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「悪い夢」小珠泰之介


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 1

 これは悪い夢だ。

 一つ断っておこう。
 実は、ぼくはこの悪い夢の結末を、未だに知らない。
 つまり、ぼくは自分が知っていることしか書けない――などと書くと、これを読む人は、たぶん、狐につままれたような気持ちになることだろう。
 しかし、それが一体どういうことなのかは、最後まで読んでもらうしかない。
 ぼくとしては、最後までこれを書き続けられるよう幸運を祈るしかない。


 2

 ぼくはゾンビである。
 名前はもう無い。
 生きていた時の名前は小角一樹といった。
 その時は、二十七才の独身男性だった。
 実家で両親と妹の四人暮らしをしながら、宅配便の会社で契約社員として働いていた。
 ぼくがゾンビに成り果ててしまったのは、今から三ヶ月前に、三面記事に載るような、しけた事件に巻き込まれたせいだった。
 簡単にいえば、ぼくはゾンビに噛まれてしまったのだ。人の血を求めるゾンビに噛まれれば、やがて噛まれた人間もゾンビになってしまう。小さな子供でも知っている事実だ。
 その話から始めよう。

「空っ風と迷い人の遁走曲 2」片理誠(画・小珠泰之介)

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 脳波の遷移、血流の具合、脳内物質の分泌状況……、モニタに映し出されたのはどれもひどい内容のものばかりだったが、中でも最悪だったのが脳内のデータフローだ。
 神経細胞(ニューロン)間のメッセージは、パルス状の電気信号として伝導される。で、この信号の流れを非接触型高深度電磁センサーで大雑把に拾ってみたのだが、まるで世界中からこんがらがった綾取りの糸を掻き集めて無理矢理詰め込んだような有様だった。しかもそこら中に人為的な、直線の流れがある。滅茶苦茶だ。複雑怪奇にからまり合っている上に、強引極まりない乱暴な処置がこうもあちこちに施されてあるとは。まったく、見ていて吐き気がした。
 ひどいな、これは、と思わず声が漏れてしまう。

「空っ風と迷い人の遁走曲 1」片理誠(画・小珠泰之介)

(紹介文PDFバージョン:karakkazetoshoukai_okawadaakira
 片理誠の『エクリプス・フェイズ』小説「空っ風と迷い人の遁走曲」をお届けしたい。「黄泉の淵を巡る」、「Swing the Sun」に続く「ジョニィ・スパイス船長」シリーズ第三弾だが、前二作とは少し趣きを異にし、番外編的な仕様になっている。それゆえ、本作から読み進めていただいてもいっこうに問題ない。むしろ未読の読者は、本作を読んでから「黄泉の淵を巡る」に進んでいただくのがいいだろうか。

 さて、「SF Prologue Wave」の『エクリプス・フェイズ』小説では、火星を舞台にすることは、珍しくない。本作の舞台も火星だが、そのフロンティア的側面のダークサイドである、ダシール・ハメットのノワール小説を彷彿させる――『マルタの鷹』というべきか、それとも『血の収穫』か――陰鬱な雰囲気に、情報体(インフォモーフ)リラ・ホーリームーンが絡んでくる。

 本作が面白いのは、分岐体(フォーク)が重要なキーワードとなっていることだ。火星にフォークというと、齋藤路恵+蔵原大「マーズ・サイクラーの情報屋」が記憶に新しいが、片理誠の本作「空っ風と迷い人の遁走曲」は、角度を変えつつ内面描写よりもプロットの“謎”そのものへより踏み込んだ形で、この問題に向き合っている。『ブレードランナー』をはじめとしたディック原作映画がお好きな方は、ぜひ本作もひもといてみてほしい。

 2014年の片理誠は、待望の長篇『ガリレイドンナ ―月光の女神たち―』(朝日新聞出版)をリリースした。これは人気アニメのノベライズとなっているが、オリジナルのエピソードをもとに書かれており、スピードに満ちた圧倒的なドライヴ感は、原作を知らない読者でも充分に楽しめる。『ガリレイドンナ』が気に入った読者は、「ジョニィ・スパイス」シリーズもきっとお気に召すだろう。
 また、「SFマガジン」2014年6月号に発表されたジュヴナイル作品「たとえ世界が変わっても」では、、『エクリプス・フェイズ』と同様に大きな技術的進展を遂げた未来にて、祖父が遺したサポート・ロボット「ラグナ」と、それを受け継いだ少年や友人たちとの、心あたたまる成長物語が描かれる。ラグナはクラウドに接続されていないスタンドアロン型のサポート・ロボットだが、彼の描写は『エクリプス・フェイズ』に親しむうえで、大きく参考になるだろう。(岡和田晃)



