(PDFバージョン:yorunotoufu_masejyunnko)
『読めば読むほどむなしくなる! ばかばかしくて、ものがなしい連作小話』
むかしむかし、豆腐を洗う猫の妖怪がいました。猫ちゃんは、豆腐洗い猫と呼ばれています。これから延々と語られるのは、この『豆腐洗い猫』のサーガ・叙事詩である。
さて、豆腐洗い猫は、毎日、豆腐屋さんの厨房で、水槽の中に、手というか両前足を突っこんで、豆腐を洗っています。しかし、猫の手からはするどい爪が飛びでているので、しょっちゅう豆腐にひっかき傷をつけてしまいます。
カテゴリー: ショートショート
「世界の底のガラス瓶」片理誠
(PDFバージョン:sekainosokono_hennrimakoto)
横殴りの雨が古びたアクリル板の上に不規則な波紋を描く。流れ落ちてゆく水がそこにいびつな波を立て、遠くに見える繁華街の明かりをゆらゆらと歪めた。時々刻々と姿を変えてゆくその光の環は、まるで踊っているかのようだった。時刻は午前二時。寒い。俺はコートの襟を立てる。
「……こんなところに電話ボックスがあるなんてな。近頃じゃ携帯電話に押されてすっかり姿を見なくなってたが。まだ、あったんだな」
「抱擁」井上剛
(PDFバージョン:houyou_inouetuyosi)
秋の気配を馥郁と漂わせた風が緩やかに吹き渡る草原。周囲に人の姿はない。
その風に身を委ねて、女は佇んでいた。何かを一心に祈っているようにも見える。
男は、離れた場所から女の姿を眺めていた。
「リサイクル」山口優
(PDFバージョン:recycle_yamagutiyuu)
人がロボットと共に暮らすようになって久しい。人とロボットは、お互いにお互いを知らなければならない、と現在は言われている。ロボットが人に合わせて進化することは、プログラミングによって容易に可能だが、人がロボットの考え方を学ぶには、ロボットと暮らす経験が必要である。
そんなわけで、私は、六歳の時から九年間、ロボットの家庭でお世話になってきた。外見上は人間と同じ、お父さんとお母さん。そして息子さん——歳が一つ上なので、私は『お兄さん』と呼んでいる。お父さんとお母さんと、お兄さんは、全く似ていないけれど、お父さんとお母さんは、お兄さんの設計に深い誇りと愛着を持っているし、お兄さんは、ご両親に設計され、製造されたことにとても感謝している。
「ミサゴの空」伊野隆之
(PDFバージョン:misagonosora_inotakayuki)
白い波頭が海岸線と並行に北に向かって延びている。穏やかな海風が、日差しに暖められた陸(ルビ おか)で上昇気流にかわり、翼を柔らかく押し上げる。
ミサゴは大きく旋回しながら高く、より高く空へと昇る。
背中に感じる熱。それは不快ではない。羽毛に暖められた空気をはらみ、力強く羽ばたく。
上空の空はどこまでも青く、まっ白な雲がゆっくりと風にながれている。
「ブライアン」八杉将司
(PDFバージョン:buraiann_yasugimasayosi)
それは中性子星が発する強力な電磁波ジェットに触れたのかもしれないし、巨大恒星による想定されていないほど強烈な恒星風のプラズマをかぶったのかもしれなかった。
とにかく私が生活していた都市型の移民宇宙船は突然すべての機能が停止した。暗闇が訪れ、生命維持システムも故障する重大な事故が起きた。その後、火災や爆発が居住区画のあちこちから発生し、私たちは船から脱出しなければならなくなった。
「海辺に立ち並んで島を滅ぼすモノ」片理誠
(PDFバージョン:umibenitatinarannde_hennrimakoto)
そんな馬鹿な種族がいるのか、と佐藤があまりに大袈裟に驚くので、俺は「ところが、いるのさ」と教えてやった。
「滅び去った文明なんてもんは、別に珍しくも何ともない。物理を専攻したお前には意外に思えるかもしれんがね」
「アダルト」山口優
(PDFバージョン:adaruto_yamagutiyuu)
「お嬢さま、お言いつけ通り、お屋敷のお掃除とお洋服のお洗濯、それに、お買い物、全部終わりました」
零無(ルビ:レム)が、そう、報告してきた。私はクラシック音楽を聴き、リラックスしながら、頷く。
「ご苦労さま。特に問題はなかった?」
「はい! ルンちゃんも、ランちゃんも、レンちゃんも、みんな良い子でがんばってくれたので、何の問題もなく」
「降臨の時」伊野隆之
(PDFバージョン:kourinnnotoki_inotakayuki)
僕は神になりたかった。神になるには僕のための宇宙が必要だった。
宇宙を作り出すために、わざわざマニュアルを見る必要はない。宇宙の開闢のための言葉は決まっている。
「光、あれ!」
突然目の前が真っ白になり、気がつくと宇宙はあっと言う間に膨らんでいた。
こうして僕の宇宙ができた。
「あけみちゃん」新井素子
(PDFバージョン:akemichann_araimotoko)
あけみちゃんは、保育園の桃組さんです。
桃組さんは、梅組さんより年下ですけれど、桜組さんのお姉さんです。
だから、あけみちゃんは、桜組さんには、優しく親切にしないといけません。
今日も、桜組さんの女の子が、滑り台の階段を登ろうとして転んで、擦り傷を作って泣いていたので、あけみちゃんは、その子を水飲み場まで連れていって、傷を洗ってあげ、保育園の先生にお願いしてバンドエイドをもらい、それをはってあげました。
うん。あけみちゃんは、よいお姉さんです。