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ハヅキ アマネ


葉月雨音(はづき・あまね)
 1997年茨城県生まれ。共愛学園前橋国際大学在学中(2017年現在)。

「赤との混色」葉月雨音+岡和田晃

(紹介文PDFバージョン:akatonokonnshokushoukai_okawadaakira
〈「ポップカルチャー論」学生優秀作〉
 「SF Prologue Wave」は日本SF作家クラブの総会で公認され、有志によって運営されるネットマガジンです。その関係から、寄稿者は基本的に、SF作家クラブ会員ないし、その推薦を受けた、現在プロとして活躍中の作家ということになります。
 いずれも興味深い作品が展開されていますが、他方で、よりみずみずしい原石のような才能の煌めきに触れてみたい、という方もいらっしゃるでしょう。
 そこで今回は、十代後半から二十代前半、現役の大学生が書いた作品をご紹介していきたいと思います。経緯は以下の通り……。

 私(岡和田)は、二〇一五年から大学で非常勤講師をつとめているのですが、二〇一六年より、勤務先の群馬県の共愛学園前橋国際大学で「ポップカルチャー論」を受け持つことになりました。
 SF・ファンタジー文学の古典を講読しつつ、映像資料を交え、ロールプレイングゲームの方法論を応用したワークショップを展開するなど、さまざまな角度から、単に消費者としての姿勢から一歩踏み出し、ポップカルチャーを学術的かつ批評的に分析する教養を身に着けることを主眼としてきました。二〇一六年の受講生は六十数名。
 期末レポートの課題では、創作と評論、双方をOKとしたのですが、創作として提出されたもののうち、優秀作を皆さんにご紹介したいと思います。今回お披露目する、葉月雨音さん(ペンネーム)の小説「赤との混色」は、二〇一六年の講義から生まれた優秀作。一風変わったホラー作品です。
 「ポップカルチャー論」では、モダン・ホラーについても時間を割き、J・S・シェリダン・レ=ファニュ『カーミラ』、H・P・ラヴクラフト『ダゴン』、藤子・F・不二雄『流血鬼』といった古典的な作品を読み、また吸血鬼文学の歴史についても講義しました。
 それとともに、ゴシックパンクRPG『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』の日本語展開に関わった岩田恵・徳岡正肇の両氏をゲスト講師としてお招きし、同作を応用したキャラクターメイキングやライフパス、簡単なストーリーテリング体験ができるワークショップを展開しました。「赤との混色」は、こうした経緯で生まれた作品なのです。
 ちなみに、『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』は、アメリカ・ホワイトウルフ社が開発した作品で、とりわけ一九九〇年代にはRPG界をほとんど席捲する勢いで、TVドラマにもなりました。現在も根強い人気を誇ります。アトリエサード社より日本語版が出たときには「SFマガジン」や「SFオンライン」で大きく紹介が出ました。つい最近も、関連作品がPCゲームとしてアナウンスされたばかりです。
 有名どころでは、ナンシー・コリンズの〈ソーニャ・ブルー〉シリーズ(ハヤカワ文庫FT)は『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』のシェアードワールドでもあります。映画・原作ともに大ヒットした『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』や、〈トワイライト〉シリーズとも響き合う内容と言えるでしょう。
 『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』の大きな特徴として、貴族のようなヴェントルー氏族、暴れ者だが哲学者のような思慮も持つブルハー氏族、野生を忘れないギャンレル氏族、魔術を用いるトレメール氏族、芸術を愛するトレアドール氏族など、ドラキュラ伯爵のようなイメージに留まらない多彩なヴァンパイア像が提示されています。
 そして「赤との混色」は、そのトレアドール氏族の設定が参考にされています。芸術に魅せられた大学生の語りで進められる作品なのですが、決して「わたし」という一人称を使わず、随所で「赤」のイメージが多重に混交されていく筆致も魅力的。
 なお、ワークショップとして提出された小説の執筆者は、その多くが小説を書くこと自体初めてで、日頃、本を読む習慣すらなかった受講生もいたほど。大学での講義そのものも、プロの作家を育てるよりも大学生に期待される学術的な知見の習得を重視していました。それゆえ課題として提出された小説も、創作的批評としての習熟度という観点から採点を行っております。この点が、他の「SF Prologue Wave」掲載作とは大きく異なります。あらかじめ、ご諒承ください。
 「SF Prologue Wave」での公開にあたっては、片理誠編集長の助言を参考に、岡和田晃が補作を行いました。




(PDFバージョン:akatonokonnshoku_hadukiamane
 真っ白なキャンバスへ色鮮やかなパレットから色を移す。赤を、青を、黄を移していく。鮮やかな色の次は、淡い色。茜を重ね、蒼を加え、橙を混ぜていく。そうやって望む形を、質感を、表現するに相応しい色を探していく……。
 絵を描くことが好きなわけではない。ただ描きたい「もの」があるから筆を動かしているだけ。大学へも、その「もの」を表現するやり方が知りたいから来ているだけ。
 咳き込む。どうにも体調がよくない。妙に身体が重いのだ。もう何年もこの状態が続いているが、いっこうに慣れない。
 不意に、ノックの音が響く。

ジュリア


 じゅりあ(Julia):
 東京大学法学部卒業。
 女子(と、それに類するもの)が好きすぎる病をこじらせた週末イラストレーター、ほのぼの日常系漫画家。重度の活字情報中毒。
 過去SF大会にて、対談出演・メイドさんスタッフ・企画イラストを担当させていただいたりなどの他、ゲーム系商業アンソロジーコミック、TCGイラスト参加多数、『クッキンアイドルアイ!マイ!まいん!』『これはゾンビです』シリーズ等のアニメ作品にてイラスト、コミック原稿担当など。
 近年は商品のパッケージデザイン、某バーチャルアイドルさんMVのイラスト担当なども手掛けさせていただいております。

 女子キャラメインで活躍するハード系SF作品のご推薦お待ちしております。

 好きな作品は『たったひとつの冴えたやりかた』『ハーモニー』『ヴァーチャル・ガール』『歌の降る星』『シンギュラリティ・コンクェスト』『星海の紋章シリーズ』『歌う船シリーズ』『電脳のイヴ』『海を見る人』『南極点のピアピア動画』など。
 最近見た映画で一番良かったのは『インターステラー』。

 大好きなのに、文系すぎて自分では描けないハードSF(しかも百合テイスト)の世界にイラストをつけさせていただけて、とても光栄でした、このたびは素敵なご縁をいただけまして、どうもありがとうございました!

