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「故郷への降下」伊野隆之

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 軌道ステーションでの訓練より、よっぽどひどい状況だった。足下はぬかるんでいるし、天井の配管が水漏れを起こしたかのように、絶え間なく雨が降っている。体が冷え体力を奪われるし、見通しも悪い。それでもリーダーのレイモンドは、変異した木々が生い茂る森の中を、スピードを緩めることなく再入植基地に向かっていた。
 降下から二日が経過している。基地のビーコンから送られてくる信号は、途絶えることなく僕たちをせかしていた。
 荒廃した地球への再入植のために作られた基地は危機に瀕していた。戦争を生き延びた動物との接触があり、基地に感染症が蔓延している。抗生物質や、消毒薬、栄養補助タブレットの備蓄が想定以上の速度で減っていた。僕たちが運んでいるのは、そういった貴重な補給物資であり、僕たち自身が再入植基地への増援部隊だった。
「気をつけろ!」
 森を抜けたところで先頭を行くリーダーのレイモンドが叫んだ。僕たちの前には大量の水、川が荒々しく水しぶきをあげて流れている。事前の情報では川幅も狭く、流量も少ないはずだったのに、降り続いた雨で増水していた。
「どうするんだ?」
 副官のエドガーが尋ねた。
「渡るしかない。この川を越えないと、基地には行けない」
 どうやって川を渡ればいいのか、やり方はわかっている。向こう岸にアンカーを打ち込み、ワイヤーを渡して伝って行けばいいのだ。そのために、僕の装備の中にはワイヤーランチャーがある。
「ハルキ、できるか?」
 レイモンドが僕を見る。向こう岸まで距離があったが届かないほどではない。僕は、マシンアームでワイヤーランチャーを取り出すと、強化された視覚で向こう岸の大きな樹に狙いを定めた。
「あの樹にします」
 射出されたアンカーは、なだらかな弧を描いて向こう岸にある大きな木の幹に突き刺さった。アンカーがしっかりと食い込んでいることを確認したレイモンドは、ワイヤーのこちら側の端を近くの岩に固定する。
「流されそうになってもあわてるな。俺たちなら行ける」
 そう言うと、躊躇なく川の流れに飛び込んでいく。冷たい水にずぶ濡れになることを思うと絶望的な気分になったが、僕たちは、既にこれ以上ないほど濡れていた。

「こうして僕はここにいる。」伊野隆之

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 幼かった僕は、この公園で戯画化されたモンスターたちを追いかけていた。珍しいモンスターを捕まえるため、日が暮れるまで公園の中を歩き回っていたものだった。その僕が、今はこうして公園のベンチで、空気のように座っている。
「ねえ、いつからここにいるの?」
 等身大のテディベアを従えた少女が目の前にいた。公園の景色にとけ込んでいたはずの僕は、少女の言葉に我に返る。
「えっ、どうしてそんなことを聞くの?」
 質問に質問で返すのはよくないことだ。厳しかった父に言われたことを思い出す。
「だって、ずっといるじゃない」
 少女の時間軸はどれくらいのスケールなのだろうか。彼女は小学校の低学年くらい。この公園で二頭身のモンスターを追いかけていた頃の僕と同じくらいだろう。年齢とともに時間の経過が早くなるというジャネーの法則が正しいなら、ほんの数日でも、彼女にとっては「ずっと」になるのだろうか。
「確かに今日はずっとここにいた」
 昨日もここにいたし、一昨日も、さらにその前の日もここにいた。なのに、そのことを口にするのが、つい、はばかられてしまう。

「円筒の空/羊たちの雲」伊野隆之

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 最後のイベントである羊の毛刈り体験を終えた視察団のメンバーは、それぞれに満足した様子でくつろいでいた。全員が投資家で、牧場のスポンサーになっている人もいれば、これから投資を検討している人もいる。もちろん、ほぼ全員が羊の毛を刈るのは初めてで、本来なら悲惨なことになっていてもおかしくなかった。
「いやあ、おもしろい体験をさせてもらいました。案外、簡単なものですなぁ」
 そんな声が聞こえてくる。羊の毛を刈るマニュピレーターからのフィードバックは繊細で、どこまでもリアルにできているから、まるで、自分で毛を刈ったような気でいるのだ。
「みなさん、本当にお上手でした」
 牧場管理責任者のジェンキンズが、まるで揉み手をするかのように応じていた。
「それに、全然臭いませんでしたな。動物は臭いものだと思っていたが、そんなにひどくはなかった」
 大口のスポンサーのランド氏だった。ニュージーランド出身で、何代か前の祖先に牧場主がいたというランド氏は、この牧場の最も新しいスポンサーの一人だ。彼は、牧場を持つことが夢だったと言い、今回の視察中ずっと上機嫌にしていた。
「ええ、ここの羊たちは清潔にしていますから」
 ジェンキンスの答えに、つい口を挟みそうになるが、そこは何とか自重した。

