カテゴリー: ショートショート

「AI消費社会」八杉将司

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 俺は無事に蘇生した。
 不治の病に犯され、このままでは余命いくばくもないと知らされた俺は、保険会社の実験的な提案に乗ったのだ。人体の冷凍保存である。未来の治療技術の躍進に命を託した。
 そして、目を覚ました。
 清潔な病室のベッドで俺を出迎えてくれたのは介護ロボットだった。スマートで柔らかそうな乳白色のボディで、目覚めた俺を自然な女性のボイスで優しくいたわってくれた。
 ただそのボディは首元に七色のリボンが取り付けてあったり、頭部には不細工な模様の入った帽子がかぶせてあった。ロボットの洗練された対応はさすが未来と思ったが、そのあたりで台無しになっていた。
 でも、些細なことだ。現在の状況をロボットに教えてもらった。

「冥王の樹」八杉将司

(PDFバージョン:meiounoki_yasugimasayosi
 初めてそれが芽生えたのは、南米アマゾン盆地を覆う熱帯雨林の奥深くだった。
 誰も踏み入ったことのない密林の大地にひっそり生えた樹木の芽は、人類が知るどのような種類のものでもなかった。
 その新種の樹木を発見したのは、ジャングルに住む先住部族の長老の息子であった。部族間の争いに敗れて奥地に追われた先で見つけたのだ。
 すでに芽は大きく育ち、高さは数十メートルにも達していた。幹は周辺の樹木より何倍も太く、空を突き刺しにいくかのようにまっすぐ隆々と立っていた。
 見たこともない大木に、息子は驚愕した。父である長老は大いに恐れ、ひざまずいた。恐怖のあまり魅入られた長老はここを聖なる地とし、部族はこの地に誰も踏み込ませないことを天命とした。
 近づくものは問答無用で襲い掛かり、殺した。そのためほかの部族は怖がって近づかなくなり、観光ガイドやハンターも危険な地域として決して足を踏み入れることはなかった。

 異常に気がついたのは、森林の環境保全調査で人工衛星の観測画像を分析していた女性の学者だった。

「おさげさん」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 放課後、誰にも見つからないように気をつけながら、そっと廊下を歩いていた。なのに見つかった。
「竹内くん、こんな時間にどこへ行くの?」
 びっくりして振り返ると、教生の密原先生が立っていた。
「もうみんな下校したわよ」
「あ……はい、ちょっと忘れ物が……」
 言い訳を考えながら後ずさりする。密原先生は小さな顔に似合わない大きな眼鏡の向こうから英智(ひでとも)の言葉を確かめるように見つめてきた。
「先生こそ、どうしたの?」
 仕返しのつもりで訊いてみた。
「わたし? わたしは昔を懐かしんでたの」
 密原先生は微笑む。
「この学校、わたしのいた頃からずいぶんと変わったなって」
「先生がここの生徒だったの、何年前?」
「もうずっと昔。そんなことより早く帰りなさいね」
 そう言って先生はいなくなった。英智は、ほっと息をつく。どうもあの先生、苦手だな。早く教生が終わればいいのに。
 少し遅れてしまった。慌てて待ち合わせの場所へ向かう。校舎二階の音楽室。入る前に扉を叩くと「いるぞ」と声がした。

「キャンプに行こう」高橋桐矢


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「キャンプに行こう」という父の言葉を思い出す。
 一人息子であるわたしを喜ばせたかったのだろう。キャンプ用品のカタログを見せながら、テントや寝袋や釣り道具……サバイバルキャンプに必要なものを、指折り数えながら、リストアップしていく。方位磁石も忘れずに。寒くなっても大丈夫なように毛布も。それから雨具も必要だ。リストは何十項目にもなった。
 父はいつも仕事で忙しく、週末もいないことが多かった。それなのに、いや、それだから、か。毎年わたしの学校の夏休みが近くなると、父はどこからか、キャンプ用品のカタログを見つけてきた。
「……パパ」
 呼ばれて、ふっと我に返る。
「ああ、そこにいたのか、ごめん」
 小学校3年生の息子が、心配そうな顔でわたしを見上げている。

