カテゴリー: ショートショート

「豆腐怪獣トフラーと行く銀河鉄道の終点」―豆腐洗い猫その2― 間瀬純子


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『読めば読むほどむなしくなる! かわいい猫の妖怪、豆腐洗い猫の悲惨な冒険』

 一、薄気味悪いほど眩しい豆腐ユートピア


 空港から、その湖までは、定期的にバスが出ている。バスの名前は『豆腐洗い湖号』だ。真新しい水色の車体には、四角い豆腐の絵が大きくペイントされている。
 世界中から集まったバックパッカーたちが、リュックサックを背負い、いきおいよくバスに乗りこんできた。乗客たちの中には、恋人どうしもいるし、子連れやペット連れの人もいる。一人で来た人もたくさんいるが、あっという間にみんな友達になる。
 バスが発車すると、後部座席で、ロック青年のすっとんきょうな声がした。「あなたは! 『スクリーミング・トーフ・クイーンズ』の……」

「ハック」山口優

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「ただいま」
 そう言って、彼は、彼女の体を抱きしめた。彼の穏やかで優しい声、包み込むように背中に回された温かい腕の感触が、彼女の神経系を通じて直接私に伝わってくる。
 M大統領。軍隊あがりの残忍な独裁者であり、支配下の民衆を虐殺した疑惑がある。
 我が情報部は、数ヶ月前、大統領夫妻の外遊先で彼の夫人の脳内に神経細胞型通信ナノマシンを送り込むことに成功し、以来、私が専任の担当官として、夫人の感覚神経から流れ込んでくる大量の情報を直接私の感覚神経で受け取り、M大統領の監視を続けている。情報部の長官からの指令があれば、ただちに夫人の運動神経系をもハックし、速やかに妥当な手段で彼を『除去』することも、私の任務には含まれている。

「ムカエニキタヨ」八杉将司

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 何事もない日曜の朝のはずだった。
 大学の男子寮のベッドで目を覚ましたぼくは、隣のベッドを見た。いつもなら同級生であるルームメイトが寝ているのだが、空っぽだった。日曜なのに珍しく早起きしたらしい。先に食堂にでも行って朝食を食べているのだろう。
 パジャマを着替え、洗面用具を持って部屋を出た。
 共有の洗面所には寮生の先輩がいた。

「懐かしい樹」飯野文彦

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 久しぶりに小学校に来た。かれこれ三十年ぶりになる。わたしの通っていた小学校である。と同時に、幼い頃のわたしのいちばんの遊び場でもあった。わたしは幼い頃、この小学校の隣に住んでいたのだった。
 わたしが中学に進学する直前、祖母が病死した。その数日後、祖父も死んだ。夕暮れどきにふらふらと路上に飛び出し、走ってきたトラックに轢かれたのだった。

「悪魔」井上剛

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「好きな願いを一つだけ叶えてやろう」
 悪魔が俺のところへやって来てそう言った。
「どうせ、死後に魂を奪うとか言うんだろ?」
「ま、それは当然だな。あと、『不老不死』と『願いの数を増やす』は禁止だからな」
 前者は魂を奪えなくなるし、後者は有名な〈禁じ手〉らしい。
 死んだ後に魂がどうなろうがその時はその時だ。それより、何を願おうか。俺は悩んだ。

「夜の豆腐洗い湖」―豆腐洗い猫その1―間瀬純子


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『読めば読むほどむなしくなる! ばかばかしくて、ものがなしい連作小話』


 むかしむかし、豆腐を洗う猫の妖怪がいました。猫ちゃんは、豆腐洗い猫と呼ばれています。これから延々と語られるのは、この『豆腐洗い猫』のサーガ・叙事詩である。

 さて、豆腐洗い猫は、毎日、豆腐屋さんの厨房で、水槽の中に、手というか両前足を突っこんで、豆腐を洗っています。しかし、猫の手からはするどい爪が飛びでているので、しょっちゅう豆腐にひっかき傷をつけてしまいます。

