カテゴリー: ショートショート

「隣の爺」飯野文彦

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 わたしの実家の隣に爺が住んでいる。小汚い爺だった。ひとり暮らしだった。夏でも冬でも、煮染めたようなよれよれの着物(というよりも浴衣に近い)姿だった。
 その姿で時折、近所のスーパーに買い物に出る。振り返ったり、冷やかしたり、茶化したりするのは、爺を知らない者だ。地元に住む者は、子供だろうと決して、そんなことはしない。爺を見かけたら、はやめに避ける。偶然鉢合わせしたら、ぺこりと会釈し、足早に立ち去る。
 爺は名前を「砂川以作」といった。名前はみんな知っている。だが、それ以上知っている者はない。できるだけ関わり合いにならないようにしているからだ。否、もう一つ知っていることがある。それは爺が信じられないくらい長生きしていることだった。
 正確な年齢は誰も知らない。同じ町内に住む老人に訊いても、
「結婚して自分が越してきたときには、すでに老人で、あの家でひとり暮らしをしていた」
 と言う。幼い頃からこの町内に住んでいるという別の老人も、同様のことを言った。さらに、
「うちの祖父さん祖母さんが、ここに家を構えたとき、すでに砂川さんは老人で、あそこでひとりで暮らしていたと言っていた」
 と話した。そんな風だから、わたしが物心ついたとき、当然ながら爺はそこにいた。すでに爺だった。親から口を酸っぱくして言われたものだ。
「砂川さんには、ぜったいに近づかないこと」

「書籍秩序」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 十万という破格のバイト代を提示されたとき、気が付けばよかったのだ。世の中そんなに甘くないと。
 だが言い訳するようだが、あのときは他に選択の余地がなかった。仕送りをすべて使い果たし、バイト代が入ってくるのは十日先。それまで飢えをしのぎながら生きていくしかない状況だった。そんな人間が目の前に十枚の一万円札を置かれて冷静でいられるだろうか。いや、無理だ。
 それに叔母の口車も巧かった。
「部屋の片付けを頼みたいだけなの。一部屋だけよ。他には一切、手を着けなくていいから」
 ちょろい仕事だと思った僕を、誰が責められよう。
 しかし今、その部屋を前にして呆然としている自分がいる。

「ハノークは死んでいた」牧野修(画・YOUCHAN)

(コラム「怖くないとは言ってない」第十回記念作品)

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 おばけは捨てられ寂れ朽ちた庭が大好きです。
 廃園の夜は深く、月の光に誘われた人が重い闇に溺れてしまうからです。溺れた人は、おばけの良い遊び相手になります。だからおばけは捨てられ寂れ朽ちた庭が大好きなのです。
 夜に溺れるのは気持ちが良いのだと、ハノークのお母さんは失踪間際に家人へ告白しました。そして愛しい息子の名前を呼びながら夜の廃園を徘徊して五日目。夜に溺れてしまったのでしょう。彼女は姿を消したのです。その日の闇は格別深く、シロップのように濃く甘かったといいます。
 そうそう、ハノークの話ですね。

「浦島さん」田丸雅智


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 村では、浦島という男のことが話題にのぼっていた。
「亀にのった人がふらっと海から出てきてな。手に持った箱を開けたとたんに、モクモクと煙が立ちのぼったんじゃ。すると、さっきまで若者だったのが、とたんに老人に変わってしもうた」
「まさか。ボンじい、気はたしかかい? ボケはじめたんじゃないのかな」
「こらポン太。この減らず口の若造めが。年寄りの言うことには耳を傾けるもんじゃ。バカにするとロクなことにならんぞ」
 ポン太は、本当は老人の言葉をすぐにでも信じたいくらいだった。だが、それゆえに、彼は情報の真偽を確かめるのに、より慎重になっていた。
「気を悪くしたのなら謝るよ。で、その浦島って若者……いや、じいさんは、どこにいったんだい」
「それがの、村はずれのあばら家に入っていったところまでは見届けたんじゃが。翌日あらためて訪ねてみると、もうもぬけのからじゃったわい」
「証拠はなし、か」
「おぬし、まだわしをボケ扱いする気か」
 ボンじいを怒らせないよう、そこでポン太は話を打ち切った。

