カテゴリー: ショートショート

「AIと幽霊」大梅 健太郎


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 セミが鳴くことを忘れてしまうほどの猛暑の中、博士は研究所の機器の冷却に追われていた。
「冷房機器の更新を、昨年の夏のうちにしておくべきだったな」
 ホームセンターで購入してきた業務用の巨大な送風機を設置しながら、博士はぼやいた。あまりの猛暑のせいで、エアコンはどこのショップでも品切れ状態となり、最速の納品でも半月後と言われてしまっていた。
「今年の夏の高温は、まさに異常です」研究室の真ん中に据え付けられた、ドラム缶のような円柱形のロボットがため息をついた。「いかに優秀な私といえど、昨年の夏の時点で予測することはできませんでした」
「SOWAKAはまだ昨年の夏には存在してなかっただろ」
「だから、できなかったと言ってます」
 ウィーンと機械音が鳴り、ぺろりと舌が出た。ため息機能と、テヘペロ機能。こんなものを人工知能SOWAKAの外装に付ける時間と金銭的余裕があったのならば、昨年のうちに最新式のエアコンを購入しておくべきだったと、博士はため息をついた。
「この暑さはどれくらい続きそうなんだ」

「後継者たち」伊野隆之

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 朝、目が覚めると、久しぶりに自分の体を実感する。今回は三ヶ月近くになる。僕のようなシェアボディの数は限られているから、どうしても退屈な待機期間は長くなる。ベッドの中で寝ている間にこわばった体をほぐしている今の僕は、自分の体をアップロードたちに貸し出している傍観者ではなかった。
 ベッドから起きるとシャワールームに向かって歩き始める。歩行の際の平衡感覚は、体が覚えている。久しぶりでも戸惑うことはない。フローリングの床の感触を足の裏で感じながら、今日こそは上手くいくだろうかと考えている。
 まだ朝七時だ。冷たいシャワーを浴びると頭がはっきりする。アップロードたちは、僕の体を丁寧に使っているから、体調はいい。アップロードたちに貸し出された僕の体は、いつもいいものを食べ、適度な運動をしている。一日の摂取カロリーとカロリー消費のバランスの維持が僕の体を使う際の条件になっているから、おいしいものを食べる経験をするためには、ちゃんと運動をさせるよりない。もちろん、無理をさせることも禁止しているから、疲れが残るようなこともない。適度な食事に適度な運動、必要なケアを欠かすこともないから、僕の体は至って健康なのだった。
 髪を乾かしていると、僕が起きたことに気がついたのか、シェリーがすり寄ってくる。茶色の短毛で、ミックス。放棄された市街地で拾ってきたやせっぽちの子猫は、この家に住んでいる八年の間にでっぷりと太った立派な雌猫になっていた。
「そろそろダイエットだよな」

「花嫁」立原透耶(画・YOUCHAN)

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 ある娘が神に愛された。娘は神を畏れつつも、強く魅せられた。その娘はたいそう美しかったから、あちらこちらで評判になり、ついにある金持ちの跡取り息子に見初められた。
 村人たちは、娘は神の嫁になるのだと断ったが、目の前に大金を積み上げられ、誰も断る言葉が喉から出てこなくなった。娘の両親も、神よりも金持ちの人間に嫁げ、と娘を諭した。
 娘は少しずつ一族の刺青を彫り始めていたが、これも中断された。金持ちの息子は内地からやってきた一族で、娘たちとは種族が異なった。彼らは娘の白い肌、柔らかい手触りを好んだ。刺青を嫌っていた。それで娘は、ほとんどの刺青を断念し、手の甲に少しだけ彫ったまま、嫁ぐことになった。
 刺青がなければ、死後に一族の者がわたしを見つけてくれるかしら、と娘は壁にかけられた花嫁衣装を眺めながら涙をこぼした。

「天使と孔子」片理誠

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《顔認証、完了。あなたをサトウ・サトル様と認識しました。国民ナンバーは、JXAAZB―02150―91542245―253。花山市へようこそ。訪問の目的をお聞かせください》
 独立支援特区を出るなり、〈天使〉が頭上に飛んできた。直径二〇センチほどの碁石のような形をした、ドローンと呼ばれる無人機。全体が光沢のある白色をしている。本体からは四本の細いアームが突き出ており、そのそれぞれの先端では小さなプロペラがプーンと可愛らしく回転している。この回転翼が生み出す揚力によって、ああしてホバリングをしているわけだ。
 その姿を私は感慨深く見上げる。
〈天使〉は独立支援特区にはいなかった。これは高度な市民サービスであり、そのシステムの維持運営にはかなりの費用がかかる。要独立支援者ばかりが集められている独立支援特区は税制面で様々な優遇措置がとられている反面、こういった高級な行政サービスとは無縁な地区なのだ。
 だが、今日からは私も〈天使付き〉の身分だ。やっと国の要独立支援の認定が解除されて、晴れて独立支援特区から出られることになったのだ。十年かかった。

「チュティマの蝶」伊野隆之

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 チュティマ=ウィッタラパヤットは、バンコクのリバーサイドにあるホテルの中庭にいた。植え込みの中に目立たないように置かれた椅子に座り、手にしたタブレットの七インチの画面を見つめている。
 画面の中に映っている着飾った人々とは対照的に、彼女は黒い髪を後ろで縛り、地味なスーツに身を包んでいる。ここで、彼女自身は目立つ必要がない。目立つべきは、新郎と新婦であり、彼女が作り出した蝶だった。

「背中の神様」青木 和

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 ──サイッテーだ。
 俺は、鼻先にぐりぐりと迫ってくる黒い塊に向かって、口の中で呟いた。
 本当はもっと大きな声で言いたいのだが、どうせ伝わりやしない。塊の持ち主は両耳にごついヘッドホンをかけ、スマホの画面に夢中になっている。街中でヘッドホンをしている連中の中には、キャッチセールスやビラ配りよけに無音のヘッドホンをポーズでかけている奴らもいるが、こいつのはガチだ。シャカシャカと音漏れがしているし、スマホの画面はアクションゲームだった。
 いや、こんな奴はヘッドホンがなかったところで背後からの声に気づいたりなんかしないだろう。そうでなければ、芋洗いのような満員電車の中で、背中にリュックサックを背負ったままゲームなんかしない。
 そいつは俺より少し背の高い、そして少し若い──おそらく学生──の若い男だった。いったい何が入っているのかパンパンに膨れたリュックのせいで、専有面積が体の厚みの倍ほどになっている。
 ホームで電車を待っている俺の隣にこいつが並んだときから嫌な予感がしていたが、あいにく的中してしまった。今車両の中でこいつは俺の真ん前に立ち、俺はリュックと抱き合う格好で向かい合っている。

