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「パープルキー」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 本当に行けるのか。
 真馬の頭に最初に浮かんだ言葉が、それだった。
 本当に“外”に出ることができるのか。
 ならば……。
 その先に続く言葉を発するのには、勇気が要った。
 最初は噂に過ぎなかった。
 ――“外”に出ようとしている者たちがいる。彼らは仲間を集めている。
 じつのところ、こうした噂はこれまでも何度か伝わってきた。嘘か本当か、実際に出ようとして、途中で警備士に捕獲されてしまった者も何人かいると聞いた。しかしそれは散発的なもので、実行者もただのお調子者か粋がっている連中でしかなかった。
 今度も似たようなものだろう、と真馬は思っていた。それでも噂の出所を探らないではいられなかった。
 もしも、もしも本当に“外”に出ようとしている者たちがいるのなら。

「鼠の媚薬」太田忠司(画・YOUCHAN)

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「西東君、“彼”は見つかったかね?」
 鶴間博士に問いかけられたとき、西東時夫は背筋に汗が流れるのを感じた。
「いえ……まだ……」
「そうか。ひょっとしたらもう研究室から逃げてしまったかもしれないね」
 博士は眉間に皺を寄せた。機嫌はよくないようだ。
「もう一度確認しておくが、おかしなウイルスに感染していたとか、そういう危険性はないのだね?」
「はい、それは問題ありません」
「ならば、致し方ないな。サンプルは他にもいるんだし、実験は一からやり直しするしかないだろう」
「すみません……」
「以後、気を付けてくれよ」
 博士が出ていった後、時夫は大きな息をついた。
 とりあえず取り繕うことはできた。しかし、いつまでもこのままにはしておけなかった。
 部屋の隅、薬品棚の後ろを覗き込み、声をかけた。
「おいアル、いるか」
 呼びかけに応じて、白く小さな生き物が顔を出した。
「うまくごまかしてくれたか」

「睦月の家長」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 元旦とは一月一日の朝のことである。高橋躯庵(くあん)は父親にそう教えられた。
 彼にとって父親は、すべての規範だった。この星に住む人間としてするべきこと、日本人として守るべき掟について、父親は厳しく、しかし愛情を持って躯庵に教えた。
 元旦にするべきことも、教えてもらった。朝、東の稜線から昇ってくる「初日の出」に向かって手を合わせるのだ。
 そのためには夜が明けないうちから起き出し、家を出て小塚丘(こづかおか)に登らなければならない。
 前日の大晦日は日付が変わるまで起きていて、新しい年がやってくるのを迎えた。だから睡眠時間は足りていない。妻も息子も夜明け前に起きることを嫌がったが、躯庵は有無を言わせなかった。しきたりに従うことが何よりも重要なのだと信じていたからだ。

「代返」立原透耶(画・YOUCHAN)

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 大学なんてくそったるい。一般教養だって? フザケンナ。そんなもんサークルやバイトの方が身につく。親は大学を出ないとダメだっていうが、大学を出たところで大した職につけるとも思えない。一流大学いやせめて二流ならまだ話は違うんだろうけどな。こんな底辺校じゃあ意味なんかない。先輩の話によると、問い合わせを出しても資料すら来ないらしい。くそったれ。
 しかもさ、ムカつく教師がいるんだよな。あの語学のババア。「欠席回数が5回になったら自動的に単位はなくなります」だと。毎回毎回小テストしやがって、中学生かっつーの。テストを受けないと出席にならないし、かといって授業開始直後のテストだけ提出して教室を抜け出すわけにもいかない。授業の途中と終わりに、わざわざ名前を呼んで出欠確認しやがる。クソだるい。フザケンナよ。おれたちは、てめえみたいに老い先短いババアと違って、やることがたくさんあるんだ。タバコ吸ったり酒飲んだりダチと遊んだり……たまにナンパに成功したり。
 今日も不満タラタラ椅子に座っていたら、右端のポニーテールのちょっと可愛い……渡辺なんとかっていう女子が、テストを提出した後、すうっと扉から出て行くじゃねえか。おいおい、だったら最初からサボった方が得だぜ、後2回、名前を呼ばれるんだ。
 そう思って教科書に落書きしたりスマホをいじったりしていると……授業開始後45分ぴったり、始まった。ババアが70人の名前を淡々と呼び始める。
「ウィース」
 仕方なく返事する。
 渡辺なんとかさんの名前が呼ばれた。ほら、な。
 ところが、だ。
「はい」
 とても爽やかな声が響いた。
 まじ?

