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「【伊藤計劃ライフヒストリー】(第1回)」小山由美

 ライターの小山由美氏は、SFプロパー向けの媒体とは別の場所(地域新聞社の発行物)で、伊藤計劃会員の仕事を紹介してこられました。これらのお仕事は、作家のライフヒストリーに焦点を当てた貴重な資料ということから、「SF Prologue Wave」への転載をご快諾いただきました。この場を借りて御礼申し上げます。(岡和田晃)


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<米SF小説特別賞受賞 日本人初の快挙 八千代市の故・伊藤計劃さん>

 2009年3月、多くのファンに惜しまれながら、SF作家の伊藤計劃さんは肺がんのためこの世を去った。34歳だった。
 彼の最後の長編『ハーモニー』は国内外で高く評価され、故人として初めて日本SF大賞を受賞。そして今年、アメリカのフィリップ・K・ディック記念特別賞を受賞した。海外で日本のSF小説が賞を受けるのは初めてのことだ。
 伊藤さんは東京で生まれ、ぜんそく治療のため3歳の時に八千代市勝田台へ。そのころよく利用した路線の駅名をすべて漢字で読み書きし、周りの大人を驚かせたという。
 地元の幼稚園から小・中学校へと進んだ伊藤さんは本を好み、勉強より漫画を描くことに熱中するような少年に成長した。

「1983年のクリスマス ――光瀬龍氏と名前――」宮野由梨香


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「もしかして、今晩って、クリスマス・イブ? うわぁっ」
 昼休み、大学の図書館で新聞を見て、私は焦った。夕方に人と会う約束をしていた。その日=12月24日に会うという約束をした時、私はうかつにもクリスマス・イブだということに全く気がつかなかったのだ。
 私はあわてて公衆電話のところに行った。携帯電話のない時代、バブル真っ盛りの1983年のことだった。
「光瀬先生、すみません、今日ってクリスマス・イブだったんですね!」
 クリスマスを祝うという習慣のない家庭で育った私も、世の中にはイベントを催す方々が多いということくらいは知っていた。たぶん光瀬先生も気がつかなくて約束なさったのだろうと思った。
「お会いするの、ご迷惑なら、別の日にしましょうか?」
「いや、かまいませんよ」
「では、お約束どおりでいいんですね?」
 電話を切って私は考えた。「そもそも、『百億の昼と千億の夜』の中で、イエス・キリストをボロクソに描いた人だった。余計な心配をしてしまった」と。
 だから、赤羽駅近くのレストランで、クリスマス・プレゼントとして蔵書印をいただいた時には、びっくりした。

「ねがいがひとつ」大梅健太郎


(PDFバージョン:negaigahitotu_ooumekenntarou
 商店街入口近くにある小さな公園に、目的の「願掛け地蔵」のほこらがあった。ほこらは腰の高さほどのコンクリート製で、横には石の水鉢が据えつけられている。
 その前にかがむと、中の地蔵が見えた。柔和な表情をしているせいだろうか。すっと、目が合ったような気がする。
 風体は、いかにもお地蔵様といった感じだ。しかし、頭にかぶった真っ赤な頭巾が、地蔵の雰囲気には似つかわしくないベレー帽のような形状をしている。
「こりゃまた、お洒落な地蔵だな」
 僕はつい、目の前の地蔵に向かって呟いた。帽子と同じ赤色のよだれかけには、艶やかな光沢がある。地蔵そのものや土台の古ぼけた感じと、これらの衣装やほこらの新しさはかなりミスマッチに思えた。
「で、どうすればいいんだ」
 あたりを見回すと、地蔵の背後に『願掛け地蔵の参り方』と書かれた看板があった。清らかな水を頭に三回かけ、三回願い事を唱える。そうすれば、願いが叶うらしい。

