カテゴリー: ショートショート

「空中ブランコ都市」田丸雅智


(PDFバージョン:kuuchuuburannkotosi_tamarumasatomo
 じいちゃんは、ここのところずっと忙しくしてる。だから、学校から帰ってきても仕事に出かけて居ないことがとっても多い。
 こうやって休みの日に鉄工所にやってきたのも、今日くらいはじいちゃんも家にいるだろうと思ってのことだった。
「ばあちゃん、じいちゃんは?」
 鉄工所の二階が、じいちゃんの家になっている。
 ぼくは、台所で割烹着姿になっているばあちゃんに聞いてみた。
「さあ、屋根の上にでもいるんじゃないかしらねぇ。ちょっと外にでて見てみたら?」
「今日も仕事なの?」
「みたいねぇ」
 溶接用のマスクをかぶったじいちゃんは、鉄工所の屋根にのぼって青白い火花をバチバチと散らしているところだった。
「じいちゃん、何やってんのー?」
 大きな声で聞いてみた。バチバチバチッと火花が散る。
「じいちゃんってばーっ!」
「おお、来たんか」
 と、マスクをとってじいちゃんが言った。
「すまんが、もうちょっと待ってくれ。もう終わるから」
 また少しのあいだバチバチバチッとやってから、じいちゃんはするすると梯子を降りてきた。
 一緒に家のなかへと戻ると、ばあちゃんがお菓子を出してくれた。
「すまんかったな。ここのところ忙しくての」
「何の仕事なの?」
「国から、ある壮大な実験の音頭をとるよう頼まれてな」
「国!?」

「クマのおじいさん」高橋桐矢


(PDFバージョン:kumanoojiisann_takahasikiriya
 ある年の冬、クマのおじいさんが死にました。夜明けに水を飲みに行って、そのままもどらなかったのです。
 森のみんなが覚えている一番昔から、クマのおじいさんは、おじいさんでした。クマのおじいさんがいくつだったのか誰も知りませんが、とにかく、かなりの年寄りだったことはたしかです。
 クマのおじいさんはいつも、柿の木の根元のくぼみでごろりと横たわって、うつらうつらと昼寝をしていました。
 夏は柿の木の葉かげですずみながら。秋は、ときどきは起き上がって、みんなのために、柿の木をゆらして実を落としてくれました。冬は葉のなくなった木の根元で、ひなたぼっこしていたものでした。
 年がら年中いつもそうしていたので、柿の木の根元の土がクマのおじいさんの体の形に、へこんでいました。
 クマのおじいさんが死んでいなくなって、春になってもなぜか、そこだけは草が生えませんでした。クマのおじいさんの大きくてまあるい体の形に、くぼんだあとが残っています。
 森の動物たちは、ときおりそのくぼみにやってきます。
 今日は、小さなヤマネがきています。ヤマネは、おじいさんの形のくぼみのまわりを、ぐるっと歩きました。
「おじいさん、いつもここにいたんだよなあ……」

「コルヌコピア5」山口優

(PDFバージョン:korunukopia5_yamagutiyuu
 空間が揺らいだ。
 私は気づく。これは、ピアが私を暴漢から救ったときと同じだ。但し今、この世界と少しずれた空間に飛ばされているのは、暴漢ではなく私自身、そしてピア、アマルティの三人。
「悪魔退治は大仕事だ。善良な一般人に被害が及ぶといけないからね」
 物言いは柔和だが、アマルティの声音は既に私と対等な学生のそれではない。悪魔を倒す天使、異端を排除する信徒――自らに誤謬は一〇〇%ないと信じ切った者特有の確信と優越感に満ちあふれている。
「何をするつッ――」
 言いかけて、私は言葉を喪う。私の身体が急速に落下し始めている。自由落下だ。ピアも、そしてアマルティも。アマルティだけは、落下しつつも、落ち着いた態度を崩さない。
 落下しつつ、ピアが私の腰にしがみついてきた。
「地球の重力に引かれてるんです」
 そう説明する。
「何よそれ――」
「余次元空間にも重力は届きます。でも他の相互作用は届かない。だから、電磁相互作用に伴う、地面とあたしたちの肉体の接触による抗力はここでは存在しないんです」

