カテゴリー: ショートショート

「ゾガネスの末裔」礒部剛喜

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 ……バビロンでは毎年サカエア祭が行われていた。……そのあいだ……死刑囚は王衣を着せられ、王座について、好き勝手に命令を出し、飲み食いして楽しみ、王の愛妾と寝るのを許される。だが、五日たつと、王衣をはぎとられて鞭打たれ、絞首刑かくし刺しの刑に処されるのである。この短い在位のあいだ、その死刑囚はゾガネスという称号で呼ばれた。

――ジェイムズ・ジョージ・フレイザー卿『金枝篇』(一八九〇年)



「地球は狙われている……か」
 全人類の運命に関わるような物語は往々にして、核戦争勃発直前に突如飛来した巨大な宇宙船が、世界から戦争を駆逐して黄金時代をもたらすとか、田舎町に着陸した未確認飛行物体が、そこの住民をみな眠らせてしまい、受胎可能な女性たちに子供を孕ませるとか、中国の奥地に降下した地球外生物と確実に推定される未知の集団が問答無用で攻撃を加えてくるとかで始まるものだが、この驚異に満ちた物語の幕開けは、濃いレイバンのシューティンググラスで双眸を隠した、見るからに精悍そうな若者が、上海の摩天楼に囲まれた古色蒼然たる洋館を見上げながら、そう呟くところから始まる。
「情報のとおりなら、ここにあの娘が囚われているはずだ。そして彼女も……」だが、その青年は自分が複数の影に監視されていることに気付いていなかった……。

「庭の仏様」飯野文彦

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「おい、庭に仏様が来ている」
 祖父が言った。私は答えた。
「そう、良かったね」
「ああ、ほんとうにありがたいことだ」
 祖父は、流しに向かって、コップに水を入れる。
「飲むなら、ここで飲めばいいのに」
 またあちこち零したら、母さんに叱られるから……とまで言う前に、
「おれが飲むんじゃない。仏様にあげるんだ」
 と言って、祖父は台所から姿を消した。
 今度は仏様かと思いながら、私は渋茶を啜った。時刻は午前十一時を回ったところである。私は二階にある自室から降りてきたばかりだ。仕事と称して明け方近くまで起きていた。そのくせ原稿は進まず、隠しておいた焼酎のボトルを一本空けていた。完璧なる二日酔いである。

「誰か私を眠らせて」青木 和

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「猫が死んだの」女は言った。
「仕事が終わって家に帰ったら死んでいたの。お気に入りのベッドで、いつもみたいに丸くなった格好のまま、息だけが止まってた」
「病気?」男は尋ねた。
「そうね。あちこち悪かった。けどもう十七歳だったから、老衰というのかもしれない」
 女は前を見つめたまま短い笑い声をたてたが、ちっともおかしそうには聞こえなかった。
「撫でたらね、まだ温かかったのよ。もう少し待っていてくれたら間に合ったのに。毎日私の帰りを待っててくれたのに、こんな時だけ先に行っちゃうんだから」
 男は、女の笑い声がわずかに震えるのを聞き取ったが、何も言わなかった。男もまた前を見つめていた。フロントガラスに二人の影がぼんやり映っている。車内は暗く、お互いの表情は分からない。
 車の外もまた暗い。正面は海のはずだが何も見えなかった。窓を閉め切ってしまったので、かすかに聞こえていた波の音ももう入ってこない。
「ミャアはね──猫の名前だけど、息子が拾ってきたの。親猫にはぐれたのかしらね、道端で鳴いてたっていってね。汚い子猫だったわ。痩せこけて蚤だらけで、風邪をひいて目脂でぐしゃぐしゃで。私、息子に嫌な顔したの覚えてる」
「猫が嫌いだった?」
「そうじゃないわ。嫌な顔したのは、息子が小さかったから。まだ自分の面倒も見られない年のくせに子猫なんかどうするの、って。でも息子が、触るのもためらっちゃうような猫を可哀想にって抱きしめられる子だということが嬉しくもあった。ちょっぴりね」

「数学嫌いの治し方」谷田貝 和男


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 夏休みの午前。カレンダーの8月の日付は、もう残り少ない。
 庭木からは、ツクツクボウシの鳴き声がしきりに聞こえてくる。
 サッシの向こうで、ぎらぎら照らす太陽。
 クーラーから送られる冷風に揺れる風鈴。
 机代わりのお膳の上には、切った西瓜を並べた皿。
 そして……夏休みの宿題。
 この日は朝から、数学のドリルに取り組んでいるのである。
 ……出来ない。
 難しすぎる。そもそも、何を言いたいのか全然分からないのだ。
 複素数。二次方程式。ベクトル。サイン、コサイン、タンジェント……。
 ぼくの両親は理系の研究者。ここは大学の教員住宅だというのに、自分にはなぜか、その方面の資質は遺伝しなかったよう、なのだ。
 冷房は効いているはずなのに、脂汗が出てくる。
 そのとき、お膳の上のスマホが震え、かたかた鳴った。
 メッセージの着信があった。

  イタルへ。まなもです。いまから遊びに行っていい?