「〈手段としての音楽〉の演奏」窓川要


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 開演の拍手も止み静まりかえったコンサートホールに、粘液をかき回す湿った音が響き始めた。客席の聴衆はみな一様に息を呑み、ブルーノの一挙手一投足から目を離すことができなくなっていた。
 タクトが緩やかに弧を描いた。遂に両の眼球が摘出されたのだ。左右ともほぼ同時にステージへと落下したそれらは、ほんの数センチだけ転がり、しかしすぐ粘液に囚われて動きを止めた。それはたったいま息絶えた両生類のように見えた。
 自らの眼球を摘出してもなお、ブルーノは仁王立ちしていた。暗い眼窩はもう何も見ていなかった。金色の前髪が上瞼に絡んでいることなど、微塵も気にならないようだった。彼は静かに両手を顔の高さまで上げ、両のタクトを逆手に持ち直した。

「手間の多い料理店」林譲治

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「すいません」
「へい、いらっしゃい」
「すいません、食べログで見たんですけど、この辺にリットリオというイタリアンレストランがあるはずなんですけど、知りませんか?」
「リットリオかい、うちだよ。俺がオーナーシェフ」
「えっ、食べログだと50席あるレストランって書いてましたけど。ここ、屋台ですよね」
「まぁ、店舗のことはな、いろいろあるんだよ、税金とかよ」
「屋台で本格イタリアンなんてできるんですか? 道具もないみたいだけど」
「そこはまぁ、色々あるんだよ。うちはな、少しでも安くて美味いものを出すのがモットなんだー、だからだよ」
「まぁ、店舗の固定費を抑えるってのはわかりますけどね。大丈夫なんですか」
「大丈夫だよ。ほら、これメニュー」
「あぁ、メニューは本格的だな。これ全部、オーナーシェフが調理できるんですか?」
「できるよ、俺はイタリアで10年修行してきたんだぞ。どれにする?」
「セットメニューもあるのか……いや、単品にしますよ。アクアパッツァなんてできるんですか?」
「できるよ、うちはシーフードでは定評があるんだからな。食べログにも書いてるだろう」
「まぁ、それで来たんですけどね。じゃぁ、アクアパッツァ」

「かあさん、俺だよ俺」林譲治

(PDFバージョン:kaasann_hayasijyouji
「かあさん、俺だよ俺」
「どうした? 一郎かい?」
「そうだよ、一郎だよ」
「それにしては声が変だけど」
「風邪引いたんだよ。それより、大変なんだ。会社の集金の金を落としたんだ200万、あれがないと会社をクビになってしまうんだよ」
「あらまぁ」
「お願いだから、200万貸してくれよ。友達が受け取りに行くから」
「お前本当に、一郎かい?」
「疑うのかい、かあさん。一郎だよ」
「そうかい、だったら本人確認のためにマイナンバーをお言い」
「マイナンバー!?」

「鏡よ鏡」林譲治

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「鏡よ鏡」
「はい、何でしょうか、お后様?」
「お前に一つ訊きたいことがある、お前は私が后として嫁ぐ前からこの城にあったが、もしかして、お前は前の后の持ち物か?」
「はい、左様でございます。前のお后様は、自分に何かあったら、私に次の后に従えとご命令になられました」
「やはりな、前の后も魔女であったか」
「ご推察の通りです」

「〈彼〉」飯野文彦

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〈彼〉は言った。
「今日から、ぼくが君の神になる」
 ほかの者から言われたら吹き出していた。何と陳腐な言葉だろう。何とおろかなんだろう。だが〈彼〉は別格だ。〈彼〉が言ったから真実だ。だから、わたしは信じた。実際、〈彼〉の姿が輝いて見えた。
 ついに救われる。わたしの救世主が、ついに現れたのだ。そう本気で思い、感謝したのである。