「硝子の本」平田真夫

(PDFバージョン:garasunohonn_hiratamasao
「おい、あれは何だと思う」
 土星の輪と平行に飛びながらタイタンに向かう途中、ふと妙な物を見つけて、相棒に話し掛ける。
「何のことですか」
「ほら、『上』を見ろ。カッシーニの端っこに、何か四角い物があるだろ」
「どれどれ」
 衛星間用小型機に同化した彼――いや、彼女かも知れない。実は、生活用ボディ同士では顔を合わせたことがないのである。今はこちらも真空と無重力に特化した体に同化しているし、何処かで出会っても、互いに相手だとは判るまい――は、慌てて自分の「眼」をそちらに向ける。
「どの辺ですか」
「待ってろ。今、方角を合わせてやる。『眼』の調整をこちらに渡せ」
「はい、どうぞ」
 目の前のタッチパネルに現れた十字型のカーソルを、肉眼で見付けた物体の位置に調整してやる。
「判るか」
「待って下さい。倍率を上げます」
 パネルに重なった映像が拡大される。途端に、件(くだん)の物体は画面の外に行ってしまう。
「ちょっとそのままにしてろ。視野から外れた」
 言いながら、再びカーソルを調整する。相棒が声を上げた。
「あ、判りました。あれですね」
 土星の輪と平行に飛んでいるといっても、ここまで近付いてしまうと、何処からが輪の外で何処からが中との明確な基準は無い。大小様々な大きさの氷の粒が、上に向かって次第に多くなっていくだけである。カッシーニの端にあるその物体も、疎らな氷の粒に囲まれて、辛うじて輪の中と言える位置に浮遊していた。

「ゼロ」山口優

(PDFバージョン:zero_yamagutiyuu
「我に続け。進路一時仰角三〇」
 絵留(える)少尉の搭乗機が複雑な運動パターンとともにそう告げる。量子テレポーテーション暗号通信システムは、彼女と私の機が共有している量子エンタングルメントの射影情報によってその通信を復号した。
 一斉に飛行隊はその進路へ向かう。星々だけが観戦する、漆黒に近い闇の戦場。飛行隊の各機の機影が、星の光の中、鈍く浮かび上がる。軽快な運動性と高い航続性を併せ持つ美しい機体たち。伝統的な紀年法に則って、二〇四〇年に制式化された我々の機は、「ゼロ」と通称される。
 前方で瞬く光が、一瞬で通り過ぎる。
 刹那の戦闘。

「アシュラジャケット」田丸雅智


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「じいちゃん、これなに?」
 とぼくが尋ねると、油のついた白いツナギを着たじいちゃんは得意そうにこう言った。
「アシュラジャケットのことじゃな」
 ここコイケ機械鉄工では、日夜、妙なものが生み出されつづけている。
 くるりと丸まった鉄くずの散らかる工場の隅には、いつの間にかアルミのハンガーラックが置かれていた。そしてそこには、黒いジャケットがずらりと何着も並んでいる。
「アシュラジャケット?」
「ほぉよ」
「またじいちゃんが発明したの?」
 ぼくが背を伸ばしてそれを手にとろうとすると、じいちゃんは慌てて止めに入った。
「おっと、さわっちゃいかん。まさにはまだ早いからの」

「死にかけのカエル」高橋桐矢


(PDFバージョン:sinikakenokaeru_takahasikiriya
 カエルは、まちがいなく死にかけていました。でもまだ、今は生きていました。足はまったく動かせず、動かせるのは、ヘビの口から出た上半身だけ。
 そう、カエルは、ヘビの大きな口にぱっくりと、足の先から飲みこまれていたのです。小さなカエルならひとのみにされてしまったでしょうが、まるまるとしたお腹の、よく太ったりっぱなカエルでした。
 それが足の先からがっちりとくわえこまれて、どうやっても逃げ出すことはできません。
 少しずつゆっくりゆっくりとヘビに飲みこまれながら、カエルは「はて、どうしたものか」と思いました。
 もう決して助からぬ、しかしまだしばらくはともかく生きているという、この中途半端な状態で、いったい何をすればよいのでしょう。
「どうしたらいいんだろうなあ」

