カテゴリー: ショートショート

「甲府 お盆」飯野文彦

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 太宰が甲府で生活していたことは、有名な事実であり、妻となった石原美智子は甲府の出身である。甲府を舞台にした作品も、いくつとなく書いている。
 もっとも有名なのは『富岳百景』だろうか。その最後の一文で、甲府の見合い先の家、石原家だったのだろうが、そこから見た富士を、
「酸漿に似てゐた」
 と締めくくっている。甲府で生まれ、高校を卒業するまで、甲府で暮らした私は、はじめて読んだとき、たぶん中学生だったと思うが、
「ほおずき、ときたか」
 と、一人悦に入り、部屋の窓から山々の向こうに見える富士を見た。とても酸漿には見えず、それもあって、勝手に太宰はすごいと興奮したものである。

「自動車泥棒の噂」片理誠

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「あ、ないッ!」
 市場の近くに停めておいた愛車が忽然と消えたことに気づいた俺は、左右それぞれの手に大きな紙袋を抱えたまま、大慌てで周囲を見回した。
 ない! ない、ない、どこにもないッ! 俺の車がどこにもない!
 元は体育館だったと言う大きな建物のすぐ横。駐車スペースには何台かの車があったが、どれも俺のではなかった。俺のはああいうリヤカーや馬車ではなく、歴とした自動車なのだ。しかも車体のあちこちにピンク色のハートマークがでっかくあしらわれているから、どうやったって見間違えようがない。「新婚のお前ぇにサービスだ」と親方が勝手に描いた奴だ。恥ずかしいからやめてくれと頼んだのだが、せっかちな親方は俺が言い終わる前に描き終えていた。
 で、とにかくその車がないのだ。嘘だろ。買ったばっかりだったのに!

「パーティクルガン」大梅 健太郎


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 雲一つない青い空。その中心にあった小さな白い点が、ゆっくりと大きくなってくる。太陽の光を反射して輝く姿は、とても神々しかった。その日、地球の全人類が空を見上げていたと言っても過言ではないだろう。

 世界各地の天文台が、地球に向かってゆっくりと進んでくる物体をとらえたのはほんの数日前だった。直径百メートルほどのそれが完全に地球衝突コースに乗っていることが判明したとき、地球の全人類は騒然となった。
「直径百メートルって、小さいよな」
「二〇一三年にロシアに落ちた隕石が直径二十メートルだったらしいが、結構な被害だったらしいぞ」
「町が一つ消し飛ぶくらいの被害が出るらしいな」
「恐竜が絶滅したように、人類も滅亡するに違いない」
 世界中の天文学者や物理学者たちがその進路を予測し、その報告に全人類が一喜一憂する。しかし、調べれば調べるほど、その動きと形状がおかしいことがわかった。まず、宇宙空間を漂流している小天体にしては相対スピードが遅いし、地球の重力圏に引っかかっているわけでもないのに、自律的に軌道修正して真っすぐ地球に向かっているように思える。
「ひょっとして、宇宙船じゃないのか」
 誰もがそう思い始めたとき、宇宙望遠鏡がその姿を捉えることに成功した。それは、パチンコ玉のような銀の真球をしていて、誰がどうみても人工物だった。

「The war to end war」八杉将司

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「君の国ではこの欧州大戦を『戦争を終わらせるための戦争だ』と言っているそうじゃないか。その前にこの戦争自体が終わると思うかね」
「最初の計画通りさっさとパリを陥落させれば終わりますよ、あなた方、軍人が」
 スパイ容疑で捕まったフリッツは、ドイツ軍の取調官に皮肉めいた口調で答えた。

「耳にした話2」青木 和

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一、ペン回し

 知人の話。
 学生時代、ペン回しの達人に遭遇したことがあるという。ペン回しというのは、文字通り指の間でペンをくるくると回転させる遊びのことで、単純なものから複雑なものまで様々な技があり、それぞれの技に名もついているらしい。
 何の試験だったか忘れたけど、大教室に何百人も学生がいてさ、と知人は言った。顔も名前も知らない奴がいっぱい。だからその子(女の子だったらしい)も誰か分からないんだが。
 目の隅でちらちら動くものがある。気になってふと顔を上げてみると、斜め前の席に座ったその子がしきりにペンを回している。ペン回しのやり方を知らなかった知人はその動きの鮮やかさについ見とれてしまったが、しばらくして気がついた。