「こちら公園管理係6 さよならガンさん」伊野隆之

ガンさんに女性の訪問者があった直後、ガンさんが消えた。中瀬川市に起きた数々の怪事件の謎が解き明かされる。

公園管理係の田野神くんとホームレスのガンさんが解決してきた中瀬川市の怪現象の数々。ガンさんに女性の訪問者があった時から、怪現象の原因とガンさんの正体が解き明かされていく。

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「こちら公園管理係5 炎の記憶」伊野隆之

公園のふれあい広場に奇怪な火の手があがった。公園係・田野神は震えがる。相棒ガンさんの様子もいつもと違うのだ。

焚き火の不始末のつもりが、目撃したのは大きな炎の柱だった。消火器とスコップで奮闘するも、やがて炎に取り囲まれた二人は・・・。前「九十九神曼荼羅シリーズ」から続く、公園管理係・田野神くんとホームレス出身のガンさんが、いつも不思議なトラブルと格闘する「こちら公園管理係」シリーズ第5話は、「炎の記憶」。

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「骸の船」伊野隆之

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 急に、いろんなことが変わってしまったの。町の人はみんないなくなってしまうし、それに、いつまでも夜が続いているのよ。街灯はいまにも消えてしまいそうに瞬いて、冷たい風もどんどん強くなる。お店はみんな閉まっていて、これからどうすればいいかわからないの。
 放送は聞かなかったのかい。港に集まるように、繰り返して放送していたはずだよ。この町はもうすぐ住めなくなるから、それまでにこの町を離れなければいけないんだ。だから急がないといけないんだ。
 悪い噂を聞いたのよ。港に行った人は、誰も帰ってこないというの。埠頭には、骸骨のような、気味の悪い船が泊まっていて、港に行くとその船に、無理矢理乗せられてしまうのだって。船に乗る人たちは、みんなが死人のように歩くのだって。
 噂を気にしちゃいけないよ。港には船が来ているし、町の人は船に乗り込んでいる。だから、なにも心配することはないんだ。この町にいたままでは、町と一緒におしまいになってしまう。船は、みんなを助けにきたんだよ。

「オッドアイのクロ」伊野隆之

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 猫を買うつもりはなかった。
 今まで動物を飼った経験はなかったし、ペットショップに足を踏み入れたこともない。それなのに、その店に、つい足を踏み入れてしまったのは、珍しく酔っぱらっていたせいか、それとも暖かくなりはじめた気候に浮かれていたからかも知れない。
 いや、猫を買った理由などどうでもいい。事実として目の前には黒猫がいて、一緒に買ってきたミルクをペチャペチャとなめている、はずだった。
 音のする方向を見て、改めて目を凝らした。確かに、時折ピンクの舌がミルクを舐めるのがはっきりと見える。でも。
 目をこする。最初は、目の調子が悪いのかと思った。目をこすっても、見えるのはひとかたまりの闇。いや、ひとかたまりというような立体感はなく、なのに平らにも見えない。ただ闇がある。そこから時折ピンクの舌がチロリロとのぞき、白いミルクを舐めている。
 しゃがみ込むようにして近づくと、舌の動きが止まり、突然、闇の中に二つの光が見えたんだ。金色とブルー。左右で色の違うオッドアイは、白猫に多いのではなかったか。白い歯と口蓋のピンクに縁取られた口を開け、にゃぁ、と小さく鳴いたのは、それは確かに猫だった。
 手を伸ばせば、確かにそこには柔らかな毛の感触があり、暖かな猫の体温がある。そっと抱き上げ、膝に乗せると、まるで膝の上に底なしの穴が開いたように見えた。
 しばらくなでていると、それが、ゴロゴロと喉を鳴らす。確かに、膝にかかるわずかな重みと、両手の感触からすれば、そこには確かに猫がいる。でも、黒猫はここまで黒いものなんだろうか。