「イサソ=ユガシアムの新刊」八杉将司

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 親はこの世の娯楽が大嫌いだった。
 特に幼いぼくが好みそうな娯楽には憎悪を抱いていた。自分の息子を毒する害悪でしかないと考えていたようだ。
 だから携帯ゲームはもちろんテレビも家に置かなかった。音楽やラジオを聴けるオーディオもない。映画館など劇場にも一度だって連れて行ってもらえなかった。
 漫画も絶対に買ってくれなかった。外で拾ってこっそり持ち帰った漫画雑誌を見つけられたときは、即座に破り捨てられ、児童相談所に通報されてもおかしくないような厳しい折檻を受けた。
 小説も同様だった。児童書やライトノベルがぼくの目に入ることを嫌って、本屋に立ち入ることさえ禁じてしまった。学校の図書室に行けばいくらか娯楽作品も読めただろうが、漫画が見つかったときの罰がトラウマのようになっていたので怖くて近寄ることもできなかった。おかげで小説なるものは長らく国語の教科書に載っている話しか読んだことがなかった。
 ところが、中学に入学したとき、ネットと繋がった電子書籍リーダーを与えてくれた。

「夢見るチンピラと星くずバター」八杉将司

(PDFバージョン:yumemirutinnpirato_yasugimasayosi
 昭彦は畳に転がって、古臭いブラウン管のテレビを見ていた。
 地デジチューナーを取り付けた小さなテレビの画面には、上下に黒帯のつく狭苦しい横長の映像が映っていた。タレントが流行のイタリアン・レストランのカルボナーラを食べてレポートしていたが、画質が荒すぎて説明がなかったら何を食べているのかよくわからなかった。
 部屋のドアがノックされた。昭彦が返事をためらっていたら、乱暴に何度も叩かれた。古い簡易宿泊所の安っぽいドアなので、それだけで蝶番が壊れそうだった。
「俺だ。昭彦だよな。開けろ」
 昭彦は太った体を起こしてドアを開けた。背の高い男が顔をしかめて立っていた。
「兄貴、ドアが壊れる」
 兄貴こと和志はため息をついた。
「探したぞ。苦労させやがって」

「Utopia」川嶋侑希+岡和田晃

(紹介文PDFバージョン:utopiashoukai_okawadaakira
 〈「ポップカルチャー論」学生優秀作〉の第3回は、川嶋侑希+岡和田晃「Utopia」です。
 これまでの「赤との混色」および「キュイジニエの旅」は、2016年度の学生優秀作ですが、今回ご紹介する「Utopia」は、2017年度の履修生の手になる作品です。
 2017年度に集まった学生作品の傾向としては、ワークショップで用いたRPG作品の世界観に準じた作品ではなく、むしろ、そこからインスパイアされつつも、シェアード・ワールドではない、独自の世界観を構築しようという意識がまま見られたことです。
 2016年度は、ファンタジーRPGの古典である『トンネルズ&トロールズ』完全版や、カードゲーム『ブラックストーリーズ』等を用いたワークショップを開催してみましたが、この「Utopia」は古典的なファンタジーRPGのガジェットを用いながらも、あえてスペース・オペラの舞台設定を導入した野心的な試みです。サイエンス・ファンタジーですね。
 むろん、「トンネル・ザ・トロール・マガジン」Vol.2の拙稿「T&TとSFの意外な関係」に見られますように、T&Tのような古典的なRPGはSFとは切っても切り離せないような深い相互影響関係があります。
 なお、「ポップカルチャー論」のレポートでは、作品の一部を切り出し、その光景をスケッチするようなスタイルでも作品として認めています。自然主義文学の創作訓練として、日常の光景をスケッチするという練習方法がありますが、それはSF・ファンタジーやRPGといった、首尾一貫した世界観の提示が求められる作品においても成り立つものと思います。
 問題は、作品を通して、首尾一貫した世界観をどのように表現していくかという点にこそあり、全体のイメージに強度があるならば、細部のみでも魅力は伝わるはずですから。「Utopia」もそのようなタイプの作品で、ここからどう展開するのか、続きが気になってしまいます。
 「SF Prologue Wave」掲載にあたっては、ハイ・ファンタジーとスペース・オペラをうまくマッチングさせるべく、岡和田が補作を行いました。(岡和田晃)




(PDFバージョン:utopia_kawasimayuki
 ――そのためなら、なんでもしてやる。
 セイラの心には複雑な感情が渦巻いていた。激しい欲望が希望と混交しているのだ。その思いは旅が始まる前も、今も、そしてこれからも変わることはない。第一の目的地である〈情報街(ビット)〉を前にして、彼女の興奮は、疲れも吹き飛ぶほどの域に達していた。
 深呼吸してから、もう一度、街の入口にある門を眺める。その向こうに、いくつかの建物と人影が見えた。この街での目的は、計画に必要な情報収集だ。
 しかし、ここまでたどり着くのに、すでに随分時間がかかっている。エルフの森の隅で禁じられた扉を開けたのは、何日前だったろう。もう何ヶ月も経ったかに思える。
 ――あぁ、みんなの心配する顔が目に浮かぶ。お爺様が上手く説明してくれているはずだ。ごめんね。
 背負い袋から〈妖精(エルフ)〉の森で汲んでおいた〈水筒〉を取り出し、僅かに口に含む。〈水筒〉は〈三人目〉に手を貸してくれた老人からもらった。不思議な仕組みで、飲み干しても新たに湧いてくる。これさえあれば、飲み水の心配はいらないだろう。
 高まる心を落ち着かせて、セイラは街に足を踏み入れようとしたが、肝心のことを忘れていた。
 街の手前まで道案内をしてくれた〈九人目〉の老人が、詩のように歌った忠告が頭をよぎる。

