レイアウトも、基本的に原書をイメージしたものとなっている。

 本訳稿の初出は2011年6月に限定発行されたファンジン『Eclipse Phase Introduction Book for 2011 Japanese』(Analog Game Studies & 戦鎚傭兵団制作)に収録されたものである。ファンジン発行から数ヶ月後に『エクリプス・フェイズ』日本語版の出版が内定し、翻訳を担当した待兼音二郎は、そのまま『エクリプス・フェイズ』翻訳チームに加入することとなった。
 今回「SF Prologue Wave」に再掲されるにあたり、翻訳者の待兼音二郎の手によって訳語や訳文は全面的に刷新され、内容も「ファイアウォール」という組織についての設定部分が増補された豪華仕様となっている。どうぞ、お愉しみいただきたい。(岡和田晃)




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「サンダイバーの幻影」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:sunndaibaashoukai_okawadaakira
 記念すべき「SF Prologue Wave」での『エクリプス・フェイズ』シェアードワールド企画の第一弾を飾るのは、『エクリプス・フェイズ』日本語版の翻訳監修者である朱鷺田祐介の手になる短篇「サンダイバーの幻影」だ。
 キレのよい作品で、『エクリプス・フェイズ』世界のイメージを鮮明に叩きつけてくれる。世界観についての説明的注釈を生かしたメタフィクショナルな構成も見どころだ。
 すでに朱鷺田祐介は『エクリプス・フェイズ』のRPGリプレイ「金星の人狼 ―Garou in the Venus―」を「Role & Roll」Vo.88~Vol.91(アークライト/新紀元社)にて発表している。これは実際のゲーム・プレイを録音し読み物として再編集したものだが、途中で登場するト書きの部分には、こうしたRPGリプレイの手法が導入されている。ゲームデザイナーならではの工夫だろう。

 朱鷺田祐介は日本を代表するゲームデザイナー/ライターの一人。1987年に「ウォーロック」誌(社会思想社)でデビューしてから、アナログゲーム界の最前線で活躍してきた。ロールプレイングゲームのデザインや紹介が仕事の中心だが、代表作であるダークファンタジーRPG『深淵』の世界を舞台に『火龍面舞』や『丘の上の貴婦人』(ともにプランニングハウス)といった小説を出版しており、小説家としての顔も持つ。『エクリプス・フェイズ』の世界の魅力を多角的に紹介してくれる、期待の書き手だ。(岡和田晃)




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 何度繰り返したとしても、死ぬのに慣れることなどない。
 今回は特にひどかった。
 魂(エゴ)のバックアップが損傷していたのか、蘇生措置前の数瞬でひどい夢を見た。

 宇宙クジラの夢だ。
 黄金に輝く太陽フレアの中へ向かって飛び込んでいく巨大なクジラ。
 彼らの行く先に見えるのは、黒点。
 そして、圧壊する。