(PDFバージョン:karakkazeto01_hennrimakoto
 目の玉が飛び出るようなクレジットを支払っても、購入できた商品は微々たるものだった。
 私はうんざりした気分で振り返り、自走式大型カートの中身を確認する。
 自家発電用の大型水素ボンベ二本と、クロレラのパウチが三、これは食料としてではなく、循環型空調システムの補充用のだ。私の家にあるのはバイオ方式なので、植物の力を使って酸素を生み出す。あとは食料。合成タンパク質のブロックが一つに、煉瓦のように硬いパンが二斤、様々な藻類や豆類の缶詰(中身はペーストだ)を幾つか。あとはチョコレートバーやクラッカー、粉末ドリンク、スキムミルク、ビタミン剤、等々。
 やれやれ、とずり落ちかけた眼鏡を中指で押し上げる。
 まったく情けない。これが真っ当な人間の生活だろうか。食料なんて、大昔の兵士に支給されていたと言う野戦食と大差ないくらいではないか。贅沢らしい贅沢と言えるのは、三リットルほどのミネラルウォーターだけ。水は燃料電池からも生み出されるのだが、なぜか私はそれを口にすると腹を下してしまうので、しかたなくそちらは全て空調システムの方に回して、自分用のはこうして街で購入することにしている。
 それにしても、まったく住みづらい世の中になったものだ。この界隈も今は不景気で、その一方で税金は天井知らずの勢いで高くなってゆくばかり。甘い汁は、私のような者のところにまではなかなか回ってきてはくれない。

「ゼノアーケオロジスト2」山口優(画・小珠泰之介)

(PDFバージョン:xenoarcheologist2_yamagutiyuu
 互いに向き合った一瞬の後。
 侵入者が銃口をアシュルに突きつけるのが速かった。
 刹那、アシュル・レヴィナスは、意を決した。唯一の武器であるレーザーパルサーを侵入者に向けて投げつけ、両手を、相手の銃撃を防ぐように構える。普通に考えれば完全に狂ったような行動。全くアシュルを利さず、彼の生存の確率を崖底に蹴り落とすような。
 事実、僅かに動作が遅れたものの、投げつけられたパルサーにも全く怯まず、侵入者は光条を放つ。
 アシュルは目を見開く。
 光速でアシュルの胸と侵入者の銃口を結ぶ見えたコヒーレント光の線――。
 しかし、目的地まで到達する直前、アシュルの構えた両手の手前で停止し、小さなエネルギーの塊になって、眩い光とともに四散した。


「Swing the sun 4」片理誠(画・小珠泰之介)

(PDFバージョン:Swingthesun4_hennrimakoto
 金星に到着した後も彼女の機嫌は全然良くならなかった。
「船長は散々私のことを無茶だの滅茶苦茶だのとののしってくれたけど、その言葉はそっくりそのまま、ううん、倍にしてあなたに返すわ! 何なのよ! こうして生きていられること自体、奇跡としか呼びようがない! 今まで散々あちこちを旅してきたけど、こんなひどい旅は生まれて初めて!」
 実際ひどい有様だった。顔面は青ざめ、頬はこけ、髪はボサボサ。せっかくの美人が台無しだ。目の下には隈までできてる。

「Swing the sun 3」片理誠(画・小珠泰之介)

(PDFバージョン:Swingthesun3_hennrimakoto
 サン・スイング・レース用の無骨なフレームに愛船を固定し、各種のインターフェースケーブルを接続する。
 船内に戻ってロケットブースターエンジンからの電気信号を確認。今のところはきちんとリンクできているみたいだ。
 実際にはそう神経質になるほど沢山のチェック項目はない。何しろ点火した後はせいぜいロケットの取り付け角度を変更することくらいしかできない。まともな制御など受け付けてはくれないのだ、この野蛮極まりないエンジンは。
 それでも、何しろやったことがないチャレンジなので、俺の神経はささくれる。本当にこれでいいのか。何回チェックしても気が休まらない。元々俺はソフトウェア回りがあまり得意ではないのだ。
 こんな時にリラがいてくれたらなぁ、と思ってしまう。彼女ならあっという間にチェックどころかシミュレートまで何重にも完璧にし終えて、今頃は「大丈夫よ、船長。後は運を天に任すしかないわ」と言ってくれていたはずだ。