「ねがいがひとつ」大梅健太郎


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 商店街入口近くにある小さな公園に、目的の「願掛け地蔵」のほこらがあった。ほこらは腰の高さほどのコンクリート製で、横には石の水鉢が据えつけられている。
 その前にかがむと、中の地蔵が見えた。柔和な表情をしているせいだろうか。すっと、目が合ったような気がする。
 風体は、いかにもお地蔵様といった感じだ。しかし、頭にかぶった真っ赤な頭巾が、地蔵の雰囲気には似つかわしくないベレー帽のような形状をしている。
「こりゃまた、お洒落な地蔵だな」
 僕はつい、目の前の地蔵に向かって呟いた。帽子と同じ赤色のよだれかけには、艶やかな光沢がある。地蔵そのものや土台の古ぼけた感じと、これらの衣装やほこらの新しさはかなりミスマッチに思えた。
「で、どうすればいいんだ」
 あたりを見回すと、地蔵の背後に『願掛け地蔵の参り方』と書かれた看板があった。清らかな水を頭に三回かけ、三回願い事を唱える。そうすれば、願いが叶うらしい。

「場末の小さな嵐ヶ丘」木本雅彦


(PDFバージョン:basuenotiisana_kimotomasahiko
 このメタヴァースが、何世代目のメタヴァースなのか、もはや住人たちは把握していない。バージョン管理システムの記録を遡れば、どこでブランチが作られ、どこでタグが作られ、どこでフォークし、どこのバージョンがデプロイされたのか、解析することは可能なのだろうが、日常と区別のつかなくなった仮想現実空間に多少のテコ入れがされたところで、住人は気にとめない。
 人類は、実世界をほぼ捨てた。完全にではない。摂食行為と繁殖行為、それにともなう物理的移動などは、実世界から離れられないが、逆を言えば、実世界は食事とセックスのためだけを目的として、社会システムそのものが作り直され、経済活動をはじめとした諸々の創造的な活動は、すべて仮想現実空間メタヴァースで行われるようになった。
 そんな広大なメタヴァースの片隅に、小さな店がある。
 その店の名前は「嵐ヶ丘」――ネカマバーであった。
 ネカマバーとは、ネカマのバーである。ママはネカマ、店の女の子もネカマ。影を抱えながらも笑うことを忘れない、そんな陽気なネカマとの会話を楽しむための、大人の社交場である。

「愛しのスノーホワイト」青木 和

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「下がってよい」
 王子様が言うと、心得た小姓は黙って一礼し、静かに扉を閉めて出ていきました。
 扉の外は控えの間で、王子様の寝室を警護する家来たちが夜通し詰めていますが、一度扉を閉めてしまえば、王子様が中からベルを鳴らして呼ばない限り開けられることはありません。
 ようやく一人になった王子様はほっと溜息をつくと、ベッドを滑り降り、ガウンをまといました。燭台を手に、壁のタペストリーに向かいます。
 王子様の部屋には、金糸を織り込んだ豪華なタペストリーが二枚かかっていました。分厚い毛織物であるタペストリーの目的は、もちろん石壁の冷たさから部屋を守るためもありますが、もう一つには扉を隠すためでもあります。
 王子様の部屋には、家来たちの控えの間に通じる、いわば表の扉のほかに、もう二枚の扉がありました。
 狩りの風景を描いたタペストリーの裏にある扉は、お姫様の部屋に通じています。姫とは言いますが、つい先ごろ王子様が妻に迎えられた、未来のお妃様です。まだ十六歳とたいそうお若いため、姫様と呼ばれているのです。
 王子様は狩りの風景のタペストリーをほんの少しの間見つめていましたが、すぐに視線をそらせてしまいました。もう何日も、王子様はお姫様の部屋に通じる扉を開けていません。それは王子としての義務をないがしろにすることであり、よくないことです。しかし、王子様はどうしても、お姫様を避けてしまうのでした。お姫様も、そろそろ不審に思い始めているかもしれません。

「ある欠陥物件に関する関係者への聞き取り調査」林譲治

(PDFバージョン:arukekkannbukkenn_hayasijyouji
取材陣:今日はありがとうございます。個人を特定できないように画像、音声はエフェクトがかけられてます。

関係者:どうも。例の物件の建設現場にいたものです。

取材陣:具体的には、どのようなお仕事を?

