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「Utopia」川嶋侑希+岡和田晃

(紹介文PDFバージョン:utopiashoukai_okawadaakira
 〈「ポップカルチャー論」学生優秀作〉の第3回は、川嶋侑希+岡和田晃「Utopia」です。
 これまでの「赤との混色」および「キュイジニエの旅」は、2016年度の学生優秀作ですが、今回ご紹介する「Utopia」は、2017年度の履修生の手になる作品です。
 2017年度に集まった学生作品の傾向としては、ワークショップで用いたRPG作品の世界観に準じた作品ではなく、むしろ、そこからインスパイアされつつも、シェアード・ワールドではない、独自の世界観を構築しようという意識がまま見られたことです。
 2016年度は、ファンタジーRPGの古典である『トンネルズ&トロールズ』完全版や、カードゲーム『ブラックストーリーズ』等を用いたワークショップを開催してみましたが、この「Utopia」は古典的なファンタジーRPGのガジェットを用いながらも、あえてスペース・オペラの舞台設定を導入した野心的な試みです。サイエンス・ファンタジーですね。
 むろん、「トンネル・ザ・トロール・マガジン」Vol.2の拙稿「T&TとSFの意外な関係」に見られますように、T&Tのような古典的なRPGはSFとは切っても切り離せないような深い相互影響関係があります。
 なお、「ポップカルチャー論」のレポートでは、作品の一部を切り出し、その光景をスケッチするようなスタイルでも作品として認めています。自然主義文学の創作訓練として、日常の光景をスケッチするという練習方法がありますが、それはSF・ファンタジーやRPGといった、首尾一貫した世界観の提示が求められる作品においても成り立つものと思います。
 問題は、作品を通して、首尾一貫した世界観をどのように表現していくかという点にこそあり、全体のイメージに強度があるならば、細部のみでも魅力は伝わるはずですから。「Utopia」もそのようなタイプの作品で、ここからどう展開するのか、続きが気になってしまいます。
 「SF Prologue Wave」掲載にあたっては、ハイ・ファンタジーとスペース・オペラをうまくマッチングさせるべく、岡和田が補作を行いました。(岡和田晃)




(PDFバージョン:utopia_kawasimayuki
 ――そのためなら、なんでもしてやる。
 セイラの心には複雑な感情が渦巻いていた。激しい欲望が希望と混交しているのだ。その思いは旅が始まる前も、今も、そしてこれからも変わることはない。第一の目的地である〈情報街(ビット)〉を前にして、彼女の興奮は、疲れも吹き飛ぶほどの域に達していた。
 深呼吸してから、もう一度、街の入口にある門を眺める。その向こうに、いくつかの建物と人影が見えた。この街での目的は、計画に必要な情報収集だ。
 しかし、ここまでたどり着くのに、すでに随分時間がかかっている。エルフの森の隅で禁じられた扉を開けたのは、何日前だったろう。もう何ヶ月も経ったかに思える。
 ――あぁ、みんなの心配する顔が目に浮かぶ。お爺様が上手く説明してくれているはずだ。ごめんね。
 背負い袋から〈妖精(エルフ)〉の森で汲んでおいた〈水筒〉を取り出し、僅かに口に含む。〈水筒〉は〈三人目〉に手を貸してくれた老人からもらった。不思議な仕組みで、飲み干しても新たに湧いてくる。これさえあれば、飲み水の心配はいらないだろう。
 高まる心を落ち着かせて、セイラは街に足を踏み入れようとしたが、肝心のことを忘れていた。
 街の手前まで道案内をしてくれた〈九人目〉の老人が、詩のように歌った忠告が頭をよぎる。

 この街に入りたいなら
 嘘は置いて来ることさ
 嘘を見破る者たちに
 追い出されては宿もない
 説明できない虚飾は取り去り
 能弁すぎる口は閉ざせ
 旅人たちはみな寡黙
 思い出にすら嘘はつけない