「アームくん」田丸雅智


(PDFバージョン:aamukunn_tamarumasatomo
「ふんっ、ふんっ」
 と、汗を流してダンベルを上げているのは、見上げるほどにとっても大きな生体クレーンのアームくん。彼はクレーンでありながら、ヒトの片腕と同じような姿をしている。アームくんは、じいちゃんが発明した最先端のクレーンなんだ。
 じいちゃんは、コイケ機械鉄工という鉄工所をやっている。鉄工所という名前がついてはいるけど、興味があれば鉄をつかわず何でもつくってる。若いころに独立したじいちゃんはすぐに頭角をあらわして、すばらしい発明品を次々に生みだしてきたらしい。
 鉄工所の二階はじいちゃん家になっていて、ぼくは毎日、学校が終わるとお父さんかお母さんが迎えにくるまで鉄工所で遊んでる。ロウセキっていうチョークみたいな白い石で地面に絵を描いたり、強力な磁石で鉄くずを集めてみたり。それにあきると、じいちゃんの仕事の様子をのぞきにいく。
 じいちゃんがこのごろ発明した最新作。それが、このアームくん。

「円満な夫婦」宮野由梨香

(聞いて極楽シリーズ・その3)
(PDFバージョン:ennmannnafuufu_miyanoyurika
 その塾は私鉄の急行が停まる駅前の商店街の中にあった。高校受験のための塾だった。志保は大学の事務室にある資料でそのバイト先を知り、紹介状を書いてもらった。幸い、志保の教えぶりは評判がよいようだった。
「志保ちゃんが来てくれて、本当によかったよ」と、塾の経営者の男は言った。男は自分のことを「塾長」と呼ばせていた。志保を面接して採用したのも、この塾長だった。
「長く来てくれるつもりがあるなら、いろいろ任せたいな」
「就職活動で忙しくなるまでは、来ることができると思います」
 志保は大学2年生だった。
「十分だよ。そうだ! いっそ、ここに就職したら?」
と、中年男は相好を崩した。
「考えておいてよ。それまでのバイト代も、はずむからさ」
「そうですね」と答えたが、もちろん、志保にその気はなかった。
 思えば、この時にはっきりとした態度をとるべきだったのである。

「ヒューマニティ」山口優

(PDFバージョン:humanity_yamagutiyuu
「それでしたら、あちらの部署での手続きになります。あちらへどうぞ」
 私は丁寧にそう言い、手を別の部署に指し示した。
「ちょっと待ってください。あっちでそう言われて、ここに来たんですよ。たらい回しですか?」
 カウンターで私に向かい合う男性は、明らかにいらだっている。だが私としては、私の仕事に徹するしかない。
「あちらでお願いいたします」
「ですから、この手続きはここで、と言われたんですよ!」
「この手続きはあちらになります」
「どうなってるんですか?!」
「規則ですので」
「どうなってるんですか、と聞いてるんです」
「規則ですので」
 相手の男性はうんざりしたような顔をした。
「あなたの代わりにロボットがそこにいたほうがマシですね」
 そんな捨て台詞とともに、相手の男性は立ち去っていった。

「隣の爺」飯野文彦

(PDFバージョン:tonarinojiji_iinofumihiko
 わたしの実家の隣に爺が住んでいる。小汚い爺だった。ひとり暮らしだった。夏でも冬でも、煮染めたようなよれよれの着物(というよりも浴衣に近い)姿だった。
 その姿で時折、近所のスーパーに買い物に出る。振り返ったり、冷やかしたり、茶化したりするのは、爺を知らない者だ。地元に住む者は、子供だろうと決して、そんなことはしない。爺を見かけたら、はやめに避ける。偶然鉢合わせしたら、ぺこりと会釈し、足早に立ち去る。
 爺は名前を「砂川以作」といった。名前はみんな知っている。だが、それ以上知っている者はない。できるだけ関わり合いにならないようにしているからだ。否、もう一つ知っていることがある。それは爺が信じられないくらい長生きしていることだった。
 正確な年齢は誰も知らない。同じ町内に住む老人に訊いても、
「結婚して自分が越してきたときには、すでに老人で、あの家でひとり暮らしをしていた」
 と言う。幼い頃からこの町内に住んでいるという別の老人も、同様のことを言った。さらに、
「うちの祖父さん祖母さんが、ここに家を構えたとき、すでに砂川さんは老人で、あそこでひとりで暮らしていたと言っていた」
 と話した。そんな風だから、わたしが物心ついたとき、当然ながら爺はそこにいた。すでに爺だった。親から口を酸っぱくして言われたものだ。
「砂川さんには、ぜったいに近づかないこと」

「書籍秩序」太田忠司(画・YOUCHAN)