関係者:いや、それは身バレするので勘弁してください。広義の管理業務を担当してました。

取材陣:なるほど。まず、基本的な確認ですが、やはり官需の方が業界としては、なんと言いますか、美味しい仕事なんでしょうか?

関係者:まぁ、ケースバイケースなんですけど、基本的に国の仕事は、我々のような業界では、うま味が大きいですね。

取材陣:それは、どういう理由なんでしょうか?

「ことわざの真偽はいかに」飯野文彦

(PDFバージョン:kotowazano_iinofumihiko
 その日、私は前後不覚に酔っていた。なぜあれほど飲んだのかは、この際、重要ではない。ただ一切の記憶をなくすほど酔ったということだけだ。
 それでも帰宅できるのは、どういうことか。酔っぱらいには渡り鳥のような帰巣本能があるようだ。とはいえ、渡り鳥ほどしっかりしたものではなく、個人差がある。
 私の友人に、酔えば帰宅どころか所かまわず寝入ってしまう者もいる。必ず反対方向の電車に乗る者もいる。行き当たりばったりの家に上がり込んで寝こんでしまい、幾度となく警察の厄介になっている者もいる。
 彼もしくは彼女たちと比べれば、私の帰巣本能は極めて優秀だった。若い頃からどんなに泥酔していても、朝目が覚めれば必ず自分の部屋にもどり、自分の布団の中にいた。そんな風だから、絶対に自信を持っていたのである。
 ところが、その日、私は気がついたら布団の中にいた。それがどこなのか判断する余裕はなかった。何しろ、女性と一緒だったからである。

「螺旋の恋」倉数茂

(PDFバージョン:rasennnokoi_kurakazusigeru
 少年は劣等生だった。決して不真面目でも愚鈍でもなかったのに、教室で聞く教師の言葉は、耳から流れ込む端から忘却の井戸に吸い込まれてしまって、脳髄にかすかな引っかき傷も残すことができなかった。黒板に書かれた図形は、未知の海域の航図にしか見えなかったし、プリントの問題は、石板に刻まれた古代文字のように意味不明だった。少年は教科書の余白を、空想上の獣たちで埋め尽くした。グリフォンが放物線を齧り、火蜥蜴がアルファベットのあいだにすべり入った。漢字の森で遊んでいた白澤(はくたく)は、偏や旁(つくり)の向うから九つの眼でこちらを睨んでいた。
 注意力に障害があるようです。それと、極度の内向性。調査結果を記した書類を見ながら医者はそう言った。目の前のものごとに集中できず、いつでもぼんやり空想世界をさまよっているんですな。もっともお子さんの年頃ではきわめて珍しいというほどでもない。まあ、しばらく様子を見てみましょう。
 自分が頭蓋の内側に棲まっていることを見抜かれて少年は動揺した。けれど医者にもわからなかったのは、そこがどれほど豊饒かということだった。そこには砂漠と氷山と沈んだ海賊船とがあって、それと比べたら、頭蓋の外の日常など、食卓に残された鳥の骨のように貧相でみすぼらしい存在に過ぎなかった。もっとも彼は努力もした。両親に叱られ、教師に注意されて、今日こそなんとか現実のかけらにしがみついていようと頑張っても、十五分もしないうちに空想の海に漂いだしているのだった。

「風よりも速いシカ」高橋桐矢


(PDFバージョン:kazeyorimo_takahasikiriya
 年老いたシカの耳に、トンボが止まりました。
 耳を動かすと、トンボは、つうと飛んでいきました。
 のんびりとした森の午後です。
 年老いたシカは、立ったまま、うつらうつらとしています。このごろは、一日の大半をそうしてすごしています。
「おじいさん。こんにちは」
 声に目を開けると、目の前に、若いシカが立っていました。体は一人前の大きさですが、まだ角は短く、やっと二年目の枝が生えてきたばかりです。鼻先はつやつやとしたピンク色で、体中に若さがみなぎっています。
 若シカは礼儀正しく前足をそろえてたずねました。
「風より速いシカ、を知りませんか?」

