カテゴリー: ショートショート

「クリスマスプレゼント」春名功武


(PDFバージョン:christmaspresent_harunaisamu
 12月最初の日曜日。3歳の息子はオモチャ屋の広告に魅入っていた。クリスマス前になると、どこの家庭でもよく見られる光景だろう。そしてその日、私宛に一通の妙な手紙が届いた。封筒に差出人は書かれておらず、代わりに西洋柊とベルの模様が入っていた。どうせどこかのクリスマスセールの案内状だろうと安易に考えていた。ビリビリと封を破ると、便箋と千円札が3枚入っていた。新手のクリスマス戦略なのかとも思ったが、どうも様子が違うようだ。便箋は2枚にも渡り、達筆な文字で丁寧に書かれてあった。
 私はゆっくりと読み始めた。手紙を読み終えると、すぐさまライターで火をつけて燃やした。燃えゆく炎を見詰めながら、ふと幼い日のことを思い出した。

「クリスマスキャロル」飯野文彦

(PDFバージョン:christmascarol_iinofumihiko
 昼近くに目を覚ました。どこぞへ飯でも食いに行こうとした。いつもの習慣で、玄関先のポストを覗くと、引っ越し、宅配ピザのチラシといっしょに一通の封筒が入っている。
 表に〈井之妖彦様〉と私の名前が書いてあるだけだった。住所も書いてなければ、切手も貼ってない。怪しげな勧誘、案内の類かと想いながらも、裏返した途端、私の目はくぎ付けとなった。
 H・N子と書いてある。表の私の名前同様に、淡い青インクで書かれていることも、ますます私を動揺させた。
 辺りを見回した。私が住むぼろ長屋の前の露地に、人けはなかった。十メートルあまり離れた場所にいた三毛猫が、立ち止まり、私を見ていた。動物の勘というやつで、ただならぬ気配を感じたのかもしれない。
 一瞬、迷った。投函した主が、まだそこら辺りにいるかもしれない。追いかけようか。だが足は動かなかった。代わりに外出を止め、家内に戻った。
 玄関戸を閉めるなり、ふたたび封筒に目を戻した。どちらも達筆だ。大人の書いた文字である。四十になる私より三つ年下だから、それもとうぜんか。しかし……。

「電子記憶媒体」大梅健太郎


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 息苦しい。
 僕は腹部に重みを感じ、ゆっくりと目を開けた。季節は秋なので、暑さで寝苦しいわけではない。電気を消した部屋の天井は、窓からの夜明かりに照らされている。視界をさえぎるように、黒い影があった。
 深く息をつき、腕を動かしてみる。予想はしていたが、ぴくりともしない。身もよじれない。金縛りだ。
 壁にかかる時計の針は午前二時過ぎを指していた。
 腹部に正座している幽霊を観察してみる。淡い輪郭が部屋の暗闇に溶けそうだが、判別はつく。短髪で、男だ。
「にし、わき」
 名前を呼ばれた気がした。
 はて。どこかで見たことがある気がする。少し考えて、はたと思い至った。
「い、ち、は、ら」
 声を絞り出すと、幽霊は僕の顔をのぞきこんできた。そして、今度ははっきりと聞き取れる声で言った。
「本当に、見えるのか」

「計画殺兎」春名功武


(PDFバージョン:keikakusatto_harunaisamu
 うさぎは純白な毛並みで、つぶらな瞳がとてもチャーミングであった。
 両親は娘にペットを通して命の大切さを学んで欲しいと思いうさぎを買い与えた。
 娘はたいそう喜んだ。うさぎを抱きかかえて、頬ずりする。娘が最近気に入っている愛情表現であった。うさぎが来てから、家庭がパッと明るくなったように感じる。両親はうさぎを飼って正解だったと思っていた。
 不意に母親が、娘にこんな事を言った。
「うさぎはね、寂しいと死んじゃうんだよ」
「大丈夫。ワタシずっと一緒にいるから」

「アンナと無垢な帝王」木本雅彦


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 ノックの音がする。
 ドーン、ドーンド、ドンドンドンドンドン。
「雪だるま、つくーろー」
「うるせえ」
 幼馴染みのアンナは、いつも俺の眠りを邪魔する。はっきりと言うが、うざい。
 ギャルゲーに出てくる幼馴染みは、眠りを邪魔するにしても、もう少し愛嬌があるのに、俺の幼馴染みは邪魔ばかりだ。
 うざい、本当にうざい。
「ねー、ねー、雪だるまー」
「うるせえ。俺は寝ている」
「そんなこと言って、昨夜もネットしてたんでしょ。就職しなよ」
「放っておいてくれ。今さら俺なんかが就職できるはずないだろ」
「できるよ」
「どうやって」
「真実の愛の力で」
「本当か?」