「見守り」谷田貝 和男


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「ごめんなさい。もう悪いことはしないよ。これからはおばあさんのお手伝いをするから、ゆるしてよ」
 たぬきはおじいさん、おばあさん、そしてうさぎにあやまったので、うさぎはたぬきを助けてあげました。
 心を入れかえたたぬきは、おばあさんのてつだいをしてくらしたそうです。めでたし、めでたし。

 ぼくの読んだことのある民話『かちかち山』は、こんな終わり方になっている。
 しかし、本当の結末は違うことを、大きくなってから知ることになった。おばあさんは鍋で煮られ、その報いとしてたぬきは泥船に乗せられ、船が溶けておぼれ死ぬのだ、という。
「年齢指定により適切な描写に変更されております」
 それは、電子書籍タブレットに表示された「絵本」の巻末に記されていた文句だが、幼い頃はまだ、その意味が分からなかった。
 オリジナルのラストは子供に読ませるには残酷すぎる、ということらしい。
 だからぼくは、『かちかち山』の本当のラストを読んだことがない。

「井原西鶴が平成に飛ばされて好色シリーズというラノベを書いています。」木本雅彦


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 どうも、西鶴です。
 平成時代というところに飛ばされてきたのですが、することがないので文章を書きました。「小説家になっちゃいな」というサイトにアップロードして公開していたら、B芸社のSさんという編集者の目にとまって文学を書かないかと言われたのですが、西鶴としてはラノベのほうがいいかなって思って、ラノベ書いてます。
 西鶴、そういう路線だから。
 西鶴は西鶴のことを西鶴って呼ぶけれど、それは何ていうの? ポリシー?
 それとも、シーポリ?
 あ、ごめんごめん。平成の時代になって、業界用語はないよね。
 めんご、めんご。
 というわけで、西鶴が書いているラノベについて話そうと思います。

「あの世へ昇るエレベーター」片理誠

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 気がつくと暗がりに一人で立っていた。どこだ、ここは? 辺りを見回す。私は確か法廷にいたはずなのだが。
 何か、硬くて平らなものの上であることは、靴底からの感触で分かる。床、か。周囲はひんやりとしてはいたが、寒いというほどではなかった。完全な無風だからなのかもしれない。音は何も、いや……遠くからかすかに何かを叩くような響きが聞こえる。
 音のする方に振り返ると、遙か彼方に小さな明かりが見えた。

「優しい母さん」高橋桐矢


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 しとしとと冷たい雨が降っています。
 お腹をへらした子ギツネが、とぼとぼと山の道を歩いていました。一日ずっと歩き通しなのに、朝から何も口にしていません。
 雨で、えもののにおいが消えてしまっています。痛いほどお腹がすいて、寒くて、しまいには眠くなってきました。でも、このまま巣穴に帰ることはできません。
 子ギツネは、今朝、母さんに「えものを取るまで絶対に帰るな」と、恐ろしい形相でにらまれて追い出されたのです。
 涙で視界がにじみます。
 すると、
「あらあら、もう暗くなるわよ。どうしたの」
 優しい声に顔を上げると、知らないキツネのおばさんがいました。
 子ギツネは、思わず声をあげて泣いてしまいそうになりました。寒くて心細い体と心に、優しい声が、じんとしみます。
 でも、ここで泣いてしまったら、今日一日、苦労して歩き回ったのが無駄になってしまうような気がしました。
 だから足をふんばり、胸を張って答えました。
「えものを探してるんです」

『ソルジェニチン作「桃太郎」』林譲治

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 これら群島に収容されたとき、あなたはこう思うだろう。「これは何かの間違いだ。明日になれば、内務省局員が、いや、申し訳ない、こちらの手違いでした。よく似た名前の人物が多いのは、あなたもご存じでしょ、と言って釈放してくれるの」と。そう逮捕されたときの私が、まさにそうだった。革命後の世代、赤軍将校として戦った私が、なぜ逮捕されると?
 ここで私が指摘したいのは、群島における、密告屋の存在と、内務省局員の能力、特にその技術面である。私が最初に収容された群島には、桃太郎という内務省に属する将校がいた。彼はその立場にもかかわらず、非常に好ましい人物に私には思えた。
 告白しよう。私はその時、桃太郎だけは同じ種類の人間だと思っていたことを、そして彼もそう思っていてくれると確信していたことを。

