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「AIと幽霊」大梅 健太郎


(PDFバージョン:aitoyuurei_ooumekenntarou
 セミが鳴くことを忘れてしまうほどの猛暑の中、博士は研究所の機器の冷却に追われていた。
「冷房機器の更新を、昨年の夏のうちにしておくべきだったな」
 ホームセンターで購入してきた業務用の巨大な送風機を設置しながら、博士はぼやいた。あまりの猛暑のせいで、エアコンはどこのショップでも品切れ状態となり、最速の納品でも半月後と言われてしまっていた。
「今年の夏の高温は、まさに異常です」研究室の真ん中に据え付けられた、ドラム缶のような円柱形のロボットがため息をついた。「いかに優秀な私といえど、昨年の夏の時点で予測することはできませんでした」
「SOWAKAはまだ昨年の夏には存在してなかっただろ」
「だから、できなかったと言ってます」
 ウィーンと機械音が鳴り、ぺろりと舌が出た。ため息機能と、テヘペロ機能。こんなものを人工知能SOWAKAの外装に付ける時間と金銭的余裕があったのならば、昨年のうちに最新式のエアコンを購入しておくべきだったと、博士はため息をついた。
「この暑さはどれくらい続きそうなんだ」

カワシマ ユキ


川嶋侑希(かわしま・ゆき)
共愛学園前橋国際大学在学中(2018年時点)。

「Utopia」川嶋侑希+岡和田晃

(紹介文PDFバージョン:utopiashoukai_okawadaakira
 〈「ポップカルチャー論」学生優秀作〉の第3回は、川嶋侑希+岡和田晃「Utopia」です。
 これまでの「赤との混色」および「キュイジニエの旅」は、2016年度の学生優秀作ですが、今回ご紹介する「Utopia」は、2017年度の履修生の手になる作品です。
 2017年度に集まった学生作品の傾向としては、ワークショップで用いたRPG作品の世界観に準じた作品ではなく、むしろ、そこからインスパイアされつつも、シェアード・ワールドではない、独自の世界観を構築しようという意識がまま見られたことです。
 2016年度は、ファンタジーRPGの古典である『トンネルズ&トロールズ』完全版や、カードゲーム『ブラックストーリーズ』等を用いたワークショップを開催してみましたが、この「Utopia」は古典的なファンタジーRPGのガジェットを用いながらも、あえてスペース・オペラの舞台設定を導入した野心的な試みです。サイエンス・ファンタジーですね。
 むろん、「トンネル・ザ・トロール・マガジン」Vol.2の拙稿「T&TとSFの意外な関係」に見られますように、T&Tのような古典的なRPGはSFとは切っても切り離せないような深い相互影響関係があります。
 なお、「ポップカルチャー論」のレポートでは、作品の一部を切り出し、その光景をスケッチするようなスタイルでも作品として認めています。自然主義文学の創作訓練として、日常の光景をスケッチするという練習方法がありますが、それはSF・ファンタジーやRPGといった、首尾一貫した世界観の提示が求められる作品においても成り立つものと思います。
 問題は、作品を通して、首尾一貫した世界観をどのように表現していくかという点にこそあり、全体のイメージに強度があるならば、細部のみでも魅力は伝わるはずですから。「Utopia」もそのようなタイプの作品で、ここからどう展開するのか、続きが気になってしまいます。
 「SF Prologue Wave」掲載にあたっては、ハイ・ファンタジーとスペース・オペラをうまくマッチングさせるべく、岡和田が補作を行いました。(岡和田晃)




(PDFバージョン:utopia_kawasimayuki
 ――そのためなら、なんでもしてやる。
 セイラの心には複雑な感情が渦巻いていた。激しい欲望が希望と混交しているのだ。その思いは旅が始まる前も、今も、そしてこれからも変わることはない。第一の目的地である〈情報街(ビット)〉を前にして、彼女の興奮は、疲れも吹き飛ぶほどの域に達していた。
 深呼吸してから、もう一度、街の入口にある門を眺める。その向こうに、いくつかの建物と人影が見えた。この街での目的は、計画に必要な情報収集だ。
 しかし、ここまでたどり着くのに、すでに随分時間がかかっている。エルフの森の隅で禁じられた扉を開けたのは、何日前だったろう。もう何ヶ月も経ったかに思える。
 ――あぁ、みんなの心配する顔が目に浮かぶ。お爺様が上手く説明してくれているはずだ。ごめんね。
 背負い袋から〈妖精(エルフ)〉の森で汲んでおいた〈水筒〉を取り出し、僅かに口に含む。〈水筒〉は〈三人目〉に手を貸してくれた老人からもらった。不思議な仕組みで、飲み干しても新たに湧いてくる。これさえあれば、飲み水の心配はいらないだろう。
 高まる心を落ち着かせて、セイラは街に足を踏み入れようとしたが、肝心のことを忘れていた。
 街の手前まで道案内をしてくれた〈九人目〉の老人が、詩のように歌った忠告が頭をよぎる。

 この街に入りたいなら
 嘘は置いて来ることさ
 嘘を見破る者たちに
 追い出されては宿もない
 説明できない虚飾は取り去り
 能弁すぎる口は閉ざせ
 旅人たちはみな寡黙
 思い出にすら嘘はつけない

「どっちもどっち」大梅 健太郎


(PDFバージョン:dottimodotti_ooumekenntarou
 ちゃぷちゃぷという、水の音がする。目を開けると、僕は水の張られた透明な容器の中にいた。小さな部屋に置かれたガラス張りの棺桶、といった感じだ。小部屋にはぼんやりとした照明がともっているが、暗い。自分の身体を見て、丸裸であることに気がついた。
 棺桶の天井を押してみるが、びくともしない。コンコン叩いていると、小部屋の照明が明るくなり、女性の声が聞こえた。
「無事に、起動しましたか」

「キュイジニエの旅」藤田莉+岡和田晃

(紹介文PDFバージョン:kyuijinienotabishoukai_okawadaakira
 「赤との混色」(葉月雨音+岡和田晃)に続く〈「ポップカルチャー論」学生優秀作〉の第二弾は、「キュイジニエの旅」です。
 これは、幻想世界ユルセルームを舞台にしたロールプレイングゲーム『ローズ・トゥ・ロード』(門倉直人、二〇一〇年版、エンターブレイン)を用いたワークショップ(ゲームセッション)に基づいて書かれた小説です。
 ただし、オリジナル・デザイナーの許可を得て、岡和田晃が作成した簡易版『ローズ・トゥ・ロード』を、実際の講義では使用しています。
 『ローズ・トゥ・ロード』については、拙著『世界にあけられた弾痕と、黄昏の原郷』(アトリエサード、二〇一七)および「図書新聞」二〇一七年一〇月二八日号に掲載された門倉直人氏との対談「文学としてのゲーム研究」をあわせてご参照ください。
 「キュイジニエの旅」は、『ローズ・トゥ・ロード』を用いたワークショップのリプレイ小説として書かれたもので、グルメ本からとったと思しきネタを、ファンタジーにうまく融合させている意外性を評価しました。
 また、文章力は高く、採録にあたっても最低限しか手を入れずに済みました。
 なお、簡易ルールを以下に明記しておきます(プレイにあたっては、『ローズ・トゥ・ロード』のルールブックおよび各種シートが必要です。ここには本小説を理解するために必要な、最低限の情報のみ記してございます)。(岡和田晃)