「場末の小さな嵐ヶ丘」木本雅彦


(PDFバージョン:basuenotiisana_kimotomasahiko
 このメタヴァースが、何世代目のメタヴァースなのか、もはや住人たちは把握していない。バージョン管理システムの記録を遡れば、どこでブランチが作られ、どこでタグが作られ、どこでフォークし、どこのバージョンがデプロイされたのか、解析することは可能なのだろうが、日常と区別のつかなくなった仮想現実空間に多少のテコ入れがされたところで、住人は気にとめない。
 人類は、実世界をほぼ捨てた。完全にではない。摂食行為と繁殖行為、それにともなう物理的移動などは、実世界から離れられないが、逆を言えば、実世界は食事とセックスのためだけを目的として、社会システムそのものが作り直され、経済活動をはじめとした諸々の創造的な活動は、すべて仮想現実空間メタヴァースで行われるようになった。
 そんな広大なメタヴァースの片隅に、小さな店がある。
 その店の名前は「嵐ヶ丘」――ネカマバーであった。
 ネカマバーとは、ネカマのバーである。ママはネカマ、店の女の子もネカマ。影を抱えながらも笑うことを忘れない、そんな陽気なネカマとの会話を楽しむための、大人の社交場である。

「ウォーハンマーRPG」待兼音二郎





酸鼻と迷妄の阿鼻叫喚世界で、泥土にきらめく黄金をつかみ取れ
――『ウォーハンマーRPG』

待兼音二郎

「21世紀の精神異常者スキッツォイド・マン」――プログレッシヴ・ロック愛好家が長年慣れ親しんだキング・クリムゾンの代表作に、こんな奇天烈なタイトル改変がなされたのはいったいいつのことだろう? 精神がいびつにねじくれた男の心象風景を楽器で描き出したかのようなあの曲の原題に込められた意図を日本のリスナーに伝えるべく工夫された邦題をなかったことにし、聞き覚えのないカタカナ語に塗り替えることに何の意味があるのか? いったい何に怯えて、かくも過剰な表現規制をするのか?

「『妖怪探偵・百目』(3) 百鬼の楽師」上田早夕里




書名  :『妖怪探偵・百目』(3) 百鬼の楽師
著者  : 上田早夕里
ISBN-10: 4334769950
ISBN-13: 978-4334769956
定価  : 640円(税別)
出版社 : 光文社(光文社文庫)
出版日 : 2015年11月11日
     ※電子版も同月内に発売予定。


 百目シリーズの第三巻(最終巻)です。タイトルに “探偵” とありますが、推理小説(ミステリ)ではありません。妖怪ファンタジー小説です。第二巻、第三巻の冒頭部分は Web光文社文庫(下記URL)で立ち読みできます。
 http://www.kobunsha.com/special/bunko/serial/

 長く続けてきたシリーズが、ついに完結しました。
 この巻では、7年前に執筆した最初のエピソード「真朱の街」で生じた幾つかの問いに対して、その答えを最後に置いています。

「ウォーゲーム研究大会・参加談―イギリスで戦略をプレイするということ」蔵原大


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《ウォーゲーム研究大会・参加談―イギリスで戦略をプレイするということ》

蔵原大(東京電機大学非常勤講師)



■1.始めに

 2015年09月08日~10日、ロンドン大学キングス・カレッジにおいて非常にSF的なイベントが催されたこと、ご存知でしょうか。ゲーム的手法をもとに武力紛争のメカニズムを解明する学問領域「紛争検証学」(Wargaming)の研究大会です。正式名称は“Connections UK 2015”( http://professionalwargaming.co.uk/2015.html )。

 本大会の主催者はフィリップ・セイビン教授(Philip Sabin)。参加したのはゲーム研究書『無血戦争(The Art of Wargaming)』( www.amazon.co.jp/dp/toc/4894250136 )の著者ピータ・P・パーラ(Peter P. Perla)をはじめとするアメリカ、イギリス、フランス、そして中立国スウェーデンから来た約100人の軍人、官僚、大学教員たち。なお大会中で偶然にも、いま話題の「集団的自衛権」にちなんだウォーゲームが行なわれたことは、注目に値するのではないでしょうか。

 本記事の筆者である蔵原大(Dai Kurahara)はセイビン教授に招待され、日本人で唯一参加しました。この貴重な大会“Connections UK 2015”の概要を、セイビン教授の許可を得てここにご紹介します。

