カテゴリー: ショートショート

「夢見るチンピラと星くずバター」八杉将司

(PDFバージョン:yumemirutinnpirato_yasugimasayosi
 昭彦は畳に転がって、古臭いブラウン管のテレビを見ていた。
 地デジチューナーを取り付けた小さなテレビの画面には、上下に黒帯のつく狭苦しい横長の映像が映っていた。タレントが流行のイタリアン・レストランのカルボナーラを食べてレポートしていたが、画質が荒すぎて説明がなかったら何を食べているのかよくわからなかった。
 部屋のドアがノックされた。昭彦が返事をためらっていたら、乱暴に何度も叩かれた。古い簡易宿泊所の安っぽいドアなので、それだけで蝶番が壊れそうだった。
「俺だ。昭彦だよな。開けろ」
 昭彦は太った体を起こしてドアを開けた。背の高い男が顔をしかめて立っていた。
「兄貴、ドアが壊れる」
 兄貴こと和志はため息をついた。
「探したぞ。苦労させやがって」

「Utopia」川嶋侑希+岡和田晃

(紹介文PDFバージョン:utopiashoukai_okawadaakira
 〈「ポップカルチャー論」学生優秀作〉の第3回は、川嶋侑希+岡和田晃「Utopia」です。
 これまでの「赤との混色」および「キュイジニエの旅」は、2016年度の学生優秀作ですが、今回ご紹介する「Utopia」は、2017年度の履修生の手になる作品です。
 2017年度に集まった学生作品の傾向としては、ワークショップで用いたRPG作品の世界観に準じた作品ではなく、むしろ、そこからインスパイアされつつも、シェアード・ワールドではない、独自の世界観を構築しようという意識がまま見られたことです。
 2016年度は、ファンタジーRPGの古典である『トンネルズ&トロールズ』完全版や、カードゲーム『ブラックストーリーズ』等を用いたワークショップを開催してみましたが、この「Utopia」は古典的なファンタジーRPGのガジェットを用いながらも、あえてスペース・オペラの舞台設定を導入した野心的な試みです。サイエンス・ファンタジーですね。
 むろん、「トンネル・ザ・トロール・マガジン」Vol.2の拙稿「T&TとSFの意外な関係」に見られますように、T&Tのような古典的なRPGはSFとは切っても切り離せないような深い相互影響関係があります。
 なお、「ポップカルチャー論」のレポートでは、作品の一部を切り出し、その光景をスケッチするようなスタイルでも作品として認めています。自然主義文学の創作訓練として、日常の光景をスケッチするという練習方法がありますが、それはSF・ファンタジーやRPGといった、首尾一貫した世界観の提示が求められる作品においても成り立つものと思います。
 問題は、作品を通して、首尾一貫した世界観をどのように表現していくかという点にこそあり、全体のイメージに強度があるならば、細部のみでも魅力は伝わるはずですから。「Utopia」もそのようなタイプの作品で、ここからどう展開するのか、続きが気になってしまいます。
 「SF Prologue Wave」掲載にあたっては、ハイ・ファンタジーとスペース・オペラをうまくマッチングさせるべく、岡和田が補作を行いました。(岡和田晃)




(PDFバージョン:utopia_kawasimayuki
 ――そのためなら、なんでもしてやる。
 セイラの心には複雑な感情が渦巻いていた。激しい欲望が希望と混交しているのだ。その思いは旅が始まる前も、今も、そしてこれからも変わることはない。第一の目的地である〈情報街(ビット)〉を前にして、彼女の興奮は、疲れも吹き飛ぶほどの域に達していた。
 深呼吸してから、もう一度、街の入口にある門を眺める。その向こうに、いくつかの建物と人影が見えた。この街での目的は、計画に必要な情報収集だ。
 しかし、ここまでたどり着くのに、すでに随分時間がかかっている。エルフの森の隅で禁じられた扉を開けたのは、何日前だったろう。もう何ヶ月も経ったかに思える。
 ――あぁ、みんなの心配する顔が目に浮かぶ。お爺様が上手く説明してくれているはずだ。ごめんね。
 背負い袋から〈妖精(エルフ)〉の森で汲んでおいた〈水筒〉を取り出し、僅かに口に含む。〈水筒〉は〈三人目〉に手を貸してくれた老人からもらった。不思議な仕組みで、飲み干しても新たに湧いてくる。これさえあれば、飲み水の心配はいらないだろう。
 高まる心を落ち着かせて、セイラは街に足を踏み入れようとしたが、肝心のことを忘れていた。
 街の手前まで道案内をしてくれた〈九人目〉の老人が、詩のように歌った忠告が頭をよぎる。

 この街に入りたいなら
 嘘は置いて来ることさ
 嘘を見破る者たちに
 追い出されては宿もない
 説明できない虚飾は取り去り
 能弁すぎる口は閉ざせ
 旅人たちはみな寡黙
 思い出にすら嘘はつけない

「どっちもどっち」大梅 健太郎


(PDFバージョン:dottimodotti_ooumekenntarou
 ちゃぷちゃぷという、水の音がする。目を開けると、僕は水の張られた透明な容器の中にいた。小さな部屋に置かれたガラス張りの棺桶、といった感じだ。小部屋にはぼんやりとした照明がともっているが、暗い。自分の身体を見て、丸裸であることに気がついた。
 棺桶の天井を押してみるが、びくともしない。コンコン叩いていると、小部屋の照明が明るくなり、女性の声が聞こえた。
「無事に、起動しましたか」

「わたしが…」飯野文彦

(PDFバージョン:watasiga_iinofumihiko
 彼がはじめてわたしの部屋を訪ねてきたのは、一年と少しばかり前、去年の桜が散りかけた頃のことだった。当のわたしはというと、花見とはまったく無縁の生活を送っていた。
 それより半年ほど前から、やっとこのこと採用されたファーストフード店で、パートをしていた。

 ――あなたは、調理だけを担当して。
 面接を受けたとき、マネージャーに言われた。それが採用の条件だった。客前には出せない容姿の女、それがわたし。差別だと騒いでも、一銭にもならない。かえって惨めさを増すだけだ。経験上、嫌というほど知っている。

 調理を担当をしても、ヘマばかりで、パートの時間は削減された。当然のごとく、給金も減る。元より生活はそれ以上切りつめられないレベルまで下げていたため、どうやってやりくりしていくかばかりが、重くのしかかっていた。
 別の働き口を増やすか。少しばかり景気が良くなったと世間では言っているけれど、わたしのように学歴も技能も持たず、何より醜い女は、やすやすと仕事など見つからない。それ以前に仕事を増やしたら、身体が持たない。
 子どもの頃から決して丈夫ではなかった。ファーストフード店の仕事だけでも、アパートに戻ると、小槌で全身をくまなく叩かれたようで、何もできず、ひたすら回復を願って、横になるしかなかった。
 あの晩も、そうだった。片づけものをしなくては、風呂にも入らなくては、と頭で思いつつも、どうにもこうにも疲れは痛みとなって身動きできず、横たわっていたのだった。