「まわる」谷田貝和男


(PDFバージョン:mawaru_yatagaikazuo
「すごい」
 月の裏側にある観測拠点。
 探査機から送られてくる観測結果を見て、天文学者の周は管制室で思わず感嘆の声を上げた。
「こんなに間近に、中性子星が見られるとは……」
「まったくだな。生きているうちにこんなことがあるとは、思わなかった」
「テンジンさんですね。ようこそお越しくださいました」
 声をかけながら入ってきた老人に、周は最敬礼した。
 テンジンは北京に本社を持つ世界的企業のCEOで、この世界では伝説の人物である。少数民族の出身ながら会社を世界トップに押し上げた技術の開発者であり、そして、本プロジェクトを推進しているリーダーでもあるのだ。

 りゅう座方向に見つかったこの星が、太陽系からわずか250天文単位の距離まで接近してフライバイすることが分かったのは、数ヶ月前のことだった。

「座敷童子」八杉将司

(PDFバージョン:zasikiwarasi_yasugimasayosi
 中学最後の夏休み、ぼくと弟は親に連れられて久しぶりに田舎に帰省した。
 去年の暮れに父方のおばあさんが病気で死んで、その初盆だったのだ。
 田舎は山奥にあって、近くに電車も通ってないので二時間に一本しかこない路線バスに長いこと揺られなければならなかった。そうやってたどり着いた村は、寺と八百屋があるぐらいでほかは何もない。連なった山に囲まれてひっそりと田畑が広がる農村でしかなかった。
 しかし、親の実家は大きかった。土蔵が建ち並び、黒々とした瓦屋根を葺いた日本家屋はまるで大名屋敷だった。
 かつては名高い大地主で、周辺の土地や背後に見える山々までも抱えていたそうだ。
 とはいえ昔のことに過ぎない。おじいさんはぼくが生まれる前に他界していて、おばあさんも死んでしまった現在、継いだ伯父さんが一人で細々と農業を営んでいた。
 寺の住職による子守唄みたいなお経がようやく終わり、やたらと広い居間で親戚たちにお酒と料理が振舞われていた。
 ぼくと弟は適当に稲荷寿司をほおばると、さっさとすぐ横の縁側に出た。持ってきた漫画を読む。ここにくるまでに何度も読んだので飽きていたが、ほかに退屈をしのげる方法がなかった。
 とにかく親戚があふれる居間にはいたくなかった。酒臭い空気が充満しているのと、酔った親戚のおじさんにつかまると同じ話を繰り返し聞かされるので苦手だったのだ。
 おじさんの話というのは、妖怪の言い伝えだった。

「ウォータークラフト」田丸雅智


(PDFバージョン:watercraft_tamarumasatomo
「もっくん、遊びに来たよ」
 チャイムを鳴らすとお母さんが出てきたから、ぼくはしゃんと背を伸ばして言った。
「こんにちは。もっくんいますか?」
 お母さんはにっこり笑って、二階にどうぞと通してくれた。
 もっくんは、ぼくの親友のひとり。
 他の人とはちがう自分の世界をいっぱい持っている人だから、一緒に遊んでいてとっても楽しい友達だ。これまでも、いろんな知らない世界のことをぼくはたくさん教えてもらってきた。
 ものを作ることの楽しさを教えてくれたのも、もっくんだった。もっくんは、釣りで使うルアーなんかも自分で作ってしまうほど。
 ルアー作りは、バルサというやわらかい木をナイフで削るところからはじまる。はじめは粗く、途中からは細かくバルサを削って少しずつルアーの形――小魚の形を整えてやる。次に、出来上がったものにエアブラシでいろんな色を吹きつけて、ダークなものからカラフルなものまで自由自在に好きな模様を生みだしていく。ときには、あわびの殻を砕いた七色に光る粉をふりかけたりもしながら。塗装がすむと目を入れて、最後に色落ちしないように透明な液に何度もひたしてコーティングすると、ピカピカに輝くオリジナルのルアーの完成という具合。
 もちろんぼくのは、もっくんの作るプロみたいなのにはまだまだ遠く及ばないけど、こうして出来る世界で自分だけのルアーは見ているだけでうっとりするほどきれいなものだ。
「形には命がやどるんだ。これが造形美ってやつさ」

