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「暗闇から」飯野文彦

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 昼前の気怠い時刻、玄関の呼び鈴が鳴った。
 宅配便で何かを注文した覚えもない。新聞の勧誘か町内会費の請求だろうと、やりすごした。ところが三度、四度としつこい。
 玄関を開けた。幼い少女が立っていた。
「君は?」
「うふふ」
 見覚えがない。家を間違えたのだろう。そう言おうとすると、少女は勝手に話しだした。
「ママと近くまで来たの。ママが教えてくれたんだよ、ここにいるって」
「いるって、誰が?」
 それには答えず、
「『いっしょに行こうよお』って言っても来ないし、もう帰るって言うから。あたし、ひとりで来ちゃった」
「君のママって?」
「さて、誰でしょう?」
 じっと少女を見た。年の頃なら、七歳ぐらいだろうか。やはり見知らぬ少女だ、思ったとき、ふと面影がだぶる。
「君のママって?」
「じゃあね」
 少女は答えず、走り去っていく。
「あ、待って」
 サンダルを引っかけて後を追ったが、すでに少女の姿はなかった。
 面影が。しかし――。

「始発バス」飯野文彦

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 六月の長雨が降りつづく、どんよりと気怠い朝だった。英美子は、高校に入学してはじめて、バスにした。
 いつもは自転車通学だった。雨の日も雨合羽を着て、自転車に乗っていた。事実、十日ばかり前に梅雨に入ってからも、そうしていたのだ。ところが前日の帰り、もうすぐ家というところで、落ちていた硝子の破片を踏んづけ、タイヤがパンクしてしまった。
 英美子はテニス部に入った。中学時代からやっており、県大会にも出たことがある。それもあって、高校入学と同時に、入部したのである。
 高校の部活は、中学時代とは比べものにならないほど厳しかった。毎日、午後七時まで練習があり、一年生はその後に後片付けやコートの整備をしなければならない。英美子の家から学校まで、自転車で十五分程度である。比較的近いほうだ。同級生の通学時間はほとんどが三十分位だったし、中には電車と自転車を乗り継いで、一時間かかる者もいる。
 前夜の帰宅も、午後八時を過ぎていたため、自転車屋に行けなかった。また朝は早朝練習がある。午前六時半スタートだったが、一年生は準備のため午前六時には登校しなければならない。そのような事情もあって、この日はバスに乗ることにした。
 乗り慣れないこともあって、五時十分過ぎには家を出た。傘を差して歩いて五分ほどのところにあるバス停に向かった。
 まだ時間が早いうえ、強くはないが雨が止みそうもないこともあってか。バス通りに出ても、ときどき車がスピードをあげて行き過ぎるだけで、通行人はおろか、自転車やバイクに乗る者も見られなかった。
 うろ覚えだったが、五時半前後に停車するバスがあり、それに乗れば、十分ほどで学校に着けることは知っていた。しかし、勘違いということもある。バス停に着くと、まっ先に雨ざらしの時刻表を見た。だいぶ古びて、字が薄れていたけれども、五時二十八分のバスがある。
 バス停の後方には、ベンチがあった。掘っ立て小屋のように、板で三方を囲まれているので見えなかったのだが、正面から見ると、先客がいた。年老いた女が、ベンチの片隅に坐っている。
 見知らぬ女だったが、目が合い、微笑んだので、英美子も会釈した。
「どうぞ、お座りになったら」
 断りづらく、傘を折りたたみながら隣に腰を下ろした。
「息子を待ってるんですのよ」

「あんた、どこさ?」飯野文彦

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 あんた、そう、そこを歩いている、あんた。
 見かけん顔だねえ。どこから来た?
 東京。東京のどこ? 百人町って? ああ、そんな町が、新宿の近くにあるの。それはそれは、遠くからきたもんだね。
 で、何の用があって、こんな山奥まで来たの? ハイキング? この山奥に?
 はははは、こりゃあ、物好きな人もあったもんだ。
 温泉が湧くとか、釣りができるとか、景色 がいいとかだったらわかるけど、何にもないんだよ、ここには。
 悪いことは言わんから、すぐに帰ったほうがいい。熊にでも襲われたら、えらいめにあう。近くに病院もねえし、携帯も通じないから、助けを呼ぶこともできない。
 ははは、アンテナゼロ、やっぱり無理だろ。言わんこっちゃない。それにしても、何で、こんなところへわざわざ来たの? ハイキングなんて、うそうそ。道に迷ったんだろう?
 わかるさ。見たところ、地図も持ってないようだし。リッュクとか水筒とか、何も持っていないもの。
 それに、訳ありだね。わかるさ。道に迷ったからといって、すんなり来られるような場所じゃない。
 死ぬ気?