 ポン太は、日ごろから歳をとることに異常なほどの憧れをもっていた。
 その理由はいくつかあったが、第一に、年寄りは仕事をしなくていいからだった。

「印鑑騒動」田丸雅智


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 おかしな事件はいつだって何の前触れもなく訪れるものだけれど、こと印鑑騒動に関しても、誰に予見されることもなく、とつぜん始まったのだった。
 それが私の身に最初に降りかかってきたのは、会社で交通費の精算をしているときのこと。提出した書類に不備があるといって、私は事務長から呼び出されることとなったのだった。
「いつも通りにやったはずなんだけどなぁ」
 と、私はぶつぶつ呟いていた。すると事務長は、
「まあ田丸さん、ここをよくみてくださいな」
 ヒステリック気味に、人差し指で書面をトントン。見ると、捺印欄が空欄のままになっている。
 私は、ただただ首をかしげるばかり。
「あれ、確かに押したはずなんですが……」

「見えないチカラ」片理誠

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 悪いな、つき合ってもらっちゃって。
 え? あ、いや、大丈夫、大丈夫。男だってたまには羽を伸ばさなきゃ。家にはカミさんがいるから、平気だよ。
 そりゃ、赤ん坊ってのは何をやらかすか分からないけどさ。特に最近、うちのは這い這いを覚えたんでね。片時も目を離せないってのはある。けど、そう四六時中じゃこっちも保たないよ。育児ノイローゼって奴? ああ。あれになっちまう世のお母さんがたの気持ちも分からないではないね。実際、大変だよ、子供の面倒を見るってのはさ。ま、独身のお前に言ってもピンとこないかもしれないけど。
 とにかく、こうして久しぶりに会えたのは俺にとっては僥倖だ。ちょうど外で一杯やりたいと思ってたところなんだよ。ちゃんと奢るからさ。ちょっとの間、つきあってくれ。

「なのはにとまれ」青木 和

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 友達のヒロコが死んだ。
 ひどい死に方だった。
 死んだのはあの子の部屋で、ベッドの中。寒かったのか毛布の下にエマージェンシーブランケットっていうの? アルミホイルみたいな奴。あれでぐるぐる巻きになって横たわってた。
 原因は分からない。突然死みたいな感じらしい。
 信じられなかった。だってヒロコはあたしと同い年でまだ二十代だ。フリーターで、働いたりやめたりしていたのは病気だからじゃなくて、あの子の性格みたいなものだったし。最近失恋して落ち込んでたけど体壊すほどじゃなかったし。
 何か思い当たるようなことはありませんか? って警察の人が聞くから、ダイエットしてたみたいですけど──とか答えたら、納得されてしまった。素人が自己流で無茶なダイエットして、栄養バランスが悪くなって、痩せる前に突然死んじゃう、なんてこと、結構あるらしい。

「ファースト・ラブ・コンタクト」木本雅彦


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 ちょっとした恋の話をしよう。きっかけは、ボトルメールだ。
 ボトルメール。英語圏では、メッセージ・イン・ア・ボトルと称される。
 手紙を書いて日付けと返信先を記載し、瓶にいれて海に流す。何日後、何年後かは分からないが、その瓶はどこか遠くの浜辺に打ち上げられて、見知らぬ相手の手に入る。海辺に住むであろうその人は、瓶の中の手紙をみつけ、律義に返事の手紙を書く。そんなの物好きしかいないだろうと思うだろうが、海辺に落ちている瓶を拾う時点で、物好きに違いないのだ!
 しかし考えてみると、その瓶は本当に海岸から海岸へと流れていったものがすべてなのだろうか?
 ここにひとつの隕石がある。宇宙から落下してくる、あの隕石だ。
 大気圏を通って流れ星となって太平洋に着水し、周囲の海水を蒸発させながら摩擦熱を冷却する。表面温度とか、目撃情報とか、ほとぼりなんかが冷めたころになって、隕石はパカリと割れた。
 中から出現したのは、ボトルだ。