■ワークショップ用『ローズトゥ・ロード』(二〇一〇年版)簡易ルール Ver2.0

(デザイン:岡和田晃)

 『ローズ・トゥ・ロード』では、プレイヤー演じるキャラクターは中世ヨーロッパ風の幻想世界ユルセルームに生きる「魔法使い(逍遥舞人アムンマルバンダ)」になります。門倉直人「ホシホタルの夜祭り」や「グンドの物語」のような世界です。アーシュラ・K・ル=グウィン『ゲド戦記』に登場する魔法使いのイメージによく似ています。
 逍遥舞人アムンマルバンダは、混沌の呪縛で不安に揺れる地を「自らの旅を通じて安堵」させていく、特殊な魔法使いです。「混沌から言葉や旋律などの「意味」を分かち、それにより詩歌や舞踊や物語などを生み出して、世界に「より見えやすい風景」を与え、鎮めていく……。そんな魔法を使う旅人と言い換えることもできるでしょう」(門倉直人)
 いわゆる一般的に連想されるRPGとは異なり、レベル・ダメージ・ヒットポイント・マジックポイント等の数値的な要素はありません。参加者相互の勝ち負けもありません。協力して物語を紡ぐのが目的です。
 ワークショップでは、二人一組でペアになり、一人が魔法使いに、もう一人が語り部を演じます。魔法使いはキャラクターを作り、語り部はマップとシナリオを作って実際のゲームを主導します。
 特殊なのは、魔法使いが使用するキャラクターシートに埋めるステータスや、冒険マップ&シナリオ背景シートに埋める「風景言葉」を、原則的に「言葉決め」によって抽出することです。
 この「言葉決め」は、ルールブックに載っている表、ないし手持ちの本の好きな箇所を指さし、ランダムに言葉を抜き出すことで得られますが、二つの言葉をくっつけて造語することで、思いもよらない言葉を生み出すこともできます。
 また、ワークショップで用いた冒険マップシートの舞台になる村は、「混沌の呪縛」に侵されています。村は一三箇所の「場所」によって構成されています。そのうち三つの「場所」に、「混沌の呪縛」による悪影響が具体的に入り込んでいるのです。それがどのようなものかも、また「言葉決め」で決定されるのです。
 「混沌の呪縛」によって三箇所に生じた具体的な影響や原因、真相もすべて、想像力を働かせてユーザーが作成します。そして、混沌の呪縛を生み出した真相を解決するには、「魔法風景」を放たねばなりません。「魔法風景」は、逍遥舞人アムンマルバンダが旅の過程で獲得していきます(後述)。
 魔法使いと語り部は対立する立場にはなく、協力して物語を紡いでいきます。ワークショップ内で「混沌の呪縛」をすべて解き放つことができれば、魔法使いと語り部は「勝利」したことになります。逆に、時間内に「混沌の呪縛」のすべてを開放して真相を解き明かせなければ、魔法使いも語り部も「敗北」します。敗北したら混沌が広がり、ユルセルーム世界は滅亡します(!)。
 語り部が許可すれば、冒険マップシート内の好きな場所へ行くことができます(マップの外には出られません)。マップの具体的な箇所で何が起こるのかを想像し、語り合って互いにコミュニケーションを進めてください。
 なお、あらゆる最終的な決定権は、語り部にあります。
 魔法使いは、自分のステータスにあるいずれかの風景言葉と、語り部が設定した「混沌の呪縛」の効果を、想像力と話術で一致させることができた場合、魔法を発動させて、汚染された場所を「透色(すきいろ)」に変えることができます。一致できたかどうかは、語り部が決定します。なお、魔法使いはそれ以外の能力は、普通の人間と変わりません。
 透色になった「混沌の呪縛」は、「魔法風景」として魔法使いのうちに取り込まれます。(なお、取り込んだ「魔法風景」は、クエスト目的を解決するために、語り部が許可すればいつでも解き放つことができます(効果は語り部が決定します))




(PDFバージョン:kyuijinienotabi_fujitarei
●プロローグ

 今、この世界では三つの災厄が起こっている。
 牧草地での喪失の日々。魔女住まう森での呪詛と悪疫。乾き知らずの湿地での果てしない砂。これら三つの災厄を解決するのが、これからの物語の内容である。
 その者は、虫食いの牧草地にいた。この地で起きている、喪失の日々を解決するためである。名は、キュイジニエ。一部の人々には、即席の(インスタント)キュイジニエとして知られている旅人である。髪はぼさぼさで、前髪で両目が隠れている。食べ物に対しての関心が強く、他のことについてはあまり興味を示さない青年だ。
 彼はこの世界の絶品を食べ歩く旅をしていた。その旅の中で訪れたコルメスという交易の町で、三つの災厄についての話を耳にする。災厄によって世界中の食材が危機にさらされていることを知った彼は、食材を守るために災厄へと立ち向かうことを決意した。そうして彼は、きらきらと輝く脂ののった牛肉が絶品として知られる、虫食いの牧草地で起こっている災厄、喪失の日々の解決に向かったのである。

フジタ レイ


藤田莉(ふじた・れい)
 1997年群馬県生まれ。共愛学園前橋国際大学在学中(2018年現在)。

「古椿姫」待兼音二郎

(紹介文PDFバージョン:furutubakihimeshoukai_okawadaakira
 『エクリプス・フェイズ』日本語版翻訳チームのメンバー、待兼音二郎の小説をお送りしたい。
 ちょうど、今月の「『Eclipse Phase』情報」に紹介のあるシナリオ「スペース闇金道――情報難民をさいなむドラッグ」の作者でもある。
 SF Prologue Waveの読者のなかには、『ウォーハンマーRPG』の翻訳を手がけ、紹介文を寄稿したことを記憶されている向きもあるだろう。
 あるいは、いまだルールブックが翻訳されていなかった時期に、ファンジン『Eclipse Phase Introduction Book for 2011 Japanese』に翻訳「特異点への突入」を寄せていたことを、ご存知の方もいるかもしれない。いまは「SF Prologue Wave」に採録されている。
 待兼は、翻訳者として長きにわたるキャリアを誇るのみならず、ライターとしても多彩な活躍を見せている。

