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【小松左京氏追悼エッセイ】「D-3プロジェクトのころ」谷甲州

(PDFバージョン:D-3projectnokoro_tanikoushuu
 ことの重大さに気づいたのは、しばらく時間がすぎてからだった。
 訃報に接したときは、とてもそんなことを考えている余裕がなかった。誰もがそうだったように、ただもう慌てふためき、動揺して足が地につかない状態だった。たしかにお歳を考えれば、いつそんなことが起きても不思議ではなかった。ことに最近は会うたびごとに痩せられて、動きも落ちていたように思う。だから心の準備はできていたはずなのだが、実際には前述したとおりの体たらくだった。様々な思いが交錯して、とても冷静ではいられない。それでも少しずつ落ちつきを取りもどせたのは、多くの著作があとに残されていたせいかもしれない。人の命は有限だが、著書は時をこえて読まれつづける――この言葉が、これほどよく似合う人は他にいない。だからこそ、一人のファンとして現実とむきあうことができた。新作を眼にすることは二度とないし、その喪失感を埋めることはできそうにない。だが膨大な作品群は、何時でも何度でも読み返せるではないか。
 そう考えて、自分の中で折りあいをつけたつもりだった。ところが実際には、まだ冷静になりきれていなかったようだ。そら恐ろしい事実に気づいたのは、さらに時間がすぎてからだったと思う。ちょっと待て。すると自分は、この世で唯一の存在なのか。他ならぬ小松さん本人と創作の時間を共有し、作者の一人として物語が生みだされていく瞬間に立ちあった――そんな希有ともいえる経験をした人物は、他にいないのではないか。私にとって『日本沈没 第二部』は、そのような意味を持つ物語といえる。

タニ コウシュウ

谷甲州(たに こうしゅう)
1951年生まれ 1979年 「137機動旅団」で第2回奇想天外SF新人賞に佳作入選 デビュー
『白き嶺の男』で第15回新田次郎文学賞受賞
『日本沈没 第2部』(小松左京と共著)