「太郎」春名功武


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 昔々、ある所にお爺さんとお婆さんがいました。お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に行きました。川辺で洗濯をしていると川上から、どんぶらこ、どんぶらこ、と大きな大きな桃が流れて来ました。お婆さんはそれを家に持ち帰り、お爺さんと一緒に桃を割ると、中から「オギャーオギャーオギャー」と元気な赤ちゃんが出てきました。そして、2人はその赤ちゃんを『桃太郎』と名づけて育てる事にしたのです。
 一方。東北の山あいの村でも、お婆さんが川で洗濯をしていると川上から、どんぶらこ、どんぶらこ、と大きな大きなスイカが流れて来ました。お婆さんはそれを家に持ち帰り、お爺さんと一緒にスイカを割ると、中から赤ちゃんが出てきました。そして、その赤ちゃんを『スイカ太郎』と名づけて育てる事にしたのです。
 美しい湖がある小さな村でも、お婆さんが川で洗濯をしていると、どんぶらこ、どんぶらこ、と大きな大きなバナナが流れて来ました。お婆さんはそれを持ち帰り、お爺さんと共にバナナを剥くと、中から赤ちゃんが出てきました。そして、その赤ちゃんを『バナナ太郎』と名づけて育てる事にしたのです。
 その年はこのような異常現象が全国各地の村で起こり、果物から生まれた赤ちゃんの豊作となったのです。不思議な事に川から流れてきた果物は全て違う種類で、2つとして同じ物はありませんでした。見た目は人間とほとんど変わりはありませんが、大きくなってからも彼らの身体からはそれぞれの果物の匂いがしたそうです。

「名前のないゾウ」高橋桐矢


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 広いサバンナに、名前のないゾウがいました。
 昼間はひとりで草を食べながら歩き、夜はひとりでねむりました。
 名前なんてなくても平気でした。
 名前というのは、ほかの誰かが呼ぶときにいるものです。そのゾウを呼ぶものは誰もいなかったので、名前なんて必要ないのです。
 おぼえているかぎり、ずっと昔からひとりでした。
 でも、困ることは何もありません。
 大きくて重いゾウがサバンナを歩くとドシン、ドシンと地面がゆれます。とてもりっぱな二本の牙は、するどくとがっています。長い鼻は、サバンナの一番高い木のてっぺんにもとどきます。
 おいしい草の生えている場所も知っているし、どんな日照りのときにも枯れない川も知っています。
 サバンナの動物たちにとって、水場はとても大切です。川の一番つめたくてきれいな水を飲める場所が、ゾウの水場でした。のんびりしているように見えて怒りっぽいカバも、さわがしいシマウマも、すばやいハイエナも、ライオンだって、ゾウの水場には近付きません。
 何にも困ったことはないし、名前をほしいと思ったこともありませんでした。

「骸の船」伊野隆之

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 急に、いろんなことが変わってしまったの。町の人はみんないなくなってしまうし、それに、いつまでも夜が続いているのよ。街灯はいまにも消えてしまいそうに瞬いて、冷たい風もどんどん強くなる。お店はみんな閉まっていて、これからどうすればいいかわからないの。
 放送は聞かなかったのかい。港に集まるように、繰り返して放送していたはずだよ。この町はもうすぐ住めなくなるから、それまでにこの町を離れなければいけないんだ。だから急がないといけないんだ。
 悪い噂を聞いたのよ。港に行った人は、誰も帰ってこないというの。埠頭には、骸骨のような、気味の悪い船が泊まっていて、港に行くとその船に、無理矢理乗せられてしまうのだって。船に乗る人たちは、みんなが死人のように歩くのだって。
 噂を気にしちゃいけないよ。港には船が来ているし、町の人は船に乗り込んでいる。だから、なにも心配することはないんだ。この町にいたままでは、町と一緒におしまいになってしまう。船は、みんなを助けにきたんだよ。