 その小説「古椿姫」は、明治や近世の擬古文に通じた待兼音二郎の資質が遺憾なく発揮されているが、それだけではない。
 あのケン・リュウが書いた『エクリプス・フェイズ』小説「しろたえの袖(スリーヴ)――拝啓、紀貫之どの」を訳した経験が、明らかに投影されている。
 また、「TH(トーキング・ヘッズ叢書)」No.73に掲載された批評「物言わぬ樹木にもしも人魂が宿ったら――植物変身譚の考察」は、本作の「理論編」と言えるかもしれない。(岡和田晃)




(PDFバージョン:furutubakihime_matikaneotojirou
 栗色の髪をうしろで結わい、大輪の白椿をそこに髪留めのように挿した女。渦巻きのような花弁の重なりがほのかな紅色をにじませているばかりか、肉厚な緑の葉までついていて、天然美が匂わんばかり。となればこれは正真正銘の椿の花なのか、それとも精巧なイミテーションなのかと、赤鬚の男は心動かされ、ささくれた指を伸ばして確かめようとする。
 するりとその指から逃れた女。スカートの裾をつまんでゆるやかな螺旋をえがく大階段を中途までのぼり、足を止めては男をふり返る。その階段を履き古したブーツで一歩一歩踏みしめてゆく男。少し逃れてはふり返り、また少しのぼってはふり返りする女。そうしてふたりは一定の間合いを保ちながら半螺旋の階段をのぼり切り、二階の廊下に歩を進める。
 廊下に並んだ扉のひとつ。ここにも大輪の白椿が飾られている。女はとうとう観念したのか、その扉の前で足を止めてうなだれる。そこに立ち塞がる赤鬚の男。古い映画のガンマンのようにスローチハットを目深にかぶったまま、相手より頭ひとつ高い背をかがめて両手をさしのべ、火星の砂塵に荒れた両手で、女の白い頬をすっぽりつつむ。その手のひらに伝わる女の震えと肌の温もり。栗色の髪の女は面をあげ、すがるような眼差しを男に向ける。赤鬚の男、こうして遊女を金で購うのはもはや何度目ともわからぬほどだが、これほどの上玉、それも夜の商売にまだ慣れないのか、うぶさを一挙一動に漂わせる女に巡り逢えたのはかつてないほどで、やはり内心ぐっとこみ上げてくるものがある。男が帽子のつばの奥で無表情を崩さずにいるうちに、女は後ろ手にドアをあけ、男の手を握って室内に招じ入れた。

「ケントのマカトン」木本雅彦


(PDFバージョン:kenntonomakatonn_kimotomasahiko
 ──ええ、はい、マカトンです。マカトン……ご存知ですか? そうですか。ひとことで説明すると手話の簡単なものです。言語能力が未発達な児童との意思疎通に使います。特別支援学校や療育施設で使われることが多いですが、すべての指導者が使えるというものでもありません。
 手話から引用しているサインもありますが、手話とは違います。だけど見た目は手話に似ているでしょう。しかし音声による言葉と併用することが多いです。発語や音声理解が遅れている子供に向けて使うので、この意味とこの言葉が結びついていることを教えることが大事なのですね。
 これからお話することは、このマカトンについての体験です。マカトンを知っている必要はありません、大丈夫です。手話のようなものを補助的に使って会話しているのだなと理解してください。

 ──私が勤務する支援学校では、意思疎通の補助的な道具として、マカトンを使います。職員のほとんどが簡単なマカトンを使えますし、保護者向けにマカトン教室を不定期に開催しています。子供たちの、そうですね……三割程度は発語に難があるので、表現の方法としてマカトンを使います。ある程度喋れる子供でも、聴覚より視覚が優位な子供がいるので、そういう子に指示を伝える場合なども、言葉とマカトンを併用することが多いです。
 マカトンは、もうひとつの言語と言ってもいいと思います。

「愛の行方」大梅 健太郎


(PDFバージョン:ainoyukue_ooumekenntarou
 少年は、配られたばかりのカードと説明プリントを眺めながら、隣の席の友人に言った。
「プリントの内容が意味不明すぎて、結局このカードで何をすればいいのかが、ちっともわからん」
「一昨年はロボットを作ったって、兄ちゃんから聞いたんだけどな」
 不服そうに、ペンでコツコツと机を叩く。友人の二歳年上の兄は、中学校の入部したばかりの電気工作部で、楽しい毎日を送っているらしい。
「はい、みんなこっち集中」
 教卓に立った女の先生が、ぱちんと両手を打った。
「これからみんなには、プログラミングをしてもらいます」
 教室に、期待に満ちた声と不安げなため息が交錯する。
「先生、パソコンやスマホも無しにプログラミングなんてできません」
 クラスで一番勉強のできる、生意気メガネが文句を言った。
「そのとおりだね」先生は、後ろに束ねた長い髪をひと撫でして言った。「でも、プログラミングにそんな機械は必要ありません」
 なんだそれ、と友人がつぶやいた。少年も同じことを思った。この先生は理科や算数を教えるのがヘタクソだ。きっとブンケイに違いない、と友人と少年は、よく陰口を叩いていた。
「みんなの手元に配ったカードには、命令カードと動作カードがあります。これらを組み合わせるだけで、プログラミングすることができちゃうんですよ」
 得意げに先生はカードを突き出した。
「できちゃうんですかぁ」
 友人は、気の抜けた声で言った。
「これで、できちゃう、の?」
 少年はあきれながらも、もう一度プリントを読んだ。
「たとえば、気温が十五℃を下回ったとき、センサーがそれを感知して、便座のヒーターのスイッチが入るような指示を考えて、カードを組み合わせてみてください」
 少年は先生の言うとおり、便座のスイッチについて、カードを並べてみた。
「さらに、深夜の節電を考えて、どれくらい使用されなければヒーターをオフにすればよいかを検討して、指示を作ってみてください」
 言われるまま、流れを組んでいく。
「ちょっと面白くなってきた」
「そうかぁ?」
 少年の言葉に、友人は愛想無く答えた。
「はい。今日はここまで」
 先生の言葉で、少年はカードの配置をやめた。
「これで、みんなが思う最高の全自動トイレについてのプログラミングが完成しました」
 少年はまんざらでもない気分になった。我ながら良い出来だと思う。
「みなさんが大人になる頃には、人工知能が著しい発展を遂げているはずです。さまざまな仕事をコンピュータが人間の代わりにやってくれることになるでしょう」
 友人が、フンっと鼻を鳴らした。
「ここでみんなに伝えたいのは、どれだけすごいプログラムも、人間が作ったものであるということです」
 そういうもんかな、と少年は思った。


