タグ: コルヌコピアシリーズ

「コルヌコピア5」山口優

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 空間が揺らいだ。
 私は気づく。これは、ピアが私を暴漢から救ったときと同じだ。但し今、この世界と少しずれた空間に飛ばされているのは、暴漢ではなく私自身、そしてピア、アマルティの三人。
「悪魔退治は大仕事だ。善良な一般人に被害が及ぶといけないからね」
 物言いは柔和だが、アマルティの声音は既に私と対等な学生のそれではない。悪魔を倒す天使、異端を排除する信徒――自らに誤謬は一〇〇%ないと信じ切った者特有の確信と優越感に満ちあふれている。
「何をするつッ――」
 言いかけて、私は言葉を喪う。私の身体が急速に落下し始めている。自由落下だ。ピアも、そしてアマルティも。アマルティだけは、落下しつつも、落ち着いた態度を崩さない。
 落下しつつ、ピアが私の腰にしがみついてきた。
「地球の重力に引かれてるんです」
 そう説明する。
「何よそれ――」
「余次元空間にも重力は届きます。でも他の相互作用は届かない。だから、電磁相互作用に伴う、地面とあたしたちの肉体の接触による抗力はここでは存在しないんです」

「コルヌコピア4」山口優

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「えへへ。楽しいですね!」
 ピアが私の腕をぎゅっと胸に抱く。
「まーね……」
 私は肩を竦めた。――正確には、竦めようとしたが、ピアが抱いている側の肩は強く抱きしめられすぎていて、うまく上がらなかった。
 A横町。
 この前、私が二人の男に襲われそうになって、ピアに助けられた高台の公園の近く。雑然とした商店街だが、品物の値段は概ね安く、選択肢も幅広い。
 ――ピアにはいつもお世話になってるし、なんか好きなもの買ってあげるよ。
 ふとそんなことを言い出したのは、秋も深まり、外も涼しくなって、自然と外出したい気持ちになったからに違いない。

「コルヌコピア3」山口優

(PDFバージョン:korunukopia3_yamagutiyuu
 未来世界、なのだろうか?
 青い、青い空の下、灰白色の巨大な建造物がいくつも天空に向かって伸びている。その姿は異様で、さながら蟻塚のようだ。が、細部を良く見てみると、均整の取れた直線と曲線から成り立っており、人工物だと分かる。細部は人工物のように均整が取れているが、全体のデザインが成っていないために、遠目には歪と映るもののようだ。
 そこを行き交う人々は、一応、人間に見える。一応、というのは、皆、全身をすっぽり覆うスリムな宇宙服のようなものを身につけており、顔面は黒いフェイスプレートで覆われているからだ。だから、ここにいる人々について確かなことが言えるとすれば、それは、人間と同じような形をしている、ということだけだ。
 だが、きちんと人間のような姿が見て取れる者もいる。現代とは異なるが、ちゃんと頭の露出した服のようなものを着て、男、女などの性別も判別できる。が、彼等、彼女らは、いるとしても僅かで、皆、一様に、宇宙服のようなものを着た、人間かどうか判別できない者たちに付き従っている。その人間様(よう)の者たちの割合は、全体のおよそ一割に満たないだろう。

「コルヌコピア2」山口優

(PDFバージョン:korunukopia2_yamagutiyuu
前作「コルヌコピア」

「しかし、おかしなことも起こるもんだな。ちゃんと調整してるはずのあそこの測定器があんなにエラーデータを出すとは……。これがもしまっとうなデータだったら、世紀の大発見だったところだが。君もいい論文が書けたろうにな」
 戸惑いと同情が半々ぐらいの面持ちで、私の指導教官が言う。
「けど、感心したよ。ちゃんとエラーデータだと証明できたのは、君のお陰だ」
 たぶん、私が執念深く別の時点での結果と照らし合わせ、あのデータが「あり得ない」ことをきちんと証明する能力があったこと、そして、あのままの「すばらしい」データで論文を書いてしまう誘惑を断ち切ったことを褒めてくれているのだろう。だが、それは当然のことだ。私は真摯に物理を探求する学生なのだから。
「恐縮です」
 私は一礼して、教官の居室を辞した。

「コルヌコピア」山口優

(PDFバージョン:korunukopia_yamagutiyuu
 私は、その少女を頭のてっぺんからつま先まで、まじまじと眺めた。
 さらさらした、柔らかい黒髪の少女。ふわっとした前髪が、ぱっちりした黒目がちの瞳に柔らかくかかっている。睫は長く、鼻筋は上品にすっきりとしていて、唇は赤くふっくら。スリムな、というより、まだまだ未熟な身体を、セーラー服に包んでいる。脚には紺色の靴下に、黒いローファー。
 きらきらした瞳で、私を見上げている。
「はい? 何のご用?」
 インターホンのモニタで彼女を見て、私は好奇心もあって扉を開けてしまった。本当は今夜じゅうにとりあえず論文の序章だけでも仕上げなきゃいけなくて、結構忙しかったりするのだが。
「こんばんは。あたしはコルヌコピア」