 願わくは「紛争検証学」の専門的所見が、政治や戦争に真面目なご関心を持たれるSFファンのお役に立ちますように。

《Fig 01. 大会開始前の最終準備中》

「風よりも速いシカ」高橋桐矢


(PDFバージョン:kazeyorimo_takahasikiriya
 年老いたシカの耳に、トンボが止まりました。
 耳を動かすと、トンボは、つうと飛んでいきました。
 のんびりとした森の午後です。
 年老いたシカは、立ったまま、うつらうつらとしています。このごろは、一日の大半をそうしてすごしています。
「おじいさん。こんにちは」
 声に目を開けると、目の前に、若いシカが立っていました。体は一人前の大きさですが、まだ角は短く、やっと二年目の枝が生えてきたばかりです。鼻先はつやつやとしたピンク色で、体中に若さがみなぎっています。
 若シカは礼儀正しく前足をそろえてたずねました。
「風より速いシカ、を知りませんか?」

「ゆうやけ」東條慎生(画・寮美千子)


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 石けりあそびにあきたとき、きがつけば、ボクはどこにいるのか、わかりません。
 石けりあそびにむちゅうになって、しらないばしょに、きてしまったようです。
 空がオレンジ色になっていました。そろそろ、かえるじかんです。
 けれども、道がわかりません。
 道をききたくても、だれもいません。
 かべばっかりで、せまい道が、まっすぐ、まっすぐ、つづいています。
 むこうから、人のこえがしています。
 道をあるいていくと、だんだん人のこえが、大きくなってきました。

リョウ ミチコ


寮美千子(りょう・みちこ)
1955年、東京生まれ。1986年、幼年童話で毎日童話新人賞受賞。2005年、長編小説で泉鏡花文学賞受賞。2006年、首都圏を離れて奈良に移住。童話から小説、絵本など幅広く活躍。自らが挿画を手がけた作品に『星の魚―Memories of the galaxy』(2002年) がある。

「腹の中のネズミ」高橋桐矢


(PDFバージョン:haranonakanonezumi_takahasikiriya
 猫が、小さなネズミを追いつめました。
 絶体絶命のネズミは、目をいっぱいに見開き、ぶるぶるとふるえています。
「猫さん、どうかお助けください」
 猫は、目を細めました。それほど腹がへっているわけではありません。
 ネズミは祈るように手を合わせました。
「助けていただけたら……」
「助けたら?」
 白いひげの生えた鼻をひくつかせ、ネズミはふるえながら微笑みました。
「あなたの友達になります」
 ネズミの言葉を聞くなり猫は飛びかかりました。
 ごくりとまるのみして、ネズミは腹の中におさまりました。
「ふう……」
 腹がふくれていっぱいになりました。猫は一つ、げっぷをしました。
 猫は友達なんて欲しくありませんでした。
「わたしはたいくつしていたのだ。面白い話をしたら、助けてやってもよかったのに」
 すると、まるまるとふくらんだお腹から、小さな声が聞こえてきました。
「本当ですか? 友達が欲しそうな顔をしていましたよ」

「男は女の敵ではない……光瀬龍氏が『仕事』について語ったこと」宮野由梨香


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 光瀬龍氏が「仕事」について語ったことについて書いておこうと思う。
 小説家専業となるまで、彼はある女子高校の先生をしていた。
 教師をやめた事情について、話を伺ったことがある。
 いろいろな「物理的な事情」についてリアルに語ってから、彼は言った。
 あらゆる「物理的な事情」は、本当はたいしたことではなかった、と。
「結局、育てることにおいて、男は女の敵ではないと思い知ったからなんだ」
 この「敵ではない」とは、「敵(かな)わない」「絶対に勝てない」という意味である。普通に話しているときでも、こういう漢文直訳的な言い回しをする人だった(註1)。
 「担任していた生徒の妊娠」を、彼はそれを象徴する事件として話題にした。

「悪い夢」小珠泰之介


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 1

 これは悪い夢だ。

 一つ断っておこう。
 実は、ぼくはこの悪い夢の結末を、未だに知らない。
 つまり、ぼくは自分が知っていることしか書けない――などと書くと、これを読む人は、たぶん、狐につままれたような気持ちになることだろう。
 しかし、それが一体どういうことなのかは、最後まで読んでもらうしかない。
 ぼくとしては、最後までこれを書き続けられるよう幸運を祈るしかない。


 2

 ぼくはゾンビである。
 名前はもう無い。
 生きていた時の名前は小角一樹といった。
 その時は、二十七才の独身男性だった。
 実家で両親と妹の四人暮らしをしながら、宅配便の会社で契約社員として働いていた。
 ぼくがゾンビに成り果ててしまったのは、今から三ヶ月前に、三面記事に載るような、しけた事件に巻き込まれたせいだった。
 簡単にいえば、ぼくはゾンビに噛まれてしまったのだ。人の血を求めるゾンビに噛まれれば、やがて噛まれた人間もゾンビになってしまう。小さな子供でも知っている事実だ。
 その話から始めよう。