「その先生の言うとおりになってるじゃないですか」
 青年の向かいに置かれた、円筒型をした銀色の機械から声がした。
「確かに、ね」

「破滅の王」上田早夕里




書名:『破滅の王』
著者:上田早夕里
出版社:双葉社
発売日:2017年11月24日
判型:四六判
ISBN:978-4-575-24066-5
定価:1700円(税別)
   ※電子版も後日発売予定


 戦前、上海租界に実在した「上海自然科学研究所」に勤務していた日本人研究者たちが、日中戦争に巻き込まれていく途上で、どのような選択をし、現実と向き合っていったのかを、史実と虚構を交えながら描いた長編小説です。

「鳥になりたい」高橋桐矢


(PDFバージョン:torininaritai_takahasikiriya
 トカゲが一匹、重くこわばった身体をひきずるようにして歩いていました。
「ああ、おれも死んでしまいたい」
 ときおり、苦しげなためいきをつきながら、それでもただひたすらに西へ向かいます。
 トカゲは、大事なつれあいをうしなったのでした。
 食事のときも、寝るときも、いつもずっと一緒だったつれあいを、河原で並んでひなたぼっこしていたとき、ヘビに食われてしまったのでした。
 ひとり残されたトカゲは、頭を石に打ち付け、爪が折れるほど地面をかきむしり、目がつぶれるほど泣きました。
 どれほど泣いても、つれあいと再び会うことは出来ないのだと知ったとき、その泉のうわさを聞きました。
 西の果てにあるという、その泉。

ハヅキ アマネ


葉月雨音(はづき・あまね)
 1997年茨城県生まれ。共愛学園前橋国際大学在学中(2017年現在)。

「赤との混色」葉月雨音+岡和田晃

(紹介文PDFバージョン:akatonokonnshokushoukai_okawadaakira
〈「ポップカルチャー論」学生優秀作〉
 「SF Prologue Wave」は日本SF作家クラブの総会で公認され、有志によって運営されるネットマガジンです。その関係から、寄稿者は基本的に、SF作家クラブ会員ないし、その推薦を受けた、現在プロとして活躍中の作家ということになります。
 いずれも興味深い作品が展開されていますが、他方で、よりみずみずしい原石のような才能の煌めきに触れてみたい、という方もいらっしゃるでしょう。
 そこで今回は、十代後半から二十代前半、現役の大学生が書いた作品をご紹介していきたいと思います。経緯は以下の通り……。

 私(岡和田)は、二〇一五年から大学で非常勤講師をつとめているのですが、二〇一六年より、勤務先の群馬県の共愛学園前橋国際大学で「ポップカルチャー論」を受け持つことになりました。
 SF・ファンタジー文学の古典を講読しつつ、映像資料を交え、ロールプレイングゲームの方法論を応用したワークショップを展開するなど、さまざまな角度から、単に消費者としての姿勢から一歩踏み出し、ポップカルチャーを学術的かつ批評的に分析する教養を身に着けることを主眼としてきました。二〇一六年の受講生は六十数名。
 期末レポートの課題では、創作と評論、双方をOKとしたのですが、創作として提出されたもののうち、優秀作を皆さんにご紹介したいと思います。今回お披露目する、葉月雨音さん(ペンネーム)の小説「赤との混色」は、二〇一六年の講義から生まれた優秀作。一風変わったホラー作品です。
 「ポップカルチャー論」では、モダン・ホラーについても時間を割き、J・S・シェリダン・レ=ファニュ『カーミラ』、H・P・ラヴクラフト『ダゴン』、藤子・F・不二雄『流血鬼』といった古典的な作品を読み、また吸血鬼文学の歴史についても講義しました。
 それとともに、ゴシックパンクRPG『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』の日本語展開に関わった岩田恵・徳岡正肇の両氏をゲスト講師としてお招きし、同作を応用したキャラクターメイキングやライフパス、簡単なストーリーテリング体験ができるワークショップを展開しました。「赤との混色」は、こうした経緯で生まれた作品なのです。
 ちなみに、『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』は、アメリカ・ホワイトウルフ社が開発した作品で、とりわけ一九九〇年代にはRPG界をほとんど席捲する勢いで、TVドラマにもなりました。現在も根強い人気を誇ります。アトリエサード社より日本語版が出たときには「SFマガジン」や「SFオンライン」で大きく紹介が出ました。つい最近も、関連作品がPCゲームとしてアナウンスされたばかりです。
 有名どころでは、ナンシー・コリンズの〈ソーニャ・ブルー〉シリーズ(ハヤカワ文庫FT)は『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』のシェアードワールドでもあります。映画・原作ともに大ヒットした『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』や、〈トワイライト〉シリーズとも響き合う内容と言えるでしょう。
 『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』の大きな特徴として、貴族のようなヴェントルー氏族、暴れ者だが哲学者のような思慮も持つブルハー氏族、野生を忘れないギャンレル氏族、魔術を用いるトレメール氏族、芸術を愛するトレアドール氏族など、ドラキュラ伯爵のようなイメージに留まらない多彩なヴァンパイア像が提示されています。
 そして「赤との混色」は、そのトレアドール氏族の設定が参考にされています。芸術に魅せられた大学生の語りで進められる作品なのですが、決して「わたし」という一人称を使わず、随所で「赤」のイメージが多重に混交されていく筆致も魅力的。
 なお、ワークショップとして提出された小説の執筆者は、その多くが小説を書くこと自体初めてで、日頃、本を読む習慣すらなかった受講生もいたほど。大学での講義そのものも、プロの作家を育てるよりも大学生に期待される学術的な知見の習得を重視していました。それゆえ課題として提出された小説も、創作的批評としての習熟度という観点から採点を行っております。この点が、他の「SF Prologue Wave」掲載作とは大きく異なります。あらかじめ、ご諒承ください。
 「SF Prologue Wave」での公開にあたっては、片理誠編集長の助言を参考に、岡和田晃が補作を行いました。




(PDFバージョン:akatonokonnshoku_hadukiamane
 真っ白なキャンバスへ色鮮やかなパレットから色を移す。赤を、青を、黄を移していく。鮮やかな色の次は、淡い色。茜を重ね、蒼を加え、橙を混ぜていく。そうやって望む形を、質感を、表現するに相応しい色を探していく……。
 絵を描くことが好きなわけではない。ただ描きたい「もの」があるから筆を動かしているだけ。大学へも、その「もの」を表現するやり方が知りたいから来ているだけ。
 咳き込む。どうにも体調がよくない。妙に身体が重いのだ。もう何年もこの状態が続いているが、いっこうに慣れない。
 不意に、ノックの音が響く。