「ザイオンズ・チケット・トゥー・マーズ3」伊野隆之

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「ご依頼の者の身柄を確保しました」
 カザロフの後任の保安主任、マスチフは、これ見よがしの武器を身につけたフューリーを義体に使っている。頭の方は見かけどおりで、あまり優秀とはいえないが、ちょっと荒っぽいくらいが、今の状況にはちょうどいい。
「独房に入れておけ。逃げられないように、両手両足を、しっかりボルトで固定してな。取り調べは俺が自分でやるから、誰も入れるなよ」
 オクトモーフにダウンロードしたザイオンを監禁した独房だった。逃亡ルートになったダクトの補強は終わっており、もう、どんなタコでも逃がさない。柔軟性のないケースであれば、なおさら逃亡の可能性はない。
「ポンコツ野郎は、がっちり固定しておきます」
「武装解除は大丈夫か?」
「スキャンは終わってます。念のため、もう一度調べますが、特別なものは何も持っていません。おとなしいもんです」
「油断するなよ」

「ザイオンズ・チケット・トゥー・マーズ2」伊野隆之

(PDFバージョン:zionstickettomars02_inotakayuki

 旧式の採掘機が、カラスの義体をくず鉱石ごと掴みあげ、クロウラーの荷台に放り込む。意識があったらギャーギャーとうるさくわめいたろうが、生命維持機構に障害を生じてぐったりしたカラスの義体は、義体と言うよりただの物体にすぎない。精製してもコストがあわない低品位の鉱石は、鉱区を流れる高温の水銀の川へと投棄され、いずれは自然の精製プロセスで鉱床を形成することもあるだろうが、有機物でできた生体義体はただ消えるのみ。くず鉱石ほどの価値もない。かつてはインドラルのものであり、マデラの魂を同居させていた義体は熱に焼かれ、痕跡を探すのも困難になるだろう。
「どれくらい時間がかかるかな」
 クロウラーを見送りながらカザロフが言った。ケースの義体に表情がない上に、声のトーンもフラットで、何を考えているかわからない。
「準備は完ぺきなんだろう?」

「ザイオンズ・チケット・トゥー・マーズ1」伊野隆之

(紹介文PDFバージョン:zionstickettomarsshoukai_okawadaakira
 伊野隆之の最新作「ザイオンズ・チケット・トゥー・マーズ」をお届けする。
 伊野隆之はこれまで、タコ型義体に入ることを余儀なくされたザイオン・バフェットを焦点人物とした「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」および続篇にあたる「ザイオン・イズ・ライジング」を発表してきた。本作「ザイオンズ・チケット・トゥー・マーズ」は、(ひとまず)その完結編にあたる力作だ。

 これら伊野隆之の〈ザイオン・バフェット〉シリーズは、タージとインドラル、ザイオンとマデラ、二組の凸凹コンビの因縁がひとつの読みどころとなっている。ポストヒューマンSFの世界だからして、タージとザイオン、インドラルとマデラの関係はしばしば入れ替わり、それがストーリーに新たなドタバタと興趣を添えるのだ。繰り返される、独特のおかしみを孕んだやりとりは、もはや伊野節というほかなく、滋味すら感じさせる仕上がりになっている。

 伊野節に身を任せながら「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」と「ザイオン・イズ・ライジング」と読み進めてくれば、伊野隆之のSFが、何よりも組織に生きる個人と、しがらみを逆用した処世のあり方を描いたものだということがわかってくる。コンゲーム小説の巨匠ジェフリー・アーチャーから、『ナニワ金融道』に至るまで――浮世のしがらみに縛られた人々の腹の探り合い、ハイパーコープ・ソラリスを取り巻く権謀術数は、いったいどこに漂着するのだろうか。とくとご堪能されたい。

 ところでSFファンとして知られる落語家・立川三四楼の高座がSFセミナーやSF大会で人気を博し、田中啓文や牧野修、北野勇作らがSFと落語の境界を解体していき、また「SFマガジン」では山崎健太「現代日本演劇のSF的諸相」が連載開始されるなど――意外に思われるかもしれないが――SFは舞台や話芸に親和性が高い。となれば、〈ザイオン・バフェット〉シリーズも、舞台化すると、いっそう面白くなる作品なのかもしれない。もともとロールプレイングゲームは会話が主体となるゲームなので、なおさらだ。かく言う解説者自身、「オーシャン・ブリーズ」のくだりで「またか」と吹いてしまった(笑)。

 「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」と「ザイオン・イズ・ライジング」は、おかげさまで好評だった。「ザイオンズ・チケット・トゥー・マーズ」は3回連載、という形で提示させていただく。デビュー作『樹環惑星――ダイビング・オパリア――』をはじめ、伊野隆之は組織と社会を精緻に描きぬく、イマドキ稀有な膂力を有した書き手だった。細かな描写を読み込めば、読み込むほど、“人間”の裏がわかる。ヘタするとポストヒューマンは、旧来型の人間性を超えた社会性があるのかもしれない。組織の力学の裏の裏まで知り尽くした、海千山千の作家・伊野隆之の“本気”を、存分にご堪能いただきたい。就職活動の季節だが、就活生の皆さん、社会人の皆さん、とりわけ中間管理職の皆さん、〈ザイオン・バフェット〉シリーズは読んでおいたほうがいいですよ。(岡和田晃)