「しょうちゃんの噂」飯野文彦

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 学生時代、所属していたサークルの仲間たちと飲んでいたときの話である。
 場所は高田馬場駅からほど近い、安居酒屋の座敷席だった。どういう話の流れだったのかまでは思い出せないけれど、仲間の一人が言った。
「吉祥寺で『しょうちゃん』に会ったら、教えてくれ」
「どこのしょうちゃん?」
「だから吉祥寺だよ」
「吉祥寺のしょうちゃんって言われても……」
 仲間たちは苦笑し、すぐに誰かが、
「それって鉄人のか。それともオバQのほうか?」
 と茶化した。『鉄人28号』にも『オバケのQ太郎』にも〈正ちゃん〉という少年が出てきたからである。
 別に面白い切り返しではなかったけれど、仲間たちはそれなりに笑い、場を和ませようとした。
 ところが、この話を切り出した当人は、とつぜん顔を真っ赤にして、
「冗談で言ってるんじゃない。ほんとだ。気をつけないと、飛んでもない目にあう」
 と怒鳴ったため、場は静まり返ってしまった。
「それじゃあ、何をどう気をつけろって言うんだ?」
 誰かが呆れ半分の口調で言った。
 その顔は、明らかに馬鹿にしていた。どうせたいしたことはない。単なる思いつきレベルで口走ったんだろうが――と書いてあるようだった。ほかの面々も、似たようなものである。
 それが、言い出しっぺの気持ちを逆撫でした。彼は、くっとグラスに入っていた焼酎を飲み干すと、時間いっぱいまで仕切った力士のような勢いで、話し出したのだった。

「〈彼〉」飯野文彦

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〈彼〉は言った。
「今日から、ぼくが君の神になる」
 ほかの者から言われたら吹き出していた。何と陳腐な言葉だろう。何とおろかなんだろう。だが〈彼〉は別格だ。〈彼〉が言ったから真実だ。だから、わたしは信じた。実際、〈彼〉の姿が輝いて見えた。
 ついに救われる。わたしの救世主が、ついに現れたのだ。そう本気で思い、感謝したのである。

「ことわざの真偽はいかに」飯野文彦

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 その日、私は前後不覚に酔っていた。なぜあれほど飲んだのかは、この際、重要ではない。ただ一切の記憶をなくすほど酔ったということだけだ。
 それでも帰宅できるのは、どういうことか。酔っぱらいには渡り鳥のような帰巣本能があるようだ。とはいえ、渡り鳥ほどしっかりしたものではなく、個人差がある。
 私の友人に、酔えば帰宅どころか所かまわず寝入ってしまう者もいる。必ず反対方向の電車に乗る者もいる。行き当たりばったりの家に上がり込んで寝こんでしまい、幾度となく警察の厄介になっている者もいる。
 彼もしくは彼女たちと比べれば、私の帰巣本能は極めて優秀だった。若い頃からどんなに泥酔していても、朝目が覚めれば必ず自分の部屋にもどり、自分の布団の中にいた。そんな風だから、絶対に自信を持っていたのである。
 ところが、その日、私は気がついたら布団の中にいた。それがどこなのか判断する余裕はなかった。何しろ、女性と一緒だったからである。

「庭の仏様」飯野文彦

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「おい、庭に仏様が来ている」
 祖父が言った。私は答えた。
「そう、良かったね」
「ああ、ほんとうにありがたいことだ」
 祖父は、流しに向かって、コップに水を入れる。
「飲むなら、ここで飲めばいいのに」
 またあちこち零したら、母さんに叱られるから……とまで言う前に、
「おれが飲むんじゃない。仏様にあげるんだ」
 と言って、祖父は台所から姿を消した。
 今度は仏様かと思いながら、私は渋茶を啜った。時刻は午前十一時を回ったところである。私は二階にある自室から降りてきたばかりだ。仕事と称して明け方近くまで起きていた。そのくせ原稿は進まず、隠しておいた焼酎のボトルを一本空けていた。完璧なる二日酔いである。

「ゾンビ・アパート」飯野文彦



書名。『ゾンビ・アパート』
作者名。飯野文彦
出版社。河出書房新社
出版日。2015年5月19日
ISBN-10: 4309023800
ISBN-13: 978-4309023809
値段。予価2,052円(本体1,900円)

 ねえ、四号室の山本さんって、何者なの――アパート、寄席、夜の舞踏会、学校、脳内、喫茶店、裏路地、田舎……いつかあなたは「それ」に出会うモダン・ホラーの鬼才が描く、9つの恐怖!