ジュリア


 じゅりあ(Julia):
 東京大学法学部卒業。
 女子(と、それに類するもの)が好きすぎる病をこじらせた週末イラストレーター、ほのぼの日常系漫画家。重度の活字情報中毒。
 過去SF大会にて、対談出演・メイドさんスタッフ・企画イラストを担当させていただいたりなどの他、ゲーム系商業アンソロジーコミック、TCGイラスト参加多数、『クッキンアイドルアイ!マイ!まいん!』『これはゾンビです』シリーズ等のアニメ作品にてイラスト、コミック原稿担当など。
 近年は商品のパッケージデザイン、某バーチャルアイドルさんMVのイラスト担当なども手掛けさせていただいております。

 女子キャラメインで活躍するハード系SF作品のご推薦お待ちしております。

 好きな作品は『たったひとつの冴えたやりかた』『ハーモニー』『ヴァーチャル・ガール』『歌の降る星』『シンギュラリティ・コンクェスト』『星海の紋章シリーズ』『歌う船シリーズ』『電脳のイヴ』『海を見る人』『南極点のピアピア動画』など。
 最近見た映画で一番良かったのは『インターステラー』。

 大好きなのに、文系すぎて自分では描けないハードSF(しかも百合テイスト)の世界にイラストをつけさせていただけて、とても光栄でした、このたびは素敵なご縁をいただけまして、どうもありがとうございました!

 公式サイト:http://jullie.co/ (2017年9月現在、かなり放置&工事中です…手を入れねば…)

「夏の終わり」窓川要


(PDFバージョン:natunoowari_madokawakaname
「ユウ君?」
 歩道と溜め池を区切る防護柵にもたれ、池向こうの青山をぼんやり見上げていると、不意に名を呼ばれた。すぐ傍からだった。驚いてそちらを向くと、野球帽を被った男の子が僕の顔を覗き込んでいた。
「……ユウ君だよね?」
 友達に呼びかけるような口振りだった。せいぜい小学三・四年生ぐらいの少年が、そろそろ三十路に差し掛かる僕へ向けるには、いささか不適当な呼びかけに思えた。
 ――馬鹿にされているのだろうか。
 僕には息子も娘もいないし、甥や姪もなかった。子供の知り合いなどいない筈だった。小学生から「君」を付けて呼ばれる心辺りなど、まるでない。
 ――僕が無職だからか。
 ――鬱になり、職を失い、実家に連れ戻された負け犬だからか。
 そんな卑屈な考えが頭を支配しかけて、しかし僕はある疑問に気付いた。少年が呼んでいる名前は、確かに僕のものだったのだ。

「消えてしまったメッセージ」木本雅彦


(PDFバージョン:kietesimattamessage_kimotomasahiko
 特別支援学校の指導員という仕事をしていると、色々な子供に出会う。
 タケシは喋らない子供だった。
 小学三年生になっているが、喃語──いわゆる赤ちゃんが出すような言葉を数語使うだけで、発語は少なかった。せいぜい二語文が限界だった。
 それでも、身振り手ぶりや、マカトンという簡単な手話を併用することで、彼は周囲に意思を主張していたし、周囲も彼のことを、部外者が想像する以上に理解していた。友達にしろ先生にしろ、付き合いが三年にもなると、以心伝心という部分が出てくるから、当然とも言えた。
 僕が勤めている特別支援学校は、主に軽度から中度の知的障害の子供を受け入れている。軽度の知的障害というのは、だいたい知能指数が50から70程度の子供のことを指す。平均が100なので、普通を基準に考えればやはり低い。
 いくつかある知能検査や発達検査の方法に共通して言えるのは、言語能力が大きな割合を占めるということだ。たとえば指差した絵に書かれている動物の名前を言えるかとか、青い鉛筆はどれ? という質問に回答できるか、など。後者の場合は、青と鉛筆というふたつの属性が合わさったときに理解できるかという設問になる。
 僕は指導員なので、直接試験をすることはないが、試験の様子を見学することはある。その様子を見ていたり、結果の説明を聞いたりしていると、こういう試験で子供の成績というか知能指数の数値を測るというのは、難しいものだなと感じることがある。
 飛行機というものを理解しているけれど、発語できない子供の場合、これはなに? と聞かれると両手を広げてブーンとやったりする。彼は飛行機を理解しているのだが、それを言葉では表現できない。しかし彼にとっては、両手ブーンが言語の替わりなのだ。
 理解力だって意外にあるように思う。僕がタケシと関わっている範囲で感じるのは、多分この子は僕の言っていることをほとんど理解しているであろうということだ。だけど彼自身は言葉を出せないから、もどかしいだろうな、と。
 そんなことを心理士の先生に話してみたところ、
「日常生活での理解ってのは、その前後の流れや習慣や視覚情報から総合的に判断したりする部分が混ざってきます。色々な情報源から得られたものから彼は反応しているので、一見すると言っていることを理解しているように思うかもしれませんが、言語単体の理解力は検査結果として出てくる通りなのです」
 という答えが返ってきた。周囲が思っているほど、彼は「言語」を理解しているのではないというのだ。
 そうなのだろうか。
 そんな疑問を抱えながら、僕は今日もタケシと遊ぶ。

「収穫の日」大梅 健太郎


(PDFバージョン:shuukakunohi_ooumekenntarou
 ある小山の中腹に、真っ白い直方体の外見をしたA研究所があった。その一室で綺麗に洗濯されたばかりの白衣をひるがえし、博士が言った。
「ついに、新しい発明を完成させたぞ」
 研究所の床拭き掃除をしたばかりで薄汚れた白衣に身を包んだ助手は、博士が手にもっている白熱電球のお化けのようなものを見て、ため息をついた。いつも博士は変なものを発明しては、助手に迷惑をかける。ついさっきも、金魚を空に飛ばす機械が故障し、あたりにぶちまけられた水槽の水を拭いていたところだった。
「また、わけのわからんもんをつくったのですか」
 ふふん、と博士はわざとらしく笑った。
「世界の園芸業界に新風を巻き起こす、画期的発明と言えるかもだぞ」
「金魚が空を飛んでも、観賞魚業界に新風は巻き起こりませんでしたよ」
 助手の言葉には返事もせずに、ちゃらららん、と博士は効果音を口ずさんだ。
「植物成長促進ライト!」
 スイカ一玉はありそうな電球を、博士は助手に向かって突き出した。むしろその形状が発明と言っても差し支えなさそうな感じだ。
「その馬鹿デカい、絶滅危惧種と言っていい白熱電球がですか?」

サカキ レン


さかき漣(さかき れん)

