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「弥生の供養」太田忠司(画・YOUCHAN)

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「宮司殿、荷が届きました」
 錬燕(れんえん)に声をかけられ、周桑(しゅうそう)はゆるゆると眼を開いた。どうやら座ったままうたた寝をしていたらしい。
「ん……ああ」
 返事とも欠伸ともとれない声を洩らし、かすかに伸びをする。そしてあらためて目の前にある祭壇に眼をやった。柴を編んで祭壇としている粗末なものだ。しかしこれが、この地域ではもっとも神聖なものだった。
 彼が宮司を務める幾仁(いくに)社は近辺でも最も古い神社だった。先祖がこの惑星に辿り着き、最初にこの地に立ったとき土地の神が現れて、自身を祀ることを条件に住むことを許したという。その神がどのような姿をしていたのか、実際に見た者はもうこの世にはいない。神の姿を象ったとされる像は神体として祭壇奥の神棚に納められ、宮司でさえそれを見ることは叶わなかった。初代宮司である周桑の曾祖父が固く禁じたのだ。
 ふっ、と侮蔑まじりの息をつき、周桑は立ち上がる。が、足が痺れて歩きだすこともできない。
「どこに置いた?」
 足の感覚が戻るまでの時間稼ぎに尋ねる。
「奥座敷に。衛辰(えいたつ)様が直々にご持参なさいました」

「レッドライン」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 風は西から吹いてきた。
 香りもなく色もない、冷たく乾いた風だった。それは見知らぬ土地を通りすぎて、草と葉を揺らした。
「おい、真馬(しんま)」
 声をかけられ、真馬は振り向いた。英何(えいなん)だった。
「何を考えていた」
「何も」
「怖じ気づいたんじゃないだろうな」
「まさか。おまえこそ後悔してないか」
「するもんか。早く行きたくてしかたないくらいだ。出発はまだか」
「焦るな。指示を待とう」
 一行は森の外れにある繁みの中に身を隠していた。斥候の帰りを待っているところだ。まだ夜明け前で、あたりは暗い。

「牛殺し」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 名刺に記されていた名前を読んで、光田博夫は困惑した。
「牛殺しのマリス……ですか」
「はい」
 男は頷く。
「確認しますが、あなたの名前が『牛殺しのマリス』なんですか」
「そのとおりです」
 至極当然といった顔付きで、男は答えた。
 三十歳過ぎ、もしくは四十歳くらいかもしれない。小柄で痩せていた。見るからに非力そうだ。度の強い眼鏡を掛け、いささか古びた灰色の背広を着ている。あまり大きくもない会社の事務仕事に携わっている、といった雰囲気の男性だった。到底「牛殺し」などという物騒な名前は似つかわしくない。そしてもちろん、マリスなどという名前とは縁のなさそうな日本人顔をしている。
 博夫は警戒した。この男、変だ。

「如月の小紋」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 二月、晴れた日が数日続いた朝、頼乎(よりこ)の母は箪笥から畳紙(たとうがみ)に包まれた着物を取り出す。衣桁に掛けて虫干しをするためだった。
 頼乎は、この日が好きだった。滅多に見られない着物を眼にすることができるからだ。虫干しは換気のために窓を開け放つのでとても寒いのだが、彼女は気にすることなく部屋に居座り、着物の前で長い時間を過ごす。
 楝色(おうちいろ)の江戸小紋、と聞かされている。それがどういう意味なのか、頼乎は知らない。少し青みがかった紫色の布地は一見すると無地なのだが、眼を近付けてみると細かな波のような模様が描かれている。
「こんなに立派な着物があるのは、うちだけよ。これはあなたのお祖母さんのお祖母さんが遺してくれたものなの」

「パープルキー」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 本当に行けるのか。
 真馬の頭に最初に浮かんだ言葉が、それだった。
 本当に“外”に出ることができるのか。
 ならば……。
 その先に続く言葉を発するのには、勇気が要った。
 最初は噂に過ぎなかった。
 ――“外”に出ようとしている者たちがいる。彼らは仲間を集めている。
 じつのところ、こうした噂はこれまでも何度か伝わってきた。嘘か本当か、実際に出ようとして、途中で警備士に捕獲されてしまった者も何人かいると聞いた。しかしそれは散発的なもので、実行者もただのお調子者か粋がっている連中でしかなかった。
 今度も似たようなものだろう、と真馬は思っていた。それでも噂の出所を探らないではいられなかった。
 もしも、もしも本当に“外”に出ようとしている者たちがいるのなら。

「鼠の媚薬」太田忠司(画・YOUCHAN)