 公式サイト:http://jullie.co/ (2017年9月現在、かなり放置&工事中です…手を入れねば…)

「夏の終わり」窓川要


(PDFバージョン:natunoowari_madokawakaname
「ユウ君?」
 歩道と溜め池を区切る防護柵にもたれ、池向こうの青山をぼんやり見上げていると、不意に名を呼ばれた。すぐ傍からだった。驚いてそちらを向くと、野球帽を被った男の子が僕の顔を覗き込んでいた。
「……ユウ君だよね?」
 友達に呼びかけるような口振りだった。せいぜい小学三・四年生ぐらいの少年が、そろそろ三十路に差し掛かる僕へ向けるには、いささか不適当な呼びかけに思えた。
 ――馬鹿にされているのだろうか。
 僕には息子も娘もいないし、甥や姪もなかった。子供の知り合いなどいない筈だった。小学生から「君」を付けて呼ばれる心辺りなど、まるでない。
 ――僕が無職だからか。
 ――鬱になり、職を失い、実家に連れ戻された負け犬だからか。
 そんな卑屈な考えが頭を支配しかけて、しかし僕はある疑問に気付いた。少年が呼んでいる名前は、確かに僕のものだったのだ。

「消えてしまったメッセージ」木本雅彦


(PDFバージョン:kietesimattamessage_kimotomasahiko
 特別支援学校の指導員という仕事をしていると、色々な子供に出会う。
 タケシは喋らない子供だった。
 小学三年生になっているが、喃語──いわゆる赤ちゃんが出すような言葉を数語使うだけで、発語は少なかった。せいぜい二語文が限界だった。
 それでも、身振り手ぶりや、マカトンという簡単な手話を併用することで、彼は周囲に意思を主張していたし、周囲も彼のことを、部外者が想像する以上に理解していた。友達にしろ先生にしろ、付き合いが三年にもなると、以心伝心という部分が出てくるから、当然とも言えた。
 僕が勤めている特別支援学校は、主に軽度から中度の知的障害の子供を受け入れている。軽度の知的障害というのは、だいたい知能指数が50から70程度の子供のことを指す。平均が100なので、普通を基準に考えればやはり低い。
 いくつかある知能検査や発達検査の方法に共通して言えるのは、言語能力が大きな割合を占めるということだ。たとえば指差した絵に書かれている動物の名前を言えるかとか、青い鉛筆はどれ? という質問に回答できるか、など。後者の場合は、青と鉛筆というふたつの属性が合わさったときに理解できるかという設問になる。
 僕は指導員なので、直接試験をすることはないが、試験の様子を見学することはある。その様子を見ていたり、結果の説明を聞いたりしていると、こういう試験で子供の成績というか知能指数の数値を測るというのは、難しいものだなと感じることがある。
 飛行機というものを理解しているけれど、発語できない子供の場合、これはなに? と聞かれると両手を広げてブーンとやったりする。彼は飛行機を理解しているのだが、それを言葉では表現できない。しかし彼にとっては、両手ブーンが言語の替わりなのだ。
 理解力だって意外にあるように思う。僕がタケシと関わっている範囲で感じるのは、多分この子は僕の言っていることをほとんど理解しているであろうということだ。だけど彼自身は言葉を出せないから、もどかしいだろうな、と。
 そんなことを心理士の先生に話してみたところ、
「日常生活での理解ってのは、その前後の流れや習慣や視覚情報から総合的に判断したりする部分が混ざってきます。色々な情報源から得られたものから彼は反応しているので、一見すると言っていることを理解しているように思うかもしれませんが、言語単体の理解力は検査結果として出てくる通りなのです」
 という答えが返ってきた。周囲が思っているほど、彼は「言語」を理解しているのではないというのだ。
 そうなのだろうか。
 そんな疑問を抱えながら、僕は今日もタケシと遊ぶ。

「収穫の日」大梅 健太郎


(PDFバージョン:shuukakunohi_ooumekenntarou
 ある小山の中腹に、真っ白い直方体の外見をしたA研究所があった。その一室で綺麗に洗濯されたばかりの白衣をひるがえし、博士が言った。
「ついに、新しい発明を完成させたぞ」
 研究所の床拭き掃除をしたばかりで薄汚れた白衣に身を包んだ助手は、博士が手にもっている白熱電球のお化けのようなものを見て、ため息をついた。いつも博士は変なものを発明しては、助手に迷惑をかける。ついさっきも、金魚を空に飛ばす機械が故障し、あたりにぶちまけられた水槽の水を拭いていたところだった。
「また、わけのわからんもんをつくったのですか」
 ふふん、と博士はわざとらしく笑った。
「世界の園芸業界に新風を巻き起こす、画期的発明と言えるかもだぞ」
「金魚が空を飛んでも、観賞魚業界に新風は巻き起こりませんでしたよ」
 助手の言葉には返事もせずに、ちゃらららん、と博士は効果音を口ずさんだ。
「植物成長促進ライト!」
 スイカ一玉はありそうな電球を、博士は助手に向かって突き出した。むしろその形状が発明と言っても差し支えなさそうな感じだ。
「その馬鹿デカい、絶滅危惧種と言っていい白熱電球がですか?」