 作家。立命館大学文学部哲学科哲学専攻卒業。社会小説の既刊に『コレキヨの恋文』(小学館/PHP文庫)、『希臘から来たソフィア』(自由社)、『顔のない独裁者』(PHP研究所)他。2015年、株式会社ドワンゴとスタジオカラーの共同企画「アニメ(ーター)見本市」にて『顔のない独裁者』が『イブセキヨルニ』として短編アニメ化。2016年11月、新刊SF『エクサスケールの少女』(徳間書店)発売。

公式サイト http://rensakaki.jp/
Twitter https://twitter.com/rensakaki2016
Facebook page https://www.facebook.com/rensakaki20161126/

「冷やおろしマーダーズ」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:hiyaorosimurdersshoukai_okawadaakira
 『エクリプス・フェイズ』日本語版翻訳監修者の朱鷺田祐介による新作「冷やおろしマーダーズ」をお届けしたい。

 これは朱鷺田祐介のユーモアSF「マーダーズ」シリーズの最新作である。

 作中では、「ミートハブ・マーダーズ あるいは、肉でいっぱいの宇宙(そら)」、「ウィップラッシュ・マーダーズ 殺人鬼はどこにいる?」、「10年目の贈り物」、「スカイ・アーク・マーダーズ」、「ドロップレット・マーダーズ」といった過去作とのリンクが示唆されている。
 ただ、本作の姉妹編というのは、むしろ「品川蕎麦マーダーズ」ではないか。同作では蕎麦が扱われるが、今作では小麦を用いたうどんが中心的なモチーフになっているからだ。

 一般に、SF的なガジェットをハードルが高いと思われる方も多いと聞くが、本作はむしろグルメ要素が強いので、そういった方に「軽いお話もあるよ」と紹介する役に立つかもしれない。朱鷺田祐介は今年4月、横浜で開催された「はるこん2017」でゲスト・オブ・オナーのケン・リュウに、「グルメSF」についての質問をするくらいには、このテーマにこだわりがあるようだ。

 朱鷺田祐介も参加した「はるこん」でのケン・リュウのインタビューに関しては、「ポストヒューマニズム、紀貫之、ロールプレイングゲーム」というタイトルで「ナイトランド・クォータリー Vol.09 悪夢と幻影」にレポートが載っている。グルメSFについてのやりとりは紙幅の都合で割愛せざるをえなかったが、ケン・リュウも大いに興味があるということだった。(岡和田晃)




(PDFバージョン:hiyaorosimurders_tokitayuusuke
 ここから語る物語の舞台は、大破壊後十年の太陽系である。
 人類が宇宙に足を踏み出し、約二百年が経過している。その間に、人類は超人類(トランスヒューマン)に進化した。
〈大破壊後(AF)〉10年、特異点を突破した戦略情報統合AIネットワーク(TITAN)群、通称ティターンズが人類の90%を死に至らしめ、地球を破壊し尽したあの戦いから10年が経過した。トランスヒューマンの故郷「地球」は、ティターンズが放ったあらゆる大量破壊兵器、核兵器、生物兵器、化学兵器およびナノスウォーム、戦闘マシンの群れによって、もはやかつての青い地球はおぞましき赤と灰色が入り混じった泥沼と化している。
 その結果、人類のゆりかごは失われた。
 人類の誇った食文化も同時に。


 始まりは爆発だった。
 天王星周辺を浮遊する大型移民船「シュタイナー」号の中央近くにある、ジョン・ダンビル・α4の部屋が吹き飛んだ。
 爆薬の持ち込みはなかった。
 万能合成器で化学爆薬を調合した形跡はなかった。
 だが、突然、部屋が内側から吹き飛び、ダンビルは死亡し、その周辺一帯が爆発で生じた粉塵と歪みで居住不可能となった。
 その爆風でめちゃくちゃになった通廊に立ち、宇宙冒険家のランディ・シーゲルは憤懣やるかたない感じで愚痴った。
「なぜ、俺が呼ばれる?」
「知り合いだろ?」
 答えたのは、この船のセキュリティ・マネージャーを務めるアリシア・キイェルド・オウィディウス・鈴木・ストームトルーパー。

「黒星僧院にて」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:annkokusouinnniteshoukai_okawadaakira
 朱鷺田祐介の新作「黒星僧院にて」をお届けする。この作品は、二つの『エクリプス・フェイズ』ゲーム・シナリオとリンクするものとして書かれている。
 まずは「Role&Roll」Vol.151に掲載されている「タイタンのゲーム・プレイヤーたち」(著:岡和田晃、監修:朱鷺田祐介、待兼音二郎)。その名の通り、タイタン連邦が舞台であるこのシナリオは、チェスボクシングが重要なモチーフとなっている。同時に、ドイツのボードゲームをモチーフにした新しいスポーツが開発されていると、公式設定(未訳サプリメント『Rimward』)に記述されているのだ。その流れで、オリジナルのユニークのスポーツが、この小説には色々と出て来る。
 続いて、「Role&Roll」Vol.152に掲載されている入門シナリオ「滅びの星に声の網」(著:朱鷺田祐介、監修:岡和田晃、待兼音二郎)、今号の「SF Prologue Wave」が公開される頃には、全国の書店・ゲームショップに並んでいると思うが、こちらは太陽系外惑星のニルヴァーナ、モラヴェクが舞台。黒星僧院も登場する。そもそも黒星僧院も、公式設定(未訳サプリメント『Gatecrashing』)に掲載なのだが、あわせて読めば、背景への理解が増すだろう。

 朱鷺田祐介は、待兼音二郎・岡和田晃とともに、二〇一七年四月二二日、二三日の「はるこん2017」で「新世紀のポストヒューマンRPG『エクリプス・フェイズ』を遊ぼう!」を開催した。企画内ではゲスト・オブ・オナーであるケン・リュウとのトーク・セッションも実現した。岡和田晃によるレポートが、今月後半に発売予定の「ナイトランド・クォータリー」Vol.09に掲載される。(岡和田晃)




(PDFバージョン:annkokusouinnnite_tokitayuusuke
 曼荼羅の中心でパルサーが脈動していた。
 電波星とも言う。自重で崩壊し、爆縮する中性子星へと向かう過程で、もはや脈動する電磁パルスを発するだけの暗黒の恒星だ。
「PSR B1976 +10 A」
 脳内でミューズが補足する。
「このパルサーにはPSR B1976 +10Aという番号がついています」と、黒い袈裟をまとった合成義体(シンセモーフ)の僧侶が無重力で浮かんだまま、座禅の姿勢で微笑む。背後の透過スクリーンにはパルサーが映っている。「ワームホール・ゲートを抜け、辿り着いた無数の太陽系外惑星の中で唯一、地球からの距離と方角が解明されている。宇宙の灯台と言ってもいい。だから、我々はこのニルヴァーナに僧院を築き、死せる暗黒星の影に一体化する思想の中で瞑想することを選んだのだ」
 ニルヴァーナはこのパルサーを巡る惑星軌道に置かれたクラスター型のハビタットだ/クラスター:相互接続モジュールで構成される微重力ハビタット/簡単に言えば、無重力だから出来る雑多に接続されたモジュールの集合体に過ぎない。