 日下三蔵さんが選んでくださった九篇の短篇が収められています。
 タイトルとなっている『ゾンビ・アパート』は、実に三十年近く前、好きなように書かせていただいた実質上のデビュー作といってもいい作品です。
 書き下ろしもあります。ぜひ、お手にとってください!

「クリスマスキャロル」飯野文彦

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 昼近くに目を覚ました。どこぞへ飯でも食いに行こうとした。いつもの習慣で、玄関先のポストを覗くと、引っ越し、宅配ピザのチラシといっしょに一通の封筒が入っている。
 表に〈井之妖彦様〉と私の名前が書いてあるだけだった。住所も書いてなければ、切手も貼ってない。怪しげな勧誘、案内の類かと想いながらも、裏返した途端、私の目はくぎ付けとなった。
 H・N子と書いてある。表の私の名前同様に、淡い青インクで書かれていることも、ますます私を動揺させた。
 辺りを見回した。私が住むぼろ長屋の前の露地に、人けはなかった。十メートルあまり離れた場所にいた三毛猫が、立ち止まり、私を見ていた。動物の勘というやつで、ただならぬ気配を感じたのかもしれない。
 一瞬、迷った。投函した主が、まだそこら辺りにいるかもしれない。追いかけようか。だが足は動かなかった。代わりに外出を止め、家内に戻った。
 玄関戸を閉めるなり、ふたたび封筒に目を戻した。どちらも達筆だ。大人の書いた文字である。四十になる私より三つ年下だから、それもとうぜんか。しかし……。

「隣の爺」飯野文彦

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 わたしの実家の隣に爺が住んでいる。小汚い爺だった。ひとり暮らしだった。夏でも冬でも、煮染めたようなよれよれの着物(というよりも浴衣に近い)姿だった。
 その姿で時折、近所のスーパーに買い物に出る。振り返ったり、冷やかしたり、茶化したりするのは、爺を知らない者だ。地元に住む者は、子供だろうと決して、そんなことはしない。爺を見かけたら、はやめに避ける。偶然鉢合わせしたら、ぺこりと会釈し、足早に立ち去る。
 爺は名前を「砂川以作」といった。名前はみんな知っている。だが、それ以上知っている者はない。できるだけ関わり合いにならないようにしているからだ。否、もう一つ知っていることがある。それは爺が信じられないくらい長生きしていることだった。
 正確な年齢は誰も知らない。同じ町内に住む老人に訊いても、
「結婚して自分が越してきたときには、すでに老人で、あの家でひとり暮らしをしていた」
 と言う。幼い頃からこの町内に住んでいるという別の老人も、同様のことを言った。さらに、
「うちの祖父さん祖母さんが、ここに家を構えたとき、すでに砂川さんは老人で、あそこでひとりで暮らしていたと言っていた」
 と話した。そんな風だから、わたしが物心ついたとき、当然ながら爺はそこにいた。すでに爺だった。親から口を酸っぱくして言われたものだ。
「砂川さんには、ぜったいに近づかないこと」

「穴掘り」飯野文彦

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 雨が降ってきた。冷たい雨だった。
 ついてないと思うよりも、むしろとうぜんだと思った。こんなことをしてしまったのだ。報いがあってとうぜんだ。
 スコップを握る手も、腕も、足腰さえももはや感覚はない。疲れなどというものは、とうに通り越して、全身が無感覚となっている。
 それに鞭を振るうように、雨が振りつけるのである。痛みを思い出せ、苦しみを忘れるな、とばかりに――。
 どうしてこんな事になったのだろう。
 依然としてスコップで穴を掘りながら、関川充夫は、頭の片隅で思った。

「フリーカーソル」飯野文彦

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 原稿執筆には、Iというワープロソフトを使っている。
 ただ単に、初めて買ったパソコンに入っていたために、使いはじめた。以後惰性といってはなんだが、パソコン音痴なこともあって、新しいソフトを使いこなすのも難儀なので、使いつづけている。
 書式設定もずっと変えていない。縦書き、一行二十字、一ページ二十行。つまり原稿用紙と同じ設定にしてある。これも慣れたため、下手に変えるとどうも調子が狂ってしまう。
 ところが先日、あまりに原稿が進まないこともあって(いつものことだ!)何の気なしに、このワープロソフトの設定をいじってしまった。目的があったわけではないし、知識もない。玩具をいじくるのに似た気持ちだった。
 気がついたら、元のように直せない。パソコンにくわしい者だったら、馬鹿馬鹿しいと一笑に付すところだろう。けれども私にとっては死活問題に近い。どこをいじったかも想い出せず、どうすれば良いのか皆目わからず、ほとほと途方に暮れた。
 結局は、以前書いた原稿を〈名前をつけて保存する〉とし、それを白紙にして、今後の設定の見本にし、何とか事なきを得た。と、思っていたのだが……。