「キュイジニエの旅」藤田莉+岡和田晃

(紹介文PDFバージョン:kyuijinienotabishoukai_okawadaakira
 「赤との混色」(葉月雨音+岡和田晃)に続く〈「ポップカルチャー論」学生優秀作〉の第二弾は、「キュイジニエの旅」です。
 これは、幻想世界ユルセルームを舞台にしたロールプレイングゲーム『ローズ・トゥ・ロード』(門倉直人、二〇一〇年版、エンターブレイン)を用いたワークショップ(ゲームセッション)に基づいて書かれた小説です。
 ただし、オリジナル・デザイナーの許可を得て、岡和田晃が作成した簡易版『ローズ・トゥ・ロード』を、実際の講義では使用しています。
 『ローズ・トゥ・ロード』については、拙著『世界にあけられた弾痕と、黄昏の原郷』(アトリエサード、二〇一七)および「図書新聞」二〇一七年一〇月二八日号に掲載された門倉直人氏との対談「文学としてのゲーム研究」をあわせてご参照ください。
 「キュイジニエの旅」は、『ローズ・トゥ・ロード』を用いたワークショップのリプレイ小説として書かれたもので、グルメ本からとったと思しきネタを、ファンタジーにうまく融合させている意外性を評価しました。
 また、文章力は高く、採録にあたっても最低限しか手を入れずに済みました。
 なお、簡易ルールを以下に明記しておきます(プレイにあたっては、『ローズ・トゥ・ロード』のルールブックおよび各種シートが必要です。ここには本小説を理解するために必要な、最低限の情報のみ記してございます)。(岡和田晃)


■ワークショップ用『ローズトゥ・ロード』(二〇一〇年版)簡易ルール Ver2.0

(デザイン:岡和田晃)

 『ローズ・トゥ・ロード』では、プレイヤー演じるキャラクターは中世ヨーロッパ風の幻想世界ユルセルームに生きる「魔法使い(逍遥舞人アムンマルバンダ)」になります。門倉直人「ホシホタルの夜祭り」や「グンドの物語」のような世界です。アーシュラ・K・ル=グウィン『ゲド戦記』に登場する魔法使いのイメージによく似ています。
 逍遥舞人アムンマルバンダは、混沌の呪縛で不安に揺れる地を「自らの旅を通じて安堵」させていく、特殊な魔法使いです。「混沌から言葉や旋律などの「意味」を分かち、それにより詩歌や舞踊や物語などを生み出して、世界に「より見えやすい風景」を与え、鎮めていく……。そんな魔法を使う旅人と言い換えることもできるでしょう」(門倉直人)
 いわゆる一般的に連想されるRPGとは異なり、レベル・ダメージ・ヒットポイント・マジックポイント等の数値的な要素はありません。参加者相互の勝ち負けもありません。協力して物語を紡ぐのが目的です。
 ワークショップでは、二人一組でペアになり、一人が魔法使いに、もう一人が語り部を演じます。魔法使いはキャラクターを作り、語り部はマップとシナリオを作って実際のゲームを主導します。
 特殊なのは、魔法使いが使用するキャラクターシートに埋めるステータスや、冒険マップ&シナリオ背景シートに埋める「風景言葉」を、原則的に「言葉決め」によって抽出することです。
 この「言葉決め」は、ルールブックに載っている表、ないし手持ちの本の好きな箇所を指さし、ランダムに言葉を抜き出すことで得られますが、二つの言葉をくっつけて造語することで、思いもよらない言葉を生み出すこともできます。
 また、ワークショップで用いた冒険マップシートの舞台になる村は、「混沌の呪縛」に侵されています。村は一三箇所の「場所」によって構成されています。そのうち三つの「場所」に、「混沌の呪縛」による悪影響が具体的に入り込んでいるのです。それがどのようなものかも、また「言葉決め」で決定されるのです。
 「混沌の呪縛」によって三箇所に生じた具体的な影響や原因、真相もすべて、想像力を働かせてユーザーが作成します。そして、混沌の呪縛を生み出した真相を解決するには、「魔法風景」を放たねばなりません。「魔法風景」は、逍遥舞人アムンマルバンダが旅の過程で獲得していきます(後述)。
 魔法使いと語り部は対立する立場にはなく、協力して物語を紡いでいきます。ワークショップ内で「混沌の呪縛」をすべて解き放つことができれば、魔法使いと語り部は「勝利」したことになります。逆に、時間内に「混沌の呪縛」のすべてを開放して真相を解き明かせなければ、魔法使いも語り部も「敗北」します。敗北したら混沌が広がり、ユルセルーム世界は滅亡します(!)。
 語り部が許可すれば、冒険マップシート内の好きな場所へ行くことができます(マップの外には出られません)。マップの具体的な箇所で何が起こるのかを想像し、語り合って互いにコミュニケーションを進めてください。
 なお、あらゆる最終的な決定権は、語り部にあります。
 魔法使いは、自分のステータスにあるいずれかの風景言葉と、語り部が設定した「混沌の呪縛」の効果を、想像力と話術で一致させることができた場合、魔法を発動させて、汚染された場所を「透色(すきいろ)」に変えることができます。一致できたかどうかは、語り部が決定します。なお、魔法使いはそれ以外の能力は、普通の人間と変わりません。
 透色になった「混沌の呪縛」は、「魔法風景」として魔法使いのうちに取り込まれます。(なお、取り込んだ「魔法風景」は、クエスト目的を解決するために、語り部が許可すればいつでも解き放つことができます(効果は語り部が決定します))




(PDFバージョン:kyuijinienotabi_fujitarei
●プロローグ

 今、この世界では三つの災厄が起こっている。
 牧草地での喪失の日々。魔女住まう森での呪詛と悪疫。乾き知らずの湿地での果てしない砂。これら三つの災厄を解決するのが、これからの物語の内容である。
 その者は、虫食いの牧草地にいた。この地で起きている、喪失の日々を解決するためである。名は、キュイジニエ。一部の人々には、即席の(インスタント)キュイジニエとして知られている旅人である。髪はぼさぼさで、前髪で両目が隠れている。食べ物に対しての関心が強く、他のことについてはあまり興味を示さない青年だ。
 彼はこの世界の絶品を食べ歩く旅をしていた。その旅の中で訪れたコルメスという交易の町で、三つの災厄についての話を耳にする。災厄によって世界中の食材が危機にさらされていることを知った彼は、食材を守るために災厄へと立ち向かうことを決意した。そうして彼は、きらきらと輝く脂ののった牛肉が絶品として知られる、虫食いの牧草地で起こっている災厄、喪失の日々の解決に向かったのである。

「ハッピーと僕(ドローン)」伊野隆之(作・絵)

(PDFバージョン:happiitoboku_inotakayuki
 どうしてこんなことになったんだろうと悔やんでも、どうしようもない状況は、やはりどうしようもないのである。
 深い藪の中で、見えているのは狭い空と時折よぎる白い雲、それに周囲の背の高い草ばかりだった。墜落時のショックによるものか、通信システムと慣性誘導装置は壊れているし、四機のローターのうち、破損していないはずの二基もまともに回らない。自己修復機能があればいいのだが、残念ながら僕はそのような仕様にはなっていない。ただ救助を待つよりほかにないのだった。
 基地からの距離は八十キロ程度で、そう遠くはないが、未踏の惑星に道はない。簡単に救助に来てもらえるとは思えなかった。
 突然、周囲の草ががさついた。身動きができない状況では逃げ出しようもない。音のする方向に視覚ユニットを向けると、視野の隅に生物採取用ロボのハッピーが姿を現した。
 特徴的な鼻面には無数の細孔があり、空気中を漂う微量成分をトレースできる。四足の犬型をしているのは、踏破性を向上させるとともに地面近くのにおいを効率的にかぐためだった。においは、地上で生物サンプルを探すための有効な手がかりなのだ。
「おまえは無事だったみたいだな」