「ゆうやけ」東條慎生(画・寮美千子)


(PDFバージョン:yuuyake_toujyousinnsei

 石けりあそびにあきたとき、きがつけば、ボクはどこにいるのか、わかりません。
 石けりあそびにむちゅうになって、しらないばしょに、きてしまったようです。
 空がオレンジ色になっていました。そろそろ、かえるじかんです。
 けれども、道がわかりません。
 道をききたくても、だれもいません。
 かべばっかりで、せまい道が、まっすぐ、まっすぐ、つづいています。
 むこうから、人のこえがしています。
 道をあるいていくと、だんだん人のこえが、大きくなってきました。

「腹の中のネズミ」高橋桐矢


(PDFバージョン:haranonakanonezumi_takahasikiriya
 猫が、小さなネズミを追いつめました。
 絶体絶命のネズミは、目をいっぱいに見開き、ぶるぶるとふるえています。
「猫さん、どうかお助けください」
 猫は、目を細めました。それほど腹がへっているわけではありません。
 ネズミは祈るように手を合わせました。
「助けていただけたら……」
「助けたら?」
 白いひげの生えた鼻をひくつかせ、ネズミはふるえながら微笑みました。
「あなたの友達になります」
 ネズミの言葉を聞くなり猫は飛びかかりました。
 ごくりとまるのみして、ネズミは腹の中におさまりました。
「ふう……」
 腹がふくれていっぱいになりました。猫は一つ、げっぷをしました。
 猫は友達なんて欲しくありませんでした。
「わたしはたいくつしていたのだ。面白い話をしたら、助けてやってもよかったのに」
 すると、まるまるとふくらんだお腹から、小さな声が聞こえてきました。
「本当ですか? 友達が欲しそうな顔をしていましたよ」

「追想」八杉将司

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 国際自然保護連合(ICUN)がレッドリストを作成したら、人類も掲載されることになるだろう。保全状況カテゴリーCR(絶滅寸前)に。
 もちろん滅びかけている人類が自然保護なんて気にかけるはずがなく、レッドリストに自分たちを載せる自虐めいた冗談なんてやっている余裕もなかった。
 原因は複雑に絡み合った事情が重なっているので簡単には答えられない。というか明確な答えを知っている存在は地球にいなかった。ぼくだってわからない。
 一つはっきりとわかっていることは、寝たきりの年老いた父さんが死んだら、この地域一帯から人類はいなくなるということだ。

「拷問島」太田忠司(画・YOUCHAN)

(PDFバージョン:goumonntou_ootatadasi

 その少女が島唯一の船着場に姿を見せたのは、春まだ浅き三月中旬の午後だった。
 小柄な体にはいささか大きすぎるように感じられる茶色いダッフルコートに、無骨なくらい大きな革鞄。髪は短くカットしていて大きな黒縁眼鏡を掛けていた。
「はじめまして、密原トリカです。しばらくお世話になります」
 出迎えた私に彼女は元気な声で言った。
「ようこそいらっしゃいました。こんな辺鄙な島で若いひとが楽しめるようなところもありませんけど、魚は美味いし宿には温泉もあります。どうぞゆっくりしていってください」
 彼女を案内して私が営んでいる宿屋へと向かった。
「大学では何を勉強されているんですか」
「民俗学です。今は卒論の準備中なんです」
「それでここにいらしたんですか。しかしここに大学で研究するようなものがありましたかねえ」
「ありますとも。わたしがこの島――小紋島に興味を持ったのは、もうひとつの名前を聞いたからです」
「もうひとつの名前というと……」
「拷問島。そう呼ばれてますよね」

