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「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ Part 3」伊野隆之

(PDFバージョン:zaion03_inotakayuki
 そう、復活して最初の記憶はできの悪いアクションドラマのようで、ザイオンは洗練とはほど遠い拷問を受けた。何回となく殴られ、最後は触腕を一つ失うことになった。
 けれど、オクトモーフはダメージに強い。殴られた痛みはすぐに消え、傷口もすぐにふさがった。切り落とされた右の第一触腕の付け根は、いまはこんもりとした肉の盛り上がりになっており、中心部から触手の先端が見えている。もう再生が始まっているのだ。
 ザイオンの身体は地球産のマダコをベースにした義体、オクトモーフだった。水から上がった筋肉の塊で、浮力に支えられることなく、重力にあらがって直立できる。左右の第一触腕と第二触腕が腕として機能し、第三触腕と第四触腕が足として機能する。もちろん、ヒトと同じような動きを要求される場合は、という限定付きで、いざとなれば水中のタコのように八本の腕を自在に使う事もできる。
 ザイオンを幽閉しようとした愚か者は、七本の腕をボルトで固定することまでやっていたのに、そのことを失念していたに違いないのだ。

「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ Part 2」伊野隆之

(PDFバージョン:zaion02_inotakayuki
 金星の北極にある複合ハビタットの一室で、マデラ・ルメルシェは落ち着かなげにうろうろと歩き回っていた。分厚い絨毯が敷き詰められ、壁面にはアマゾンの森林が投影されている。別の壁面では巨大な瀑布が水しぶきを上げ、もうひとつの壁面では、巨大なサメが我が物顔に泳いでいる。部屋の一角にある執務机の天板は地球産のマホガニーが使われ、その背後の壁面は、巨大なソラリスのエンブレム。燃えるような金色のフレアは、太陽系最大の金融企業複合体であるソラリスコーポレーションの威光を表しているかのようだった。
 マデラは、豊富な金属資源に恵まれた金星の十八分の一を営業ゾーンとしている。ティターンズ戦争からの復興需要に金星は潤い、金星にいる十八人のソラリス正社員のうち、八人までが上級パートナーに昇格していたが、開発の進んでいない北極域を担当するマデラは、太陽系に百人以上いる中級パートナーの地位に甘んじていた。
「まだ、あいつの行方はつかめないのか?」

「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ Part 1」伊野隆之

(紹介文PDFバージョン:zaionshoukai_okawadaakira
 『エクリプス・フェイズ』の世界では、動物の知性が人間並みに引き上げられている。この設定はコードウェイナー・スミスの「人類補完機構」シリーズやデヴィッド・ブリンの『知性化戦争』などに登場する「知性化された動物が二級市民として社会に参加する」という設定に近い、いわば一種の思考実験だ。
 知性化される動物は、チンパンジーやゴリラなどの類人猿、クジラやイルカなどの鯨類、あるいはカラスやオウムなどの鳥類が一般的だが、『エクリプス・フェイズ』では、これらに加え、なんと「タコ」が知性化されている(現実でも、タコは非常に知性が高く、瓶の蓋を開けるなど多数の触腕で器用に物体を操作することで知られている)。
 実際、『エクリプス・フェイズ』の体験会では、いつもタコの人気に驚かされる。言ってしまえばタコは『エクリプス・フェイズ』のマスコットなのだ。

 そして本作「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」は、このタコにスポットを当てた小説である。……とは言っても、出落ちには終わらない。片理誠の「黄泉の縁を巡る」に引き続き、本作も連載という形で公開していく。もちろん大活躍するタコは、『エクリプス・フェイズ』のルールを使ってデザインされたもの。著者の伊野隆之は実際にこのキャラクターを使って『エクリプス・フェイズ』のゲーム・プレイに参加している。そう、伊野隆之は本気なのだ!

 伊野隆之は『樹環惑星 ―ダイビング・オパリア―』(徳間書店)で第11回日本SF新人賞を受賞した俊英。同作はアーシュラ・K・ル=グィンの『世界の合言葉は森』と眉村卓の「司政官」シリーズをブレンドさせたような読み応えある作品だが、なんといっても舞台となる惑星の重厚なシミュレーションが魅力的だ。長篇に見られる精緻な設定と、短篇「SF/サイエンフィクション」や「ヒア・アイ・アム」で垣間見えるユーモア感覚がブレンドされた本作は、伊野隆之の新境地を拓く作品とみなしても過言ではないだろう。なお、金星の設定には著者が独自に想像を膨らませた部分がある。(岡和田晃)



(PDFバージョン:zaion01_inotakayuki
 バルーンハウスのアラームがけたたましく鳴り、下の鉱区から送られてきた自走式金属製錬装置のパラメータ修正に没頭していたタージは、あわててカレンダーを表示させる。
 二十五日。視野の隅に表示された日付をみて、タージは目をむく。
 ……なんてぇことだ。
 日付の感覚がおかしいのはいつものことだが、それにしても、つい昨日も二十五日だったような気がする。
 タージのバルーンハウスは、金星の北極近傍を漂っている。動力を太陽光に依存しているから、座標は常に昼の側で、同じような方向に太陽を見ていたし、黄金色の雲を低い位置で照らす太陽は、いつだって目を刺すように明るい。