「丘の上の白い大きな家」山野浩一

(紹介文PDFバージョン:okanouenosiroiookinaieshoukai_okawadaakira
 好評いただいている〈山野浩一未収録小説集〉、少し更新頻度を落としておりましたが、今回は「丘の上の白い大きな家」をお披露目いたします。
 この作品は、なんと「週刊新潮」(新潮社)の一九七〇年九月二十六日号に発表されたもの。
 12人が描く“SFと住まい”と題された企画の一環です。
 あの辰巳四郎さんによるイラストレーションも添えられていました。豪華ですね。
 大手週刊誌という、桁違いに読者数の多い媒体に発表したためか、前半のフックが読者を引っ張ります
 大統領と電子頭脳に関する会話は、明らかに「レヴォリューション」(「SFマガジン」一九七〇年一〇月号)に共通しますね。発表時期も近いことですし。並行して書いていたのではないかと推測されます。
 オチもなかなか皮肉が訊いていて、なぜ「大きな家」が「白い」のかというと、「ホワイトハウス」だからではないかというのが、私の見立てです。(岡和田晃)




(PDFバージョン:okanouenosiroiookinaie_yamanokouiti
「ねえ、大統領ってなに?」子供が尋ねた。
「大統領かね」父親はいって、言葉をつまらせた。
「偉い人なのよ」母親が横からいった。
「どうして偉いの?」子供はいった。
「とても重要な仕事をしているからよ」
 母親はいう。
「どういうお仕事?」子供は尋ねた。
「政治さ」父親はいった。
「政治って?」
「みんなが楽しく生活できるような社会を作るために、いろんなことをしているんだ」
「いろんなこと?」
「つまり、宇宙を開発して資源を豊かにしたり、空気が汚れないために工場を街から離れたところに移したりするんだ」
「じゃ、宇宙飛行士とかトラックの運転手と同じ?」
「そうじゃない。そういうことをするように命令するんだ」
「命令くらいぼくにもできるよ。ぼくロボットにいつも命令しているもん」
「命令するだけではない。つまり……」
 父親は再び言葉をつまらせた。
「つまり、どういう風に宇宙開発をするかってことを決めるのでしょう」
 母親が助け舟を出した。
「そうだ、……いや、決めるのは電子頭脳だ。様々な調査結果をもとに、いかなる方法で宇宙を開発するかという判断を下すのは電子頭脳の仕事だ」
「じゃ、その電子頭脳を動かすのが大統領なの?」
「いや、それは技師の仕事だ」
「それなら、やっぱり命令するだけ?」
 子供はいった。
 今度はしばらく父親も母親も喋らなかった。
「そうね……」

「銀紙飛行船の旅」太田忠司(画・YOUCHAN)

(PDFバージョン:ginngamihikousennnotabi_ootatadasi

 満月は今夜。
 モトキは準備を整えていた。今日は眠いからと両親に言って早めに自分の部屋に引き籠もり、すぐにパジャマを着替えた。隠しておいたリュックには水筒とスニーカーとスケッチブック。もちろんクレヨンも入っている。
 モトキの部屋は二階にある。窓を開けベランダに出ると、手摺りがうっすらと青い光に濡れていた。
 顔を上げると、まんまるな月が地上に光を注いでいる。四月の夜風は、まだ寒かった。
 空を見上げたまま、モトキは待つ。
 本当に来るだろうか。約束、守ってくれるだろうか。
 不安と期待がない交ぜになった気持ちで五分、十五分、そして一時間。実際は数分だったかもしれない。でもモトキには長く感じられた。
 やっぱり来ないのか、と少し落胆しかけたとき、それが見えた。

「ケントのマカトン」木本雅彦


(PDFバージョン:kenntonomakatonn_kimotomasahiko
 ──ええ、はい、マカトンです。マカトン……ご存知ですか? そうですか。ひとことで説明すると手話の簡単なものです。言語能力が未発達な児童との意思疎通に使います。特別支援学校や療育施設で使われることが多いですが、すべての指導者が使えるというものでもありません。
 手話から引用しているサインもありますが、手話とは違います。だけど見た目は手話に似ているでしょう。しかし音声による言葉と併用することが多いです。発語や音声理解が遅れている子供に向けて使うので、この意味とこの言葉が結びついていることを教えることが大事なのですね。
 これからお話することは、このマカトンについての体験です。マカトンを知っている必要はありません、大丈夫です。手話のようなものを補助的に使って会話しているのだなと理解してください。

 ──私が勤務する支援学校では、意思疎通の補助的な道具として、マカトンを使います。職員のほとんどが簡単なマカトンを使えますし、保護者向けにマカトン教室を不定期に開催しています。子供たちの、そうですね……三割程度は発語に難があるので、表現の方法としてマカトンを使います。ある程度喋れる子供でも、聴覚より視覚が優位な子供がいるので、そういう子に指示を伝える場合なども、言葉とマカトンを併用することが多いです。
 マカトンは、もうひとつの言語と言ってもいいと思います。

「X橋」岡和田晃

(紹介文PDFバージョン:xbasishoukai_okawadaakira
 平田真夫さんの「都市伝説X」は、山野浩一さんの「四百字のX」のなかでも、「箱の中のX」を下敷きにしているのではないかと、先だって私は書きました。
 これを読んで刺激を受け、「X塔」や「同窓会X」の構造も創作的批評という形で応答できれば、面白いのではないかと思いました。そこで書いてみたのが、「X橋」です。

 先回りして解説しますと……「SF Prologue Wave」の編集長・片理誠さんの指摘によれば、「同窓会X」は、シリーズで唯一、本文に「X」が出てきません。
 「X」が私という存在の空虚さを象徴する記号だとすれば、それが無限に増殖していき、あたかも怪獣がごとく国家を困らせるのが「X塔」でありました。
 そこで、「同窓会X」に倣って本文に「X」を登場させず、「X塔」とは異なる方向性にできないかということで、「X橋」を考えてみました。保田與重郎やゲオルク・ジンメルを引くまでもなく、橋は社会と個人とをつなぐものですから。なお、「同窓会X」で「S」が出てくるのは、フロイトの「エス=Es」を含意しているのかもしれません。存在の不安。というわけですね。
 オマージュとしての出来は、平田さんの「都市伝説X」の方がはるかに上かと思いますが、「X橋」をお読みいただければ、「四百字のX」がやろうとしていたことが、よりはっきりと見えてくるのではないか。そう愚考する次第です。(岡和田晃)



(PDFバージョン:xbasi_okawadaakira
 ――山野浩一氏、平田真夫氏への応答として

 そぞろ歩いていたところ、噂に聞いた橋を見つけた。渡らず橋の呼称にふさわしく、大雨が降ると流されたりもしたようだ。橋の上を歩く人影は見当たらない。遠巻きには木造に見えたが、確かめてみると鉄筋で出来ていた。いや、角度によっては奇妙な光を放ち、未知の金属のように見えなくもない。飛び跳ねてみると、吊り橋のようにグニャグニャと揺れた。端から歩いてみたところ、ふと意識が薄れ、気づけば何時間も経っていた。図書館で由緒を調べてみたが、どこにも記録はなく、名前一つ付いていない。台風がやってきた。避難警報が出ていたが、無視して外に出る。あの橋が見えた。増量を重ねた川の水が橋を呑み込む。次の瞬間、何もなかったかのように橋は元通りとなっていた。なるほど、私はすべてを悟った。