「Swing the sun 2」片理誠(画・小珠泰之介)

(PDFバージョン:Swingthesun2_hennrimakoto
 ロッカーから取り出したヘルメットとグローブを装着すると、ジェストは簡易宇宙服のままステーションの外へと出た。具体的には宇宙港の桟橋からレンタルした艀(はしけ)に乗って、だが。
 しかたなく俺もつきあう。艀と言ったって剥き出しのエンジンにフレームと申し訳程度のシートをくくりつけただけの無骨なシロモノだ。残念ながら美女とドライブって趣じゃない。
 安っぽい手すりにつかまっていると、宇宙空間に浮かんでいる蒲鉾型の構造物が見えてきた。全長は三〇〇メートルほどか。
 あれよ、と無線で彼女。
《あの中に目当てのブツがあるの》
 よく見ると薄汚れた外壁に“ダットン商会”と書いてある。いったい何屋なんだ?
 まぁ、一言でいえばガラクタ屋ね、とジェスト。
《古い機械類を色々と集めているらしいわ》
 へぇ、と俺。
《宇宙ステーションのそばにこんなところがあったなんてな。浮島型のドックを丸ごと一つ借りてるわけか》
《所有者らしいわ、この施設の。元はエンジニアだったとか》
《今は引退して悠々自適のコレクター暮らしってわけか。それとも骨董商なのかな?》
《半々てところじゃないかしら。偏屈な機械人という噂よ。このステーションの名物男の一人というわけ》
《だが……こんなところに来てどうするんだ。偽装用の装備でも手に入れるのかな? それとも囮用の船を組む気かい?》
 まぁ、任せといてよ、と彼女。

「Swing the sun 1」片理誠(画・小珠泰之介)

(紹介文PDFバージョン:Swingthesunshoukai_okawadaakira
「これからSF Prologue Waveの『エクリプス・フェイズ』小説を読もうと思うのですが、どの作品から始めたらいいでしょうか?」
 ――イベントなどで、このような質問を受けることがある。

 SF Prologue Waveは「SFマガジン」の「てれぽーと」欄に毎号、紹介文が掲載されている。なかでも、この『エクリプス・フェイズ』企画は、ゲーム雑誌「Role&Roll」でも毎号、紹介されている。
 これまでSFに興味があっても、なかなか手を出せずにきた人たちがいる。
 それが『エクリプス・フェイズ』をきっかけとして、SFの世界を覗いてみようと考えてくれているわけだ。

 あるいはその逆。
 SF作家クラブ50周年記念のブックフェアやイベントを通して、SFの魅力を再発見してくれた人たちがいる。
 今は、前代未聞のSF短篇アンソロジー・ブームが到来しているが、実のところ、昔ながらの宇宙冒険SFの割合いはそんなに高くないように思われる。
 ブルース・スターリング『スキズマトリックス』やアレステア・レナルズ『啓示空間』の系譜に連なる、ポストヒューマンな宇宙冒険SFはないものだろうか?
 そういう方々が、『エクリプス・フェイズ』に興味をもってくれている。

 むろん、これまで紹介してきた『エクリプス・フェイズ』小説は、いずれも世界の魅力を存分に引き出しつつ、個々の作家の個性が遺憾なく発揮されたものだ。
 いずれも甲乙つけ難い完成度にある。つまり、どの作品から読んでいっても大丈夫。
 そう、太鼓判を押すことができるだろう。

 だが、仮に涙を呑んで一作に絞るならば、今回から連載される片理誠(現SF Prologue Wave編集長)の新作「Swing the sun」が、入門にぴったりな逸品ではないか。
 なぜ「Swing the sun」がオススメなのか?