「パレード」平田真夫

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――シロナガスクジラ
 動物界脊索動物門脊椎動物亜門哺乳綱鯨偶蹄目ヒゲクジラ亜目ナガスクジラ科ナガスクジラ属。化石生物を含め、地球最大の動物。全長は三十メートルにまで達することもあり、低周波の大きな唸り声を発する。全海域に広く棲息するが、十九世紀以降数が減り、現在は絶滅危惧種に指定されている。


 園内の灯りが次々に落とされる。暗くなるにしたがって人々が腕に巻いた光の輪が目立ち出し、中央広場に向かって移動して行く。
 見廻すと、人波の向こうに緑色の数字が浮かぶのが目に付いた。デジタル時計が柱に取り付けられ、文字だけが光っているのである。
「21:26」
 パレードが始まる頃だ。

「綿菓子屋」平田真夫

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 ――スクロース
 ショ糖とも。分子式C12H22O11。マルトース(麦芽糖)などと並んで、代表的な二糖の一つ。α-グルコース(ブドウ糖)とβ-フルクトース(果糖)が脱水して結合したもの。常温では白い結晶、一六〇℃で融けて飴状になり、二〇〇℃で褐色に変わる。一般に砂糖と呼ばれる物はこれであり、調味料としての使用の他、その性質を利用して、鼈甲飴やカルメ焼きなどの菓子に用いられる。


 上手いなあ、と思う。珈琲茶碗に向かう途中、目に付いた綿菓子屋だ。入口を潜るとすぐ、辺りに漂う焦げた砂糖の匂いが気になったが、此処から届いていたのである。
 他の売店が様々な色や、点滅を繰り返す電飾で人目を惹こうとするのに対し、この店は薄暗い裸電球しか点けていない。大きな盥(たらい)のような機械を台に乗せ、前面を透明なビニールで囲っている。後ろには赤と黄色の縞模様の服を着た若い男が立ち、機械の中を掻き廻すような動作を繰り返していた。そうやって出来上がった綿菓子を、制服と同じ赤黄縞の袋に入れては、屋台の軒先に吊るしていくのである。

「鬼女スレ『昔かかわった女性の話をしたら妻が出て行くと言ってます』」林譲治

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30歳自営です、2歳の男の子と妻の三人暮らしです。いまさっきのことなんですが、夫婦の団らんに、数年前に仕事先でであった女性のことを話したら、妻が突然怒りだし、もうこの家にはいられない、朝になったら出て行くと言って、話し合いにもなりません。どうすればいいでしょう?

どういう形であれ、奧さんに元カノの話をすれば気分を害するだろ。そんなこともわからないのか?


ええと、その女性はたまたま仕事先で一度、出会っただけで、元カノとかそんなのではありません。それは妻にも説明したのですが、出て行くの一点張りです。

「子馬と子猫」高橋桐矢


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 はじめて会ったとき、子馬は子猫の言葉がわかりませんでした。
 お散歩にやってきた野原で、おやつの草を食べていた子馬は、顔を上げて、耳を動かしました。しろつめくさのしげみに何かいます。と、白い花穂のようなしっぽがゆれて、白い子猫が、ぴょんととびだしてきました。
 子猫は子馬にむかって、毛をさかだてて赤い口を大きくあけて、ニャーとなきました。こわがっているように見えました。
 子馬は、驚かさないようにと、気をつけながら声をかけました。
「どうしたの? 君は誰? なにをしているの?」

「吟遊詩人」平田真夫

(「展覧会の絵」外伝・森山安雄と合作)

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――十二律
 日本や中国で古くから用いられた音階。管楽器の管の長さを三分の一短くして完全五度、三分の一長くして完全四度を得、これを繰り返して十二の音を得る。ただしこのやり方では対数関数にならないので、現在の平均率とは異なる音高となる。西洋では、ピタゴラスが弦の長さを用いて同じ方法を採った為、十二律はピタゴラス音階と実質的に同じ物である。


 艶のある固そうな皮膚に、切れ長の目――。始めは能面でも被っているのかと思った。その位彼女の顔は色が白く、のっぺりしていたのだ。
 だが、すぐにそれは、外灯の暗さ故の見誤りだと判る。一瞬、上目遣いにこちらを向いた視線が瞬いたかと思うと、細目の唇の端が僅かに微笑んだ。全身に一枚布を巻き付けたかのような弛んだ服。白地に茶色く染みが付き、地べたに直接胡坐をかいた膝には有棹の琴が乗せられている――。
「ちょっと、あなた」

