(PDFバージョン:tubaki_iinofumihiko)
「まア、いやだわ、真ッ紅なのね……」
「そんなこと知らないわ。赤いんだって白いんだって、散る時が来れア散るでしょうさ。真ッ紅ならどうだって言うのよ」
里見弴「椿」より
柱時計が、ボンと鳴った。ボリュームを絞って流していたラジオが、放送の終わりを告げる。ふだんは明け方までつづく放送も、日曜の深夜はもうない。
スイッチを切った。辺りの家々はすでに寝しずまったか、澄ました耳に靴音ひとつ響いてこない。
六畳の和室に並べて敷いた布団の片方で、うつ伏せになりながら、奈緒美は手にしたポラロイド写真を見つめた。左側に敷いた、もう一つの布団は、無人のままだ。
叔母が帰ってこない一人の家で、じっとしていられず、厭な胸騒ぎを感じながら、家捜しした。結果、新たに鏡台の引き出しの奥に隠してあるのを見つけた、一枚のポラロイド写真だった。
十月になったとはいえ、夢中で探しまわったため、汗を掻き、一時間ちょっと前、ガス風呂を沸かし直したほどである。
新し物好きの叔母は、発売されたばかりのポラロイドカメラを買って、子供のようにはしゃいでいた。
――エスエックス70って言って、オートフォーカスもついてるのよ。これで奈緒美ちゃんの成人式、いっぱい、撮ってあげるから。短大の卒業式だって。それに……。
それに? 何を撮ってくれるの?
奈緒美の問いに、叔母は曖昧に笑っていたものだ。それなのに。
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