(PDFバージョン:shosekititujyo_ootatadasi

 十万という破格のバイト代を提示されたとき、気が付けばよかったのだ。世の中そんなに甘くないと。
 だが言い訳するようだが、あのときは他に選択の余地がなかった。仕送りをすべて使い果たし、バイト代が入ってくるのは十日先。それまで飢えをしのぎながら生きていくしかない状況だった。そんな人間が目の前に十枚の一万円札を置かれて冷静でいられるだろうか。いや、無理だ。
 それに叔母の口車も巧かった。
「部屋の片付けを頼みたいだけなの。一部屋だけよ。他には一切、手を着けなくていいから」
 ちょろい仕事だと思った僕を、誰が責められよう。
 しかし今、その部屋を前にして呆然としている自分がいる。

「ハノークは死んでいた」牧野修(画・YOUCHAN)

(コラム「怖くないとは言ってない」第十回記念作品)

(PDFバージョン:hanooku_makinoosamu

 おばけは捨てられ寂れ朽ちた庭が大好きです。
 廃園の夜は深く、月の光に誘われた人が重い闇に溺れてしまうからです。溺れた人は、おばけの良い遊び相手になります。だからおばけは捨てられ寂れ朽ちた庭が大好きなのです。
 夜に溺れるのは気持ちが良いのだと、ハノークのお母さんは失踪間際に家人へ告白しました。そして愛しい息子の名前を呼びながら夜の廃園を徘徊して五日目。夜に溺れてしまったのでしょう。彼女は姿を消したのです。その日の闇は格別深く、シロップのように濃く甘かったといいます。
 そうそう、ハノークの話ですね。

「浦島さん」田丸雅智


(PDFバージョン:urasimasann_tamarumasatomo
 村では、浦島という男のことが話題にのぼっていた。
「亀にのった人がふらっと海から出てきてな。手に持った箱を開けたとたんに、モクモクと煙が立ちのぼったんじゃ。すると、さっきまで若者だったのが、とたんに老人に変わってしもうた」
「まさか。ボンじい、気はたしかかい? ボケはじめたんじゃないのかな」
「こらポン太。この減らず口の若造めが。年寄りの言うことには耳を傾けるもんじゃ。バカにするとロクなことにならんぞ」
 ポン太は、本当は老人の言葉をすぐにでも信じたいくらいだった。だが、それゆえに、彼は情報の真偽を確かめるのに、より慎重になっていた。
「気を悪くしたのなら謝るよ。で、その浦島って若者……いや、じいさんは、どこにいったんだい」
「それがの、村はずれのあばら家に入っていったところまでは見届けたんじゃが。翌日あらためて訪ねてみると、もうもぬけのからじゃったわい」
「証拠はなし、か」
「おぬし、まだわしをボケ扱いする気か」
 ボンじいを怒らせないよう、そこでポン太は話を打ち切った。

 ポン太は、日ごろから歳をとることに異常なほどの憧れをもっていた。
 その理由はいくつかあったが、第一に、年寄りは仕事をしなくていいからだった。

「印鑑騒動」田丸雅智


(PDFバージョン:innkannsoudou_tamarumasatomo
 おかしな事件はいつだって何の前触れもなく訪れるものだけれど、こと印鑑騒動に関しても、誰に予見されることもなく、とつぜん始まったのだった。
 それが私の身に最初に降りかかってきたのは、会社で交通費の精算をしているときのこと。提出した書類に不備があるといって、私は事務長から呼び出されることとなったのだった。
「いつも通りにやったはずなんだけどなぁ」
 と、私はぶつぶつ呟いていた。すると事務長は、
「まあ田丸さん、ここをよくみてくださいな」
 ヒステリック気味に、人差し指で書面をトントン。見ると、捺印欄が空欄のままになっている。
 私は、ただただ首をかしげるばかり。
「あれ、確かに押したはずなんですが……」

「見えないチカラ」片理誠

(PDFバージョン:mienaitikara_hennrimakoto
 悪いな、つき合ってもらっちゃって。
 え? あ、いや、大丈夫、大丈夫。男だってたまには羽を伸ばさなきゃ。家にはカミさんがいるから、平気だよ。
 そりゃ、赤ん坊ってのは何をやらかすか分からないけどさ。特に最近、うちのは這い這いを覚えたんでね。片時も目を離せないってのはある。けど、そう四六時中じゃこっちも保たないよ。育児ノイローゼって奴? ああ。あれになっちまう世のお母さんがたの気持ちも分からないではないね。実際、大変だよ、子供の面倒を見るってのはさ。ま、独身のお前に言ってもピンとこないかもしれないけど。
 とにかく、こうして久しぶりに会えたのは俺にとっては僥倖だ。ちょうど外で一杯やりたいと思ってたところなんだよ。ちゃんと奢るからさ。ちょっとの間、つきあってくれ。