「浮気」春名功武


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 いい加減にしてくれ。私は目の前の光景に、うんざりした気分になった。予定より早く出張先から戻ってみれば、またこの仕打ちか――
 寝室のベッドで女房とあいつが裸で寄り添い寝ている。どう見ても、男女がコトを終えた後としか思えないありさまだ。きつく鼻をつく生々しい異臭が、絡み合う2人を容易に想像させる。何度も頭を振り、脳ミソから追い出そうとするが、叶わなかった。
 私の留守をいいことに男を連れ込むなんて、許せるわけがない。腕の中で眠る女房の顔は、無邪気な子猫のようで、私に見せるどの顔とも違っていた。それがまた腹立たしかった。
 もう何度目になるだろう。私は女房を叩き起こして怒鳴りつけた。しかし相変わらず反省の色は見えない。眠りを遮られた事への不満からか、ふてぶてしい顔で睨みつけてきた。そして、若かった頃からするとすっかり変わってしまった、丸い身体にガウンを羽織り、タバコをくゆらし始める。動じることなく堂々としているのは、女房には、浮気をしているという実感がないからなのだろう。それでも女房の横にいるこいつは、生身の人間の男だ。この男を選んだ事自体が、今の私への否定に他ならない。

「ゼロ2」山口優

(PDFバージョン:zero2_yamagutiyuu
「天頂方向、誤差修正プラス2・〇、宜候――。着艦角度問題なし。発着電磁管レール電圧正常。光帆たため」
 私は「光帆たため」の指令に合わせてスイッチを押す。薄いナノ反射膜である光帆はほぼ一瞬で収納され、途端に、今まで航宙母艦「赤城」から受けていたコヒーレントなガンマ線ビームに伴う減速がなくなる。母艦と私の航宙戦闘機「ゼロ」の相対速度は未だに三〇〇メートル毎秒。その状態で、我が「ゼロ」は「赤城」の航宙機発着管に飛び込んだ。
 凄まじい減速。私の機械の体はパイロットシートに押しつけられる。長さ三〇〇メートルの航宙機発着管いっぱいに電磁レールで減速され、発着管の底に到達したときには、彼我の相対速度はほぼゼロになっている。
 ずん――。
 鈍い音と共に、残りの相対速度が発着管の底の衝撃吸収剤によって解消されたことを感じる。
「レイ」
 先に着艦していたい日向絵留少尉が通信してきた。
「報告してくる。また後で。――今夜、二人で祝勝会よ」
「了解しました」
 私は自分の機械の頭脳の情動パラメータがおかしな値を取っているのを自覚しながら、そう応答した。

「建売館の殺人」太田忠司(画・YOUCHAN)

(PDFバージョン:tateurikannnosatujinn_ootatadasi

 その女性は日曜の昼下がり、私が妻と遅い昼食を終えてコーヒーを楽しんでいるときに我が家のインターフォンを押した。
 女性と言ったが、第一印象はむしろ少女と呼ぶべきものだった。小柄でショートカットの髪。小さな顔には不釣り合いに大きな黒縁眼鏡。身に着けているダッフルコートはいささか大きめだった。そしてそんな愛らしい風貌に似合わない、無骨で大きなバッグを抱えている。
「密原トリカと言います。黒死館大学の建築科に在籍する学生です」
 玄関先で彼女は自己紹介した。はきはきとした物言いだ。なかなか好感が持てる。問題は、彼女のことをまったく知らないことだった。
「どういうご用件ですか」
「わたし、卒論で城之内実朝の研究をすることになりました。それで協力してほしいんです」
「じょうのうち……誰ですか、それ?」
「日本最高、いえ、世界屈指の建築科です」
 トリカと名乗る少女は頬を紅潮させて言った。
「彼が設計した建築物は他に類を見ないユニークなものなんです。なのに今まで誰も彼の作品について研究調査をしていません。わたしが城之内実朝研究のパイオニアとして建築界に名乗りを上げるためにも、そしてもちろん卒論を完成させて大学を無事卒業するためにも、ぜひとも山田さんのお力添えをいただけませんか」
「力添えって……何をすれば?」
「お宅を調べさせてください」
「この家を? どうして?」
「だから、このお宅が城之内実朝の作品なんですよ」
 トリカはじれったそうに言った。
「うちが? だってここ、五年前に買った建売住宅ですよ。そんな立派な建築家に作ってもらったような建物なんかじゃ――」

「わたしを数える」高島雄哉


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 まどろみながら今日もわたしは井戸の底で皿を数えている。
 計算機が形成するこの架空のお化け屋敷を訪れる人間は少なく、まして屋敷の最奥のわたしの井戸までやってくるのは余程の趣味人か暇人、あるいは迷子だけだ。
 人間は思考補助機によって仮想現実に意識を移し、手軽に現実以上の体験ができるようになった。計算機は仮想の遊戯プログラムを増やし続けている。人間はそれらで遊ぶのに忙しく、わたしが暮らすお化け屋敷はすっかり閑散としているのだった。
 だが人間が来ても来なくても、わたしはただ皿を数え続ける。数えることがわたしのすべてであるかのように。
「あの、お姉さん」
 縁台に男の子が立っていた。わたしはいつものように眠たくて今まで気付かなかった。