 ひとことで言えば、抜群の安定感。そして圧倒的なリーダビリティ。
 丁寧な筆致は『エクリプス・フェイズ』世界を理解する格好の教材にもなるだろう。

 いま、SF界で最も熱いテーマとも言われる“ポストヒューマン”を正面から扱いながらも、どこか懐かしさを感じさせるレトロフューチャーな雰囲気。
 アウトローを描きながら、どこかあたたかみを感じさせる筆致。
 野田昌宏編のアンソロジー『太陽系無宿/お祖母ちゃんと宇宙海賊』、収録作のなかでは、エドモンド・ハミルトンの『キャプテン・フューチャー』のようなスペース・オペラの名作にも通じるだろうか。
 そしてアクション、怒濤のアクション!
 “日本SFの夏”を代表する作品だとすら思うが、さすがに言葉が過ぎるだろうか。
 けれども、片理誠は、この「Swing the sun」に一つの勝負をかけている。
 その気迫を、君も体感してほしい。

 毎号、多量のSF小説を読みこなす気鋭のイラストレーター・小珠泰之介の手になる、美麗なイラストが付記されるのも見どころだ。

 なお、宇宙船にまつわる各種設定、ならびに“ダイソン・リング”の設定には、著者が想像を膨らませた部分がある。

 「Swing the sun」に興味をもっていただいた方は、続いて、ジョニィ・スパイス船長が活躍する「黄泉の縁を巡る」に進んでみてほしい。(岡和田晃)



(PDFバージョン:Swingthesun1_hennrimakoto
 居住区同士をつなぐ通路の左右。シートの上に並べられているのは、どれも使いふるされた、シケた品ばかりだった。
 半分以上の発光パネルが切れちまってる上に、残りの半分も消えかかっているもんだから辺りは大層薄暗い。剥き出しのステンレスに囲まれた、いかにも古くさい宇宙ステーションの一角といった感じの場所だ。貨物車両が二台すれ違えるかどうかの幅しかない。ここでは何もかもがすっかりどす黒く変色しちまってる。居並ぶ奴らも、通り過ぎてゆく奴らも。
 もっとも、薄暗いからまだ商売になっているのかもしれない。日の下にさらされたなら、たちまち盗品であることが露見しそうなデバイスばかりだった。

「ゼノアーケオロジスト」山口優(画・小珠泰之介)

(紹介文PDFバージョン:xenoarcheologistshoukai_okawadaakira
 キレのよい名短篇「サブライム」をご記憶だろうか? その作者・山口優が、『エクリプス・フェイズ』のシェアードワールド小説企画に帰ってきた。その証左が、この「ゼノアーケオロジスト」である。
 本作は単体でも充分に愉しむことができるが――さほど時間はかからないので――できれば「サブライム」と併せて読んでみてほしい。総合芸術家エステル・レンピカをめぐる運命の風景が、より重層的なものとして受け止められるはずだから。

 “ゼノアーケオロジスト”とは、聞きなれない単語と思われるかもしれないが、これは『エクリプス・フェイズ』世界では「異星考古学者」のことを指す。奇しくも「Role&Roll」Vol.104では、サンプル・キャラクターの「アルゴノーツの異星考古学者」が公開されているので、併せてご覧いただきたい。
 ただ、今回の小説で活躍する「異星考古学者」は、サンプル・キャラクターの設定とは異なる部分も多い。本稿で重要な役目を果たす異星考古学者、アシュル・レヴィナスは、SF作家たちが集まってプレイした『エクリプス・フェイズ』のゲーム・セッションにおいて使用されたキャラクターだからである(キャラクター・デザインにあたっては、山口優が提示したコンセプトのもと、Analog Game Studiesが細部の数値設定等の協力を行なっている)。
 本作は連作短篇として今後も続いていゆくようだが、「サブライム」と「ゼノアーケオロジスト」が緩やかな繋がりを有しているように、アシュル=山口優の冒険は、いっそう重層的なものとなってゆくことだろう。

 山口優は『シンギュラリティ・コンクェスト 女神の誓約』で第11回日本SF新人賞を受賞した。続く『アルヴ・レズル ―機械仕掛けの妖精たち―』は第7回BOX-AiR新人賞、およびBOX-AiR新人賞年間最優秀賞に選出された。いずれも、『エクリプス・フェイズ』に興味があれば、大満足違いなしの力作ポストヒューマンSFである。
 とりわけ、『アルヴ・レズル』は、若年層の読者へ向けてポップな装いで出された本格SFで、神経細胞通信ナノマシン(ナーヴセラー・リンカー・ナノマシン)や、アーリー・ラプチャー(全世界で突如起きた、精神喪失事件)といった設定で人間の「魂」と「肉体」の意味を鋭く問うている。
 この『アルヴ・レズル』はマルチメディア展開を開始しており、通常版のほか、『アニメミライ2013』参加作品として劇場公開もされたアニメ版のDVDが同梱された限定版も販売されている。加えて、漫画家・天羽銀によるコミカライズ版の第1巻が、講談社シリウスKCより刊行された。これらも見逃せないだろう。余談だが、イラストレーターの小珠泰之介は、これらヴィジュアル作品を鑑賞したうえで、今回のイラストを仕上げてくれた。(岡和田晃)