 この街に入りたいなら
 嘘は置いて来ることさ
 嘘を見破る者たちに
 追い出されては宿もない
 説明できない虚飾は取り去り
 能弁すぎる口は閉ざせ
 旅人たちはみな寡黙
 思い出にすら嘘はつけない

「どっちもどっち」大梅 健太郎


(PDFバージョン:dottimodotti_ooumekenntarou
 ちゃぷちゃぷという、水の音がする。目を開けると、僕は水の張られた透明な容器の中にいた。小さな部屋に置かれたガラス張りの棺桶、といった感じだ。小部屋にはぼんやりとした照明がともっているが、暗い。自分の身体を見て、丸裸であることに気がついた。
 棺桶の天井を押してみるが、びくともしない。コンコン叩いていると、小部屋の照明が明るくなり、女性の声が聞こえた。
「無事に、起動しましたか」

「わたしが…」飯野文彦

(PDFバージョン:watasiga_iinofumihiko
 彼がはじめてわたしの部屋を訪ねてきたのは、一年と少しばかり前、去年の桜が散りかけた頃のことだった。当のわたしはというと、花見とはまったく無縁の生活を送っていた。
 それより半年ほど前から、やっとこのこと採用されたファーストフード店で、パートをしていた。

 ――あなたは、調理だけを担当して。
 面接を受けたとき、マネージャーに言われた。それが採用の条件だった。客前には出せない容姿の女、それがわたし。差別だと騒いでも、一銭にもならない。かえって惨めさを増すだけだ。経験上、嫌というほど知っている。

 調理を担当をしても、ヘマばかりで、パートの時間は削減された。当然のごとく、給金も減る。元より生活はそれ以上切りつめられないレベルまで下げていたため、どうやってやりくりしていくかばかりが、重くのしかかっていた。
 別の働き口を増やすか。少しばかり景気が良くなったと世間では言っているけれど、わたしのように学歴も技能も持たず、何より醜い女は、やすやすと仕事など見つからない。それ以前に仕事を増やしたら、身体が持たない。
 子どもの頃から決して丈夫ではなかった。ファーストフード店の仕事だけでも、アパートに戻ると、小槌で全身をくまなく叩かれたようで、何もできず、ひたすら回復を願って、横になるしかなかった。
 あの晩も、そうだった。片づけものをしなくては、風呂にも入らなくては、と頭で思いつつも、どうにもこうにも疲れは痛みとなって身動きできず、横たわっていたのだった。

「キュイジニエの旅」藤田莉+岡和田晃

(紹介文PDFバージョン:kyuijinienotabishoukai_okawadaakira
 「赤との混色」(葉月雨音+岡和田晃)に続く〈「ポップカルチャー論」学生優秀作〉の第二弾は、「キュイジニエの旅」です。
 これは、幻想世界ユルセルームを舞台にしたロールプレイングゲーム『ローズ・トゥ・ロード』(門倉直人、二〇一〇年版、エンターブレイン)を用いたワークショップ(ゲームセッション)に基づいて書かれた小説です。
 ただし、オリジナル・デザイナーの許可を得て、岡和田晃が作成した簡易版『ローズ・トゥ・ロード』を、実際の講義では使用しています。
 『ローズ・トゥ・ロード』については、拙著『世界にあけられた弾痕と、黄昏の原郷』(アトリエサード、二〇一七)および「図書新聞」二〇一七年一〇月二八日号に掲載された門倉直人氏との対談「文学としてのゲーム研究」をあわせてご参照ください。
 「キュイジニエの旅」は、『ローズ・トゥ・ロード』を用いたワークショップのリプレイ小説として書かれたもので、グルメ本からとったと思しきネタを、ファンタジーにうまく融合させている意外性を評価しました。
 また、文章力は高く、採録にあたっても最低限しか手を入れずに済みました。
 なお、簡易ルールを以下に明記しておきます(プレイにあたっては、『ローズ・トゥ・ロード』のルールブックおよび各種シートが必要です。ここには本小説を理解するために必要な、最低限の情報のみ記してございます)。(岡和田晃)


■ワークショップ用『ローズトゥ・ロード』(二〇一〇年版)簡易ルール Ver2.0

(デザイン:岡和田晃)