「白猫ヴィルヘルム」八杉将司

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 その耳が尖った雑種の白猫は、ドイツ軍の塹壕で見つかった。
 場所は西部戦線であるベルギーのイーペル近郊。
 決死の攻撃に出て陣地を奪い取った連合軍のイギリス兵によって拾われた。
 首輪がつけてあり、ドイツ語の認識票が吊るされていた。ドイツ軍の部隊が飼っていたのだろう。したがってこの白猫は連合軍の捕虜になったともいえた。
 拾ったイギリス兵の歩兵連隊で飼うことになり、さっそく首輪を付け替えた。
 名前もつけられた。
 ヴィルヘルム。
 現在のプロイセン王国の国王にしてドイツ帝国の皇帝ヴィルヘルム二世にちなんだ名だった。敵国の皇帝をペットにしてやったという皮肉である。

「石故事」立原透耶

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(これはツイッターで過去に発表された物語で、140字以内に収められています)


 文フリ札幌で素敵な一冊に出会った。一冊ずつに異なる石が入っていて、それを選べるというもの。わたしは一目惚れした、骨のような石を選んだ。
 この本を買った人は一人一人、異なる夢を見るのだろう。50部限定とのことなので、勝手ながら50作書いてみようと思う。

「皐月の武者」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 璃穏(りお)は兄の顔を知らない。
 桃玻(とうは)は彼女が生まれる二年前にこの世を去った、と母に聞かされた。この世を去る、という言い回しを当時は理解できなかった。母は教えてくれた。あなたのお兄様は神様に愛された特別な子なの。神様はあの子を傍に置きたくなって、連れて行ったのよ。もう帰ってこないの、と尋ねた璃穏に、母は優しく言った。
「今でも、ここにいるわ。あなたにも会わせてあげる」
 その人形は白い覆いを外され、床の間に置かれた。
 赤地に金が施された煌びやかな鎧兜に身を包んだ武者。幼いが凛々しさを感じさせる面差しに、璃穏は息を呑む。
「これが、お兄様?」
「ええ、桃玻よ」
「でも、人形でしょ?」
 璃穏の屈託ない問いに、母は少し苛立たしげに首を振って、
「……人形ではないの。依り代」
「よりしろ?」

「砲兵と子供たち」八杉将司

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 ドイツ帝国陸軍の砲兵アレックスは、拉縄(りゅうじょう)を引いた。
 縄と繋がっていた撃鉄が雷管を叩き、火管に引火、砲弾の装薬が爆発する。
 耳をつんざく轟音が鳴り、二十一センチ重臼砲が火を噴いた。
 アレックスは撃った先に目をやった。
 シャンパーニュの小高い丘の斜面が見えた。
 放った百㎏以上もある砲弾が飛んでいったのは、あの丘を越えた向こうだった。
 そこにはオーストリア・ハンガリー帝国の皇太子殺害事件をきっかけに戦争をしているフランス軍の塹壕があるはずだった。
 しかし、アレックスは、自分たちが撃った砲弾が敵兵や陣地を粉砕する様子を見たことがない。
 少し前からドイツ軍は、フランス軍の猛烈な準備砲撃から少しでも逃れるために陣地を縦に深く設け、そのうえ複数に分けていた。真っ先に標的にされやすい砲兵部隊はもっとも後方で、丘を盾にして野砲や重砲が配備されていた。撃つときは丘を越える山なりの弾道で着弾させるのである。
 そのため撃った目標がどうなったか、アレックスからは丘があって目視することはできなかった。中隊長の命令で、観測隊による目標地点の情報から計算で導き出された角度に砲身を傾けて撃っているだけだった。

「夢を見た」立原透耶

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『第一話』

 夢を見たの、と彼女は口元だけかすかに笑った。
 あなたがいてわたしがいて小さな子供がいたの。
 それは素敵だね、と僕は答えた。
 小さな子供は彼女の願望だろうか。
 僕は彼女の手を握った。
 彼女がうっすらと笑みを頬にまで広げた。
 あなたがいてわたしがいて……。
 ほら、小さな子供もいるわ。
 不意に心の臓がひやりとした。
 振り向くことができなかった。

「イエローウォール」太田忠司(画・YOUCHAN)

