タグ: 太田忠司

「十二宮小品集3 カストルとポルックス」太田忠司(画・YOUCHAN)

(PDFバージョン:12kyuu03_ootatadasi

――本日は多重人格障害における我が国の第一人者でいらっしゃる丸崎晋也先生にお話を伺います。先生よろしくお願いします。

 よろしくお願いします。

――まず多重人格障害についてですが、我が国でもそのような症例が実際に存在するのでしょうか?

 そのお話をする前に、ひとつ訂正させてください。現在では多重人格障害という言いかたはしません。解離性同一性障害と呼ばれています。まあ、一般的には多重人格症といった呼びかたのほうがポピュラリティを得ているようですが。その違いは何かというと……(以下略)。

――専門的な用語が多くてわかりにくいところもありましたが、説明ありがとうございます。あらためて伺いますが我が国でも多重……解離性同一性障害の患者というのは存在するのでしょうか?

 欧米に比べると症例は少ないですが、存在しています。そもそもの歴史を辿れば大正時代から症例報告があります。近年も……(以下略)。

――意外に多いわけですね。それで今回先生が学会に発表された症例ですが、今までになくユニークなものだということですね。どのような症例なのですか?

「十二宮小品集1 羊盗難事件」太田忠司(画・YOUCHAN)

(PDFバージョン:12kyuu01_ootatadasi

「電気羊?」
 私は依頼者に聞き返した。
「それは、あなたのものなんですか」
「そうです」
 彼は短く答えた。会社支給のスマートスーツに身を包み、同じく支給品らしい黒縁のアイウェアをかけている。年齢は四十歳前後、痩せていて神経質そうな顔立ちをしていた。
「失礼ですが、あなたの職業は?」
 答える代わりに彼は名刺を表示した。名前は南部星影夢{なんぶぽえむ}。ツナガ商事食品部部長補佐という肩書が麗々しい。
 なるほど、ツナガの役職者なら私のような貧乏探偵と違って、電気羊だろうが電気象だろうが所有できるだろう。私は言った。
「紛失された経緯を教えてください」
「紛失ではありません。盗まれたんです」

「十二宮小品集2 予言する雄牛」太田忠司(画・YOUCHAN)

(PDFバージョン:12kyuu02_ootatadasi

 男は唯一の財産である年老いた雄牛を連れて市にやってきた。
 できることなら売りたくはなかった。しかし病に伏せる妻のため、泣く泣く決断したのだった。
 陽が昇ってから西に傾くまで男は待った。しかし買い手は現れなかった。
 夕闇が迫る頃、男は深い溜息と共に市を後にした。
 家へと戻る道すがら、男は家で床に就いている妻を思い、涙を流した。
「お待ちなさい」
 声をかけられたのは町外れの四つ辻だった。振り向くと、小柄な老人が立っていた。髪も髭も白く、このあたりでは見かけない奇妙な服を着ていた。
「あんた、市にその牛を売りに来たのかね?」

「城の中の男」太田忠司

(PDFバージョン:sirononakanootoko_ootatadasi
 雷鳴が聞こえた。
 聳え立つ城は稲妻に照らされて一瞬その姿を露わにしたかと思うと、すぐ闇と雨の中に紛れ込んでしまう。だがその一瞬で、私は城の全容を脳裏に焼き付けた。
 城門の跳ね橋は上げられている。
「城壁を登るか、それとも裏手に廻ってみるか」

「手品師の憂鬱」太田忠司

(PDFバージョン:tejinasinoyuutu_ootatadasi
 拍手が聞こえた。
 さして多いとは言えない観客の、あまり熱心とは思えない拍手だ。それでも私はシルクハットを脱ぎ、丁寧に頭を下げた。
 そして手にしたハットを天井目掛けて放り投げた。
 ハットは宙を飛び、高さ三メートルほどのところで停止した。私は取り出した懐中時計で時間を計る仕種をし、二十秒ほど経ってから片手を差し出した。ハットは木の葉のようにひらひらと舞いながら私の手に収まる。
 また拍手。

「浴室の宇宙」太田忠司

(PDFバージョン:yokusitunouchuu_ootatadasi
 悲鳴が聞こえた。
 妻の声だ。たしか今、風呂に入っていたはずだが。
 また聞こえた。只事ではない。メールチェックをしていたスマートフォンを持ったまま、慌てて階段を駆け下りた。
 浴室の扉が開いて、全裸の妻が廊下に立ち尽くしていた。
「何だ? どうした?」

オオタ タダシ

太田忠司(おおたただし)
1959年名古屋市生まれ。名古屋工業大学電気工学科卒。
1981年、星新一ショートショートコンテストにて『帰郷』が優秀作に選ばれる。
1990年、『僕の殺人』で長編デビュー。以後、専業となる。