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「アクアリウム」倉数茂

(PDFバージョン:aquarium_kurakazusigeru
 その場所で逢おうと決めたのは、場末のビルの水族館という場違いさに惹かれたためかもしれなかった。わたしの思いこみでは、水族館は通常海辺にあるものだったし、大型魚たちがゆったりと遊泳する大水槽や、陽気なイルカやアシカのショーがつきもののはずだった。けれどもその水族館は、みすぼらしい雑居ビルの地下階にあるというのだった。一瞬、どこかの小洒落たバーにありそうな、薄暗い室内に熱帯魚の水槽だけがならぶ息苦しい空間が脳裏に浮かんだが、そんなものではない、七つの海のいきものを蒐めた本格的な水族館だと男はいうのだった。
 好奇心、あるいは懐かしさだろうか。もちろん、そのような見知らぬところに懐かしさを感じるいわれはかいもくないのだが、わたしにはどうやら古びてうらぶれた場所への偏執があるらしい。たとえば閉館寸前の客のいない映画の二番館。地方都市の時代にとりのこされた遊技場。赤錆だらけの鉄工所。そうした場所に行くとなぜだか胸がわくわくしてしまうのだし、二度、三度とおとずれるのも苦ではない、いつか、そう言ったのを覚えていて誘ったのかもしれなかった。

「緑陰の家」倉数茂


(PDFバージョン:ryokuinnnoie_kurakazusigeru
 初めてその家屋を見たとき、わたしは思わず威彦らしいと微笑まずにはいられなかった。
 繁茂する緑の蔓草が外壁の全体を荒々しく覆いつくし、家という内側に空虚を抱えた存在を、ひとつの旺盛な生命の塊に変えている。もっとも、人さえ住んでいれば、ここまで植物が我が物顔に這い回ることもなく、だからこれはむしろ威彦の不在に由来する事態なのかもしれない。
 なんにしても、近所の住人や大家は苦虫を噛み潰しているだろうと思うと、笑いはすぐに溜息にかわった。なにしろこれから滞納している家賃を払いに行くのは自分なのだ。
 威彦が行方不明になって三ヶ月になると連絡を叔父から受け取ったのは二日前だった。いつものようにニューギニア高地へフィールドワークに向かったのだが、帰国予定日になっても戻らない。帰国の遅延などよくあることだが、問題は、四月からI大学の講師の口が決まっていたことである。恩師であるK教授は、しばらくは事務方をなだめておくとおっしゃってくださったそうだが、このままでは初めての就職口をふいにしかねない。
 しかしそれよりもわたしの耳をそばだてさせたのは、成田からの電話で威彦が告げたという、今度は嫁さんを連れて帰るからということばだった。つまり威彦は現地に恋人がおり、結婚まで考えていたということだ。
 どのような女性なのだろう。わたしの好奇心は刺激された。嫉妬の気持ちは微塵もなかった。威彦とは愛や性よりも、もっと深いもので結ばれていると感じている。
 だから、一部のものが案じるように、すでに死んでいるという可能性も一蹴した。どんなに非科学的と嗤われようが、威彦が死ねば、自分がそれに気づかぬはずがないと思う。

クラカズ シゲル

倉数茂(くらかず・しげる)
 一九六九年兵庫県神戸市生まれ。東京大学総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。作家・評論家。著書に『黒揚羽の夏』『魔術師たちの秋』(共にポプラ社)、『始まりの母の国』(早川書房)、『私自身であろうとする衝動――関東大震災から大戦前夜における芸術運動とコミュニティ』(以文社)。