「彼の義体(カラダ)」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:karenokaradashoukai_okawadaakira
 『エクリプス・フェイズ』日本語版翻訳監修者の朱鷺田祐介の新作「彼の義体(カラダ)」をお届けしよう。

 「彼の義体(カラダ)」は『エクリプス・フェイズ』での日常を切り取ったショートショートで、これまで「SF Prologue Wave」での朱鷺田祐介の『エクリプス・フェイズ』小説に触れたことのない読者にとっては、またとない入門となるかもしれない。

 これまで解説で何度も書いてきたが、必要とあれば義体(モーフ)を取り替えることができる、というのが『エクリプス・フェイズ』の大きな特徴である。もちろん、相応の費用が必要だし、義体適合テストをはじめ、まったくリスクを負うことなく、義体を再着装することはできないが、それでも、義体は『エクリプス・フェイズ』のポストヒューマンSFらしさを規定するうえで、きわめて重要なファクターとなっているのは間違いないだろう。
 面白いのは、この作品では「彼の義体(カラダ)」が彼のオリジナルではない、ということだろう。リリカルな語りのわびしさが、この事実によってさらに強調された形になる。

 舞台の火星は『エクリプス・フェイズ』ファンにとってはお馴染みだろう。この星で、もっともひと目を引くランドマークが、楯状火山であるオリンポス山だ。その山頂には、宇宙エレベーターがある。
 このオリンポス山は地球のハワイ島に似ているが、現在は死火山。標高はなんと、約27,000メートルに及び、太陽系でもっとも高い山とされる。

 朱鷺田祐介は、『エクリプス・フェイズ』と並ぶサイバーパンクRPGの雄、『シャドウラン』の日本語版翻訳監修者としても著名である。
 『シャドウラン』は上級ルールブック『アンワイアード』、そして『ランナーズ・コンパニオン』の日本語版が発売され、ますます盛り上がっている。
(岡和田晃)




(PDFバージョン:karenokarada_tokitayuusuke
 寂しい時は、彼の義体(カラダ)に入るの。
 火星の高山地帯を踏破するために作られたマーシャン・アルピナー。力強い手足を持ち、強化された肺は火星の薄くて冷たい空気の中でも息切れしたりはしない。高山の過酷な環境で身体活動を維持するために、新陳代謝を高めているので、多少燃費は悪いけれど、生の体(カラダ)/生体義体(バイオモーフ)で、太陽系最高峰のオリンポス山を歩き回れるのは素晴らしいことだ。
 私は、彼の義体(カラダ)を着装して/着て、山を歩く。

「光瀬龍氏との結婚論争」宮野由梨香


(PDFバージョン:kekkonnronnsou_miyanoyurika
「今の若い女性というのは、結婚するまで処女でいたいものなのかな?」と、光瀬龍氏に尋ねられたことがある。
 時は1984年。光瀬氏は56歳、私は23歳の大学院生だった。
 まだ「セクハラ」という言葉が社会的認知を得ていない時代であった。この種のことをいきなり尋ねてくるオジサンというのが、一定数、存在していた。(というか、今の時代では逆にありえない質問であろう)
「さぁ? 人それぞれじゃないんですか?」と、とりあえずかわしたのだが、「あなたの場合はどうなのよ?」と、しつこかった。
 さすがに、私はちょっと不機嫌になった。