 『ローズ・トゥ・ロード』では、プレイヤー演じるキャラクターは中世ヨーロッパ風の幻想世界ユルセルームに生きる「魔法使い(逍遥舞人アムンマルバンダ)」になります。門倉直人「ホシホタルの夜祭り」や「グンドの物語」のような世界です。アーシュラ・K・ル=グウィン『ゲド戦記』に登場する魔法使いのイメージによく似ています。
 逍遥舞人アムンマルバンダは、混沌の呪縛で不安に揺れる地を「自らの旅を通じて安堵」させていく、特殊な魔法使いです。「混沌から言葉や旋律などの「意味」を分かち、それにより詩歌や舞踊や物語などを生み出して、世界に「より見えやすい風景」を与え、鎮めていく……。そんな魔法を使う旅人と言い換えることもできるでしょう」(門倉直人)
 いわゆる一般的に連想されるRPGとは異なり、レベル・ダメージ・ヒットポイント・マジックポイント等の数値的な要素はありません。参加者相互の勝ち負けもありません。協力して物語を紡ぐのが目的です。
 ワークショップでは、二人一組でペアになり、一人が魔法使いに、もう一人が語り部を演じます。魔法使いはキャラクターを作り、語り部はマップとシナリオを作って実際のゲームを主導します。
 特殊なのは、魔法使いが使用するキャラクターシートに埋めるステータスや、冒険マップ&シナリオ背景シートに埋める「風景言葉」を、原則的に「言葉決め」によって抽出することです。
 この「言葉決め」は、ルールブックに載っている表、ないし手持ちの本の好きな箇所を指さし、ランダムに言葉を抜き出すことで得られますが、二つの言葉をくっつけて造語することで、思いもよらない言葉を生み出すこともできます。
 また、ワークショップで用いた冒険マップシートの舞台になる村は、「混沌の呪縛」に侵されています。村は一三箇所の「場所」によって構成されています。そのうち三つの「場所」に、「混沌の呪縛」による悪影響が具体的に入り込んでいるのです。それがどのようなものかも、また「言葉決め」で決定されるのです。
 「混沌の呪縛」によって三箇所に生じた具体的な影響や原因、真相もすべて、想像力を働かせてユーザーが作成します。そして、混沌の呪縛を生み出した真相を解決するには、「魔法風景」を放たねばなりません。「魔法風景」は、逍遥舞人アムンマルバンダが旅の過程で獲得していきます(後述)。
 魔法使いと語り部は対立する立場にはなく、協力して物語を紡いでいきます。ワークショップ内で「混沌の呪縛」をすべて解き放つことができれば、魔法使いと語り部は「勝利」したことになります。逆に、時間内に「混沌の呪縛」のすべてを開放して真相を解き明かせなければ、魔法使いも語り部も「敗北」します。敗北したら混沌が広がり、ユルセルーム世界は滅亡します(!)。
 語り部が許可すれば、冒険マップシート内の好きな場所へ行くことができます(マップの外には出られません)。マップの具体的な箇所で何が起こるのかを想像し、語り合って互いにコミュニケーションを進めてください。
 なお、あらゆる最終的な決定権は、語り部にあります。
 魔法使いは、自分のステータスにあるいずれかの風景言葉と、語り部が設定した「混沌の呪縛」の効果を、想像力と話術で一致させることができた場合、魔法を発動させて、汚染された場所を「透色(すきいろ)」に変えることができます。一致できたかどうかは、語り部が決定します。なお、魔法使いはそれ以外の能力は、普通の人間と変わりません。
 透色になった「混沌の呪縛」は、「魔法風景」として魔法使いのうちに取り込まれます。(なお、取り込んだ「魔法風景」は、クエスト目的を解決するために、語り部が許可すればいつでも解き放つことができます(効果は語り部が決定します))




(PDFバージョン:kyuijinienotabi_fujitarei
●プロローグ

 今、この世界では三つの災厄が起こっている。
 牧草地での喪失の日々。魔女住まう森での呪詛と悪疫。乾き知らずの湿地での果てしない砂。これら三つの災厄を解決するのが、これからの物語の内容である。
 その者は、虫食いの牧草地にいた。この地で起きている、喪失の日々を解決するためである。名は、キュイジニエ。一部の人々には、即席の(インスタント)キュイジニエとして知られている旅人である。髪はぼさぼさで、前髪で両目が隠れている。食べ物に対しての関心が強く、他のことについてはあまり興味を示さない青年だ。
 彼はこの世界の絶品を食べ歩く旅をしていた。その旅の中で訪れたコルメスという交易の町で、三つの災厄についての話を耳にする。災厄によって世界中の食材が危機にさらされていることを知った彼は、食材を守るために災厄へと立ち向かうことを決意した。そうして彼は、きらきらと輝く脂ののった牛肉が絶品として知られる、虫食いの牧草地で起こっている災厄、喪失の日々の解決に向かったのである。

「ハッピーと僕(ドローン)」伊野隆之(作・絵)

(PDFバージョン:happiitoboku_inotakayuki
 どうしてこんなことになったんだろうと悔やんでも、どうしようもない状況は、やはりどうしようもないのである。
 深い藪の中で、見えているのは狭い空と時折よぎる白い雲、それに周囲の背の高い草ばかりだった。墜落時のショックによるものか、通信システムと慣性誘導装置は壊れているし、四機のローターのうち、破損していないはずの二基もまともに回らない。自己修復機能があればいいのだが、残念ながら僕はそのような仕様にはなっていない。ただ救助を待つよりほかにないのだった。
 基地からの距離は八十キロ程度で、そう遠くはないが、未踏の惑星に道はない。簡単に救助に来てもらえるとは思えなかった。
 突然、周囲の草ががさついた。身動きができない状況では逃げ出しようもない。音のする方向に視覚ユニットを向けると、視野の隅に生物採取用ロボのハッピーが姿を現した。
 特徴的な鼻面には無数の細孔があり、空気中を漂う微量成分をトレースできる。四足の犬型をしているのは、踏破性を向上させるとともに地面近くのにおいを効率的にかぐためだった。においは、地上で生物サンプルを探すための有効な手がかりなのだ。
「おまえは無事だったみたいだな」

「丘の上の白い大きな家」山野浩一

(紹介文PDFバージョン:okanouenosiroiookinaieshoukai_okawadaakira
 好評いただいている〈山野浩一未収録小説集〉、少し更新頻度を落としておりましたが、今回は「丘の上の白い大きな家」をお披露目いたします。
 この作品は、なんと「週刊新潮」(新潮社)の一九七〇年九月二十六日号に発表されたもの。
 12人が描く“SFと住まい”と題された企画の一環です。
 あの辰巳四郎さんによるイラストレーションも添えられていました。豪華ですね。
 大手週刊誌という、桁違いに読者数の多い媒体に発表したためか、前半のフックが読者を引っ張ります
 大統領と電子頭脳に関する会話は、明らかに「レヴォリューション」(「SFマガジン」一九七〇年一〇月号)に共通しますね。発表時期も近いことですし。並行して書いていたのではないかと推測されます。
 オチもなかなか皮肉が訊いていて、なぜ「大きな家」が「白い」のかというと、「ホワイトハウス」だからではないかというのが、私の見立てです。(岡和田晃)