「世界の底のガラス瓶」片理誠

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 横殴りの雨が古びたアクリル板の上に不規則な波紋を描く。流れ落ちてゆく水がそこにいびつな波を立て、遠くに見える繁華街の明かりをゆらゆらと歪めた。時々刻々と姿を変えてゆくその光の環は、まるで踊っているかのようだった。時刻は午前二時。寒い。俺はコートの襟を立てる。
「……こんなところに電話ボックスがあるなんてな。近頃じゃ携帯電話に押されてすっかり姿を見なくなってたが。まだ、あったんだな」

「抱擁」井上剛

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 秋の気配を馥郁と漂わせた風が緩やかに吹き渡る草原。周囲に人の姿はない。
 その風に身を委ねて、女は佇んでいた。何かを一心に祈っているようにも見える。
 男は、離れた場所から女の姿を眺めていた。

「リサイクル」山口優

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 人がロボットと共に暮らすようになって久しい。人とロボットは、お互いにお互いを知らなければならない、と現在は言われている。ロボットが人に合わせて進化することは、プログラミングによって容易に可能だが、人がロボットの考え方を学ぶには、ロボットと暮らす経験が必要である。
 そんなわけで、私は、六歳の時から九年間、ロボットの家庭でお世話になってきた。外見上は人間と同じ、お父さんとお母さん。そして息子さん——歳が一つ上なので、私は『お兄さん』と呼んでいる。お父さんとお母さんと、お兄さんは、全く似ていないけれど、お父さんとお母さんは、お兄さんの設計に深い誇りと愛着を持っているし、お兄さんは、ご両親に設計され、製造されたことにとても感謝している。

「ミサゴの空」伊野隆之

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 白い波頭が海岸線と並行に北に向かって延びている。穏やかな海風が、日差しに暖められた陸(ルビ おか)で上昇気流にかわり、翼を柔らかく押し上げる。
 ミサゴは大きく旋回しながら高く、より高く空へと昇る。
 背中に感じる熱。それは不快ではない。羽毛に暖められた空気をはらみ、力強く羽ばたく。
 上空の空はどこまでも青く、まっ白な雲がゆっくりと風にながれている。

「ブライアン」八杉将司

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 それは中性子星が発する強力な電磁波ジェットに触れたのかもしれないし、巨大恒星による想定されていないほど強烈な恒星風のプラズマをかぶったのかもしれなかった。
 とにかく私が生活していた都市型の移民宇宙船は突然すべての機能が停止した。暗闇が訪れ、生命維持システムも故障する重大な事故が起きた。その後、火災や爆発が居住区画のあちこちから発生し、私たちは船から脱出しなければならなくなった。

「アダルト」山口優

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「お嬢さま、お言いつけ通り、お屋敷のお掃除とお洋服のお洗濯、それに、お買い物、全部終わりました」
 零無(ルビ:レム)が、そう、報告してきた。私はクラシック音楽を聴き、リラックスしながら、頷く。
「ご苦労さま。特に問題はなかった?」
「はい! ルンちゃんも、ランちゃんも、レンちゃんも、みんな良い子でがんばってくれたので、何の問題もなく」

「降臨の時」伊野隆之

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 僕は神になりたかった。神になるには僕のための宇宙が必要だった。

 宇宙を作り出すために、わざわざマニュアルを見る必要はない。宇宙の開闢のための言葉は決まっている。
「光、あれ!」
 突然目の前が真っ白になり、気がつくと宇宙はあっと言う間に膨らんでいた。
 こうして僕の宇宙ができた。

「あけみちゃん」新井素子

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 あけみちゃんは、保育園の桃組さんです。
 桃組さんは、梅組さんより年下ですけれど、桜組さんのお姉さんです。
 だから、あけみちゃんは、桜組さんには、優しく親切にしないといけません。
 今日も、桜組さんの女の子が、滑り台の階段を登ろうとして転んで、擦り傷を作って泣いていたので、あけみちゃんは、その子を水飲み場まで連れていって、傷を洗ってあげ、保育園の先生にお願いしてバンドエイドをもらい、それをはってあげました。
 うん。あけみちゃんは、よいお姉さんです。