「オッドアイのクロ」伊野隆之

(PDFバージョン:oddoainokuro_inotakayuki
 猫を買うつもりはなかった。
 今まで動物を飼った経験はなかったし、ペットショップに足を踏み入れたこともない。それなのに、その店に、つい足を踏み入れてしまったのは、珍しく酔っぱらっていたせいか、それとも暖かくなりはじめた気候に浮かれていたからかも知れない。
 いや、猫を買った理由などどうでもいい。事実として目の前には黒猫がいて、一緒に買ってきたミルクをペチャペチャとなめている、はずだった。
 音のする方向を見て、改めて目を凝らした。確かに、時折ピンクの舌がミルクを舐めるのがはっきりと見える。でも。
 目をこする。最初は、目の調子が悪いのかと思った。目をこすっても、見えるのはひとかたまりの闇。いや、ひとかたまりというような立体感はなく、なのに平らにも見えない。ただ闇がある。そこから時折ピンクの舌がチロリロとのぞき、白いミルクを舐めている。
 しゃがみ込むようにして近づくと、舌の動きが止まり、突然、闇の中に二つの光が見えたんだ。金色とブルー。左右で色の違うオッドアイは、白猫に多いのではなかったか。白い歯と口蓋のピンクに縁取られた口を開け、にゃぁ、と小さく鳴いたのは、それは確かに猫だった。
 手を伸ばせば、確かにそこには柔らかな毛の感触があり、暖かな猫の体温がある。そっと抱き上げ、膝に乗せると、まるで膝の上に底なしの穴が開いたように見えた。
 しばらくなでていると、それが、ゴロゴロと喉を鳴らす。確かに、膝にかかるわずかな重みと、両手の感触からすれば、そこには確かに猫がいる。でも、黒猫はここまで黒いものなんだろうか。

「風が教えてくれた」森永西


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「火事だあー」
 叫んだのは、他でもない私だが、本当は火事なんて起きていない。とはいえ、その辺にあったチラシに火をつけたり、今度は、ビニールの袋に火をつけてみた。かなりきつい臭いがする。よし、これならうまくいきそうだ。

 私は、浅野涼太、通信システムメーカーのライト&リアル社の技術者で、主に、テレビ会議システムの開発を担当している。
 1年ほど前に部長から、
「テレビ会議システムの開発を空調システムのアトモス社と提携して進めることになった。そのリーダーを浅野君に頼みたい」と伝えられた。空調システムと聞いて、最初は、「快適な空間でテレビ会議を」とでも売り込むのかなと思った。しかし、それなら、技術部ではなく、営業が販売協力をすればいいことである。
「いやいや、そういうことじゃなくて。テレビ会議システムの一部として、空気のコントロール機能を組み込めないかと、アトモスの方から売り込みがあったんだ」部長は、提携話の概要を説明してくれた。その話はこうだ。
 アトモス社は、「空気のデジタル化」に取り組んでいて、かなりの線まで来ている。ある空間の温度、湿度、匂い、空気の流れなどをデジタル情報化して、別の空間に再現することがある程度までできるようになっているらしい。その応用先として、テレビ会議システムが有効なのではないかと考えたらしい。
 なるほど、面白そうだ。空気をデジタル化して、互いに共有できれば、例えば東京の会議室と福岡の会議室の空気がつながって一体化することを意味する。それが、どんな効果を及ぼすかは、実際にやってみないとわからないが、今までにはないリアリティをテレビ会議にもたらす可能性がありそうだ、とその時点でも感じたことをおぼえている。

『「真夏の夜の夢」作戦』蔵原大


(PDFバージョン:manatunoyonoyumesakusenn_kuraharadai
(この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示 – 非営利 – 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています: http://creativecommons.org/

[注意:本記録は、第一次太陽系大戦に参加した某アメリカ軍機動歩兵の遺体から回収済みの私的デジタル・ダイアリーである。内容の大半は秘文書扱いであり、ここでは一部のみ公開する。]

●記載日時:2020年10月11日
 ついに俺たちのブラボー中隊は解散と決まった。かわりにAI制御の装甲ウォーカー部隊が導入されるんだと。生身の人間はお払い箱ってわけだ。老兵は去れってか。

●記載日時:2020年10月14日
 俺たちは待命状態になった。要するに死刑執行を待て、ってこった。中隊員のなかには、議会の周りでデモ行進に参加する連中もいる。悪いな、みんな。俺は職探しさ。

●記載日時:2020年10月15日
 デモ隊は警察のロボ部隊にけちらされたそうだ。グエンはいつだって耳が早い。だがウェブのニュースには全然出てこねえ。俺たちのアメリカ、俺たちの民主主義はどこ行った?