 歌われたのは、この街のルールだ。ここで情報売買をする人々は嘘を許さないらしく、出鱈目な情報を流す者は厳しく罰せられる。それ故に多くの人が真の情報を求めてやって来るのだが、よそ者の小さな嘘にすら敏感で、発覚すると街から追い出されてしまう。
 しかも、〈妖精〉であることは隠さなければ、何をされるかわからない。人間の世界に〈妖精〉が来るなんて、ほとんど前例がないからだ。
 なるべく自分の話をしないで情報を集めよう。フードを深くかぶり直し、〈妖精〉の特徴である長い耳を隠す。五感を集中させ、彼女は期待と不安を抱えながら門をくぐった。
 建物がある方へ歩いていると、だんだんと陽が落ち、夕闇を待ちわびていたかのように、門から続く目抜き通りに明かりが灯り始める。軒先に吊り下げられた無数の丸いランプが出歩き始めた人々を照らし出す。
 それから続々と、建物から人が溢れ出してきて、通りがあっという間にいっぱいとなった。こんなに沢山の人間を一度に見るのは初めてだ! あの混雑の中に行くなんて、押しつぶされてしまわないだろうか。ついその様子を見て立ち止まってしまったが、もたもたしていたら時間がもったいない。とにかくここに何日でも滞在して、欲しい情報を集めなければならない。計画の実行において最も重要な過程なのだ。
 意を決し、雑踏に近づき体を滑り込ませた。通りの両側が店になっていて、そこから呼び込みの声が絶えず聞こえてくる。そばまで寄らないと、何を言っているのかわからない。私の欲しい情報はどこで売っているのか。流れに身を任せながら、とりあえず通りが途切れるまで歩いてみることにした。時々聞こえてくる、
「~の次の標的の情報を仕入れたよ!」
「いらっしゃい、うちはグルメ情報ならなんでもござれさ」
「~の不倫相手が知りたいかい?」
 まさに無数の言葉。でもそんなものじゃないんだ。私が知りたいのは……。気づいたら既に通りが切れていた。振り返ると、あの喧騒がある。
 むしょうに暑い。急にどっと疲れが押し寄せてきて、もう一度あの中に入るのは体力的にも困難だった。また明日にしようか……。その時。
「君、人間じゃありませんね?」
 いきなり声をかけられた。驚いて顔を上げると、真横に背の高い人間の影がある。一瞬、フードを脱いだ姿を見られたのか。反射的に飛び退いたが、逃げるのは容易ではなさそうだ。落ち着いて、話し合うことに決めた。
「何か御用ですか?」
 いざという時の為に、ローブの中で武器を握り締める。すると突然、両肩を包み込まれた。気味の悪い男は無言でセイラを路地裏へ誘導する。
「いや、離してください! 私は人間です……」
 怖くて咄嗟に嘘をついてしまった。はっとして周りを見渡すといくつかの人影がこちらに向かってゆらりと歩いてくるのが暗がりの中確認できた。しまった。男は舌打ちをしてその場から逃げ去る。
 先ほどまで賑やかに商いをしていた〈情報商人(ビット・マーチャント)〉たちが五、六人でセイラを取り囲んだ。
「どこから来た?」
「何のために来た?」
「名前は?」
「なぜ嘘をついた?」
 そんなことを詰め寄りながら、矢継ぎ早に質問してくる。なんだか普通じゃなさそうだ。彼女は焦ったが、〈妖精〉である事は隠して返答した。
 質問が多すぎて追いつかないし、相手がちゃんと聞いているようには見えない。だが話せばわかってくれるのではないか。質問は終わらない。
「昨日は何を食べた?」
「星の生まれる仕組みをご存知?」
「ずっと前、ここは〈母なる大地(ユーラシア)〉という名だったの知ってる?」
 質問内容がどんどんずれていく。訳がわからなくなってきた頃、詰め寄られながら街の出口に誘導されていることに気づいた。まだ何もしていないのに、追い出されてしまう!
 もう我慢ならなかった。
「わかったわ。私は〈妖精〉。セイラという名は人間にもらったもの! ここに来たのはどうしても必要な情報があったから。私は……〈月(ルナ)〉に行きたいの!」
 かなりの大声で叫んでしまった。彼女を囲んでいた者も、その周辺にいた人も、フードを脱いだ姿とその言葉に時が止まったように固まっている。
 それも一瞬だった。文字通り、彼らが押し寄せてきた。初めて見る〈妖精〉に皆興味津々なようで、一斉に彼女の元に人が集まってくる。そのおかげで〈情報商人〉たちは混乱に巻き込まれてどこかへ消えたものの、どうしてよいかわからない。
 絶えず浴びせられる質問、嘲笑、自己紹介、握手……。
 そうした事態が収拾するきっかけとなったのは一人の女性だった。彼女が現れた瞬間、人々は道を開け、口を閉ざしたのである。
「〈バックノーム〉だ」
 わずかな囁き声から、名前が推測できた。
 〈バックノーム〉は一言も語らずに手を差し伸べ、セイラを通り沿いの大衆酒場に連れて行った。セイラはもうこの残された希望についていく他なかった。
「あなたの話を、聞かせて」


