タグ: 銀の六角、碧の石シリーズ

「パレード」平田真夫

(PDFバージョン:parade_hiratamasao
――シロナガスクジラ
 動物界脊索動物門脊椎動物亜門哺乳綱鯨偶蹄目ヒゲクジラ亜目ナガスクジラ科ナガスクジラ属。化石生物を含め、地球最大の動物。全長は三十メートルにまで達することもあり、低周波の大きな唸り声を発する。全海域に広く棲息するが、十九世紀以降数が減り、現在は絶滅危惧種に指定されている。


 園内の灯りが次々に落とされる。暗くなるにしたがって人々が腕に巻いた光の輪が目立ち出し、中央広場に向かって移動して行く。
 見廻すと、人波の向こうに緑色の数字が浮かぶのが目に付いた。デジタル時計が柱に取り付けられ、文字だけが光っているのである。
「21:26」
 パレードが始まる頃だ。

「綿菓子屋」平田真夫

(PDFバージョン:watagasiya_hiratamasao
 ――スクロース
 ショ糖とも。分子式C12H22O11。マルトース(麦芽糖)などと並んで、代表的な二糖の一つ。α-グルコース(ブドウ糖)とβ-フルクトース(果糖)が脱水して結合したもの。常温では白い結晶、一六〇℃で融けて飴状になり、二〇〇℃で褐色に変わる。一般に砂糖と呼ばれる物はこれであり、調味料としての使用の他、その性質を利用して、鼈甲飴やカルメ焼きなどの菓子に用いられる。


 上手いなあ、と思う。珈琲茶碗に向かう途中、目に付いた綿菓子屋だ。入口を潜るとすぐ、辺りに漂う焦げた砂糖の匂いが気になったが、此処から届いていたのである。
 他の売店が様々な色や、点滅を繰り返す電飾で人目を惹こうとするのに対し、この店は薄暗い裸電球しか点けていない。大きな盥(たらい)のような機械を台に乗せ、前面を透明なビニールで囲っている。後ろには赤と黄色の縞模様の服を着た若い男が立ち、機械の中を掻き廻すような動作を繰り返していた。そうやって出来上がった綿菓子を、制服と同じ赤黄縞の袋に入れては、屋台の軒先に吊るしていくのである。

「吟遊詩人」平田真夫

(「展覧会の絵」外伝・森山安雄と合作)

(PDFバージョン:ginnyuusijinn_hiratamasao
――十二律
 日本や中国で古くから用いられた音階。管楽器の管の長さを三分の一短くして完全五度、三分の一長くして完全四度を得、これを繰り返して十二の音を得る。ただしこのやり方では対数関数にならないので、現在の平均率とは異なる音高となる。西洋では、ピタゴラスが弦の長さを用いて同じ方法を採った為、十二律はピタゴラス音階と実質的に同じ物である。


 艶のある固そうな皮膚に、切れ長の目――。始めは能面でも被っているのかと思った。その位彼女の顔は色が白く、のっぺりしていたのだ。
 だが、すぐにそれは、外灯の暗さ故の見誤りだと判る。一瞬、上目遣いにこちらを向いた視線が瞬いたかと思うと、細目の唇の端が僅かに微笑んだ。全身に一枚布を巻き付けたかのような弛んだ服。白地に茶色く染みが付き、地べたに直接胡坐をかいた膝には有棹の琴が乗せられている――。
「ちょっと、あなた」

「道化師」平田真夫

(PDFバージョン:doukesi_hiratamasao
――希ガス
 周期表上の十八族に当たる、ヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノン、ラドンの六つの元素。最外殻の電子が丁度八つで安定しており、化合物を作り難い気体である。その為、不活性ガスとも言う。ただし、キセノンがフッ素や酸素などと結晶性の固体になる例もある。古くは存在量が少ないと思われていた為「希ガス」と呼ばれたが、実際には空気中で三番目に多いのはアルゴンであり、それ程「希」ではない。


 夜の園内を照らす電気の明かりの下で、道化師が風船を配っている。この遊園地のあちこちで目にする赤と黄色の縦縞模様の制服、ただ、他の従業員のそれとは異なり、だぶだぶのズボンまでが同じ柄だ。帽子も被らない頭頂部の髪は綺麗に剃られており、どうみても鬘ではない。それが、道行く子供達を相手に、色取り取りの風船を手渡しては、一人一人の頭を撫でているのである。
 跨っていた馬の背中を突いて合図を送り、足を止めさせる。しばしそのまま佇んで、その仕事振りを眺めることとする。
 ヘリウムを詰められて宙に浮かぶ風船は、まだ彼の左手に何十本も残っており、幾ら子供の手に握らせてもいっかな無くなる気配が無い。というより、少しでも減っているようにすら見えなかった。まるで、配るそばから新しく増えていくみたいである。
 どうなってるのかしら。