「円筒の空/羊たちの雲」伊野隆之

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 最後のイベントである羊の毛刈り体験を終えた視察団のメンバーは、それぞれに満足した様子でくつろいでいた。全員が投資家で、牧場のスポンサーになっている人もいれば、これから投資を検討している人もいる。もちろん、ほぼ全員が羊の毛を刈るのは初めてで、本来なら悲惨なことになっていてもおかしくなかった。
「いやあ、おもしろい体験をさせてもらいました。案外、簡単なものですなぁ」
 そんな声が聞こえてくる。羊の毛を刈るマニュピレーターからのフィードバックは繊細で、どこまでもリアルにできているから、まるで、自分で毛を刈ったような気でいるのだ。
「みなさん、本当にお上手でした」
 牧場管理責任者のジェンキンズが、まるで揉み手をするかのように応じていた。
「それに、全然臭いませんでしたな。動物は臭いものだと思っていたが、そんなにひどくはなかった」
 大口のスポンサーのランド氏だった。ニュージーランド出身で、何代か前の祖先に牧場主がいたというランド氏は、この牧場の最も新しいスポンサーの一人だ。彼は、牧場を持つことが夢だったと言い、今回の視察中ずっと上機嫌にしていた。
「ええ、ここの羊たちは清潔にしていますから」
 ジェンキンスの答えに、つい口を挟みそうになるが、そこは何とか自重した。

「緑陰の家」倉数茂


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 初めてその家屋を見たとき、わたしは思わず威彦らしいと微笑まずにはいられなかった。
 繁茂する緑の蔓草が外壁の全体を荒々しく覆いつくし、家という内側に空虚を抱えた存在を、ひとつの旺盛な生命の塊に変えている。もっとも、人さえ住んでいれば、ここまで植物が我が物顔に這い回ることもなく、だからこれはむしろ威彦の不在に由来する事態なのかもしれない。
 なんにしても、近所の住人や大家は苦虫を噛み潰しているだろうと思うと、笑いはすぐに溜息にかわった。なにしろこれから滞納している家賃を払いに行くのは自分なのだ。
 威彦が行方不明になって三ヶ月になると連絡を叔父から受け取ったのは二日前だった。いつものようにニューギニア高地へフィールドワークに向かったのだが、帰国予定日になっても戻らない。帰国の遅延などよくあることだが、問題は、四月からI大学の講師の口が決まっていたことである。恩師であるK教授は、しばらくは事務方をなだめておくとおっしゃってくださったそうだが、このままでは初めての就職口をふいにしかねない。
 しかしそれよりもわたしの耳をそばだてさせたのは、成田からの電話で威彦が告げたという、今度は嫁さんを連れて帰るからということばだった。つまり威彦は現地に恋人がおり、結婚まで考えていたということだ。
 どのような女性なのだろう。わたしの好奇心は刺激された。嫉妬の気持ちは微塵もなかった。威彦とは愛や性よりも、もっと深いもので結ばれていると感じている。
 だから、一部のものが案じるように、すでに死んでいるという可能性も一蹴した。どんなに非科学的と嗤われようが、威彦が死ねば、自分がそれに気づかぬはずがないと思う。

「オメガ・メタリクス」東條 慎生


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 ドリルの高周波もずっと聴いていると気にならなくなってくる。チクリと麻酔を打たれて痛みもない。それ以上に、ガリガリとそんなに削っていいものなのかということに不安を感じる。もちろん医者がやってるんだから大丈夫なんだろうけれど、そうはいっても削りすぎではないか、いいのかそれで、と言葉が頭に渦を巻く。そしてどんどん金属質になっていく自分の歯。どうだ、おれのメタリックな歯は、強そうだろう、という冗談を思いついたものの、いったい誰に言うのか。自分にか。

 叔父がまだゴルフバッグを担いでいなかった頃、自分がまだ酒も飲めない年だった頃、叔父の病室に通されたときの異様な感覚。ひとことでいえば、誰かの体の中に入ってしまった感覚だといえばいいのだろう。けれど、そんな表現が誰かに通じるわけがない。でも、そうとしか言いようがない。
 叔父はそのとき、ベッドに寝たきりで起きあがることができなかった。鼻や口や喉や腕やら体中から管やコードが延びていて、ベッドの脇の大きな機械へとつながれていた。両親に連れられて入ってきた自分を見たとき、叔父のマスクに覆われた顔がわずかに笑みを浮かべたのがかろうじてわかった。喉にも管が通っていて声も出せないので、胸元にあるキーボードを寝ころんだまま起用にたたいて、ひさしぶり、と頭の横のディスプレイに打ち出した。

