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「続・鏡よ鏡」林譲治

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「鏡よ鏡」
「はい、何でしょうか、お后様?」
「この世で一番美しいのは誰?」
「ええと、それよりですね、お后様。米大統領選後に値上がり確実な株があるんですが」
「私は既に十分な財産を持っている。いまさら利殖をしようとは思わぬ。それより、誰が美しい?」
「あのぉ、そろそろ寒くなってまいりましたが、鍋の美味しい店、一〇選なんていかがでしょう?」
「美味い料理なら料理長に言えば済むだけの話、それより世界で一番美しいのは?」
「ええと、国立美術館でダリ展をやってますが……」
「シュールレアリズム絵画は趣味ではない。そなた、どうしても私の質問には答えたくないというのか?」
「そのようなこと、滅相もない」
「それとも、そなた程度の魔鏡では、こういう世界を相手にした質問は荷が勝ちすぎたか」
「失礼な、手前もそれなりに名の通った魔鏡、世界で一番美しいのは誰かなど、容易い質問で」
「ならば、答えてみよ」
「いえ、それが、そう簡単な話ではございません。時期が悪すぎます」
「時期が悪いとは、どういうことだ?」

「秘め事」林譲治

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 気がついたとき、下着姿で椅子に拘束されていた。手足が動かず、太い結束帯の感触がある。
 手は頭の後ろで組んだ形で結ばれている。ヨガをやっていなければ、肘の痛みがたまらなかっただろう。
 身体も結束帯で固定され自分がどんな状況なのか、頭を動かしても見えない。
 それでも上から順番に身体を動かしてみて、拘束具合を確かめる。血液の流れを止めるほどではないが、拘束はほぼ完璧と言っていい。
 結束帯は工事現場で鉄筋を束ねるのに使うものだろう。手足もこれで拘束されているなら、人力で解くのは不可能だ。
 縛り方といい、使う道具といい、これは慣れた人間の仕事だ。激情に任せての行動ではなく、そこには某かの計算がある。
 直前の記憶はない。だからまず自分の意識を確認する。名前は厄神亜貴子、浪速大学理工学部教授、三五歳。とりあえず自分が何者かはわかるようだ。
 そして冷静になれと自分に言い聞かせる。相手はこちらが恐怖に陥り、感情的になることを期待している。でなければ、こんな面倒なことはしない。
 だから相手に負けないためには、冷静になることだ。私の悲鳴を聞きたい相手には申し訳ないが、私は静かに事実関係を確認していた。
 これは闘争であり、それはすでに始まっている。

「手間の多い料理店」林譲治

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「すいません」
「へい、いらっしゃい」
「すいません、食べログで見たんですけど、この辺にリットリオというイタリアンレストランがあるはずなんですけど、知りませんか?」
「リットリオかい、うちだよ。俺がオーナーシェフ」
「えっ、食べログだと50席あるレストランって書いてましたけど。ここ、屋台ですよね」
「まぁ、店舗のことはな、いろいろあるんだよ、税金とかよ」
「屋台で本格イタリアンなんてできるんですか? 道具もないみたいだけど」
「そこはまぁ、色々あるんだよ。うちはな、少しでも安くて美味いものを出すのがモットなんだー、だからだよ」
「まぁ、店舗の固定費を抑えるってのはわかりますけどね。大丈夫なんですか」
「大丈夫だよ。ほら、これメニュー」
「あぁ、メニューは本格的だな。これ全部、オーナーシェフが調理できるんですか?」
「できるよ、俺はイタリアで10年修行してきたんだぞ。どれにする?」
「セットメニューもあるのか……いや、単品にしますよ。アクアパッツァなんてできるんですか?」
「できるよ、うちはシーフードでは定評があるんだからな。食べログにも書いてるだろう」
「まぁ、それで来たんですけどね。じゃぁ、アクアパッツァ」

「かあさん、俺だよ俺」林譲治

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「かあさん、俺だよ俺」
「どうした? 一郎かい?」
「そうだよ、一郎だよ」
「それにしては声が変だけど」
「風邪引いたんだよ。それより、大変なんだ。会社の集金の金を落としたんだ200万、あれがないと会社をクビになってしまうんだよ」
「あらまぁ」
「お願いだから、200万貸してくれよ。友達が受け取りに行くから」
「お前本当に、一郎かい?」
「疑うのかい、かあさん。一郎だよ」
「そうかい、だったら本人確認のためにマイナンバーをお言い」
「マイナンバー!?」