サカキ レン


さかき漣(さかき れん)

 作家。立命館大学文学部哲学科哲学専攻卒業。社会小説の既刊に『コレキヨの恋文』(小学館/PHP文庫)、『希臘から来たソフィア』(自由社)、『顔のない独裁者』(PHP研究所)他。2015年、株式会社ドワンゴとスタジオカラーの共同企画「アニメ(ーター)見本市」にて『顔のない独裁者』が『イブセキヨルニ』として短編アニメ化。2016年11月、新刊SF『エクサスケールの少女』(徳間書店)発売。

公式サイト http://rensakaki.jp/
Twitter https://twitter.com/rensakaki2016
Facebook page https://www.facebook.com/rensakaki20161126/

「冷やおろしマーダーズ」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:hiyaorosimurdersshoukai_okawadaakira
 『エクリプス・フェイズ』日本語版翻訳監修者の朱鷺田祐介による新作「冷やおろしマーダーズ」をお届けしたい。

 これは朱鷺田祐介のユーモアSF「マーダーズ」シリーズの最新作である。

 作中では、「ミートハブ・マーダーズ あるいは、肉でいっぱいの宇宙(そら)」、「ウィップラッシュ・マーダーズ 殺人鬼はどこにいる?」、「10年目の贈り物」、「スカイ・アーク・マーダーズ」、「ドロップレット・マーダーズ」といった過去作とのリンクが示唆されている。
 ただ、本作の姉妹編というのは、むしろ「品川蕎麦マーダーズ」ではないか。同作では蕎麦が扱われるが、今作では小麦を用いたうどんが中心的なモチーフになっているからだ。

 一般に、SF的なガジェットをハードルが高いと思われる方も多いと聞くが、本作はむしろグルメ要素が強いので、そういった方に「軽いお話もあるよ」と紹介する役に立つかもしれない。朱鷺田祐介は今年4月、横浜で開催された「はるこん2017」でゲスト・オブ・オナーのケン・リュウに、「グルメSF」についての質問をするくらいには、このテーマにこだわりがあるようだ。

 朱鷺田祐介も参加した「はるこん」でのケン・リュウのインタビューに関しては、「ポストヒューマニズム、紀貫之、ロールプレイングゲーム」というタイトルで「ナイトランド・クォータリー Vol.09 悪夢と幻影」にレポートが載っている。グルメSFについてのやりとりは紙幅の都合で割愛せざるをえなかったが、ケン・リュウも大いに興味があるということだった。(岡和田晃)




(PDFバージョン:hiyaorosimurders_tokitayuusuke
 ここから語る物語の舞台は、大破壊後十年の太陽系である。
 人類が宇宙に足を踏み出し、約二百年が経過している。その間に、人類は超人類(トランスヒューマン)に進化した。
〈大破壊後(AF)〉10年、特異点を突破した戦略情報統合AIネットワーク(TITAN)群、通称ティターンズが人類の90%を死に至らしめ、地球を破壊し尽したあの戦いから10年が経過した。トランスヒューマンの故郷「地球」は、ティターンズが放ったあらゆる大量破壊兵器、核兵器、生物兵器、化学兵器およびナノスウォーム、戦闘マシンの群れによって、もはやかつての青い地球はおぞましき赤と灰色が入り混じった泥沼と化している。
 その結果、人類のゆりかごは失われた。
 人類の誇った食文化も同時に。


 始まりは爆発だった。
 天王星周辺を浮遊する大型移民船「シュタイナー」号の中央近くにある、ジョン・ダンビル・α4の部屋が吹き飛んだ。
 爆薬の持ち込みはなかった。
 万能合成器で化学爆薬を調合した形跡はなかった。
 だが、突然、部屋が内側から吹き飛び、ダンビルは死亡し、その周辺一帯が爆発で生じた粉塵と歪みで居住不可能となった。
 その爆風でめちゃくちゃになった通廊に立ち、宇宙冒険家のランディ・シーゲルは憤懣やるかたない感じで愚痴った。
「なぜ、俺が呼ばれる?」
「知り合いだろ?」
 答えたのは、この船のセキュリティ・マネージャーを務めるアリシア・キイェルド・オウィディウス・鈴木・ストームトルーパー。

「黒星僧院にて」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:annkokusouinnniteshoukai_okawadaakira
 朱鷺田祐介の新作「黒星僧院にて」をお届けする。この作品は、二つの『エクリプス・フェイズ』ゲーム・シナリオとリンクするものとして書かれている。
 まずは「Role&Roll」Vol.151に掲載されている「タイタンのゲーム・プレイヤーたち」(著:岡和田晃、監修:朱鷺田祐介、待兼音二郎)。その名の通り、タイタン連邦が舞台であるこのシナリオは、チェスボクシングが重要なモチーフとなっている。同時に、ドイツのボードゲームをモチーフにした新しいスポーツが開発されていると、公式設定(未訳サプリメント『Rimward』)に記述されているのだ。その流れで、オリジナルのユニークのスポーツが、この小説には色々と出て来る。
 続いて、「Role&Roll」Vol.152に掲載されている入門シナリオ「滅びの星に声の網」(著:朱鷺田祐介、監修:岡和田晃、待兼音二郎)、今号の「SF Prologue Wave」が公開される頃には、全国の書店・ゲームショップに並んでいると思うが、こちらは太陽系外惑星のニルヴァーナ、モラヴェクが舞台。黒星僧院も登場する。そもそも黒星僧院も、公式設定(未訳サプリメント『Gatecrashing』)に掲載なのだが、あわせて読めば、背景への理解が増すだろう。

