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「円満な夫婦」宮野由梨香

(聞いて極楽シリーズ・その3)
(PDFバージョン:ennmannnafuufu_miyanoyurika
 その塾は私鉄の急行が停まる駅前の商店街の中にあった。高校受験のための塾だった。志保は大学の事務室にある資料でそのバイト先を知り、紹介状を書いてもらった。幸い、志保の教えぶりは評判がよいようだった。
「志保ちゃんが来てくれて、本当によかったよ」と、塾の経営者の男は言った。男は自分のことを「塾長」と呼ばせていた。志保を面接して採用したのも、この塾長だった。
「長く来てくれるつもりがあるなら、いろいろ任せたいな」
「就職活動で忙しくなるまでは、来ることができると思います」
 志保は大学2年生だった。
「十分だよ。そうだ! いっそ、ここに就職したら?」
と、中年男は相好を崩した。
「考えておいてよ。それまでのバイト代も、はずむからさ」
「そうですね」と答えたが、もちろん、志保にその気はなかった。
 思えば、この時にはっきりとした態度をとるべきだったのである。

「犯罪のない街」宮野由梨香

(PDFバージョン:hannzainonaimati_miyanoyurika
「引っ越してきたばかりだなんて、そんなこと、理由になりませんよ。この街にお住まいになる以上は、この街の条例に従っていただかないと」
と、やってきた警官は言った。
「まず、玄関には、五つ以上のカギをかけて下さい」
「五つの鍵を毎日かけるんですか?」
「慣れれば、どうということはありませんよ。そして、家の中は、ドアごとに三つ。これも必ずお願いします。……今まで全くやっていなかったんですか?」