「別れの日」青木 和

(PDFバージョン:wakarenohi_aokikazu
 鳥の羽音を聞いた気がして目が覚めた。
 車椅子のヘッドレストから頭を起こし、窓の外に目を向ける。が、ガラス越しに差し込んでくる日の光の眩しさに目が眩み、早々に鳥を探すのを諦めた。
 やがて体をまっすぐ立てていることに疲れて、ぼくは再び車椅子の背にもたれこんだ。ここ数日の間に目に見えて体力が落ちた。何をするにも、カタツムリのような速度でしか反応できないし、とろとろと眠りこんでばかりいる。
 だが、ある意味それはありがたかった。今の自分の状態を、これから自分に起きることを、深く考えなくてもすむからだ。
 ぼくは室内に視線を移した。熱帯の花をかたどったデザインの、ボイルレースのカーテン。ソファ、テーブルクロス、どれも薄緑を基調にした落ち着いた色合いで、パインの床によく合っている。出窓に並んだサボテンの鉢植えが可愛らしい花をつけていた。
 明るく居心地のいい居間。慣れ親しんだこの部屋をぼくは今日あとにする。そしてもう戻ってくることはない。
 この部屋で妻と過ごした八年間を思うと、不覚にも涙がにじんできた。ぼくは襟元に巻いたコットンのマフラーを取り上げて、目頭を拭った。こんな顔を妻に見せるわけにはいかない。
 マフラーを元に戻し終わったところで、妻が入ってきた。
「お義母さんに連絡してきたわ」
「ん」
「気分はどう?」
「そんなに悪くないよ」
「よかった」
 微笑む彼女の目も赤くなっていたが、ぼくは気づかないふりをした。妻とは何度も話し合い、互いに涙を流し、そして今日という日を穏やかに迎えようと決めたのだ。

「愛の行方」大梅 健太郎


(PDFバージョン:ainoyukue_ooumekenntarou
 少年は、配られたばかりのカードと説明プリントを眺めながら、隣の席の友人に言った。
「プリントの内容が意味不明すぎて、結局このカードで何をすればいいのかが、ちっともわからん」
「一昨年はロボットを作ったって、兄ちゃんから聞いたんだけどな」
 不服そうに、ペンでコツコツと机を叩く。友人の二歳年上の兄は、中学校の入部したばかりの電気工作部で、楽しい毎日を送っているらしい。
「はい、みんなこっち集中」
 教卓に立った女の先生が、ぱちんと両手を打った。
「これからみんなには、プログラミングをしてもらいます」
 教室に、期待に満ちた声と不安げなため息が交錯する。
「先生、パソコンやスマホも無しにプログラミングなんてできません」
 クラスで一番勉強のできる、生意気メガネが文句を言った。
「そのとおりだね」先生は、後ろに束ねた長い髪をひと撫でして言った。「でも、プログラミングにそんな機械は必要ありません」
 なんだそれ、と友人がつぶやいた。少年も同じことを思った。この先生は理科や算数を教えるのがヘタクソだ。きっとブンケイに違いない、と友人と少年は、よく陰口を叩いていた。
「みんなの手元に配ったカードには、命令カードと動作カードがあります。これらを組み合わせるだけで、プログラミングすることができちゃうんですよ」
 得意げに先生はカードを突き出した。
「できちゃうんですかぁ」
 友人は、気の抜けた声で言った。
「これで、できちゃう、の?」
 少年はあきれながらも、もう一度プリントを読んだ。
「たとえば、気温が十五℃を下回ったとき、センサーがそれを感知して、便座のヒーターのスイッチが入るような指示を考えて、カードを組み合わせてみてください」
 少年は先生の言うとおり、便座のスイッチについて、カードを並べてみた。
「さらに、深夜の節電を考えて、どれくらい使用されなければヒーターをオフにすればよいかを検討して、指示を作ってみてください」
 言われるまま、流れを組んでいく。
「ちょっと面白くなってきた」
「そうかぁ?」
 少年の言葉に、友人は愛想無く答えた。
「はい。今日はここまで」
 先生の言葉で、少年はカードの配置をやめた。
「これで、みんなが思う最高の全自動トイレについてのプログラミングが完成しました」
 少年はまんざらでもない気分になった。我ながら良い出来だと思う。
「みなさんが大人になる頃には、人工知能が著しい発展を遂げているはずです。さまざまな仕事をコンピュータが人間の代わりにやってくれることになるでしょう」
 友人が、フンっと鼻を鳴らした。
「ここでみんなに伝えたいのは、どれだけすごいプログラムも、人間が作ったものであるということです」
 そういうもんかな、と少年は思った。


「その先生の言うとおりになってるじゃないですか」
 青年の向かいに置かれた、円筒型をした銀色の機械から声がした。
「確かに、ね」

「都市伝説X」平田真夫

(紹介文PDFバージョン:tosidennsetuxshoukai_okawadaakira
 日本SF作家クラブ会員の平田真夫さんが、〈山野浩一未収録小説集〉に収めた「四百字のX」シリーズへの返歌を書いてくださいました。
 題して、「都市伝説X」。なにはさておき、まずは本文を読んでみてください。

 ……読みました? いかがだったでしょうか?
 「四百字のX」のなかでも、とりわけ「箱の中のX」に通じる書き方になっていると思います。
 「箱の中のX」は、入れ子構造、チャイニーズ・ボックスのジレンマを連想させる話で、何かを「X」と書くと、書いた時点でその「X」は――正体はわからないながらも、それ自体として――存在してしまう。その不思議さをうまく表現している作品でした。
 山野さんの場合、この「X」には、明らかに実存主義的な問題意識が投影されています。実存主義といっても、サルトルやカミュの実存主義にとどまらず、ヤスパースやベルジャーエフの影響が強いようではありますが。
 この「X」はまずもって、社会と対置される「個」の空隙を表しているようです。「箱の中のX」では会社に相当するものですね。これが「都市伝説X」では、街という全体にまで広げられる形で語られているようです。
 そういえば、山野浩一さんには「都市は滅亡せず」(「流動」一九七三年一〇月号)という名作がありまして……。(岡和田晃)



(PDFバージョン:tosidennsetux_hiratamasao
   ――故・山野浩一さんに捧ぐ

 いつの間にやら広がった噂――。街にはXが居るという。住民の誰に訊いても、それは変わらない。必ず、「ええ、居るそうですよ」と同じ答が返って来る。困るのは、誰の言葉も皆、決まって伝聞の形を採っており、Xがどんなものなのか、遭うと不幸になるとか、家路に就く幼稚園児を狙うとか、はたまた、じっと立ってこちらを見詰めているとか、そういった特徴が全く伝えられていないことである。この手の話に付き物の、「誰それが追い掛けられた」とか、「どこそこの路に現れた」との情報もない。そもそもどんな形をしているのか、人のようなものなのか、四足の獣なのか、或いは不定形の微生物に似ているのか、それすら誰も知らないのだ。まるで、「ただ、この街に居る」という、その事だけがXの本質であり、存在意義ででもあるかのように――。