(PDFバージョン:okanouenosiroiookinaie_yamanokouiti
「ねえ、大統領ってなに?」子供が尋ねた。
「大統領かね」父親はいって、言葉をつまらせた。
「偉い人なのよ」母親が横からいった。
「どうして偉いの?」子供はいった。
「とても重要な仕事をしているからよ」
 母親はいう。
「どういうお仕事?」子供は尋ねた。
「政治さ」父親はいった。
「政治って?」
「みんなが楽しく生活できるような社会を作るために、いろんなことをしているんだ」
「いろんなこと?」
「つまり、宇宙を開発して資源を豊かにしたり、空気が汚れないために工場を街から離れたところに移したりするんだ」
「じゃ、宇宙飛行士とかトラックの運転手と同じ?」
「そうじゃない。そういうことをするように命令するんだ」
「命令くらいぼくにもできるよ。ぼくロボットにいつも命令しているもん」
「命令するだけではない。つまり……」
 父親は再び言葉をつまらせた。
「つまり、どういう風に宇宙開発をするかってことを決めるのでしょう」
 母親が助け舟を出した。
「そうだ、……いや、決めるのは電子頭脳だ。様々な調査結果をもとに、いかなる方法で宇宙を開発するかという判断を下すのは電子頭脳の仕事だ」
「じゃ、その電子頭脳を動かすのが大統領なの?」
「いや、それは技師の仕事だ」
「それなら、やっぱり命令するだけ?」
 子供はいった。
 今度はしばらく父親も母親も喋らなかった。
「そうね……」

「銀紙飛行船の旅」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 満月は今夜。
 モトキは準備を整えていた。今日は眠いからと両親に言って早めに自分の部屋に引き籠もり、すぐにパジャマを着替えた。隠しておいたリュックには水筒とスニーカーとスケッチブック。もちろんクレヨンも入っている。
 モトキの部屋は二階にある。窓を開けベランダに出ると、手摺りがうっすらと青い光に濡れていた。
 顔を上げると、まんまるな月が地上に光を注いでいる。四月の夜風は、まだ寒かった。
 空を見上げたまま、モトキは待つ。
 本当に来るだろうか。約束、守ってくれるだろうか。
 不安と期待がない交ぜになった気持ちで五分、十五分、そして一時間。実際は数分だったかもしれない。でもモトキには長く感じられた。
 やっぱり来ないのか、と少し落胆しかけたとき、それが見えた。

「ケントのマカトン」木本雅彦


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 ──ええ、はい、マカトンです。マカトン……ご存知ですか? そうですか。ひとことで説明すると手話の簡単なものです。言語能力が未発達な児童との意思疎通に使います。特別支援学校や療育施設で使われることが多いですが、すべての指導者が使えるというものでもありません。
 手話から引用しているサインもありますが、手話とは違います。だけど見た目は手話に似ているでしょう。しかし音声による言葉と併用することが多いです。発語や音声理解が遅れている子供に向けて使うので、この意味とこの言葉が結びついていることを教えることが大事なのですね。
 これからお話することは、このマカトンについての体験です。マカトンを知っている必要はありません、大丈夫です。手話のようなものを補助的に使って会話しているのだなと理解してください。

 ──私が勤務する支援学校では、意思疎通の補助的な道具として、マカトンを使います。職員のほとんどが簡単なマカトンを使えますし、保護者向けにマカトン教室を不定期に開催しています。子供たちの、そうですね……三割程度は発語に難があるので、表現の方法としてマカトンを使います。ある程度喋れる子供でも、聴覚より視覚が優位な子供がいるので、そういう子に指示を伝える場合なども、言葉とマカトンを併用することが多いです。
 マカトンは、もうひとつの言語と言ってもいいと思います。

「X橋」岡和田晃

(紹介文PDFバージョン:xbasishoukai_okawadaakira
 平田真夫さんの「都市伝説X」は、山野浩一さんの「四百字のX」のなかでも、「箱の中のX」を下敷きにしているのではないかと、先だって私は書きました。
 これを読んで刺激を受け、「X塔」や「同窓会X」の構造も創作的批評という形で応答できれば、面白いのではないかと思いました。そこで書いてみたのが、「X橋」です。

 先回りして解説しますと……「SF Prologue Wave」の編集長・片理誠さんの指摘によれば、「同窓会X」は、シリーズで唯一、本文に「X」が出てきません。
 「X」が私という存在の空虚さを象徴する記号だとすれば、それが無限に増殖していき、あたかも怪獣がごとく国家を困らせるのが「X塔」でありました。
 そこで、「同窓会X」に倣って本文に「X」を登場させず、「X塔」とは異なる方向性にできないかということで、「X橋」を考えてみました。保田與重郎やゲオルク・ジンメルを引くまでもなく、橋は社会と個人とをつなぐものですから。なお、「同窓会X」で「S」が出てくるのは、フロイトの「エス=Es」を含意しているのかもしれません。存在の不安。というわけですね。
 オマージュとしての出来は、平田さんの「都市伝説X」の方がはるかに上かと思いますが、「X橋」をお読みいただければ、「四百字のX」がやろうとしていたことが、よりはっきりと見えてくるのではないか。そう愚考する次第です。(岡和田晃)



(PDFバージョン:xbasi_okawadaakira
 ――山野浩一氏、平田真夫氏への応答として

 そぞろ歩いていたところ、噂に聞いた橋を見つけた。渡らず橋の呼称にふさわしく、大雨が降ると流されたりもしたようだ。橋の上を歩く人影は見当たらない。遠巻きには木造に見えたが、確かめてみると鉄筋で出来ていた。いや、角度によっては奇妙な光を放ち、未知の金属のように見えなくもない。飛び跳ねてみると、吊り橋のようにグニャグニャと揺れた。端から歩いてみたところ、ふと意識が薄れ、気づけば何時間も経っていた。図書館で由緒を調べてみたが、どこにも記録はなく、名前一つ付いていない。台風がやってきた。避難警報が出ていたが、無視して外に出る。あの橋が見えた。増量を重ねた川の水が橋を呑み込む。次の瞬間、何もなかったかのように橋は元通りとなっていた。なるほど、私はすべてを悟った。