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「もう一度、確認しておく」
 出発前に秀精が皆に告げた。
「俺たちの糧食と水は往復十日分しかない。だから五日間歩いて水も食料も補給できないようなら、そのまま引き返す。しかしその間に他の人間が住む場所に着くかもしれない。そのときは先方と交渉して滞在させてもらう」
「五日間歩いて誰とも行き会わなかったら、この旅は無意味ってことですか」
 問いかけたのは泰覧(たいらん)だった。越境隊員の中で一番体格がよく、力仕事を進んで引き受けている。
「無意味ではない。俺たちがこの旅で見聞きして集めた情報は、誰も知らないことだ。限られた小さな領地で生まれ、外に何があるかも知らずに死ぬしかなかった俺たちが、外にも世界があることを知り、それを持ち帰って故郷に広める。これには大きな意義がある」
「でも、戻ったらすぐに捕まっちゃうわ」

「紅包 ~赤い祝儀袋~」立原透耶

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(台湾の民間信仰にインスパイアされた話)



『婚約者』

 夕暮れ時に散歩していると、不意に道端に赤い小さな封筒が落ちているのが目に入った。拾おうと片手を伸ばしたところ、その手をひんやりした小さな手がそっと抑えた。
 顔を上げると、幼い女の子が立っている。道端の封筒を指差して黙って首を横に振る。あまりにも泣きそうな顔をしていたので、けっきょく封筒には手をつけず、その場を後にした。

「椿」立原透耶

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 新聞に目を通していたら、不意に耳側でぽとり、と何かが落ちる音がした。
 昨日、庭から摘んできた椿の頭が落ちたのだろう。

 顔を上げようとして気がついた。

「兎の跳躍」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 一瞬の閃光に視力を奪われそうになり、竹田光平は思わず眼を閉じた。その間に、すべてが終わっていた。
「やったぞ!」
 武秀教授の声にやっと眼を開くと、強化ガラス製のドームの中を注視した。そこには何も存在していなかった。
 視線を左へ移す。三メートル離れた位置に置かれた同じ形のドーム内に、白いものがうごめいていた。
「……すごい」
 光平は思わずドームに駆け寄った。白いもの――一匹の兎が不安げにドームの内側を嗅ぎまわっていた。
「成功ですね」
「いや、まだわからない。兎をレントゲン撮影とCTスキャンにかけて内部まで正確に移動しているか確認しないうちには」
 さすがに教授は慎重だったが、それでも表情は晴れやかだった。
「だが、見たところ元気なようだ。前足と後ろ足が入れ代わったりもしていない。“teleportation”は成功したと見なしてもいいだろう」
 teleportation――瞬間移動。ついに人類の夢がひとつ叶えられた。光平は歴史的瞬間に立ち会えたことに昂奮していた。

「一筋」立原透耶

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 長い黒髪が一本、落ちている。
 おかしい。自分は短く刈り上げて久しい。この部屋には自分しかいない。
 毎日綺麗に掃除している。
 それなのに、落ちている。
 一筋の長い黒髪。
 昨日は味噌汁の中に浮かんで、まるで蛇のように身をくねらせていた。
 今日は枕の上に一本、恥じらうかのように身を横たえていた。
 半年前は、どうだったろう。
 黒髪を指でつまみ、そっと口に含んだ。

「卯月の花瓣」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 寝間着を畳んでいるとき、はらり、と何かが畳に落ちた。
 咲良(さくら)は小指の先ほどのそれを拾い上げる。薄く柔らかく、淡い桃色に染まっていた。
 花びら。
 どうしてそう思ったのかわからない。だが彼女の脳裏に、その言葉が浮かんだ。
 でも、と咲良は窓の外に眼を移す。このような色でこのような形の花は見たことがない。どこかで体か髪に付いたものだろうか。しかし寝間着のまま外には出ていないし、昨夜は髪も洗った。どこからか持ち込んだというのも考えにくかった。
 手許の屑籠に入れようとして、ふと思いとどまり、合財袋を開いて中の懐紙に挟んでおいた。

「わたしの住む町・甲府」飯野文彦

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 今日、午後二時を回った頃、外出したときのことです。道を歩いていると、知らない男性から声をかけられました。
「すみません。この近くに鈴木さんのお宅はありませんか?」
 と、わたしに言うのです。
 この言葉だけから判断しますと、この人は道を訊ねているのだ、となります。しかし、それにしてはおおざっぱ過ぎますよね。鈴木さんですよ。鈴木。これが神宮司さんだとか、勅使河原さんといった数少ない苗字でしたら、推測するなり、また知らないと言えたでしょう。
 同じ鈴木さんでも、プロ野球選手の鈴木さん、だとか、県知事をしている鈴木さんというのなら、まだ限定もできます。しかしどう考えても、鈴木さんのお宅では、はなはだ抽象的すぎます。
 わたしは答えられず、それでも知らん顔しては悪いと思ったので、唇を軽くつぐみ、やや首を傾けて、その男性を見返しました。