●記載日時:2021年01月01日
 とうとう来た、見たくもなかった通知だ。古式ゆかしき紙の通知で来やがった。俺は正式に除隊処分。アンソニーもデリラも、グエンも、中隊のみんながだ。お偉方は本気でアメリカ軍をロボコップ兵団に改編するってか。一昨日のウェブ・ニュースで放映されてた高慢ちきなコメンテータのセリフを思い出す。「高度なAIに支援された無人戦闘機は、人間の兵士に比べてコスト安でかつ過酷な環境に耐え、人道的にも……。」そうかい、そうかい。俺たち人間、ジャマな役立たずかよ。

「橋の下」田丸雅智


(PDFバージョン:hasinosita_tamarumasatomo
 窓の外には見事なオーシャンビューが広がっていた。
「うわぁぁ」
 と、ぼくは思わず感動のため息をもらす。
 青い空に、白い雲。太陽の光を受けてキラキラと照り輝く海。そして、瀬戸内に広がる緑の小さな島々……。
 絶景とはこのことだなぁと、ぼくは強くそう思った。すっかり言葉をなくしてぼんやり景色を眺めていると、遠くのほうを大きな船がゆったり通りすぎていった。
「そんなに驚いてくれたなら来てもらった甲斐があったよ」
 いとこのサトシくんは、うれしそうに言った。
「ほぉよ。わしもつくった甲斐があったというもんよ」
 つづいてじいちゃんも、おんなじようにそう言った。
 ぼくは、じいちゃんのつくったマンションの一室、サトシくんの新居に遊びに来たのだった。

「ドンの遺産」八杉将司

(PDFバージョン:donnnoisann_yasugimasayosi
 中古自動車の販売店から若い家族の乗ったフィアットが出て行く。
 販売員のアントニオは、客をにこやかに見送った。
 一仕事終えて気持ちよく空を仰ぐ。さわやかな地中海の青空が広がっていた。
 事務所に戻ろうとしたそのとき、敷地に車が入ってきた。
 黒いBMWのセダン。こんな小さな中古車販売店にくる客が乗るような車ではない。どこかしら不穏な空気を醸し出していた。
 アントニオは怯えた表情で周りに誰かいないか探した。ろくでもないやつに違いなかった。相手したくない。しかし、自分以外に接客スタッフは見当たらなかった。
 BMWは駐車スペースに入らず、アントニオに向かって滑り込んできた。彼に用があるかのように目の前で停まる。
 アントニオが後ずさりしかけると、後部座席のウインドウが降りた。
 ロマンスグレーの髪の貫禄ある年寄りが顔を出した。冷徹な目つきがアントニオを見て笑みに変わる。
「相変わらずのようだな、アントニオ」
「……パオロさん」
「乗れ。話がある」
「あの、でも、まだ仕事が……」
「あとで俺に呼ばれたと言えばいい」
 確かにそれで店長は黙るに違いなかった。パオロはマフィアの相談役(コンシリエーリ)である長老だった。彼に逆らえばこの街では食べていけない。
 アントニオは戸惑いながらもパオロの隣に乗り込んだ。

「らせん階段」田丸雅智


(PDFバージョン:rasennkaidann_tamarumasatomo
 学校から帰ると、鉄工所から賑やかな声が聞こえてきた。
 どこかのえらい人たちが視察というやつに来ているのかなと思ってのぞくと、白いツナギを着たたくさんの人たちで作業場はいっぱいになっていた。
 アルバイトの人でも雇ったのかなと考えながら作業場に足を踏み入れた瞬間、ぼくは横から出てきた人と、あやうくぶつかりそうになった。
「ごめんなさい」
 とっさにあやまってそちらに目をやって、驚いた。
 いつの間に設置したのか、鉄工所の中には十メートルくらいのらせん階段がそびえ立っていた。そしてそこから、あいだを空けて順々にたくましい身体をした男の人たちが降りてきていたのだった。
 その人たちは、らせん階段から降りてくると順に並んで作業台に置かれた何かの部品を流れ作業で組み立てていた。流れ作業といっても、不思議なことに流れているのは部品のほうじゃなくて人のほうだったのだけど。

「ここではない、どこかへ」高橋桐矢


(PDFバージョン:kokodehanai_takahasikiriya
 すいかずらの甘い花の蜜に、ぶんぶんとミツバチが飛びかう、そんな春の日。若いカマキリの三角の頭の中で、小さな声がささやきました。
 ――ここは自分がいるべき場所じゃない。
 若いカマキリは、またあの声だ、と思いました。
 花の間を飛びまわるミツバチは、みないそがしそうです。春の日射しに、朝露をふくんだクモの巣が、きらきらとかがやき、地面ではアリが何かの種をほじくりかえしています。
 どこといって代わりばえのしない、いつもの光景でした。若いカマキリは近くの原っぱで生まれて、このスイカズラのヤブをねぐらにしていて、蜜をすいにやってくるチョウや、小さな羽虫をつかまえて食べ、日が暮れれば、葉の裏で休む、そんな毎日を過ごしていました。
 おかしな声が聞こえてくるようになったのは、つい最近のことでした。

