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「ザイオンズ・チケット・トゥー・マーズ3」伊野隆之

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「ご依頼の者の身柄を確保しました」
 カザロフの後任の保安主任、マスチフは、これ見よがしの武器を身につけたフューリーを義体に使っている。頭の方は見かけどおりで、あまり優秀とはいえないが、ちょっと荒っぽいくらいが、今の状況にはちょうどいい。
「独房に入れておけ。逃げられないように、両手両足を、しっかりボルトで固定してな。取り調べは俺が自分でやるから、誰も入れるなよ」
 オクトモーフにダウンロードしたザイオンを監禁した独房だった。逃亡ルートになったダクトの補強は終わっており、もう、どんなタコでも逃がさない。柔軟性のないケースであれば、なおさら逃亡の可能性はない。
「ポンコツ野郎は、がっちり固定しておきます」
「武装解除は大丈夫か?」
「スキャンは終わってます。念のため、もう一度調べますが、特別なものは何も持っていません。おとなしいもんです」
「油断するなよ」

「ザイオンズ・チケット・トゥー・マーズ2」伊野隆之

(PDFバージョン:zionstickettomars02_inotakayuki

 旧式の採掘機が、カラスの義体をくず鉱石ごと掴みあげ、クロウラーの荷台に放り込む。意識があったらギャーギャーとうるさくわめいたろうが、生命維持機構に障害を生じてぐったりしたカラスの義体は、義体と言うよりただの物体にすぎない。精製してもコストがあわない低品位の鉱石は、鉱区を流れる高温の水銀の川へと投棄され、いずれは自然の精製プロセスで鉱床を形成することもあるだろうが、有機物でできた生体義体はただ消えるのみ。くず鉱石ほどの価値もない。かつてはインドラルのものであり、マデラの魂を同居させていた義体は熱に焼かれ、痕跡を探すのも困難になるだろう。
「どれくらい時間がかかるかな」
 クロウラーを見送りながらカザロフが言った。ケースの義体に表情がない上に、声のトーンもフラットで、何を考えているかわからない。
「準備は完ぺきなんだろう?」

「ザイオンズ・チケット・トゥー・マーズ1」伊野隆之

(紹介文PDFバージョン:zionstickettomarsshoukai_okawadaakira
 伊野隆之の最新作「ザイオンズ・チケット・トゥー・マーズ」をお届けする。
 伊野隆之はこれまで、タコ型義体に入ることを余儀なくされたザイオン・バフェットを焦点人物とした「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」および続篇にあたる「ザイオン・イズ・ライジング」を発表してきた。本作「ザイオンズ・チケット・トゥー・マーズ」は、(ひとまず)その完結編にあたる力作だ。

 これら伊野隆之の〈ザイオン・バフェット〉シリーズは、タージとインドラル、ザイオンとマデラ、二組の凸凹コンビの因縁がひとつの読みどころとなっている。ポストヒューマンSFの世界だからして、タージとザイオン、インドラルとマデラの関係はしばしば入れ替わり、それがストーリーに新たなドタバタと興趣を添えるのだ。繰り返される、独特のおかしみを孕んだやりとりは、もはや伊野節というほかなく、滋味すら感じさせる仕上がりになっている。

 伊野節に身を任せながら「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」と「ザイオン・イズ・ライジング」と読み進めてくれば、伊野隆之のSFが、何よりも組織に生きる個人と、しがらみを逆用した処世のあり方を描いたものだということがわかってくる。コンゲーム小説の巨匠ジェフリー・アーチャーから、『ナニワ金融道』に至るまで――浮世のしがらみに縛られた人々の腹の探り合い、ハイパーコープ・ソラリスを取り巻く権謀術数は、いったいどこに漂着するのだろうか。とくとご堪能されたい。