(PDFバージョン:zionstickettomars01_inotakayuki
※この作品は、過去のザイオンシリーズの続編となっています。ぜひ、併せてお読みください。

 頭の芯に鉛を突っ込まれたようで、まともに考えることができない。考えるという行為を忘れてしまったのか、ぜんぜん頭が働かない。意識というソフトウェアが、脳というハードウェアの使い方を忘れてしまったような感覚だった。
 ……俺は、マデラ・ルメルシェ。金融企業複合体、ソラリスコーポレーションの中級パートナーだ。俺は俺、なのに強烈な違和感があった。
「……覚醒プロセスを完了しました」
 そんな声が聞こえた。聴覚領域への直接入力なのに、マデラには、妙に遠く聞こえていた。
 ……俺はなにをやったんだ?

「海から来た怪獣」伊野隆之

 パトカーを踏み潰していく巨大な怪獣は、警察の銃弾など気にもかけずにK町へ向かっていく。公務員・田野神くんとホームレスのガンさんの迷コンビが、果敢にもこの大きな白サイのような怪獣に立ち向かうのだが・・。
 オリジナルのファンタジー&ホラー作品を配信する電子絵ものがたり「九十九神曼荼羅(つくもがみまんだら)シリーズ」。日常の中で起きるオフビートな冒険を描いた『空へ』『砂場の王』『フェンスの向こう』に続く連作第4弾!

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「よい風を待ちながら」伊野隆之

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 大きく張り出した横枝を渡り、わたしたちは見晴らしのいい場所を探す。母の樹の最上部、大きく枝を広げた梢に立ち入りを許されてからまだ四日で、旅立ちを急がなければならないわけではないけれど、今日は気持ちよく晴れ上がったいい日だった。
 空は抜けるような青だった。その青い空に傷を付けるように、一筋の白い雲が延びている。遙か上空の衛星軌道へと還るヒューマンの船の軌跡だろう。わたしたちの森は、ヒューマンのいるエリアから十分遠いのに、ヒューマンの機械の残した痕跡を見るだけで、気持ちが悪くなる。ぞっとするようなケミカルの異臭や、いつまでも残る錆の味を思い出す。不躾な訪問者は、この地で歓迎されていないことをわかっていないのだ。
「なんか嫌な感じよね」

「フェンスの向こう」伊野隆之

 中瀬川市役所生活環境課公園管理係・田野神くんとホームレス支援センターにいるガンさんのコンビは、公園で起きるトラブルを解決しようとすると、毎度不思議なモノと対決するハメになるのだ。
 オリジナルのファンタジー&ホラー作品を配信する電子絵ものがたり「九十九神曼荼羅(つくもがみまんだら)シリーズ」。日常の中で起きるオフビートな冒険を描いた『空へ』『砂場の王』に続く連作第3弾!

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「ザイオン・イズ・ライジング Part 2」伊野隆之

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 一等コンパートメントでの拷問のような時間で、タージはぐったり疲れ切っていた。
 金星の地表に降り、北極鉱区の地表ステーションに着いたタージたちを、ノースポール公共交通のロゴを胸につけたキャビンアテンダントが先導し、明るく空調の整った専用通路を歩いていく。その後に意気揚々と歩くインドラルが続き、タージは後ろから、とぼとぼとついていく。
「ようこそいらっしゃいました。アルマド様の代理人を務めております、コジーグと申します」
 通されたVIP用のラウンジで、もう一体のケースが迎えた。アルマドというのは、タージに鉱区を売却しようという鉱山主で、目の前のケースは、その代理人らしい。慇懃な態度は安っぽい義体には似合わず、磨きあげられたボディの状態もいいように見える。
「うるれぇ、早く案内しろッてんだ」
 一等コンパートメントで提供されたワインに、インドラルはすっかりできあがっていた。カラスの体は小さく、その分、アルコールの回りが早い。
「はい。主人も一刻も早くお話をしたいと申しております」
 今の状況を幸運と言うべきか、タージはまだ迷っていた。