「聞かざるは一生の損」林譲治

(PDFバージョン:kikazaruha_hayasijyouji
 ホテルの電話で起こされた。枕元の携帯を確認する。着信はない。つまり電話の主は、私の携帯番号を知らない相手。よい徴候だ。電話はフロント経由の外線電話だった。それは警察からで、妻が自殺したらしいという。ただ事情を訊きたいこともあるので早急に帰宅してもらいたいと。
 妻の死に茫然自失の夫を装いつつ、私は帰りの飛行機の中で、状況を分析していた、警察は新聞配達が第一発見者と説明した。電気もTVも点きっぱなしであることに不審をいだき、リビングの窓から覗いたら、妻が倒れていたという。近くに薬の瓶が転がったままで。

「入港遅延船」森岡浩之

(PDFバージョン:nyuukoutiennsenn_moriokahiroyuki
 作者敬白

 ここにお目にかけます『入港遅延船』は、『突変(徳間文庫・九月刊行予定)』のプロモーション小説です。
『突変』で名のみ語られる事件を、当事者の視点から描いたものです。したがって、登場人物はまったく重複しません。
 また、この作品のみを読んでも、登場人物たちの身になにが起こったか、世界になにが起こっているのか、よくわからないかもしれません。
「オチがないじゃないか」と仰るならば、ごもっとも。
『入港遅延船』と『突変』の関係は、『謎の映像』と『クローバーフィールド/HAKAISHA』の間にあるものに近い、と思っていただければ幸いです。
 ほんとうはこんな説明はせず、ティザー小説を気取りたかったけれど、そんな度胸はなかったぜ。
 それでは、どうぞお読みください。

 左手でサムズアップする。立てた指を半分ほど戻し、その第一関節より先を横から見る。
 すると、その湾の形になる。
 爪の根元辺りに狭い海峡があり、そこから下、すなわち南に島が横たわっている。島の海岸線は南南西に延びたあと、南東へ緩いカーブを描く。北の海峡のほぼ南、第一関節の少し下の辺りで、海岸線は鋭く南東へ方角を変えて、岬を形成する。その東の水域は北の海峡よりは広い。海峡の向こうには、島の岬と相対するように、別の岬が西へ突き出ている。岬から東北へ伸びる海岸線は、指の腹から指先をなぞるように撓み、爪の上を滑るように南西へ進む。爪の根元の海峡まで来ると、湾をぐるりと一周したことになる。
 夏、湾を囲む陸地は滴らんばかりの緑に染まる。いまは秋も終わりに近づき、陸は二色で分けられていた。やや色褪せながらも緑のままの部分と、赤茶けた部分だ。緑は森林であり、赤茶色は湿原だった。
 湿原には何本もの川が流れていた。最も大きいのは、東北の湖から下る川だ。海近くでは網の目のように分流を這わせているが、本流は親指の先端辺りで湾に注いでいる。その河口のやや南に、パナマックス級のドライバルク船サンルーカスが停泊していた。
 積荷は米国産デントコーンである。予定ではとっくに陸揚げされて、コーンスターチにでもなっているはずだが、よんどころない事情でいまだ船艙に留まっていた。

「空中ブランコ都市」田丸雅智


(PDFバージョン:kuuchuuburannkotosi_tamarumasatomo
 じいちゃんは、ここのところずっと忙しくしてる。だから、学校から帰ってきても仕事に出かけて居ないことがとっても多い。
 こうやって休みの日に鉄工所にやってきたのも、今日くらいはじいちゃんも家にいるだろうと思ってのことだった。
「ばあちゃん、じいちゃんは?」
 鉄工所の二階が、じいちゃんの家になっている。
 ぼくは、台所で割烹着姿になっているばあちゃんに聞いてみた。
「さあ、屋根の上にでもいるんじゃないかしらねぇ。ちょっと外にでて見てみたら?」
「今日も仕事なの?」
「みたいねぇ」
 溶接用のマスクをかぶったじいちゃんは、鉄工所の屋根にのぼって青白い火花をバチバチと散らしているところだった。
「じいちゃん、何やってんのー?」
 大きな声で聞いてみた。バチバチバチッと火花が散る。
「じいちゃんってばーっ!」
「おお、来たんか」
 と、マスクをとってじいちゃんが言った。
「すまんが、もうちょっと待ってくれ。もう終わるから」
 また少しのあいだバチバチバチッとやってから、じいちゃんはするすると梯子を降りてきた。
 一緒に家のなかへと戻ると、ばあちゃんがお菓子を出してくれた。
「すまんかったな。ここのところ忙しくての」
「何の仕事なの?」
「国から、ある壮大な実験の音頭をとるよう頼まれてな」
「国!?」