「どろぼう猫」高橋桐矢


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 どこからか花の香がただよう、月のきれいな春の夜です。
 小さな空き地に、あちこちから猫たちが集まってきました。オス猫もメス猫も、年寄りも若いのも、柔らかい草の上や、平たい石の上や、石畳の上に適度に離れて、来た順に丸くなって座ります。みな毛づやもよく、身体もふっくらしています。
 月が高く昇る頃、一番奥に座っていた大きな黒猫が、口を開きました。
「おめえはいつも落ち着きがねえなあ」
「あ、親分! そこにいたんすか! 黒くて見えませんでした」
 ふらふらと歩き回っていた若いトラ猫が、黒猫のそばにかけよりました。
 黒猫親分は身体は大きく毛づやもよいのですが、よく見ると丸い顔に古い傷があります。
 トラ猫は、親分の傷跡を、あこがれのまなざしで見つめました。
「この街が平和なのは親分のおかげっす。あの灰色の奴、親分にぶちのめされて、いい気味っす」
 親分は、トラ猫をじろりとにらむと、遅れてやってきたメスの三毛猫に話しかけました。
「三毛、久しぶりだな」
 三毛は、背中としっぽをささっと毛づくろいしてから、答えました。
「ええ、親分さん」
 黒猫は、トパーズのように黄色い目で、三毛をじっと見つめました。
「あいつはどうしたんだ。今日は来てねえようだが」
 三毛は、うるんだ目をそっとふせました。
「知りません。あたしたち、もう別れたんです」

「前夜」蔵原大(協力:齋藤路恵)

(紹介文PDFバージョン:zennyashoukai_okawadaakira
 「SF Prologue Wave」に久々の登場となる蔵原大。その新作「前夜」は、全五部構成、四〇〇字詰め原稿用紙換算で三〇〇枚になる大作である。
 二〇一一年にはプロトタイプが脱稿していたが、およそ五年の歳月をかけて細部を改稿し、今回の発表と相成った。この贅沢な作品を、このたび一挙公開させていただく。

 「前夜」は小説ではなく戯曲の形式をとっているが、もともとはゲームブックとして構想されたものらしい。トランスヒューマン時代の歴史を考えるにあたって、一本、筋道を立てた話を作り出そうとしたら、いつのまにか戯曲の構成をとることになったそうだ。
 蔵原大曰く、「前夜」はイギリス百年の歴史を描いたウィリアム・シェイクスピアの史劇『リチャード二世』、『ヘンリー四世』、『ヘンリー五世』、『ヘンリー六世』といった史劇を意識している、とのことである。
 実際、「前夜」では、歴史をフィクションとして表現するにあたって、事実の見え方は複数ある、ということを強調することが目論まれている。冒頭の部分に「子供向け」のプロパガンダ本が引用されていることは、その象徴であるだろう。
 ゆえに本作は、「ポスト・トゥルース」と呼ばれる、事実と嘘が混交された現代にこそ、響く作品なのかもしれない。事実、設定の解釈にあたっては、蔵原大が解釈を膨らませた部分がある。
 そして当然ながら、“大破壊(ザ・フォール)”前の各国の語られ方についても、「事実の見え方は複数あること」を表現することが前提となっている。
 また、艦隊戦の描写も本作の見どころだが、この点については、蔵原大の研究分野の一つである戦略学の知見と創意が活かされている。

 蔵原大は、デジタルゲームとアナログゲーム、研究者と実作者の垣根を超えて議論を交わす「ゲームデザイン討論会 公開ディスカッション」の運営に長らく携わるとともに、書評SNSの「シミルボン」にゲーム作家・研究者として著名な遠藤雅伸のインタビューを寄稿。このインタビューはニュースサイト「ねとらぼ」に転載され、好評を集めた。(岡和田晃)





(PDFバージョン 「前夜」01:zennya01_kuraharadai

(PDFバージョン 「前夜」02:zennya02_kuraharadai

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(注意:この作品はPDFバージョンのみになります)

「ソロモンの指輪VR」窓川要


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 子供の頃、ニュースで見かけた犬用ヘッドマウントディスプレイに、心をときめかせたことがある。飼い犬と一緒にバーチャルリアリティの世界を歩く――想像するだけで楽しかったし、未来の技術に胸が躍った。一つだけ問題だったのは、そのニュースが四月一日付けだったということだ。
 同じく子供の頃、当時流行し始めていた体感型の映画に、夢中になったことがある。音と映像だけでなく、匂いや風まで体感できる――かつてない体験に、大いに興奮したものだ。周囲の大人達は、「こんなの子供だましだ」と概して冷笑的だったけれど。
 月日は流れた。当時まだ物珍しかったバーチャルリアリティ――VR技術は、今や当たり前のものとなっていた。視覚効果だけでなく、嗅覚や触覚を再現する技術も発達し、今やVRには欠かせない要素となっていた。そしてそれは、視覚よりも嗅覚を頼りとする犬たちを、VRへと招待するための根幹となる技術でもあったのだ。
 どこまでも続く夏の高原に、僕は立っていた。
「ちゃんと使えてはいるんですけどね、あんまり乗り気じゃないんですよねえ……」
 気怠げにうずくまる大型犬を撫でながら、彼女はそう呟いた。
「大丈夫です。僕が開発した『ソロモンの指輪』なら、きっと彼が……ハチローくんが望んでいるものが何かも分かる筈です」
 太鼓判を押す僕を見上げながら、彼女は弱々しく微笑んだ。

「ドロップレット・マーダーズ」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:doroppurettomurdersshoukai_okawadaakira
 『エクリプス・フェイズ』日本語版翻訳監修者の朱鷺田祐介による新作『エクリプス・フェイズ』小説、「ドロップレット・マーダーズ」をお届けしたい。

 朱鷺田佑介のユーモアSF、〈ランディ・シーゲル〉シリーズは、これまで5作発表されている。「ミートハブ・マーダーズ あるいは、肉でいっぱいの宇宙(そら)」、「ウィップラッシュ・マーダーズ 殺人鬼はどこにいる?」、「リメンブランス・マーダーズ ~最後の酒杯~」、「品川蕎麦殺人事件(シナガワ・ソバ・マーダーズ)」、「スカイ・アーク・マーダーズ」。