「無人島」伊野隆之

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 彼らは孤立していた。関知しうる範囲には、他の知性らしきものはなにも存在せず、経験を共有することもできない。海に出るのは生まれて以来初めてで、最初は興味深い経験だったが、今は島を出た判断が正しかったのか、自信がもてないでいる。
「どうする?」
 仮にその名をアルファとしよう。アルファという呼び方が示唆するような最初の存在でもないし、ユニークな存在でもないから、イプシロンとかシータでも良かったし、意味のない数字の羅列や色彩のパターン、波の揺らぎや化学物質の組成でも良かったが、どうしたって正確な表現にならない。どうせ割り切らなければならないならば、アルファでもいいだろう。
「どうするって先に進むよりないだろう」

「ザイオン・イズ・ライジング Part 1」伊野隆之

(紹介文PDFバージョン:zaionisrisingshoukai_okawadaakira
 第2期『エクリプス・フェイズ』シェアードワールド小説企画の第6弾は、伊野隆之の新作「ザイオン・イズ・ライジング」だ。
 これは第1期に掲載され、好評を博した連載「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」の、直接の続編である。ふとしたことから、タコ型義体オクトモーフを着用する羽目に陥ってしまったザイオンと、彼にタカる知性化ガラス・インドラルの凸凹コンビの珍道中は、今回も健全である。

 伊野隆之と言えば、眉村卓言うところの「インサイダーSF」――組織とその内部で生きる者に焦点を当てたSF作品の紛れもない傑作である――『樹環惑星 ―ダイビング・オパリア―』(徳間書店)で名高いが、この「ザイオン」シリーズでは、インサイダーSFの伝統を的確に押さえた組織に生きる悲哀と、人間観を奥の奥まで見据えた、モンティ・パイソンにも通じるユーモア・センスが絶妙に利いた“おもろうて、やがてかなしき”、大人のための、どこか懐かしいSF世界が提示されているのである。
 例えば宮内悠介の「スペース金融道」シリーズと読み比べてみれば、伊野隆之が何を狙っているのかが、いっそう克明に見えてくるのではなかろうか。

 「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」の好評に伴い、「ザイオン・イズ・ライジング」も2回に分けた形で提示させていただく。とりわけ、今回掲載部の後半から、次回掲載予定に連なる箇所では、魂(エゴ)と義体(モーフ)を乗り換えられる、『エクリプス・フェイズ』ならではの仕掛けが絶妙に効いており、ポストヒューマンSFとしての可能性も垣間見せてくれる。なんと引き出しの多い書き手だろうか。
 そして知性化種。『エクリプス・フェイズ』は、知性化種について重点的に解説した『Panopticon』という追加設定資料集があるくらい、重要な設定である。コードウェイナー・スミスの「人類補完機構」シリーズが、二級市民として知性化種を描き、その哀しみを行間に漂わせていたのだとすれば、伊野隆之の「ザイオン」シリーズは、知性化種と人間の内面の落差を、透徹した眼差し、距離をとったユーモアで描き出す。この作品を語る批評的言語は、いまだ成熟していないのではなかろうか。いささか奇妙な例えに思われるかもしれないが、現代版『東海道中膝栗毛』ともいうべきおかしみに満ちた作品ではないかと考える。
 ともあれ、批評家泣かせのこの作品、読めば読むほど味が出てくるのは間違いない。他言は無用。存分に、熟成されたユーモアと政治のブレンドの妙味をご堪能されたい。(岡和田晃)



(PDFバージョン:zaionisrising01_inotakayuki
※この作品は、前作、「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」の直接の続編となっています。ぜひ、前作を併せてお読みください。

 ゆっくりと、濃密な大気の底に向かって降りていく。
 金星大気の上層部に浮いているノースポールハビタットの基部、地表へと降りるエレベーターに、タージはいた。
 エレベーターと言っても、小さな箱ではなく、直径二十メートル、高さはその倍くらいある円筒系のメインカーゴの上下に円錐形の動力部があって、五千トンの積載量がある。鉱山用の掘削機械や、大量の生活物資を地表に下ろし、精錬した多様な金属のインゴットを運びあげるための設備だから、速度も遅く、乗客を乗せるのは、そのうちのごく一部、円筒形部分の上部がわずかに膨らんだところに限られていた。
「ぞっとしねぇナッ」
 落ち着かない様子で床を蹴るのは知性化された巨大なカラス、インドラルである。
「すいません、すいません」
 ぶつぶつとつぶやき、身をすくめるタージ。オクトモーフのタコの肌が青白く変色しているのは、明白なストレスの証拠だった。

電子総合文藝誌『月刊アレ!』 Vol.18

(文責:片理誠)

『月刊アレ!』 Vol.18

 電子総合文藝誌『月刊アレ!』の2013年2月号は 【日本SF作家クラブ50周年記念小説特集】 と銘打たれたSF大特集となっております。

 巻頭対談のゲストとして瀬名秀明さんが登場され、『大空のドロテ』の創作秘話やSFに対する思いを語られている他、日本SF新人賞や小松左京賞の出身者(13名)が「消失!」を共通のテーマに設定して短編SFの競作にチャレンジしております! 各人各様、13通りの「消失SF」の妙味をご堪能くださいませ!