「追憶負債者」窓川要


(PDFバージョン:tuiokufusaisha_madokawakaname
「それではいつも通り、楠木さんからは――息子さんとの記憶を、息子さんからは――楠木さんとの記憶を、それぞれ消去いたします」
 はい、と私は答えた。女性係官はキャリーバッグから認証用のタッチパッドを取り出し、目も合わせずにこちらへ寄越した。私はそれを受け取り、掌を重ねて認証を済ませ、そっと壁に立てかけた。手狭なアパートの玄関だ。私と息子と係官、三人も腰を下ろしていれば、物も置けないほど窮屈になる。
 係官はバッグを開き、二組の装置を取り出し、私と息子に差し出した。フルフェイスヘルメットのようなそれは、俗に「壺」と呼ばれている。私は「壺」を被り、アジャスターを締めた。真っ暗な「壺」の内側を見つめた。顔の前面には空間があるが、後面から首筋にかけてはジェルクッションが密着している。ひんやりとした感触が背筋を震わせた。
「起動します」
 係官の声と共に「壺」の中にゆらゆらと光が漂い始め、顔面を撫でた。青く冷たい光は水底のようだった。

「クリスマスプレゼント」春名功武


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 12月最初の日曜日。3歳の息子はオモチャ屋の広告に魅入っていた。クリスマス前になると、どこの家庭でもよく見られる光景だろう。そしてその日、私宛に一通の妙な手紙が届いた。封筒に差出人は書かれておらず、代わりに西洋柊とベルの模様が入っていた。どうせどこかのクリスマスセールの案内状だろうと安易に考えていた。ビリビリと封を破ると、便箋と千円札が3枚入っていた。新手のクリスマス戦略なのかとも思ったが、どうも様子が違うようだ。便箋は2枚にも渡り、達筆な文字で丁寧に書かれてあった。
 私はゆっくりと読み始めた。手紙を読み終えると、すぐさまライターで火をつけて燃やした。燃えゆく炎を見詰めながら、ふと幼い日のことを思い出した。

「クリスマスキャロル」飯野文彦

(PDFバージョン:christmascarol_iinofumihiko
 昼近くに目を覚ました。どこぞへ飯でも食いに行こうとした。いつもの習慣で、玄関先のポストを覗くと、引っ越し、宅配ピザのチラシといっしょに一通の封筒が入っている。
 表に〈井之妖彦様〉と私の名前が書いてあるだけだった。住所も書いてなければ、切手も貼ってない。怪しげな勧誘、案内の類かと想いながらも、裏返した途端、私の目はくぎ付けとなった。
 H・N子と書いてある。表の私の名前同様に、淡い青インクで書かれていることも、ますます私を動揺させた。
 辺りを見回した。私が住むぼろ長屋の前の露地に、人けはなかった。十メートルあまり離れた場所にいた三毛猫が、立ち止まり、私を見ていた。動物の勘というやつで、ただならぬ気配を感じたのかもしれない。
 一瞬、迷った。投函した主が、まだそこら辺りにいるかもしれない。追いかけようか。だが足は動かなかった。代わりに外出を止め、家内に戻った。
 玄関戸を閉めるなり、ふたたび封筒に目を戻した。どちらも達筆だ。大人の書いた文字である。四十になる私より三つ年下だから、それもとうぜんか。しかし……。

「電子記憶媒体」大梅健太郎


(PDFバージョン:dennsikiokubaitai_ooumekenntarou
 息苦しい。
 僕は腹部に重みを感じ、ゆっくりと目を開けた。季節は秋なので、暑さで寝苦しいわけではない。電気を消した部屋の天井は、窓からの夜明かりに照らされている。視界をさえぎるように、黒い影があった。
 深く息をつき、腕を動かしてみる。予想はしていたが、ぴくりともしない。身もよじれない。金縛りだ。
 壁にかかる時計の針は午前二時過ぎを指していた。
 腹部に正座している幽霊を観察してみる。淡い輪郭が部屋の暗闇に溶けそうだが、判別はつく。短髪で、男だ。
「にし、わき」
 名前を呼ばれた気がした。
 はて。どこかで見たことがある気がする。少し考えて、はたと思い至った。
「い、ち、は、ら」
 声を絞り出すと、幽霊は僕の顔をのぞきこんできた。そして、今度ははっきりと聞き取れる声で言った。
「本当に、見えるのか」