「狭い路地」飯野文彦

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 私が暮らしている二階家は、大通りから一本入った路地にある。道幅は二メートル半くらいで、三メートルはないだろう。我が家よりも奥に何軒かの家があり、車で行き来しているが、すれ違うどころか、一台通るのがやっとだ。我が家や反対側の家の塀には、擦った跡が絶えない。
 さて、ある日。暦は九月になったものの、あいかわらずの猛暑がつづいていた。暑さに夜中何度も目を覚まし、結局うとうとしか出来ないまま、朝を迎えていた。
 冷房はつけるが、すぐに止める。俗に言う冷房病の一種だろうか。七月はじめから冷房をつけっぱなしにした日々の悪影響で、涼しくなってもやたらと鼻水が出たり、身体の節々が気怠くなってしまうのだった。
 この日も、午前十時を回った頃になると、二階にある自室は、サッシ戸を開けているというのに、サウナのような有り様だった。心身ともに気怠くぼんやりとしていたが、とても眠っていられずに、ベッドから身体を起こした。
 ふだんだったら、まっすぐ階下に降りて、トイレに行くなり、洗面するなり、冷蔵庫を開けて何か飲むなりしている。ところがこの日は、どういう気持ちの加減か、南側のカーテンを開け、網戸を開けて、ベランダに出た。途端に直射日光が照りつけて、クラッと目眩さえ覚えた次の瞬間、視線を家の前に伸びる路地に向けた。
 狭い路地に魑魅魍魎がぎっしりと詰まっていた。一瞬、目蓋を開けたまま心身ともに凍りついてしまい、視線が逸らせなくなった。動けないながらも、心の一部がクルクルクルッと回転して思考している。

「屋上」飯野文彦

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「ここに来たことがある」
 ビルの屋上に上った途端、美咲が言った。
「まさか」
 苦笑してやり過ごしても、
「ううん、ある。覚えてるもの」
 と言い張ったのだった。
「ビルの屋上って、どこも似たようなものだろうから。それより、こっちだ」
「でも……」
「君にぜひ見せたいものがあるんだ」

「食う男」飯野文彦

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 ぼくは生きている。ほかのみんなは死んだが、ぼくだけは生きている。なぜぼくだけが生きているか。それはかんたんだ。みんなが死んだのは、食べるものがなくなったからだ。ぼくだけ食べるものがあったからだ。
 ぼくは、子供の頃から馬鹿だと皆に言われていた。馬鹿だから馬鹿にもされし、いじわるもされた。中でもいちばん多かったのが、変なものを食べさせられたことだ。
「おい、あやひこ。これ食べてみろよ」
 そういうのは、たいてい、あきら君だ。あきら君は、ぼくをいじめるのが何より好きなのだ。

「旧友」飯野文彦

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 仕事部屋でノートパソコンに向かっていると、背後から、声がした。
「よ」
 ふり返ると、背後に置かれた簡易ベッドの上に、あぐらをかいてDが坐っていた。
 妖彦は答えず、ノートパソコンに視線をもどした。
「何だよ、無視か。相変わらず、冷たいやつだな」
 背後から聞こえてくるのは、まちがいなくDの声だった。
 答えるどころか、全身が凍りついた。その意味ではたしかに妖彦は〈冷たいやつ〉になった。それもとうぜんだ。何しろDは、すでに死んでいる。

「合格の日」飯野文彦

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 午前一時近い時刻、サツキの携帯が鳴った。未登録の、覚えのない番号からだった。
 ふだんなら警戒して出ないところだけれど、一瞬、迷っただけで、
「ま、いいか。まちがいなら、まちがいって教えてあげれば」
 と軽い気持ちで、通話状態にした。さすがにこちらから声をかける気にはなれず、黙って耳に押し当てる。
「サツキ?」
 張りのある女の声だった。が、誰だかわからない。
「うん。そうだけど……」
 遠慮がちにつぶやく。
「ごめんね。こんな時間に。でもちょっと前に聞いたばかりで。合格おめでとう」