「ITのいと」大梅 健太郎


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 平日にやり切れなかった分の仕事をするべく土曜出勤していた僕は、突然スマートフォンに届いた未登録アドレスからのメールを見て、目を疑った。
『野洲里紗子です。久しぶり。元気にしてる?』
 あまりに短く無機質な文面に、僕は逡巡する。
「十年ぶり、ぐらいか?」
 つい、独り言をつぶやいてしまった。

「妙なる調べ」立原透耶

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 きつくきつく食いしばった歯の隙間からぴう、という音が漏れた。
 それは男が探して探して探し求めて、それでも得られなかった、美しい音を奏でていた。
 これこそが至上の音楽。
 その音を魂に刻み込むため、男は女を、子供を、年寄りを、美しいものを、醜いものを、一つ一つ丁寧に、その首を締めていった。

「ブラウンノート」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 初めての野営は小高い丘の上だった。川を渡ったときに濡れた衣服を焚き火で乾かしつつ暖を取る。携行食で食事を済ませ、もう寝袋に潜り込んでいる者もいた。
 真馬は岩の上に腰を下ろし、空を見上げていた。星の位置も闇の色も今まで町で見てきたものと何ら変わるはずがないのに、どこか違って見える。自分が今、本当はいるはずのない場所にいるからだろうか。
 視線を下ろし、仲間たちを数える。出発したときは十二名。しかし今は八名に減っている。みんな“蜘蛛”に捕らえられた。今頃は警察で取り調べを受けているだろう。
 英何も、ここにはいない。白い網に捕らえられ空中に引き上げられる彼の姿を、恐怖に引きつったその顔を思い出し、真馬は眼をきつく閉じた。

「虎の記憶」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 最初に意識にのぼったのは、胸元を覆う重さと温かさだった。次にムッとするような臭い。これに似たものを幼い頃、どこかで嗅いだ覚えがある。須永三雄はまだはっきりとしない意識の中で記憶をまさぐった。
 そうだ。幼稚園の遠足だ。はじめて動物園に行った。絵本で見るより動物たちはずっと大きくて、彼らが閉じ込められている檻からは独特な臭いがした。一緒に行ったお調子者が臭いくさいと大騒ぎをしたっけ。あれは誰だったか。
 ぼんやりとそんなことを思いながら眼を開いた。胸元にあるものを視界の隅に捉える。猫の前足だった。くすんだオレンジ色の毛に覆われている。実家で飼っていた猫は黒だったが……いや、猫の手はこんなに大きくはない。これはまるで……。
 思わず体を起こそうとする。が、胸の上にある前足は思った以上に重く、身動きがとれない。須永は首を動かし、自分の周囲を見回した。前足に繋がる二の腕には黒い筋があった。反対側に首を転じると、頭部が視界に入る。オレンジと黒と白の縞模様。長い髭。
 その刹那、彼は理解した。虎だ。自分は今、虎に抱きしめられている。

「ガシャン」立原透耶

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 美味そうな匂いがしたので、飛び込んだ。
 背後でガシャンと扉の閉まる音がした。
 しまった、罠だったのだ。
 悔しさのあまり歯噛みしていると、背後から気配がした。
 なにかが近づいてくる……。

「弥生の供養」太田忠司(画・YOUCHAN)

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「宮司殿、荷が届きました」
 錬燕(れんえん)に声をかけられ、周桑(しゅうそう)はゆるゆると眼を開いた。どうやら座ったままうたた寝をしていたらしい。
「ん……ああ」
 返事とも欠伸ともとれない声を洩らし、かすかに伸びをする。そしてあらためて目の前にある祭壇に眼をやった。柴を編んで祭壇としている粗末なものだ。しかしこれが、この地域ではもっとも神聖なものだった。
 彼が宮司を務める幾仁(いくに)社は近辺でも最も古い神社だった。先祖がこの惑星に辿り着き、最初にこの地に立ったとき土地の神が現れて、自身を祀ることを条件に住むことを許したという。その神がどのような姿をしていたのか、実際に見た者はもうこの世にはいない。神の姿を象ったとされる像は神体として祭壇奥の神棚に納められ、宮司でさえそれを見ることは叶わなかった。初代宮司である周桑の曾祖父が固く禁じたのだ。
 ふっ、と侮蔑まじりの息をつき、周桑は立ち上がる。が、足が痺れて歩きだすこともできない。
「どこに置いた?」
 足の感覚が戻るまでの時間稼ぎに尋ねる。
「奥座敷に。衛辰(えいたつ)様が直々にご持参なさいました」

