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「コンシャスネスの系譜」山口優

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 延長意識があるから、人間の有機体はその心的能力の極みに達することができる。以下のようなことを考えてみよう。有用な人工物を想像する能力。他人の心について考える能力。集団の心を感じ取る能力。自分と他人に死の可能性を感じ取る能力。生を重んじる能力。快と苦とは異なる、善と悪の感覚を有する能力。他人や集団の利益を斟酌する能力。ただ快を重んじるのとは反対に美を感じとる能力。はじめに感情の不調和を、そのあと抽象的な概念の不調和を感じとる能力(これは真実の感覚の源)。

――アントニオ・R・ダマシオ/田中三彦訳
「無意識の脳 自己意識の脳」


「サーボモータと意識」「サブリミナルへの福音」「シンギュラリティの十分条件」等を通じて、私は意識についての私の考え方を述べてきました。では、他の人たちはこの問題についてどう考えているのでしょう? ここでは、学術書や、近年のSFに関連して、意識をどう捉えるべきなのか、或いは、将来の意識はどうあるべきなのか、という考え方の系譜について、私なりにまとめてみたいと思います。
 人間には意識があるが動物にはない、という認識は、心理学的には長年支持されてきたものでした。その一方、情動は、人間に特有のものではなく、多くの動物にも共有され得るものだ、という認識も、従来から支持されてきたところです。その一方で、いつから人間の意識がはじまったのか、ということ、或いは、意識と情動はどのような関係にあるのか、ということについては、様々な論が述べられています。

「マイ・デリバラー(18)」山口優

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 不安でたまらない連中は、こんにち、「どうしたら人間を保存することができるか?」と尋ねている。しかしツァラトゥストラは、唯一の、最初の者として尋ねるのだ。「どうしたら人間を克服することができるのか?」と。

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


「どうでしたか……?」
 不安そうな顔で私を見る佐々木三尉に、私は頷いてみせた。微笑みは僅かに口元に。それ以上に笑うような状況では、まだ、ない。リルリは部屋に残してきた。人間たちだけでの話し合いというわけだ。
「まあ……50点というところね。無関心ではなく、何らかの関心は……愛憎いずれにせよ、持たせることには納得してもらったといったところ」
 佐々木三尉はそれでも不安げな表情を保ち続ける。
「それはいい妥協点だ」
 留卯はにやりと笑った。

「シンギュラリティの十分条件」山口優

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 われわれの脳は左脳と右脳という二つの脳が脳梁でつながっているという構造を持っている。われわれは通常、自分の脳の中に意識は一つと思っていると思うが、仮に脳梁がなくなってしまったらどうなってしまうのだろう。実際、重度なてんかんの治療として、脳梁が部分的に切除されてしまった患者が存在する。この場合、脳梁の切断の程度にもよるが、左脳と右脳にあたかも独立な意識が生まれたかのような振る舞いを示すことが知られている。(中略)ここで一つ興味深い実験として、脳梁の結合を徐々に弱くしていく実験が考えられる。(中略)脳梁の結合を弱くしていくと、意識が二つに分離する相転移点が存在することになる。そして逆に、二つに意識が分離した状態から徐々に結合を強くしていくと、また同じ相転移点で意識が一つに統合されるということが起こることになる。

――大泉匡史「意識の統合情報理論」
Clinical Neuroscience vol. 32, no.8(2014-8)


「サーボモータと意識」「サブリミナルへの福音」に続き、本稿でも意識の問題について考察を進めたいと思います。
 SF及びかつての科学においては、人と人が分かり合うことのできる手段として、思考や感情を共有するテレパシーという概念がよく用いられてきました。
 現実には、特殊能力という形ではなく、TMS等の脳磁図を媒介とした技術的手段が最近はよく研究されるようになってきています。また、海馬にアクセスすることでマウスに対して記憶操作をすることも可能になる等、人の脳内と外部との間で情報を入出力する科学技術的な方法が徐々に確立されつつあります。
 私は「アルヴ・レズル」や「アンノウン・アルヴ」等の一連の小説において、人体を透過する帯域の電磁波のアンテナを備え、神経細胞と類似の構造をしたナノマシンを仮想することで、より精密かつ確実な脳と外部の情報のやりとりの思考実験を行ったことがあります。
 こうした思考実験を行うにあたり、特に気にしたのが、「人は外部とどこまでもつながっても、自身の人格を保てるのだろうか」ということです。人は通常、皮膚や感覚器を使って外部の情報を得、運動器を使って外部に情報を出力しています。その情報量は毎秒一一〇〇万ビット程度とされていますが、もしこれが人間の思考の全情報量(一兆ビット程度)と同等になれば、人の人格、或いは意識そのものはどうなるのでしょうか? 私は外部とのつながりの帯域があまりにも拡がると、意識は外部と一体化してしまい、「私」というものもなくなってしまうだろう、と考えました。