「緑陰の家」倉数茂


(PDFバージョン:ryokuinnnoie_kurakazusigeru
 初めてその家屋を見たとき、わたしは思わず威彦らしいと微笑まずにはいられなかった。
 繁茂する緑の蔓草が外壁の全体を荒々しく覆いつくし、家という内側に空虚を抱えた存在を、ひとつの旺盛な生命の塊に変えている。もっとも、人さえ住んでいれば、ここまで植物が我が物顔に這い回ることもなく、だからこれはむしろ威彦の不在に由来する事態なのかもしれない。
 なんにしても、近所の住人や大家は苦虫を噛み潰しているだろうと思うと、笑いはすぐに溜息にかわった。なにしろこれから滞納している家賃を払いに行くのは自分なのだ。
 威彦が行方不明になって三ヶ月になると連絡を叔父から受け取ったのは二日前だった。いつものようにニューギニア高地へフィールドワークに向かったのだが、帰国予定日になっても戻らない。帰国の遅延などよくあることだが、問題は、四月からI大学の講師の口が決まっていたことである。恩師であるK教授は、しばらくは事務方をなだめておくとおっしゃってくださったそうだが、このままでは初めての就職口をふいにしかねない。
 しかしそれよりもわたしの耳をそばだてさせたのは、成田からの電話で威彦が告げたという、今度は嫁さんを連れて帰るからということばだった。つまり威彦は現地に恋人がおり、結婚まで考えていたということだ。
 どのような女性なのだろう。わたしの好奇心は刺激された。嫉妬の気持ちは微塵もなかった。威彦とは愛や性よりも、もっと深いもので結ばれていると感じている。
 だから、一部のものが案じるように、すでに死んでいるという可能性も一蹴した。どんなに非科学的と嗤われようが、威彦が死ねば、自分がそれに気づかぬはずがないと思う。

トウジョウ シンセイ


東條慎生(とうじょう・しんせい)
 1981年生まれ、ライター、〈想像力の文学〉(早川書房)や〈未来の文学〉(国書刊行会)等の叢書レビューを行なってきた文芸誌「幻視社」代表、「向井豊昭アーカイブ」共同運営者。共著に『アイヌ民族否定論に抗する』(河出書房新社)、『ノーベル文学賞にもっとも近い作家たち』(青月社)、『北の想像力 〈北海道文学〉と〈北海道SF〉をめぐる思索の旅』(寿郎社)、『熱い書評から親しむ感動の名著』(すばる舎)。speculativejapan、Analog Game Studies、「絶対移動中」、「ぱろる」等に寄稿。ブログ「Close To The Wall」。

「オメガ・メタリクス」東條 慎生


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   1

 ドリルの高周波もずっと聴いていると気にならなくなってくる。チクリと麻酔を打たれて痛みもない。それ以上に、ガリガリとそんなに削っていいものなのかということに不安を感じる。もちろん医者がやってるんだから大丈夫なんだろうけれど、そうはいっても削りすぎではないか、いいのかそれで、と言葉が頭に渦を巻く。そしてどんどん金属質になっていく自分の歯。どうだ、おれのメタリックな歯は、強そうだろう、という冗談を思いついたものの、いったい誰に言うのか。自分にか。

 叔父がまだゴルフバッグを担いでいなかった頃、自分がまだ酒も飲めない年だった頃、叔父の病室に通されたときの異様な感覚。ひとことでいえば、誰かの体の中に入ってしまった感覚だといえばいいのだろう。けれど、そんな表現が誰かに通じるわけがない。でも、そうとしか言いようがない。
 叔父はそのとき、ベッドに寝たきりで起きあがることができなかった。鼻や口や喉や腕やら体中から管やコードが延びていて、ベッドの脇の大きな機械へとつながれていた。両親に連れられて入ってきた自分を見たとき、叔父のマスクに覆われた顔がわずかに笑みを浮かべたのがかろうじてわかった。喉にも管が通っていて声も出せないので、胸元にあるキーボードを寝ころんだまま起用にたたいて、ひさしぶり、と頭の横のディスプレイに打ち出した。

「鏡の奥に」大梅 健太郎


(PDFバージョン:kagaminookuni_ooumekenntarou
 玄関で引っ越し業者が、ありがとうございましたと言って頭を下げた。横山もつられて頭を下げる。閉まるドアの音に重なるように、ため息が漏れた。
「夜までには、ある程度荷ほどきしなきゃな」
 引っ越してきたばかりの1Kの床は、積まれた荷物で足の踏み場もない。横山は、最低限の生活に必要な物の入った段ボール箱を探した。
 洗面台と書かれた箱から、歯ブラシと歯磨き粉、コップ、そして電気ひげ剃りを取り出す。それらを手に、洗面所に立った。一人暮らし用の部屋にしては、鏡が大きい。歯磨きセットを蛇口の右横に、電気ひげ剃りを左横に置く。ふと、妙な視線に気がついた。鏡の中からだ。
 のぞきこむと、背後の洗面所の隅に、頭から血を流した若い女が座っていた。振り返っても、そこには誰もいない。もう一度鏡に視線を戻すと、女と目が合ってしまった。つい凝視してしまう。ぼんやりとしていた女の表情に、色がさした。
 しまった。
 そう思ったときには、もう遅かった。