「計画殺兎」春名功武


(PDFバージョン:keikakusatto_harunaisamu
 うさぎは純白な毛並みで、つぶらな瞳がとてもチャーミングであった。
 両親は娘にペットを通して命の大切さを学んで欲しいと思いうさぎを買い与えた。
 娘はたいそう喜んだ。うさぎを抱きかかえて、頬ずりする。娘が最近気に入っている愛情表現であった。うさぎが来てから、家庭がパッと明るくなったように感じる。両親はうさぎを飼って正解だったと思っていた。
 不意に母親が、娘にこんな事を言った。
「うさぎはね、寂しいと死んじゃうんだよ」
「大丈夫。ワタシずっと一緒にいるから」

「アンナと無垢な帝王」木本雅彦


(PDFバージョン:annnatomukunateiou_kimotomasahiko
 ノックの音がする。
 ドーン、ドーンド、ドンドンドンドンドン。
「雪だるま、つくーろー」
「うるせえ」
 幼馴染みのアンナは、いつも俺の眠りを邪魔する。はっきりと言うが、うざい。
 ギャルゲーに出てくる幼馴染みは、眠りを邪魔するにしても、もう少し愛嬌があるのに、俺の幼馴染みは邪魔ばかりだ。
 うざい、本当にうざい。
「ねー、ねー、雪だるまー」
「うるせえ。俺は寝ている」
「そんなこと言って、昨夜もネットしてたんでしょ。就職しなよ」
「放っておいてくれ。今さら俺なんかが就職できるはずないだろ」
「できるよ」
「どうやって」
「真実の愛の力で」
「本当か?」

「まわる」谷田貝和男


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「すごい」
 月の裏側にある観測拠点。
 探査機から送られてくる観測結果を見て、天文学者の周は管制室で思わず感嘆の声を上げた。
「こんなに間近に、中性子星が見られるとは……」
「まったくだな。生きているうちにこんなことがあるとは、思わなかった」
「テンジンさんですね。ようこそお越しくださいました」
 声をかけながら入ってきた老人に、周は最敬礼した。
 テンジンは北京に本社を持つ世界的企業のCEOで、この世界では伝説の人物である。少数民族の出身ながら会社を世界トップに押し上げた技術の開発者であり、そして、本プロジェクトを推進しているリーダーでもあるのだ。

 りゅう座方向に見つかったこの星が、太陽系からわずか250天文単位の距離まで接近してフライバイすることが分かったのは、数ヶ月前のことだった。

「座敷童子」八杉将司

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 中学最後の夏休み、ぼくと弟は親に連れられて久しぶりに田舎に帰省した。
 去年の暮れに父方のおばあさんが病気で死んで、その初盆だったのだ。
 田舎は山奥にあって、近くに電車も通ってないので二時間に一本しかこない路線バスに長いこと揺られなければならなかった。そうやってたどり着いた村は、寺と八百屋があるぐらいでほかは何もない。連なった山に囲まれてひっそりと田畑が広がる農村でしかなかった。
 しかし、親の実家は大きかった。土蔵が建ち並び、黒々とした瓦屋根を葺いた日本家屋はまるで大名屋敷だった。
 かつては名高い大地主で、周辺の土地や背後に見える山々までも抱えていたそうだ。
 とはいえ昔のことに過ぎない。おじいさんはぼくが生まれる前に他界していて、おばあさんも死んでしまった現在、継いだ伯父さんが一人で細々と農業を営んでいた。
 寺の住職による子守唄みたいなお経がようやく終わり、やたらと広い居間で親戚たちにお酒と料理が振舞われていた。
 ぼくと弟は適当に稲荷寿司をほおばると、さっさとすぐ横の縁側に出た。持ってきた漫画を読む。ここにくるまでに何度も読んだので飽きていたが、ほかに退屈をしのげる方法がなかった。
 とにかく親戚があふれる居間にはいたくなかった。酒臭い空気が充満しているのと、酔った親戚のおじさんにつかまると同じ話を繰り返し聞かされるので苦手だったのだ。
 おじさんの話というのは、妖怪の言い伝えだった。