「別れの日」青木 和

(PDFバージョン:wakarenohi_aokikazu
 鳥の羽音を聞いた気がして目が覚めた。
 車椅子のヘッドレストから頭を起こし、窓の外に目を向ける。が、ガラス越しに差し込んでくる日の光の眩しさに目が眩み、早々に鳥を探すのを諦めた。
 やがて体をまっすぐ立てていることに疲れて、ぼくは再び車椅子の背にもたれこんだ。ここ数日の間に目に見えて体力が落ちた。何をするにも、カタツムリのような速度でしか反応できないし、とろとろと眠りこんでばかりいる。
 だが、ある意味それはありがたかった。今の自分の状態を、これから自分に起きることを、深く考えなくてもすむからだ。
 ぼくは室内に視線を移した。熱帯の花をかたどったデザインの、ボイルレースのカーテン。ソファ、テーブルクロス、どれも薄緑を基調にした落ち着いた色合いで、パインの床によく合っている。出窓に並んだサボテンの鉢植えが可愛らしい花をつけていた。
 明るく居心地のいい居間。慣れ親しんだこの部屋をぼくは今日あとにする。そしてもう戻ってくることはない。
 この部屋で妻と過ごした八年間を思うと、不覚にも涙がにじんできた。ぼくは襟元に巻いたコットンのマフラーを取り上げて、目頭を拭った。こんな顔を妻に見せるわけにはいかない。
 マフラーを元に戻し終わったところで、妻が入ってきた。
「お義母さんに連絡してきたわ」
「ん」
「気分はどう?」
「そんなに悪くないよ」
「よかった」
 微笑む彼女の目も赤くなっていたが、ぼくは気づかないふりをした。妻とは何度も話し合い、互いに涙を流し、そして今日という日を穏やかに迎えようと決めたのだ。

「愛の行方」大梅 健太郎


(PDFバージョン:ainoyukue_ooumekenntarou
 少年は、配られたばかりのカードと説明プリントを眺めながら、隣の席の友人に言った。
「プリントの内容が意味不明すぎて、結局このカードで何をすればいいのかが、ちっともわからん」
「一昨年はロボットを作ったって、兄ちゃんから聞いたんだけどな」
 不服そうに、ペンでコツコツと机を叩く。友人の二歳年上の兄は、中学校の入部したばかりの電気工作部で、楽しい毎日を送っているらしい。
「はい、みんなこっち集中」
 教卓に立った女の先生が、ぱちんと両手を打った。
「これからみんなには、プログラミングをしてもらいます」
 教室に、期待に満ちた声と不安げなため息が交錯する。
「先生、パソコンやスマホも無しにプログラミングなんてできません」
 クラスで一番勉強のできる、生意気メガネが文句を言った。
「そのとおりだね」先生は、後ろに束ねた長い髪をひと撫でして言った。「でも、プログラミングにそんな機械は必要ありません」
 なんだそれ、と友人がつぶやいた。少年も同じことを思った。この先生は理科や算数を教えるのがヘタクソだ。きっとブンケイに違いない、と友人と少年は、よく陰口を叩いていた。
「みんなの手元に配ったカードには、命令カードと動作カードがあります。これらを組み合わせるだけで、プログラミングすることができちゃうんですよ」
 得意げに先生はカードを突き出した。
「できちゃうんですかぁ」
 友人は、気の抜けた声で言った。
「これで、できちゃう、の?」
 少年はあきれながらも、もう一度プリントを読んだ。
「たとえば、気温が十五℃を下回ったとき、センサーがそれを感知して、便座のヒーターのスイッチが入るような指示を考えて、カードを組み合わせてみてください」
 少年は先生の言うとおり、便座のスイッチについて、カードを並べてみた。
「さらに、深夜の節電を考えて、どれくらい使用されなければヒーターをオフにすればよいかを検討して、指示を作ってみてください」
 言われるまま、流れを組んでいく。
「ちょっと面白くなってきた」
「そうかぁ?」
 少年の言葉に、友人は愛想無く答えた。
「はい。今日はここまで」
 先生の言葉で、少年はカードの配置をやめた。
「これで、みんなが思う最高の全自動トイレについてのプログラミングが完成しました」
 少年はまんざらでもない気分になった。我ながら良い出来だと思う。
「みなさんが大人になる頃には、人工知能が著しい発展を遂げているはずです。さまざまな仕事をコンピュータが人間の代わりにやってくれることになるでしょう」
 友人が、フンっと鼻を鳴らした。
「ここでみんなに伝えたいのは、どれだけすごいプログラムも、人間が作ったものであるということです」
 そういうもんかな、と少年は思った。


「その先生の言うとおりになってるじゃないですか」
 青年の向かいに置かれた、円筒型をした銀色の機械から声がした。
「確かに、ね」

「都市伝説X」平田真夫

(紹介文PDFバージョン:tosidennsetuxshoukai_okawadaakira
 日本SF作家クラブ会員の平田真夫さんが、〈山野浩一未収録小説集〉に収めた「四百字のX」シリーズへの返歌を書いてくださいました。
 題して、「都市伝説X」。なにはさておき、まずは本文を読んでみてください。

 ……読みました? いかがだったでしょうか?
 「四百字のX」のなかでも、とりわけ「箱の中のX」に通じる書き方になっていると思います。
 「箱の中のX」は、入れ子構造、チャイニーズ・ボックスのジレンマを連想させる話で、何かを「X」と書くと、書いた時点でその「X」は――正体はわからないながらも、それ自体として――存在してしまう。その不思議さをうまく表現している作品でした。
 山野さんの場合、この「X」には、明らかに実存主義的な問題意識が投影されています。実存主義といっても、サルトルやカミュの実存主義にとどまらず、ヤスパースやベルジャーエフの影響が強いようではありますが。
 この「X」はまずもって、社会と対置される「個」の空隙を表しているようです。「箱の中のX」では会社に相当するものですね。これが「都市伝説X」では、街という全体にまで広げられる形で語られているようです。
 そういえば、山野浩一さんには「都市は滅亡せず」(「流動」一九七三年一〇月号)という名作がありまして……。(岡和田晃)