「数学嫌いの治し方」谷田貝 和男


(PDFバージョン:suugakugiraino_yatagaikazuo
 夏休みの午前。カレンダーの8月の日付は、もう残り少ない。
 庭木からは、ツクツクボウシの鳴き声がしきりに聞こえてくる。
 サッシの向こうで、ぎらぎら照らす太陽。
 クーラーから送られる冷風に揺れる風鈴。
 机代わりのお膳の上には、切った西瓜を並べた皿。
 そして……夏休みの宿題。
 この日は朝から、数学のドリルに取り組んでいるのである。
 ……出来ない。
 難しすぎる。そもそも、何を言いたいのか全然分からないのだ。
 複素数。二次方程式。ベクトル。サイン、コサイン、タンジェント……。
 ぼくの両親は理系の研究者。ここは大学の教員住宅だというのに、自分にはなぜか、その方面の資質は遺伝しなかったよう、なのだ。
 冷房は効いているはずなのに、脂汗が出てくる。
 そのとき、お膳の上のスマホが震え、かたかた鳴った。
 メッセージの着信があった。

  イタルへ。まなもです。いまから遊びに行っていい?

「見守り」谷田貝 和男


(PDFバージョン:mimamori_yatagaikazuo
「ごめんなさい。もう悪いことはしないよ。これからはおばあさんのお手伝いをするから、ゆるしてよ」
 たぬきはおじいさん、おばあさん、そしてうさぎにあやまったので、うさぎはたぬきを助けてあげました。
 心を入れかえたたぬきは、おばあさんのてつだいをしてくらしたそうです。めでたし、めでたし。

 ぼくの読んだことのある民話『かちかち山』は、こんな終わり方になっている。
 しかし、本当の結末は違うことを、大きくなってから知ることになった。おばあさんは鍋で煮られ、その報いとしてたぬきは泥船に乗せられ、船が溶けておぼれ死ぬのだ、という。
「年齢指定により適切な描写に変更されております」
 それは、電子書籍タブレットに表示された「絵本」の巻末に記されていた文句だが、幼い頃はまだ、その意味が分からなかった。
 オリジナルのラストは子供に読ませるには残酷すぎる、ということらしい。
 だからぼくは、『かちかち山』の本当のラストを読んだことがない。

「井原西鶴が平成に飛ばされて好色シリーズというラノベを書いています。」木本雅彦


(PDFバージョン:iharasaikakuga_kimotomasahiko

 どうも、西鶴です。
 平成時代というところに飛ばされてきたのですが、することがないので文章を書きました。「小説家になっちゃいな」というサイトにアップロードして公開していたら、B芸社のSさんという編集者の目にとまって文学を書かないかと言われたのですが、西鶴としてはラノベのほうがいいかなって思って、ラノベ書いてます。
 西鶴、そういう路線だから。
 西鶴は西鶴のことを西鶴って呼ぶけれど、それは何ていうの? ポリシー?
 それとも、シーポリ?
 あ、ごめんごめん。平成の時代になって、業界用語はないよね。
 めんご、めんご。
 というわけで、西鶴が書いているラノベについて話そうと思います。

「『妖怪探偵・百目』(2) 廃墟を満たす禍」上田早夕里



書名 :『妖怪探偵・百目』(2) 廃墟を満たす禍
著者 : 上田早夕里
出版社 : 光文社(光文社文庫)
出版日 : 2015年4月9日
ISBN-10: 4334768946
ISBN-13: 978-4334768942
定価  : 680円(税別)
     ※電子版も同月内に発売予定。


 百目シリーズの第二巻です。タイトルに “探偵” とありますが、推理小説(ミステリ)ではありません。妖怪小説です。第二巻の冒頭部分は Web光文社文庫(下記URL)で立ち読みできます。
http://www.kobunsha.com/special/bunko/serial/