「スペキュレーションの会の御案内」山野浩一

(紹介文PDFバージョン:speculationnokaishoukai_okawadaakira
 〈山野浩一未収録小説集〉、小説作品はまだ二十作以上残っているのですが、今回は趣向を変えて、それらとは別の、小説と小説ではないものの境界線上にあるような作品をお届けしたいと思います。ジャンルの境界を軽々と渡り歩く、山野さんらしい仕事ですね。
 今回ご紹介するのは、「NW-SF」のNo.3(一九七一年三月)に掲載された「スペキュレーションの会のご案内」です。
 「NW-SF」は翻訳や創作のワークショップ、あるいは読書会を精力的に開催し、そこから多数のプロが巣立ったのはご承知の通りですが、この「NW-SFワークショップ」の前身にあたるのが、今回紹介する「スペキュレーションの会」と推定されます。
 しかし……。案内文を読んでいただければわかるのですが、この会、本当に行われたのでしょうか? 関係者に聞き取りを試みたことがあるのですが、わかるはずもありません。「会の終了後、会でいかなることが起こったとか、いかなる発言があったというようなことを認めることは誰もでき」ないのですから。

 「NW-SF」にはこの「スペキュレーションの会の御案内」に限らず、虚実ないまぜにした諸々の企画が行われてきました。
 文面だけ読むと、なんだかカルト宗教か自己啓発セミナー、マルチ商法のなんかのように見えなくもありませんが、どこまでも「個」の立場を貫き、他者とのつながりを拒否している点が大きく違います。
 それと、お金のニオイがしませんね。この点も重要です。
 そもそも、カルト宗教なんかが広く社会問題化する前に書かれたものであり、現在の状況では不可能な「案内」かもしれません。
 そうではない、と思われる方は、新世紀にふさわしい「スペキュレーションの会」を開催してみてはいかがでしょうか?

 なお、本文は無記名でしたが、関係者への聞き取り調査、文体などから、山野浩一氏の筆になるものと判断し、「SF Prologue Wave」に掲載するものです。(岡和田晃)




(PDFバージョン:speculationnokai_yamanokouiti
 当社(注:NW-SF社)では実験的な会合を開催いたしております。この会は参加者個人の内宇宙だけのために行われるもので、「他者」や「集団」との関係に於いて行われる討論会ではありません。つまり、いかなる結論を持とうとするものでもなく、いかなる合意にも到達しようとすることもなく、いっさいの記録も残さず、ただ参加者が喋り、聞くということだけが個人的に存在し、そこに思弁活動があるだけです。従って会としてはそこで「何も起らなかった」のであり、個人的な内宇宙にだけ「何か起っているかも知れない」のであります。
 参加者にとってこの会は個人的な意味しかなく、参加した他人との友好を深めようとしたり、会に集った人々の集団に興味をもったりすることはできず、いっさいの現実的価値はありません。いわばシュールレアリスティックな会合であります。
 会には次のようなルールがあります。

「同窓会X」山野浩一

(紹介文PDFバージョン:dousoukaixshoukai_okawadaakira
 好評〈山野浩一未収録小説集〉の第六回は、「箱の中のX」、「X塔」に続く完結編「同窓会X」です。
 「月刊タウン」3号(アサヒ芸能出版、一九六七年三月号)に掲載されました。この号は、山野浩一さんのお手元に残っていたため、蒐集することができたものです。
 〈山野浩一未収録小説集〉に収めた「自殺の翌日」にも共通するモチーフですが、「殺人者の空」は本作の変奏とも言えるかもしれませんね。
 この号で、「四百字のX」シリーズは一段落したようです。山野浩一さんの未収録小説は、まだまだ数があるのですが、次号をどうするかは検討中。ご意見・ご希望があれば、お寄せください。
 手前味噌で恐縮ですが、「SFマガジン」二〇一七年一〇月号には私の追悼文「ニューウェーヴは終わらない」が載り、「TH(トーキング・ヘッズ叢書)」No.72では、連載「山野浩一とその時代」が始まりました。
 また、「映画芸術」461号には、足立正生さんによる山野浩一さんの追悼文「強制送還された私の「社会復帰」に力を添えてくれた人」が載っています。新事実が沢山書かれており、お勧めできます。(岡和田晃)




(PDFバージョン:dousoukaix_yamanokouiti
 高校時代同級だったSが死んだと聞きましたので、葬式に出ました。古い友人たちに逢えてなかなか有意義な時間を過しました。帰りに一人になってから、ふと五年前にSが自殺したという話を聞いていたように思ったのです。しかし、むろん間違いでしょう。葬式があった以上Sはその前日まで生きていたはずです。そしてそのままそのことを忘れてしまいました。
 五年たちました。或る日新聞広告にSの死亡通知が出ていました。今度ばかりは同級生みんなが驚きました。さっそく出掛けていって確かめてみると、やはりSに間違いありません。

「鳥になりたい」高橋桐矢


(PDFバージョン:torininaritai_takahasikiriya
 トカゲが一匹、重くこわばった身体をひきずるようにして歩いていました。
「ああ、おれも死んでしまいたい」
 ときおり、苦しげなためいきをつきながら、それでもただひたすらに西へ向かいます。
 トカゲは、大事なつれあいをうしなったのでした。
 食事のときも、寝るときも、いつもずっと一緒だったつれあいを、河原で並んでひなたぼっこしていたとき、ヘビに食われてしまったのでした。
 ひとり残されたトカゲは、頭を石に打ち付け、爪が折れるほど地面をかきむしり、目がつぶれるほど泣きました。
 どれほど泣いても、つれあいと再び会うことは出来ないのだと知ったとき、その泉のうわさを聞きました。
 西の果てにあるという、その泉。

「林譲治超ショートショート集 1」林譲治

(PDFバージョン:chouss01_hayasijyouji
『赤ずきんちゃん』

「お婆ちゃんの手足はどうして毛むくじゃらなの?」
「この歳になるとね、人間体を維持するのはけっこう大変だからだよ」
「だったら、どうして私は、人間の姿なの?」
「大人にならないと変身はできないんだよ」
「あの猟師はどうして狼を狙ってるの?」

「暗闇から」飯野文彦

(PDFバージョン:kurayamikara_iinofumihiko
 昼前の気怠い時刻、玄関の呼び鈴が鳴った。
 宅配便で何かを注文した覚えもない。新聞の勧誘か町内会費の請求だろうと、やりすごした。ところが三度、四度としつこい。
 玄関を開けた。幼い少女が立っていた。
「君は?」
「うふふ」
 見覚えがない。家を間違えたのだろう。そう言おうとすると、少女は勝手に話しだした。
「ママと近くまで来たの。ママが教えてくれたんだよ、ここにいるって」
「いるって、誰が?」
 それには答えず、
「『いっしょに行こうよお』って言っても来ないし、もう帰るって言うから。あたし、ひとりで来ちゃった」
「君のママって?」
「さて、誰でしょう?」
 じっと少女を見た。年の頃なら、七歳ぐらいだろうか。やはり見知らぬ少女だ、思ったとき、ふと面影がだぶる。
「君のママって?」
「じゃあね」
 少女は答えず、走り去っていく。
「あ、待って」
 サンダルを引っかけて後を追ったが、すでに少女の姿はなかった。
 面影が。しかし――。