「鏡よ鏡」林譲治

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「鏡よ鏡」
「はい、何でしょうか、お后様?」
「お前に一つ訊きたいことがある、お前は私が后として嫁ぐ前からこの城にあったが、もしかして、お前は前の后の持ち物か?」
「はい、左様でございます。前のお后様は、自分に何かあったら、私に次の后に従えとご命令になられました」
「やはりな、前の后も魔女であったか」
「ご推察の通りです」

「ある欠陥物件に関する関係者への聞き取り調査」林譲治

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取材陣:今日はありがとうございます。個人を特定できないように画像、音声はエフェクトがかけられてます。

関係者:どうも。例の物件の建設現場にいたものです。

取材陣:具体的には、どのようなお仕事を?

関係者:いや、それは身バレするので勘弁してください。広義の管理業務を担当してました。

取材陣:なるほど。まず、基本的な確認ですが、やはり官需の方が業界としては、なんと言いますか、美味しい仕事なんでしょうか?

関係者:まぁ、ケースバイケースなんですけど、基本的に国の仕事は、我々のような業界では、うま味が大きいですね。

取材陣:それは、どういう理由なんでしょうか?

『ソルジェニチン作「桃太郎」』林譲治

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 これら群島に収容されたとき、あなたはこう思うだろう。「これは何かの間違いだ。明日になれば、内務省局員が、いや、申し訳ない、こちらの手違いでした。よく似た名前の人物が多いのは、あなたもご存じでしょ、と言って釈放してくれるの」と。そう逮捕されたときの私が、まさにそうだった。革命後の世代、赤軍将校として戦った私が、なぜ逮捕されると?
 ここで私が指摘したいのは、群島における、密告屋の存在と、内務省局員の能力、特にその技術面である。私が最初に収容された群島には、桃太郎という内務省に属する将校がいた。彼はその立場にもかかわらず、非常に好ましい人物に私には思えた。
 告白しよう。私はその時、桃太郎だけは同じ種類の人間だと思っていたことを、そして彼もそう思っていてくれると確信していたことを。

「聞かざるは一生の損」林譲治

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 ホテルの電話で起こされた。枕元の携帯を確認する。着信はない。つまり電話の主は、私の携帯番号を知らない相手。よい徴候だ。電話はフロント経由の外線電話だった。それは警察からで、妻が自殺したらしいという。ただ事情を訊きたいこともあるので早急に帰宅してもらいたいと。
 妻の死に茫然自失の夫を装いつつ、私は帰りの飛行機の中で、状況を分析していた、警察は新聞配達が第一発見者と説明した。電気もTVも点きっぱなしであることに不審をいだき、リビングの窓から覗いたら、妻が倒れていたという。近くに薬の瓶が転がったままで。

「鬼女スレ『昔かかわった女性の話をしたら妻が出て行くと言ってます』」林譲治

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30歳自営です、2歳の男の子と妻の三人暮らしです。いまさっきのことなんですが、夫婦の団らんに、数年前に仕事先でであった女性のことを話したら、妻が突然怒りだし、もうこの家にはいられない、朝になったら出て行くと言って、話し合いにもなりません。どうすればいいでしょう?

どういう形であれ、奧さんに元カノの話をすれば気分を害するだろ。そんなこともわからないのか?


ええと、その女性はたまたま仕事先で一度、出会っただけで、元カノとかそんなのではありません。それは妻にも説明したのですが、出て行くの一点張りです。

「インド人の金玉翁さんが、我が家に来てくれない」林譲治

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 私はいまの家に越してからかれこれ五年になるのだが、この間、インド人の金玉翁さんが我が家を訪ねてくれたことは一度もない。そう、ただの一度も。どうしてだろうか?
 理由は幾つか考えられると思う。まずインドから我が家への道程を考えれば、距離という問題がある。インド・日本間は飛行機で移動するとしても、我が家は関空からは遠いし、金玉翁さんだって、インドの自宅から空港に行くま簡単には移動できないかも知れない。
 また世の中には飛行機はどうしても駄目という人もいて、そうなると陸路で幾つかの国境を越え、最後は船で日本へ移動となろう。
 他にも海路という方法もあるが、インド人である金玉翁さんがインドのどこに住んでいるかによって、海路のメリット・デメリットは決まってくる。

ハヤシ ジョウジ

林 譲治(はやし じょうじ)
1962年北海道生まれ。臨床検査技師を経て専業作家となる。『ウロボロスの波動』、『ファントマは哭く』などがある。