(PDFバージョン:zonnbinonakanozonnbi_hennrimakoto)

「そんなもので何が分かる」と俺は応えた。
安っぽい電子音とともにステンレスのドアがスライドし、煤けたコンクリートの壁に四角い穴が空いた。
天井のどこかにあるのであろうスピーカーが、男の声で俺の受験番号を読み上げる。
〈十九番の部屋へ〉
手にしていた文庫本を素早く閉じ、防水コートの内ポケットに突っ込む。ゴミ袋よりは多少マシと思えるバッグ――中身は身の回りのものと食料が少々――をひっつかんで、俺は朽ちかけたベンチから立ち上がった。
この本とバッグが俺のありったけの財産。我ながら立派なものだと思う。この荒れ果てた東京で今日日、まがりなりにもまだ“財産”を手にできているのだから。
むっつりと黙り込んだ数十人もの男女がたむろする薄暗い控え室を後にして、俺はドアの先へと進む。膝が微かに笑う。武者震いか、緊張か。この日を七年も待ったのだ。そりゃ足だって少しくらいは震えるさ。
ここはまるで監獄のような建物だった。目に入るのはコンクリートと鉄ばかり。とても楽園の入り口には見えないが、それは当然だった。パラダイスの入り口は狭いものと昔っから相場が決まっている。ここは理想郷に群がる亡者どもを蹴落とすための場所なのだ。