 これらの作品がお気に召した方は、宮内悠介『スペース金融道』やダグラス・アダムズ『銀河ヒッチハイクガイド』といったユーモアSFに進んでみるのも一興だ。

 今作の舞台は海洋惑星ドロップレット。太陽系外に位置する惑星なのだけど、環境的には居住可能で、現住生物や古代の遺跡、失われた文明も存在しており、冒険の舞台にピッタリ。
 実際、本作が公開されるのとちょうど同時期に、「Role&Roll」Vol.150には、朱鷺田祐介が執筆した「海洋惑星ドロップレットの危機」という『エクリプス・フェイズ』の入門用ゲーム・シナリオが掲載される。
 それにあわせ、「Role&Roll」公式サイトのサポート・ページには、サポート・マテリアルとして海洋惑星ドロップレットの設定の抄訳も公開される予定なので、あわせてアクセスしてほしい。

 朱鷺田祐介は、日本SF大賞のスポンサーもつとめる書評SNS「シミルボン」に参加、「トランスヒューマンSF-TRPG『エクリプス・フェイズ』を楽しむためのブックガイド」を寄稿している。(岡和田晃)




(PDFバージョン:doroppurettomurders_tokitayuusuke
 濃厚な潮の香り。海から響く波の音がもはや大太鼓の鼓動をすぐそばで聞いているように体に直接、響いてくる。
 ああ、海だ。
 もはや、地球で聞くことも出来ない波の音。
 太陽系外惑星ドロップレットならでは風情である。
 タイタン連邦出身の宇宙探検家ランディ・シーゲルが、異星の浜辺に近い建物の屋上で波音の衝撃に体を揺らされながら座っていると、この家の主人がやってきた。シンプルな黒のスーツと真っ白なボソム・シャツを来たジョン・ダンビルは、伊万里の大皿に盛った白身の刺し身をテーブルに置く。宇宙をかける美食家らしい登場だ。彼はさらに、背後についてきた従僕ドローンから、漆塗りの箸、小皿、陶器の醤油さしに続いて、日本酒(サケ)の入った銚子と盃を取る。
「刺し身?」
 と、ランディが問いかけると、ダンビルは微笑み返す。
「今は亡き、日本列島で愛された食の極みだ」

「卵巣後宮(らんそうこうきゅう)」間瀬純子


(PDFバージョン:rannsoukoukyuu_masejyunnko

(作者より)

 【残酷描写がありますのでご注意ください】

 この作品は、筆者の連作『異境クトゥルー譚』(仮名)のなかの一編です。
 また直接には『ナイトランド・クォータリー新創刊準備号 幻獣』(アトリエサード刊)掲載の、拙作『血の城』のスピンオフ作品になります。






 後宮は世界を美しく模していた。
 世界とは心帝国が統べる中渦平原である。
 帝国の長は神にも等しい虹玉帝(こうぎょくてい)猊下だ。
 世界の外にも陸があり、人めいた生き物も住んでいるが、猊下の徳にあずかれぬ彼らは心を持たない。
 私は、虹玉帝猊下の坐(いま)す後宮にあまた侍る帝妃の侍女であった。お仕えするのは、第三十七帝妃、鉛涯樹(エンガイジュ)王国の忠姫(ただひめ)さまである。
 私は鉛涯樹王国の農民の娘だ。名を宏根(ひろね)という。従妹で幼馴染みでもある宏葉(ひろは)とともに、忠姫さまに順って後宮まで参った。
 私も宏葉も、嫁ぎも子を産みもしない。
 とはいえ、鉛涯樹王国では王族以外の女人は文字を習うことはないのだ。文字を覚え、世界の中心たる都まで来て、我が姫の支えとなれるのである。私たちは珍しくも尊い一生を与えられたのではなかろうか。

「士農工商……あと何だっけ?」木本雅彦


(PDFバージョン:sinoukoushou_kimotomasahiko
 教科書から、士農工商が消えた。
 だったら、残された犬とSFは、どうすればいいというのだ。
 僕はいわゆるSF読者だった。そしてSF作家でもあった。だからといって、僕がSFそのものかと問われれば、それはさすがに言い過ぎだろうと思うし、そもそもSFそのものとはなんぞやという質問で切り返したくはなる。
 一方で、この問題について誰も語らないのであれば、僕がSF的なものを代表して考察してみたりしても、それほどバチは当たらないのではないかとも思う。
「なあ、どう思う、マツコ?」
 僕は、隣に座る白い犬に問うた。

「歓迎の作法」大梅 健太郎


(PDFバージョン:kanngeinosahou_ooumekenntarou
 ある山奥の電波天文台で、今まで観測されたことのない電波が受信された。
「ついに宇宙人からの電波を受信したかもしれません」
 観測技師は、興奮気味に天文台長へと報告した。技師が手にしたデータには、射手座の方向に周期的に電波を発する物体が存在することが、はっきりと示されている。
 台長はそのデータに誤りがないことを確認し、ため息をついた。
「まずは、関係機関に報告だ。君は、このデータが自然現象とは関係のない人工的なものであることを証明するために、観測を続けるように」
 台長の顔が浮かないことに気がついた技師は、恐る恐る尋ねた。
「台長は、嬉しくないのですか」
「そりゃ嬉しいさ。だが、このデータは地球外の知的生命の存在を示しているだけではない」
「ええ。電波の発信源は高速で移動しているので、宇宙船の可能性があります」
「宇宙船を持つような知的生命だぞ。そんな高度な科学力をもった生物が、地球に来たらどうなる」

オトベ ジュンコ


乙部順子

1950年東京都生まれ。成城大学経済学部卒業。株式会社イオ代表取締役。SF作家小松左京氏の秘書、マネージャー等を務めた。小松作品とそのメッセージを後世へ伝える仕事を続けている。

「小松左京さんと日本沈没 秘書物語」乙部順子




 書名:『小松左京さんと日本沈没 秘書物語』
 著者:乙部順子
 単行本(ソフトカバー): 218ページ
 出版社: 産経新聞出版 (2016/11/10)
 ISBN-10: 4819112937
 ISBN-13: 978-4819112932
 発売日: 2016/11/10


「内容紹介」

 小松さんは
 日本列島に恋していた!

 没後5年、日本SF界の巨匠が最後に残したのは希望のメッセージ。
 34年にわたり、ともに仕事をした女性秘書が初めて語る人間・小松左京

【主な内容】
   ■宇宙へ旅立った「私のボス」―はじめに
   ■第1章 日本列島に恋していた
   ■第2章 未来を見通す「前向き思考」
   ■第3章 お酒と冗談が生みだした「知」
   ■第4章 人間でいることのおもしろさ
   ■第5章 最後まで「人間を信じたい」

 未来を、人間をあきらめなかった人