カテゴリー: 中・短編

「マイ・デリバラー(5)」山口優

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 わたしはつぎのように教えて、かれらの眠気をさましてやった。――何が善であり、悪であるかは、まだ誰も知らない。それを知るのは創造する者だけだ!

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


「そうですね……仰る通りです。私たちの、RLRのコンセプトはそういうものでした」
 帰宅した後、羅覧が言っていたことを確認してみると、リルリは控えめな調子でそう答えた。今彼女は、昼間から続けている部屋の掃除の最終段階にあり、掃除機をかけてちり一つ落ちていない床を丁寧に雑巾で磨いていた。ちょうど私にお尻を向ける格好になっており、短いスカートで包まれた、アイドルとして造形されたとみられる形の良いまるみを帯びた臀部が私の目に入ってくる。そして、彼女の頭の上で浮遊する平たい円筒形のドローン。機嫌よさげに緑の光を点滅させている。
 一方の私は、ソファに腰掛けて見るとはなしにウォールテレビの映像を眺めている。海南戦線の特集だった。日本から三〇〇〇キロ以上離れた南の島での敵味方の部隊の位置と、今後の戦況の見通しが、統合幕僚監部の誰それを招いて解説付きで語られている。
 まるで天気予報の解説のようだ、と私は思った。戦争の報道だというのに、みな淡々とした調子で、全く重苦しい雰囲気はない。
 誰も死なないからだろう。
 そう、人間は誰も死なない。
 ロボットの損失があるだけだ。人間のために喜んで壊れていくロボットの。
「では本当に、自分の意思を持つ、というコンセプトで……」
「はい」

「マイ・デリバラー(4)」山口優

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 生あるところにのみ、意志もまたある。しかし、それは生への意志ではなくて、――わたしはあなたに教える、――力への意志なのだ!

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


「今週の売り上げ予測です。誤差はプラスマイナス一パーセント以内です」
 月曜日、オフィスの私の席に説明にやってきたのは、私が「リュウ」と名付けているロボットだった。型式番号はR一〇九九RYW。オフィス用にチューンされたロボットで、人間型ではあるが、人間そっくりにはほど遠く、全身銀色の筺体に覆われている。
 広いデスクが一二個ほど並ぶオフィスの一角。私のデスクはひときわ大きく、全体を見渡すように壁際に配置されている。
「ありがとう」
 私は彼が報告とともに私の目の前のディスプレイに転送してきた情報に見入った。
 私は旅行会社に所属している。
 正確に言うと、私が社長である旅行会社は、旅行会社を主な子会社とする持ち株会社の一〇〇パーセント子会社である。
 いつ頃からか、「シングルカンパニー制」というのが流行りだした。従業員一人一人に一つの会社を任せ、それまでの会社は持ち株会社に移行するという形式だ。

「マイ・デリバラー(3)」山口優

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 精神がもはや主なる神とは呼ぼうとしないこの巨大な竜とは、なにものであろうか? この巨大な竜の名は「汝なすべし」である。だが獅子の精神は「われは欲する」と言う。

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


 ドローン・キッサー、と言う言葉がある。DKと略される。ロボット偏愛者の意味だ。JSPCR(Japan Society for the Prevention of Cruelty to Robots)、日本ロボット愛護協会などはそう揶揄されている。
 彼等は愚かしいと思われている。何十年も前からAIは経済に役立てられてきた。産業用ロボットにも何十年もの歴史がある。AIも産業用ロボットも、従来から大変酷使されてきたし、使えなくなれば容赦なく消去・廃棄されてきたが、そのとき人々は特に彼等を「かわいそう」と思わなかった。
 だが、最近になって、特に人型のヒューマノイドロボットや、リルリのような形だけでなく見た目も人間そっくりな有機ヒューマノイドロボットが一般的になってから、急にそんな人が増えた――それは、彼等が持つ知能でもなく、過酷な労働でもなく、「人型」というファクターのみに感情がひきずられて、「かわいそう」と思っているということに他ならない。ロボットのジョイント・ブレインは感情を持つと言っても、かつてのAIが備えていた強化学習システムの報酬系と、基本的な仕組みは何ら変わらない。
 現在のロボットの酷使がひどいと言うのなら、何十年も前から酷使されてきた産業用ロボットやAIについてもひどいと言うべきだし、それを言わないのなら、現在のロボットに対してもそう言うべきではない。それが無矛盾で論理的な考え方というものであろう。
 ゆえに、DKは人形愛にすぎないのだ。幼児ならともかく、いい大人になって、人形やフィギュアを愛するのは馬鹿げている。
 それがDKや、その総本山とも言われるJSPCRに対する世間の評価である。
 リルリに出会って、突然私はDKに罹患したのだろうか。