「ゾガネスの末裔」礒部剛喜

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 ……バビロンでは毎年サカエア祭が行われていた。……そのあいだ……死刑囚は王衣を着せられ、王座について、好き勝手に命令を出し、飲み食いして楽しみ、王の愛妾と寝るのを許される。だが、五日たつと、王衣をはぎとられて鞭打たれ、絞首刑かくし刺しの刑に処されるのである。この短い在位のあいだ、その死刑囚はゾガネスという称号で呼ばれた。

――ジェイムズ・ジョージ・フレイザー卿『金枝篇』(一八九〇年)



「地球は狙われている……か」
 全人類の運命に関わるような物語は往々にして、核戦争勃発直前に突如飛来した巨大な宇宙船が、世界から戦争を駆逐して黄金時代をもたらすとか、田舎町に着陸した未確認飛行物体が、そこの住民をみな眠らせてしまい、受胎可能な女性たちに子供を孕ませるとか、中国の奥地に降下した地球外生物と確実に推定される未知の集団が問答無用で攻撃を加えてくるとかで始まるものだが、この驚異に満ちた物語の幕開けは、濃いレイバンのシューティンググラスで双眸を隠した、見るからに精悍そうな若者が、上海の摩天楼に囲まれた古色蒼然たる洋館を見上げながら、そう呟くところから始まる。
「情報のとおりなら、ここにあの娘が囚われているはずだ。そして彼女も……」だが、その青年は自分が複数の影に監視されていることに気付いていなかった……。

「庭の仏様」飯野文彦

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「おい、庭に仏様が来ている」
 祖父が言った。私は答えた。
「そう、良かったね」
「ああ、ほんとうにありがたいことだ」
 祖父は、流しに向かって、コップに水を入れる。
「飲むなら、ここで飲めばいいのに」
 またあちこち零したら、母さんに叱られるから……とまで言う前に、
「おれが飲むんじゃない。仏様にあげるんだ」
 と言って、祖父は台所から姿を消した。
 今度は仏様かと思いながら、私は渋茶を啜った。時刻は午前十一時を回ったところである。私は二階にある自室から降りてきたばかりだ。仕事と称して明け方近くまで起きていた。そのくせ原稿は進まず、隠しておいた焼酎のボトルを一本空けていた。完璧なる二日酔いである。

「誰か私を眠らせて」青木 和

(PDFバージョン:darekawatasiwo_aokikazu
「猫が死んだの」女は言った。
「仕事が終わって家に帰ったら死んでいたの。お気に入りのベッドで、いつもみたいに丸くなった格好のまま、息だけが止まってた」
「病気?」男は尋ねた。
「そうね。あちこち悪かった。けどもう十七歳だったから、老衰というのかもしれない」
 女は前を見つめたまま短い笑い声をたてたが、ちっともおかしそうには聞こえなかった。
「撫でたらね、まだ温かかったのよ。もう少し待っていてくれたら間に合ったのに。毎日私の帰りを待っててくれたのに、こんな時だけ先に行っちゃうんだから」
 男は、女の笑い声がわずかに震えるのを聞き取ったが、何も言わなかった。男もまた前を見つめていた。フロントガラスに二人の影がぼんやり映っている。車内は暗く、お互いの表情は分からない。
 車の外もまた暗い。正面は海のはずだが何も見えなかった。窓を閉め切ってしまったので、かすかに聞こえていた波の音ももう入ってこない。
「ミャアはね──猫の名前だけど、息子が拾ってきたの。親猫にはぐれたのかしらね、道端で鳴いてたっていってね。汚い子猫だったわ。痩せこけて蚤だらけで、風邪をひいて目脂でぐしゃぐしゃで。私、息子に嫌な顔したの覚えてる」
「猫が嫌いだった?」
「そうじゃないわ。嫌な顔したのは、息子が小さかったから。まだ自分の面倒も見られない年のくせに子猫なんかどうするの、って。でも息子が、触るのもためらっちゃうような猫を可哀想にって抱きしめられる子だということが嬉しくもあった。ちょっぴりね」