「クマのおじいさん」高橋桐矢


(PDFバージョン:kumanoojiisann_takahasikiriya
 ある年の冬、クマのおじいさんが死にました。夜明けに水を飲みに行って、そのままもどらなかったのです。
 森のみんなが覚えている一番昔から、クマのおじいさんは、おじいさんでした。クマのおじいさんがいくつだったのか誰も知りませんが、とにかく、かなりの年寄りだったことはたしかです。
 クマのおじいさんはいつも、柿の木の根元のくぼみでごろりと横たわって、うつらうつらと昼寝をしていました。
 夏は柿の木の葉かげですずみながら。秋は、ときどきは起き上がって、みんなのために、柿の木をゆらして実を落としてくれました。冬は葉のなくなった木の根元で、ひなたぼっこしていたものでした。
 年がら年中いつもそうしていたので、柿の木の根元の土がクマのおじいさんの体の形に、へこんでいました。
 クマのおじいさんが死んでいなくなって、春になってもなぜか、そこだけは草が生えませんでした。クマのおじいさんの大きくてまあるい体の形に、くぼんだあとが残っています。
 森の動物たちは、ときおりそのくぼみにやってきます。
 今日は、小さなヤマネがきています。ヤマネは、おじいさんの形のくぼみのまわりを、ぐるっと歩きました。
「おじいさん、いつもここにいたんだよなあ……」

「コルヌコピア5」山口優

(PDFバージョン:korunukopia5_yamagutiyuu
 空間が揺らいだ。
 私は気づく。これは、ピアが私を暴漢から救ったときと同じだ。但し今、この世界と少しずれた空間に飛ばされているのは、暴漢ではなく私自身、そしてピア、アマルティの三人。
「悪魔退治は大仕事だ。善良な一般人に被害が及ぶといけないからね」
 物言いは柔和だが、アマルティの声音は既に私と対等な学生のそれではない。悪魔を倒す天使、異端を排除する信徒――自らに誤謬は一〇〇%ないと信じ切った者特有の確信と優越感に満ちあふれている。
「何をするつッ――」
 言いかけて、私は言葉を喪う。私の身体が急速に落下し始めている。自由落下だ。ピアも、そしてアマルティも。アマルティだけは、落下しつつも、落ち着いた態度を崩さない。
 落下しつつ、ピアが私の腰にしがみついてきた。
「地球の重力に引かれてるんです」
 そう説明する。
「何よそれ――」
「余次元空間にも重力は届きます。でも他の相互作用は届かない。だから、電磁相互作用に伴う、地面とあたしたちの肉体の接触による抗力はここでは存在しないんです」

「硝子の本」平田真夫

(PDFバージョン:garasunohonn_hiratamasao
「おい、あれは何だと思う」
 土星の輪と平行に飛びながらタイタンに向かう途中、ふと妙な物を見つけて、相棒に話し掛ける。
「何のことですか」
「ほら、『上』を見ろ。カッシーニの端っこに、何か四角い物があるだろ」
「どれどれ」
 衛星間用小型機に同化した彼――いや、彼女かも知れない。実は、生活用ボディ同士では顔を合わせたことがないのである。今はこちらも真空と無重力に特化した体に同化しているし、何処かで出会っても、互いに相手だとは判るまい――は、慌てて自分の「眼」をそちらに向ける。
「どの辺ですか」
「待ってろ。今、方角を合わせてやる。『眼』の調整をこちらに渡せ」
「はい、どうぞ」
 目の前のタッチパネルに現れた十字型のカーソルを、肉眼で見付けた物体の位置に調整してやる。
「判るか」
「待って下さい。倍率を上げます」
 パネルに重なった映像が拡大される。途端に、件(くだん)の物体は画面の外に行ってしまう。
「ちょっとそのままにしてろ。視野から外れた」
 言いながら、再びカーソルを調整する。相棒が声を上げた。
「あ、判りました。あれですね」
 土星の輪と平行に飛んでいるといっても、ここまで近付いてしまうと、何処からが輪の外で何処からが中との明確な基準は無い。大小様々な大きさの氷の粒が、上に向かって次第に多くなっていくだけである。カッシーニの端にあるその物体も、疎らな氷の粒に囲まれて、辛うじて輪の中と言える位置に浮遊していた。