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「西東君、“彼”は見つかったかね?」
 鶴間博士に問いかけられたとき、西東時夫は背筋に汗が流れるのを感じた。
「いえ……まだ……」
「そうか。ひょっとしたらもう研究室から逃げてしまったかもしれないね」
 博士は眉間に皺を寄せた。機嫌はよくないようだ。
「もう一度確認しておくが、おかしなウイルスに感染していたとか、そういう危険性はないのだね?」
「はい、それは問題ありません」
「ならば、致し方ないな。サンプルは他にもいるんだし、実験は一からやり直しするしかないだろう」
「すみません……」
「以後、気を付けてくれよ」
 博士が出ていった後、時夫は大きな息をついた。
 とりあえず取り繕うことはできた。しかし、いつまでもこのままにはしておけなかった。
 部屋の隅、薬品棚の後ろを覗き込み、声をかけた。
「おいアル、いるか」
 呼びかけに応じて、白く小さな生き物が顔を出した。
「うまくごまかしてくれたか」

「睦月の家長」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 元旦とは一月一日の朝のことである。高橋躯庵(くあん)は父親にそう教えられた。
 彼にとって父親は、すべての規範だった。この星に住む人間としてするべきこと、日本人として守るべき掟について、父親は厳しく、しかし愛情を持って躯庵に教えた。
 元旦にするべきことも、教えてもらった。朝、東の稜線から昇ってくる「初日の出」に向かって手を合わせるのだ。
 そのためには夜が明けないうちから起き出し、家を出て小塚丘(こづかおか)に登らなければならない。
 前日の大晦日は日付が変わるまで起きていて、新しい年がやってくるのを迎えた。だから睡眠時間は足りていない。妻も息子も夜明け前に起きることを嫌がったが、躯庵は有無を言わせなかった。しきたりに従うことが何よりも重要なのだと信じていたからだ。

「代返」立原透耶(画・YOUCHAN)

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 大学なんてくそったるい。一般教養だって? フザケンナ。そんなもんサークルやバイトの方が身につく。親は大学を出ないとダメだっていうが、大学を出たところで大した職につけるとも思えない。一流大学いやせめて二流ならまだ話は違うんだろうけどな。こんな底辺校じゃあ意味なんかない。先輩の話によると、問い合わせを出しても資料すら来ないらしい。くそったれ。
 しかもさ、ムカつく教師がいるんだよな。あの語学のババア。「欠席回数が5回になったら自動的に単位はなくなります」だと。毎回毎回小テストしやがって、中学生かっつーの。テストを受けないと出席にならないし、かといって授業開始直後のテストだけ提出して教室を抜け出すわけにもいかない。授業の途中と終わりに、わざわざ名前を呼んで出欠確認しやがる。クソだるい。フザケンナよ。おれたちは、てめえみたいに老い先短いババアと違って、やることがたくさんあるんだ。タバコ吸ったり酒飲んだりダチと遊んだり……たまにナンパに成功したり。
 今日も不満タラタラ椅子に座っていたら、右端のポニーテールのちょっと可愛い……渡辺なんとかっていう女子が、テストを提出した後、すうっと扉から出て行くじゃねえか。おいおい、だったら最初からサボった方が得だぜ、後2回、名前を呼ばれるんだ。
 そう思って教科書に落書きしたりスマホをいじったりしていると……授業開始後45分ぴったり、始まった。ババアが70人の名前を淡々と呼び始める。
「ウィース」
 仕方なく返事する。
 渡辺なんとかさんの名前が呼ばれた。ほら、な。
 ところが、だ。
「はい」
 とても爽やかな声が響いた。
 まじ?

「花嫁」立原透耶(画・YOUCHAN)

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 ある娘が神に愛された。娘は神を畏れつつも、強く魅せられた。その娘はたいそう美しかったから、あちらこちらで評判になり、ついにある金持ちの跡取り息子に見初められた。
 村人たちは、娘は神の嫁になるのだと断ったが、目の前に大金を積み上げられ、誰も断る言葉が喉から出てこなくなった。娘の両親も、神よりも金持ちの人間に嫁げ、と娘を諭した。
 娘は少しずつ一族の刺青を彫り始めていたが、これも中断された。金持ちの息子は内地からやってきた一族で、娘たちとは種族が異なった。彼らは娘の白い肌、柔らかい手触りを好んだ。刺青を嫌っていた。それで娘は、ほとんどの刺青を断念し、手の甲に少しだけ彫ったまま、嫁ぐことになった。
 刺青がなければ、死後に一族の者がわたしを見つけてくれるかしら、と娘は壁にかけられた花嫁衣装を眺めながら涙をこぼした。