 何度も、金属の塊が水面を掠めながら飛び立つ夢をみた。
 〈妖精〉は金属や機械が苦手なんて言うけれど、セイラは違った。〈月〉に行ける道具はそれしかないのだから、嫌ってなんていられないからだ。
 人間界には〈月〉に行くための機械がある。どうしても〈月〉に行きたい。行って、まことの独立を果たしたという国をこの目で確かめたい。そこで生きたい。その願望が彼女をここまで突き動かしていた。
「人間界のどこかの海底に、海も宇宙もどこまでも行ける船があると聞いて、その場所を知りたくてこの街に来たわ。〈妖精〉の力では宇宙なんて到底行けないし、そもそも私たちには科学なんて存在しないに等しいもの。これまで出会った人間たちに、知識を〈更新(アップデート)〉してもらいながらここまで来たの。〈妖精〉の世界には古い文献しかないから。」
 セイラは丸いテーブルの上に出されたコップの水を眺めながら淡々と喋っている。その向かいで〈バックノーム〉は黙ってそれを聞いていた。他に客は誰もおらず、薄暗い店内のカウンターの向こうで店主が一人、〈新聞〉を読んでいるだけだ。
「騒ぎを起こしてしまったことは謝るわ。守ってくれたことも感謝してる。何もあげられるものはないけれど。でもこんなにあっさりと一番重要なところがだめになるなんてね。他の方法を探さないと。」
 セイラは残念そうに疲れた顔で自嘲した。もうとにかく眠かった。
「何がそんなに貴女を〈月〉へ行きたくさせるのかは聞かない。でも、その夢は美しいと思うわ」
 〈バックノーム〉は口を開いたかと思うと赤い唇で微笑み、店主にひらひらと手を振った。それを確認した店主はカウンターから出てきて店の窓全てのシャッターを閉め、棚に並ぶ酒瓶の向きを変えたり、あらゆる引き出しを全開にしたりし始めた。
 一体何をしているのか。その様子をあっけに取られて見ていると、
「一番手っ取り早いのは、博物館からの二号機の強奪よ」
 と、〈バックノーム〉はセイラの前に空色の小瓶をことりと置いた。そのラベルには、
“○月×日 博覧会にて 特別星間探査船二号機スリツアン 展示”
 と書かれていた。



川嶋侑希プロフィール
岡和田晃プロフィール

「キュイジニエの旅」藤田莉+岡和田晃

(紹介文PDFバージョン:kyuijinienotabishoukai_okawadaakira
 「赤との混色」(葉月雨音+岡和田晃)に続く〈「ポップカルチャー論」学生優秀作〉の第二弾は、「キュイジニエの旅」です。
 これは、幻想世界ユルセルームを舞台にしたロールプレイングゲーム『ローズ・トゥ・ロード』(門倉直人、二〇一〇年版、エンターブレイン)を用いたワークショップ(ゲームセッション)に基づいて書かれた小説です。
 ただし、オリジナル・デザイナーの許可を得て、岡和田晃が作成した簡易版『ローズ・トゥ・ロード』を、実際の講義では使用しています。
 『ローズ・トゥ・ロード』については、拙著『世界にあけられた弾痕と、黄昏の原郷』(アトリエサード、二〇一七)および「図書新聞」二〇一七年一〇月二八日号に掲載された門倉直人氏との対談「文学としてのゲーム研究」をあわせてご参照ください。
 「キュイジニエの旅」は、『ローズ・トゥ・ロード』を用いたワークショップのリプレイ小説として書かれたもので、グルメ本からとったと思しきネタを、ファンタジーにうまく融合させている意外性を評価しました。
 また、文章力は高く、採録にあたっても最低限しか手を入れずに済みました。
 なお、簡易ルールを以下に明記しておきます(プレイにあたっては、『ローズ・トゥ・ロード』のルールブックおよび各種シートが必要です。ここには本小説を理解するために必要な、最低限の情報のみ記してございます)。(岡和田晃)


■ワークショップ用『ローズトゥ・ロード』(二〇一〇年版)簡易ルール Ver2.0

(デザイン:岡和田晃)