「なのはにとまれ」青木 和

(PDFバージョン:nanohanitomare_aokikazu
 友達のヒロコが死んだ。
 ひどい死に方だった。
 死んだのはあの子の部屋で、ベッドの中。寒かったのか毛布の下にエマージェンシーブランケットっていうの? アルミホイルみたいな奴。あれでぐるぐる巻きになって横たわってた。
 原因は分からない。突然死みたいな感じらしい。
 信じられなかった。だってヒロコはあたしと同い年でまだ二十代だ。フリーターで、働いたりやめたりしていたのは病気だからじゃなくて、あの子の性格みたいなものだったし。最近失恋して落ち込んでたけど体壊すほどじゃなかったし。
 何か思い当たるようなことはありませんか? って警察の人が聞くから、ダイエットしてたみたいですけど──とか答えたら、納得されてしまった。素人が自己流で無茶なダイエットして、栄養バランスが悪くなって、痩せる前に突然死んじゃう、なんてこと、結構あるらしい。

「ファースト・ラブ・コンタクト」木本雅彦


(PDFバージョン:firstlovecontact_kimotomasahiko
 ちょっとした恋の話をしよう。きっかけは、ボトルメールだ。
 ボトルメール。英語圏では、メッセージ・イン・ア・ボトルと称される。
 手紙を書いて日付けと返信先を記載し、瓶にいれて海に流す。何日後、何年後かは分からないが、その瓶はどこか遠くの浜辺に打ち上げられて、見知らぬ相手の手に入る。海辺に住むであろうその人は、瓶の中の手紙をみつけ、律義に返事の手紙を書く。そんなの物好きしかいないだろうと思うだろうが、海辺に落ちている瓶を拾う時点で、物好きに違いないのだ!
 しかし考えてみると、その瓶は本当に海岸から海岸へと流れていったものがすべてなのだろうか?
 ここにひとつの隕石がある。宇宙から落下してくる、あの隕石だ。
 大気圏を通って流れ星となって太平洋に着水し、周囲の海水を蒸発させながら摩擦熱を冷却する。表面温度とか、目撃情報とか、ほとぼりなんかが冷めたころになって、隕石はパカリと割れた。
 中から出現したのは、ボトルだ。

「パレード」平田真夫

(PDFバージョン:parade_hiratamasao
――シロナガスクジラ
 動物界脊索動物門脊椎動物亜門哺乳綱鯨偶蹄目ヒゲクジラ亜目ナガスクジラ科ナガスクジラ属。化石生物を含め、地球最大の動物。全長は三十メートルにまで達することもあり、低周波の大きな唸り声を発する。全海域に広く棲息するが、十九世紀以降数が減り、現在は絶滅危惧種に指定されている。


 園内の灯りが次々に落とされる。暗くなるにしたがって人々が腕に巻いた光の輪が目立ち出し、中央広場に向かって移動して行く。
 見廻すと、人波の向こうに緑色の数字が浮かぶのが目に付いた。デジタル時計が柱に取り付けられ、文字だけが光っているのである。
「21:26」
 パレードが始まる頃だ。

「綿菓子屋」平田真夫

(PDFバージョン:watagasiya_hiratamasao
 ――スクロース
 ショ糖とも。分子式C12H22O11。マルトース(麦芽糖)などと並んで、代表的な二糖の一つ。α-グルコース(ブドウ糖)とβ-フルクトース(果糖)が脱水して結合したもの。常温では白い結晶、一六〇℃で融けて飴状になり、二〇〇℃で褐色に変わる。一般に砂糖と呼ばれる物はこれであり、調味料としての使用の他、その性質を利用して、鼈甲飴やカルメ焼きなどの菓子に用いられる。


 上手いなあ、と思う。珈琲茶碗に向かう途中、目に付いた綿菓子屋だ。入口を潜るとすぐ、辺りに漂う焦げた砂糖の匂いが気になったが、此処から届いていたのである。
 他の売店が様々な色や、点滅を繰り返す電飾で人目を惹こうとするのに対し、この店は薄暗い裸電球しか点けていない。大きな盥(たらい)のような機械を台に乗せ、前面を透明なビニールで囲っている。後ろには赤と黄色の縞模様の服を着た若い男が立ち、機械の中を掻き廻すような動作を繰り返していた。そうやって出来上がった綿菓子を、制服と同じ赤黄縞の袋に入れては、屋台の軒先に吊るしていくのである。