 朱鷺田祐介は、待兼音二郎・岡和田晃とともに、二〇一七年四月二二日、二三日の「はるこん2017」で「新世紀のポストヒューマンRPG『エクリプス・フェイズ』を遊ぼう!」を開催した。企画内ではゲスト・オブ・オナーであるケン・リュウとのトーク・セッションも実現した。岡和田晃によるレポートが、今月後半に発売予定の「ナイトランド・クォータリー」Vol.09に掲載される。(岡和田晃)




(PDFバージョン:annkokusouinnnite_tokitayuusuke
 曼荼羅の中心でパルサーが脈動していた。
 電波星とも言う。自重で崩壊し、爆縮する中性子星へと向かう過程で、もはや脈動する電磁パルスを発するだけの暗黒の恒星だ。
「PSR B1976 +10 A」
 脳内でミューズが補足する。
「このパルサーにはPSR B1976 +10Aという番号がついています」と、黒い袈裟をまとった合成義体(シンセモーフ)の僧侶が無重力で浮かんだまま、座禅の姿勢で微笑む。背後の透過スクリーンにはパルサーが映っている。「ワームホール・ゲートを抜け、辿り着いた無数の太陽系外惑星の中で唯一、地球からの距離と方角が解明されている。宇宙の灯台と言ってもいい。だから、我々はこのニルヴァーナに僧院を築き、死せる暗黒星の影に一体化する思想の中で瞑想することを選んだのだ」
 ニルヴァーナはこのパルサーを巡る惑星軌道に置かれたクラスター型のハビタットだ/クラスター:相互接続モジュールで構成される微重力ハビタット/簡単に言えば、無重力だから出来る雑多に接続されたモジュールの集合体に過ぎない。

「どろぼう猫」高橋桐矢


(PDFバージョン:dorobouneko_takahasikiriya
 どこからか花の香がただよう、月のきれいな春の夜です。
 小さな空き地に、あちこちから猫たちが集まってきました。オス猫もメス猫も、年寄りも若いのも、柔らかい草の上や、平たい石の上や、石畳の上に適度に離れて、来た順に丸くなって座ります。みな毛づやもよく、身体もふっくらしています。
 月が高く昇る頃、一番奥に座っていた大きな黒猫が、口を開きました。
「おめえはいつも落ち着きがねえなあ」
「あ、親分! そこにいたんすか! 黒くて見えませんでした」
 ふらふらと歩き回っていた若いトラ猫が、黒猫のそばにかけよりました。
 黒猫親分は身体は大きく毛づやもよいのですが、よく見ると丸い顔に古い傷があります。
 トラ猫は、親分の傷跡を、あこがれのまなざしで見つめました。
「この街が平和なのは親分のおかげっす。あの灰色の奴、親分にぶちのめされて、いい気味っす」
 親分は、トラ猫をじろりとにらむと、遅れてやってきたメスの三毛猫に話しかけました。
「三毛、久しぶりだな」
 三毛は、背中としっぽをささっと毛づくろいしてから、答えました。
「ええ、親分さん」
 黒猫は、トパーズのように黄色い目で、三毛をじっと見つめました。
「あいつはどうしたんだ。今日は来てねえようだが」
 三毛は、うるんだ目をそっとふせました。
「知りません。あたしたち、もう別れたんです」

「前夜」蔵原大(協力:齋藤路恵)

(紹介文PDFバージョン:zennyashoukai_okawadaakira
 「SF Prologue Wave」に久々の登場となる蔵原大。その新作「前夜」は、全五部構成、四〇〇字詰め原稿用紙換算で三〇〇枚になる大作である。
 二〇一一年にはプロトタイプが脱稿していたが、およそ五年の歳月をかけて細部を改稿し、今回の発表と相成った。この贅沢な作品を、このたび一挙公開させていただく。

 「前夜」は小説ではなく戯曲の形式をとっているが、もともとはゲームブックとして構想されたものらしい。トランスヒューマン時代の歴史を考えるにあたって、一本、筋道を立てた話を作り出そうとしたら、いつのまにか戯曲の構成をとることになったそうだ。
 蔵原大曰く、「前夜」はイギリス百年の歴史を描いたウィリアム・シェイクスピアの史劇『リチャード二世』、『ヘンリー四世』、『ヘンリー五世』、『ヘンリー六世』といった史劇を意識している、とのことである。
 実際、「前夜」では、歴史をフィクションとして表現するにあたって、事実の見え方は複数ある、ということを強調することが目論まれている。冒頭の部分に「子供向け」のプロパガンダ本が引用されていることは、その象徴であるだろう。
 ゆえに本作は、「ポスト・トゥルース」と呼ばれる、事実と嘘が混交された現代にこそ、響く作品なのかもしれない。事実、設定の解釈にあたっては、蔵原大が解釈を膨らませた部分がある。
 そして当然ながら、“大破壊(ザ・フォール)”前の各国の語られ方についても、「事実の見え方は複数あること」を表現することが前提となっている。
 また、艦隊戦の描写も本作の見どころだが、この点については、蔵原大の研究分野の一つである戦略学の知見と創意が活かされている。

 蔵原大は、デジタルゲームとアナログゲーム、研究者と実作者の垣根を超えて議論を交わす「ゲームデザイン討論会 公開ディスカッション」の運営に長らく携わるとともに、書評SNSの「シミルボン」にゲーム作家・研究者として著名な遠藤雅伸のインタビューを寄稿。このインタビューはニュースサイト「ねとらぼ」に転載され、好評を集めた。(岡和田晃)





(PDFバージョン 「前夜」01:zennya01_kuraharadai

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(PDFバージョン 「前夜」05:zennya05_kuraharadai