「花嫁」立原透耶(画・YOUCHAN)

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 ある娘が神に愛された。娘は神を畏れつつも、強く魅せられた。その娘はたいそう美しかったから、あちらこちらで評判になり、ついにある金持ちの跡取り息子に見初められた。
 村人たちは、娘は神の嫁になるのだと断ったが、目の前に大金を積み上げられ、誰も断る言葉が喉から出てこなくなった。娘の両親も、神よりも金持ちの人間に嫁げ、と娘を諭した。
 娘は少しずつ一族の刺青を彫り始めていたが、これも中断された。金持ちの息子は内地からやってきた一族で、娘たちとは種族が異なった。彼らは娘の白い肌、柔らかい手触りを好んだ。刺青を嫌っていた。それで娘は、ほとんどの刺青を断念し、手の甲に少しだけ彫ったまま、嫁ぐことになった。
 刺青がなければ、死後に一族の者がわたしを見つけてくれるかしら、と娘は壁にかけられた花嫁衣装を眺めながら涙をこぼした。

「銀紙飛行船の旅」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 満月は今夜。
 モトキは準備を整えていた。今日は眠いからと両親に言って早めに自分の部屋に引き籠もり、すぐにパジャマを着替えた。隠しておいたリュックには水筒とスニーカーとスケッチブック。もちろんクレヨンも入っている。
 モトキの部屋は二階にある。窓を開けベランダに出ると、手摺りがうっすらと青い光に濡れていた。
 顔を上げると、まんまるな月が地上に光を注いでいる。四月の夜風は、まだ寒かった。
 空を見上げたまま、モトキは待つ。
 本当に来るだろうか。約束、守ってくれるだろうか。
 不安と期待がない交ぜになった気持ちで五分、十五分、そして一時間。実際は数分だったかもしれない。でもモトキには長く感じられた。
 やっぱり来ないのか、と少し落胆しかけたとき、それが見えた。

「自白」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 装飾など一切ない、真っ白な部屋だった。その中央に椅子があり、トリカはそこに座らされていた。
「なぜここに呼ばれたか、わかっているね」
 トリカの前に立つ栗原専務が皺だらけの顔をさらに歪めて言った。
「わかりません」
 トリカは明確に答えた。小さな顔には不釣り合いに大きな眼鏡越しに相手を見つめる。
「では教えてあげよう。我々は君の正体を掴んだのだよ。ずばり、君はファルム製薬のスパイだね?」
「いいえ。わたしはスパイではありません」
 彼女の答えは、やはり明確だった。
「嘘をつけ!」

「奇妙なサイン会」太田忠司(画・YOUCHAN)

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「田野中正円先生サイン会」という立て看板を見かけたとき、私は思わず足を止めた。
 たまたま訪れた片田舎にある小さな本屋だった。田野中正円といえばノーベル文学賞をも遠からず手中にするだろうと言われている大作家ではないか。いやまさか、そんな著名人がこんなところでサイン会を開くとは。
 大いに疑問に思いながらも、私はその本屋に足を踏み入れた。
 どこといって特徴のなさそうな、ありふれた地方の本屋だった。書架に並んでいるのは雑誌か実用書が主体で、文芸書の類は片隅に追いやられている。
 店の奥にカウンターがあり、そこに若い女性がぽつんと座っていた。短くカットした髪に大きな黒縁眼鏡。一見すると高校生、いや、もしかしたら中学生かもしれない。となるとアルバイトか。でも成人という可能性も捨てられなかった。それくらい年齢の識別が難しい顔立ちなのだ。エプロンの胸元に付けられたプレートには「密原」という名前が記されている。
 女性は私が見つめているのにも気付いていない様子で、文庫本に眼を落としている。
 思いきって声をかけた。
「あの……」
 女性は顔を上げた。

「睡眠士トリカ」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 ドアを開けると立っていたのは若い小柄な女性だった。短めにカットした髪に幼さの残る顔、そしていささか滑稽なくらい大きな黒縁の眼鏡。少々大きめに見えるダッフルコートと重そうな革のバッグを提げている。
「はじめまして。睡眠外来の戸田先生から連絡をいただきまして参りました」
 女性は挨拶をすると私の前に名刺を差し出した。
 そこには「睡眠士 密原トリカ」と書かれている。
「睡眠士というのは、睡眠療法か何かをされるのですか」
 私の問いに密原トリカという女性はにっこりと微笑んで、
「よく間違われるんですけど、違います。睡眠療法というのは催眠を用いた精神療法の一種です。でも、そういうのに興味はありませんでしょ?」
「ないわけではないが、今の私にはあまり関係ないね」
「だと思います。わたしは睡眠そのものの治療を行うんです。本当は『睡眠療法士』みたいに名乗りたいんですけど、それだとモロに睡眠療法をする人間みたいに思われちゃうんで」
 屈託のない口調だった。私は彼女を応接室に招き入れた。

「おさげさん」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 放課後、誰にも見つからないように気をつけながら、そっと廊下を歩いていた。なのに見つかった。
「竹内くん、こんな時間にどこへ行くの?」
 びっくりして振り返ると、教生の密原先生が立っていた。
「もうみんな下校したわよ」
「あ……はい、ちょっと忘れ物が……」
 言い訳を考えながら後ずさりする。密原先生は小さな顔に似合わない大きな眼鏡の向こうから英智(ひでとも)の言葉を確かめるように見つめてきた。
「先生こそ、どうしたの?」
 仕返しのつもりで訊いてみた。
「わたし? わたしは昔を懐かしんでたの」
 密原先生は微笑む。
「この学校、わたしのいた頃からずいぶんと変わったなって」
「先生がここの生徒だったの、何年前?」
「もうずっと昔。そんなことより早く帰りなさいね」
 そう言って先生はいなくなった。英智は、ほっと息をつく。どうもあの先生、苦手だな。早く教生が終わればいいのに。
 少し遅れてしまった。慌てて待ち合わせの場所へ向かう。校舎二階の音楽室。入る前に扉を叩くと「いるぞ」と声がした。