「鬼女スレ『昔かかわった女性の話をしたら妻が出て行くと言ってます』」林譲治

(PDFバージョン:kijyosure_hayasijyouji
30歳自営です、2歳の男の子と妻の三人暮らしです。いまさっきのことなんですが、夫婦の団らんに、数年前に仕事先でであった女性のことを話したら、妻が突然怒りだし、もうこの家にはいられない、朝になったら出て行くと言って、話し合いにもなりません。どうすればいいでしょう?

どういう形であれ、奧さんに元カノの話をすれば気分を害するだろ。そんなこともわからないのか?


ええと、その女性はたまたま仕事先で一度、出会っただけで、元カノとかそんなのではありません。それは妻にも説明したのですが、出て行くの一点張りです。

「子馬と子猫」高橋桐矢


(PDFバージョン:koumatokoneko_takahasikiriya
 はじめて会ったとき、子馬は子猫の言葉がわかりませんでした。
 お散歩にやってきた野原で、おやつの草を食べていた子馬は、顔を上げて、耳を動かしました。しろつめくさのしげみに何かいます。と、白い花穂のようなしっぽがゆれて、白い子猫が、ぴょんととびだしてきました。
 子猫は子馬にむかって、毛をさかだてて赤い口を大きくあけて、ニャーとなきました。こわがっているように見えました。
 子馬は、驚かさないようにと、気をつけながら声をかけました。
「どうしたの? 君は誰? なにをしているの?」

「吟遊詩人」平田真夫

(「展覧会の絵」外伝・森山安雄と合作)

(PDFバージョン:ginnyuusijinn_hiratamasao
――十二律
 日本や中国で古くから用いられた音階。管楽器の管の長さを三分の一短くして完全五度、三分の一長くして完全四度を得、これを繰り返して十二の音を得る。ただしこのやり方では対数関数にならないので、現在の平均率とは異なる音高となる。西洋では、ピタゴラスが弦の長さを用いて同じ方法を採った為、十二律はピタゴラス音階と実質的に同じ物である。


 艶のある固そうな皮膚に、切れ長の目――。始めは能面でも被っているのかと思った。その位彼女の顔は色が白く、のっぺりしていたのだ。
 だが、すぐにそれは、外灯の暗さ故の見誤りだと判る。一瞬、上目遣いにこちらを向いた視線が瞬いたかと思うと、細目の唇の端が僅かに微笑んだ。全身に一枚布を巻き付けたかのような弛んだ服。白地に茶色く染みが付き、地べたに直接胡坐をかいた膝には有棹の琴が乗せられている――。
「ちょっと、あなた」

「リスのお嬢さんの大発見」高橋桐矢


(PDFバージョン:risunoojyousann_takahasikiriya
 森の奥に、ドングリの大きな木がありました。
 今年の秋もドングリがたくさんなったので、森のリスたちが集まってきました。
 リスのお父さんや、お母さんたちは、子供達に持って帰るドングリを両手一杯に集めています。男の子リスはどっちのドングリが重いか競争しています。
 そんな中、可愛いお嬢さんリスが夢中でドングリをかじっていました。
 その横に、綺麗に半分に割れたドングリのカラがどんどんつみあげられていきます。リスのお父さんが目にとめて、話しかけました。
「やあ、こんにちは。ずいぶんと綺麗に食べてるね」

「コントロール」山口優

(PDFバージョン:konntorooru_yamagutiyuu
 大学時代の友人、絵縫(えぬ)が私に連絡してきたのは、ちょうど、私が誰かと飲みたくてたまらないときだった。
 大学院を出て、お互いに職を得てからは特に、絵縫は滅多に私に連絡しないし、私の誘いにも応じない。共通の友人に聞いてみても、みな、絵縫からはそんな反応しか返ってこないという。
 それだけ仕事が忙しいのか、或いは友人というものにそもそも興味がないのか。
「多分人間よりも人工知能に興味があるんだよ、あの娘(こ)は」
 誰かがちゃかすようにそう言っていたのを思い出す。
「やあ、来たね」
 居酒屋の奥のカウンター席で、絵縫は私の姿を認め、少し手を上げて合図した。