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「鳥になりたい」高橋桐矢


(PDFバージョン:torininaritai_takahasikiriya
 トカゲが一匹、重くこわばった身体をひきずるようにして歩いていました。
「ああ、おれも死んでしまいたい」
 ときおり、苦しげなためいきをつきながら、それでもただひたすらに西へ向かいます。
 トカゲは、大事なつれあいをうしなったのでした。
 食事のときも、寝るときも、いつもずっと一緒だったつれあいを、河原で並んでひなたぼっこしていたとき、ヘビに食われてしまったのでした。
 ひとり残されたトカゲは、頭を石に打ち付け、爪が折れるほど地面をかきむしり、目がつぶれるほど泣きました。
 どれほど泣いても、つれあいと再び会うことは出来ないのだと知ったとき、その泉のうわさを聞きました。
 西の果てにあるという、その泉。

「どろぼう猫」高橋桐矢


(PDFバージョン:dorobouneko_takahasikiriya
 どこからか花の香がただよう、月のきれいな春の夜です。
 小さな空き地に、あちこちから猫たちが集まってきました。オス猫もメス猫も、年寄りも若いのも、柔らかい草の上や、平たい石の上や、石畳の上に適度に離れて、来た順に丸くなって座ります。みな毛づやもよく、身体もふっくらしています。
 月が高く昇る頃、一番奥に座っていた大きな黒猫が、口を開きました。
「おめえはいつも落ち着きがねえなあ」
「あ、親分! そこにいたんすか! 黒くて見えませんでした」
 ふらふらと歩き回っていた若いトラ猫が、黒猫のそばにかけよりました。
 黒猫親分は身体は大きく毛づやもよいのですが、よく見ると丸い顔に古い傷があります。
 トラ猫は、親分の傷跡を、あこがれのまなざしで見つめました。
「この街が平和なのは親分のおかげっす。あの灰色の奴、親分にぶちのめされて、いい気味っす」
 親分は、トラ猫をじろりとにらむと、遅れてやってきたメスの三毛猫に話しかけました。
「三毛、久しぶりだな」
 三毛は、背中としっぽをささっと毛づくろいしてから、答えました。
「ええ、親分さん」
 黒猫は、トパーズのように黄色い目で、三毛をじっと見つめました。
「あいつはどうしたんだ。今日は来てねえようだが」
 三毛は、うるんだ目をそっとふせました。
「知りません。あたしたち、もう別れたんです」

「人類の進化」高橋桐矢


(PDFバージョン:jinnruinosinnka_takahasikiriya
 部屋に入るなり、強い視線を感じた。
 わたしは視線の主に目を向けた。
 窓際に、大きな犬が前足をきちんとそろえて座っていた。シェパードに似ているがもっと大きく、目つきが鋭い。黒曜石のような目で、わたしのことを値踏みするかのようにじっと見つめている。
「これがうわさのウルフドッグか」
「ああ。そろそろ君が来る頃だと思っていたよ。キャサリンも君に会いたがってる。今、コーヒーをいれるよ」
 朝田教授は、愛想良くほほえんで、手招きした。
「アメリカのブリーダーから手に入れたんだって?」
「ああ、ジョンには、アメリカアカオオカミの血が2分の1入っている」
「それにしては、なかなか賢そうだな。犬の血が強いのかな?」

「左目の異世界」高橋桐矢


(PDFバージョン:hidarimeno_takahasikiriya
 セミの声がふってくる、夕暮れの公園。
 ひとり、ブランコをこぐ。前に後ろに。
 このまま、どこかに行ってしまいたい。
 地面に影が長くのびている。お母さんとケンカして、何も持たないで飛びだしてきてしまった。でももう家には帰らない。帰りたくない。お母さんのわからずや。わたしがいなくなって心配すればいい。
「斉藤まりかさん、どうしたの」
 声に、おどろいて足をつく。ふりむくと、5年2組の担任の、鈴木先生がいた。ブランコの後ろに。いつのまに。
「もうとっくに5時を過ぎてるよ。家に帰らなくちゃ」
 だまって、首をふる。鈴木先生は、今年の春、転勤してきた、暗くてジミなメガネの男の先生だ。
 鈴木先生が、ブランコの横に立った。鈴木先生の影とわたしの影が、ならんで長くのびている。
「帰りたく……ないのかな?」
 わたしは地面の影を見ていた。鈴木先生の影の手が動いて、メガネを外した。

