(PDFバージョン:kazegaosietekureta_morinaganisi)
「火事だあー」
叫んだのは、他でもない私だが、本当は火事なんて起きていない。とはいえ、その辺にあったチラシに火をつけたり、今度は、ビニールの袋に火をつけてみた。かなりきつい臭いがする。よし、これならうまくいきそうだ。
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私は、浅野涼太、通信システムメーカーのライト&リアル社の技術者で、主に、テレビ会議システムの開発を担当している。
1年ほど前に部長から、
「テレビ会議システムの開発を空調システムのアトモス社と提携して進めることになった。そのリーダーを浅野君に頼みたい」と伝えられた。空調システムと聞いて、最初は、「快適な空間でテレビ会議を」とでも売り込むのかなと思った。しかし、それなら、技術部ではなく、営業が販売協力をすればいいことである。
「いやいや、そういうことじゃなくて。テレビ会議システムの一部として、空気のコントロール機能を組み込めないかと、アトモスの方から売り込みがあったんだ」部長は、提携話の概要を説明してくれた。その話はこうだ。
アトモス社は、「空気のデジタル化」に取り組んでいて、かなりの線まで来ている。ある空間の温度、湿度、匂い、空気の流れなどをデジタル情報化して、別の空間に再現することがある程度までできるようになっているらしい。その応用先として、テレビ会議システムが有効なのではないかと考えたらしい。
なるほど、面白そうだ。空気をデジタル化して、互いに共有できれば、例えば東京の会議室と福岡の会議室の空気がつながって一体化することを意味する。それが、どんな効果を及ぼすかは、実際にやってみないとわからないが、今までにはないリアリティをテレビ会議にもたらす可能性がありそうだ、とその時点でも感じたことをおぼえている。