「リスのお嬢さんの大発見」高橋桐矢


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 森の奥に、ドングリの大きな木がありました。
 今年の秋もドングリがたくさんなったので、森のリスたちが集まってきました。
 リスのお父さんや、お母さんたちは、子供達に持って帰るドングリを両手一杯に集めています。男の子リスはどっちのドングリが重いか競争しています。
 そんな中、可愛いお嬢さんリスが夢中でドングリをかじっていました。
 その横に、綺麗に半分に割れたドングリのカラがどんどんつみあげられていきます。リスのお父さんが目にとめて、話しかけました。
「やあ、こんにちは。ずいぶんと綺麗に食べてるね」

「コントロール」山口優

(PDFバージョン:konntorooru_yamagutiyuu
 大学時代の友人、絵縫(えぬ)が私に連絡してきたのは、ちょうど、私が誰かと飲みたくてたまらないときだった。
 大学院を出て、お互いに職を得てからは特に、絵縫は滅多に私に連絡しないし、私の誘いにも応じない。共通の友人に聞いてみても、みな、絵縫からはそんな反応しか返ってこないという。
 それだけ仕事が忙しいのか、或いは友人というものにそもそも興味がないのか。
「多分人間よりも人工知能に興味があるんだよ、あの娘(こ)は」
 誰かがちゃかすようにそう言っていたのを思い出す。
「やあ、来たね」
 居酒屋の奥のカウンター席で、絵縫は私の姿を認め、少し手を上げて合図した。

「よい風を待ちながら」伊野隆之

(PDFバージョン:yoikazewo_inotakayuki
 大きく張り出した横枝を渡り、わたしたちは見晴らしのいい場所を探す。母の樹の最上部、大きく枝を広げた梢に立ち入りを許されてからまだ四日で、旅立ちを急がなければならないわけではないけれど、今日は気持ちよく晴れ上がったいい日だった。
 空は抜けるような青だった。その青い空に傷を付けるように、一筋の白い雲が延びている。遙か上空の衛星軌道へと還るヒューマンの船の軌跡だろう。わたしたちの森は、ヒューマンのいるエリアから十分遠いのに、ヒューマンの機械の残した痕跡を見るだけで、気持ちが悪くなる。ぞっとするようなケミカルの異臭や、いつまでも残る錆の味を思い出す。不躾な訪問者は、この地で歓迎されていないことをわかっていないのだ。
「なんか嫌な感じよね」

「穴掘り」飯野文彦

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 雨が降ってきた。冷たい雨だった。
 ついてないと思うよりも、むしろとうぜんだと思った。こんなことをしてしまったのだ。報いがあってとうぜんだ。
 スコップを握る手も、腕も、足腰さえももはや感覚はない。疲れなどというものは、とうに通り越して、全身が無感覚となっている。
 それに鞭を振るうように、雨が振りつけるのである。痛みを思い出せ、苦しみを忘れるな、とばかりに――。
 どうしてこんな事になったのだろう。
 依然としてスコップで穴を掘りながら、関川充夫は、頭の片隅で思った。

「フクロウのよろず相談所」高橋桐矢


(PDFバージョン:fukurouno_takahasikiriya
 カシの木の三番目の枝で、よろず相談所の看板を掲げるフクロウの元に、一羽の若いツグミがやってきました。
「ここに来れば楽になるって友達に聞いて来たんだけど。『よろず相談所』ってここかい」
 そう言いながら、若いツグミは辺りをせわしなく見まわしました。フクロウがこたえます。
「はいはい、そうともいいますな」
 ツグミは値踏みするようにフクロウに目を向けました。フクロウは、できるだけ体を丸くしてにっこりとわらいかけました。
「わしはなんのとりえもないただの世話焼きのおじさんですよ。どうぞお気を楽に。さあさあ、こちらにどうぞ」
 フクロウは、小さなツグミにちょうど良い太さの枝をすすめました。枝に留まったツグミは、ぶるっと羽をふるわせてから、くちばしをかちかちと鳴らしました。
「どうなさったんです。何かお怒りのようですな」
 フクロウの問いかけに、ツグミは羽毛をさかだて、さっきより大きくぶるぶるっと全身をふるわせてもだえました。