 ところでSFファンとして知られる落語家・立川三四楼の高座がSFセミナーやSF大会で人気を博し、田中啓文や牧野修、北野勇作らがSFと落語の境界を解体していき、また「SFマガジン」では山崎健太「現代日本演劇のSF的諸相」が連載開始されるなど――意外に思われるかもしれないが――SFは舞台や話芸に親和性が高い。となれば、〈ザイオン・バフェット〉シリーズも、舞台化すると、いっそう面白くなる作品なのかもしれない。もともとロールプレイングゲームは会話が主体となるゲームなので、なおさらだ。かく言う解説者自身、「オーシャン・ブリーズ」のくだりで「またか」と吹いてしまった(笑)。

 「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」と「ザイオン・イズ・ライジング」は、おかげさまで好評だった。「ザイオンズ・チケット・トゥー・マーズ」は3回連載、という形で提示させていただく。デビュー作『樹環惑星――ダイビング・オパリア――』をはじめ、伊野隆之は組織と社会を精緻に描きぬく、イマドキ稀有な膂力を有した書き手だった。細かな描写を読み込めば、読み込むほど、“人間”の裏がわかる。ヘタするとポストヒューマンは、旧来型の人間性を超えた社会性があるのかもしれない。組織の力学の裏の裏まで知り尽くした、海千山千の作家・伊野隆之の“本気”を、存分にご堪能いただきたい。就職活動の季節だが、就活生の皆さん、社会人の皆さん、とりわけ中間管理職の皆さん、〈ザイオン・バフェット〉シリーズは読んでおいたほうがいいですよ。(岡和田晃)



(PDFバージョン:zionstickettomars01_inotakayuki
※この作品は、過去のザイオンシリーズの続編となっています。ぜひ、併せてお読みください。

 頭の芯に鉛を突っ込まれたようで、まともに考えることができない。考えるという行為を忘れてしまったのか、ぜんぜん頭が働かない。意識というソフトウェアが、脳というハードウェアの使い方を忘れてしまったような感覚だった。
 ……俺は、マデラ・ルメルシェ。金融企業複合体、ソラリスコーポレーションの中級パートナーだ。俺は俺、なのに強烈な違和感があった。
「……覚醒プロセスを完了しました」
 そんな声が聞こえた。聴覚領域への直接入力なのに、マデラには、妙に遠く聞こえていた。
 ……俺はなにをやったんだ?

「ザイオン・イズ・ライジング Part 2」伊野隆之

(PDFバージョン:zaionisrising02_inotakayuki
 一等コンパートメントでの拷問のような時間で、タージはぐったり疲れ切っていた。
 金星の地表に降り、北極鉱区の地表ステーションに着いたタージたちを、ノースポール公共交通のロゴを胸につけたキャビンアテンダントが先導し、明るく空調の整った専用通路を歩いていく。その後に意気揚々と歩くインドラルが続き、タージは後ろから、とぼとぼとついていく。
「ようこそいらっしゃいました。アルマド様の代理人を務めております、コジーグと申します」
 通されたVIP用のラウンジで、もう一体のケースが迎えた。アルマドというのは、タージに鉱区を売却しようという鉱山主で、目の前のケースは、その代理人らしい。慇懃な態度は安っぽい義体には似合わず、磨きあげられたボディの状態もいいように見える。
「うるれぇ、早く案内しろッてんだ」
 一等コンパートメントで提供されたワインに、インドラルはすっかりできあがっていた。カラスの体は小さく、その分、アルコールの回りが早い。
「はい。主人も一刻も早くお話をしたいと申しております」
 今の状況を幸運と言うべきか、タージはまだ迷っていた。

「ザイオン・イズ・ライジング Part 1」伊野隆之

(紹介文PDFバージョン:zaionisrisingshoukai_okawadaakira
 第2期『エクリプス・フェイズ』シェアードワールド小説企画の第6弾は、伊野隆之の新作「ザイオン・イズ・ライジング」だ。
 これは第1期に掲載され、好評を博した連載「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」の、直接の続編である。ふとしたことから、タコ型義体オクトモーフを着用する羽目に陥ってしまったザイオンと、彼にタカる知性化ガラス・インドラルの凸凹コンビの珍道中は、今回も健全である。