「X塔」山野浩一

(紹介文PDFバージョン:xtoushoukai_okawadaakira
 好評〈山野浩一未収録小説集〉の第五回は、シリーズもの。前回掲載された「箱の中のX」に続く、「四百字のX」第二弾「X塔」です。
 もっとも、原稿用紙一枚で「X」について書くというテーマを引き継いでいるだけで、作品としては独立しています。これを読んで、前作も読んでみるという読み方でも問題ないかと。
 「月刊タウン」2号(アサヒ芸能出版、一九六七年二月号)が初出ですが、この号は、山野浩一さんのお手元にも残っておらず、探し出すのに苦労しました。古書店にも、創刊号はわりと出ているのですが、2号はなかなかなく、東京マガジンバンクも架蔵は1号のみ。わずかに大宅文庫で読めるのみです。
 そもそも「月刊タウン」って7号までしか出ておりませんでした。当時としては、豪華な「PLAYBOY」といった具合の革新的な紙面でしたが。
 増田まもるさんの説では、こうした山野浩一さんのショートショートは、J・G・バラード「下り坂カーレースにみたてたジョン・フィッツジェラルド・ケネディ暗殺事件」(『J・G・バラード短編全集4』、東京創元社、二〇一七年)のような「濃縮小説(コンデンスド・ノベル)」として読むべきではないか、ということですが、その通りだと思います。(岡和田晃)




(PDFバージョン:xtou_yamanokouiti
 奈良県橿原市の小さな山に埋れた小さな円柱の塔が発見された。鮮やかな純白の塔であるが、一体いつ何の目的で作られたものか判らない。更に判らないのはその塔を作っている素材だ。石でもなければ土でもなく、また金属でもない。奇妙なその塔は発見された日から少しずつ崩れていくのだ。

「自白」太田忠司(画・YOUCHAN)

(PDFバージョン:jihaku_ootatadasi

 装飾など一切ない、真っ白な部屋だった。その中央に椅子があり、トリカはそこに座らされていた。
「なぜここに呼ばれたか、わかっているね」
 トリカの前に立つ栗原専務が皺だらけの顔をさらに歪めて言った。
「わかりません」
 トリカは明確に答えた。小さな顔には不釣り合いに大きな眼鏡越しに相手を見つめる。
「では教えてあげよう。我々は君の正体を掴んだのだよ。ずばり、君はファルム製薬のスパイだね?」
「いいえ。わたしはスパイではありません」
 彼女の答えは、やはり明確だった。
「嘘をつけ!」

「僕はまだ生きている。」伊野隆之

(PDFバージョン:bokuhamadaikiteiru_inotakayuki
 天井のライトを見上げながら、僕はいつからこうしているのだろうと考える。
 僕は死んでいるのだろう。動くことのない死体になって、安置された状態のまま天井を見上げているのかもしれない。だったら、僕の頭蓋骨の中の脳みそは、きっちりとぐちゃぐちゃにされているはずで、それでいてこうして考えているってことは、やっぱり霊魂がある証拠になる。だから、霊魂になった僕は、そのうちに天井に向かって上昇をはじめ、ベッドに横たわっている自分の姿を見下ろすことになるのだろう。
 ちゃんと死んでいて良かった。もし、誰かが僕を不活化していなければ、死体となった僕は、大きく口を開け、ウイルスまみれのよだれを流しながら、生の肉を求めてさまようことになっていただろう。そんなことになるより、こうして死んでいる方がよっぽどましだった。
 自分が死んでいると思うと、急に涙があふれてくる。天井のライトしか見えていない視界がぼやけてにじむ。

「クエスト」山口優(画・Julia)

(PDFバージョン:quest_yamagutiyuu

「こんにちは。マナミちゃんのママ」
 わざとらしく私をそう言って見つめ、リリカはにっこりと笑って目を細めた。
「――リリカ……」
 私は戸惑った。リリカと呼ぶべきか、リリカちゃんと呼ぶべきか。娘の友人として接するべきか、かつての親友――いやもしかしたらそれ以上だったかもしれない――として接するべきか、全てが分からず、混乱していた。
 私たち二人の間にできてしまった二六年という年齢差が、私とリリカの間に重く横たわっていた。だが、リリカはそんなもの存在しないかのように、ずんずん私に歩み寄る。
 そして、エプロンをした私の腰に、ぎゅっと華奢な腕を回した。
「会いたかった。ユミ」

「箱の中のX」山野浩一

(紹介文PDFバージョン:hakononakanoxshoukai_okawadaakira
 〈山野浩一未収録小説集〉の第四回目は、「月刊タウン」(アサヒ芸能社)の創刊号(一九六七年一月)に発表された「箱の中のX」です。
 写真をふんだんに設えた男性向けの情報誌で、「プレイボーイ」のようなアダルトな記事もあれば、ヴェトナム戦争の模様などもレポートされています。
 ここに掲載されたショートショートが、「箱の中のX」でした。二回目からは 「四百字のX」シリーズと銘打ち、「X塔」(二号、一九六七年二月)、「同窓会X」(三号、一九六七年三月)といった連載になっています。
 やはり目を惹くのは、手書きの見開きというレイアウトになっていることでしょう。

 原稿用紙一枚で何ができるか。
 興味深い挑戦で、こうした縛りでコンテストをやってみても面白いかもしれません。
 なお、コピーの際に中央の綴じ部分が読めなくなっているので、私が欄外に当該箇所を鉛筆で添えたものです。

 続報ですが、「数学SF 夢は全くひらかない」の初出が判明しました。川又千秋さんのニューウェーヴSF誌「N」の十一号(一九七一年四月頃、奥付がないので推定)でありました。
 もとは「プラネトイド」という名前でしたが、七号から「N」に改名し、十一号は「N」になってから五冊目。
 同じ号に大和田始さんの批評「造反無理・革命有罪」が掲載されています。

 なお、これにはちょっとしたこぼれ話がありまして……。
 岡和田が、まさにこの「造反無理・革命有罪」を調べている際、偶然、存在を知った原稿なのですね。それでコピーを山野浩一さんに送ったので、山野さんの遺品から出てくることになったわけですが、私はすっかりお渡ししたことを忘れてしまっておりました。でも、山野さんはちゃんと持っていてくださったのです。
 今になって、ようやく当時の様子が思い出されました。山野さんも、「数学SF 夢は全くひらかない」を書いた時期のことは、忘却の彼方にあったようでした。
 あまりにたくさんの資料を整理していたがためですが、お恥ずかしい限りです。

 ご協力いただいた、佐藤正明さん、林芳隆さん、三浦祐嗣さん、本間邦博さん、安田圭一さん、巽孝之さんに改めて感謝します。(岡和田晃)




(PDFバージョン:hakononakanox_yamanokouiti
 Kは会社にいる時も家へ帰ってからも、便所に入る時すら手放さない小さな箱を持っている。箱の中を誰にも見せず、尋ねると「Xが入っている」というのである。秘密にされるとよけい知りたくなるもので、会社の慰安旅行の時、同僚のMが眠っているKの枕元に忍び込んで箱の中を覗いてきた。ぼくはMに何が入っていたのかを聞いたが、彼も「Xだ」というのだ。いや、Mだけではない。よく注意してみるとラッシュの電車の中でも競馬のスタンドにも、小さな箱を大事そうに持っている人間はかなりいる。しかもぼくにはどうしても中身を見る機会が訪れなかった。いつか会社の中でも箱を持つ者がふえて、ぼくだけがとり残されていくように思える。遂にぼくはたまりかねて一番力の弱そうな男から無理に箱を奪い取り、そのまま便所の中に逃げ込んで中から鍵をかけた。そして、そっと箱を開いてみた。