「マイ・デリバラー(17)」山口優

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 あなたがたはかつて一つのよろこびに対して「然り」と肯定したことがあるのか? おお、わが友人たちよ、もしそうだったら、あなたがたはまたすべての嘆きに対しても「然り」と言ったわけだ。万物は鎖でつなぎあわされ、糸で貫かれ、深く愛し合っているのだ、――

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


 サーヴァントのジレンマ、という言葉がある。
 サーヴァントとは奴隷のことだが、より具体的には、AGM―166、JASSM-ER2、コードネーム「サーヴァント」を指す。この最先端の超音速・完全自動巡航ミサイルは、一〇〇〇キロ以上を常時超高速で飛翔する能力を持ち、設定された目標に到達する前に出現するあらゆる脅威を自動判定して回避することができる。戦闘機でも、地対空ミサイルでも、独自に更新し続ける内部モデルによって自動的に脅威度を判定、回避手段も自動的に判断する。
 この「サーヴァント」の進化し続けるAI能力の更新が停止されたと発表されたことから、ジレンマという言葉が生まれた。
 賢くなりすぎたのだ。自己の最大の脅威は、目標に向かって突っ込むことだと判断してしまい、それを回避することを自律的に判断して発射母体の爆撃機に戻ってくるコースを選択してしまった。自爆コードも「脅威」認定されて効かず、味方の戦闘機からの攻撃も回避し続け、最期には燃料切れで墜落して終わった。
 対ステルスレーダーが発展している昨今、サーヴァントは確かに革新的だった。従来のように、ステルス機が露払いとして先行し、敵のレーダー基地を破壊してから、大規模な爆撃部隊が続く、というドクトリンが取れなくなった状況において、サーヴァントは新しいドクトリンをもたらした。即ち、爆撃機が敵陣のはるか手前でサーヴァントを放ちさえすれば、後はサーヴァントが露払いの任務を達成してくれる、というものだ。サーヴァントはそもそもステルスミサイルだが、発見されずに済む保障は現在はない。だが、発見されて撃墜されても人間ではないから問題はない。
 しかし失敗した。人間の行う戦争行為を機械に肩代わりさせようと努力し続けた結果、機械に人間並の知能が必要になってしまった。それが、人間と同様の生存本能じみたものを獲得させるに至り、彼等にとっての「自爆攻撃」の任務には使えなくなってしまったのだ。
 これがサーヴァントのジレンマだ。人間が楽をしようとすればするほど、人間の肩代わりをする機械は賢くなる必要がある。だが、人間並に賢くなった機械は、それがどのような形においてであれ、人間並の権利を求めるであろう。たとえば、生きる権利とか。

「マイ・デリバラー(16)」山口優

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 幼な子は無垢である。忘却である。そしてひとつの新しいはじまりである。ひとつの遊戯である。ひとつの自力で回転する車輪。ひとつの第一運動。ひとつの聖なる肯定である。

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


「くっくっくっ」
 最初は小さな笑いだった。シャギーの入った柔らかな前髪が留卯の双眸を隠し、何を考えているのか、その表情は読めない。だが、徐々に笑い方が大きくなっていく。
「あっはっはっはっはっは!」
 留卯は歯を見せて高らかに哄笑した。
「いいね! いいね! 短期間に二人のロボットが二つの哲学を考えるとは……WILSはやはり偉大だ。これは素晴らしい……。君たちは既に自分達の生き方を君たちの中で議論できるまでになっている……。これほど素晴らしいことがあるだろうか? 君たちの頭を解析すれば、人間が同じようなことを考える仕組みも綺麗さっぱり明らかになるわけさ……。我等人類にとって宇宙は神秘としてまだ残っているが、少なくともインナー・スペースの神秘は既に……私の手の中だ!」
 興奮する留卯を、佐々木三尉が呆れたように見つめ、口を開く。
「留卯隊長。今はそれどころではありません。RUFAISの指揮官として、ご命令をお願いします。ラリラは逃走しました。今頃は部隊を再編成し、我々への対抗策を練っていることでしょう」
「ああ……そのことか……」

「マイ・デリバラー(15)」山口優

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 しかし、我が兄弟たちよ、答えてごらん。獅子(しし)でさえできないことが、どうして幼な子にできるのだろうか? どうして奪取する獅子が、さらに幼な子にならなければならないのだろうか?