 伊野隆之と言えば、眉村卓言うところの「インサイダーSF」――組織とその内部で生きる者に焦点を当てたSF作品の紛れもない傑作である――『樹環惑星 ―ダイビング・オパリア―』(徳間書店)で名高いが、この「ザイオン」シリーズでは、インサイダーSFの伝統を的確に押さえた組織に生きる悲哀と、人間観を奥の奥まで見据えた、モンティ・パイソンにも通じるユーモア・センスが絶妙に利いた“おもろうて、やがてかなしき”、大人のための、どこか懐かしいSF世界が提示されているのである。
 例えば宮内悠介の「スペース金融道」シリーズと読み比べてみれば、伊野隆之が何を狙っているのかが、いっそう克明に見えてくるのではなかろうか。

 「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」の好評に伴い、「ザイオン・イズ・ライジング」も2回に分けた形で提示させていただく。とりわけ、今回掲載部の後半から、次回掲載予定に連なる箇所では、魂(エゴ)と義体(モーフ)を乗り換えられる、『エクリプス・フェイズ』ならではの仕掛けが絶妙に効いており、ポストヒューマンSFとしての可能性も垣間見せてくれる。なんと引き出しの多い書き手だろうか。
 そして知性化種。『エクリプス・フェイズ』は、知性化種について重点的に解説した『Panopticon』という追加設定資料集があるくらい、重要な設定である。コードウェイナー・スミスの「人類補完機構」シリーズが、二級市民として知性化種を描き、その哀しみを行間に漂わせていたのだとすれば、伊野隆之の「ザイオン」シリーズは、知性化種と人間の内面の落差を、透徹した眼差し、距離をとったユーモアで描き出す。この作品を語る批評的言語は、いまだ成熟していないのではなかろうか。いささか奇妙な例えに思われるかもしれないが、現代版『東海道中膝栗毛』ともいうべきおかしみに満ちた作品ではないかと考える。
 ともあれ、批評家泣かせのこの作品、読めば読むほど味が出てくるのは間違いない。他言は無用。存分に、熟成されたユーモアと政治のブレンドの妙味をご堪能されたい。(岡和田晃)



(PDFバージョン:zaionisrising01_inotakayuki
※この作品は、前作、「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」の直接の続編となっています。ぜひ、前作を併せてお読みください。

 ゆっくりと、濃密な大気の底に向かって降りていく。
 金星大気の上層部に浮いているノースポールハビタットの基部、地表へと降りるエレベーターに、タージはいた。
 エレベーターと言っても、小さな箱ではなく、直径二十メートル、高さはその倍くらいある円筒系のメインカーゴの上下に円錐形の動力部があって、五千トンの積載量がある。鉱山用の掘削機械や、大量の生活物資を地表に下ろし、精錬した多様な金属のインゴットを運びあげるための設備だから、速度も遅く、乗客を乗せるのは、そのうちのごく一部、円筒形部分の上部がわずかに膨らんだところに限られていた。
「ぞっとしねぇナッ」
 落ち着かない様子で床を蹴るのは知性化された巨大なカラス、インドラルである。
「すいません、すいません」
 ぶつぶつとつぶやき、身をすくめるタージ。オクトモーフのタコの肌が青白く変色しているのは、明白なストレスの証拠だった。

「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ Part 3」伊野隆之

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 そう、復活して最初の記憶はできの悪いアクションドラマのようで、ザイオンは洗練とはほど遠い拷問を受けた。何回となく殴られ、最後は触腕を一つ失うことになった。
 けれど、オクトモーフはダメージに強い。殴られた痛みはすぐに消え、傷口もすぐにふさがった。切り落とされた右の第一触腕の付け根は、いまはこんもりとした肉の盛り上がりになっており、中心部から触手の先端が見えている。もう再生が始まっているのだ。
 ザイオンの身体は地球産のマダコをベースにした義体、オクトモーフだった。水から上がった筋肉の塊で、浮力に支えられることなく、重力にあらがって直立できる。左右の第一触腕と第二触腕が腕として機能し、第三触腕と第四触腕が足として機能する。もちろん、ヒトと同じような動きを要求される場合は、という限定付きで、いざとなれば水中のタコのように八本の腕を自在に使う事もできる。
 ザイオンを幽閉しようとした愚か者は、七本の腕をボルトで固定することまでやっていたのに、そのことを失念していたに違いないのだ。