(PDFバージョン:xenoarcheologist_yamagutiyuu
「メレケト、どう思う?」
 小惑星44ニサ――即ち三七〇〇京トンの岩石と氷の塊――の軌道上を周回するスペースシップの中で、アシュルはそう呟いた。
 アシュル・レヴィナス。
 訳あって生まれ落ちてから一〇年の歳月しか経っていないが、外見は二〇代の青年である。一年前にタイタン自治大学を卒業し、フリーランサーの異星考古学者(ゼノアーケオロジスト)として、最近漸く評判が上がってきたところだ。
 彼が見下ろすように眺める44ニサは、自然の小惑星ではあり得ないことに、その表面にもまばゆい光が点在し、点滅している。
 このジャガイモ型の、長さ一一〇キロメートル、直径六〇キロメートルの小惑星は、その内部が縦横無尽に掘り尽くされ、蟻の巣、または蜂の巣に喩えられる様相を呈している。内部は一気圧の大気が満ち、このほぼ無重力の環境下に、約一〇〇〇万の人々が暮らしている。エクストロピア――それが、この小惑星内に形成された宇宙都市の名だ。
 アシュルは、この44ニサに本拠地を置くハイパーコープ――スキンセティック――の関係者から、つい先程まで聞かされていた話を思い返していた。

『かけ替えなき命のゲーム』浦浜圭一郎(画・小珠泰之介)

(紹介文PDFバージョン:kakegaenakishoukai_okawadaakira
 今回紹介する『エクリプス・フェイズ』のシェアードワールド小説は、浦浜圭一郎による新作「かけがえなき命のゲーム」だ。
 これまで「SF Prologue Wave」上で「エクリプス・フェイズ」小説を読まれてきた方々は、ひょっとすると、本作の先鋭的なスタイルに驚くかもしれない。
 舞台となるのは、現代日本の風俗に『ニンジャスレイヤー』風の戯画化されたオリエンタリズムが嵌め込まれた異世界。断章という形式で描かれる各々の章では、映画のように視点が変化する。視点人物「ヒデサト」と「D」が巻き込まれた、奇妙な「ゲーム」の行く末は? フランク・ミラーのグラフィック・ノベル『RONIN』にクエンティン・タランティーノ監督の『キル・ビル』を入れ混ぜたような、ゲームと連動したシェアードワールドSFに新たな境地を拓く力作だ。
 
 浦浜圭一郎といえば、第1回小松左京賞佳作を受賞してデビューしたSF作家として知られている。その受賞作『DOMESDAY―ドームズデイ―』(ハルキ・ノベルス)は、ゾンビ映画の古典のリメイク『ドーン・オブ・ザ・デッド』(ザック・スナイダー監督)、名作グラフィック・ノベルを見事に実写化した海外ドラマ『ウォーキング・デッド』、ジェイン・オースティンを見事にマッシュアップした小説『高慢と偏見とゾンビ』等、近年大流行の兆しを見せている「新世代のゾンビ表象」を、2000年の段階で、いち早く先取りした傑作だった。
 その『DOMESDAY―ドームズデイ―』では、閉鎖的な「ドーム」に閉じ込められた人々が、閉塞状況に希望を失い自殺し、「天使」なる謎の球体によって、死んだ姿のままでゾンビとして蘇らせられる衝撃的な光景が描かれた。実は、同作の流れで、13年後に発表されたこの「かけがえなき命のゲーム」は読むこともできるのだ。つまり、魂をデータとしてコピーし、セーヴ&アップロードが可能な『エクリプス・フェイズ』世界において、「死」とはいったい何であるのかという重厚なテーマが、独自の美学に基づいた迫真の戦闘描写を通じて模索されるのである。イラストレイター・小珠泰之介の手になる、美麗にして怪異なクリーチャーのイラストも見どころであろう。
 
 ぜひ、本作を、日本SF作家クラブ50記念出版『SF JACK』(角川書店)に収録された冲方丁「神星伝」、あるいは「SF Prologue Wave」の『エクリプス・フェイズ』小説であれば、片理誠の「決闘狂」と、一緒に読んでみてほしい。