(注意:この作品はPDFバージョンのみになります)

「ソロモンの指輪VR」窓川要


(PDFバージョン:soromonnnoyubiwavr_madokawakaname
 子供の頃、ニュースで見かけた犬用ヘッドマウントディスプレイに、心をときめかせたことがある。飼い犬と一緒にバーチャルリアリティの世界を歩く――想像するだけで楽しかったし、未来の技術に胸が躍った。一つだけ問題だったのは、そのニュースが四月一日付けだったということだ。
 同じく子供の頃、当時流行し始めていた体感型の映画に、夢中になったことがある。音と映像だけでなく、匂いや風まで体感できる――かつてない体験に、大いに興奮したものだ。周囲の大人達は、「こんなの子供だましだ」と概して冷笑的だったけれど。
 月日は流れた。当時まだ物珍しかったバーチャルリアリティ――VR技術は、今や当たり前のものとなっていた。視覚効果だけでなく、嗅覚や触覚を再現する技術も発達し、今やVRには欠かせない要素となっていた。そしてそれは、視覚よりも嗅覚を頼りとする犬たちを、VRへと招待するための根幹となる技術でもあったのだ。
 どこまでも続く夏の高原に、僕は立っていた。
「ちゃんと使えてはいるんですけどね、あんまり乗り気じゃないんですよねえ……」
 気怠げにうずくまる大型犬を撫でながら、彼女はそう呟いた。
「大丈夫です。僕が開発した『ソロモンの指輪』なら、きっと彼が……ハチローくんが望んでいるものが何かも分かる筈です」
 太鼓判を押す僕を見上げながら、彼女は弱々しく微笑んだ。

「ドロップレット・マーダーズ」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:doroppurettomurdersshoukai_okawadaakira
 『エクリプス・フェイズ』日本語版翻訳監修者の朱鷺田祐介による新作『エクリプス・フェイズ』小説、「ドロップレット・マーダーズ」をお届けしたい。

 朱鷺田佑介のユーモアSF、〈ランディ・シーゲル〉シリーズは、これまで5作発表されている。「ミートハブ・マーダーズ あるいは、肉でいっぱいの宇宙(そら)」、「ウィップラッシュ・マーダーズ 殺人鬼はどこにいる?」、「リメンブランス・マーダーズ ~最後の酒杯~」、「品川蕎麦殺人事件(シナガワ・ソバ・マーダーズ)」、「スカイ・アーク・マーダーズ」。

 これらの作品がお気に召した方は、宮内悠介『スペース金融道』やダグラス・アダムズ『銀河ヒッチハイクガイド』といったユーモアSFに進んでみるのも一興だ。

 今作の舞台は海洋惑星ドロップレット。太陽系外に位置する惑星なのだけど、環境的には居住可能で、現住生物や古代の遺跡、失われた文明も存在しており、冒険の舞台にピッタリ。
 実際、本作が公開されるのとちょうど同時期に、「Role&Roll」Vol.150には、朱鷺田祐介が執筆した「海洋惑星ドロップレットの危機」という『エクリプス・フェイズ』の入門用ゲーム・シナリオが掲載される。
 それにあわせ、「Role&Roll」公式サイトのサポート・ページには、サポート・マテリアルとして海洋惑星ドロップレットの設定の抄訳も公開される予定なので、あわせてアクセスしてほしい。

 朱鷺田祐介は、日本SF大賞のスポンサーもつとめる書評SNS「シミルボン」に参加、「トランスヒューマンSF-TRPG『エクリプス・フェイズ』を楽しむためのブックガイド」を寄稿している。(岡和田晃)




(PDFバージョン:doroppurettomurders_tokitayuusuke
 濃厚な潮の香り。海から響く波の音がもはや大太鼓の鼓動をすぐそばで聞いているように体に直接、響いてくる。
 ああ、海だ。
 もはや、地球で聞くことも出来ない波の音。
 太陽系外惑星ドロップレットならでは風情である。
 タイタン連邦出身の宇宙探検家ランディ・シーゲルが、異星の浜辺に近い建物の屋上で波音の衝撃に体を揺らされながら座っていると、この家の主人がやってきた。シンプルな黒のスーツと真っ白なボソム・シャツを来たジョン・ダンビルは、伊万里の大皿に盛った白身の刺し身をテーブルに置く。宇宙をかける美食家らしい登場だ。彼はさらに、背後についてきた従僕ドローンから、漆塗りの箸、小皿、陶器の醤油さしに続いて、日本酒(サケ)の入った銚子と盃を取る。
「刺し身?」
 と、ランディが問いかけると、ダンビルは微笑み返す。
「今は亡き、日本列島で愛された食の極みだ」

「卵巣後宮(らんそうこうきゅう)」間瀬純子


(PDFバージョン:rannsoukoukyuu_masejyunnko

(作者より)

 【残酷描写がありますのでご注意ください】

 この作品は、筆者の連作『異境クトゥルー譚』(仮名)のなかの一編です。
 また直接には『ナイトランド・クォータリー新創刊準備号 幻獣』(アトリエサード刊)掲載の、拙作『血の城』のスピンオフ作品になります。






 後宮は世界を美しく模していた。
 世界とは心帝国が統べる中渦平原である。
 帝国の長は神にも等しい虹玉帝(こうぎょくてい)猊下だ。
 世界の外にも陸があり、人めいた生き物も住んでいるが、猊下の徳にあずかれぬ彼らは心を持たない。
 私は、虹玉帝猊下の坐(いま)す後宮にあまた侍る帝妃の侍女であった。お仕えするのは、第三十七帝妃、鉛涯樹(エンガイジュ)王国の忠姫(ただひめ)さまである。
 私は鉛涯樹王国の農民の娘だ。名を宏根(ひろね)という。従妹で幼馴染みでもある宏葉(ひろは)とともに、忠姫さまに順って後宮まで参った。
 私も宏葉も、嫁ぎも子を産みもしない。
 とはいえ、鉛涯樹王国では王族以外の女人は文字を習うことはないのだ。文字を覚え、世界の中心たる都まで来て、我が姫の支えとなれるのである。私たちは珍しくも尊い一生を与えられたのではなかろうか。