「ゼロ」山口優

(PDFバージョン:zero_yamagutiyuu
「我に続け。進路一時仰角三〇」
 絵留(える)少尉の搭乗機が複雑な運動パターンとともにそう告げる。量子テレポーテーション暗号通信システムは、彼女と私の機が共有している量子エンタングルメントの射影情報によってその通信を復号した。
 一斉に飛行隊はその進路へ向かう。星々だけが観戦する、漆黒に近い闇の戦場。飛行隊の各機の機影が、星の光の中、鈍く浮かび上がる。軽快な運動性と高い航続性を併せ持つ美しい機体たち。伝統的な紀年法に則って、二〇四〇年に制式化された我々の機は、「ゼロ」と通称される。
 前方で瞬く光が、一瞬で通り過ぎる。
 刹那の戦闘。

「アシュラジャケット」田丸雅智


(PDFバージョン:ashurajyaketto_tamarumasatomo
「じいちゃん、これなに?」
 とぼくが尋ねると、油のついた白いツナギを着たじいちゃんは得意そうにこう言った。
「アシュラジャケットのことじゃな」
 ここコイケ機械鉄工では、日夜、妙なものが生み出されつづけている。
 くるりと丸まった鉄くずの散らかる工場の隅には、いつの間にかアルミのハンガーラックが置かれていた。そしてそこには、黒いジャケットがずらりと何着も並んでいる。
「アシュラジャケット?」
「ほぉよ」
「またじいちゃんが発明したの?」
 ぼくが背を伸ばしてそれを手にとろうとすると、じいちゃんは慌てて止めに入った。
「おっと、さわっちゃいかん。まさにはまだ早いからの」

「死にかけのカエル」高橋桐矢


(PDFバージョン:sinikakenokaeru_takahasikiriya
 カエルは、まちがいなく死にかけていました。でもまだ、今は生きていました。足はまったく動かせず、動かせるのは、ヘビの口から出た上半身だけ。
 そう、カエルは、ヘビの大きな口にぱっくりと、足の先から飲みこまれていたのです。小さなカエルならひとのみにされてしまったでしょうが、まるまるとしたお腹の、よく太ったりっぱなカエルでした。
 それが足の先からがっちりとくわえこまれて、どうやっても逃げ出すことはできません。
 少しずつゆっくりゆっくりとヘビに飲みこまれながら、カエルは「はて、どうしたものか」と思いました。
 もう決して助からぬ、しかしまだしばらくはともかく生きているという、この中途半端な状態で、いったい何をすればよいのでしょう。
「どうしたらいいんだろうなあ」

「アームくん」田丸雅智


(PDFバージョン:aamukunn_tamarumasatomo
「ふんっ、ふんっ」
 と、汗を流してダンベルを上げているのは、見上げるほどにとっても大きな生体クレーンのアームくん。彼はクレーンでありながら、ヒトの片腕と同じような姿をしている。アームくんは、じいちゃんが発明した最先端のクレーンなんだ。
 じいちゃんは、コイケ機械鉄工という鉄工所をやっている。鉄工所という名前がついてはいるけど、興味があれば鉄をつかわず何でもつくってる。若いころに独立したじいちゃんはすぐに頭角をあらわして、すばらしい発明品を次々に生みだしてきたらしい。
 鉄工所の二階はじいちゃん家になっていて、ぼくは毎日、学校が終わるとお父さんかお母さんが迎えにくるまで鉄工所で遊んでる。ロウセキっていうチョークみたいな白い石で地面に絵を描いたり、強力な磁石で鉄くずを集めてみたり。それにあきると、じいちゃんの仕事の様子をのぞきにいく。
 じいちゃんがこのごろ発明した最新作。それが、このアームくん。

「円満な夫婦」宮野由梨香

(聞いて極楽シリーズ・その3)
(PDFバージョン:ennmannnafuufu_miyanoyurika
 その塾は私鉄の急行が停まる駅前の商店街の中にあった。高校受験のための塾だった。志保は大学の事務室にある資料でそのバイト先を知り、紹介状を書いてもらった。幸い、志保の教えぶりは評判がよいようだった。
「志保ちゃんが来てくれて、本当によかったよ」と、塾の経営者の男は言った。男は自分のことを「塾長」と呼ばせていた。志保を面接して採用したのも、この塾長だった。
「長く来てくれるつもりがあるなら、いろいろ任せたいな」
「就職活動で忙しくなるまでは、来ることができると思います」
 志保は大学2年生だった。
「十分だよ。そうだ! いっそ、ここに就職したら?」
と、中年男は相好を崩した。
「考えておいてよ。それまでのバイト代も、はずむからさ」
「そうですね」と答えたが、もちろん、志保にその気はなかった。
 思えば、この時にはっきりとした態度をとるべきだったのである。