「銀紙飛行船の旅」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 満月は今夜。
 モトキは準備を整えていた。今日は眠いからと両親に言って早めに自分の部屋に引き籠もり、すぐにパジャマを着替えた。隠しておいたリュックには水筒とスニーカーとスケッチブック。もちろんクレヨンも入っている。
 モトキの部屋は二階にある。窓を開けベランダに出ると、手摺りがうっすらと青い光に濡れていた。
 顔を上げると、まんまるな月が地上に光を注いでいる。四月の夜風は、まだ寒かった。
 空を見上げたまま、モトキは待つ。
 本当に来るだろうか。約束、守ってくれるだろうか。
 不安と期待がない交ぜになった気持ちで五分、十五分、そして一時間。実際は数分だったかもしれない。でもモトキには長く感じられた。
 やっぱり来ないのか、と少し落胆しかけたとき、それが見えた。

「自白」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 装飾など一切ない、真っ白な部屋だった。その中央に椅子があり、トリカはそこに座らされていた。
「なぜここに呼ばれたか、わかっているね」
 トリカの前に立つ栗原専務が皺だらけの顔をさらに歪めて言った。
「わかりません」
 トリカは明確に答えた。小さな顔には不釣り合いに大きな眼鏡越しに相手を見つめる。
「では教えてあげよう。我々は君の正体を掴んだのだよ。ずばり、君はファルム製薬のスパイだね?」
「いいえ。わたしはスパイではありません」
 彼女の答えは、やはり明確だった。
「嘘をつけ!」

「奇妙なサイン会」太田忠司(画・YOUCHAN)

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「田野中正円先生サイン会」という立て看板を見かけたとき、私は思わず足を止めた。
 たまたま訪れた片田舎にある小さな本屋だった。田野中正円といえばノーベル文学賞をも遠からず手中にするだろうと言われている大作家ではないか。いやまさか、そんな著名人がこんなところでサイン会を開くとは。
 大いに疑問に思いながらも、私はその本屋に足を踏み入れた。
 どこといって特徴のなさそうな、ありふれた地方の本屋だった。書架に並んでいるのは雑誌か実用書が主体で、文芸書の類は片隅に追いやられている。
 店の奥にカウンターがあり、そこに若い女性がぽつんと座っていた。短くカットした髪に大きな黒縁眼鏡。一見すると高校生、いや、もしかしたら中学生かもしれない。となるとアルバイトか。でも成人という可能性も捨てられなかった。それくらい年齢の識別が難しい顔立ちなのだ。エプロンの胸元に付けられたプレートには「密原」という名前が記されている。
 女性は私が見つめているのにも気付いていない様子で、文庫本に眼を落としている。
 思いきって声をかけた。
「あの……」
 女性は顔を上げた。

「睡眠士トリカ」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 ドアを開けると立っていたのは若い小柄な女性だった。短めにカットした髪に幼さの残る顔、そしていささか滑稽なくらい大きな黒縁の眼鏡。少々大きめに見えるダッフルコートと重そうな革のバッグを提げている。
「はじめまして。睡眠外来の戸田先生から連絡をいただきまして参りました」
 女性は挨拶をすると私の前に名刺を差し出した。
 そこには「睡眠士 密原トリカ」と書かれている。
「睡眠士というのは、睡眠療法か何かをされるのですか」
 私の問いに密原トリカという女性はにっこりと微笑んで、
「よく間違われるんですけど、違います。睡眠療法というのは催眠を用いた精神療法の一種です。でも、そういうのに興味はありませんでしょ?」
「ないわけではないが、今の私にはあまり関係ないね」
「だと思います。わたしは睡眠そのものの治療を行うんです。本当は『睡眠療法士』みたいに名乗りたいんですけど、それだとモロに睡眠療法をする人間みたいに思われちゃうんで」
 屈託のない口調だった。私は彼女を応接室に招き入れた。

「おさげさん」太田忠司(画・YOUCHAN)

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 放課後、誰にも見つからないように気をつけながら、そっと廊下を歩いていた。なのに見つかった。
「竹内くん、こんな時間にどこへ行くの?」
 びっくりして振り返ると、教生の密原先生が立っていた。
「もうみんな下校したわよ」
「あ……はい、ちょっと忘れ物が……」
 言い訳を考えながら後ずさりする。密原先生は小さな顔に似合わない大きな眼鏡の向こうから英智(ひでとも)の言葉を確かめるように見つめてきた。
「先生こそ、どうしたの?」
 仕返しのつもりで訊いてみた。
「わたし? わたしは昔を懐かしんでたの」
 密原先生は微笑む。
「この学校、わたしのいた頃からずいぶんと変わったなって」
「先生がここの生徒だったの、何年前?」
「もうずっと昔。そんなことより早く帰りなさいね」
 そう言って先生はいなくなった。英智は、ほっと息をつく。どうもあの先生、苦手だな。早く教生が終わればいいのに。
 少し遅れてしまった。慌てて待ち合わせの場所へ向かう。校舎二階の音楽室。入る前に扉を叩くと「いるぞ」と声がした。