「空へ」伊野隆之

 休暇で寂れたN町へ来た僕は、初対面の老婆から廃墟になったデパートの屋上で、病気の孫のために風船を飛ばして欲しいと頼まれる。それが不思議の扉の入り口だった。
 モノが魂を持って動き出す!怒り狂う怪物、奇跡を起こす妖精。時を超え、姿を変えて現れる不思議のかずかず。 オリジナルのファンタジー&ホラー作品を配信する電子絵ものがたり「九十九神曼荼羅(つくもがみまんだら)シリーズ」。

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「砂場の王」伊野隆之

 公園の砂場で少女が怪我をした。生活環境課休日対応要員、独身男の僕は、自転車でかけつけた。いつも昼間から酔っているホームレスのガンさんの目には見えないが、その砂場には巨大な金属のバケモノがいた。ここから、僕とガンさんの大冒険が始まった。モノが魂を持って動き出す!怒り狂う怪物、奇跡を起こす妖精。時を超え、姿を変えて現れる不思議のかずかず。 オリジナルのファンタジー&ホラー作品を配信する電子絵ものがたり「九十九神曼荼羅(つくもがみまんだら)シリーズ」。

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「ヒア・アイ・アム」伊野隆之

 モノが魂を持って動き出す!怒り狂う怪物、奇跡を起こす妖精。時を超え、姿を変えて現れる不思議のかずかず。 オリジナルのファンタジー&ホラー作品を配信する電子絵ものがたり「九十九神曼荼羅(つくもがみまんだら)シリーズ」。
「ヒア・アイ・アム」の主人公は、キャットアイ。この九十九神もまた、自分がモノであったときの使命に縛られながら苦悶するクリーチュアーとしての姿が描かれる。
 暗闇で目覚めてみると、意識があった。それも顔は平面のプラスチック、体は吸盤のある指先を持った二本の手と二本の足。「モノとカエルのキメラ?」おぞましいイメージにぞっとする。「オレは化け物か?」右の口と左の口が交互に問い続ける。いったい何があったというのだろう。わが身に何事が起きたというのだろう。右と左の推理は続く。そして記憶が蘇るにつれて、苦々しい真相が見えてきた。生臭い血のにおいと泥のにおいの中で、自分が何ものであったか、はっきりとわかったのだ。「少年の死はオレのせいか!」

(注意:PlanetariArt版の「ヒア・アイ・アム」と内容は同じですので、ご注意ください)

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「帝国よりも大きくゆるやかに」伊野隆之

(PDFバージョン:teikokuyorimo_inotakayuki
 6月5日更新のprologue Waveから、エクリプス・フェイズというRPGの世界で小説を書くという企画が始まっており、その中に、「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」という作品で参加している。僕の「ザイオン」は、岡和田晃さんの紹介とともに、6月20日の更新で公開されているので、是非、読んで欲しい。
 ところで、この「エクリプス・フェイズ」企画のスタートと同時に「NEOについて」というページができている。NEO(Next Entertainment Order:次世代娯楽騎士団)とは、そのページにも書かれているとおり、「日本SF新人賞+小松左京賞の新人賞組で、SFを盛り上げよう!」というグループだ。

「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ Part 3」伊野隆之

(PDFバージョン:zaion03_inotakayuki
 そう、復活して最初の記憶はできの悪いアクションドラマのようで、ザイオンは洗練とはほど遠い拷問を受けた。何回となく殴られ、最後は触腕を一つ失うことになった。
 けれど、オクトモーフはダメージに強い。殴られた痛みはすぐに消え、傷口もすぐにふさがった。切り落とされた右の第一触腕の付け根は、いまはこんもりとした肉の盛り上がりになっており、中心部から触手の先端が見えている。もう再生が始まっているのだ。
 ザイオンの身体は地球産のマダコをベースにした義体、オクトモーフだった。水から上がった筋肉の塊で、浮力に支えられることなく、重力にあらがって直立できる。左右の第一触腕と第二触腕が腕として機能し、第三触腕と第四触腕が足として機能する。もちろん、ヒトと同じような動きを要求される場合は、という限定付きで、いざとなれば水中のタコのように八本の腕を自在に使う事もできる。
 ザイオンを幽閉しようとした愚か者は、七本の腕をボルトで固定することまでやっていたのに、そのことを失念していたに違いないのだ。