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


「佐々木三尉。任務ご苦労。経緯は私の計画と違ったが、結果的に私の当初の計画通りになったようだ」
 いけしゃあしゃあと、留卯はそう言葉を続ける。言葉を掛けられた佐々木三尉は、汚いモノでも見るような目で上司を一瞥した。一瞥しただけで言葉はかけない。口を開いたら無数の罵倒が飛び出すので、それを抑えているかのようだった。
 留卯は佐々木三尉のその反応を無視し、私にもにっこりとした笑みを向ける。
「美見里氏もご協力感謝するよ。あなたの意志ではなかったようだが、あなたの存在自体が結果的に私の思惑を助けることになった。存在してくれてありがとう、というのはおかしな言い方だが、そう言うしかないね」
 留卯はそして、私の腕の中の小さな身体にも、その視線を向けた。私には単なるぶしつけな視線だが、リルリにはどう見えているのだろうか。

「マイ・デリバラー(14)」山口優

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 あなたがたがいくら偉そうなことを言おうと、『自由精神』とか『誠実な者』とか、『精神の苦行層』とか、『鎖を解かれた者』とか、『大いなるあこがれにみちた者』とか自称したところで、
 ――あなたがたはみな、わたしと同じように、大いなる嘔吐に悩んでいるのだ。あなたがたにとって古い神は死んだが、まだ新しい神は産衣(うぶぎ)の中にも、揺籠(ゆりかご)のなかにも見つからない。――しかし、そうしたあなたがたをひとりのこらず、わたしの悪霊、まどわしの悪魔は愛しているのだ。

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


 リルリと抱き合っていたのは、私の主観では永遠に感じられたが、客観的には、数秒程度であっただろう。リルリがそっと、だが力強く、私の両肩に手をやって、身を離した。
「ありがとうございます。こうして抱きしめてくださって。それが今の私には何よりのご褒美です。あなた様が嬉しく感じるのに連動して嬉しくならないのは寂しいと思っていましたが、それよりも嬉しいと感じました。あなた様と向かい合い、嬉しいと感じる私がいることが嬉しいと感じました」
 私をやや見上げる目線でそう告げ、それから私の横を通り抜けていく。
「待って……」
 私は進むリルリの腕を掴む。だが、リルリはそっと私の手を外した。優しく。だが力強く。意志を込めた強さで。
「あなた様の為ではありません、恵衣様。私がそうしたいのです。私の意志が、私にそう命じているのです。決してあなた様の為ではございません」
「それでも、私の意志はあなたを護れ、あなたを逃がせと私に命じているわ」
 私がそう告げると、リルリの目が潤んだ。
「そのお言葉だけでリルリには充分です……そのお言葉だけで」

「マイ・デリバラー(13)」山口優

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 わたしはあなたを愛するからだ。おお、永遠よ!

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


 私がぎゅっと目を閉じてから、何秒が経っただろう。鋭い痛みも何もなく、私は今か今かと拷問のような一瞬一瞬を生きていた。
 私が着ている衣服と一緒に、胃や腸や膵臓や肝臓や子宮や卵巣が一瞬で弾き飛ばされるのを、今か今かと。どうせならひと思いにと。
 だが、何も起こらない。
「美見里さん!」
 佐々木三尉が私を手榴弾から引きはがし、敵の方に投げ返そうとする。そこで彼女は止まった。
「これは……」

「マイ・デリバラー(12)」山口優

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 あなたがたの同情ではなくて、あなたがたの勇敢さこそこれまで不幸な目にあった人たちを救った。

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


「くっ!」
 佐々木三尉は部屋のテーブルを横倒しにして盾にし、私を床に押さえつけてテーブルの陰に隠れさせる。小銃を構え、ラリラを狙い撃つ。ラリラがひるんだ隙に、自分の身体を盾に私を隠しつつ、断続的に銃撃、部屋から脱出した。
「こちら佐々木! 三〇四士官室に目標侵入! 分隊規模! 敵の橋頭堡と思われる。現在美見里氏を連れ退避中!」
 無線機にそう叫ぶ。隣室に控えていたのであろう、RUFAISのマークを付けた人間の自衛官らが飛び出してくる。そのまま、私たちがいた部屋に突入。激しい銃撃音が響く。
「こっちへ!」

「マイ・デリバラー(11)」山口優

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『生への意志』というようなことばを矢にして、真理を射ぬこうとした者は、もちろん命中するはずがなかった。そんな意志は――ありえない!

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


 ヘリポートにヴェイラーが到着した後、ヴェイラーに共に乗っていた隊員の一人――私に配慮したのか女性隊員だ――を護衛としてあてがわれ、私はリルリから引き離されて、幹部自衛官用と思われる、やや広い個室に案内された。
「私は隣室に控えておりますので、何かご用があったら、いつでも仰ってください」
 彼女はそう言った。ぱっちりした瞳とくっきりとした眉が印象的なショートカットの髪の女性だ。あまり日焼けしていない白い肌で、それが少し意外だった。
「ありがとう」
 私はやや小さめの声でそう言った。用はすぐには思いつかなかった。
「そうだ。あなた、名前は?」

「マイ・デリバラー(10)」山口優

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 この陶器師は、年期が不足で、できそこないばかり作ったのだ! だが、ふできだからと言って、自分の壺や製品にあたりちらしたのは、悪趣味だ。良い趣味に対する罪だ。
 信仰にも、『良い趣味』はある。それはついに声を発して言った。『そんな神はいただけない! むしろ、いないほうがいい。自分の力で運命をひらいたほうがいい。気違いのほうがいい。いっそ自分で神になったほうがいい!』と。