「キャンプに行こう」高橋桐矢


(PDFバージョン:kyanpuni_takahasikiriya
「キャンプに行こう」という父の言葉を思い出す。
 一人息子であるわたしを喜ばせたかったのだろう。キャンプ用品のカタログを見せながら、テントや寝袋や釣り道具……サバイバルキャンプに必要なものを、指折り数えながら、リストアップしていく。方位磁石も忘れずに。寒くなっても大丈夫なように毛布も。それから雨具も必要だ。リストは何十項目にもなった。
 父はいつも仕事で忙しく、週末もいないことが多かった。それなのに、いや、それだから、か。毎年わたしの学校の夏休みが近くなると、父はどこからか、キャンプ用品のカタログを見つけてきた。
「……パパ」
 呼ばれて、ふっと我に返る。
「ああ、そこにいたのか、ごめん」
 小学校3年生の息子が、心配そうな顔でわたしを見上げている。

「風よりも速いシカ」高橋桐矢


(PDFバージョン:kazeyorimo_takahasikiriya
 年老いたシカの耳に、トンボが止まりました。
 耳を動かすと、トンボは、つうと飛んでいきました。
 のんびりとした森の午後です。
 年老いたシカは、立ったまま、うつらうつらとしています。このごろは、一日の大半をそうしてすごしています。
「おじいさん。こんにちは」
 声に目を開けると、目の前に、若いシカが立っていました。体は一人前の大きさですが、まだ角は短く、やっと二年目の枝が生えてきたばかりです。鼻先はつやつやとしたピンク色で、体中に若さがみなぎっています。
 若シカは礼儀正しく前足をそろえてたずねました。
「風より速いシカ、を知りませんか?」

「腹の中のネズミ」高橋桐矢


(PDFバージョン:haranonakanonezumi_takahasikiriya
 猫が、小さなネズミを追いつめました。
 絶体絶命のネズミは、目をいっぱいに見開き、ぶるぶるとふるえています。
「猫さん、どうかお助けください」
 猫は、目を細めました。それほど腹がへっているわけではありません。
 ネズミは祈るように手を合わせました。
「助けていただけたら……」
「助けたら?」
 白いひげの生えた鼻をひくつかせ、ネズミはふるえながら微笑みました。
「あなたの友達になります」
 ネズミの言葉を聞くなり猫は飛びかかりました。
 ごくりとまるのみして、ネズミは腹の中におさまりました。
「ふう……」
 腹がふくれていっぱいになりました。猫は一つ、げっぷをしました。
 猫は友達なんて欲しくありませんでした。
「わたしはたいくつしていたのだ。面白い話をしたら、助けてやってもよかったのに」
 すると、まるまるとふくらんだお腹から、小さな声が聞こえてきました。
「本当ですか? 友達が欲しそうな顔をしていましたよ」

「優しい母さん」高橋桐矢


(PDFバージョン:yasasiikaasann_takahasikiriya
 しとしとと冷たい雨が降っています。
 お腹をへらした子ギツネが、とぼとぼと山の道を歩いていました。一日ずっと歩き通しなのに、朝から何も口にしていません。
 雨で、えもののにおいが消えてしまっています。痛いほどお腹がすいて、寒くて、しまいには眠くなってきました。でも、このまま巣穴に帰ることはできません。
 子ギツネは、今朝、母さんに「えものを取るまで絶対に帰るな」と、恐ろしい形相でにらまれて追い出されたのです。
 涙で視界がにじみます。
 すると、
「あらあら、もう暗くなるわよ。どうしたの」
 優しい声に顔を上げると、知らないキツネのおばさんがいました。
 子ギツネは、思わず声をあげて泣いてしまいそうになりました。寒くて心細い体と心に、優しい声が、じんとしみます。
 でも、ここで泣いてしまったら、今日一日、苦労して歩き回ったのが無駄になってしまうような気がしました。
 だから足をふんばり、胸を張って答えました。
「えものを探してるんです」