「ヒューマニティ」山口優

(PDFバージョン:humanity_yamagutiyuu
「それでしたら、あちらの部署での手続きになります。あちらへどうぞ」
 私は丁寧にそう言い、手を別の部署に指し示した。
「ちょっと待ってください。あっちでそう言われて、ここに来たんですよ。たらい回しですか?」
 カウンターで私に向かい合う男性は、明らかにいらだっている。だが私としては、私の仕事に徹するしかない。
「あちらでお願いいたします」
「ですから、この手続きはここで、と言われたんですよ!」
「この手続きはあちらになります」
「どうなってるんですか?!」
「規則ですので」
「どうなってるんですか、と聞いてるんです」
「規則ですので」
 相手の男性はうんざりしたような顔をした。
「あなたの代わりにロボットがそこにいたほうがマシですね」
 そんな捨て台詞とともに、相手の男性は立ち去っていった。

「隣の爺」飯野文彦

(PDFバージョン:tonarinojiji_iinofumihiko
 わたしの実家の隣に爺が住んでいる。小汚い爺だった。ひとり暮らしだった。夏でも冬でも、煮染めたようなよれよれの着物(というよりも浴衣に近い)姿だった。
 その姿で時折、近所のスーパーに買い物に出る。振り返ったり、冷やかしたり、茶化したりするのは、爺を知らない者だ。地元に住む者は、子供だろうと決して、そんなことはしない。爺を見かけたら、はやめに避ける。偶然鉢合わせしたら、ぺこりと会釈し、足早に立ち去る。
 爺は名前を「砂川以作」といった。名前はみんな知っている。だが、それ以上知っている者はない。できるだけ関わり合いにならないようにしているからだ。否、もう一つ知っていることがある。それは爺が信じられないくらい長生きしていることだった。
 正確な年齢は誰も知らない。同じ町内に住む老人に訊いても、
「結婚して自分が越してきたときには、すでに老人で、あの家でひとり暮らしをしていた」
 と言う。幼い頃からこの町内に住んでいるという別の老人も、同様のことを言った。さらに、
「うちの祖父さん祖母さんが、ここに家を構えたとき、すでに砂川さんは老人で、あそこでひとりで暮らしていたと言っていた」
 と話した。そんな風だから、わたしが物心ついたとき、当然ながら爺はそこにいた。すでに爺だった。親から口を酸っぱくして言われたものだ。
「砂川さんには、ぜったいに近づかないこと」

「書籍秩序」太田忠司(画・YOUCHAN)

(PDFバージョン:shosekititujyo_ootatadasi

 十万という破格のバイト代を提示されたとき、気が付けばよかったのだ。世の中そんなに甘くないと。
 だが言い訳するようだが、あのときは他に選択の余地がなかった。仕送りをすべて使い果たし、バイト代が入ってくるのは十日先。それまで飢えをしのぎながら生きていくしかない状況だった。そんな人間が目の前に十枚の一万円札を置かれて冷静でいられるだろうか。いや、無理だ。
 それに叔母の口車も巧かった。
「部屋の片付けを頼みたいだけなの。一部屋だけよ。他には一切、手を着けなくていいから」
 ちょろい仕事だと思った僕を、誰が責められよう。
 しかし今、その部屋を前にして呆然としている自分がいる。

「ハノークは死んでいた」牧野修(画・YOUCHAN)

(コラム「怖くないとは言ってない」第十回記念作品)

(PDFバージョン:hanooku_makinoosamu

 おばけは捨てられ寂れ朽ちた庭が大好きです。
 廃園の夜は深く、月の光に誘われた人が重い闇に溺れてしまうからです。溺れた人は、おばけの良い遊び相手になります。だからおばけは捨てられ寂れ朽ちた庭が大好きなのです。
 夜に溺れるのは気持ちが良いのだと、ハノークのお母さんは失踪間際に家人へ告白しました。そして愛しい息子の名前を呼びながら夜の廃園を徘徊して五日目。夜に溺れてしまったのでしょう。彼女は姿を消したのです。その日の闇は格別深く、シロップのように濃く甘かったといいます。
 そうそう、ハノークの話ですね。