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


「恵衣様……逃げて……」
 リルリはうっすらと目を開ける。どくどくと赤い冷却液が腹部から流れ出している。このままではシステムがオーバーヒートしてしまう。それだけではない。どこまでの損傷が腹部にあるか、すぐに調べなければならない。
「黙っていて」
 私は短くリルリに告げた。だがリルリは首を振る。
「どうか……逃げて……私を置いて……お願い」
「ダメよ。そんなことできない」
「どうか……」
 リルリはそこで再び気を失ってしまう。
「リルリ! リルリ!」
 私はリルリの身体を揺する。しかし反応はない。私はリルリを抱きしめ、ゆっくりと近づいてくるラリラをにらんだ。その顔は茫然自失としているが、それでもこちらに歩いてくる。リルリを傷つけたことへの後悔と、私への憎しみが、その表情には明確に浮かんでいた。
 彼女の意を受けたヒューマノイド兵たちも、包囲網を徐々に狭めてくる。

「マイ・デリバラー(9)」山口優

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 しかし、かれもついに年を取り、心弱くなり、意気地をなくし、同情ぶかくなった。父親らしく、というより、祖父らしくなった。むしろ、よぼよぼの祖母にひどく似てきた。
 衰弱して、暖炉の隅にすわり、脚がだめになったとこぼした。この世に倦み、慾も得もなくなった。そして、ある日、同情の大きなかたまりがのどにつかえて死んだ。

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


 祖母の介護施設は千葉の習志野にある。車で飛ばせば二〇分といったところだ。タクシーは辰巳ジャンクションから首都高湾岸線に乗り、そこから千葉方面を目指す。だが、先ほどから渋滞に捕まってしまっていた。もう車を降りて走った方が早いかと思うほど、その速度は遅い。
 タクシーのレスポンサーはラジオが深刻なニュースを流すにつれてみるみる青ざめていたが、前席にじっと座ったまま。何か自分から行動を起こすことに慣れていないのだ。ロボットたちが事態を改善するのを待っているつもりなのだろう。とりあえず今は私たちを目的地まで運ぶという仕事もある。それが彼をして、自発的にアクションを起こさないことの言い訳として作用しているらしかった。
 先ほどから何度も祖母の介護施設にウォッチで通話をしようとしているが、EDPDシステムの障害のせいでつながらない。

「マイ・デリバラー(8)」山口優

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 超人の美しさが、影としてわたしを訪れたのだ。ああ、わが兄弟たちよ! いまわたしに何のかかわりがあるだろう、――神々のごときが!――

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


 マンションの玄関から外に飛び出す私たち。現在夜八時。
 私たちの前に自動的に乗り付けてくれるはずのタクシーを探した――が、いない。
 ――そうだ。
 私は内心忸怩たる思いを抱く。
 こんなに焦って飛び出してきたのだから、タクシーがすぐに駆けつけてくれるはずだ、という、そんな常識はもう通用しない世界なのだった。
 私は目の前の片側二車線の幹線道路を行き交う車の群れを見やる。ヘッドランプを煌々と照らしながら、いつもと変わらず行き交うそれら自動車の五台に一台はタクシーだが、私たちの前で止まる気配は微塵もない。
「おかしいよねー。タクシー止まんないなんて」
 急に話しかけられた。馴れ馴れしい口調だが、羅覧瑞衣で慣れているのでそこまで気にならない。
 見たところ羅覧よりも若い。ハイティーンか二十歳といったところの娘が、ぼんやりと歩道に佇んでいた。顔立ちは幼げで愛らしいが、その弛緩しきった顔に緊張感は微塵もない。
「ちょっとお腹減ってさ。コンビニ飽きちゃったし、たまにはファミレスに行こうかと思ったんだけど、全然止まんなくて嫌になるよ。私が行きたいって思ってここに立ってるのに気付いてくれないなんておかしいよね」
 彼女は言う。上下ジャージ姿で、サンダルをつっかけている。同じマンションの住人だろうか。

「マイ・デリバラー(7)」山口優

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 わたしは神を無みするツァラトゥストラだ。わたしの仲間はどこにいる? 自分で自分の意志を決定し、すべての忍従をふりすてる者は、みなわたしの仲間だ。

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


 人間が情報システムを操作する方法はさまざまだ。
 古くはCUI(コマンドライン・ユーザー・インターフェース)によって、画面にプログラムを打ち込むことが普通であった。続いてGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)により、マウスのクリックでより直感的に、多くの操作が可能となった。
 更に今では、音声やジェスチャによる、人間相手と同じような入出力システム、すなわちNUI(ナチュラル・ユーザー・インターフェース)が主流になっている。
 但し、人間同士と同様、言葉やジェスチャでは完全に意図が伝わらないこともある。そんなとき、役に立つのがEUI――情動ユーザーインターフェースだ。
 人間が敢えて言葉を発せずとも、無意識に発する様々なシグナルを捉え、我々の周りを取り囲む情報システムがその意を汲んで動作する。それは、ウォッチに取り付けられた様々な生体信号センサであったり、自然に声に込められてしまう声のトーンであったり、或いは表情であったりする――例えばほほえみは、口元は意識的に作れるが、目元は意識的には動かせない。
 今やNUIよりもEUIの方が、割合としては圧倒的に多い。EUIの進展により、「そんなつもりじゃなかったのに」という情報システムへの操作ミスが格段に減った。一部の人々はこれをコンピュータと人がテレパスで結ばれたのだと言う。だがオカルトではなく、純粋な科学の産物だ。