「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ Part 2」伊野隆之

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 金星の北極にある複合ハビタットの一室で、マデラ・ルメルシェは落ち着かなげにうろうろと歩き回っていた。分厚い絨毯が敷き詰められ、壁面にはアマゾンの森林が投影されている。別の壁面では巨大な瀑布が水しぶきを上げ、もうひとつの壁面では、巨大なサメが我が物顔に泳いでいる。部屋の一角にある執務机の天板は地球産のマホガニーが使われ、その背後の壁面は、巨大なソラリスのエンブレム。燃えるような金色のフレアは、太陽系最大の金融企業複合体であるソラリスコーポレーションの威光を表しているかのようだった。
 マデラは、豊富な金属資源に恵まれた金星の十八分の一を営業ゾーンとしている。ティターンズ戦争からの復興需要に金星は潤い、金星にいる十八人のソラリス正社員のうち、八人までが上級パートナーに昇格していたが、開発の進んでいない北極域を担当するマデラは、太陽系に百人以上いる中級パートナーの地位に甘んじていた。
「まだ、あいつの行方はつかめないのか?」

「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ Part 1」伊野隆之

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 『エクリプス・フェイズ』の世界では、動物の知性が人間並みに引き上げられている。この設定はコードウェイナー・スミスの「人類補完機構」シリーズやデヴィッド・ブリンの『知性化戦争』などに登場する「知性化された動物が二級市民として社会に参加する」という設定に近い、いわば一種の思考実験だ。
 知性化される動物は、チンパンジーやゴリラなどの類人猿、クジラやイルカなどの鯨類、あるいはカラスやオウムなどの鳥類が一般的だが、『エクリプス・フェイズ』では、これらに加え、なんと「タコ」が知性化されている(現実でも、タコは非常に知性が高く、瓶の蓋を開けるなど多数の触腕で器用に物体を操作することで知られている)。
 実際、『エクリプス・フェイズ』の体験会では、いつもタコの人気に驚かされる。言ってしまえばタコは『エクリプス・フェイズ』のマスコットなのだ。

 そして本作「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」は、このタコにスポットを当てた小説である。……とは言っても、出落ちには終わらない。片理誠の「黄泉の縁を巡る」に引き続き、本作も連載という形で公開していく。もちろん大活躍するタコは、『エクリプス・フェイズ』のルールを使ってデザインされたもの。著者の伊野隆之は実際にこのキャラクターを使って『エクリプス・フェイズ』のゲーム・プレイに参加している。そう、伊野隆之は本気なのだ!

 伊野隆之は『樹環惑星 ―ダイビング・オパリア―』(徳間書店)で第11回日本SF新人賞を受賞した俊英。同作はアーシュラ・K・ル=グィンの『世界の合言葉は森』と眉村卓の「司政官」シリーズをブレンドさせたような読み応えある作品だが、なんといっても舞台となる惑星の重厚なシミュレーションが魅力的だ。長篇に見られる精緻な設定と、短篇「SF/サイエンフィクション」や「ヒア・アイ・アム」で垣間見えるユーモア感覚がブレンドされた本作は、伊野隆之の新境地を拓く作品とみなしても過言ではないだろう。なお、金星の設定には著者が独自に想像を膨らませた部分がある。(岡和田晃)



(PDFバージョン:zaion01_inotakayuki
 バルーンハウスのアラームがけたたましく鳴り、下の鉱区から送られてきた自走式金属製錬装置のパラメータ修正に没頭していたタージは、あわててカレンダーを表示させる。
 二十五日。視野の隅に表示された日付をみて、タージは目をむく。
 ……なんてぇことだ。
 日付の感覚がおかしいのはいつものことだが、それにしても、つい昨日も二十五日だったような気がする。
 タージのバルーンハウスは、金星の北極近傍を漂っている。動力を太陽光に依存しているから、座標は常に昼の側で、同じような方向に太陽を見ていたし、黄金色の雲を低い位置で照らす太陽は、いつだって目を刺すように明るい。