「数学嫌いの治し方」谷田貝 和男


(PDFバージョン:suugakugiraino_yatagaikazuo
 夏休みの午前。カレンダーの8月の日付は、もう残り少ない。
 庭木からは、ツクツクボウシの鳴き声がしきりに聞こえてくる。
 サッシの向こうで、ぎらぎら照らす太陽。
 クーラーから送られる冷風に揺れる風鈴。
 机代わりのお膳の上には、切った西瓜を並べた皿。
 そして……夏休みの宿題。
 この日は朝から、数学のドリルに取り組んでいるのである。
 ……出来ない。
 難しすぎる。そもそも、何を言いたいのか全然分からないのだ。
 複素数。二次方程式。ベクトル。サイン、コサイン、タンジェント……。
 ぼくの両親は理系の研究者。ここは大学の教員住宅だというのに、自分にはなぜか、その方面の資質は遺伝しなかったよう、なのだ。
 冷房は効いているはずなのに、脂汗が出てくる。
 そのとき、お膳の上のスマホが震え、かたかた鳴った。
 メッセージの着信があった。

  イタルへ。まなもです。いまから遊びに行っていい?

「見守り」谷田貝 和男


(PDFバージョン:mimamori_yatagaikazuo
「ごめんなさい。もう悪いことはしないよ。これからはおばあさんのお手伝いをするから、ゆるしてよ」
 たぬきはおじいさん、おばあさん、そしてうさぎにあやまったので、うさぎはたぬきを助けてあげました。
 心を入れかえたたぬきは、おばあさんのてつだいをしてくらしたそうです。めでたし、めでたし。

 ぼくの読んだことのある民話『かちかち山』は、こんな終わり方になっている。
 しかし、本当の結末は違うことを、大きくなってから知ることになった。おばあさんは鍋で煮られ、その報いとしてたぬきは泥船に乗せられ、船が溶けておぼれ死ぬのだ、という。
「年齢指定により適切な描写に変更されております」
 それは、電子書籍タブレットに表示された「絵本」の巻末に記されていた文句だが、幼い頃はまだ、その意味が分からなかった。
 オリジナルのラストは子供に読ませるには残酷すぎる、ということらしい。
 だからぼくは、『かちかち山』の本当のラストを読んだことがない。

「井原西鶴が平成に飛ばされて好色シリーズというラノベを書いています。」木本雅彦


(PDFバージョン:iharasaikakuga_kimotomasahiko

 どうも、西鶴です。
 平成時代というところに飛ばされてきたのですが、することがないので文章を書きました。「小説家になっちゃいな」というサイトにアップロードして公開していたら、B芸社のSさんという編集者の目にとまって文学を書かないかと言われたのですが、西鶴としてはラノベのほうがいいかなって思って、ラノベ書いてます。
 西鶴、そういう路線だから。
 西鶴は西鶴のことを西鶴って呼ぶけれど、それは何ていうの? ポリシー?
 それとも、シーポリ?
 あ、ごめんごめん。平成の時代になって、業界用語はないよね。
 めんご、めんご。
 というわけで、西鶴が書いているラノベについて話そうと思います。

「あの世へ昇るエレベーター」片理誠

(PDFバージョン:anoyohenoboru_hennrimakoto
 気がつくと暗がりに一人で立っていた。どこだ、ここは? 辺りを見回す。私は確か法廷にいたはずなのだが。
 何か、硬くて平らなものの上であることは、靴底からの感触で分かる。床、か。周囲はひんやりとしてはいたが、寒いというほどではなかった。完全な無風だからなのかもしれない。音は何も、いや……遠くからかすかに何かを叩くような響きが聞こえる。
 音のする方に振り返ると、遙か彼方に小さな明かりが見えた。