「メーターの修理にきました」八杉将司

(PDFバージョン:me-ta-noshuurini_yasugimasayosi
 友人はぼくのことを「怖いもの知らず」とよく言う。
 その言葉だけならぼくが大胆不敵で勇敢な男のように思えるが、そんな格好いい話ではない。誰もが耳をふさぎたくなるほどの怪談を聞かされても、観客が思わず悲鳴を上げるホラー映画を観せられても、ぼくはまったく怖いと感じないのだ。恐怖の感情が乏しいどころかもはや欠落していることに、友人が皮肉で「怖いもの知らず」と言ったに過ぎない。
 でも、そんなことを言われる筋合いはなかった。ぼくは別にそれで困ることはないし、他人に迷惑がかかることもない。友人はつまらないだの、張り合いがないだの文句を言うが、知ったことではなかった。
「そんなおまえの性格が社会の役に立つぞ」
 バーで一緒に飲んでいた古くからの友人がそう言うので、ぼくは憮然と返した。
「大きなお世話だ」
「まあ、話だけでも聞け。俺が大学の神経科学の研究室にいるのは知っているだろ」
「ああ」
「うちの教授が実験の被験者を探しているんだよ。ただ変わった条件があって、それがおまえならぴったりなんだ」
「ぼくの怖がらない性格がか?」
「そうそう、それでな……」

「消えてしまったメッセージ」木本雅彦


(PDFバージョン:kietesimattamessage_kimotomasahiko
 特別支援学校の指導員という仕事をしていると、色々な子供に出会う。
 タケシは喋らない子供だった。
 小学三年生になっているが、喃語──いわゆる赤ちゃんが出すような言葉を数語使うだけで、発語は少なかった。せいぜい二語文が限界だった。
 それでも、身振り手ぶりや、マカトンという簡単な手話を併用することで、彼は周囲に意思を主張していたし、周囲も彼のことを、部外者が想像する以上に理解していた。友達にしろ先生にしろ、付き合いが三年にもなると、以心伝心という部分が出てくるから、当然とも言えた。
 僕が勤めている特別支援学校は、主に軽度から中度の知的障害の子供を受け入れている。軽度の知的障害というのは、だいたい知能指数が50から70程度の子供のことを指す。平均が100なので、普通を基準に考えればやはり低い。
 いくつかある知能検査や発達検査の方法に共通して言えるのは、言語能力が大きな割合を占めるということだ。たとえば指差した絵に書かれている動物の名前を言えるかとか、青い鉛筆はどれ? という質問に回答できるか、など。後者の場合は、青と鉛筆というふたつの属性が合わさったときに理解できるかという設問になる。
 僕は指導員なので、直接試験をすることはないが、試験の様子を見学することはある。その様子を見ていたり、結果の説明を聞いたりしていると、こういう試験で子供の成績というか知能指数の数値を測るというのは、難しいものだなと感じることがある。
 飛行機というものを理解しているけれど、発語できない子供の場合、これはなに? と聞かれると両手を広げてブーンとやったりする。彼は飛行機を理解しているのだが、それを言葉では表現できない。しかし彼にとっては、両手ブーンが言語の替わりなのだ。
 理解力だって意外にあるように思う。僕がタケシと関わっている範囲で感じるのは、多分この子は僕の言っていることをほとんど理解しているであろうということだ。だけど彼自身は言葉を出せないから、もどかしいだろうな、と。
 そんなことを心理士の先生に話してみたところ、
「日常生活での理解ってのは、その前後の流れや習慣や視覚情報から総合的に判断したりする部分が混ざってきます。色々な情報源から得られたものから彼は反応しているので、一見すると言っていることを理解しているように思うかもしれませんが、言語単体の理解力は検査結果として出てくる通りなのです」
 という答えが返ってきた。周囲が思っているほど、彼は「言語」を理解しているのではないというのだ。
 そうなのだろうか。
 そんな疑問を抱えながら、僕は今日もタケシと遊ぶ。

「数学SF 夢は全くひらかない」山野浩一

(紹介文PDFバージョン:yumehamattakuhirakanaishoukai_okawadaakira
 すでに、「朝日新聞」、「讀賣新聞」、共同通信、「日本経済新聞」、「東京中日スポーツ」等で訃報が流れたので、ご承知の方も多いと思いますが……残念ながら、二〇一七年七月二〇日、山野浩一氏は亡くなってしまいました。
 奇しくもこの日は、「SF Prologue Wave」で「自殺の翌日」が公開された日。日付が変わって更新を確認すると、すぐに山野浩一さんにお知らせしました。返事はありませんでしたが、「死滅世代」の反響には本当に喜んでいただけましたので、きっと(お気に入りの作品だった)「自殺の翌日」公開も確認されたものと信じています。「自殺の翌日」再掲が、山野浩一さんの生前最後のお仕事となってしまいました。

 「SF Prologue Wave」での〈山野浩一未収録作品集〉企画の今後についてですが、実は未収録作品は長短とりまぜ、少なく見積もっても二十五作品を超えた数があります。あまり湿っぽくなりすぎるのも山野浩一さんらしくないですので、ひとまず継続していき、そのお仕事を再評価する土壌を少しでも整えていければと思います。

 今回は、遺族のご依頼で私がお部屋の片付けを手伝ったときに発見した、ユニークなショートショート「数学SF 夢は全くひらかない」をお届けします。
 出典は不明なのですが(ご存知の方、お知らせください)、山野さんのお部屋から発見されたのはガリ版刷りのコピーでした。末尾に肩書として(筆者は宇宙塵同人)とあることから、SFファンジンの掲載作と思われます。
 「”話の特集”の「ピース・ホープ・ハイライト・セブンスター・いこい」につづいて懸賞小説第二弾」という記述を鑑みれば、おそらく一九七〇年頃の作品と推定されます。というのも「ピース・ホープ・ハイライト・セブンスター・いこい」は「話の特集」一九七〇年八月号に掲載された作品です。この号の「編集前記」には、山野浩一さんの顔写真と、「ショート・ショートの中から煙草の名前(日本専売公社発売のもの)を一番多く探し出した人10名に『NWSF(ママ)』誌を贈呈します。葉書にて話の特集編集部まで7月15日までにお寄せ下さい」とコメントが添えられていました。
 そう、ちょうど伝説の雑誌「NW-SF」が創刊された時期だったのです。「話の特集」同号の「編集メモ」には、「『NW-SF』誌(季刊・山野浩一単独編集)が創刊された。従来の空想科学小説としてのSFから自由な思考世界としてのSFへ脱皮しようとする意図によるもので、執筆者は山野浩一の他に種村季弘、平岡正明、河野典生、J・S(ママ)・バラード、相倉久人など。定価二〇〇円、送料50円、発行所は杉並区堀之内(編注:以下略)」と添えられていました。
 「数学SF」、「この作品の総和を求めよ!」という”読者への挑戦”がありますが……皆さん、おわかりになりましたか? 正解するとどんな賞品がもらえたのか、ちょっと気になってしまいますね。
 「SF Prologue Wave」の採録にあたって、企画・文字起こしは岡和田晃が担当しました。(岡和田晃)