 『ローズ・トゥ・ロード』では、プレイヤー演じるキャラクターは中世ヨーロッパ風の幻想世界ユルセルームに生きる「魔法使い(逍遥舞人アムンマルバンダ)」になります。門倉直人「ホシホタルの夜祭り」や「グンドの物語」のような世界です。アーシュラ・K・ル=グウィン『ゲド戦記』に登場する魔法使いのイメージによく似ています。
 逍遥舞人アムンマルバンダは、混沌の呪縛で不安に揺れる地を「自らの旅を通じて安堵」させていく、特殊な魔法使いです。「混沌から言葉や旋律などの「意味」を分かち、それにより詩歌や舞踊や物語などを生み出して、世界に「より見えやすい風景」を与え、鎮めていく……。そんな魔法を使う旅人と言い換えることもできるでしょう」(門倉直人)
 いわゆる一般的に連想されるRPGとは異なり、レベル・ダメージ・ヒットポイント・マジックポイント等の数値的な要素はありません。参加者相互の勝ち負けもありません。協力して物語を紡ぐのが目的です。
 ワークショップでは、二人一組でペアになり、一人が魔法使いに、もう一人が語り部を演じます。魔法使いはキャラクターを作り、語り部はマップとシナリオを作って実際のゲームを主導します。
 特殊なのは、魔法使いが使用するキャラクターシートに埋めるステータスや、冒険マップ&シナリオ背景シートに埋める「風景言葉」を、原則的に「言葉決め」によって抽出することです。
 この「言葉決め」は、ルールブックに載っている表、ないし手持ちの本の好きな箇所を指さし、ランダムに言葉を抜き出すことで得られますが、二つの言葉をくっつけて造語することで、思いもよらない言葉を生み出すこともできます。
 また、ワークショップで用いた冒険マップシートの舞台になる村は、「混沌の呪縛」に侵されています。村は一三箇所の「場所」によって構成されています。そのうち三つの「場所」に、「混沌の呪縛」による悪影響が具体的に入り込んでいるのです。それがどのようなものかも、また「言葉決め」で決定されるのです。
 「混沌の呪縛」によって三箇所に生じた具体的な影響や原因、真相もすべて、想像力を働かせてユーザーが作成します。そして、混沌の呪縛を生み出した真相を解決するには、「魔法風景」を放たねばなりません。「魔法風景」は、逍遥舞人アムンマルバンダが旅の過程で獲得していきます(後述)。
 魔法使いと語り部は対立する立場にはなく、協力して物語を紡いでいきます。ワークショップ内で「混沌の呪縛」をすべて解き放つことができれば、魔法使いと語り部は「勝利」したことになります。逆に、時間内に「混沌の呪縛」のすべてを開放して真相を解き明かせなければ、魔法使いも語り部も「敗北」します。敗北したら混沌が広がり、ユルセルーム世界は滅亡します(!)。
 語り部が許可すれば、冒険マップシート内の好きな場所へ行くことができます(マップの外には出られません)。マップの具体的な箇所で何が起こるのかを想像し、語り合って互いにコミュニケーションを進めてください。
 なお、あらゆる最終的な決定権は、語り部にあります。
 魔法使いは、自分のステータスにあるいずれかの風景言葉と、語り部が設定した「混沌の呪縛」の効果を、想像力と話術で一致させることができた場合、魔法を発動させて、汚染された場所を「透色(すきいろ)」に変えることができます。一致できたかどうかは、語り部が決定します。なお、魔法使いはそれ以外の能力は、普通の人間と変わりません。
 透色になった「混沌の呪縛」は、「魔法風景」として魔法使いのうちに取り込まれます。(なお、取り込んだ「魔法風景」は、クエスト目的を解決するために、語り部が許可すればいつでも解き放つことができます(効果は語り部が決定します))




(PDFバージョン:kyuijinienotabi_fujitarei
●プロローグ

 今、この世界では三つの災厄が起こっている。
 牧草地での喪失の日々。魔女住まう森での呪詛と悪疫。乾き知らずの湿地での果てしない砂。これら三つの災厄を解決するのが、これからの物語の内容である。
 その者は、虫食いの牧草地にいた。この地で起きている、喪失の日々を解決するためである。名は、キュイジニエ。一部の人々には、即席の(インスタント)キュイジニエとして知られている旅人である。髪はぼさぼさで、前髪で両目が隠れている。食べ物に対しての関心が強く、他のことについてはあまり興味を示さない青年だ。
 彼はこの世界の絶品を食べ歩く旅をしていた。その旅の中で訪れたコルメスという交易の町で、三つの災厄についての話を耳にする。災厄によって世界中の食材が危機にさらされていることを知った彼は、食材を守るために災厄へと立ち向かうことを決意した。そうして彼は、きらきらと輝く脂ののった牛肉が絶品として知られる、虫食いの牧草地で起こっている災厄、喪失の日々の解決に向かったのである。

「赤との混色」葉月雨音+岡和田晃

(紹介文PDFバージョン:akatonokonnshokushoukai_okawadaakira
〈「ポップカルチャー論」学生優秀作〉
 「SF Prologue Wave」は日本SF作家クラブの総会で公認され、有志によって運営されるネットマガジンです。その関係から、寄稿者は基本的に、SF作家クラブ会員ないし、その推薦を受けた、現在プロとして活躍中の作家ということになります。
 いずれも興味深い作品が展開されていますが、他方で、よりみずみずしい原石のような才能の煌めきに触れてみたい、という方もいらっしゃるでしょう。
 そこで今回は、十代後半から二十代前半、現役の大学生が書いた作品をご紹介していきたいと思います。経緯は以下の通り……。