 浦浜圭一郎は、自身の手になる映画シナリオ「ROOM OF DREAMS」が、2007年釜山国際映画祭シネクリック・アジア賞受賞し、同作が2008年ロッテルダム国際映画祭シネマートに公式選出されるなど、小説以外の活躍でも知られている。また、近年はLANTIS社によって、『DOMESDAY―ドームズデイ―』、および新作長編『DEATH-TECH』は英語版が電子書籍として発表されている。活動舞台を世界へ広げる浦浜圭一郎の今後の活躍から、ますます目が離せない。(岡和田晃)



(PDFバージョン:kakegaenaki_urahamakeiitirou
1.
 旭ヶ丘に警報が鳴り響いたのは22時17分。
 そのとき、ヒデサトは自宅二階の勉強部屋で、紙のノートに漢字を書き付けていた。明日の期末テストに備えて『国語』の勉強中だったのだ。
 卓上灯だけ点して部屋の中を暗くすると、障子を開けたベランダ窓から、月と星座を浮かべた夜空が見える。夜更かしするのは立派な校則違反だったにもかかわらず、ヒデサトは、こうして月を見ながら勉強するのが好きだった。軍人気質で厳格だった母には度々咎められたが、父は「月明かりの下で勉学に励むなんて風流じゃないか」と庇ってくれるのが常だった。けれども今は、咎める人も、庇ってくれる人も、この家にはいない。両親が相次いで真(まこと)の死を遂げて以来、三つ歳の離れた弟、トウタと二人暮らしだ。
 サムライらしくない感傷を振り払い、先月16才の元服式を終えたばかりの少年は、いにしえの象形文字を描く筆先に意識を集中させようとした。それにしても…昔の人々は、いったいどうやって、こんな複雑怪奇な記号を小さく手書きできたのだろう? 神経遺伝子強化も全く受けず、機械の力も借りないで…。
 千年前の人間に習得できた技能が、おまえたちに習得できないはずがない。そう教師たちは言うけれど、習字にかぎらず、栄えあるヒノモト・サムライ・スクール(H.S.S)が生徒たちに叩き込もうとする「いにしえの技能」の中には、ただの伝説じゃないのかと疑わせる技も多々あった。そもそも、教師たちの言う「いにしえ」とは、いつの時代だ? 正確な記録装置も存在せず、正真正銘フラット(未改造)な人間の伝聞のみに頼って歴史が書かれていた時代、「外」のデジタル擬人(トランスヒューマン)たちが言う『先史時代』か?
 リプレイできない歴史は歴史ではない、そう擬人たちなら言うことだろう…。
 おっと、これでは敵性ミームに感染したと言われかねない。あわててヒデサトは頭を振ると、気分転換に月でも愛でようと窓の外に目をやった。そこで初めて夜空に起こった異変に気づき、気づくと同時に…警報が鳴り出しのだ。

 傷ついた満月が、真っ赤な血を滲ませている。

「揚羽蝶が砕けた夜」渡邊利道(画・小珠泰之介)(補作:岡和田晃)

(紹介文PDFバージョン:agehachoushoukai_okawadaakira
 第2期『エクリプス・フェイズ』シェアードワールド小説企画の第3弾は、渡邊利道の小説「揚羽蝶が砕けた夜」である。
 『エクリプス・フェイズ』には「月のエゴ・ハンター」という人気キャラクターがいる(「Role&Roll」誌Vol.92に訳載)。「ロスト」と呼ばれる世代に属する彼らは、超技術をもって人為的な促成を強いられた子どもたちのことで、その多くは発狂するか、あるいは自死を余儀なくされた。しかし、生き残った少数の者のうち、自分はいったい何者であるのかを探り、ひいては世界の神秘を解き明かすため、あてのない旅路に出るという選択をした者もまた存在したのである。
 自らが狂気の縁をさまよっていることを自覚しながら、フューチュラという特殊な義体を身にまとい、超能力を駆使して未来を拓く彼らの姿は――クリストファー・ノーランが監督した映画『ダークナイト』に登場する「ポスト9・11」のダークヒーローたちとも共振を見せ――『エクリプス・フェイズ』宇宙にいっそうのアクチュアリティをもたらしている。
 今回お披露目する「揚羽蝶が砕けた夜」は、ずばり、この「ロスト」の内面に焦点を当てた作品だ。読み手を心地よく眩惑させる舞台描写はJ・G・バラードの諸作を彷彿させるが、機械化された「内宇宙(イナー・スペース)」の表現とも言うべき精密な描写の妙、随所に仕掛けられた「現実」と「虚構」および「生」と「死」を対照させるギミックを堪能してほしい。「ロスト」の在り方を想像することは、あなたの『エクリプス・フェイズ』宇宙にいっそうの深みをもたらすことだろう。そして、タイトルにも掲げられた「揚羽蝶」が意味するものは……? じっくりと再読を重ね、散りばめられた世界の破片を、あなたなりに繋ぎ合わせてみてほしい。ラストの一行は、豹頭の英雄グインの道に続くものか? それともアナキン・スカイウォーカーが陥った奈落を示しているのか? なお、舞台となるハビタットの設定等には、作者が独自に想像力を膨らませた部分がある。