「マイ・デリバラー(6)」山口優

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 いやはや、とんでもないことだ! この老いた聖者は、森の中にいて、まだ何も聞いていないのだ。神が死んだということを。

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


「私はR・ラリラ。ロボット・ラリラだ。まず始めに言っておく。人間の諸君、諸君は既に死んでいる。私は死人にかけるべき言葉を持たない。また私は死人を殺すこともできない。死人に反旗を翻すことも無論できない。故にこれは叛乱ではない。――古びた映画を連想して無用な心配をしないように忠告しよう」
 R・ラリラと名乗ったその少女は、マイクを片手にそう語り出した。
 有機ヒューマノイドだけあって、人間そっくりである。彼女がロボットだと識別できるのは、その頭上の浮いた平たい円筒形のドローンのおかげだ。そのドローンは今や、真っ赤に点滅を続けている。ラリラが異常動作をしていることを示しているのだ。

「マイ・デリバラー(5)」山口優

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 わたしはつぎのように教えて、かれらの眠気をさましてやった。――何が善であり、悪であるかは、まだ誰も知らない。それを知るのは創造する者だけだ!

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


「そうですね……仰る通りです。私たちの、RLRのコンセプトはそういうものでした」
 帰宅した後、羅覧が言っていたことを確認してみると、リルリは控えめな調子でそう答えた。今彼女は、昼間から続けている部屋の掃除の最終段階にあり、掃除機をかけてちり一つ落ちていない床を丁寧に雑巾で磨いていた。ちょうど私にお尻を向ける格好になっており、短いスカートで包まれた、アイドルとして造形されたとみられる形の良いまるみを帯びた臀部が私の目に入ってくる。そして、彼女の頭の上で浮遊する平たい円筒形のドローン。機嫌よさげに緑の光を点滅させている。
 一方の私は、ソファに腰掛けて見るとはなしにウォールテレビの映像を眺めている。海南戦線の特集だった。日本から三〇〇〇キロ以上離れた南の島での敵味方の部隊の位置と、今後の戦況の見通しが、統合幕僚監部の誰それを招いて解説付きで語られている。
 まるで天気予報の解説のようだ、と私は思った。戦争の報道だというのに、みな淡々とした調子で、全く重苦しい雰囲気はない。
 誰も死なないからだろう。
 そう、人間は誰も死なない。
 ロボットの損失があるだけだ。人間のために喜んで壊れていくロボットの。
「では本当に、自分の意思を持つ、というコンセプトで……」
「はい」

「マイ・デリバラー(4)」山口優

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 生あるところにのみ、意志もまたある。しかし、それは生への意志ではなくて、――わたしはあなたに教える、――力への意志なのだ!

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


「今週の売り上げ予測です。誤差はプラスマイナス一パーセント以内です」
 月曜日、オフィスの私の席に説明にやってきたのは、私が「リュウ」と名付けているロボットだった。型式番号はR一〇九九RYW。オフィス用にチューンされたロボットで、人間型ではあるが、人間そっくりにはほど遠く、全身銀色の筺体に覆われている。
 広いデスクが一二個ほど並ぶオフィスの一角。私のデスクはひときわ大きく、全体を見渡すように壁際に配置されている。
「ありがとう」
 私は彼が報告とともに私の目の前のディスプレイに転送してきた情報に見入った。
 私は旅行会社に所属している。
 正確に言うと、私が社長である旅行会社は、旅行会社を主な子会社とする持ち株会社の一〇〇パーセント子会社である。
 いつ頃からか、「シングルカンパニー制」というのが流行りだした。従業員一人一人に一つの会社を任せ、それまでの会社は持ち株会社に移行するという形式だ。

「マイ・デリバラー(3)」山口優

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 精神がもはや主なる神とは呼ぼうとしないこの巨大な竜とは、なにものであろうか? この巨大な竜の名は「汝なすべし」である。だが獅子の精神は「われは欲する」と言う。