「ウォータークラフト」田丸雅智


(PDFバージョン:watercraft_tamarumasatomo
「もっくん、遊びに来たよ」
 チャイムを鳴らすとお母さんが出てきたから、ぼくはしゃんと背を伸ばして言った。
「こんにちは。もっくんいますか?」
 お母さんはにっこり笑って、二階にどうぞと通してくれた。
 もっくんは、ぼくの親友のひとり。
 他の人とはちがう自分の世界をいっぱい持っている人だから、一緒に遊んでいてとっても楽しい友達だ。これまでも、いろんな知らない世界のことをぼくはたくさん教えてもらってきた。
 ものを作ることの楽しさを教えてくれたのも、もっくんだった。もっくんは、釣りで使うルアーなんかも自分で作ってしまうほど。
 ルアー作りは、バルサというやわらかい木をナイフで削るところからはじまる。はじめは粗く、途中からは細かくバルサを削って少しずつルアーの形――小魚の形を整えてやる。次に、出来上がったものにエアブラシでいろんな色を吹きつけて、ダークなものからカラフルなものまで自由自在に好きな模様を生みだしていく。ときには、あわびの殻を砕いた七色に光る粉をふりかけたりもしながら。塗装がすむと目を入れて、最後に色落ちしないように透明な液に何度もひたしてコーティングすると、ピカピカに輝くオリジナルのルアーの完成という具合。
 もちろんぼくのは、もっくんの作るプロみたいなのにはまだまだ遠く及ばないけど、こうして出来る世界で自分だけのルアーは見ているだけでうっとりするほどきれいなものだ。
「形には命がやどるんだ。これが造形美ってやつさ」

「オッドアイのクロ」伊野隆之

(PDFバージョン:oddoainokuro_inotakayuki
 猫を買うつもりはなかった。
 今まで動物を飼った経験はなかったし、ペットショップに足を踏み入れたこともない。それなのに、その店に、つい足を踏み入れてしまったのは、珍しく酔っぱらっていたせいか、それとも暖かくなりはじめた気候に浮かれていたからかも知れない。
 いや、猫を買った理由などどうでもいい。事実として目の前には黒猫がいて、一緒に買ってきたミルクをペチャペチャとなめている、はずだった。
 音のする方向を見て、改めて目を凝らした。確かに、時折ピンクの舌がミルクを舐めるのがはっきりと見える。でも。
 目をこする。最初は、目の調子が悪いのかと思った。目をこすっても、見えるのはひとかたまりの闇。いや、ひとかたまりというような立体感はなく、なのに平らにも見えない。ただ闇がある。そこから時折ピンクの舌がチロリロとのぞき、白いミルクを舐めている。
 しゃがみ込むようにして近づくと、舌の動きが止まり、突然、闇の中に二つの光が見えたんだ。金色とブルー。左右で色の違うオッドアイは、白猫に多いのではなかったか。白い歯と口蓋のピンクに縁取られた口を開け、にゃぁ、と小さく鳴いたのは、それは確かに猫だった。
 手を伸ばせば、確かにそこには柔らかな毛の感触があり、暖かな猫の体温がある。そっと抱き上げ、膝に乗せると、まるで膝の上に底なしの穴が開いたように見えた。
 しばらくなでていると、それが、ゴロゴロと喉を鳴らす。確かに、膝にかかるわずかな重みと、両手の感触からすれば、そこには確かに猫がいる。でも、黒猫はここまで黒いものなんだろうか。

「風が教えてくれた」森永西


(PDFバージョン:kazegaosietekureta_morinaganisi
「火事だあー」
 叫んだのは、他でもない私だが、本当は火事なんて起きていない。とはいえ、その辺にあったチラシに火をつけたり、今度は、ビニールの袋に火をつけてみた。かなりきつい臭いがする。よし、これならうまくいきそうだ。

 私は、浅野涼太、通信システムメーカーのライト&リアル社の技術者で、主に、テレビ会議システムの開発を担当している。
 1年ほど前に部長から、
「テレビ会議システムの開発を空調システムのアトモス社と提携して進めることになった。そのリーダーを浅野君に頼みたい」と伝えられた。空調システムと聞いて、最初は、「快適な空間でテレビ会議を」とでも売り込むのかなと思った。しかし、それなら、技術部ではなく、営業が販売協力をすればいいことである。
「いやいや、そういうことじゃなくて。テレビ会議システムの一部として、空気のコントロール機能を組み込めないかと、アトモスの方から売り込みがあったんだ」部長は、提携話の概要を説明してくれた。その話はこうだ。
 アトモス社は、「空気のデジタル化」に取り組んでいて、かなりの線まで来ている。ある空間の温度、湿度、匂い、空気の流れなどをデジタル情報化して、別の空間に再現することがある程度までできるようになっているらしい。その応用先として、テレビ会議システムが有効なのではないかと考えたらしい。
 なるほど、面白そうだ。空気をデジタル化して、互いに共有できれば、例えば東京の会議室と福岡の会議室の空気がつながって一体化することを意味する。それが、どんな効果を及ぼすかは、実際にやってみないとわからないが、今までにはないリアリティをテレビ会議にもたらす可能性がありそうだ、とその時点でも感じたことをおぼえている。