「名前のないゾウ」高橋桐矢


(PDFバージョン:namaenonaizou_takahasikiriya
 広いサバンナに、名前のないゾウがいました。
 昼間はひとりで草を食べながら歩き、夜はひとりでねむりました。
 名前なんてなくても平気でした。
 名前というのは、ほかの誰かが呼ぶときにいるものです。そのゾウを呼ぶものは誰もいなかったので、名前なんて必要ないのです。
 おぼえているかぎり、ずっと昔からひとりでした。
 でも、困ることは何もありません。
 大きくて重いゾウがサバンナを歩くとドシン、ドシンと地面がゆれます。とてもりっぱな二本の牙は、するどくとがっています。長い鼻は、サバンナの一番高い木のてっぺんにもとどきます。
 おいしい草の生えている場所も知っているし、どんな日照りのときにも枯れない川も知っています。
 サバンナの動物たちにとって、水場はとても大切です。川の一番つめたくてきれいな水を飲める場所が、ゾウの水場でした。のんびりしているように見えて怒りっぽいカバも、さわがしいシマウマも、すばやいハイエナも、ライオンだって、ゾウの水場には近付きません。
 何にも困ったことはないし、名前をほしいと思ったこともありませんでした。

「ここではない、どこかへ」高橋桐矢


(PDFバージョン:kokodehanai_takahasikiriya
 すいかずらの甘い花の蜜に、ぶんぶんとミツバチが飛びかう、そんな春の日。若いカマキリの三角の頭の中で、小さな声がささやきました。
 ――ここは自分がいるべき場所じゃない。
 若いカマキリは、またあの声だ、と思いました。
 花の間を飛びまわるミツバチは、みないそがしそうです。春の日射しに、朝露をふくんだクモの巣が、きらきらとかがやき、地面ではアリが何かの種をほじくりかえしています。
 どこといって代わりばえのしない、いつもの光景でした。若いカマキリは近くの原っぱで生まれて、このスイカズラのヤブをねぐらにしていて、蜜をすいにやってくるチョウや、小さな羽虫をつかまえて食べ、日が暮れれば、葉の裏で休む、そんな毎日を過ごしていました。
 おかしな声が聞こえてくるようになったのは、つい最近のことでした。

「クマのおじいさん」高橋桐矢


(PDFバージョン:kumanoojiisann_takahasikiriya
 ある年の冬、クマのおじいさんが死にました。夜明けに水を飲みに行って、そのままもどらなかったのです。
 森のみんなが覚えている一番昔から、クマのおじいさんは、おじいさんでした。クマのおじいさんがいくつだったのか誰も知りませんが、とにかく、かなりの年寄りだったことはたしかです。
 クマのおじいさんはいつも、柿の木の根元のくぼみでごろりと横たわって、うつらうつらと昼寝をしていました。
 夏は柿の木の葉かげですずみながら。秋は、ときどきは起き上がって、みんなのために、柿の木をゆらして実を落としてくれました。冬は葉のなくなった木の根元で、ひなたぼっこしていたものでした。
 年がら年中いつもそうしていたので、柿の木の根元の土がクマのおじいさんの体の形に、へこんでいました。
 クマのおじいさんが死んでいなくなって、春になってもなぜか、そこだけは草が生えませんでした。クマのおじいさんの大きくてまあるい体の形に、くぼんだあとが残っています。
 森の動物たちは、ときおりそのくぼみにやってきます。
 今日は、小さなヤマネがきています。ヤマネは、おじいさんの形のくぼみのまわりを、ぐるっと歩きました。
「おじいさん、いつもここにいたんだよなあ……」

「死にかけのカエル」高橋桐矢


(PDFバージョン:sinikakenokaeru_takahasikiriya
 カエルは、まちがいなく死にかけていました。でもまだ、今は生きていました。足はまったく動かせず、動かせるのは、ヘビの口から出た上半身だけ。
 そう、カエルは、ヘビの大きな口にぱっくりと、足の先から飲みこまれていたのです。小さなカエルならひとのみにされてしまったでしょうが、まるまるとしたお腹の、よく太ったりっぱなカエルでした。
 それが足の先からがっちりとくわえこまれて、どうやっても逃げ出すことはできません。
 少しずつゆっくりゆっくりとヘビに飲みこまれながら、カエルは「はて、どうしたものか」と思いました。
 もう決して助からぬ、しかしまだしばらくはともかく生きているという、この中途半端な状態で、いったい何をすればよいのでしょう。
「どうしたらいいんだろうなあ」

「子馬と子猫」高橋桐矢


(PDFバージョン:koumatokoneko_takahasikiriya
 はじめて会ったとき、子馬は子猫の言葉がわかりませんでした。
 お散歩にやってきた野原で、おやつの草を食べていた子馬は、顔を上げて、耳を動かしました。しろつめくさのしげみに何かいます。と、白い花穂のようなしっぽがゆれて、白い子猫が、ぴょんととびだしてきました。
 子猫は子馬にむかって、毛をさかだてて赤い口を大きくあけて、ニャーとなきました。こわがっているように見えました。
 子馬は、驚かさないようにと、気をつけながら声をかけました。
「どうしたの? 君は誰? なにをしているの?」