「士農工商……あと何だっけ?」木本雅彦


(PDFバージョン:sinoukoushou_kimotomasahiko
 教科書から、士農工商が消えた。
 だったら、残された犬とSFは、どうすればいいというのだ。
 僕はいわゆるSF読者だった。そしてSF作家でもあった。だからといって、僕がSFそのものかと問われれば、それはさすがに言い過ぎだろうと思うし、そもそもSFそのものとはなんぞやという質問で切り返したくはなる。
 一方で、この問題について誰も語らないのであれば、僕がSF的なものを代表して考察してみたりしても、それほどバチは当たらないのではないかとも思う。
「なあ、どう思う、マツコ?」
 僕は、隣に座る白い犬に問うた。

「歓迎の作法」大梅 健太郎


(PDFバージョン:kanngeinosahou_ooumekenntarou
 ある山奥の電波天文台で、今まで観測されたことのない電波が受信された。
「ついに宇宙人からの電波を受信したかもしれません」
 観測技師は、興奮気味に天文台長へと報告した。技師が手にしたデータには、射手座の方向に周期的に電波を発する物体が存在することが、はっきりと示されている。
 台長はそのデータに誤りがないことを確認し、ため息をついた。
「まずは、関係機関に報告だ。君は、このデータが自然現象とは関係のない人工的なものであることを証明するために、観測を続けるように」
 台長の顔が浮かないことに気がついた技師は、恐る恐る尋ねた。
「台長は、嬉しくないのですか」
「そりゃ嬉しいさ。だが、このデータは地球外の知的生命の存在を示しているだけではない」
「ええ。電波の発信源は高速で移動しているので、宇宙船の可能性があります」
「宇宙船を持つような知的生命だぞ。そんな高度な科学力をもった生物が、地球に来たらどうなる」

オトベ ジュンコ


乙部順子

1950年東京都生まれ。成城大学経済学部卒業。株式会社イオ代表取締役。SF作家小松左京氏の秘書、マネージャー等を務めた。小松作品とそのメッセージを後世へ伝える仕事を続けている。

「小松左京さんと日本沈没 秘書物語」乙部順子




 書名:『小松左京さんと日本沈没 秘書物語』
 著者:乙部順子
 単行本(ソフトカバー): 218ページ
 出版社: 産経新聞出版 (2016/11/10)
 ISBN-10: 4819112937
 ISBN-13: 978-4819112932
 発売日: 2016/11/10


「内容紹介」

 小松さんは
 日本列島に恋していた!

 没後5年、日本SF界の巨匠が最後に残したのは希望のメッセージ。
 34年にわたり、ともに仕事をした女性秘書が初めて語る人間・小松左京

【主な内容】
   ■宇宙へ旅立った「私のボス」―はじめに
   ■第1章 日本列島に恋していた
   ■第2章 未来を見通す「前向き思考」
   ■第3章 お酒と冗談が生みだした「知」
   ■第4章 人間でいることのおもしろさ
   ■第5章 最後まで「人間を信じたい」

 未来を、人間をあきらめなかった人

「潰乱の巷」浦出卓郎


(PDFバージョン:kairannnotimata_uradetakurou
 藪蛇だった。木の幹に穴が開いていた。追っ手に見つかりにくいと思って、針子はそこを通り抜けようとした。随分と身体を細めてそこを通ったはずなのに、みごと嵌まってしまったのだ。余りに周りが暗いので、その向こう側へ抜けることに不安を感じてはいたが、逃げ失せるためには仕方がないと思ったのに。針子がどれほど身体を縮めようと、その穴は確実にこの娘の括れた胴体の当たりで止まるように、自然の力により想定されて作られた狭さだったのだ。
 幸い人は誰もいなかった。だが誰もいない状態もすぐに終わった。跫音が聞こえてきたのだ。首を巡らして確かめると、複数人ではなく一人だった。道化師だった。針子はいつも往来で、そのふざけた顔を見ると笑っていた。鼻を中心にして円弧を描き、赤い丸が見えた。両頬にもその丸があった。鏡を見ながら自分で描いたものと考えると、阿呆らしく思えてくる。
 しかし、今度は針子が笑われる立場になったという訳だ。

ウラデ タクロウ


浦出 卓郎(うらで たくろう)

1987年生まれ。
2014年第五回創元SF短編賞日下三蔵賞を『懐柔』で受賞。
2015年第三回京都大学新聞文学賞に『壊乱の巷』が最終候補に残る。

「人類の進化」高橋桐矢


(PDFバージョン:jinnruinosinnka_takahasikiriya
 部屋に入るなり、強い視線を感じた。
 わたしは視線の主に目を向けた。
 窓際に、大きな犬が前足をきちんとそろえて座っていた。シェパードに似ているがもっと大きく、目つきが鋭い。黒曜石のような目で、わたしのことを値踏みするかのようにじっと見つめている。
「これがうわさのウルフドッグか」
「ああ。そろそろ君が来る頃だと思っていたよ。キャサリンも君に会いたがってる。今、コーヒーをいれるよ」
 朝田教授は、愛想良くほほえんで、手招きした。
「アメリカのブリーダーから手に入れたんだって?」
「ああ、ジョンには、アメリカアカオオカミの血が2分の1入っている」
「それにしては、なかなか賢そうだな。犬の血が強いのかな?」