 渡邊利道は「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」で第7回日本SF評論賞優秀賞を受賞、その後、立て続けに「エヌ氏」で第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受賞、評論執筆と小説実作を併行して手がける才人である。とりわけ「エヌ氏」(『原色の想像力3』、東京創元社に収録予定)は、「スタニスワフ・レム「エフ氏」をヒントに周到に組み立てられた完成度の高い短編。超越者ふたりのバトルを(まったくそう見えない典雅なスタイルで)美しく描く。(大森望)」、「レムの作品に想を得たというが、ここまで見事に換骨奪胎されていては文句はない。(日下三蔵)」、「語りのダイナミックレンジを抑え、その幅の中で魅惑的な謎、底の見えない感情の動き、頽廃的なニュアンスなどなどをニュアンスゆたかに出し入れして読者をつかまえる。全体のちょうど折り返しの位置に置かれた一撃、その後の超めくるめく展開さえ抑制のうちに収める腕前は大したものだ。(飛浩隆)」と、選考委員の絶賛を集めた。本作は受賞第一作にあたる。筆者はアマチュア時代から渡邊利道の小説を愛読してきたが、本作は「エヌ氏」の系譜に連なるものながら、ともすれば同作以上に、渡邊利道の“ひと皮剥けた”新境地を示す快作と言ってよいだろう。(岡和田晃)




(PDFバージョン:agehachouga_watanabetosimiti
 どこから歩いてきたのか、少年には記憶がなかった。
 遠くからささやかなざわめきを連れて波が少年の素足を洗う。どうして靴を履いていないのか、そんなこともわからないし、そもそもそれを疑問に思うための中心が、彼の魂(エゴ)には備わっていなかった。
 ただ波打ち際をとぼとぼと歩いていた。
 この海には水平線がない。ゆっくり傾斜して、一部は雲に隠れて空の向こうにまで続く。慣れない目で見ればどうしてこんなに大量の水が頭上にあって落ちてこないのか不安になるところだが、少年は何も感じていない。
 せりあがった海から、ゆるやかな風が降りてくる。波がゆっくり右に揺れ、ちいさな白い線状を作っている。風には強い潮のにおいが混じっている。だが、そのにおいもまた、彼は感じとっていなかった。
 感覚を認識する中心が、彼の魂には欠けていたのだ。

「サブライム」山口優(画・小珠泰之介)

(紹介文PDFバージョン:saburaimushoukai_okawadaakira
 第2期『エクリプス・フェイズ』シェアードワールド企画が開始と相成った。第1期を支えていただいた読者の皆さまに感謝したい。
 第2期の先陣を切る作品は、山口優の「サブライム」である。

 陥った状況、あるいは使用者の嗜好性に応じて、着用する「義体」が取り替え可能であること。これが『エクリプス・フェイズ』世界の大きな特徴と言うことができるだろう。この点にスポットを当てたのが本作だ。
 「義体」が取り替え可能な世界で、人が死ぬとはどういうことなのか。意志とは何か、そして魂の不滅性とは……。
 総合芸術家の義体というヴィジュアルイメージ、量子力学にまで踏み込んだ世界観解釈の妙、そして何より「語り」のゆらぎによって生じるリアリティの歪み。とくとご堪能されたい。