「拷問島」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 その少女が島唯一の船着場に姿を見せたのは、春まだ浅き三月中旬の午後だった。
 小柄な体にはいささか大きすぎるように感じられる茶色いダッフルコートに、無骨なくらい大きな革鞄。髪は短くカットしていて大きな黒縁眼鏡を掛けていた。
「はじめまして、密原トリカです。しばらくお世話になります」
 出迎えた私に彼女は元気な声で言った。
「ようこそいらっしゃいました。こんな辺鄙な島で若いひとが楽しめるようなところもありませんけど、魚は美味いし宿には温泉もあります。どうぞゆっくりしていってください」
 彼女を案内して私が営んでいる宿屋へと向かった。
「大学では何を勉強されているんですか」
「民俗学です。今は卒論の準備中なんです」
「それでここにいらしたんですか。しかしここに大学で研究するようなものがありましたかねえ」
「ありますとも。わたしがこの島――小紋島に興味を持ったのは、もうひとつの名前を聞いたからです」
「もうひとつの名前というと……」
「拷問島。そう呼ばれてますよね」

「建売館の殺人」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 その女性は日曜の昼下がり、私が妻と遅い昼食を終えてコーヒーを楽しんでいるときに我が家のインターフォンを押した。
 女性と言ったが、第一印象はむしろ少女と呼ぶべきものだった。小柄でショートカットの髪。小さな顔には不釣り合いに大きな黒縁眼鏡。身に着けているダッフルコートはいささか大きめだった。そしてそんな愛らしい風貌に似合わない、無骨で大きなバッグを抱えている。
「密原トリカと言います。黒死館大学の建築科に在籍する学生です」
 玄関先で彼女は自己紹介した。はきはきとした物言いだ。なかなか好感が持てる。問題は、彼女のことをまったく知らないことだった。
「どういうご用件ですか」
「わたし、卒論で城之内実朝の研究をすることになりました。それで協力してほしいんです」
「じょうのうち……誰ですか、それ?」
「日本最高、いえ、世界屈指の建築科です」
 トリカと名乗る少女は頬を紅潮させて言った。
「彼が設計した建築物は他に類を見ないユニークなものなんです。なのに今まで誰も彼の作品について研究調査をしていません。わたしが城之内実朝研究のパイオニアとして建築界に名乗りを上げるためにも、そしてもちろん卒論を完成させて大学を無事卒業するためにも、ぜひとも山田さんのお力添えをいただけませんか」
「力添えって……何をすれば?」
「お宅を調べさせてください」
「この家を? どうして?」
「だから、このお宅が城之内実朝の作品なんですよ」
 トリカはじれったそうに言った。
「うちが? だってここ、五年前に買った建売住宅ですよ。そんな立派な建築家に作ってもらったような建物なんかじゃ――」

「怖くないとは言ってない」―第十二回 さよならだけが人生さ― 牧野修(画・YOUCHAN)

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 出会いがあれば別れがあり、始まりあれば終わりもございます。皆様いかがお過ごしでしょうか。というようなわけでございまして、今回十二回目をもって『怖くないとは言ってない』を終了といたします。ずっとご愛読いただきました方はもちろん、今回だけちょっと覘いてみたあなたに、これから読んでみようかと思ったあなたも。本当に本当にありがとうございます。そしてありがとうございました。
 というわけで最終回はホラーらしくこの世の終わり特集だ!

「怖くないとは言ってない」―第十一回 みなさんのおかげです・平伏篇の巻― 牧野修(画・YOUCHAN)

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 大阪と東京でのイベントが終了。おかげさまでどちらのイベントも大盛況でした。そしてプレゼント企画も後は発送を残すのみ。ようやく『怖くないとは言ってない第十回記念』イベントが終わろうとしています。
 今回はそのイベント報告と、プレゼントに応募してくださった皆さんのコメントご紹介の二本立て。大感謝祭の巻です。



 東京でのイベントは創土社様のご協力もあり豪華ゲスト総出演。メインゲストは黒史郎さん。司会は井上雅彦さん。スペシャルゲストは山田正紀さん、図子慧さん、山田正紀さん、北原尚彦さん、YOUCHANさん、高野史緒さん、サイン会には菊地秀行さんまで参加いただきました。もう怪獣総進撃ですよ。
 今回のイベントのコンセプトは「皆様にホラー映画を親しんでもらいたい」です。これはこの「怖くないとは言ってない」のコンセプトでもあります。好き嫌いの多い、というか嫌われる可能性の高いホラー映画を、食わず嫌いなら食べやすいものから、楽しいものから入ってきてもらいましょう、という気持ちで始めました。
「なのにどうして人食い一族の話から始めたの?」
 これは開始と同時に井上さんから出た、すごく最もなご意見です。それに対するわたしの回答は「好きだから」。まったく説得力なしでした。