(PDFバージョン:tosidennsetux_hiratamasao
   ――故・山野浩一さんに捧ぐ

 いつの間にやら広がった噂――。街にはXが居るという。住民の誰に訊いても、それは変わらない。必ず、「ええ、居るそうですよ」と同じ答が返って来る。困るのは、誰の言葉も皆、決まって伝聞の形を採っており、Xがどんなものなのか、遭うと不幸になるとか、家路に就く幼稚園児を狙うとか、はたまた、じっと立ってこちらを見詰めているとか、そういった特徴が全く伝えられていないことである。この手の話に付き物の、「誰それが追い掛けられた」とか、「どこそこの路に現れた」との情報もない。そもそもどんな形をしているのか、人のようなものなのか、四足の獣なのか、或いは不定形の微生物に似ているのか、それすら誰も知らないのだ。まるで、「ただ、この街に居る」という、その事だけがXの本質であり、存在意義ででもあるかのように――。

「スペキュレーションの会の御案内」山野浩一

(紹介文PDFバージョン:speculationnokaishoukai_okawadaakira
 〈山野浩一未収録小説集〉、小説作品はまだ二十作以上残っているのですが、今回は趣向を変えて、それらとは別の、小説と小説ではないものの境界線上にあるような作品をお届けしたいと思います。ジャンルの境界を軽々と渡り歩く、山野さんらしい仕事ですね。
 今回ご紹介するのは、「NW-SF」のNo.3(一九七一年三月)に掲載された「スペキュレーションの会のご案内」です。
 「NW-SF」は翻訳や創作のワークショップ、あるいは読書会を精力的に開催し、そこから多数のプロが巣立ったのはご承知の通りですが、この「NW-SFワークショップ」の前身にあたるのが、今回紹介する「スペキュレーションの会」と推定されます。
 しかし……。案内文を読んでいただければわかるのですが、この会、本当に行われたのでしょうか? 関係者に聞き取りを試みたことがあるのですが、わかるはずもありません。「会の終了後、会でいかなることが起こったとか、いかなる発言があったというようなことを認めることは誰もでき」ないのですから。

 「NW-SF」にはこの「スペキュレーションの会の御案内」に限らず、虚実ないまぜにした諸々の企画が行われてきました。
 文面だけ読むと、なんだかカルト宗教か自己啓発セミナー、マルチ商法のなんかのように見えなくもありませんが、どこまでも「個」の立場を貫き、他者とのつながりを拒否している点が大きく違います。
 それと、お金のニオイがしませんね。この点も重要です。
 そもそも、カルト宗教なんかが広く社会問題化する前に書かれたものであり、現在の状況では不可能な「案内」かもしれません。
 そうではない、と思われる方は、新世紀にふさわしい「スペキュレーションの会」を開催してみてはいかがでしょうか?

 なお、本文は無記名でしたが、関係者への聞き取り調査、文体などから、山野浩一氏の筆になるものと判断し、「SF Prologue Wave」に掲載するものです。(岡和田晃)




(PDFバージョン:speculationnokai_yamanokouiti
 当社(注:NW-SF社)では実験的な会合を開催いたしております。この会は参加者個人の内宇宙だけのために行われるもので、「他者」や「集団」との関係に於いて行われる討論会ではありません。つまり、いかなる結論を持とうとするものでもなく、いかなる合意にも到達しようとすることもなく、いっさいの記録も残さず、ただ参加者が喋り、聞くということだけが個人的に存在し、そこに思弁活動があるだけです。従って会としてはそこで「何も起らなかった」のであり、個人的な内宇宙にだけ「何か起っているかも知れない」のであります。
 参加者にとってこの会は個人的な意味しかなく、参加した他人との友好を深めようとしたり、会に集った人々の集団に興味をもったりすることはできず、いっさいの現実的価値はありません。いわばシュールレアリスティックな会合であります。
 会には次のようなルールがあります。

「同窓会X」山野浩一

(紹介文PDFバージョン:dousoukaixshoukai_okawadaakira
 好評〈山野浩一未収録小説集〉の第六回は、「箱の中のX」、「X塔」に続く完結編「同窓会X」です。
 「月刊タウン」3号(アサヒ芸能出版、一九六七年三月号)に掲載されました。この号は、山野浩一さんのお手元に残っていたため、蒐集することができたものです。
 〈山野浩一未収録小説集〉に収めた「自殺の翌日」にも共通するモチーフですが、「殺人者の空」は本作の変奏とも言えるかもしれませんね。
 この号で、「四百字のX」シリーズは一段落したようです。山野浩一さんの未収録小説は、まだまだ数があるのですが、次号をどうするかは検討中。ご意見・ご希望があれば、お寄せください。
 手前味噌で恐縮ですが、「SFマガジン」二〇一七年一〇月号には私の追悼文「ニューウェーヴは終わらない」が載り、「TH(トーキング・ヘッズ叢書)」No.72では、連載「山野浩一とその時代」が始まりました。
 また、「映画芸術」461号には、足立正生さんによる山野浩一さんの追悼文「強制送還された私の「社会復帰」に力を添えてくれた人」が載っています。新事実が沢山書かれており、お勧めできます。(岡和田晃)




(PDFバージョン:dousoukaix_yamanokouiti
 高校時代同級だったSが死んだと聞きましたので、葬式に出ました。古い友人たちに逢えてなかなか有意義な時間を過しました。帰りに一人になってから、ふと五年前にSが自殺したという話を聞いていたように思ったのです。しかし、むろん間違いでしょう。葬式があった以上Sはその前日まで生きていたはずです。そしてそのままそのことを忘れてしまいました。
 五年たちました。或る日新聞広告にSの死亡通知が出ていました。今度ばかりは同級生みんなが驚きました。さっそく出掛けていって確かめてみると、やはりSに間違いありません。

「鳥になりたい」高橋桐矢


(PDFバージョン:torininaritai_takahasikiriya
 トカゲが一匹、重くこわばった身体をひきずるようにして歩いていました。
「ああ、おれも死んでしまいたい」
 ときおり、苦しげなためいきをつきながら、それでもただひたすらに西へ向かいます。
 トカゲは、大事なつれあいをうしなったのでした。
 食事のときも、寝るときも、いつもずっと一緒だったつれあいを、河原で並んでひなたぼっこしていたとき、ヘビに食われてしまったのでした。
 ひとり残されたトカゲは、頭を石に打ち付け、爪が折れるほど地面をかきむしり、目がつぶれるほど泣きました。
 どれほど泣いても、つれあいと再び会うことは出来ないのだと知ったとき、その泉のうわさを聞きました。
 西の果てにあるという、その泉。