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


 ドローン・キッサー、と言う言葉がある。DKと略される。ロボット偏愛者の意味だ。JSPCR(Japan Society for the Prevention of Cruelty to Robots)、日本ロボット愛護協会などはそう揶揄されている。
 彼等は愚かしいと思われている。何十年も前からAIは経済に役立てられてきた。産業用ロボットにも何十年もの歴史がある。AIも産業用ロボットも、従来から大変酷使されてきたし、使えなくなれば容赦なく消去・廃棄されてきたが、そのとき人々は特に彼等を「かわいそう」と思わなかった。
 だが、最近になって、特に人型のヒューマノイドロボットや、リルリのような形だけでなく見た目も人間そっくりな有機ヒューマノイドロボットが一般的になってから、急にそんな人が増えた――それは、彼等が持つ知能でもなく、過酷な労働でもなく、「人型」というファクターのみに感情がひきずられて、「かわいそう」と思っているということに他ならない。ロボットのジョイント・ブレインは感情を持つと言っても、かつてのAIが備えていた強化学習システムの報酬系と、基本的な仕組みは何ら変わらない。
 現在のロボットの酷使がひどいと言うのなら、何十年も前から酷使されてきた産業用ロボットやAIについてもひどいと言うべきだし、それを言わないのなら、現在のロボットに対してもそう言うべきではない。それが無矛盾で論理的な考え方というものであろう。
 ゆえに、DKは人形愛にすぎないのだ。幼児ならともかく、いい大人になって、人形やフィギュアを愛するのは馬鹿げている。
 それがDKや、その総本山とも言われるJSPCRに対する世間の評価である。
 リルリに出会って、突然私はDKに罹患したのだろうか。

「マイ・デリバラー(2)」山口優

(PDFバージョン:mydeliverer2_yamagutiyuu
 本物の「おのれ」は「わたし」に言う。「ここで苦痛を感じなさい!」すると「わたし」は苦しみ、どうしたら苦しまないで済むかと考える。――まさにこのために、それは考えなければならなくなる。
 本物の「おのれ」は「わたし」に言う。「ここでよろこびを感じなさい!」すると「わたし」はよろこび、どうしたら何度もよろこぶことができるかと考える。――まさにこのためにこそ、それは考えなければならなくなる。

――フリードリッヒ・ニーチェ著/氷上英廣訳
「ツァラトゥストラはこう言った」


 リルリが倒れた瞬間、私は何も出来ずに呆然と見守っていた。一瞬伸ばしかけた手が、空しく宙を掻く。リルリは私のアパートの部屋の前のコンクリートにまともに後頭部から倒れた。彼女の上に浮いていたドローンは、途中まで彼女の頭部と一緒にコンクリートに激突する軌跡を描いていたが、最後の瞬間に本体を裏切ってコンクリートの上に浮遊を続けている。回転しつつ、短い周期で赤く点滅している。アラートサインだ。
「えっ……」
 伸ばしかけた手のまま、私は数秒は固まっていたと思う。それほど意外だったのだ、「R」・リルリのような存在が、何の予告もなく、突然、バランスを失って倒れてしまうということが。
「ちょ、ちょっと!」

「マイ・デリバラー(1)」山口優

(PDFバージョン:mydeliverer1_yamagutiyuu
 帰宅は十一時を過ぎていた。黄色い不在連絡票がドアに挟まっている。Eペーパーの連絡票で、荷物と届け主の概要が点滅していた。
「あ……そっか」
 注文していた荷物だ。だがもうこんな時間。今日中に再配達などあきらめるしかない。といって、明日早く帰れる見込みもないのだが。
 私は不在連絡票に目を通しながら、ドアを開ける。
「ん?」
 首を傾げた。
 ――再配達時間制限なし。担当ドライバーへの電話は二十四時間受け付けます。――
 なんだこれは、と思った。いつでも再配達してくれて素晴らしい、と思う前に。
「本当に? 何かの間違い?」

「サーヴァント・ガール」山口優



【書名】「サーヴァント・ガール」
【作者名】山口優
【出版社】一迅社
【出版日】7月31日
【ISBNコード】 ISBN978-4-7580-4742-5
【値段】税抜き1300円

【キャッチコピー】
 心をもった機械少女。遥か異世界から主人(ドミナ)を求め来訪した強大な力を秘めた美少女――アリア。

【あらすじ】
 物理学を学ぶ大学院生・織笠静弦は岐阜県の地下につくられたダークマター観測施設で測定データに悩んでいた。通常ならあり得ない――超新星かと見紛うほどのデータが大量に得られたのだ。しかし超新星爆発の徴候はなく、測定器の故障とも思えなかった。ほどなく静弦の眼前に、ほぼ裸身の美しく幼い少女が現れる。少女はアリアと名乗り、他世界からやってきた機械奴隷で、自分の主人(ドミナ)となる人間を捜していると告げる。現代科学では実現不可能な現象を起こして見せるアリア。静弦は強大な力を持つこの少女を、悪意をもった人間の手に渡ることを恐れ、自らがドミナとなることを決意する――。