「夜道で」飯野文彦

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 夜道を歩いていると、子どもが泣いていた。
 私は子どもから四、五メートル離れたところで足を止めた。しばらくじっとしていた。子どもは泣きやまない。
 声を限りに大泣きしているわけではない。うずくまって、頭を深く垂れ、顔を両手でおおっている。小さな肩が震えている。しくしくと小さく喉を鳴らして、泣いているのだった。
 幾つくらいだろう。ずいぶんと小さな身体だった。隠すようにうずくまっているのと、辺りは暗くてぼんやりとしているので、どんな服を着ているのかわからない。
 数十メートル離れた場所に外灯があるのだが、その明かり自体、薄ぼんやりと弱々しく揺れ動き、わずかしか届いていない。そのうえ、子どもがいるのは光が直接届かない奥まった場所である。
 いくら目を懲らしても、それ以上はっきりと見えず、次第に私は焦れた。神経がざわりざわりと不協和音をあげはじめたのだった。

「我が子」飯野文彦

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 井之妖彦が庭を掘り起こすと、地中から壺が出てきた。蓋を開けた途端、中から盛りのついたような泣き声がする。壺の中には赤ん坊がいた。
 なぜこんなところに赤ん坊が――と驚かない訳がない。けれども、そのままにしておくこともできず、壺から赤ん坊を取りだした。何も身につけておらず、全身、紅を落とした柔らかい水飴のような液体でおおわれている。あたかもたった今、生まれ落ちたばかりのような有り様だった。

「小雪」飯野文彦

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 小雪がひとりになって、二十年近い歳月が過ぎた。幸い、すべての段取りを夫が済ませてから逝ったため、生きていく上で不自由はない。これから安心して三十年、否、四十年は生きられる。何か不都合が生じたら、月に一度様子をうかがいに来る弁護士に告げれば、解決できる。
 見晴らしの良い個室を与えられていた。三度食事を与えられ、入浴も週に三度できる。もっとも食事はきちんと取っていたけれど、入浴のほうは週に一度入れば良いほうだ。というのも三ヶ月前までの話である。三ヶ月前、新たに小雪の担当になった看護師は、若い生意気な女だった。
 担当になって三日と経たないうちに、検温をしなかった小雪にむかって、
「あなただけの面倒を見ているんじゃないですからね」
 と文句を言った。それ以来、入浴を止めただけでなく、糞尿の始末も自分ではしていない。
「自分でできるんだから、自分でしたほうが自分のためにもなる」
 自分と言う言葉を何度も言いながら、医師が説明したとき、小雪は言った。
「あの看護師さんはぜったいにわたしの担当から外さないでくださいね」

「雨宿り」飯野文彦

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 俗に昔から夏の雨は馬の背を分けるといわれているものだけれど、それは現代にも当てはまることだろう。
 特に最近は夕立、俄雨などとは言わずにゲリラ豪雨などと名づけられた凄まじい降雨が、局地的とはいえ、大きな被害をもたらしている。ある夏の日の昼下がりに私が遭遇したのも、その類だったのだろう。
 この日私は、編集者との打ち合わせのため、神田G町を訪ねていた。出版社に直接出向いて、小一時間話し、そこを後にしたのは午後五時近い時刻であった。
 ずいぶんと日は西に傾いていたものの、まだまだ野外は蒸し風呂のごとき状況を呈していた。出向いてきたときよりも、じりじりと心身を蝕む蒸し暑さが増している気がした。

「夏の落語会」飯野文彦

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 その落語会に出向いたのは八月の末、残暑厳しき日のことだった。
 場所は横浜の、大桟橋近くにある会場である。このとき私は連日の猛暑にくわえ、ビールの呑みすぎが祟って、ずいぶんと夏バテ状態だったが、ふだんなかなかチケットが取れない若手人気噺家の独演会である。やっとのこと取ったこともあったし、どうしても生で聴いておきたかったため、片道二時間近く電車を乗り継いで、出向いたのであった。
 開始時間は午後五時からであったが、それよりも早く会場に着くようにした。落語家の粋な計らいで、暑いなか足を運んでくれる客へのサービスとして、開演一時間前からロビーで縁日をやるという趣向だったからである。

「懐かしい樹」飯野文彦

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 久しぶりに小学校に来た。かれこれ三十年ぶりになる。わたしの通っていた小学校である。と同時に、幼い頃のわたしのいちばんの遊び場でもあった。わたしは幼い頃、この小学校の隣に住んでいたのだった。
 わたしが中学に進学する直前、祖母が病死した。その数日後、祖父も死んだ。夕暮れどきにふらふらと路上に飛び出し、走ってきたトラックに轢かれたのだった。

イイノ フミヒコ

飯野文彦(いいの ふみひこ)
1961年、山梨県甲府市生まれ。早稲田大学第二文学部東洋文化専修卒業。1984年『新作ゴジラ』ノベライズでデビュー。著書『バッド・チューニング』『アルコォルノヰズ』『怪奇無尽講』『黒い本1&2』『黒陰』『影姫』など。