「優しい母さん」高橋桐矢


(PDFバージョン:yasasiikaasann_takahasikiriya
 しとしとと冷たい雨が降っています。
 お腹をへらした子ギツネが、とぼとぼと山の道を歩いていました。一日ずっと歩き通しなのに、朝から何も口にしていません。
 雨で、えもののにおいが消えてしまっています。痛いほどお腹がすいて、寒くて、しまいには眠くなってきました。でも、このまま巣穴に帰ることはできません。
 子ギツネは、今朝、母さんに「えものを取るまで絶対に帰るな」と、恐ろしい形相でにらまれて追い出されたのです。
 涙で視界がにじみます。
 すると、
「あらあら、もう暗くなるわよ。どうしたの」
 優しい声に顔を上げると、知らないキツネのおばさんがいました。
 子ギツネは、思わず声をあげて泣いてしまいそうになりました。寒くて心細い体と心に、優しい声が、じんとしみます。
 でも、ここで泣いてしまったら、今日一日、苦労して歩き回ったのが無駄になってしまうような気がしました。
 だから足をふんばり、胸を張って答えました。
「えものを探してるんです」

「リメンブランス・マーダーズ ~最後の酒杯~」朱鷺田祐介

(紹介文PDFバージョン:remennburannsumurdersshoukai_okawadaakira
 今回「SF Prologue Wave」で発表されたのは、『エクリプス・フェイズ』日本語版翻訳監修者の朱鷺田祐介による「リメンブランス・マーダーズ 最後の酒杯」である。
 この作品は、「ミートハブ・マーダーズ あるいは肉でいっぱいの宙(そら)」、そして「ウィップラッシュ・マーダーズ 殺人鬼はどこにいる?」に続く第三作にあたるが、この連作に限らず朱鷺田祐介の『エクリプス・フェイズ』小説に登場していた主要人物ランディ・シーゲルが、本作には登場していない。だからといって読めないということはなく、むしろ一連の作品を未読の方でも、本稿には入りやすくなっている。

 さて、本作はSF版『孤独のグルメ』というか『深夜食堂』というか……どこかそういった作品にも通じる哀愁がある種のペーソスとして添えられているところが得に魅力的だと思う。あまり知られていないかもしれないが、架空世界の生活を丹念に構築するRPGでは、食の描写にこだわりを見せると、ぐっと楽しくなる。現在、RPGテイストあふれる九井諒子の『ダンジョン飯』が話題沸騰中だが、フィクションならではの独自メニューを活かすという意味では、おそらく同作にも多大な影響を与えているだろう深澤美潮の『フォーチュン・クエスト』ともども、SFの本質につながる問題を扱っていると言えるだろう。
 SFと食、というのは大きなテーマだが、それをコンパクトなエッセンスとして、重たくなりすぎない程度に扱っている「リメンブランス・マーダーズ」。『エクリプス・フェイズ』ならではのガジェット紹介は見事で、入門にもってこい。どうぞ、お愉しみいただきたい。
 フラット(未調整の義体)着装者が重要な役目を果たしているのも特徴的だ。木星共和国を扱ったSF Prologue Waveならば「蠅の娘」あたりと併せて読むのも面白いだろう。

 朱鷺田祐介はPS VISTAのRPG『魔都紅色幽撃隊 幽撃ウォーカー』のノベライズ『魔都紅色幽撃隊 FIREBALL SUMMER GIG』(西上柾との共著)を刊行したばかりだが、神話・伝承の解説者としても『超古代文明』や『海の神話』といった著作がある。本作で朱鷺田の作品に触れた読者は、丹念なフィールド・ワークをベースに描かれた『酒の伝説』にもアクセスしていただきたい。(岡和田晃)




(PDFバージョン:remennburannsumurders_tokitayuusuke
 大破壊後(AF)10年、人類が魂(エゴ)をデジタル化して、バックアップできるようになってすでに数十年が経過していた。身体形状(モーフ)は義体(モーフ)と呼ばれる、一時的な乗り物になった。バイオ技術の発達で病気を克服し、必要に応じて義体を乗り換えることで、事実上の不死を手に入れた。
 これはそんな未来のある物語。
 舞台は、地球を周回する静止軌道上の宇宙居住区「リメンブランス」。追憶という名前を持つハビタットは、〈大破壊〉によって荒廃した地球を見下ろす場所にあった。

「薫香のカナピウム」上田早夕里





書名:『薫香のカナピウム』
著者:上田早夕里
出版社:文藝春秋
出版日:2015年2月9日
ISBNコード:4163942068
定価:1500円(税別)
   ※電子版も同月内に発売。

