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「蠅の娘」齋藤路恵(蔵原大、仲知喜)(補作:岡和田晃)

(紹介文PDFバージョン:haenomusumeshoukai_okawadaakira
 第2期『エクリプス・フェイズ』シェアードワールド小説企画の第4弾は、齋藤路恵を中心とした執筆チーム(齋藤路恵、蔵原大、仲知喜)が仕上げた「蠅の娘」である。
 『エクリプス・フェイズ』はトランスヒューマン、平たく言えば遺伝子改造を施され、サイボーグ化した人間にスポットを当てたロールプレイングゲームであるが、必ずしも世界はトランスヒューマンのみの独壇場というわけではない。広大な『エクリプス・フェイズ』宇宙には、トランスヒューマンを「フランケンシュタイン」だと否定する、バイオ保守主義という勢力も存在するのだ。
 今回ご紹介する「蠅の娘」は、バイオ保守主義の総本山である木星共和国の属国、衛星カリストの「ゲルズ」(北欧神話に由来する名を持つ都市国家)にて、秘密裏の諜報活動に従事する非トランスヒューマン(フラット)の女性を語り手に据えた小説だ。
 とにもかくにも、“大破壊”後の世界をフラットとして生きることは大変だ。「基本バイオ調整」をはじめ、あらゆるインプラントを拒否するがゆえに、風邪はひく、乗り物酔いはする、メッシュ通信のためには外部機器が必要だ……。そして、きわめつけは、魂(エゴ)のバックアップをとっていないので死んでも復活ができないこと。バイオ保守主義を貫くのも楽ではないのだ。
 本作は、このような「トランスヒューマンの時代に、生身で生きること」を、鮮烈で、読み手に戦闘時の“痛み”の感覚をヴィヴィッドに伝播させるような独特の身体描写を駆使している。
 相互監視がルーティン化した官僚機構の内部で抑圧される語り手の閉塞感、そして閉塞感を伝える内面描写にも織り込まれる透明感は、時にはアンナ・カヴァンの傑作『氷』を彷彿させる部分もあり、眉村卓の言うインサイダーSF(SFの技法を用いて権力機構や大組織のシステムの特異性を抉り出すような文学形式)としても味読に堪える仕上がりになっている。
 語り手を取り巻く、謎。はたして、なぜ、彼女は襲撃されたのか? 
 サイバーパンクSFノワールの伝統へ、ささやかながら新たな一ページを刻み込もうとするのみならず、フィリップ・K・ディックの『暗闇のスキャナー』(『スキャナー・ダークリー』)にも通じるアイデンティティの不安は、わたしたちが直面している現実の似せ絵でもある。存分に、ご堪能いただきたい。

 齋藤路恵、蔵原大、仲知喜の三人は第1期に引き続いての登場となる。第1期でも、彼らはそれぞれ単独で、あるいはペアを組んで創作を試みてきた。
 今回の「蠅の娘」のメイン・ライターは齋藤路恵。「SF Prologue Wave」でオリジナル短篇「犬と睦言」を発表したばかりなので、その名を憶えておられる方も多いだろう。今作は齋藤路恵がプロットを著し、蔵原大がアクションや銃器の設定をチェック、仲知喜が世界観や小説造形についてのアドバイスを行ない、それを享けて齋藤路恵が推敲を重ねる……という手順を経て制作された。ただし小説としては、齋藤路恵の作家性が最大限に尊重されたものとなっているため、彼女の単独作とみなしても問題ないだろう。なお、本作は「擬似群体」(ナノボット・スウォーム)や「VR(ヴァーチャル・リアリティ)戦闘訓練場」などの独自設定が魅力的だが、これらの設定は、既存の各種ガジェットを参考に、書き手が独自に想像を膨らませたものである。(岡和田晃)




(PDFバージョン:haenomusume_saitoumitiehoka
 完全な不意打ちだった。その日わたしが非番ということもあったのかもしれない。街中で急に襲われた。
 表通りとも住宅地ともいえない曖昧な通りを二人で歩いていた。店と店の間に住居が紛れこむ通りは、昼にもかかわらずしらじらと均一な光度だった。表通りの昼光はわずかなゆらぎを持っていて、日光に近い。このあたりは安い蛍光素材を使っているのだ。
 わたしは通りで相方のトリンドルと愚にもつかない話をしていた。曰く店の食事がワンパターンだとか部屋がいっこうに片付かないとか。前にいた女は視界の端に入っていたが、たいして気に留めていなかった。浮き上がるような黒い髪の女だった。黒髪は肩で均一に切りそろえられていた。女、なのは間違いない。それはわたしにもわかっていた。

 相手が振り返ったのに気づいた、そのときには女は発砲していた。

「DOG TALE 犬の話」仲知喜,蔵原大

(紹介文PDFバージョン:dogtaleshoukai_okawadaakira
 このフルカラーPDFファイルは、仲知喜と蔵原大の合作小説「DOG TALE 犬の話」を収録したものである。
 蔵原大と齋藤路恵の合作「衛星タイタンのある朝」の後日譚という位置づけにある(だから推奨設定のファイアウォールものではない)。同作を読まれた後に本作へあたることをお薦めしたい。
 ハーラン・エリスンの「少年と犬」やパオロ・バチガルピの「砂と灰の人々」のように、「犬」を題材としたSFはシリアスな作品が多い印象がある。だから本作のようなコミカルな「いい話」は珍しいかもしれない。
 ちなみに本作に登場するアルアミラルもまた、『エクリプス・フェイズ』のルールに則って創造された人物である。

 この作品の初出は2011年6月に限定発行されたファンジン『Eclipse Phase Introduction Book for 2011 Japanese』(Analog Game Studies & 戦鎚傭兵団制作)に収録されたものである。本作の末尾には用語集が収められている。もとはファンジンに収録された他の小説(例えば「衛星タイタンのある朝」)を読む手がかりとしていただくために作成されたものだが、他の作品を読む参考にもなるので今回も併載した。小説と用語集には、「SF Prologue Wave」に再掲されるにあたって修正が加えられている。

 本作のメイン執筆者である仲知喜は『ハーンワールド/ハーンマスター』や『HARP』といったハイ・ファンタジーの世界を舞台にしたロールプレイングゲームの翻訳と紹介に携わってきた。海外ヒロイックファンタジーの大ファンであるが、チャイナ・ミエヴィル作品をはじめ、SFへの造詣も深い。ファンジン発行後、『エクリプス・フェイズ』翻訳チームに加入した。(岡和田晃)




(PDFバージョン:dogtale_nakatomoki_kuraharadai

ナカ トモキ


仲知喜(なかともき)
 1971年生まれ。徳島県在住。SF-RPG『エクリプス・フェイズ』翻訳チーム・メンバー。ファンタジーRPG『ハーンワールド/ハーンマスター』シリーズや『HARP』シリーズ等の展開に関わり、地元のゲームコンベンション主催などの活動にも携わる。ゲームサークル「RPG Unplugged」代表、Analog Game Studies所属。コラムに「RPGファンのための『ペルディード・ストリート・ステーション』ガイド」など。