「耳にした話」青木 和

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     一、 宴会

 知人から聞いた、とある旅館での話である。
 その知人は秘湯巡りを趣味にしていた。その話も、山奥にあるひなびた温泉旅館でのことだそうだ。
 そこは、温泉としての歴史はかなり古いらしいが、辺鄙な場所でとにかく交通の便が悪いため訪れる客は少ない。知人が泊まったときも、ほかに客の姿はまったく見なかった。そのことを尋ねると、オフシーズンでございますのでねえ、と女将は答えた。
「お泊まりのお客様がゼロなんていう日もありますんですよ」
 そのくせ、奥の方では従業員が何やらばたばたしている気配が感じられる。

「面接試験」立原透耶

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 しかめっ面をした顔、顔、顔。
 緊張して僕は膝の上に置いている手をぎゅっと握りしめた。
「簡単な質問だ」
 と中央のメガネが言った。
「君は……を殺したことがあるかい?」

「円筒の空/ゼナの子供たち」伊野隆之

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 朝を感じる順番はいつも決まっている。最初は遠くから伝わる振動で、次は光だ。光は牧草を目覚めさせ、空気の匂いが変わる。
 羊たちのやかましい声に重なり、羊を追う私の兄弟、姉妹、年かさの子供たちの声が聞こえてくる。
 私は、柔らかくて清潔な藁のベッドの上で身じろぎをし、私の中から聞こえてくる小さな鼓動に耳をそばだてる。
 せわしなく小さな鼓動は、それでいて力強い。私の体内に宿る新しい生命の鼓動だ。
 わずかにずれて聞こえる二つの生命の鼓動。おなかにいる私の子供は二頭だけで、同じ腹の兄弟、姉妹が少ない。同じ母親の乳を吸い、寄り添って暖めあうには少な過ぎる。それを思うと、私は不安になる。子供には、いつだって多くの遊び相手が必要なのに。
「調子はどうだい、ゼナ?」

「ラディッシュ!」片理誠

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「わ~お、びっくり」
 視界の中央で若い男女が軽くのけ反り、目を丸くしてそう言った。棒読み口調で、ご丁寧に小さく万歳のポーズまでして。
 丸めた台本の角で私は頭をガリガリと掻く。
「カット! ストップ、ストップ!」
 音声入力コマンドにより撮影が停止される。高精細だったディスプレイ上のCGが、通常の描画密度に戻った。
 はぁ、とため息が漏れる。
 何だ、今のは? 「わ~お、びっくり」? 子役だって、もう少し気の利いたリアクションをするぞ。ダサいし、古いし、わざとらしいし、何より、台詞が説明になってしまっている。こんな反応じゃ駄目だ。
 こめかみを押さえながら、三台並んだ大型ディスプレイの中央をにらむ。
 向こうもこちらを見返していた。カメラとマイクを通じて、あちらとこちら――バーチャルとリアルの世界――とは結ばれている。画面の中の二人のAIアクターたちとは、自然言語によるコミュニケーションが可能だ。

「交換恩返し」林譲治

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「夜分失礼します、与兵さまのお宅ですか」
「はい、与兵ですけど。あなたは? あんたみたいな美人の若い娘さんに知り合いいないけど」
「私は浦島太郎さんに助けていただいた亀でございます」
「俺は浦島じゃなくて与兵だって知ってるよね?」
「存じてます。与兵さんは、鶴を助けたことは?」
「あぁ、五年くらい前に罠にかかっていたのを助けたかな。それがどうした?」
「その鶴の恩返しで私がやってまいりました」
「はぁ、俺が助けた鶴の恩返しに、どうして浦島太郎に助けられた亀が来るの?」

「レッドライン」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 風は西から吹いてきた。
 香りもなく色もない、冷たく乾いた風だった。それは見知らぬ土地を通りすぎて、草と葉を揺らした。
「おい、真馬(しんま)」
 声をかけられ、真馬は振り向いた。英何(えいなん)だった。
「何を考えていた」
「何も」
「怖じ気づいたんじゃないだろうな」
「まさか。おまえこそ後悔してないか」
「するもんか。早く行きたくてしかたないくらいだ。出発はまだか」
「焦るな。指示を待とう」
 一行は森の外れにある繁みの中に身を隠していた。斥候の帰りを待っているところだ。まだ夜明け前で、あたりは暗い。