「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ Part 2」伊野隆之

(PDFバージョン:zaion02_inotakayuki
 金星の北極にある複合ハビタットの一室で、マデラ・ルメルシェは落ち着かなげにうろうろと歩き回っていた。分厚い絨毯が敷き詰められ、壁面にはアマゾンの森林が投影されている。別の壁面では巨大な瀑布が水しぶきを上げ、もうひとつの壁面では、巨大なサメが我が物顔に泳いでいる。部屋の一角にある執務机の天板は地球産のマホガニーが使われ、その背後の壁面は、巨大なソラリスのエンブレム。燃えるような金色のフレアは、太陽系最大の金融企業複合体であるソラリスコーポレーションの威光を表しているかのようだった。
 マデラは、豊富な金属資源に恵まれた金星の十八分の一を営業ゾーンとしている。ティターンズ戦争からの復興需要に金星は潤い、金星にいる十八人のソラリス正社員のうち、八人までが上級パートナーに昇格していたが、開発の進んでいない北極域を担当するマデラは、太陽系に百人以上いる中級パートナーの地位に甘んじていた。
「まだ、あいつの行方はつかめないのか?」

「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ Part 1」伊野隆之

(紹介文PDFバージョン:zaionshoukai_okawadaakira
 『エクリプス・フェイズ』の世界では、動物の知性が人間並みに引き上げられている。この設定はコードウェイナー・スミスの「人類補完機構」シリーズやデヴィッド・ブリンの『知性化戦争』などに登場する「知性化された動物が二級市民として社会に参加する」という設定に近い、いわば一種の思考実験だ。
 知性化される動物は、チンパンジーやゴリラなどの類人猿、クジラやイルカなどの鯨類、あるいはカラスやオウムなどの鳥類が一般的だが、『エクリプス・フェイズ』では、これらに加え、なんと「タコ」が知性化されている(現実でも、タコは非常に知性が高く、瓶の蓋を開けるなど多数の触腕で器用に物体を操作することで知られている)。
 実際、『エクリプス・フェイズ』の体験会では、いつもタコの人気に驚かされる。言ってしまえばタコは『エクリプス・フェイズ』のマスコットなのだ。

 そして本作「ザイオン・イン・アン・オクトモーフ」は、このタコにスポットを当てた小説である。……とは言っても、出落ちには終わらない。片理誠の「黄泉の縁を巡る」に引き続き、本作も連載という形で公開していく。もちろん大活躍するタコは、『エクリプス・フェイズ』のルールを使ってデザインされたもの。著者の伊野隆之は実際にこのキャラクターを使って『エクリプス・フェイズ』のゲーム・プレイに参加している。そう、伊野隆之は本気なのだ!

 伊野隆之は『樹環惑星 ―ダイビング・オパリア―』(徳間書店)で第11回日本SF新人賞を受賞した俊英。同作はアーシュラ・K・ル=グィンの『世界の合言葉は森』と眉村卓の「司政官」シリーズをブレンドさせたような読み応えある作品だが、なんといっても舞台となる惑星の重厚なシミュレーションが魅力的だ。長篇に見られる精緻な設定と、短篇「SF/サイエンフィクション」や「ヒア・アイ・アム」で垣間見えるユーモア感覚がブレンドされた本作は、伊野隆之の新境地を拓く作品とみなしても過言ではないだろう。なお、金星の設定には著者が独自に想像を膨らませた部分がある。(岡和田晃)



(PDFバージョン:zaion01_inotakayuki
 バルーンハウスのアラームがけたたましく鳴り、下の鉱区から送られてきた自走式金属製錬装置のパラメータ修正に没頭していたタージは、あわててカレンダーを表示させる。
 二十五日。視野の隅に表示された日付をみて、タージは目をむく。
 ……なんてぇことだ。
 日付の感覚がおかしいのはいつものことだが、それにしても、つい昨日も二十五日だったような気がする。
 タージのバルーンハウスは、金星の北極近傍を漂っている。動力を太陽光に依存しているから、座標は常に昼の側で、同じような方向に太陽を見ていたし、黄金色の雲を低い位置で照らす太陽は、いつだって目を刺すように明るい。