『「真夏の夜の夢」作戦』蔵原大


(PDFバージョン:manatunoyonoyumesakusenn_kuraharadai
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[注意:本記録は、第一次太陽系大戦に参加した某アメリカ軍機動歩兵の遺体から回収済みの私的デジタル・ダイアリーである。内容の大半は秘文書扱いであり、ここでは一部のみ公開する。]

●記載日時:2020年10月11日
 ついに俺たちのブラボー中隊は解散と決まった。かわりにAI制御の装甲ウォーカー部隊が導入されるんだと。生身の人間はお払い箱ってわけだ。老兵は去れってか。

●記載日時:2020年10月14日
 俺たちは待命状態になった。要するに死刑執行を待て、ってこった。中隊員のなかには、議会の周りでデモ行進に参加する連中もいる。悪いな、みんな。俺は職探しさ。

●記載日時:2020年10月15日
 デモ隊は警察のロボ部隊にけちらされたそうだ。グエンはいつだって耳が早い。だがウェブのニュースには全然出てこねえ。俺たちのアメリカ、俺たちの民主主義はどこ行った?

●記載日時:2021年01月01日
 とうとう来た、見たくもなかった通知だ。古式ゆかしき紙の通知で来やがった。俺は正式に除隊処分。アンソニーもデリラも、グエンも、中隊のみんながだ。お偉方は本気でアメリカ軍をロボコップ兵団に改編するってか。一昨日のウェブ・ニュースで放映されてた高慢ちきなコメンテータのセリフを思い出す。「高度なAIに支援された無人戦闘機は、人間の兵士に比べてコスト安でかつ過酷な環境に耐え、人道的にも……。」そうかい、そうかい。俺たち人間、ジャマな役立たずかよ。

「橋の下」田丸雅智


(PDFバージョン:hasinosita_tamarumasatomo
 窓の外には見事なオーシャンビューが広がっていた。
「うわぁぁ」
 と、ぼくは思わず感動のため息をもらす。
 青い空に、白い雲。太陽の光を受けてキラキラと照り輝く海。そして、瀬戸内に広がる緑の小さな島々……。
 絶景とはこのことだなぁと、ぼくは強くそう思った。すっかり言葉をなくしてぼんやり景色を眺めていると、遠くのほうを大きな船がゆったり通りすぎていった。
「そんなに驚いてくれたなら来てもらった甲斐があったよ」
 いとこのサトシくんは、うれしそうに言った。
「ほぉよ。わしもつくった甲斐があったというもんよ」
 つづいてじいちゃんも、おんなじようにそう言った。
 ぼくは、じいちゃんのつくったマンションの一室、サトシくんの新居に遊びに来たのだった。

「ドンの遺産」八杉将司

(PDFバージョン:donnnoisann_yasugimasayosi
 中古自動車の販売店から若い家族の乗ったフィアットが出て行く。
 販売員のアントニオは、客をにこやかに見送った。
 一仕事終えて気持ちよく空を仰ぐ。さわやかな地中海の青空が広がっていた。
 事務所に戻ろうとしたそのとき、敷地に車が入ってきた。
 黒いBMWのセダン。こんな小さな中古車販売店にくる客が乗るような車ではない。どこかしら不穏な空気を醸し出していた。
 アントニオは怯えた表情で周りに誰かいないか探した。ろくでもないやつに違いなかった。相手したくない。しかし、自分以外に接客スタッフは見当たらなかった。
 BMWは駐車スペースに入らず、アントニオに向かって滑り込んできた。彼に用があるかのように目の前で停まる。
 アントニオが後ずさりしかけると、後部座席のウインドウが降りた。
 ロマンスグレーの髪の貫禄ある年寄りが顔を出した。冷徹な目つきがアントニオを見て笑みに変わる。
「相変わらずのようだな、アントニオ」
「……パオロさん」
「乗れ。話がある」
「あの、でも、まだ仕事が……」
「あとで俺に呼ばれたと言えばいい」
 確かにそれで店長は黙るに違いなかった。パオロはマフィアの相談役(コンシリエーリ)である長老だった。彼に逆らえばこの街では食べていけない。
 アントニオは戸惑いながらもパオロの隣に乗り込んだ。