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「龍の血脈」小春香子(補作:岡和田晃)

(紹介文PDFバージョン:ryuunoketumyakushoukai_okawadaakira
 新人・小春香子の「龍の血脈」が、「SF Prologue Wave」の『エクリプス・フェイズ』小説企画に参入した。まずは冒頭部をお読みいただきたい。これまでのどの『エクリプス・フェイズ』小説とも違った、ハイ・ファンタジーの香気に驚くはずだ。そう、本作は、ファンタジーとSFの境界が如何にあるかを――あくまでも『エクリプス・フェイズ』の設定を尊重しつつ――問い直す野心的な作品なのだ。

 小春が偏愛するアーサー・C・クラークは、「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない」と述べた。このテーマは多くのSF作家の想像力を刺激した。たとえばテッド・チャンは「科学と魔法はどう違うか」というエッセイを著している。小春もまた、この主題に魅せられた者の一人なのだろう。

 「Role&Roll」Vol.113の「宇宙の歩き方」でも紹介されている、火星の芸能ハビタット、エリシウムが今回の舞台だ。そのテーマパークというある意味で閉ざされた舞台で、オリジナルとフォーク(人格コピー)の葛藤が、柔らかく、繊細ながらも安定感に満ちた筆致で描かれる。そのどこか懐かしい雰囲気は、レイ・ブラッドベリ作品や、J・P・ブレイロック『真夏の夜の魔法』(『夢の国』)にも通じるかもしれない。

 ノスタルジックだからといって、自意識に淫して終わらないのも面白いところだ。読み進むうちに、本作には茅田砂胡『スカーレット・ウィザード』や、立原透耶『竜と宙』のような女性作家の手になるストーリー性豊かなジェンダーSF/ファンタジー作品と響き合う批評性があるように思えてくる。

 「SF Prologue Wave」が初の本格的な小説発表の場となる新鋭・小春香子。そのみずみずしい感性を、ここに体感してみてほしい。

 小春香子は1984年生まれで、まだ20代の若さである。オリジナルのプレイ・バイ・ウェブのゲームを組織することで文章力を、また会話型RPGの訓練を積むことで物語の構成力を鍛えた。ゲームと教育の接点を、さまざまな角度から考察したレポートを多数発表しており、今後が期待できる逸材なのは間違いないだろう。(岡和田晃)




(PDFバージョン:ryuunoketumyaku_koharukyouko
「見える? あれが魔の谷。あそこを抜ければ龍の楽園が広がっている」
 龍騎士ジーゼル・キリルは背筋をピンと伸ばしたまま、まっすぐ眼下の谷を指さしました。彼女がまたがっている堂々たる黒龍は、死者の怨嗟と嘆きがごうごうと音を立てている魔の谷を光る瞳でねめつけ、ちろちろと炎を吐きながらその巨大な身をくねらせています。今まで彼女と、その手勢の竜騎士たちを悩ませてきた魔物たちの襲撃は最大の難関を前にぴたりとやみ、不気味な静けさが彼らを取りまいていました。
 ジーゼル・キリルの背後に三々五々浮かぶ龍騎士見習いの間から、誰かがごくりと唾を飲み込む音がしました。ずんぐりとしたドワーフや華奢なエルフ、不遜な顔つきをした小人たちに瞳の色も髪の色も、てんでばらばらの人間たち。彼らはみんな緑色した仔龍にまたがっていました。手綱を握る彼らの手は、みんな微かにふるえています。
 ジーゼル・キリルは愛龍ハイデロオンを器用に操って彼らに向き直るとにっこり笑っていいました。昏く淀んだ魔界の夕闇に、彼女の鮮やかな金髪がきらきらとかがやきながら静かになびいています。
「大丈夫、私たちは全員無事にあそこを抜けられる。今までだって一人も欠けずにここまで来られたでしょう。落ち着いて、すべてを龍に任せて。私から離れないでついてきて。あなたたちが龍から落とされるような真似なんてさせやしないから。龍の楽園で会いましょう。心の準備はいいわね?」

コハル キョウコ


小春香子(こはる・きょうこ)
 1984年生まれ、Analog Game Studies所属。中学時代よりオリジナルのプレイ・バイ・ウェブ(PBW)ゲームを組織し、文章を通じ双方向的なSF・ファンタジーのあり方を模索した。大学時代から対面での会話型RPGをはじめると同時に、「GAME JAPAN」誌(ホビージャパン)連載の『ウォーハンマーRPG』リプレイ「魔力の風を追う者たち」「混沌狩り」に参加、「R・P・G」誌(国際通信社)vol.3の「若き「トラベラー」のための航海図」に協力。また、開発教育における参加型学習の手法を学んだ。大学院では地理教育におけるシミュレーション教材(シリアスゲーム)の効果を測定しようと試みた。現在は中学校社会科教師として勤める傍ら、教育におけるシリアスゲームの展開について研究している。20年来のSFファンでもあり、特にロバート・A・ハインラインやアーサー・C・クラーク、オーソン・スコット・カードやSF-RPG『トラベラー』等を偏愛する。