「十二宮小品集10 山羊を討つ」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 駅の構内で靴磨きをしていた弟が線路内で侵入してきた山羊の群れに圧殺されたと聞かされたのは、私のオリンピック出場の夢が断たれた日の午後だった。
 まずは私自身のことについて話そう。最初にナフガという競技を知ったのは小学校四年のときだった。体育の時間にナフガの選手が学校を訪れてルールのレクチュアをしてくれたのだ。
 この話をすると大概の人間は首を傾げる。ナフガのように複雑なルールを持った、しかも強い筋力を必要とする競技を小学生に教えるというのは無茶ではないかと。その意見には同意しよう。私も初めてナフガを見せられたときには正直なところ、彼らが何をしているのかわからなかった。一見無意味ともいえる動きや、競技用に改良されたとはいえ充分に殺傷力を持っているように見えるナフガンを振り回す仕種など、子供にはなかなか理解しがたいものだった。後に聞いた話ではクラス担任教師とナフガ選手が幼馴染みで、その縁から私たちのクラスのみ特別に教えられたようだ。

「十二宮小品集12 呑舟の魚」太田忠司(画・YOUCHAN)

(PDFバージョン:12kyuu12_ootatadasi

 案内された漁場は、生臭い風が吹く真っ暗な海だった。
「ここで本当に釣れるんですか」
 思わずそう訊いてしまった。
「釣れますよ」
 案内人の笑みが、釣り舟に吊るしたアセチレン灯のオレンジ色の光に浮かぶ。
「ここは本当の穴場です。たくさん釣れます」

「十二宮小品集11 水瓶の中のカエル」太田忠司(画・YOUCHAN)

(PDFバージョン:12kyuu11_ootatadasi

 小学生の頃、夏休みになるといつも虎尾のおじいちゃんの家に泊まりに行った。
 虎尾のおじいちゃんは母の父親だ。虎尾というのが住んでいる町の名前で、僕の家からは電車で二時間くらいのところにある。山があって田んぼがあって川がある。絵に描いたような田舎だった。
 僕がおじいちゃんのところに行っている間、父親と母親が何をしているのか僕は知らない。なんとなく知らないほうがいいような気がしていた。だから正直おじいちゃんの家にいることが楽しいわけではないのに、文句も言わずに毎年泊まっていた。
 おじいちゃんは僕を歓迎してくれていたと思う。おばあちゃんは僕が生まれる前に死んだので、ずっとおじいちゃんは独り暮らしをしていた。家の近くに田んぼと畑があって、そこで米とか野菜とかを育てて暮らしていた。僕が泊まっている間も朝早くから仕事をしていた。僕はおじいちゃんの家でひとり、ぼんやりと過ごしていた。

「十二宮小品集8 蠍館の女」太田忠司(画・YOUCHAN)

(PDFバージョン:12kyuu08_ootatadasi

「全世界で千五百種以上のサソリが生息していると聞きましたが、本当ですか」
 私の問いに、駿河教授は形のいい唇を緩めた。
「ええ、熱帯から亜熱帯にかけて、それくらいの種類のサソリがいます。ここに集められているのは、そのほんの一部、三十種類くらいです。口さがないひとたちは、この研究室のことを蠍館などと呼んでいますけど」
 いくつかの水槽が並んだ部屋に、私たちはいた。砂を敷かれたその中にいるのは、針の付いた尾を振り立てた黒や褐色の虫たちだ。
「なぜサソリが毒を持っているのか、ご存じですか。彼らが暮らしているのは、多くは砂漠などの過酷な環境です。当然、餌を得る機会も少ない。だから獲物に遭遇したら確実に仕留めなければならないのです」
「そのために即効性のある強力な毒を手に入れた、ということですか」
「そうです。毒は彼らが生き残るために必要な武器でした」
「なるほど、面白い話です。ところで、ひとつ伺ってよろしいですか。どうしてサソリの研究を?」