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「鬼門コンパ(3)」仙田学


(PDFバージョン:kimonnkonnpa3_senndamanabu
 大阪市内を一巡するJR環状線の南の極に位置する天王寺駅から、近鉄奈良線で四十分ほどさらに南へ下ったところに河内長野市はあった。喜志という駅で降り、見渡すかぎり田んぼと畑と川しかないような景色のなかを二十分以上もバスに揺られていると、鬱蒼と樹の茂った山が見えてくる。斜面を切り崩してつけられた、芸坂、と呼ばれる急勾配の長い坂に、その日は通勤時間帯の駅のホームのように人群れがひしめいていた。
 坂を登りきってすぐ左手にあるのが音楽学科の棟だった。裏手の池と林に面したカフェテラスのような内装の第三食堂は内側に暗幕が張られ、ジャズ研主催のライブハウスに改造されている。やっぱこれ観にきてたんだ。午前中も観て二回目なんだけどやばいわ。場所どこ? 三階奥の講義室だよ、あのでかいとこ。漏れてくるジャズバンドの演奏と、音楽学科の棟の向かい側にある図書館の地階の吹き抜けになったホールに設置されているパイプオルガンの音が混ざりあうなか、次々と手渡されるチラシを受け取りながら、十一号館へ進む。なかに入っている画材屋や写真屋のシャッターは降ろされ、写真学科の展示会場になっている第一食堂の前には人だかりができている。映像原理の授業で学科長の長島監督がめっちゃ推してたんよ。でも授業で撮ったやつやないやろ? そうそう、映研の上映会用に撮ったやつらしいけど、もともと長島先生にえらい期待されとったから、見てもらえたりとかしたんかもな。長いメインストリートを挟んで両側に建ち並ぶ、建築学科や工芸学科や美術学科やデザイン学科などの階段や踊り場などに凝った装飾の施された棟の前には、いつものように火の入った窯や絵の具の匂いが漂っていたり至るところに木材が積みあげられ布が広げられていたりする代わりに、たこ焼きや焼きそばやチョコバナナの屋台が並び、テントの下に簡易長机を設置した居酒屋からは机や地面にこぼれたアルコールの匂いが立ちのぼっている。屋台の隙間ではあちこちでビニールシートが広げられ、古着や古道具や自作の絵や工芸品が売られている。ごめんなんかおれ、食欲なくなったわ。そんなに? 食う前でまだよかった。後なら吐いてたな。それにしてもよくあんなの撮れるよな。電車のなかで、いきなり日本刀持ったやつが暴れだして、乗客を次から次へと殺しまくるだけの映画って。内臓飛び散るわ首が斬り落とされるわ全体的に血の海になるわ、間違いなく映倫に引っかかる。ビールや日本酒の入った紙コップなどを手に、屋台やビニールシートのあいだをそぞろ歩いている人波を抜けると、九号館前の広場にでる。思い思いの場所にオブジェが展示され、隅のほうには全身を包帯でぐるぐる巻きにして組み体操をしている一団がいた。

「鬼門コンパ(2)」仙田学


(PDFバージョン:kimonnkonnpa2_senndamanabu
 整然と区画された敷地内には、夕闇に浸された墓石の列が見渡すかぎり四方八方へと延びている。濃い緑のにおいと蝉の鳴き声を掻き分けながら石畳の小道を辿り、いくつかの区画を通り過ぎたところで、万田は足を止めた。大きな柳の木があり、その根方には背の高い潅木が生い茂っている。そこだけいっそう夕闇が濃くなっているようだった。
「このあたりでいいだろう」
 振り返りざまに、間一髪のところで万田は身を反らした。鼻先で空気の裂ける音がする。
「どこに連れていかれるのかと思ったら、ひと気のない夜の阿倍野霊園だとは。本当に男って油断も隙もないわね」
 北大路雅美が構えているのは、墓石清掃用のヒシャクだった。
「壮大な誤解をしてないか? っていうかそれ、入り口のところにあったやつだろ。なんでわざわざここまで来てから」
 万田の声は北大路雅美の耳には入っていないようだった。表情のない目でヒシャクを上段に構え、間合いをつめてくる。
「友達連れてきたんか? 仲良さそうやな」
 聞き覚えのあるしわがれた声のしたほうへ、万田は弾かれたように頭をさげた。

「鬼門コンパ(1)」仙田学


(PDFバージョン:kimonnkonnpa1_senndamanabu
 数十本もの釘の突きだした太い角材を、北大路雅美はゆっくりと持ちあげ、頭上に構えた。切れ長の目は大きく見開かれているが、瞳孔がすぼまっているせいで、白目の部分が魚の腹のように青白く光ってみえた。風で乱れかかった長い黒髪のあいだから、引き結ばれた薄い唇が覗いている。表情を変えずに、北大路雅美は角材を振りおろした。重く鈍い音が立ち、迸った鮮血が北大路雅美の頬に数滴飛んだ。
 北大路雅美の足もとにうずくまっているのは、血まみれの男だった。肉が落ち骨の浮いた身体は隈なく腫れあがって青黒く染まり、毛髪のほとんど抜け落ちた頭部は膨れあがり、顔の肉のあいだに埋もれて目の位置も見分けられなくなっていた。さらに北大路雅美は何度も角材を振りおろし、そのたびに男の身体は右に左にと大きく傾いだが、その喉からはもう声もでないようだった。

センダ マナブ


仙田 学(せんだ まなぶ)

1975年1月27日京都府生まれ。学習院大学大学院フランス文学科博士課程単位取得退学。
2002年「中国の拷問」で早稲田文学新人賞を受賞。著書に『ツルツルちゃん』(NMG文庫、オークラ出版)、『盗まれた遺書』(河出書房新社)がある。