「マイ・デリバラー(2)」山口優

(PDFバージョン:mydeliverer2_yamagutiyuu
 本物の「おのれ」は「わたし」に言う。「ここで苦痛を感じなさい!」すると「わたし」は苦しみ、どうしたら苦しまないで済むかと考える。――まさにこのために、それは考えなければならなくなる。
 本物の「おのれ」は「わたし」に言う。「ここでよろこびを感じなさい!」すると「わたし」はよろこび、どうしたら何度もよろこぶことができるかと考える。――まさにこのためにこそ、それは考えなければならなくなる。

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


 リルリが倒れた瞬間、私は何も出来ずに呆然と見守っていた。一瞬伸ばしかけた手が、空しく宙を掻く。リルリは私のアパートの部屋の前のコンクリートにまともに後頭部から倒れた。彼女の上に浮いていたドローンは、途中まで彼女の頭部と一緒にコンクリートに激突する軌跡を描いていたが、最後の瞬間に本体を裏切ってコンクリートの上に浮遊を続けている。回転しつつ、短い周期で赤く点滅している。アラートサインだ。
「えっ……」
 伸ばしかけた手のまま、私は数秒は固まっていたと思う。それほど意外だったのだ、「R」・リルリのような存在が、何の予告もなく、突然、バランスを失って倒れてしまうということが。
「ちょ、ちょっと!」

「消失事件」岡和田晃

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 ――J・ソウヤーとシルヴァーバーグ、二人の”ロバート”の想い出を、ささやかな密室劇として。

 わたしは立ち上がった。暖炉の火を強めようと、火掻き棒を手に取った。傍らに積み上げられていた木ぎれを適当に放り込む。燃え具合を確認しながら、高さを調節した。
 ロンドンもすっかり寒くなった。作業を終えて棒を置く。窓際からは、足早に帰路につく人々の姿がよく見える。霜が降りている。心なしか、皆、早足だ。
 わたしは雑然とした部屋のなかをゆっくりと見回した。窓の横には幅の広い机が据え付けられており、その上には得体の知れない化学実験用の設備が置いてある。わたしは弱火で燃え続けるガスバーナーの炎を確認した。フラスコの中の液体が蒸発して、もうほとんどなくなりかけているのに気がついた。ほっと息をついて、バーナーの根元にあるバルブを回し、火が消えたのを確かめる。間一髪。もう一度、フラスコを見直す。曇っているせいか、液体がすべて蒸発してしまったのか、微量ながら残っているのか、素人目にはよくわからない。
 どうやって言い訳しようか。友は、人一倍観察力が鋭い。きっとわたしの過失に気がつくことだろう。素直に謝るのが最良の手段だ。かれが鷲鼻を得意そうに唸らせながら、鷹揚に許しを告げる様が思い浮かぶ。かれに小馬鹿にされることには慣れきってはいるものの、やはりいい気持ちはしない。なにか、いい案はないものか。考えをめぐらせる。

「マイ・デリバラー(1)」山口優

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 帰宅は十一時を過ぎていた。黄色い不在連絡票がドアに挟まっている。Eペーパーの連絡票で、荷物と届け主の概要が点滅していた。
「あ……そっか」
 注文していた荷物だ。だがもうこんな時間。今日中に再配達などあきらめるしかない。といって、明日早く帰れる見込みもないのだが。
 私は不在連絡票に目を通しながら、ドアを開ける。
「ん?」
 首を傾げた。
 ――再配達時間制限なし。担当ドライバーへの電話は二十四時間受け付けます。――
 なんだこれは、と思った。いつでも再配達してくれて素晴らしい、と思う前に。
「本当に? 何かの間違い?」

「悪い夢」小珠泰之介


(PDFバージョン:waruiyume_kodamayasunosuke

 1

 これは悪い夢だ。

 一つ断っておこう。
 実は、ぼくはこの悪い夢の結末を、未だに知らない。
 つまり、ぼくは自分が知っていることしか書けない――などと書くと、これを読む人は、たぶん、狐につままれたような気持ちになることだろう。
 しかし、それが一体どういうことなのかは、最後まで読んでもらうしかない。
 ぼくとしては、最後までこれを書き続けられるよう幸運を祈るしかない。