「林譲治超ショートショート集 1」林譲治

(PDFバージョン:chouss01_hayasijyouji
『赤ずきんちゃん』

「お婆ちゃんの手足はどうして毛むくじゃらなの?」
「この歳になるとね、人間体を維持するのはけっこう大変だからだよ」
「だったら、どうして私は、人間の姿なの?」
「大人にならないと変身はできないんだよ」
「あの猟師はどうして狼を狙ってるの?」

「暗闇から」飯野文彦

(PDFバージョン:kurayamikara_iinofumihiko
 昼前の気怠い時刻、玄関の呼び鈴が鳴った。
 宅配便で何かを注文した覚えもない。新聞の勧誘か町内会費の請求だろうと、やりすごした。ところが三度、四度としつこい。
 玄関を開けた。幼い少女が立っていた。
「君は?」
「うふふ」
 見覚えがない。家を間違えたのだろう。そう言おうとすると、少女は勝手に話しだした。
「ママと近くまで来たの。ママが教えてくれたんだよ、ここにいるって」
「いるって、誰が?」
 それには答えず、
「『いっしょに行こうよお』って言っても来ないし、もう帰るって言うから。あたし、ひとりで来ちゃった」
「君のママって?」
「さて、誰でしょう?」
 じっと少女を見た。年の頃なら、七歳ぐらいだろうか。やはり見知らぬ少女だ、思ったとき、ふと面影がだぶる。
「君のママって?」
「じゃあね」
 少女は答えず、走り去っていく。
「あ、待って」
 サンダルを引っかけて後を追ったが、すでに少女の姿はなかった。
 面影が。しかし――。

「X塔」山野浩一

(紹介文PDFバージョン:xtoushoukai_okawadaakira
 好評〈山野浩一未収録小説集〉の第五回は、シリーズもの。前回掲載された「箱の中のX」に続く、「四百字のX」第二弾「X塔」です。
 もっとも、原稿用紙一枚で「X」について書くというテーマを引き継いでいるだけで、作品としては独立しています。これを読んで、前作も読んでみるという読み方でも問題ないかと。
 「月刊タウン」2号(アサヒ芸能出版、一九六七年二月号)が初出ですが、この号は、山野浩一さんのお手元にも残っておらず、探し出すのに苦労しました。古書店にも、創刊号はわりと出ているのですが、2号はなかなかなく、東京マガジンバンクも架蔵は1号のみ。わずかに大宅文庫で読めるのみです。
 そもそも「月刊タウン」って7号までしか出ておりませんでした。当時としては、豪華な「PLAYBOY」といった具合の革新的な紙面でしたが。
 増田まもるさんの説では、こうした山野浩一さんのショートショートは、J・G・バラード「下り坂カーレースにみたてたジョン・フィッツジェラルド・ケネディ暗殺事件」(『J・G・バラード短編全集4』、東京創元社、二〇一七年)のような「濃縮小説(コンデンスド・ノベル)」として読むべきではないか、ということですが、その通りだと思います。(岡和田晃)




(PDFバージョン:xtou_yamanokouiti
 奈良県橿原市の小さな山に埋れた小さな円柱の塔が発見された。鮮やかな純白の塔であるが、一体いつ何の目的で作られたものか判らない。更に判らないのはその塔を作っている素材だ。石でもなければ土でもなく、また金属でもない。奇妙なその塔は発見された日から少しずつ崩れていくのだ。

「自白」太田忠司(画・YOUCHAN)

(PDFバージョン:jihaku_ootatadasi

 装飾など一切ない、真っ白な部屋だった。その中央に椅子があり、トリカはそこに座らされていた。
「なぜここに呼ばれたか、わかっているね」
 トリカの前に立つ栗原専務が皺だらけの顔をさらに歪めて言った。
「わかりません」
 トリカは明確に答えた。小さな顔には不釣り合いに大きな眼鏡越しに相手を見つめる。
「では教えてあげよう。我々は君の正体を掴んだのだよ。ずばり、君はファルム製薬のスパイだね?」
「いいえ。わたしはスパイではありません」
 彼女の答えは、やはり明確だった。
「嘘をつけ!」

「僕はまだ生きている。」伊野隆之

(PDFバージョン:bokuhamadaikiteiru_inotakayuki
 天井のライトを見上げながら、僕はいつからこうしているのだろうと考える。
 僕は死んでいるのだろう。動くことのない死体になって、安置された状態のまま天井を見上げているのかもしれない。だったら、僕の頭蓋骨の中の脳みそは、きっちりとぐちゃぐちゃにされているはずで、それでいてこうして考えているってことは、やっぱり霊魂がある証拠になる。だから、霊魂になった僕は、そのうちに天井に向かって上昇をはじめ、ベッドに横たわっている自分の姿を見下ろすことになるのだろう。
 ちゃんと死んでいて良かった。もし、誰かが僕を不活化していなければ、死体となった僕は、大きく口を開け、ウイルスまみれのよだれを流しながら、生の肉を求めてさまようことになっていただろう。そんなことになるより、こうして死んでいる方がよっぽどましだった。
 自分が死んでいると思うと、急に涙があふれてくる。天井のライトしか見えていない視界がぼやけてにじむ。

「クエスト」山口優(画・Julia)

(PDFバージョン:quest_yamagutiyuu

「こんにちは。マナミちゃんのママ」
 わざとらしく私をそう言って見つめ、リリカはにっこりと笑って目を細めた。
「――リリカ……」
 私は戸惑った。リリカと呼ぶべきか、リリカちゃんと呼ぶべきか。娘の友人として接するべきか、かつての親友――いやもしかしたらそれ以上だったかもしれない――として接するべきか、全てが分からず、混乱していた。
 私たち二人の間にできてしまった二六年という年齢差が、私とリリカの間に重く横たわっていた。だが、リリカはそんなもの存在しないかのように、ずんずん私に歩み寄る。
 そして、エプロンをした私の腰に、ぎゅっと華奢な腕を回した。
「会いたかった。ユミ」