タグ: 立原透耶

「代返」立原透耶(画・YOUCHAN)

(PDFバージョン:daihenn_tatiharatouya

 大学なんてくそったるい。一般教養だって? フザケンナ。そんなもんサークルやバイトの方が身につく。親は大学を出ないとダメだっていうが、大学を出たところで大した職につけるとも思えない。一流大学いやせめて二流ならまだ話は違うんだろうけどな。こんな底辺校じゃあ意味なんかない。先輩の話によると、問い合わせを出しても資料すら来ないらしい。くそったれ。
 しかもさ、ムカつく教師がいるんだよな。あの語学のババア。「欠席回数が5回になったら自動的に単位はなくなります」だと。毎回毎回小テストしやがって、中学生かっつーの。テストを受けないと出席にならないし、かといって授業開始直後のテストだけ提出して教室を抜け出すわけにもいかない。授業の途中と終わりに、わざわざ名前を呼んで出欠確認しやがる。クソだるい。フザケンナよ。おれたちは、てめえみたいに老い先短いババアと違って、やることがたくさんあるんだ。タバコ吸ったり酒飲んだりダチと遊んだり……たまにナンパに成功したり。
 今日も不満タラタラ椅子に座っていたら、右端のポニーテールのちょっと可愛い……渡辺なんとかっていう女子が、テストを提出した後、すうっと扉から出て行くじゃねえか。おいおい、だったら最初からサボった方が得だぜ、後2回、名前を呼ばれるんだ。
 そう思って教科書に落書きしたりスマホをいじったりしていると……授業開始後45分ぴったり、始まった。ババアが70人の名前を淡々と呼び始める。
「ウィース」
 仕方なく返事する。
 渡辺なんとかさんの名前が呼ばれた。ほら、な。
 ところが、だ。
「はい」
 とても爽やかな声が響いた。
 まじ?

「花嫁」立原透耶(画・YOUCHAN)

(PDFバージョン:hanayome_tatiharatouya

 ある娘が神に愛された。娘は神を畏れつつも、強く魅せられた。その娘はたいそう美しかったから、あちらこちらで評判になり、ついにある金持ちの跡取り息子に見初められた。
 村人たちは、娘は神の嫁になるのだと断ったが、目の前に大金を積み上げられ、誰も断る言葉が喉から出てこなくなった。娘の両親も、神よりも金持ちの人間に嫁げ、と娘を諭した。
 娘は少しずつ一族の刺青を彫り始めていたが、これも中断された。金持ちの息子は内地からやってきた一族で、娘たちとは種族が異なった。彼らは娘の白い肌、柔らかい手触りを好んだ。刺青を嫌っていた。それで娘は、ほとんどの刺青を断念し、手の甲に少しだけ彫ったまま、嫁ぐことになった。
 刺青がなければ、死後に一族の者がわたしを見つけてくれるかしら、と娘は壁にかけられた花嫁衣装を眺めながら涙をこぼした。

タチハラ トウヤ

立原透耶 (たちはら とうや)

1991年コバルト読者大賞受賞。翌年文庫デビュー。FT中心だったのが、気がつくとホラー・怪談中心な日々に。小学校の文集では「夢はSF作家、好きな作家はエドモンド・ハミルトン」と書いていた。表家業は中国関係の先生。最近は『ひとり百物語』シリーズ(メディアファクトリー)中心、でもたまに中国SFの翻訳や紹介もしてます。支配者さまは現在2ニャン。

「支配者種族と奴隷の日常」立原透耶

(PDFバージョン:sihaishashuzokutodorei_tatiharatouya
【自己紹介】
 我が輩は支配者種族である。地球という惑星で最も崇高な生き物であり、奴隷にかしづかれて生活している。奴隷は一人暮らしの売れない三文作家で、口癖のように「仕事がない」と呟いておる。我が輩の生活を支えるためにも、しっかりと働いてほしいものだ。
 我が輩はまもなく4歳になろうとする猫、ラグドールという種族の元男である。奴隷めが、健康によいのよ、などと申して、我が輩をだまくらかし、病院に連れて行き……哀れ、子孫を残すことは不可能な身とあいなった。奴隷めはしばらく我が輩を「宦官」と呼び、「にゃあ」ではなくて「ちゃあ」とこたえるのだと笑いものにしておった。なんでも古の中国では、宦官は「ちゃあ」と返事していたそうな。
 我が輩が奴隷の元にくるきっかけになったのは、えすえふ作家の林穣治氏なる者のブログである。そこで氏の支配者ココベン殿の写真を毎日ためすがえす眺めている間に、奴隷めは見事に洗脳にかかったわけである。そこで、まったく同じ種類、同じ毛並みの我が輩を支配者として迎え入れた、とこういういきさつである。