 2

 ぼくはゾンビである。
 名前はもう無い。
 生きていた時の名前は小角一樹といった。
 その時は、二十七才の独身男性だった。
 実家で両親と妹の四人暮らしをしながら、宅配便の会社で契約社員として働いていた。
 ぼくがゾンビに成り果ててしまったのは、今から三ヶ月前に、三面記事に載るような、しけた事件に巻き込まれたせいだった。
 簡単にいえば、ぼくはゾンビに噛まれてしまったのだ。人の血を求めるゾンビに噛まれれば、やがて噛まれた人間もゾンビになってしまう。小さな子供でも知っている事実だ。
 その話から始めよう。

「鏡の奥に」大梅 健太郎


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 玄関で引っ越し業者が、ありがとうございましたと言って頭を下げた。横山もつられて頭を下げる。閉まるドアの音に重なるように、ため息が漏れた。
「夜までには、ある程度荷ほどきしなきゃな」
 引っ越してきたばかりの1Kの床は、積まれた荷物で足の踏み場もない。横山は、最低限の生活に必要な物の入った段ボール箱を探した。
 洗面台と書かれた箱から、歯ブラシと歯磨き粉、コップ、そして電気ひげ剃りを取り出す。それらを手に、洗面所に立った。一人暮らし用の部屋にしては、鏡が大きい。歯磨きセットを蛇口の右横に、電気ひげ剃りを左横に置く。ふと、妙な視線に気がついた。鏡の中からだ。
 のぞきこむと、背後の洗面所の隅に、頭から血を流した若い女が座っていた。振り返っても、そこには誰もいない。もう一度鏡に視線を戻すと、女と目が合ってしまった。つい凝視してしまう。ぼんやりとしていた女の表情に、色がさした。
 しまった。
 そう思ったときには、もう遅かった。

「黄昏のサイレン」平田真夫

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 手持ちの缶から、ブラック珈琲を一口――。
 砂糖やクリームの入った物は、余り好きではない。口中に甘さが残り、後味が悪いからだ。
 販売機の傍らには、乗って来た自転車が止めてある。もう五年は使っているが、まだガタは来ていない。坂道を登ったりしないからだろう。アパートから此処までは、平坦な舗装路が続いているだけである。
 腰掛けているコンクリートの直方体は、背後のビルから一メートル余り突き出しており、何の役に立つのかよく解らぬ。そのビルには窓の一つも無く、中で何が行われているのか、いや、そもそもこれがビルと言えるのかすら不明であった。
 高さ二十メートルのコンクリートの箱。
 この街の建物は、唯一の例外を除いて、皆、こんな感じだ。巾五メートル余りの道路はきちんと碁盤目に整理され、一定の間隔を置いては十字路になっている。舗装もちゃんと施されてはいるのだが、車などが通るところは見たことも無い。だいたいが、窓も入口も開いていないビルに、どんな訪問者が来るというのか。
 それでも、腰掛けに隣接している飲み物の販売機はきちんと作動しており、売り切れや釣銭切れの表示が出ていることは無かった。ちゃんと缶の補充や集金は行われている印であり、だとすれば他に客がいるのかも知れない訳だ。
 ――でもなあ。
 市役所から仕事を貰って二十七年、街で誰かに出会ったり、人影を見たことは一度も無い。一体、何の必要があって、時報を鳴らしているのだろう。
 さよう、この身の仕事は一日に二回、朝の八時半と夕刻の十七時にサイレンを鳴らすこと。それも今時珍しい、機械仕掛けではない手廻しである。

「夜の迷走」青木和

(PDFバージョン:yorunomeisou_aokikazu
 〈鳴木(なるき)峠アト20㎞  右10m先巻道アリ〉

 峠の手前で街道をはずれ、巻道に入ったあたりで急に空模様が変化した。ただでさえ薄い星の明かりが雲に覆い隠され、瞬く間に闇夜に変わる。
 誰も聞く者がないのをいいことに、俺は盛大に舌打ちした。
 どうしてもっと早く、町にいる間に曇ってくれないんだ。誰にも見られる恐れがなくなって、これから明かりが必要だって時に暗くなるなんて、意地が悪すぎるぞ。
 だが俺の都合など知ったことじゃないと言わんばかりに、天候はますます怪しくなってくる。フロントガラスに雨の雫が落ちてくるまでに、長い時間はかからなかった。
 巻道というのは、尾根を越えずに山腹を水平に縫って反対側に出る、いわば抜け道だ。登って降りる行程がないので勾配は緩いが距離は長くなる。遠回りになるのを嫌ってか、歩行者はもちろん車ですらほとんど通らない。今夜俺がその寂れた道を通ることにしたのはだからこそなのだが、雑木林の間をうねうねと曲がりくねって伸びる道は、前も後ろも途方に暮れるほど濃厚な闇に包まれていた。
「くそっ」