(PDFバージョン:yumehamattakuhirakanai_yamanokouiti
 市がたつというので一番にやってきたのだが、位置を間違えたのか、いんちき情報にひっかかったのか遠い地のことで判らないが、いちに私の早合点があったようだ。いちいち捜してもいられない知人もいない血のつながった人間ももちろんだ。荷はどうにも重く、にこにこ笑ってもおれず、逃げだしてきただけに似顔絵などで人相がわれているやも知れず、日本中に身のおきどころのないおれには臭いすら気ずかわねばならないのだ。散々な目にあうのはもう三度目などで誰かさんなどにはかかわらず、三下ともつきあわず、さんすけや山椒売りをしながら退散時だけを見計らって、ゆっくり散歩もできない生活に参加してきたのだが、もう死などは怖いとも思わないが、しちめんどうなことはしたくなし、知ることすらさけて忍んでしくしく泣いて生きていくしか能はない。今となってはごろついていた年頃は午後堂々とごきげんになって歩き廻り、ごたくをならべたもんだが、ろくでもない人生だ。ろくろく生き方などというものを考えることはなしに、ロックなどを聞いて、心のドアのロックも忘れ、ついでに人生語録も失ったが、そんなものをトロク考えてきたため釧路くんだりまで流れてくるはめになったのだ。質屋通いをしていた頃はましちゅうもんだ、ナワバリの失地恢復のいいだすと、しちめんどうな手続きののち、結局はやり合ってどんどんぱちぱち、ばかもんばかりがはち合わせ、鉢巻まいて、八幡様におまいりしても、蜂の巣つついたようないちかばちか勝負にや同じこと、結局四苦八苦で生きのびたものの苦労をねぎらってくれるものなどない。喰うや喰わずで靴のすり切れるまで逃げてとうとう北海道。はるばるきたぜ釧路へなどとイキがってもいられない。いい時代は遠い昔、トウのたった身体じゃ出直しもできない。当分この商売続けなきゃ暮らせないのが当世ってものさ。街じゅう市のたつところを捜し廻って、ようやく獣医近くってのを聞き、十二時にやってきたが、はて、しじゅう荷を背負っているだけに今日中さんざん捜し歩くこともできず、苦汁始終なめ続け。十五、十六、十七とおれの過去は暗かったが、今じゃ暗かろうが明るかろうがどうたっていい、せめて市のたつ場所だけでも誰か教えてくれないものだろうか。

「春の光の遅ければ」青木 和

(PDFバージョン:harunohikarino_aokikazu
 筧の水の出が悪い。何か詰まっているかもしれない。様子を見てきてくれと女房のツタが言うので、仁吉は水を引き込んでいるもとの川まで、筧をたどって裏の山を登った。家の前で倅の太郎が遊んでいたので、声をかけて連れてきた。
 川まではほんの少しの距離だったが、かんじきには湿った重たい雪がこってりとまといついてきて、仁吉はすぐに歩くのに難儀するようになった。
 子供を連れてきたのは失敗だったかと後ろを振り返ると、太郎は、藁の雪靴しか履いていないというのに、まるで雪に足を取られることなどないかのようにさくさくと歩を進めていた。
 立ち止まってもたもたとかんじきの雪をはたき落としている父親を、五歳の小さな体が軽々と追い抜いていく。まとった蓑が大きすぎて、足の先しかのぞいていない。まるで蓑虫が歩いているようだ。
「お父う、遅せえぞう」
 蓑虫は、幼い声で生意気を言う。

「収穫の日」大梅 健太郎


(PDFバージョン:shuukakunohi_ooumekenntarou
 ある小山の中腹に、真っ白い直方体の外見をしたA研究所があった。その一室で綺麗に洗濯されたばかりの白衣をひるがえし、博士が言った。
「ついに、新しい発明を完成させたぞ」
 研究所の床拭き掃除をしたばかりで薄汚れた白衣に身を包んだ助手は、博士が手にもっている白熱電球のお化けのようなものを見て、ため息をついた。いつも博士は変なものを発明しては、助手に迷惑をかける。ついさっきも、金魚を空に飛ばす機械が故障し、あたりにぶちまけられた水槽の水を拭いていたところだった。
「また、わけのわからんもんをつくったのですか」
 ふふん、と博士はわざとらしく笑った。
「世界の園芸業界に新風を巻き起こす、画期的発明と言えるかもだぞ」
「金魚が空を飛んでも、観賞魚業界に新風は巻き起こりませんでしたよ」
 助手の言葉には返事もせずに、ちゃらららん、と博士は効果音を口ずさんだ。
「植物成長促進ライト!」
 スイカ一玉はありそうな電球を、博士は助手に向かって突き出した。むしろその形状が発明と言っても差し支えなさそうな感じだ。
「その馬鹿デカい、絶滅危惧種と言っていい白熱電球がですか?」

「自殺の翌日」山野浩一

(紹介文PDFバージョン:jisatunoyokujitushoukai_okawadaakira
〈山野浩一未収録小説集〉
 前回は原稿用紙四十八枚の中編「死滅世代」をお目にかけましたが、いかがでしたでしょうか。
 今回はうって変わって、ショートショートをお届けしたいと思います。こちらから読むのもいいですね。
 今回お届けする山野浩一氏の単行本未収録小説集は、「話の特集」(話の特集)一九七三年三月号に掲載された「自殺の翌日」をお届けします。プラトンの対話篇を皮肉ったような話の運び、切り詰められたロジック、全開のブラックユーモアが冴えていますね。
 面白いのは、この作品が「話の特集」当該号の表紙下部に全文が収まるようにレイアウトされていたことです。そのため、改行は完全に省略されています。
 山野浩一氏ご自身も、こうしたショートショートには愛着があった模様。「ピース、ホープ、ハイライト、セブンスター、いこいなど」が『鳥はいまどこを飛ぶか』(ハヤカワ文庫JA)に収められています。
 ちなみに翌「話の特集」一九七三年四月号には、小松左京のショートショート「オーバー・ラン」が掲載されており、レイアウトは若干異なるものの、これも表紙に全文が収められていました。
 ただし採録にあたっては、読者の便宜を考え、適宜改行を加えました。
 参考までに、表紙の画像をご覧ください(私の手元にあるものなので白黒コピーですが、表紙は本来フルカラーでした)。
 「話の特集」というユニークな雑誌とその文化圏については、矢崎泰久『「話の特集」と仲間たち』(新潮社)に詳しく、あわせて是非ご確認を。
 「SF Prologue Wave」採録にあたって、文字起こし、企画・監修ともに岡和田晃が担当しました。(岡和田晃)



(PDFバージョン:jisatunoyokujitu_yamanokouiti
「なぜあなたは自殺したのかね?」
「自殺なんかしていません。ごらんのように生きています」
「では昨夜このビルから飛び降りたのはあなたではないのかね」
「もちろんです。私は飛び降りていません」
「だが自殺死体があなたのものであることは、肉体的特徴と数人の証言によって証明されている」
「でも自殺した人間がこうして生きているはずはないでしょう」