「スカイ・アーク・マーダーズ」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:skyarcmurdersshoukai_okawadaakira
 『エクリプス・フェイズ』日本語版翻訳監修者の朱鷺田祐介による新作「スカイ・アーク・マーダーズ」をお届けしよう。

 今回の「SF Prologue Wave」が更新される頃には、アナログゲーム総合情報書籍「Role&Roll」Vol.144が発売されていることだろう。そこには本作と舞台を共有するゲーム・シナリオ「スカイ・アーク・クライシス」が掲載されている。もちろん、朱鷺田祐介の筆になる作品だ。
 映画『ジュラシック・パーク』や、デジタルゲームの『ディノクライシス』を彷彿させるシナリオとなっているので、ぜひ遊んでみてほしい。

 宇宙もののSF-RPGは大きく分けて、太陽系を舞台にする作品と銀河系を舞台にする作品がある。『エクリプス・フェイズ』は前者に相当するが、ワームホールである「パンドラ・ゲート」を利用すれば、太陽系を何百光年も離れた銀河の彼方にまで旅をすることが可能になる。

 このパンドラ・ゲートについては、未訳サプリメント『Gatecrashing』に詳述されているが、「Role&Roll」Vol.144では、同書からスカイ・アークの設定に該当する箇所を抄訳しているので、わざわざ英語の本を読まずとも太陽系外惑星での冒険を堪能することができるようになっている。活用していただきたい。

 朱鷺田祐介は、書評サイト「シミルボン」で『エクリプス・フェイズ』に関連したブックガイドを書いている。こちらも参考になるかもしれない。(岡和田晃)




(PDFバージョン:skyarcmurders_tokitayuusuke
「美味とは環境だよ」
 美食家のジョン・ダンビルは浜辺のコテージのテラスで言った。彼の前には、あまり見慣れない野菜を刻んだ小皿と背の低いグラスに入った透明な酒があった。
「夏のスカイ・アーク、赤道直下のジュラシックの浜辺は、気温や湿度、風の向きから言って、かつての那覇に近い」
 ランディ・シーゲルの頭の中で、支援AI(ミューズ)が、那覇は日本列島の南端、沖縄諸島の地名だと捕捉し、脳内にマップと経験記録(XP)を展開する。
「そんな日は、塩もみしたゴーヤに鰹節と醤油を振って、泡盛をオンザロックで飲むのがいい」
 ランディの前にも同じものが置かれる。少し苦味のあるゴーヤは歯ごたえがある。それをシャキシャキと噛みながら、沖縄の蒸留酒である泡盛をすする。冷たくスッキリした強い酒。海辺にも関わらず、からりとしたジュラシックの風が心地よい。
「琉球の人なら、三線(サンシン)を奏でて手踊りでもするところだ」

「みなし教育」窓川要


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 自慢じゃないですが、僕はこれまで、数学のテストは毎回白紙で提出していました。分からないんだから、仕方がありません。名前だけは、いちおう書くんですけどね。
 そんな僕でも、このたびなんとか単位を取得し、留年を回避することができました。これは僕自身の努力だけではなく、《みなし教育》制度のお陰でもあります。野球しか知らない僕に数学を身につけさせたんですから、全くとんでもない制度ですよ、これは。
 その日、僕はいつも通りに授業を寝て過ごし、体力を温存し、放課後の部活に全力で取り組んでいました……。

「左目の異世界」高橋桐矢


(PDFバージョン:hidarimeno_takahasikiriya
 セミの声がふってくる、夕暮れの公園。
 ひとり、ブランコをこぐ。前に後ろに。
 このまま、どこかに行ってしまいたい。
 地面に影が長くのびている。お母さんとケンカして、何も持たないで飛びだしてきてしまった。でももう家には帰らない。帰りたくない。お母さんのわからずや。わたしがいなくなって心配すればいい。
「斉藤まりかさん、どうしたの」
 声に、おどろいて足をつく。ふりむくと、5年2組の担任の、鈴木先生がいた。ブランコの後ろに。いつのまに。
「もうとっくに5時を過ぎてるよ。家に帰らなくちゃ」
 だまって、首をふる。鈴木先生は、今年の春、転勤してきた、暗くてジミなメガネの男の先生だ。
 鈴木先生が、ブランコの横に立った。鈴木先生の影とわたしの影が、ならんで長くのびている。
「帰りたく……ないのかな?」
 わたしは地面の影を見ていた。鈴木先生の影の手が動いて、メガネを外した。

「夢みる葦笛」上田早夕里




書名 :『夢みる葦笛』
著者 :上田早夕里
出版社:光文社
出版日:2016年9月15日
価格 :1500円(税別)
ISBN-10: 4334911218
ISBN-13: 978-4334911218


 個人短篇集です。
 ジャンルSFの書籍ですが、今回は、四六版ハードカバーでの発刊という僥倖に恵まれました。
 2009年から2015年にかけて、ホラーやSFのアンソロジーや文芸雑誌などに掲載された作品9本+未発表作品1本、合計10本が収録されています。
 古い作品に関しては、今回の収録に際して文章や構成などを大きく変えました。幻想的な作品から宇宙を舞台にしたSFまで、さまざまな趣向の作品が収録されています。
 カバー表紙画は山本ゆり繪さん。既刊のカバー表紙画や雑誌掲載時の挿絵などで、何度もお世話になっている方です。収録作は下記をご参照下さい。