 私(岡和田)は、二〇一五年から大学で非常勤講師をつとめているのですが、二〇一六年より、勤務先の群馬県の共愛学園前橋国際大学で「ポップカルチャー論」を受け持つことになりました。
 SF・ファンタジー文学の古典を講読しつつ、映像資料を交え、ロールプレイングゲームの方法論を応用したワークショップを展開するなど、さまざまな角度から、単に消費者としての姿勢から一歩踏み出し、ポップカルチャーを学術的かつ批評的に分析する教養を身に着けることを主眼としてきました。二〇一六年の受講生は六十数名。
 期末レポートの課題では、創作と評論、双方をOKとしたのですが、創作として提出されたもののうち、優秀作を皆さんにご紹介したいと思います。今回お披露目する、葉月雨音さん(ペンネーム)の小説「赤との混色」は、二〇一六年の講義から生まれた優秀作。一風変わったホラー作品です。
 「ポップカルチャー論」では、モダン・ホラーについても時間を割き、J・S・シェリダン・レ=ファニュ『カーミラ』、H・P・ラヴクラフト『ダゴン』、藤子・F・不二雄『流血鬼』といった古典的な作品を読み、また吸血鬼文学の歴史についても講義しました。
 それとともに、ゴシックパンクRPG『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』の日本語展開に関わった岩田恵・徳岡正肇の両氏をゲスト講師としてお招きし、同作を応用したキャラクターメイキングやライフパス、簡単なストーリーテリング体験ができるワークショップを展開しました。「赤との混色」は、こうした経緯で生まれた作品なのです。
 ちなみに、『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』は、アメリカ・ホワイトウルフ社が開発した作品で、とりわけ一九九〇年代にはRPG界をほとんど席捲する勢いで、TVドラマにもなりました。現在も根強い人気を誇ります。アトリエサード社より日本語版が出たときには「SFマガジン」や「SFオンライン」で大きく紹介が出ました。つい最近も、関連作品がPCゲームとしてアナウンスされたばかりです。
 有名どころでは、ナンシー・コリンズの〈ソーニャ・ブルー〉シリーズ(ハヤカワ文庫FT)は『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』のシェアードワールドでもあります。映画・原作ともに大ヒットした『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』や、〈トワイライト〉シリーズとも響き合う内容と言えるでしょう。
 『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』の大きな特徴として、貴族のようなヴェントルー氏族、暴れ者だが哲学者のような思慮も持つブルハー氏族、野生を忘れないギャンレル氏族、魔術を用いるトレメール氏族、芸術を愛するトレアドール氏族など、ドラキュラ伯爵のようなイメージに留まらない多彩なヴァンパイア像が提示されています。
 そして「赤との混色」は、そのトレアドール氏族の設定が参考にされています。芸術に魅せられた大学生の語りで進められる作品なのですが、決して「わたし」という一人称を使わず、随所で「赤」のイメージが多重に混交されていく筆致も魅力的。
 なお、ワークショップとして提出された小説の執筆者は、その多くが小説を書くこと自体初めてで、日頃、本を読む習慣すらなかった受講生もいたほど。大学での講義そのものも、プロの作家を育てるよりも大学生に期待される学術的な知見の習得を重視していました。それゆえ課題として提出された小説も、創作的批評としての習熟度という観点から採点を行っております。この点が、他の「SF Prologue Wave」掲載作とは大きく異なります。あらかじめ、ご諒承ください。
 「SF Prologue Wave」での公開にあたっては、片理誠編集長の助言を参考に、岡和田晃が補作を行いました。




(PDFバージョン:akatonokonnshoku_hadukiamane
 真っ白なキャンバスへ色鮮やかなパレットから色を移す。赤を、青を、黄を移していく。鮮やかな色の次は、淡い色。茜を重ね、蒼を加え、橙を混ぜていく。そうやって望む形を、質感を、表現するに相応しい色を探していく……。
 絵を描くことが好きなわけではない。ただ描きたい「もの」があるから筆を動かしているだけ。大学へも、その「もの」を表現するやり方が知りたいから来ているだけ。
 咳き込む。どうにも体調がよくない。妙に身体が重いのだ。もう何年もこの状態が続いているが、いっこうに慣れない。
 不意に、ノックの音が響く。