SF作家の書店「PlanetariArt」より電子書籍短編/「キングのアザーサイド」片理誠/「夜明けへの帰還」伊野隆之/「宇宙の終わりの嘘つき少年」八杉将司

BIGLOBEパブリッシング・SF作家の書店「PlanetariArt」(http://publish.biglobe.ne.jp/planetariart/index.html)にて先日ゴミ九十九神シリーズを出した片理誠、伊野隆之、八杉将司による書き下ろし新作SF短編が配信されました。



「キングのアザーサイド」片理誠
http://publish.biglobe.ne.jp/planetariart/bookshelf_0002/book_00000024/ja/index.html

「夜明けへの帰還」伊野隆之
http://publish.biglobe.ne.jp/planetariart/bookshelf_0002/book_00000025/ja/index.html

「宇宙の終わりの嘘つき少年」八杉将司
http://publish.biglobe.ne.jp/planetariart/bookshelf_0002/book_00000026/ja/index.html

「ゴミ九十九神」シリーズ(電子書籍)



このほどBIGLOBEパブリッシング・SF作家の書店「PlanetariArt」にて、「ゴミ九十九神」シリーズが始まります。
http://publish.biglobe.ne.jp/planetariart/
NEC・BIGLOBEのプレリルームでも紹介されています。
http://www.biglobe.co.jp/pressroom/info/2011/12/22c

第一弾は「ジャンク・ジャンキー・ジャンクション」片理誠著、「ヒア・アイ・アム」伊野隆之著、「眼差し」八杉将司著の三作品がリリース。

「飛ばない機体」伊野隆之

(PDFバージョン:tobanaikitai_inotakayuki
 エンタープライズ号を見てきた。
 スタートレックの方ではなく、スペースシャトルである。
 もう旧聞にはなるけれど、今年の夏に気になったニュースの一つが、三十年に及んだスペースシャトルの退役だった。ずいぶんと前から決まっていたことらしいが、本当にやめちゃうの? というのが正直な感想だった。
 シャトルの運用が終わっても、宇宙開発が終わるわけではないし、火星への有人飛行計画も検討されている。それなのに、宇宙が遠くなってしまったかのような感じを覚えた。
 8月、ワシントンDCに仕事で行くついでに、スミソニアン協会の航空宇宙博物館別館であるウドバーヘイジーセンターに立寄ろうと思ったのは、そんなことがきっかけだった。

「裂島」伊野隆之

(PDFバージョン:rettou_inotakayuki
 峡谷をわたる風はひゅうひゅうと冷たい。
 僕は、荒々しい岩肌を見せる谷を見下ろす場所にいて、この谷はいくつの命を飲み込んだのだろうと考えている。
 眼下に鋭く切れ込んだ谷は、超然としている。南から吹く風は、複雑な谷の地形に合わせ、時に渦巻き、時に吹き上げている。だからこそ、ハンググライダーで挑むには危険であり、その一方で魅力的なのだ。
 切り立った崖から飛翔し、上昇気流に乗って舞い上がる。谷底から崖の上までの高度差に加え、上昇気流が高みへと連れて行ってくれる。
 僕は佑樹が見ていたであろう光景に、思いを馳せる。

小松左京さんを偲んで(寄せ書き)

(PDFバージョン:komatusakyousannwosinonnde
 本サイト「SF Prologue Wave」は、この度の小松左京さんの訃報に接し、SFにも、また日本SF作家クラブにも、多大なご貢献のあった氏に敬意を表し、ここに小松左京氏の追悼企画として、天国の小松さんへ会員有志による『寄せ書き』を捧げます。
 ただし、ここにあるものが全てではありません。『追悼エッセイ』としてご寄稿いただいた方もおられます。また、氏の訃報は我々会員にとって衝撃であり、「ショックで、今はまだ何も書けません」と申される方が多数おられたことも、ここに付け加えさせて頂きます。
 小松左京さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。(「SF Prologue Wave」編集部一同)

「SF/サイエンフィクション」 伊野隆之

(PDFバージョン:SFsaienfikushon_inotakayuki
 僕の書いたSFが売れて、勤めを辞めてからどうしよう。東京を離れ、もっと環境のいいところで暮らせないかなぁ。
日本は寒いので、暖かいところがいいなぁ、というのが、第一の条件です。すこしは言葉が通じる方がいいので、英語圏か、以前住んでいたタイあたりが有力候補です。
 でも、SFを書くだけではきっと生活ができないので、別の仕事も考えなければいけません。そうすると、就労ビザのいるタイよりは、ハワイ、しかも観光客もさほど多くなく、けれど生活には便利なマウイ島あたりがいいか、ということになります。