「鬼門コンパ(3)」仙田学


(PDFバージョン:kimonnkonnpa3_senndamanabu
 大阪市内を一巡するJR環状線の南の極に位置する天王寺駅から、近鉄奈良線で四十分ほどさらに南へ下ったところに河内長野市はあった。喜志という駅で降り、見渡すかぎり田んぼと畑と川しかないような景色のなかを二十分以上もバスに揺られていると、鬱蒼と樹の茂った山が見えてくる。斜面を切り崩してつけられた、芸坂、と呼ばれる急勾配の長い坂に、その日は通勤時間帯の駅のホームのように人群れがひしめいていた。
 坂を登りきってすぐ左手にあるのが音楽学科の棟だった。裏手の池と林に面したカフェテラスのような内装の第三食堂は内側に暗幕が張られ、ジャズ研主催のライブハウスに改造されている。やっぱこれ観にきてたんだ。午前中も観て二回目なんだけどやばいわ。場所どこ? 三階奥の講義室だよ、あのでかいとこ。漏れてくるジャズバンドの演奏と、音楽学科の棟の向かい側にある図書館の地階の吹き抜けになったホールに設置されているパイプオルガンの音が混ざりあうなか、次々と手渡されるチラシを受け取りながら、十一号館へ進む。なかに入っている画材屋や写真屋のシャッターは降ろされ、写真学科の展示会場になっている第一食堂の前には人だかりができている。映像原理の授業で学科長の長島監督がめっちゃ推してたんよ。でも授業で撮ったやつやないやろ? そうそう、映研の上映会用に撮ったやつらしいけど、もともと長島先生にえらい期待されとったから、見てもらえたりとかしたんかもな。長いメインストリートを挟んで両側に建ち並ぶ、建築学科や工芸学科や美術学科やデザイン学科などの階段や踊り場などに凝った装飾の施された棟の前には、いつものように火の入った窯や絵の具の匂いが漂っていたり至るところに木材が積みあげられ布が広げられていたりする代わりに、たこ焼きや焼きそばやチョコバナナの屋台が並び、テントの下に簡易長机を設置した居酒屋からは机や地面にこぼれたアルコールの匂いが立ちのぼっている。屋台の隙間ではあちこちでビニールシートが広げられ、古着や古道具や自作の絵や工芸品が売られている。ごめんなんかおれ、食欲なくなったわ。そんなに? 食う前でまだよかった。後なら吐いてたな。それにしてもよくあんなの撮れるよな。電車のなかで、いきなり日本刀持ったやつが暴れだして、乗客を次から次へと殺しまくるだけの映画って。内臓飛び散るわ首が斬り落とされるわ全体的に血の海になるわ、間違いなく映倫に引っかかる。ビールや日本酒の入った紙コップなどを手に、屋台やビニールシートのあいだをそぞろ歩いている人波を抜けると、九号館前の広場にでる。思い思いの場所にオブジェが展示され、隅のほうには全身を包帯でぐるぐる巻きにして組み体操をしている一団がいた。

「鬼門コンパ(2)」仙田学


(PDFバージョン:kimonnkonnpa2_senndamanabu
 整然と区画された敷地内には、夕闇に浸された墓石の列が見渡すかぎり四方八方へと延びている。濃い緑のにおいと蝉の鳴き声を掻き分けながら石畳の小道を辿り、いくつかの区画を通り過ぎたところで、万田は足を止めた。大きな柳の木があり、その根方には背の高い潅木が生い茂っている。そこだけいっそう夕闇が濃くなっているようだった。
「このあたりでいいだろう」
 振り返りざまに、間一髪のところで万田は身を反らした。鼻先で空気の裂ける音がする。
「どこに連れていかれるのかと思ったら、ひと気のない夜の阿倍野霊園だとは。本当に男って油断も隙もないわね」
 北大路雅美が構えているのは、墓石清掃用のヒシャクだった。
「壮大な誤解をしてないか? っていうかそれ、入り口のところにあったやつだろ。なんでわざわざここまで来てから」
 万田の声は北大路雅美の耳には入っていないようだった。表情のない目でヒシャクを上段に構え、間合いをつめてくる。
「友達連れてきたんか? 仲良さそうやな」
 聞き覚えのあるしわがれた声のしたほうへ、万田は弾かれたように頭をさげた。

「ここにいた」大梅 健太郎


(PDFバージョン:kokoniita_ooumekenntarou
「そういやお前、行方不明者リストに名を連ねてたぞ」
 寺井翔(てらいかける)の言葉に、動橋誠(どうはしまこと)はビールジョッキをあおる手をとめた。一瞬、居酒屋の喧騒が遠くなる。
「行方不明者リスト?」
「ああ、行方不明者リスト」
 物騒な言葉だ。二人分の仕事の愚痴を詰めこんで重くなった動橋の胃が、きゅっと締め付けられる。
「俺は今、ここにいるよな?」
「でも、行方不明みたいだぞ」
 寺井は嬉しそうに笑いながら、最後に残った枝豆のサヤをつまみ上げた。

「鬼門コンパ(1)」仙田学


(PDFバージョン:kimonnkonnpa1_senndamanabu
 数十本もの釘の突きだした太い角材を、北大路雅美はゆっくりと持ちあげ、頭上に構えた。切れ長の目は大きく見開かれているが、瞳孔がすぼまっているせいで、白目の部分が魚の腹のように青白く光ってみえた。風で乱れかかった長い黒髪のあいだから、引き結ばれた薄い唇が覗いている。表情を変えずに、北大路雅美は角材を振りおろした。重く鈍い音が立ち、迸った鮮血が北大路雅美の頬に数滴飛んだ。
 北大路雅美の足もとにうずくまっているのは、血まみれの男だった。肉が落ち骨の浮いた身体は隈なく腫れあがって青黒く染まり、毛髪のほとんど抜け落ちた頭部は膨れあがり、顔の肉のあいだに埋もれて目の位置も見分けられなくなっていた。さらに北大路雅美は何度も角材を振りおろし、そのたびに男の身体は右に左にと大きく傾いだが、その喉からはもう声もでないようだった。