 山口優は『シンギュラリティ・コンクェスト』で第11回日本SF新人賞を受賞し、デビュー。同作は、日本語で書かれた、最も『エクリプス・フェイズ』に親和性の高い長篇SFの一つだろう。長篇第二作『アルヴ・レズル ―機械仕掛けの妖精たち―』で第7回BOX-AiR新人賞も受賞、スターチャイルドでのアニメ化が決定している。才気あふれる期待の書き手だ。(岡和田晃)



(PDFバージョン:saburaimu_yamagutiyuu


「お望みの品はこれでよいでしょうか?」
 そのハイパーコープのエージェントは、そう私に問うた。
「……間違いないようね……ご苦労さま」
 私はそう答える。私の返事を聞いて、エージェントは、するりと、その存在感を、私のメッシュ上の空間から消した。
「ついに手に入れたわ……あなたを」
 私はこみ上げる笑みを抑えることができないまま、手に入れた肉体を眺めた。

「黄泉の縁を巡る 4」片理誠(画・小珠泰之介)

(PDFバージョン:yominofuti04_hennrimakoto
 こんな弁当箱みたいなのがサイレンの魔女なの、と彼女。
 ああ、と俺はウルフ号のコクピットで肯く。
「……まったく危ないところだった。あと数秒で俺も消されてた。今考えても生きた心地がしないぜ。こいつは俺たちにとっては天敵みてぇな存在だ。出会っちまった不幸を呪うしかない悪夢だぜ。あんな強力なコンピュータ・ウィルスは生まれて初めてだった。俺のワクチン・ソフトはまったく効かなかった」
「本当に? うわぁ、それじゃ私でも危ないね」
「試そうなんて夢にも思わないことだな。だが、まぁ、勝てなくても無理はないさ。何せこいつは、ティターンズだ」
 へ、と少女の立体映像が小首を傾げる。
「このちっこいのが?」

「黄泉の縁を巡る 3」片理誠(画・小珠泰之介)

(PDFバージョン:yominofuti03_hennrimakoto
「随分、広いのね」
 リラの声が少し硬い。
 広大な宇宙空間にいる時よりも、重巡洋艦の格納庫の中という閉鎖空間を漂う時の方が不安感が強いというのも考えてみれば奇妙な話だが、確かに広大な空間だった。
 俺のラグタイム・ウルフが二百隻は格納できそうな部屋だ。ハンガーの形状から察するに、戦闘機ではなく大型ミサイルの格納庫だったらしい。だが今は全て空だった。どうやら全弾を撃ち尽くした後で大破したようだ。
 辺りは漆黒の闇だ。ライトで周囲を照らしながらウルフはゆっくりと進む。本当ならドローンと呼ばれる機械端末を繰り出して手広く周囲を探査したいところなんだが、生憎、その装備は切らしたっきり補充ができていない。やれやれ。ますます貧乏が嫌いになりそうだぜ。
 空間自体は広いが、立体格納庫の柱や梁が縦横無尽に走っているのでひどく進みづらい。剥き出しのフレームはどれもまだギラギラと銀色に輝いていた。
「船長! あれ!」
 少女が行く手を指さす。

「黄泉の縁を巡る 2」片理誠(画・小珠泰之介)

(PDFバージョン:yominofuti02_hennrimakoto
 三百と数十時間の宇宙航行はつつがなく終了した。何らかの異常があればすぐに対応できるよう半覚醒モードで過ごしたのだが、拍子抜けだ。もっともこの辺りは真っ当な船なら必ず避けてとおる宙域。つまりは、そのまっとうな船を食い物にする海賊どもも普通ならいない、っていうことになる。今回の依頼主はおおかたドジでも踏んだのだろう。大戦の亡霊がうろついているかもしれないこんな危険領域にくるのは普通だったら冒険家か、お宝狙いの墓泥棒だけと相場は決まっている。
 船は逆噴射によって既にかなりの減速をしていた。ここから先は慎重に行かなくてはならない。
 俺は広域レーダーに目を凝らす。今はまだクリーンだが、はてさて、この先どうなることやら。
「アクティブ・レーザー・スキャンを実行。三十秒置きだ」
「敵から丸見えになっちゃうよ、いいの? 松明持って近づいてゆくようなものじゃない」
 しかたない、と俺。
「進行方向上下左右四五度の範囲だけでいい。リラも各センサーからの反応に注意していてくれ。漂う破片の中にはステルス性の塗料が塗られているものもあるからな、レーダーだけでは感知できないことがある。俺はまだこんな宇宙墓場でスクラップの仲間入りをするつもりはないぜ」