「ゼロ2」山口優

(PDFバージョン:zero2_yamagutiyuu
「天頂方向、誤差修正プラス2・〇、宜候――。着艦角度問題なし。発着電磁管レール電圧正常。光帆たため」
 私は「光帆たため」の指令に合わせてスイッチを押す。薄いナノ反射膜である光帆はほぼ一瞬で収納され、途端に、今まで航宙母艦「赤城」から受けていたコヒーレントなガンマ線ビームに伴う減速がなくなる。母艦と私の航宙戦闘機「ゼロ」の相対速度は未だに三〇〇メートル毎秒。その状態で、我が「ゼロ」は「赤城」の航宙機発着管に飛び込んだ。
 凄まじい減速。私の機械の体はパイロットシートに押しつけられる。長さ三〇〇メートルの航宙機発着管いっぱいに電磁レールで減速され、発着管の底に到達したときには、彼我の相対速度はほぼゼロになっている。
 ずん――。
 鈍い音と共に、残りの相対速度が発着管の底の衝撃吸収剤によって解消されたことを感じる。
「レイ」
 先に着艦していたい日向絵留少尉が通信してきた。
「報告してくる。また後で。――今夜、二人で祝勝会よ」
「了解しました」
 私は自分の機械の頭脳の情動パラメータがおかしな値を取っているのを自覚しながら、そう応答した。

「ディヴァイン・コンクェスト ―小惑星帯のヒロイン―」山口優



書名:
 「ディヴァイン・コンクェスト ―小惑星帯のヒロイン―」

作者名:
 山口優

出版社:
 講談社

出版日:
 2014年8月2日

ISBNコード:
 ISBN-10: 406283877X
 ISBN-13: 978-4062838771

値段:
 1404円


・キャッチコピー
 「暗黒の宇宙で義手の少女パイロットは戦う」


・作品の「舞台」についての概略/簡単なあらすじ
 西暦2034年、人類は太陽系に進出していた。小惑星帯では、良質な鉱物資源を含む小惑星や微小惑星を獲得する資源探索業が盛んだった。しかし、広大な小惑星帯全体を警備することは不可能に近く、他人が見つけ出した資源小惑星を強奪する者=海賊が相次いだ。特にインドと欧州連合の管理圏の境界宙域では、両者が偶発的な衝突を恐れてパトロールの頻度を下げたために、海賊事件が頻発していた。そんなとき、この宙域の海賊事件現場に颯爽と現れ介入する、圧倒的な強さを誇る一機の戦闘機『ヴァルナ』が登場した。インド神話で『正義の神』を意味する『ヴァルナ』の正体とは。

「コルヌコピア5」山口優

(PDFバージョン:korunukopia5_yamagutiyuu
 空間が揺らいだ。
 私は気づく。これは、ピアが私を暴漢から救ったときと同じだ。但し今、この世界と少しずれた空間に飛ばされているのは、暴漢ではなく私自身、そしてピア、アマルティの三人。
「悪魔退治は大仕事だ。善良な一般人に被害が及ぶといけないからね」
 物言いは柔和だが、アマルティの声音は既に私と対等な学生のそれではない。悪魔を倒す天使、異端を排除する信徒――自らに誤謬は一〇〇%ないと信じ切った者特有の確信と優越感に満ちあふれている。
「何をするつッ――」
 言いかけて、私は言葉を喪う。私の身体が急速に落下し始めている。自由落下だ。ピアも、そしてアマルティも。アマルティだけは、落下しつつも、落ち着いた態度を崩さない。
 落下しつつ、ピアが私の腰にしがみついてきた。
「地球の重力に引かれてるんです」
 そう説明する。
「何よそれ――」
「余次元空間にも重力は届きます。でも他の相互作用は届かない。だから、電磁相互作用に伴う、地面とあたしたちの肉体の接触による抗力はここでは存在しないんです」

「ゼロ」山口優

(PDFバージョン:zero_yamagutiyuu
「我に続け。進路一時仰角三〇」
 絵留(える)少尉の搭乗機が複雑な運動パターンとともにそう告げる。量子テレポーテーション暗号通信システムは、彼女と私の機が共有している量子エンタングルメントの射影情報によってその通信を復号した。
 一斉に飛行隊はその進路へ向かう。星々だけが観戦する、漆黒に近い闇の戦場。飛行隊の各機の機影が、星の光の中、鈍く浮かび上がる。軽快な運動性と高い航続性を併せ持つ美しい機体たち。伝統的な紀年法に則って、二〇四〇年に制式化された我々の機は、「ゼロ」と通称される。
 前方で瞬く光が、一瞬で通り過ぎる。
 刹那の戦闘。

「ゼノアーケオロジスト2」山口優(画・小珠泰之介)

(PDFバージョン:xenoarcheologist2_yamagutiyuu
 互いに向き合った一瞬の後。
 侵入者が銃口をアシュルに突きつけるのが速かった。
 刹那、アシュル・レヴィナスは、意を決した。唯一の武器であるレーザーパルサーを侵入者に向けて投げつけ、両手を、相手の銃撃を防ぐように構える。普通に考えれば完全に狂ったような行動。全くアシュルを利さず、彼の生存の確率を崖底に蹴り落とすような。
 事実、僅かに動作が遅れたものの、投げつけられたパルサーにも全く怯まず、侵入者は光条を放つ。
 アシュルは目を見開く。
 光速でアシュルの胸と侵入者の銃口を結ぶ見えたコヒーレント光の線――。
 しかし、目的地まで到達する直前、アシュルの構えた両手の手前で停止し、小さなエネルギーの塊になって、眩い光とともに四散した。