「リスのお嬢さんの大発見」高橋桐矢


(PDFバージョン:risunoojyousann_takahasikiriya
 森の奥に、ドングリの大きな木がありました。
 今年の秋もドングリがたくさんなったので、森のリスたちが集まってきました。
 リスのお父さんや、お母さんたちは、子供達に持って帰るドングリを両手一杯に集めています。男の子リスはどっちのドングリが重いか競争しています。
 そんな中、可愛いお嬢さんリスが夢中でドングリをかじっていました。
 その横に、綺麗に半分に割れたドングリのカラがどんどんつみあげられていきます。リスのお父さんが目にとめて、話しかけました。
「やあ、こんにちは。ずいぶんと綺麗に食べてるね」

「フクロウのよろず相談所」高橋桐矢


(PDFバージョン:fukurouno_takahasikiriya
 カシの木の三番目の枝で、よろず相談所の看板を掲げるフクロウの元に、一羽の若いツグミがやってきました。
「ここに来れば楽になるって友達に聞いて来たんだけど。『よろず相談所』ってここかい」
 そう言いながら、若いツグミは辺りをせわしなく見まわしました。フクロウがこたえます。
「はいはい、そうともいいますな」
 ツグミは値踏みするようにフクロウに目を向けました。フクロウは、できるだけ体を丸くしてにっこりとわらいかけました。
「わしはなんのとりえもないただの世話焼きのおじさんですよ。どうぞお気を楽に。さあさあ、こちらにどうぞ」
 フクロウは、小さなツグミにちょうど良い太さの枝をすすめました。枝に留まったツグミは、ぶるっと羽をふるわせてから、くちばしをかちかちと鳴らしました。
「どうなさったんです。何かお怒りのようですな」
 フクロウの問いかけに、ツグミは羽毛をさかだて、さっきより大きくぶるぶるっと全身をふるわせてもだえました。

「新年パーティ」高橋桐矢(画・河田ゆうこ)


(PDFバージョン:sinnnennp_takahasikiriya

 真っ白な雪がしんしんとふりつづく冬の夜、土の中の奥深くにカブトムシの幼虫がいました。外は凍り付くほどの寒さですが、土の中はあたたかです。
 幼虫は、トンネルをほりながら、ふんわり甘い枯葉をさくさく食べていました。たくさん食べて大きくなって、夏になったら、黒くて強くてかっこいいカブトムシになるのです。
 ふと、幼虫はもぐもぐ動かしていた口を閉じて、顔を上げました。
「なんだろう。誰かの声が聞こえる」
 声の方向にほりすすめていくと、いきなり土の壁がぽこっと開きました。一瞬、まぶしくて目がくらみます。
「幼虫くん! いらっしゃい」
 声をかけてくれたのは、まるまると太ったカエルのおじさんでした。カエルが、幼虫を手まねきします。
「さあさあ、待っていたよ。もうすぐ新年パーティがはじまるからね」

「オオカミの誇り」高橋桐矢(画・河田ゆうこ)


(PDFバージョン:ookaminohokori_takahasikiriya

 オオカミは、カラスから気になるウワサを聞きました。
 古里の谷間の森に住む、オオカミの父親が、ひどくやせていたというのです。
 なにかあったのでしょうか。そういえば、父親も母親ももうずいぶん会っていません。両方ともかなりの年のはずです。
 そう思ったらいてもたってもいられなくなりました。
「様子を見に行ってみるか」

「キノコさま」高橋桐矢(画・河田ゆうこ)


(PDFバージョン:kinokosama_takahasikiriya

 何日も続いていた秋の雨が、久しぶりにやみました。
 薄暗くしめった森の道を歩いていた小さなイタチは、ぎょっとして立ち止まりました。
 道の横、くさった木の根元で何かが光っています。
 それは、ぼうっと光を放つ奇妙なキノコでした。
 雨がふっている間に生えたのでしょう。見たことのない種類です。おそるおそる匂いをかいでみました。残念ながら、おいしそうな匂いではありませんでした。
 イタチは、上から横から、じっくりとキノコをながめました。うすいひらひらとしたかさに、ほんのりとした銀色の光。見れば見るほど、不思議なキノコです。