「太郎」春名功武


(PDFバージョン:tarou_harunaisamu
 昔々、ある所にお爺さんとお婆さんがいました。お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に行きました。川辺で洗濯をしていると川上から、どんぶらこ、どんぶらこ、と大きな大きな桃が流れて来ました。お婆さんはそれを家に持ち帰り、お爺さんと一緒に桃を割ると、中から「オギャーオギャーオギャー」と元気な赤ちゃんが出てきました。そして、2人はその赤ちゃんを『桃太郎』と名づけて育てる事にしたのです。
 一方。東北の山あいの村でも、お婆さんが川で洗濯をしていると川上から、どんぶらこ、どんぶらこ、と大きな大きなスイカが流れて来ました。お婆さんはそれを家に持ち帰り、お爺さんと一緒にスイカを割ると、中から赤ちゃんが出てきました。そして、その赤ちゃんを『スイカ太郎』と名づけて育てる事にしたのです。
 美しい湖がある小さな村でも、お婆さんが川で洗濯をしていると、どんぶらこ、どんぶらこ、と大きな大きなバナナが流れて来ました。お婆さんはそれを持ち帰り、お爺さんと共にバナナを剥くと、中から赤ちゃんが出てきました。そして、その赤ちゃんを『バナナ太郎』と名づけて育てる事にしたのです。
 その年はこのような異常現象が全国各地の村で起こり、果物から生まれた赤ちゃんの豊作となったのです。不思議な事に川から流れてきた果物は全て違う種類で、2つとして同じ物はありませんでした。見た目は人間とほとんど変わりはありませんが、大きくなってからも彼らの身体からはそれぞれの果物の匂いがしたそうです。

「名前のないゾウ」高橋桐矢


(PDFバージョン:namaenonaizou_takahasikiriya
 広いサバンナに、名前のないゾウがいました。
 昼間はひとりで草を食べながら歩き、夜はひとりでねむりました。
 名前なんてなくても平気でした。
 名前というのは、ほかの誰かが呼ぶときにいるものです。そのゾウを呼ぶものは誰もいなかったので、名前なんて必要ないのです。
 おぼえているかぎり、ずっと昔からひとりでした。
 でも、困ることは何もありません。
 大きくて重いゾウがサバンナを歩くとドシン、ドシンと地面がゆれます。とてもりっぱな二本の牙は、するどくとがっています。長い鼻は、サバンナの一番高い木のてっぺんにもとどきます。
 おいしい草の生えている場所も知っているし、どんな日照りのときにも枯れない川も知っています。
 サバンナの動物たちにとって、水場はとても大切です。川の一番つめたくてきれいな水を飲める場所が、ゾウの水場でした。のんびりしているように見えて怒りっぽいカバも、さわがしいシマウマも、すばやいハイエナも、ライオンだって、ゾウの水場には近付きません。
 何にも困ったことはないし、名前をほしいと思ったこともありませんでした。

「浮気」春名功武


(PDFバージョン:uwaki_harunaisamu
 いい加減にしてくれ。私は目の前の光景に、うんざりした気分になった。予定より早く出張先から戻ってみれば、またこの仕打ちか――
 寝室のベッドで女房とあいつが裸で寄り添い寝ている。どう見ても、男女がコトを終えた後としか思えないありさまだ。きつく鼻をつく生々しい異臭が、絡み合う2人を容易に想像させる。何度も頭を振り、脳ミソから追い出そうとするが、叶わなかった。
 私の留守をいいことに男を連れ込むなんて、許せるわけがない。腕の中で眠る女房の顔は、無邪気な子猫のようで、私に見せるどの顔とも違っていた。それがまた腹立たしかった。
 もう何度目になるだろう。私は女房を叩き起こして怒鳴りつけた。しかし相変わらず反省の色は見えない。眠りを遮られた事への不満からか、ふてぶてしい顔で睨みつけてきた。そして、若かった頃からするとすっかり変わってしまった、丸い身体にガウンを羽織り、タバコをくゆらし始める。動じることなく堂々としているのは、女房には、浮気をしているという実感がないからなのだろう。それでも女房の横にいるこいつは、生身の人間の男だ。この男を選んだ事自体が、今の私への否定に他ならない。