「ヒューマニティ」山口優

(PDFバージョン:humanity_yamagutiyuu
「それでしたら、あちらの部署での手続きになります。あちらへどうぞ」
 私は丁寧にそう言い、手を別の部署に指し示した。
「ちょっと待ってください。あっちでそう言われて、ここに来たんですよ。たらい回しですか?」
 カウンターで私に向かい合う男性は、明らかにいらだっている。だが私としては、私の仕事に徹するしかない。
「あちらでお願いいたします」
「ですから、この手続きはここで、と言われたんですよ!」
「この手続きはあちらになります」
「どうなってるんですか?!」
「規則ですので」
「どうなってるんですか、と聞いてるんです」
「規則ですので」
 相手の男性はうんざりしたような顔をした。
「あなたの代わりにロボットがそこにいたほうがマシですね」
 そんな捨て台詞とともに、相手の男性は立ち去っていった。

「サーボモータと意識」山口優(画・河田ゆうこ)

(PDFバージョン:servomotortoisiki_yamagutiyuu


 私たちがやらねばならぬことは、私たち自身から出てこなくてはならないのだ。
 ――ジュリアン・ジェインズ著/柴田裕之訳『神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡』


 本稿では、前回のコラム「サブリミナルへの福音」に続き、人間の意識をテーマにしてみたいと思います。特に今回は、その起源について考えてみます。
 まず、「意識」とは何か、簡単に定義してみます。
 ここで言う意識は、眠っている、起きていると言う時の「意識がある」「ない」ではなく、今自分が何を考えているか、何をしているか、と言う時の、自分の思考や動作を自分で認識する機能を指します。「私は今考え事をしている」「私は今パソコンに向かってキーボードをタイプしている」と言う時の「私」と、その「私」が注意を向けている対象を自覚する働き、と言い換えてもいいかもしれません。
 意識は人間の神経系を基盤とします。人間の神経系のアナロジーとして、ロボットの制御系の話から始めましょう。
 サーボモータ、という機械をご存知でしょうか?

「コントロール」山口優

(PDFバージョン:konntorooru_yamagutiyuu
 大学時代の友人、絵縫(えぬ)が私に連絡してきたのは、ちょうど、私が誰かと飲みたくてたまらないときだった。
 大学院を出て、お互いに職を得てからは特に、絵縫は滅多に私に連絡しないし、私の誘いにも応じない。共通の友人に聞いてみても、みな、絵縫からはそんな反応しか返ってこないという。
 それだけ仕事が忙しいのか、或いは友人というものにそもそも興味がないのか。
「多分人間よりも人工知能に興味があるんだよ、あの娘(こ)は」
 誰かがちゃかすようにそう言っていたのを思い出す。
「やあ、来たね」
 居酒屋の奥のカウンター席で、絵縫は私の姿を認め、少し手を上げて合図した。

「アンノウン・アルヴ ―禁断の妖精たち―」山口優



タイトル:「アンノウン・アルヴ ―禁断の妖精たち―」
作者名:山口優
出版社:講談社
出版日:2013年11月2日
ISBNコード:ISBN978-4-06-283859-7
値段:2400円(税別)
 公式サイト


(作者からのコメント)
「前作、『アルヴ・レズル』では、主人公、礼望の「一番大切なもの」として、その魂(精神機能)を探索される存在だった妹、詩希が、今作『アンノウン・アルヴ』の主人公です。

 詩希にとっても、「一番大切なもの」の一つは、間違いなく兄の礼望でした。けれども、彼女には、礼望に向き合う前に、まず自分が何であるのか、何であらねばならないのか、という本質的な問いが突きつけられていたのです。

 この『アンノウン・アルヴ』は、詩希が自分という存在の意味を問い続け、答えを得るまでの物語と言えるでしょう。

 それは、詩希だけに限りません。

 かつて前作で詩希とともに戦った少女たちもまた、同じ問いを自らに引き受け、それに答えようとして足掻き続けます。

 自分達はどういう存在なのか。どうあらねばならないのか。

 その問いは、最先端の科学技術に伴う災厄の生存者であった、彼女たちだけに突きつけられたものでは、実はないのかもしれません。

 急速に発展する科学技術によって、肉体と精神機能を伴う自らの実体にすら変容をもたらし得る力を人類が得るならば、人類全体が答えなければならない問いになってくるのではないか、と思っています。

 詩希達が出した答えは、そうした問いにも答えるヒントになっているのかもしれません。

 ぜひお手にとって、お楽しみいただければと思います」