「野原のお茶会」高橋桐矢


(PDFバージョン:noharanoochakai_takahasikiriya

 小さなリスがわたしの背中をつるりとなでた。
「この石が、平たくてテーブルにちょうどいいよ」
 失礼な! テーブルになりそうな石はこの野原にいくらでもあるのに、とわたしは思ったがだまっていた。リスはわたしの上に山盛りの野イチゴのカゴを、どさりと置いた。
「早く早く!」
 と、だれかを手まねきしていたと思ったら、いきなり、ぴょんと飛び上がる。
「いけない! ぼく、カップを用意するのを忘れちゃった」

「よそもののサル」高橋桐矢


(PDFバージョン:yosomononosaru_takahasikiriya

 夕暮れ時、小さなサルが一匹、山道を急いでいました。
 群れでねぐらに帰るのに、寄り道していておくれてしまい、近道を通ることにしたのでした。じめじめした暗い道には大きなシダがたくさんはえています。かまくびをもたげたヘビかと思ったら、ぜんまいの若葉でした。
「ぼくはヘビなんてこわくないや」
 腐った倒木の横を通ろうとして、はっとしました。
 倒木の根元に、見たことのない知らないサルがすわっています。

「きらわれもののコオロギ」高橋桐矢


(PDFバージョン:kirawaremonono_takahasikiriya
 あるところに、きらわれもののコオロギがいました。
 いつも気難しい顔をして、だれかれかまわず、どなりちらすのです。もちろん、家族も友達もいませんでした。
 若いキリギリスが、知らずにコオロギに声をかけました。
「はじめまして、コオロギさん。いっしょに合唱しましょうよ」
 コオロギはキリギリスをにらみつけました。
「バカにしているのか! わしの羽がやぶれているのが見えるだろう!」
「ごめんなさい。そんなつもりじゃ」
 最後まで聞かずにコオロギはキリギリスにとびかかりました。

「桜の花さくころ」高橋桐矢


(PDFバージョン:sakuranohanasakukoro_takahasikiriya

 薄紅色の桜の花は、どれもひかえめに下を向いて咲きます。やわらかな花びらはすきとおるほど薄く、近くで見るとほとんどもう真っ白なのでした。
 緑色の羽のメジロが、くちばしの先を花心の奥にさしこみました。
「ああ、甘い。この季節だけのごちそうだ」
 つぶやいて、次の花にうつります。
 メジロは、次々と、花の蜜を飲みました。その間、花びらの一枚も、こぼれることはありません。
 スズメだったら、桜の花ごとがつがつとついばむでしょう。だから、スズメが甘い蜜のごちそうをいただいたあとには、桜の花が柄ごとぼとり、ぼとりと地面に落ちています。メジロは、そんな下品な食べ方はしないのでした。
 メジロは、枝の先で、ふと立ち止まり、下を見下ろしました。

「かなちょろ」高橋桐矢


(PDFバージョン:kanachoro_takahasikiriya


 長い雨があがって、久しぶりによく晴れた春の日のことです。
 かなちょろが一匹、草地のはじっこの平たい石の上でひなたぼっこしていました。
 かなちょろは小さなトカゲです。トカゲは、寒くなると体が冷えてしまうので、こんなよいお天気の日には、かならず体をあたために出てくるのでした。
 おひさまにてらされて、ちょうどいいぐあいにじんわりあたたかくなった石に、おなかをぺったりおしつけ、かなちょろはぬくぬくと目を閉じていました。
 それを、じっとねらっているものがいました。草地のケヤキの木にとまったカラスです。

「ノミの大地」高橋桐矢


(PDFバージョン:nominodaiti_takahasikiriya
 犬の首すじのあたりに、ノミがいました。
 ノミは、お腹いっぱい血を吸うと、仲間に話しかけました。
「どうも最近、味が薄いと思わないか?」
 そばにいた仲間のノミが、こたえます。
「ああ、おれもそう思っていた」

タカハシ キリヤ


高橋桐矢(たかはしきりや)
作家、占い師。
1967年、福島県生まれ。
高校中退後、上京。アルバイト生活中に占いを習得。ヘイズ中村氏に師事し秘儀を学ぶ。
占いライターをしながら小説を書き、1998年児童文学作品でデビュー。
2000年、SF小説で小松左京賞努力賞受賞。
著書「占い師入門」「はじめてのルーン&パワーストーン組み合わせ入門」ほか。
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